さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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星月夜 vol7卯咲苑

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   卯咲苑

 百合原さんは鹿香丹階堂に住んでいる。工房とアトリエを兼ねた谷戸の一軒屋で、妃翠房と同じくらい古い日本家屋だった。
 クリスマスの翌日店番に来てくれるはずだった香寸さんはインフルエンザに罹患したためにお休みし、急遽乃菜に代わってもらった。
発熱は年末いっぱい続き、年明け三日からの妃翠房の仕事始めにも出勤できなかった。わたしは母から預かった最後の香寸さんへの贈り物を持って、谷戸にお見舞いにうかがうことにした。
 正月三ヶ日は八幡様への参拝客で、鹿香と、ここに近接する香枕界隈は観光過密状態になる。通交規制がかかる乗用車はもとより、バス・タクシーなどの交通機関も平常どおりにはまわらない。谷戸とはいえ、百合原さんのアトリエ卯咲苑は、丹階堂明神の裏手で、やはり鹿香の観光スポットのひとつだから、満員のバスに乗る面倒を避けて、妃翠房から自転車で行くことにした。  
店は乃菜と綴さんに任せた。乃菜はともかく正月早々家庭持ちの荻さんに来てもらうのは気がひけたが仕方がない。去年までは香寸さんと母だけで正月をきりまわしていた。
意外もしれないが、初詣のお客が妃翠房で散財することは割合少ない。きっとうちで扱う品物が参拝レクレーションのついでに支払う慰めものの額にしては高すぎるのだろう。とはいえ参詣の宮大路がすし詰めになるほどの混雑だから、わたしたちも集客を工夫して、このひとたちの意想にかなう程度の安価でかわいいファンシーを棚に並べていた。
 香寸さんの工房では手縫いの袋物や和紙細工も作っており、うちの商品の何分の一かは卯咲苑から仕入れている。百合原さんの工房で手仕事をするひとたちは、みな軽度の知的障害者または聴覚障害ということだったが、出来上がってくる品々はどれも精巧でセンスがよかった。卯咲苑、これはうさぎと濁って読み、工房のマークは三日月の縁に乗った兎と桔梗の花だ。
 山間の古都鹿香は起伏が多くしかも急坂が多い。丹階堂までもゆるい上り坂で、電動自転車がうれしく感じられる。鎌倉時代に山を人力で切り崩して開いたいにしへの道は、近代に整備舗装を重ねて車道になっていたが、たっぷり二〇分、えんえんと山裾をまがりくねる登り坂サイクリングはかなりきつい。バスの車窓からのんびり眺めるなら、湘南の山間風景は真冬でもゆたかに風雅なのだけれど。
 八幡宮付近の交通規制から出ると、自家用車の渋滞が続く。歩道はぞろぞろと徒歩の観光客。丹階堂までにはいくつかの神社名刹があり、その前を通り過ぎるたびに、人溜りに走行を遮られる。混雑は鹿香の繁栄の保証だ。
 それでも表通りから山道に入り、百合原さんの住まいに近くなると、しいんと静寂が来る。温暖な湘南の山肌は一月の今も緑が残り、湿った黒土や岩の露出に、枯れ果てぬ蔦かづらが鮮やかな朱色に絡んでいる。夏にはこの鬱蒼とした崖に、あふれるほどの山百合が群がり出る。神奈川の県花にされるのも道理、半世紀前には、あちこちの野山に百合の群落が踊るように咲いたそうだ。葛原妙子さんのエッセイからの知識だったろうか。
 百合原さんの苗字も、きっとそんな由来だろうと思う。祖父の代に若狭から神奈川に移住した水品とは違って、彼女は先祖代々の地元民だ。
 鉄の門扉も石を積んだ塀も古く、視界を狭める住宅地周囲のきりぎし同様、赤や黄色の蔦がいたるところに貼りついている。周囲の家はみな真新しく建て直されて、谷戸ながらたっぷりと陽光を浴びている感じなのだが、同じ光を享けていても、井戸のある昔からの庭を樹々深く抱えた卯咲苑はひっそりと、まるで寺社のような古蒼な風情だった。
観光客の中には、お寺さんと勘違いして邸内に入ってくるひともいると香寸さんは笑う。   
門の前で呼び鈴ボタンを押すと、しばらくして扉がひらき、見慣れない女の子が出てきた。開いたドアから、彼女といっしょに屋内のざわめきも聴こえた。正月早々主は風邪で臥せっているはずなのに、一階の工房では作業が始まっているのだろうか。
「妃翠房の水品です」
「どうぞ、お待ちしていました」
 素肌がきれいな彼女は二十歳くらいかしら。栗色に染めて肩までソバージュに揺らせた髪に、乃菜のようなビーズのピンをしている。青、ピンク、赤。屈託のないフェミニン。モヘアのアイボリーセーターに、赤と白の大きめ千鳥格子のミニスカート。すらりとした細い脚にラメを散らした黒と白のモノトーンのペイズリーストッキングは、おとなしい上半身に比べて強い刺激だ。初めて見る顔だが、聴覚障害のひととわたしにはすぐわかった。こちらに向かう視線の張り詰めかたが、耳に不自由のない一般人とは違う。
「お正月から御仕事ですか?」
「いいえ、仕事ではなくて、五月に障害者福祉ビエンナーレが長崎出島であるので、そこに出す作品について、みんなで話し合っているんです」
 彼女はわたしの口許を見つめて応える。耳たぶのピアスはイルカ。クリスタルブルー。
丁寧な発音だ。一語一語の音を確かめるように喋る。つい乃菜の話し方と比べてしまう。きっと同世代だろう。
「染色作品?」
「いえ。先生の染めた布に、みんなで何かを盛り合わせようって」
 先生、と彼女は香寸さんを呼んだ。お弟子さんなの。作業所のひとたちは、ただ香寸さんと呼んでいる。
「百合原さんの具合はいかがですか?」
「今は二階にいます。インフルエンザをみんなに伝染さないように」
 病院で処置されたから、もう伝染の心配はいらないだろうに、香寸さんらしい気遣い。

 ぬばたまの夢な忘れそ別れてもくれなゐ深き匂ひ残らむ、香寸さんへの文箱の包み紙のうらに、母の水茎が記されていた。
 香寸さんは二階の寝室にいた。室内に入るなり、日本のお香と外国の香水のまじった、彼女の体温のような暖かさがふわりと顔にかかった。いろんな匂いが混じっている。白檀とシナモン、それとラベンダー……。
主はまだ寝たり起きたりらしく、厚手の白っぽい寝間着の上に臙脂いろのガウンを羽織り、背もたれのある柔らかい椅子によりかかって、ぼんやりとテレビを見ていた。来客に寝乱れを見せないように、ベッドには萌黄と紫に大柄の絞りを染めぬいた絹のカヴァーがかけられていた。
香寸さんの頬は蒼ざめて、高熱のために痩せてしまったようだ。挨拶もそこそこにわたしが箱を渡すと、早速嬉しそうに包みをひらき、桐の手文庫より先に、紫と紅色の薄様のうらをじっと見つめ、呟いた。
「和歌ね」
「夢を忘れないでって書いてあるわ」
「紅の夢?」
「百合原さんが紅色を好きなの、お母さんわかっていたんでしょう」
「紅色が特に好きなわけじゃないけど」
 香寸さんは言いよどんで、
「感動を呼びやすい色だから。…いいえ、紗縒さんただしい、あたし紅が好きよ。色を忘れるな、そうですか。身にしみる」
「しみる?」
 わたしの疑問符を無視し、香寸さんは眼を伏せて頬だけで笑った。苦笑いのようだった。
「達筆な方だったわ。わたし紗縒さんの筆でいつか着物に書いていただこうと思っていたのに。こんなに早く逝ってしまうなんて。せめてあらかじめ教えてくれていたら」
 口調と話題を変えた香寸さんに、微妙なニュアンスを察して、わたしはそれ以上紅色を追わなかった。
 母は死の寸前まで、ほんとうに当日までわたし以外のひとに報せなかったのだ。もちろん店には出勤できなかったが、雇い人たちには旅行だとか作品制作とか、いろいろ嘘をつきながら、最後の数ヶ月をつくろった。
「百合原さんだってきれいな字じゃないですか」
「筆の色合いが違うの、この方とわたしは」
「色?」
「そう。墨にも色合いがあるの。濃淡とは別にね。まねできないものよ」
 百合原さんは細面のきれいな人だ。三十七歳で、中学生の男の子がひとりいる。御主人とは七年くらい前に離婚し、そのときから妃翠房で働きはじめた。実家は鹿香でも老舗の和菓子舗で、経済的な理由からではなく、気分転換が必要だったのだろう。祖母が亡くなったあと、妃翠房を始めた母は、香寸さんにずいぶん助けられていた。このひとがいなかったら店は無事に軌道に乗らなかったろう。
店頭での接客、作品提供、事務会計、こまごました雑務のほか、百合原さんは和菓子屋の実家のつてを生かして、たくさん顧客をひっぱってくれた。上生を日常に好むようなひとは、母や香寸さん、荻さんの作るものも好んでくれる。
三年前に乃菜が入って、香寸さんは妃翠房からやや離れて、卯咲苑の経営に力を入れるようになった。御主人と別れたあと、それまで趣味だった染色を生活の中心にしていたが、さらに自宅の一階を大幅に改造して社会福祉工房にひろげたのである。
ノックの音がして、こちらの返事を待たずに、さっきの女の子が、お茶の盆を運んできた。お抹茶と生菓子だ。はなびら餅。母の忌みを口実にした不精のために、大晦日の白葡萄酒以外、節句らしい料理を何も口にしていなかったわたしは、萩焼の茶碗にふっくらと調えられたおうすと、白味噌を包んだ半透明のはなびら餅を目にして、ようやく新春を実感できる気持ちになった。
「話はどう?」
「初めにわたしたちが加工して、それを先生に染めていただこうかなんて話しています」
 彼女は笑窪を浮かべて応えた。聴覚障害には見えない。でも視線はやはり香寸さんの顔に貼りついて離れないのだった。
「透姫ちゃん、紹介が遅れたわね、この子あなたと同い年、佐久間早織さん。去年からこっちで仕事を手伝ってもらってるの」
「ずっと年下かと思いました」
 正直に言うと、香寸さんは、
「今はいつもすっぴんだからね。お化粧すると早織ちゃん迫力あるの」
「ええ、そうは見えない」
 早織はあどけなくて、にこにこ笑っている顔つきは、まだ高校生のようだ。
 香寸さんは早織に向き直り、ゆっくりと、
「あなたがたが生地をいじってから染めるのは難しいですよ。あなたたちが苦労した作品に色をかけたら、全体がだいなしになるってこともある」
「そうならないような装飾をしようって」
「でも、それでは結局わたしの染めが目立ってしまって、みんなの共同制作というフルオーケストラにはなりません。コネでまとまった広さの展示ブースを必ずもらうわ。参加者全員小物でソロを主張できるペースはあるから、ひとつは大きなシンフォニーを出しましょうよ」
 堂々とした香寸さんの言葉に、早織はすなおに頷いていた。的確で派手な修辞、とわたしは感心する。そうか、色彩工房卯咲苑オーケストラ。どんな彩りが鳴り響くんだろう。
「わたしも透姫ちゃんたちに新年のご挨拶があるの」
 香寸さんは立ち上がり、窓際の整理箪笥からいくつかの包装を取り出した。ついでに彼女のガウンと同じ臙脂いろの遮光カーテンをひきあけると、南西の腰高窓から午後の光がながく室内に射し込んできた。
彼女の寝室に入ったのは、そういえば初めてだ。昔のままの畳に妃翠房にあるものと同じようなペルシャ絨毯を敷き詰め、つやつやした木の家具の曲線がきれいだ。ところどころの植物文は、アール・ヌーヴォーのレプリカかもしれない。ベッドサイドランプは陶器のエンジェルが百合ランプを肩に抱え、腰をひねっている。
贅沢で、装飾がたくさんあって、絵本の王女さまの部屋みたい、とわたしは眺めた。内装を洋間にせずに、もとの和室のままに手入れを重ねて残しているのが、かえって大正の折衷ロマンチシズムめいて華やかだった。
 漆塗りの整理箪笥から包みを出して、香寸さんは窓の外をまぶしそうに眺めた。ふと所作が止まって、こちらを忘れたように庭に視線を落としている。
「どうなさったんですか?」
 気分が悪くなったのかと声をかけた。
「透姫ちゃん、見える?」
「何が?」
「あの井戸よ」
 香寸さんの肩ごしにそちらを見ると、昔は釣瓶で汲み上げていた古井戸は、今は木の柄のついたポンプになっている。足柄山のどこかの廃校からわざわざもらってきたポンプの赤銅いろは、卯咲苑で使い込まれて金褐色にぴかぴか光っている。ポンプの周囲は染色に使う植物のひろい花壇になっていた。
姿のよい梅林で外壁側の三方を囲んだ敷地は、外からこの家を想像するよりぽかぽかと日当たりがよく、冬でも植物園の半分くらいは青味を残していた。井戸などは裏庭にあることが多いのだろうけれど、ちょうどそこに水質のよい源泉があって、この家を建てた先々代は、植物園のあったところに、井戸を囲むあずまやをこしらえ、夏の夕涼みを楽しんだとか。今この天然水は彼女の染色に使われている。水質は色彩を左右するのだった。
「わたしね、ときどきあの井戸の前に幻を見るの」
 窓を向いたままの香寸さんのつぶやきは早織には聴こえない。早織は自然な微笑を浮かべたまま、香寸さんの背中を眺めている。彼女は先生の独白のなかみをもう知っているのかな。
「どんな幻影なんですか?」
「幻影か幻視かわからないのだけれど、あそこの井戸の傍に、ぼうっとたちのぼる紅色の灯みたいな影が時々見えるの。今も見えた」
 香寸さんは人差し指を向けた。荻さんの指輪を嵌めている。路傍の石を研磨したメインストーンの周囲に、芥子真珠を連ねて白金の台に埋めた指輪。石英の混じる主石は磨かれて、薄青い地肌にラメのような箔をきらきらと散らす。オパールか瑪瑙の一種と皆思うだろう。
 小春の光が井戸の周囲でのどかに踊っている。井戸端にはもうたんぽぽが咲いている。わたしに見えるのはそれだけだ。
「曼荼羅が見えるってことは、よくあるそうですけど」
 わたしは誰かから聴きかじった心理学か神秘学かの知識を頭の中からひっぱりだした。
「チャクラとかチャネリングとか、そういう感じですか?」
 香寸さんは吹きだした。からりとした笑いで、
「そんな大袈裟なものじゃないわよ。でもね、内面の投影なんだろうとは思ったわ。幽霊のようには見えないものね。どうして井戸端なのかわからないけれど、気持ちが煮詰まってくると、庭に紅がたちのぼるのよ。あたしそれ紗縒さんに言ったことなかったのに」
「昔から見えていたんですか?」
 何気なく尋ねたわたしの問いに、香寸さんは笑顔をおさめて、首を振った。
「ある時期から」
 そして香寸さんは包みを差し出した。今年もよろしくお願いしますね。
 やわらかい手触りに手ぬぐいか何かと思ったが、麻のブックカバーだった。ハードカヴァー用と文庫本サイズの二枚。いや、麻じゃない。縒りの太い糸でしっかりと緻密な手織りだけれど、生なりに見えて、微妙に糸の色がところどころで変わる綴れ織りだ。裏表に丁寧な花模様の刺繍がほどこしてある。
「早織ちゃんのお母さんの作品」
「母のじゃないです。母の作業所に来ているひとの織ったものに、別なひとが刺繍して」
 香寸さんの口許を見て早織はいそいで訂正した。彼女のお母さんも、香寸さんと同業らしい。そういう伝手でこのひとは卯咲苑とつながったのか。カバーの間から、ひらりと栞が現れた。鹿香に多い桜の樹皮を長い楕円に薄く剥ぎ、透明樹脂のコーティングがかけてある。この樹脂は何だろう? 仕上げむらがある手触りも手仕事らしくいとおしい。表には卯咲苑のマークが焼いてあった。新年の縁起ものだからカバー二枚にプラスして、陽数にしたの。
「紗縒さん、ここに来たことあるのよ」
 窓のほうを眺め、わたしに端正な横顔を見せて香寸さんはつぶやいた。前髪をゆっくりとかきあげ、額の上で自分の髪をひとつかみ握ったまま、
「そのとき紗縒さん、この窓から外を見て言ったわ、いろいろなものが昇ってくる庭ねって」
「いろいろ昇ってくる?」
「そう。わたしぎょっとしたの。もうそのころは紅色の幻影が頻繁にあの井戸端に立つようになっていたから、彼女にも何か見えたのかしらと思った。でもわたし自分の眼に映るものを彼女に言えなかった。でも聞いてみたわ、何か見える?って」
「お母さんは何て」
「別に具体的なことは何も言わなかった。まだ妃翠房に入ったばかりのわたしに、彼女は遠慮したのかもしれない。あのころすごくわたしは不安定だったの。桂と二人暮らしになってから手芸仲間とスタジオをたちあげようとしていたけれど、心の芯が抜けてしまったようで、へろへろって感じ」
「そんな風には全然見えませんでした」
「あたし外仏だから」
 あっさりと香寸さんは言い、さらに、
「夫婦の破綻をもろに蒙ったのは桂。かわいそうなことをしたわ」
 桂くんは彼女の一人息子。中高一貫の私立中学に通う十四歳。今日はいないのかな。学校は休みのはずだが。
「桂くん、何か困るようなことが?」
 立ち入りすぎかな、と思ったが、香寸さんの雰囲気にひかれて訊いた。いつのまにか早織は消えていた。階下では、何か賑やかな笑い声や、椅子を動かす物音がする。
「七歳だったけど、あの子はいろんなことを、もうちゃんとわかっていたの。何も言わなかったし、わたしたちが別れたとき、責めも泣きもしなかった」
 話の流れがねじれてきた。この突然の独白はいったいどうしたんだろう。今さっき香寸さんの眼に見えた紅の柱が、彼女を動揺させているのかしら。彼女の視線をなぞってみても、やはりわたしには見えない。母には何が見えたのかしら。
「わたしね、今ならわかるの。わたしに見える紅色の幻影は、きっと水品ママにも見えたのよ。紅かどうかはわからないけれど、透姫ちゃんにも、早織ちゃんにも見えない。あなたたちは、ほんとに」
 と言って、香寸さんはわたしを真正面に向き直り、血の気の薄い頬に微笑をひろげた。口紅を塗っていない、いや、蒼白に見えた顔には、うっすらとたしなみの化粧をしていた。当然口紅も。グロスが光線の加減でなまめかしく光る。濡れたようなくちびるだ。
「最後までひとを恋ふる歌をうたっていたわね。そのひと、何色だったのかしら」
「面白い言い方なさいますね。誰か、じゃなくて何色か」
「彼女の人生にどんな着色をしたのか知りたいと思ってるの」
 香寸さんの眼がきらきらと光った。
「歌だけじゃ物足りないですか?」
「ひとって貪欲でしょ。いえ、言い逃れみたいだから、わたしが貪欲なのよ。紗縒さんが好きだから、彼女の人生の軌跡を左右したかもれないひとをしりたいわ」
「わたしもそう思いました。このひと誰なのって。手紙もメールも、母は何も恋愛らしい足跡を残さなかったから、なおさら。恋人は父じゃありません。母が亡くなったあと、実の父親に初めて会いましたけれど、歌の対象には見えませんでした」
 いっきにしゃべってしまって、わたしはほっと息を吐いた。なんだか胸のつかえがとれたみたいな気がした。
 香寸さんはわたしの顔をじっと見て、
「こういう言い方、あなたに理解できるかしら。わたしね、もしも紗縒ママの恋人と出合ったら、そのひととねんごろになりたい、と願っているのよ。彼女がわたしにも誰にも告げずに死んでしまってから」
 何、とごくふつうに絶句する。そこまで複雑な心理はわたしにはわからない。小説ではよくあるじゃないか。母親の恋人を娘がどうとかする。ハーレクインばりの展開だが、わたしは辞退するぞ、考えたこともない、いや嘘かも、え、どうしたんですか百合原さん。
「そんなに目を白黒させなくてもいいんじゃない?」
「とんでもないですよ。返事のしようがないわ」
「あなたって、水品のわりには……ああ、だから紗縒さんの娘なのね。きっとあなたたち母子って、そっくりよ」
 ますますわからないことを言う。ばかにされているような気がする。それでは言葉が過ぎるだろうか、ではもうすこし穏やかに、
「あの、香寸さん、わたしのこと、その、舐めてません? ごめんなさい失礼な言い方」
「舐めたら美味しいでしょうね。わたし水品ママを舐めてみたかったかも」
「……」
 またしても言葉が出ず、完全にうちのめされそう。十年後、わたしは香寸さんのような恐るべきマダムになれるだろうか。ひらりひらりと脳裏に寒牡丹のはなびらが舞う。もちろん深紅いろの。鹿香八幡宮の牡丹園は雪吊りをして、そろそろ見ごろだ。
「透姫ちゃん、あの難しいひとが、そうたくさんの男性に惚れたとは思えないのよ。だから、いったいどんな素敵な男なんだろう、彼女の心を捉えて終世歌の源になった恋人なら、きっとわたしの紅色の幻を駆逐するくらい魅力があるでしょうよ」
「そうはいかないんじゃないですか」
 がんばって一矢は報いる。
「なぜ?」
「だって百合原さん、わたしと母がそっくりなら、母の恋人が出現したら、わたしのほうが有利でしょう」
 その瞬間、自分の口にした台詞のとんちんかんに、顔が赤くなった。言葉はだいじにしなくちゃいけない。わたしこんなこと考えていなかった、はずだ……いえ。もしかしたら。
「ね、そういう願望あるでしょ」
 わたしが放った一本の矢は、スローモーションでマダム百合原の脇をすりぬけ、彼女は優雅にそれを掴んだ。彼女は無傷だ。
「きっと、これから先、たくさんのひとが彼女の恋歌の主人公を探し始めるかも」
「それスキャンダル。パパラッチ的興味」
「エロティシズムの幻影がまつわりつかない女性なんて、魅力がないわよ。男性だってそうだわ。読者はいつもハーレクインを期待するのよ。メロドラマをね」
「お母さんにメロドラマはなかった」
「そういう場合は、捏造するのよ」
「……わたし発熱しそう」
「わたしのインフルエンザが移ったかしら」
「だとしても潜伏期間があるはずです」
 ほほほ、と香寸さんはマリー・アントワネットのように口許に手をあてて笑った。何故アントワネット? 単純に顔が似ているからだと今気がついた。色白面長に受け口、ハプスブルグの顎をしている。
「透姫子さんのおかげで、わたし気分が復活したみたい。一階に下りましょうか」
「はい…」
 しおしおと肩を小さくして百合原さんのうしろについてゆく。香寸さんは背中をすっとのばし、花模様のスリッパを履いた足取りも思いなし軽い。貫禄勝ちの彼女から鼻唄でも聞こえそうな感じ。
 それにしても、母親に歌われた主人公はどんなひとなんだろう、大晦日に緋郎に皮肉られて、恋人探しはやめようと思っていたのに、卯咲苑のマダムにまた煽られてしまった。そういえば、百合原さんは独身だが、交際相手はいないのかしら。母が歌ったとおり、あでやかなくれなゐの似合うこの女性なら、水品紗縒どころではなく、異性をひきつけてやまないだろうに。
 卯咲苑の一階では六、七人ほどが長方形のテーブルを囲んで、楽しそうに話し合っていた。早織以外はみんな顔見知りだ。わたしたちが入ってゆくと、
「起き上がって大丈夫なんですか」
 口々に問うてきた。
「透姫子ちゃんのおかげですっきりしたわ。で、話は進んだ?」
「香寸さんがだめだししたから、また振り出しにもどっちゃった」
 舌たらずな口調で答えたのは、知的障害の女の子。障害といっても、日常の軽易な労働、たとえば簡単なネット操作、裁ち縫い染色もできる。覚えた仕事は普通のひとより時間はかかるが丁寧だ。けれども、彼女はひとつの仕事を終えると、次を自力で始められない。誰津かの指示が必要なのだった。そして指示をするひとは、彼女の心をゆるす相手でなければならなかった。自分を受け入れてくれ、またこちらも好ましく思う相手でなければ、彼女の心は石になった。直感で相手の内面を見抜く繊細さを、ひとは時折病疾と呼んで差別する。
 だが、歌人で画家の水品紗縒に育てられ母親同様、堅固で健全な社会の枠からすこしはみだしている自覚とともに生きているわたしは、母の厖大な詠草の数々が、きっといくらか病疾、と呼ばれる心の偏りから生まれてきたものだろうと思わずにはいられない。健康、健常とは、まったく文字どおり、大地にしっかり立ち上がり、常の領域でたくましく生きていることなのだ。そのためには、彼も彼女も身心において鈍感であることが不可欠だ。健康の秘訣は鈍感ではないのだろうか?
 またこうも言える。鈍感さとは命にたいする思いやりであると。生きることを大切にするなら……自分の命さえ他者とみなして、礼儀正しくふるまおうとするなら、些事や瑣末に鈍くならなくてはならない。自分を生かし、また周囲をも労わるために。
 あれ、では紗縒さんは頑丈だったのかしら。そうかも、そういうしたたかさがあったのかも。堂々めぐりだ。だってお母さんは死ぬまでわたしを哀しませなかったもの。わたしお母さんが余命告知されてからいっしょに過ごした半年間が、お母さんとの時間の中でいちばん愉しかった。
でも、あなたは苦しかったし痛かったのよね。死後彼女の洋服箪笥の奥から、ありとあらゆる飲みかけの鎮痛剤が出てきた。モルヒネは劇薬で、意識混濁を起こす。歌を紡ぐとき、彼女は市販薬でしのいでいたのだ。
 そして恋をしていた。誰に? 時折の外泊先をわたしは尋ねなかった。死の寸前まで歌はうたわれ続けた。あなたは誰? 癌のうねりを我は抑へず死顔も君に逢ふたびつややかにして、逢うたびに死んでいった、死に近づいていた母の前にいたひとはどんなひと。わたしの心はまた動き始めた。もしかして百合原さんも探しているの?
 香寸さんは二間続きの向こう、西側のアトリエに入っていった。まだ寝間着にガウンを羽織ったままだ。暖房しているとはいえ、寒すぎないかしら。
「透姫ちゃん、これどう?」
 香寸さんはアトリエの一角に三つばかりならんだ大甕を見せた。高さはわたしの腰くらいまであり、胴回りはひとかかえもありそうな重厚な素焼きの甕だ。なんだろう。どこの焼き物かしら。
 古屋の中でアトリエの部分だけは大幅に改造して、住居の面影をまったくとどめない。床以外の壁と天井を漆喰で塗り、床板はフロアリングではなく、足柄の校舎から運んできた木材だった。そこに染色の壷や甕などがいくつも置いてある。染料の植物と媒材の匂い。室内の隅には繊維を煮る竈があった。みんなが集まっている隣室とドア一枚隔てただけだが、正月にここは火の気を消して薄暗く、冷たい外気がすうすうと周囲を動いていた。
「何焼きですか?」
「韓国からとりよせたの。もともと染料の甕じゃないのよ。なんだと思う?」
 なるほど見慣れた藍甕にしては風合いが違う。素焼きらしい生地もしっかりしているがこの大きさの割には、同じような日本の焼き物より薄く、中を覗き込むと、土の匂いと、藁の匂い、それにもっと香ばしい、なんとも言えずなつかしい匂いが残っている。
「わからない」
 うふふ、と香寸さんは悪戯っぽく笑った。今度の笑いは無邪気な好奇心でいっぱいだ。
「また恐いもの知らずの試行錯誤なんだけれどね、これ味噌の甕」
「はい」
「韓国味噌、テンジャンって、朝鮮王朝時代は、ほんとにデリケートで美味なものだったのよ。おいしい味噌を発酵させるために、味噌甕は、わざわざ風通しのよい木蔭に置いたの。植物と風邪と光と、大地の湿度が、ゆっくりと麹に作用して、えもいわれない美味を調整したそうよ」
「だから?」
「わたし、これで自分の色を発酵させてみたいの。いろんな素材を重ねて、もうひとつ奥行きというか、深みが欲しい。それから染め上がったあとの耐性も。おいしい味噌ができるなら、きっと極上の色を醸すことだってできるわ」
「すごい飛躍ですけど、成功したらすてき」
「でしょ? 発酵というのは言葉のあやだけれど、この百年以上前に使われた味噌甕に色を寝かせて、葡萄酒のように変化を測ってみるつもり。時間が経てばあらゆる色は褪せるもの。だからこそゆっくり醸成して。風と光と時間と」
「そういえば、何百年経っても褪せない色がありました」
「中世ミニアチュールね。樹脂の魔法。練り上げてから、すくなくとも十年は寝かせて、聖画の彩りを永遠にした」

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中世夢幻 其八 夢浮橋

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其八 夢浮橋
 
 これからどうする……
 元能の眼前で宝珠が捩じられていた。いや宝珠ではないのだが、一休宗純に組み伏せられ、黒髪をばさらに乱して、汗の湿った匂いをたてている女は宝珠に見える。
 充満している臭気は、汗と、もっときわどい閨の匂いだ。
 男に抱かれている女は、元能の見知らぬ顔のはずなのに、揺さぶられ続ける刹那せつなの狭間に、どうかすると行方をくらました娘の面がかぶさって見える。
 かたく目をつぶった女の顔はおそろしい。美しい女なのかもしれない。しかし美しく見えない。元能は自分の額に滲む汗を手の甲でぬぐった。
(捨身)
 どうしたら解脱できるか、と問う元能の顔を一休はつくづくと眺め、声を出さずに笑った。大笑いした。一休は声をたてて笑ったのに、元能にはその声が聞こえなかったのかもしれない。
「ほんの、ひ、ひとまたぎだ」
 一休は言い、元能をここへ連れてきた。女が待っていた。観音、と一休は女を指差し、それからおもむろに始まったのだ。元能には何のことわりもなく始まった。
 狼狽して逃げようと思えばできた。だが元能は動かなかった。観世座が崩れかけている、という事実よりすさまじい衝撃、父の、世阿弥の記憶を塗りつぶすほどの衝撃が欲しかった。解脱への路が愛欲の姿と見つめつくすことならそれでもいい。それ、でも、いい。
(だが、俺は何から逃れたがっているのだろう。何が俺を縛めているというのか)
色欲、情念、執心…何と己の人生に無縁な言葉だろう。俺を現世につなぎとめているものは何だ。女か、宝珠か、違う。芸能への執、それも違う。観世一門を背負い立つほどの器ではない、という自覚はある。元能よりも世阿弥がそれを知っている。
(父上は、俺に何も期待してはいない)
 砧の夜の、父の静かな労わりには、すこしの圧迫もなかった。しかし圧は外部よりも元能自身のなかから興る。
 ふたりの兄が背き、今また自分も一門を捨
てようとしている。
(俺が出離を選んでも父上は俺を止めない。重兄をとがめず、雅兄を追わなかったように)
 う、というかすれた喘ぎの後で、男が女から離れた。元能の眼に塊がひしひしと蠢いていた時間は短いのか長いのか。どちらかの肉体が床にころがる柔らかく重い音がした。女の白い背中にまつわる黒髪は豊かに長い。
 がさがさと気忙しく枕元の瓢箪を一休は探った。その垢じみた体臭が急に元能の鼻をつく。一休は顔をあげた。元能の視線を捕えて
「こんなものだ」
 醒めた声だった。
「え?」
「因果の絡みとは、これに尽きるのだよ。お前は何から解脱したがっているのだ。自分でもわかっておらぬのだろう? 観世の子弟は美形な上に天才ぞろい、だがお前は兄二人を失ったあと、一座を支えきる自身がなくてぐらついている。お前が願っているのは解脱ではなく逃避だ。逃げても無駄だ。出家したとしても、世阿弥も能も、今のお前の性根では、
終世つきまとう」
 吃音のかけらもないなめらかな言葉だった。今のいままで女と絡んでいた男の声とは思われない。一休は続けた。
「迷いの手前でぐらぐらしている。迷うならいっそ観世崩壊まで迷うてから身を捨てよ。さすれば観音のありがたさも、捨て身にしみてわかろうというものだ」
男たちに背中を向け、肩肌脱ぎのまま乱れた髪を梳っていた女が元能をふりかえり、目を細めた。宝珠には似ていないが、色の白い綺麗な女だった。鳩のようにくくっと喉で笑い、一休を指差し、
「このひと嘘つきだから信じちゃだめよ」
「この世じたいが嘘なのだ。真など何一つ、どこにもない。世界には、風にひるがえる木の葉のように、裏と表があるだけだ」
 素っ裸で一休はあぐらを掻いた。女が舌打ちして彼の膝を袈裟で覆った。一休はさらに言った。
「裏も表も、その日その時の当人の心しだいだ。普遍の表、などというものはないのだよ。元能、帰るがいい。お前の家が滅んだときにまた逢おう」
 一休は瓢箪をぐいっとあおった。喉を鳴らして呑もうとしたが、あいにく中身はほとんどからだった。彼が鼻に皺を寄せて瓢箪を投げ捨てるのに、
「世阿弥は滅びぬ」
 元能は言い返した。観世は滅びない、と言いたかったのだが、なぜか口をついて出た言葉は世阿弥、だった。元能は呼吸を静めてもう一度、自分の口にするものの意味を噛みしめるように言った。
「父が死んでも、世阿弥は滅びない」
 命には終わりあり、能には果てあるべからず、俺にとっては世阿弥が能だ。
「そうか。ならばお前の父親が死んだときに俺のところへ来い。今のお前は女よりも仏よりも、親父殿にがっちり掴まれていて、解脱も逃避もならん。だがな」
 と一休はすこし間を置いて傍らの女をちらりと見た。
 能が映しているものは、詰まるところ、人が人である所以の業なのだぞ。
帰れ、と一休は言った。

寺々の後夜の鐘が闇に冴え、長く尾を曳くその響きの、ひとつの谺が鎮まらぬうちに次の鐘が突き鳴らされる。おだやかな湖にも似た都の有明のしじまを、そこかしこの寺院の鐘は、たいらかな水面に滴る夜露さながらに波紋を描き、やがてそれらの漣の末は、凍てつく大気のために白く結び、薄氷のような霜が一面に降った。底冷えは霧となって盆地の底にほの青く沈む。さばかり吹きすさんだ木枯しは、朝のいっときふと小止み、それは凝った空に圧さえつけられるように、骨身にしみる京の真冬の訪れだった。
 
たらちねの道の契りや七十路の
  老いまで身をもうつすなりけむ

家人にさきがけて床を抜けた世阿弥元清はただちに稽古場へ入る。ひとけのない薄明のなかで、彼はこの稽古場だけは余人に任せず我が手で拭き清めていた。武家の応接間である九間にならった三間四方の座敷は、数十年来、世阿弥にとっては、俗世のいかなる高貴のひとに増して、能の呼びだす彼岸の者たちにまみえる聖所となっている。
早朝、この部屋に入る前に、彼は口をすすぎ手を洗い、女の手を借りずに髪をくしけずった。かつてのゆたかなみずみずしい黒髪はとうに白く、頂の膚が櫛の梳き目に透るほど薄くなった。おぼろな曙光をたよりに向かう鏡は、この朝の寒気に何度袖で拭うてもたちまち吐息に曇り、鬢のほつれも見分けがたいが、彼はそれを是とした。
うわべの美を誇る日々は遠ざかったが、老年の見苦しさをがえんじはしない。
 肉眼を超えた視覚を求め続けた彼は、凡人のまなざしのあやふやを熟知している。人は己の見たいものしか見ない。逆に言えば、見えていると信じているものは、当人が見ようとするものなのだ。したがって己の身の丈に応じたものだけが見えることになる。それはせわしげに、あたかも一瞬ごとに過ぎ去る時間の速度と競いあうかのように、皆ひとのまなざしは落ち着きなく、あわただしく世界万象の上を滑ってゆく。
 かつて若き日、世阿弥は己の姿の隅々まで見極め、改め、寸分の隙もなく整えねば気が済まなかった。芸においてはさらに。
 心を究め、舞を謡を究め、己自身には決して見えぬ己が後姿までも、研ぎ上げた心眼で見尽くしてこそ、至芸であると。
 離見の見、と彼はその境地を呼んだが、さばかり容赦ない練磨で透徹したのは、目もあやな光彩陸離を突き抜けた、かそけく冷たい陰影の世界であった。
 冷えた世界、無文の能。
 彼は鏡の蓋を閉じ、広縁をゆくりかに歩んだ。素足の爪先に寒気が錐を揉むように厳しい。うち見れば池には氷が張り、しらじらと靄いでいた。あたかも、この家の吐息のような白い蒸気が、葉の半ば落ちた木々を翳らせ、ごくゆるやかな大気の流れのままに、右に左に動いてゆく。池の端に楓は残んの紅葉を点じているが、その緋いろさえも、今は深沈と夜明けの青い紗を被いていた。
 無の世界、と彼は精進の頂点に掴んだ結晶を、心中に冬の太陽のように眺めた。
 いや、と彼はまいら戸に手をかけ思い直す。羽目板にふいに朝陽がさし、松影は巨大な掌のように彼の背を掴んだ。
 新羅夜半日頭あきらかなり
 これよ、と彼は頷くのだった。
 この一句ほど、ただ今の彼の内奥を言いあてているものはない。真夜中の太陽。輝かず、暖めもせず、しかしその赫然はまさしく太陽であり、深遠の周囲を貫いて天にある。
 否、中天にあって、黒々と濃い夜を象るものこそ太陽だ。なぜならば、闇は光が生み出すものだから。太陽の光輝は闇を凝縮し、ひきしぼり、ともすればほしいままにあふれだす暗い情念を、正円の内部に封じようとしているかのようであった。
 情念が生む闇。
 しかし太陽もまた情念により生み出されたものに他ならぬ。あたかも、太陽は情念の途方もない自惚れ、是が非でも己が姿を照らし見たいという欲望、己自身をことごとく味わい尽くしたいという渇望によって、人間の精神から転がり出てきた鏡のようなものであるかも知れない。そして、闇は闇を、夜は夜であることを認識し、さらなる渇望を暗い熱に変えて、ふたたび太陽の内部へと収斂してゆくのだった。
 室内に足を踏み入れた世阿弥は、微かな違和感に眉をひそめた。やや視力が落ちて、彼方こなたのものみなが、靄然と霞む。しかし鳥獣が、嗅ぎなれた風の流れのごく僅かな歪みに異変を察するように、世阿弥は定かならぬ視界の一隅に、彼の神経をそよがせる何かを感じ、ゆっくりと瞬きした。
 正面奥の押し板、香炉、その上のすさ壁には夢想国師の偈、燭台、数冊の漢籍。
 燭台の脇は世阿弥の常の茵だった。ここに端座して、この夜毎、次男を相手に問わず語りの談義をした。息子がかしこまっていたちょうどその場所に、ひっそりと一巻きの書があった。
 手にとった父親は、まず奥書を見た。 
 たらちねの道の契りや……
 一瞬呼吸が滞り、まるで辻褄を合わせるような勢いで、家人が廊を小走りに来る気配が聞こえた。
 歌はさらに続いた。
 ははそ原 かげ置く露のあはれにも
   なほ残る世のかげぞ絶ち憂き
 元能も行ってしまいました、と老妻の喘ぎ声がまいら戸で崩れた。太夫、とこの妻は長年連れ添った夫をこう呼んだ。
「太夫、あの子を止めて下さい。まだ遠くへは行っていない。昨夜はこの家におりましたものを」
 さしせまった訴えは半ばで嗚咽に変わり、世阿弥は肩で息を整え、奥書の最後の和歌に目を走らせた。
 立ち返り 法の御親の守りとも
   引くべき道を せきな留めそ
(兄上を引き留めてください)
(わたくしを見捨てるおつもりですか)
 元能の声が、世阿弥の脳裏を走りぬけた。
 妻もまた、
「太夫、あの子を」
 取り乱すな、と彼は声を絞り、元能のしたためた『申楽談義』を指先が白くなるほど握りしめた。

 ぎし、と櫂が音も重く漕ぎ出た渡し舟の縁に、元能の眼を射るように真紅の葉が落ちた。
 朝まだき舟路に乗り合わせた客は少ない。舟を操る渡し守は腰の曲がった老人だが、きっぱりと目を見開き、いちいちの乗客に頭を下げる。寒中というのに、裾のほつれた衣を短く膝上までからげ、剥きだしの痩せ脛につぶつぶと浮き上がる鳥肌が凄い。
「風もないのに、何のしるしぞ」
 縄で口を縛った麻袋をいくつも身の回りに並べた物売りふうの老婆が舳先にひとりうずくまり、しわぶきながらひとりごつのを元能は聞きとがめ、笠を被った顔をあげた。
「追い舟の飛花落葉は、舟の客人の置き捨てた誰ぞの未練とか…」
 片目だけそこひを患うらしい老婆は、皺の幾重にも寄った顔をもぐもぐと歪め、歯が抜けてすぼまった口から声を揉み出すように続けた。赤く爛れた眼に脂がこびりつき、それをぼろ布や袖口で、ひっきりなしにこすっている。乾いてこびりついた眼病の粘液は、それでも落ちずに小鳥の糞のように彼女の病んだ瞼を覆っている。物売りと見える風体だが、呟く言葉の独得な抑揚から察すると、流れの梓巫女でもあろうか。老婆は麻袋のひとつから、桑の木に絃を張った粗末な弓をとりだし、見える片目をしょぼしょぼさせながら、元能をふりかえって、手まさぐりに鈍い音をいくつか爪弾いて聞かせた。
「おまえさま、どこに行かれる。先を占うて進ぜようかえ」
 舟の乗客の中で、元能の秀麗な若さは際立っていた。師の一休にならって、笠をかぶり身なりをやつしているのだが、世阿弥の子は、それでもみすぼらしく見えないのである。巫女でなくとも、元能に興味を持つのは当然だった。ごそごそと船べりにつかまりながら元能ににじり寄る老婆の前に、脇から一休がぬっと割って入った。
「こ、この者は此岸を離れたも同然であるから、後先の区別はない」
 老婆相手に一休はどもりながら、元能が浅く被っている笠の端をつまんで、剃りたての頭を見せた。ほおう、と巫女は見える片目を精一杯見開き、
「新発意かえ、なむあみだ」
 手を合わせた。
 きい、きい、と舟は流れに棹さして水を押し分け、蒼白な冬霧のたちこめる川面に小舟はなめらかな澪の波紋を裾ひろがりに描きながら進む。元能は自分の膝上に落ちた紅葉にじっと視線を注いだ。今朝の寒気が凝ってこの一葉に集まったかのように鮮やかな朱色だった。紅入り、紅なし……紅をいろ、と読ませてその色彩が衣装に入れば若い女、さもなければ年たけた女、と演じ分けてきた。この赤い紅葉なら、と元能の胸うちになお点る熱さがある。見透かしたように一休は、
「未練は捨てろ、いっさい捨てろ」
 くどくどと言った。その吐息は熱く、酒臭い。出家を願った元能の髪をひとつ剃るごとに、一休は酒をぐい、とあおったものだ。酔っ払いの手元が狂いでもしたら、と元能は半ば危ぶみながら、その反面、自分のいただきをぞりぞりと削いでゆく一休のかみそりの運びに、背筋がぞくぞくする血なまぐさい快感を味わった。もしも今、一休が自分の首筋を掻き切ってしまえば、いっさいはけりがつく。出家の意志は自棄ではないが、さいぜんに一休に突きつけられたように、元能にとっては、眼の前の現実を受け止められぬ逃避と言ってさしつかえない。その自覚はあった。しかしまた、不肖の彼なりにたくらんだはかりごともある。
 『申楽談義』をしたため終え、世阿弥に残して元能は出奔した。いっぽう、出離の数日前に家人の某に、大和の兄へ文を託した。
(俺は観世を継げぬ)
 たとえ南朝ゆかりの娘をめとり、子をなしたにせよ、元雅ほどの達人がやすやすと能から離れられるはずはない。一座の棟梁としての責任感もある。まだ若輩の末弟の器量を測れぬわけがない。さらに元重率いる新座との凌ぎ合い…。それら一切を捨てて大和びとに混じろうという元雅の決意が元能には理解しがたかった。南朝の女と係わるのが逆境の世阿弥一座への新たな災禍となるのを危ぶむというのなら、今までどおり伏せておけばよいものを…。ぬきさしならず元雅の進退をはっきりさせずにはおかなかった大和の女がどういう筋目なのか、ということまで元能は考えなかった。
(俺が消えれば兄は必ず観世に戻る)
 短絡な動機は、仲のよい兄弟ゆえに可能な過信、確信でもあった。
「未練などない…ありません」
 元能は一休に応えた。出離の師に選びながら、彼に対しては、なぜか敬語がするすると出てこないのだった。世にはばかって宮中を追われた後小松の皇子と聞いたが、年のころは元雅ほどの一休の風貌には、貴種の者らしい気韻がまったく感じられない。それは元能だけが受ける印象ではなかった。西洞院の遊女たちが、かるがるしく一休を坊さん坊さんと呼び合い、遊女の気まぐれに時折情けをくれてやるという扱いの軽さを、むしろ一休は歓んでいた。この男がちゃんと金を払って買った女はたぶん宝珠だけではなかったろうか。しかし、それも時折のことで、たいていの場合、宝珠は一休が厨子に払う玉代よりずっと多額の喜捨を、かなりおおっぴらに施していたから、地獄厨子の遣り手婆ァに疎まれてもしかたなかった。
(あれはどこへ雲隠れしたのか)
 元能はただいま漕ぎ離れた岸辺をふりかえった。宝珠は…。彼が初めて知った女。水よりも風の流れよりも気ままに軽く、枝を離れてはらりと目の前に踊る桜のはなびら、あるいは楓の葉のように、とりとめなく彼の傍らを過ぎた。あれはどこに消えたのだろう。出奔の前夜、元能の心になお、熱く小さい渦が巻いたがねじ伏せた。西洞院に行っても、もう彼女がいないことはわかっていたのである。
 出離の岸辺は朝じめりの霧に深く覆われ、はるかに響く明け六つの鐘も、まるで元能と都とを隔てるかのような霧に包まれてどんよりとおぼめき、厳冬の冷え込みは東雲かけてさらに凍てつくようだった。
 かじかんだ指を揉みしだきながら、元能は己の仕草がなお、扇あしらいを損なわぬようにとの舞台の前の心がけそのままなのを知る。
 捨てきれるか、と舟の軋みにも似た脅えがやってくる。芯から思い離れたとは言い切れない自分の心が霧の中にぼうっとあかるんでいる。あかるみの中心は世阿弥でもよいし宝珠でもよい。もろもろの迷いの姿は明滅してさまざまだった。迷いをしかじかとひとつに定められるのなら、解脱はたやすかろう。
 またぞろ揺れ動く己が心から目を背け、元能は横の一休を見やったが、破戒坊主はこの寒さに腕も脛もまるだしで、肘枕の高鼾。あるいはずるい狸寝入りかもしれぬ。
 一休という男は、ひとを欺くことに少なからぬ悦びを感じている。それが善であれ悪であれ、大勢の指向をわざと覆し、もどき、唾を吐きかける愚行を自ら楽しんでいる。破戒堕落を声高にわめき散らし、権力におもねる禅門の虚偽を暴露してやまないが、彼の言動は、一貫した確固たる信念によって己を貫いてゆくというよりも、常に世の主流に対立する逆の姿でいたがるようだった。
 猿楽者の家に育った元能には、一休という人物が神楽の天の邪鬼のように思える。人に逆らい、片意地を張る天の邪鬼は災いをなす悪鬼でありながら、同時に村々へ豊穣をもたらす神でもあった。
 川の深みの中ほどでゆらりと舟は行きあぐね、流れとそれに逆らう小舟の力とが拮抗してしばしたゆたうと、元能は自分の心が舟足を滞らせたかのような、漠然とした迷妄にとらわれるのだった。生にもよれず死にもよれぬ、この舟の足よ、と元能は息を吐いた。
(元雅兄を観世に戻すために出家したのではないが)
 かりに兄がふたたび観世本家を顧みてくれたら俺はどうするだろう。心安らぐだろうか。
「何を考えている」
 後頭部をこづかれて我にかえると、一休が充血した目で自分を睨みつけている。
「また邪念を蓄えているな、欲の深い」
「邪念ではない。ありません」
 一休は鼻の穴を虚空に向けて口をとがらせ、見透かしたような横目で、
「おまえのような無能はともかく、世に名高い世阿弥などは、生きの一刹那をむさぼりの念で過ごしておる」
「どういうことです」
 世阿弥を罵倒された元能は、思わず逆上し、舟の上ということも忘れ、ぐらりと立ち上がりかけるのを、左右の相客にひきとどめられた。
「父上ほど真摯なひとは」
「いやさ」
 一休はにたりと笑った。元能の怒りを一休は明らかに楽しんでいた。耳の穴に小指を入れ、しきりにほじくりかえしながら、
「金品を集めるばかりが欲ではない。おまえの父親は、この世のありとあらゆるものを、猿楽の益に、己が芸の足しにしようと虎狼の念で生きている。おまえの一家は地獄の業火をひきずり、世に邪念の火の粉を撒き散らしておるのさ。それでもなお飽き足らぬと見えて」
 しわがれた笑い声に紛らしたかと思うと、一休はふいにがらりと表情を変え、ずだ袋から干し肉を取り出して食べ始めた。
「酒欲しや」
 干し肉は、肉をまず火に炙って天日干しにした携帯食であった。肉食は飲酒同様、僧侶には重い戒めだ。しかし一休はぴちゃぴちゃと舌鼓を打って肉を喰いちぎり、うまそうに喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。
  朝妻舟とやらんは……
 おや、と舟の客たちは時ならぬ晴れやかな歌声に耳をそばだてた。ようよう霧がほぐれ、声といっしょに朝陽が重い雲間を分けて射し出ると、対岸は一瞬明るく輝き、大気は動いて風向きも変わった。じっとり重い冷気は、しだいに身を切るような乾いた寒さに変わり、旅人たちは一様に咳込み始め、洟をすすりあげ、川風の寒さをかこつのだった。
元能には、しかし内面の澱みを結晶させるような寒気が快かった。とらえどころのない迷妄を集め、凝り固め、凍てつかせてしまえば、心の靄のけじめがついて、その余白はいっそせいせいするのではないか。眼に映る川面の水蒸気もまた、かはたれの濁りを消していさぎよく透き通った。
そのなかを、眼前にひろがる冬景色の荒涼にはそぐわないなまめいた歌声が近づいてくる。
朝妻舟とやらんは
それは近江の湖(うみ)なれや
我も尋ね尋ねて
恋しきひとに近江の…
節まわし巧みに、間合い小気味よく鼓が鳴る。よお、ほお、と掛け声の確かさに元能は臓腑を鷲づかみにされたような気がした、捨てようとした芸人の性根に一瞬で血が戻ったのは、耳に届いた歌声がほんのかたそばながらも、稀なよい勘の持ち主とわかるからだった。
 恋しきひとに近江の海山も
 海山も隔たるや あぢきなや
 浮舟の 棹の歌を 歌はむ
 ほ、と一休は舟縁に頬杖をついてにやにや笑った。
「地獄に菩薩」
 歌っている女は防寒のために頭から被った赤い垂れ衣の端をちらりとまくって顔を見せた。元能の眼に彼女の笑顔はいたい。胸にしみる。宝珠だ。脇の鼓は蝉丸。

  あぢきなや、とても消ゆべき露の身…
 謡いさして口をつぐんだ義教の横顔を、太刀持ちの傍小姓は慎重な上目でうかがった。やや下ふくれの色白に、八の字眉がさらに優しく、凛とした美少年というよりは、娘の小袖を着付けたいような顔をしている。彼は先日元重に応対した小姓であった。彼は幕府の重臣赤松氏の出で、本家満祐の甥にあたる。
だが叔父とは仲が悪い。よくある跡目の悶着で、少年の家系は現在の本家と齟齬を生じていた。彼の父は息子の将来を恃んで将軍の小姓にあげたのだが、その目論見はあたった、と周囲はもっぱら噂している。美少年は正室重子よりも伽に召される夜が多い。
 しかし、少年には主の心象が掴みきれない。もとより鋭利な義教であるが、内腑をえぐる密着のあわいには、いささかなりとも狎れが生まれるはずだった。愛される者と愛する者、与える者と与えられる者との立場が、微妙な均衡を保ちながら逆転する親しさ。主従の箍で縛められている日常を覆す甘美な瞬間が、はらわたに放出される迸りのように少年の上に訪れる筈なのだった。しかし、義教は少年を受動の淵に留め置いた。快楽より鋭い、刃のような昵懇は、ついにこの少年には与えられぬものらしかった。
 嫉妬の直感で少年は、義教の刃が観世元重にのみ直にふりおろされるのを感じ取っていた。望んで得られるものではないが、と少年はむず痒いような苛立ちで唇を舐めた。己れの若くしなやかな肉体より、将軍の官能を掴んで離さない元重の魅力は何なのか。少年はまだ、自分の肉を通してより、物事の判断がつかぬ年頃であった。
  あぢきなや…
 再び義教はうなり、室町御所のきらびやかな調度を睨んだ。大陸渡来の珍品が、この会所に飾り付けられている。将軍義教は今、比叡山の反乱鎮圧に対応を迫られていた。義満が造営した相国寺鹿苑院が、比叡山延暦寺と領地の境界をめぐって抗争し、将軍家と朝廷を巻き込んで紛糾を重ねている。朝廷は例のごとくのらりくらりと是非の決断をあきらかにしていないが、内実は延暦寺に味方していることははっきりしていた。北朝天皇家は、即位存続にかかる物資また権威のいっさいを幕府の庇護に頼りながら、隙あらば足利政権をすくおうとする画策を止めないのだった。
 既に義教は延暦寺討伐を決意していた。各地の一揆・謀反勢力と、中央の大寺院の勢力が結びつきでもしたら、事態は寺の領土争いでは済まされぬ。いや、近年の南朝小倉宮の台頭と比叡山の反抗は密かに呼応するのかもしれなかった。ことは余談を許さない。しかし、と義教はまたしても歯噛みする。
 宗教勢力と表だって戦うのに難色を示したのは、日ごろ何かにつけて将軍を権勢している宿老大名ではなく、意外にも、義教が将軍就任以前から腹心として行動してきた三宝院満済だった。醍醐寺三宝院をあずかる僧侶は、頑なに延暦寺の懐柔妥協を勧め、義教の強行を制しようとする。
 売僧(まいす)めが、と義教は壁際に所狭しと陳列された唐絵、花瓶、調度のたぐいをねめつけた。これらの多くは満済が審美眼を発揮して献上…無論、なにがしかの権益とひきかえに…したものだった。満済が将軍家と延暦寺の間で一身の保全を躊躇している内心は知れている。彼は宗教界最大勢力延暦寺を敵に回したくないのだった。
 待てぬ、と今朝彼は三宝院に延暦寺討伐の意を伝える使者をさしむけた。調停役をかって出ている満済には寝耳に水というものだろう。御所を出てから既に一刻を過ぎたが使者は戻らない。公家ふうに長袖流をきめるつもりか、と侮蔑の嗤いが将軍の顔を掠める。
 棺桶に片足をつっこんだ老人が、ありはてぬ未来に向かって飽かず貪欲に権力欲を募らせている姿は、果断な義教には虫唾が走る。いまごろ満済は清潔に整えられた顎鬚をしごきながら、どうやって義教を言いくるめるか思案していることだろう。ひょっとしたら将軍にいっそ毒でも盛りたいほどの鬱情をたぎらせているかも知れない。もっとおとなしい、我らの言いなりになる腑抜け公子のほうが、今となってはようござった……。
使者として遣わしたのは細川持之だった。常の伝令たる日野氏ではなく、わざと大大名細川氏を選んだのは、義教の決意の固さを知らしめるためでもあるし、さらに意地悪く言うなら、軟弱武家の細川の狼狽を楽しみたかったからだ。案の定、義教の決断を拝命した持之は、色蒼ざめて御所を退いた。海千山千の宿老大名の中で、武を忘れた教養人貴公子の彼ほど、政治折衝に不向きな人物はいない。
細川氏は将軍に加担できないが、さりとて満済と組んで権謀術数をめぐらす狡猾もない。
(古今和歌集を諳んじるくらいだ)
 義教は脳裏に満済と持之のぎくしゃくした問答を思い描いた。声にも表情にも決して出しはしないが、義教の全身をあらあらしい哄笑が揺さぶり、彼は獲物を見定める猛禽のように、双眸を虚空に鋭く光らせた。

  あぢきなの 夢の 浮き世や
  ただ狂へ 舞へや 遊べ
  つれなくさかしらだちて
  恨み残すな なよな なよ
「坊や、どこへ行く」
 鼓の調べ緒を締めなおし、蝉丸は元能を呼ばわった。
 破れ蓑傘に杖を握った蝉丸の出でたちは元能に濃い既視感覚をくれた。鬱蒼としたなりは、猿楽一座が旅巡業のさきざきで、山の神田の神として演じてきた鬼の姿だった。この男はいったい何者だろう、という疑問がそのとき初めて元能の頭に礫のように降ってきた。
「お主こそどこへ行く」
 元能は逆に問い返した。蝉丸の横から赤い被衣(かつぎ)に、玉椿を描いた紫の小袖の宝珠が、川風に乱れる被りものを抑えながら歌うように応えた。
「風の向くまま行方さだめず」
「尼になるのではなかったか」
 宝珠を相手にして、沈んでいた元能の心が明るんだ。弾みのあるなつかしい声だ。宝珠もまたいったい何者なのだろう。どこから来たのか。尼になったと聞いたが、色とりどりの衣装ば、まだ俗の女のままだ。
「もとからあたしは尼なの」
 生まれは若狭の八百比丘尼。
「それでは御身は人魚の肉を喰ったのか」
 一休は狸寝入りの首をもたげて口を挟んだ。
遠慮なしにずけずけと、
「御身が不老の八百比丘尼ならば、情けをもらった儂もさぞ長寿を保つであろう。ありがたや」
 八百比丘尼とは、人魚の肉を食べたおかげで不老長寿を得たという娘の伝説である。若狭国で、漁師の父が隠しておいた人魚をそれと知らずに食べた娘は、そのときから年をとらず、両親、夫、家族皆が年をとって死んだのちも生き長らえた。彼女は次々と再婚したが、どの男も人の運命のままに亡くなり、何度となく死別の悲哀を味わった娘は、やがて世を捨てて出家し、その手に椿の枝を携えて国々を経めぐったという。
 中世、日本各地には、この八百比丘尼を名乗る遊女たちがいた。尼僧姿の女たちは自らを神秘めかし、諸国をさすらいつつ色を売った。すべての男を拒まぬ遊女は、特定の男のものにはならない存在として聖でありまた賎であった。
 蝉丸はおもむろに自分の小舟を元能の乗る渡し舟に近づけ、櫂をあやつって上手に一休の傍まで船端を寄せると、いきなり
「見極めてやるぜ」
 蝉丸はぐいと猿臂を伸ばして坊主の襟上を掴んだ。腕力で相手をずるずると引き寄せると、渡し舟も蝉丸の小舟もぐらぐら揺れたが、宝珠は笑いながら体をずらして自分たちの乗ったささ舟の均衡を図り、渡し舟に乗り合わせた者たちもあわてて反対側の縁に体を集めた。
 蝉丸はひきよせた一休の顎を別な手でつかみ、彼の眼をじっと見つめた。首をしめあげられても、一休はへらりとした薄笑いを崩さない。
「破戒坊主が。今生の終わりまでしたいほうだい。ずぶといつらだ」
 失せろ、と蝉丸が手荒く突き放すのに、一休は身軽に膝を沈め、揺れる小舟の上をひょいひょいと雀踊りに数歩下がり、蝉丸の手が届かないと測ってから舌を出した。蝉丸はぺっと唾を吐き、そうするうちに二艘は並んで対岸へ着いた。
 舟が着くなり、一休は身軽く舟縁を飛び越え、誰よりも先に川岸に上がると、うしろをふりかえり、
「亡者ども。地獄の沙汰を行け」
 言い捨てて、兎のように敏捷に枯れ葦のざわめく河原の中に走り消えてしまった。元能には一瞥も残さなかった。
 渡し舟は客を降ろしてふたたび向こうへ戻ってゆく。川の流れを乱して重たげな波紋がふたたび拡がり、鳥の声がけたたましく響く。百舌だろうか。癒えかけた傷を暴くような記憶が元能に戻りかけ、青年は息を呑んだ。
「どこへ行くの」
 宝珠がもういちど重ねて元能に尋ねた。
「大和へ行く」
「兄さんを連れ戻しに?」
「観世には兄上が必要だ」
 蝉丸は歯を剥きだして笑った。
「おまえでは支えきれんな」
 無遠慮に裁かれたが、乾いた物言いはいっそ元能の耳に快かった。蝉丸はさらに、
「しかしおまえの兄はもはや観世には戻らない」
 断定した。
「なぜだ」
 元能は問い返した。なぜわかる。
 蝉丸は腕組みして青年の顔を覗き込み、周囲に舟の乗客が、もう残っていないことを確かめると、声をひそめて
「元雅の契った女は南朝の皇族だ。それに子を孕ませた元雅はもはや抜き差しならず一揆の一味に加えられた」
 元能は唇を曲げた。半ばは予想していた。大和は反幕、反北朝勢力の拠点であり、観世座棟梁の兄の運命を変えるほどの女は、ただものではないはずだった。しかしまさに南朝皇家の姫とは、京の家族の誰もが想像したくない事態だった。
「命がけだ。知っているか、一味神水(いちみしんすい)という」
 蝉丸は眉を寄せて気色ばみ、元能にひたと顔を寄せた。
 〈一味神水〉とは、一揆を結ぶにあたって執行された儀式であった。一同で誓約を取り交わし、条項を起請文に記す。神前にてその起請文を読み上げた後焼き捨て、灰を神酒に溶かし、誓約者全員が飲んだ。この起請文には必ず「神文」と呼ばれる呪言が含まれていた。もしもこの誓いに背くなら、地の果てまでも神罰を蒙るだろうと。すなわち生死を賭けた団結と蜂起の儀式であった。
「裏切り者には神罰。だが実際は仲間うちの制裁が降る。足抜けしようとするなら、元雅は無事ではおれぬ」
 蝉丸は一息に言い切り口を閉ざした。相手の驚愕を測る眼で元能の顔を凝視する。元能自身に自覚できない彼の僅かな逡巡や恐怖を、蝉丸の炯眼は正しく射ぬいて底光りしている。
 元能は蝉丸の眼光と相対しながら、自分が限りなく無になっていくような気がした。
(無駄、というのか。だが)
「行かねば鳴らぬ」
 口を突いて出た言葉はきっぱりとしていた。
蝉丸はぐい、とふたたび元能に迫った。
「裏切り者は殺される」
「能には兄が必要だ」
 ほう、と蝉丸は元能の顎をつかんだ。若者は蝉丸の視線をしっかりと受け止め、目を逸らさない。芸能の道を逸れ、さまざまに迷いを抱えながらも、なお歩み続けようとする一念がまっすぐなまなざしに見えた。
「観世は、兄上をなくしては続かない。俺が死んでもよい」
「馬鹿が」
 蝉丸は舌打ちした。だが元能の顎を握った指はふと緩んだ。
「弟が兄の身代わりになるだと? そんなことができるものか」
 蝉丸の親指が元能の頬に登った。
「兄の運命と弟のそれは重ならぬ。すりかえもきかぬ」
「お前は何者だ」
 元能は蝉丸の手を力いっぱい払いのけた。
 轟、と樹々を揺るがせて山おろしが来た。葉のあらかた落ちた枝々に研がれて北風はあらあらしくすさび、川から吹きあげる風と揉みあい、よじれ、塵埃がきりきり舞しながら蝉丸の周囲に渦を巻いた。何者だ、と元能はふたたび叫んだ。
 渡りの傀儡、と口を挟んだ宝珠の言葉を無視し、元能はさらに言い募った。
「なぜそんなことを知っている。知っていて、それを俺に教える。お前は何者だ」
「俺は」
 蝉丸は腕を組んで元能を眺めた。北風が元能の叫びに呼応するかのように咆哮して吹きつけ、蝉丸の蓑笠を揺さぶった。と、抑えつけられていた鳥がはばたくような音をたてて彼の破れ笠が吹き飛び、あ、と宝珠が手を伸ばすより早く、笠はくるくると舞い上がり、突風に運ばれて川面に落ちた。
 茶紫に爛れた男の頭が、いきなり朝陽に輝き表れた。ひきつれた頭皮がいびつな皺と凹凸となっている火傷は、蝉丸の頂から後頭部、また額、こめかみにかけて、てらてらと醜くひろがっていた。ところどころ無事な毛根からふぞろいに伸びた頭髪は息苦しく縮れ、あたかも野焼きの後に残ってくすぶる草の繊維のように、風にまがまがしくなびいていた。
 元能は言葉を失って蝉丸の傷口の放つ暗い輝きに見入った。それは、おそろしいというよりも、うつつならぬ畏怖であった。見つめているうちに、蝉丸の焼け窪んだ頭頂に、巨大な眼がふいに開いたとしても不思議ではなく、そのとき傷痕は爬虫類の瞼に似て、裏に潜む無表情な視線を垣間見せるであろうと錯覚させた。
 蝉丸はひややかな眼で、元能の驚愕を測っていた。ややあって、
「俺は南朝後亀山帝の第一皇子だ」
 ひとつずつの音をくっきりと告げる蝉丸の断定を、元能は疑わなかった。宝珠が脇からささやくように付け加える。
「宮中では生まれた双子のどちらかが殺されるしきたり。竈の火に投げ入れられた赤子を、乳母が咄嗟に拾い上げて、隠し育てた」
 蝉丸はさらに、
「当代世間にかまびすしい、反乱の要、小倉の宮は、俺の兄だ」
 蝉丸は口の端を歪め、嗤いとも嘲りともつかぬ表情を浮かべた。元能が返事の声を絞りだす前に、蝉丸は青年の頭から笠を奪い取り、すばやく火傷の頭に被った。
「お前に坊主は似合わぬ。その行く先は知れている、早く都に戻りな」
 蝉丸はにやりと笑って、元能の剃りあげた頂を厚いてのひらで撫でた。そのまま背を向ける。
「どこへ行く。お前こそこれから何をたくらんでいる」
 追いかける元能を、蝉丸は横顔だけでふりかえり、
「一揆に加わり、裏切り者を殺す」
 ぎょっとする元能の動揺をはかり、たのしそうに、
「いっそ不出来な兄にとってかわるのもよい」
 …成仏生天怱是虚、とうそぶいてさらに、
「地獄の沙汰を行くさ」
 それは一休の台詞だ、と元能は思った。お前たちは、同じことを言う。一休は北朝の、蝉丸は南朝の皇子、いずれも表だって貴種を名乗れぬ流離びとだった。
 蝉丸は乾いた嗤い声をあげた。二声、三声
烏のしわぶきに似て川面を掠めたその声は、また吹きおろす川風が瞬時に運び去った。
「俺には先など見えぬ。だが吉野に行き、兄に会う。かならず連れ戻す。戻ってもらう」
 叫び返す元能を蝉丸は振り返らない。
  あぢきなの 夢の憂き世や……
 ほそい歌声をかえりみると、宝珠が河原石に腰をかけ、元能を見上げていた。
「宝珠は蝉丸と行かぬのか」
「お前と行く」
 宝珠はにっこりと笑った。風の向くまま、今は、お前と行きたい。
「俺は出家の身だ」
「一休禅師も出家だわ」
 少しも動じない宝珠の両目はきらきらと晴れやかだった。
「いずれのこと今生は浮雲、定めぬ行方は合わせもの離れもの。あたしも蝉丸も己の時が尽きるまでさすらうだけ。元能の足手まといにはならぬ。今のあたしはお前が好き」
 宝珠は立ち上がった。
 行こう、吉野へ。
 元能の手をつかんだ。
…夢やゆめ うつつや夢と分かぬ世を
  覚めてはかなき 露の我が身や…

                                 (了)





中世夢幻 其七 花鏡

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 其七 花鏡

(真似るのではない。仕草や顔つきを真似るのではなく、そのものになる。老人に、天女に、物狂いに、なりおおせて後に身振りや仕草を真似る。そのものになって歩め。歩くことが最初であり、全てだ)
 何度となく教え聞かされた父の言葉が元能の脳裏に蘇った。今、父は舞もせず扇も持たず、ただ歩いている。それも、足踏みがさだかには見えぬほどの緩い動きで。
 手振りもなく、顔もつくろわず、わずかに面を伏せ、腹の底から絞りだす声は、まさしく老年の男のものだった。舞台の前で熱湯を飲む慣わしの世阿弥の喉は、いつからか低くつぶれ、世の常ならず嗄れた。その陰惨な謡声が、今は女のかぼそい悲愁としか聞こえない。
 世阿弥は、その最初の芸道書『風姿花伝』において、「物真似は此の道(猿楽能)の肝要である」と述べている。
  凡そ、何事をも、残さず、よく似せんが 
  本意なり。(中略)先ず、国王・大臣よ 
  り始めたてまつりて、公家の御たたずま 
  ひ、武家の御進退は、及ぶべきことのあ
  らざれば(中略)、その外、上職の品々、
  花鳥風月の事態(ことわざ)、いかにも
  いかにもこまかに似すべし。
 このとき世阿弥は三十代後半から四十代前半。彼自身言うところの「さかりのきわめ」にあった。この花伝書は世阿弥の父観阿弥の教訓筆録であるから、猿楽発生当初の基本姿勢を知ることができる。
 それから二十余年の後、世阿弥は六十路を越えて、彼自身が体得した芸論書『花鏡』を著した。花伝書に基づきながら、芸においての考察はさらに深められ、実践的であると同時に、また凡百の芸人にとっては、たとえ内容が理解できたとしても、舞台でいざ表現するのは至難と思われる叙述が随所にある。
 たとえば、
  「其の物に能く成る」と申したるは、申
  楽(猿楽)の物まねの品々也。尉になら
  ば、老じたる形なれば、腰を折り、足弱
  くて、手をも短か短かと指し引くべし。
  その姿に先づなりて、舞をも舞ひ、立ち
  働きをも、その形の内よりうつすべし。
 世阿弥はここで、外面の物真似を超えて、内心の機微を示唆している。あらゆる所作は、まずその役になりきってから演じ、舞ひ、歩め、と。
彼の壮年時代に書かれた『花伝書』の記述「よく似せよ」は、晩年の『花鏡』において、「能く成る」に深まっている。この相違は大きい。
言葉の瑣末にこだわるのではないが、「なる」は大変不思議な言葉である。成長する、何か神秘的なものが現れるなど、この世ならぬものが立ち現れるような、彼岸と此岸をつなぐ意味深い言葉だった。現代にその痕跡を探すなら、TVの時代劇で「殿様のおなり」
と言う前口上も、起源をたどれば非日常の聖なる存在の現われを告げる言葉、「なる」の名残なのであろう。
 世阿弥は繰り返し強調する。
  一切の物まねの人体、先づ其の物に能く
  成る様を習ふべし。さてその態をすべし。
 物真似は二の次に、まず内面からの変化を要求するこの締めくくりに、世阿弥の冷ややかな眼差しを感じる。内面から「なる」術は、はたして習得することができる「技術」だろうか? 可能かも知れない。だが、それは生まれ持った才能あってのことだろう。ただの物真似なら、身振り仕草の模倣でごまかすこともできようが、「なる」は役者にとって、内面に自分とは異なる人格を創造する営みに違いない。
 世阿弥は、彼の子弟にこうした内的感性の深化を要求したのであろう。
 しかし、それは元能にとって芸への蹉跌に他ならなかった。
(なれない、俺は)
(戒を破ってみとうなります)
 そのものになれ、鬼に、幽魂に、物狂いに、乞食に、雲水に、なりおおせてから舞え…
「父……叔母上!」
 それで寿桂は死んだのか、とずれてゆく意識のなかで妖しい納得があった。この世の桎梏を逃れて、しらじらと輝く月光に紛れて老女は消えた。
(いつのことだ)
 やつれやつれ、こけた頬骨に夜闇を溜めた美女のなれの果てを、俺はたしかに見たが、それはいったいいつだったろう? 元能は震える両手をさしのべ、叔母を父を追い求めた。
俺は気が狂った。なりたくない。物狂いになどなりたくない。
(なれはせぬ)
 またしても空耳に届く冷笑は元重か。俺を嘲いながら、なぜ俺を抱く? 
 束の間の、しかし長い幻影から、脂汗を流して眼を開けると世阿弥が真正面にいた。拳を軽く膝に置き、所作以前の静かな姿が、廻廊を吹きぬけてゆく風に添いながら、伏目に息子の惑乱を見つめていた。その惑いを引き寄せたのは世阿弥だというのに。
 その眼は父親の眼ではなかった。息子を見つめているのではない。何者かが世阿弥の肉体を借りて、くらぐらとこの世にたち現れている。
  恨みは葛の葉の、恨みは葛の葉……
「やめてください」
 元能は後じさった。が、父親を拒む息子の叫びは、ただ今、世阿弥の上に出現したものの力に捻じ曲げられ、はるかに根源的な恐怖となって響いた。
  帰りかねて執心の、面影の、恥づかしや、
  思ひ夫の、二世と契りても、なお…
 二世の契りだと? 誰が、誰と契る。執心の面影。だが宝珠は言ったではないか。
(あたし絡まないわ)
 そうだ、まことの情念を俺はまだ知らぬ。

 憎いか、と質す声は冷たかった。
 感情を消した鋭さで愛憎を問われてもさだかには応えられない。
「御意」
 元重の予測どおり、びしっと夜気を裂いて笞が打ち込まれた。彼はただしくかしこまった姿でそれを受け、わずかに鬱した息の滞りで己の苦痛を相手に知らせた。
「たばかるか」
 義教のはだけた胸元から、うっすらと麝香がなまめいていた。女の名残が彼を苛立たせている。将軍の情を乞い願うと見えて、その実、したたかに快楽を毟り奪ってゆく女ども。受胎というあけすけな営みをお家安泰の大儀に塗り替えて女はからだを開く。
 つがった瞬間から義教はもはや彼ではない。欲望は将軍という種馬の疾走にすりかえられ、肉の交わりという、単純で粗暴な行為だけが、今現在彼に許されている、ほとんど唯一の将軍たる職務であるという認識が義教を苛立たせるのだった。
 こうるさい爺どもめ。
 正室日野重子の腹に一日も早く世継ぎを、と暗に迫る側近の誰彼を、義教は疎んだ。
 重子に感情は動かない。将軍正室相応に接しはしている、それだけだ。それで十分だ。義教が心から睦ましく重子を可愛がるということは、生涯ないだろう。この二十歳に足らぬ美少女のなかには、名門の女らしい欲望が、贅沢な嫁入り道具と等しくぎっしりと詰まっていて、それは日野家の女の遺伝形質となっている権勢欲や奢侈への渇望といった図太い性質に成長してゆくのかも知れない。しかしそれは義教の関心の外である。彼は御台所の言うなりになった兄義持とは違う。重子に嫌気がさしたら、即座に切り捨てるほどの烈しさを彼は持っている。後宮の女たちは、動物的な直感で将軍の苛烈を嗅ぎつけ、義教に服従している。
 義教にとり、苛立たしいかぎりなのは、将軍に籤引き就任する以前の工作で、主だった宿老大名に念書をとられたことだった。すなわち、彼が将軍となっても政治一切は、義持時代と同様、諸大名間の合議を容れること、と。その誓詞なくば、青蓮院門跡の義円が冊立されることはなかったであろう。
 焦ってはならぬ、と彼は歯ぎしりする。宿老大名といっても、実際に彼の力を封じているのは三宝院満済と、山名時煕だけだ。他はこの二人とは比較にならない。気骨のない公家まがいの教養人、または小心翼翼とした日和見、と義教は見切っている。幸いに有力な両人ともに高齢で、早晩この世から消える。その時こそ足利将軍義教の名実備わり、全権を掌握できる。
 重子を下がらせた後、義教は元重を呼んだ。
 深更に急遽召されながら、元重は乱れのない大紋姿で参上した。召し出しを予期していたような隙のなさだ。
 元重のつややかな鬢が精悍な若い皮膚に映え、火影に匂うようだ。
 義教は、この端麗な猿楽者を、手入れの行き届いた庭園を眺めるような快さで眺めた。この男を刈り込み、整斉に馴らしたのは彼だったから。
 まだ稚児の頃に伽に召し、肉の痛苦を快楽に変える術を教えたのは義教であった。少年のみずみずしい肉を貫くためには、生娘を犯すよりも、長い手馴らしが要った。全身に脂汗を滲ませ、なかばで責めあぐねる義円の脈拍に合わせ、少年の腹部は皺を寄せてよじれ、呼吸もたえだえに波打った。こどもの痛みを労わってそのまま放つと思わせて、さらに酷くえぐった刹那、まだ声変わりのない少年は、絞め殺される兎のように痙攣し、細い悲鳴をあげた。
 この男を整え、ならし、今の姿に育てたのは彼だ。元重のどこを開こうと、踏みつけようと、さらには斬り払おうと、絶対に逆らわず、また崩れることもなく、主人の精巧な快楽の器となってしたたかに息を吹き返す。
「御酒を召されましたな」
 にじりよった元重が指をしなやかに義教に添わせながら囁いた。狎れた声音に、義教はいま一つ叱咤を加えようとしたが、その寸前でねっとりした舌の熱さに絡められた。
「血の匂いが」
 応答は粘膜の充血に呑まれる。屈みこんだ元重の肩を義教は荒々しく掴んだが、いたぶる責めにはならず、彼自身の快楽の証となっって両手はわなないた。元重の衣は、打ち込まれたささらの烈しさのままに裂けていた。
その裂けめから素肌に指をすべらせると、元重の背中は、この秋冷にじっとりと汗ばんでいる。それも義教の望みどおりであった。この男は俺に平仄が合いすぎる、と義教はいっそう元重を憎く感じたが、欲望は彼がとりつくろうとする憎悪の箍をはずしてふくれあがっていた。
「ご立腹あそばす」
 主の膝に屈んだ顔をすこし浮かせ、元重は計算した媚を含めて呟いた。
 ふ、と義教はわらい、冴えた白目に彼らしい鋭利を湛えたまま、元重の顎を人差し指一本で持ち上げ、のけぞった首から胸にかけて、その指先をすっと滑らせた。
「将軍は河原乞食風情に心は動かさぬ」
「さようでございました」
 だが義教の手は甘い、と元重は感じ取る。長年の経験で、この主人は、機嫌のよい時にことさら元重を貶めるのだとわかっていた。
義教の声がほぐれ、語尾は弛緩している。手なぶりもまた、常の酷さではなく、慕わしげな誘いに変わっていた。
 受身より微妙な能動を促されている、と元重はひやりとする。突き刺される痛苦は極まりで翻り快楽に変わる。しかし直に進む昂ぶりを行動するのは、下郎の弁えからすれば苦しかった。滅多にないことである。それは薄氷を踏む危うさと隣りあわせだ。
(溺れるならそれも)
 元重は主に見えない片頬だけ歪めた。彼はいつのころからか、顔の左右で違った表情を作ることに馴れた。義教に見せている面と、そのうらの顔。
 ひたひた、と密度の濃い滴りが、血の匂いを含んで男たちの皮膚を濡らす。抜き差しならぬ苦痛を互いに強いながら、虐げる者と虐げられる者とはたやすく逆転する。
 元重は贅肉のない義教の背中が、闇の中で白木の小舟のように揺れ続けるのを見た。揺さぶっているのは、今は元重のほうだ。快楽と、苦痛と、煩悶、すべてないまぜにしてさらにまた快感。義教の背中は美しい。門跡時代から、彼はひそかに武術の鍛錬を怠らず、過不足なく筋肉のついた貝殻骨の陰影が背中に刻まれている。
 曲線と直線の微妙な均衡のうちに壮年の力強さを彫りあげた腰は、広い肩とは対照的にひきしまり、あたかも元重が注ぐ快楽に向かって収斂してゆく扇の要のようだった。あるいは元重のあやつる舵のまま、行方知れないぬばたまの海に揺れる船の艫のようでもある。
 嵐が来て船がくつがえれば、舵をとる元重はおしひしがれる。きりがなく果てのない営み。しかしどこかで肉の絆は限界を踏んで断ち切られる。極まって互いに放つ精はいつも初夏の匂いを閨にたてた。
 五体の物憂さをこらえ、元重は東雲の薄明かりを頼りに身じまいを調える。
 義教は眠っていた。溺死のような眠りの手前で、いつしか忍び寄った傍小姓が夜具をこちらにひき被せたところまで覚えているが、それから元重も眠ってしまったようだ。
 明け烏の声にぞっと目を覚ますと、彼は素裸で板敷きに仰臥していた。ひんやりとした夜明けの大気にもかかわらず、腋と背中にべったりと汗をかいていた。
 見苦しいものを片付け、隣室の小姓を呼ぶ。
 元重の合図から、しばらくして襖がひらき、前髪だちの少年がかしこまって膝行してきた。義教好みの美童だが、元重を上目にちらっと窺った硬い一瞥に、敵意が透けた。少年は元重に言葉をかけなかった。しかるべき武家の子弟であろうから、猿楽者の元重とは身分に雲泥の隔たりがある。
 少年には義教の手がすでについているのかもしれない。それならば壮年に至ってもなお義教の寵を享ける元重への嫉妬は格別であろう。少年の美しさとはさかりの短い花のようなものだ。

 何を泣く、と問われて顔をあげると父は燭台の脇に端座していた。闇の惑わしはあとかたもない。世阿弥の歩みにつれてふくれあがった幻影のうねりはかき消え、板壁を撫でる夜明け前の風もさらさらと穏やかだった。
「わたくしをお見捨てになるのですか」
 兄を捨てるのか、と問おうとして元能は自分でも思いがけない言葉を放った。
 元能の声が聞こえないかのように、世阿弥は無言で、胸の前で両手を上向きに開き、希薄なかはたれの光が、その掌の窪みに刻一刻と溜まってゆくのを見つめていた。そんなこともあるのだろうか、俯き加減に面を伏せた世阿弥の顔は、両手に湛えた有明の青白い光に下からうっすらと照らされていた。朝日にはまだ間があり、室内は退いてゆく夜闇と、満ちてくる朝とが、汀の戯れのように、至るところで揉み合っている。
 あやめ分かたぬ闇に沈んでいる夜から、柱が、壁の穴が、床板の木目が、床の軸が、青磁の香炉が、ひとつひとつひきあげられ、見慣れたものの親しさで昼の記憶と結びついた。名残惜しげな仄闇は、父子の周囲になお漂っていたが、のどかな雀の鳴き声が、夜通し充満していた幻を払いのけた。目覚めの安堵は日常の味気なさで視界を狭めることでもある。
 今日は昨日の続きであり、人生は掬い上げた砂が指のあわいからこぼれるように、静かに音もなく流れてゆく。
 世阿弥は両掌を膝に伏せ、面をあげた。彼が掬いあげていた時間の砂は速やかに消えゆき、斜めに射し入る秋の夜明けの白い影に溶けていった。
「かようの味わいは、決して後の世の者にはわかるまい」
 世阿弥は呟き、元能から顔を背けた。
「最高の奥義は言葉に語れず、書き残すことなど無論かなわぬ。語れぬものにこそ真実があるのだが、その悟りは」
 言いさして父親は息子を見たが、たいらかなまなざしは、元能の上をすべって消えた。何の圧迫もなく、ただ静かに消えた。世阿弥と元能は生きる世界を異にしている親子だった。父親は温和に息子をねぎらった。
「夜通し、冷えたであろう」
 息子はうなだれ、軽く首を振った。声がかすれた。
「さようなことは」
 元能は父のおだやかな労わりを享けて、自室に下がった。しかしその労わりはかえってつらかった。臥所に横たわっても、元能は眠りに就くことができなかった。自分が紡ぐいかなる夢よりも、はるかに濃密な夢幻を見てしまったあと、元能は空虚だった。
(俺は洞のようだ)
 埋めることも遮ることもかなわぬ空漠が、青年の心をさびしくさせた。今夜の父の言葉をどう書きとめようか。
 元能の身心を絡めとった幻が「砧」であったと、元能はそれから数夜を隔てて思い至った。能楽の「砧」を知らぬわけではない。しかし元能の記憶の「砧」と世阿弥のひきよせた幻影とは、全く異質の隔たりがあったのである。

 世阿弥は長命で、八十余年の生涯は、三代義満から七代義勝の治世にまたがっている。
最盛期は言うまでもなく三代義満の頃だが、芸の真を極めたのは、義満没後の義持時代以降であった。義持は父への反発からか猿楽を好まず、田楽の増阿弥を寵愛し、世間での世阿弥の人気は急速に衰えた。さらに義教に至っては義持よりあからさまに世阿弥を排斥。世阿弥の甥音阿弥元重を偏愛し、観世本家の都での興行は元重に圧倒されてしまう。
 世阿弥の運命の浮沈は、室町幕府の命運と偶然にも一致している。世阿弥が義教の圧迫に苦しんだ時代は、また足利家にとっても存亡の秋(とき)であった。それは三代義満が未解決のまま残した諸問題が、義持の無能無策の治世二十余年に助長され、うわべの繁栄の時期を過ぎて、義教の代に至るや、一気に露呈したようなたて続きの災厄であった。
例えば南北朝の問題。これは義満によって決着されたかに見えたが。……。
 室町時代、天皇家は混乱しきっていた。
 後醍醐天皇の建武新制による鎌倉幕府打倒にひき続き、足利尊氏の室町幕府樹立により朝廷は京都と吉野に別れ、紛争を続けた南北朝の騒乱は、三代義満に至ってようやく収拾された。南北両朝迭立(南朝と北朝の天皇が交互に即位すること)を条件に、明徳二年(一三九二)南朝最後の後亀山天皇が、北朝後小松天皇に譲位するに及び、一応の決着がついたのである。
 ところが、義満が吉野南朝に約束した迭立は、義持によって無視され、後小松天皇の後を継いだのは南朝の帝ではなく、引き続き後小松の第一皇子実仁、称光帝であった。
 南北朝の騒乱は、ただ室町幕府創建に係わる天皇後醍醐と武家足利尊氏との争いではなく、その淵源はさらに二百数十年前、後深草、亀山両天皇の高位継承問題に始まる。兄である後深草天皇の系統を持明院統、その同母弟の亀山系を大覚寺統となし、鎌倉幕府までも巻き込んだ皇位継承争いは、後醍醐に至るまで皇室に泥沼化していた。
 建武の中興に失敗した後醍醐は大和吉野に逃れ、地方の有力国人の支援を得て南朝を開き、頑なに幕府に反抗し続けた。後醍醐は大覚寺統である。吉野南朝は執拗に反幕勢力の拡張につとめ、それは皇室に根深く巣食う皇位継承の怨恨であるだけに、容易な解決は見込めなかった。
 義満が南北朝の統一に際して提案した両統交互即位とは、既にあった持明院、大覚寺の迭立を、皇室と幕府の和解のために再利用したまでのことであって、根本的な決着ではなかった。このような妥協策は、そもそもの始めから次代の政権争いを予想させるものであったが、策謀家の義満は例によって二枚舌を使い、幕府に歯向かう吉野朝廷の勢力をなし崩しにする目論見だった。それほど義満の権力は充実しており、後小松天皇の父後円融は、陰に陽に続く義満の圧迫のために、ノイローゼ気味の晩年を余儀なくされ、政治上廃人であった。
 おそらく、後円融時代、義満の胸中には天皇家乗っ取りの構想ができあがっていたのではないか。政権のみならず、朝廷の祭祀権をも奪い、公家たちは内裏への出仕をさしおいて義満の北山第に参上する体制ができあがっている。
 義満が前代未聞の皇権乗っ取りを企てたのは、おそらく中国の影響であろう。名より実を取る彼は明に臣従体裁をとり、貿易によって巨万の富を得たが、同時に大中国の皇帝が、日本のように万世一系ではなく、しばしば異国の覇者によって交代するという事実を、己が野望の根拠にしたのではないだろうか。
 北山第を造営したこの時期、義満としては皇統を当面後小松一流に固めておく必要があった。言わば将来覆す対象を一点に絞って掌中に握り、徐々に弱体化する魂胆であった。
 その計画は半ば以上達成され、義満の愛子義嗣は親王に擬せられ、みずからは上皇でなければ許されぬ繧繝縁の玉座に上った。しかし運命は彼に王手を許さず、応永十五年(一四0八)、権力の絶頂にあった義満は、周囲の誰ひとり、それが命取りとは思わなかった風邪のために、床についてわずか七日の後に卒した。享年五十一歳。
 容態の急変のために後継者の確実な指名さえなされぬあっけない死であった。
 その後の幕府内部の後継争いと宿老大名たちの実権掌握紛争のうちに担ぎ出された義持は、後見の斯波義将に頭が上がらず、義満の体現した足利家の専制体制はあっけなく潰えた。それはこの後、幕府崩壊から戦国時代へ続く、下克上への最初の兆しに他ならない。
 義満の死によって生き長らえた後小松天皇は、さすがに義持の代までは実子称光天皇即位後援の恩もあり、将軍に対して「室町殿様」と最大の敬意をはらい続けたが、酒色に溺れた義持が後継者を定めずに死に、その後に諸大名の籤引き就任というかたちで登場した義教に対しては、脆い政治基盤を見透かして、義持時代とはうってかわった高飛車な態度で皇権を主張しはじめる。もとより誇り高い義教はこれを肯んじず、天皇と将軍の関係は険悪化した。
 後小松上皇と義教のしのぎあいは、永享五年の後小松の崩御まで続く。義持時代に猫を被り続けた上皇の、幕府に対する積年の恨みが義教に対して剥き出しになった体であった。
 義教にとって悪いことに、彼の将軍就任に前後して、後小松の子称光天皇が崩御。称光帝に皇子はなく、父後小松帝は、急遽伏見宮成貞親王の王子彦仁を猶子として立太子、践祚した。後花園天皇である。
 慌しい皇位継承は北朝の系譜を守るための皇幕一体の政治劇であったが、再三違約の憂き目を見た南朝の反発は必定であった。これをきっかけに、南朝後亀山の皇子小倉宮の謀反が起きる。もともと称光天皇は、南北両朝迭立の盟約を破棄し、幕府が無理押しして即位させた北朝後小松の直系であり、義満の約束を守るならば、後小松天皇の後には、称光ではなく、南朝後亀山帝の皇子が即位すべきだった。
 後亀山の皇子小倉宮良泰親王は自己の正当性を主張し、義持から義教への不安な将軍代替わりと、称光天皇崩御という二重の混乱に乗じて、幕政に不満を抱く地方武士と、さらに重税に苦しむ民衆を煽って、各地でゲリラ戦を展開した。日本民衆史上に名高い正長の土一揆をきっかけに、各地で始まった土民蜂起は、南朝の反徒に唆されて広がったふしもあり、将軍就任当初から義教の治世を脅かす。
 後小松の皇権回復画策と、宿老大名連による将軍の傀儡化、反乱、大飢饉と、内憂外患に立ち向かわなければならない義教は、謀反軍に断固武力で応じ、義満のような懐柔策をとらない。ひとつには、舌先三寸で各勢力を操れるほどの政治力が就任早々の義教にはまだなく、武力行使だけが己の現在持てる能力を遺憾なく発揮できると決断したのであった。
 事実、義教は果断であり、軍事能力に優れていた。
 彼は戦場を厭わなかった。公家化して堕落した兄義持の轍を踏むまいと、尚武を率先する義教に、かつての物静かな天台座主の面影はなく、武士団を叱咤采配する的確な侍大将ぶりは、始祖尊氏の再来を思わせる鮮やかさであった。

「大覚寺の御門跡が日向で処刑されたとさ」
 裏土間の竈に群がり、遊女どもは芋や栗を焼きながら世情不穏の噂にしきりだ。まだ夕暮れには間があり、化粧前の女どもは、昼過ぎまでの遅い寝起き姿のしどけなさもそのまま、ぱちぱち爆ぜる竈の火に手をかざし、無遠慮に着物の裾をからげて冷えた脚をあたためようとする。
「子を流すとしんからからだが冷える」
 この夏の終わりにこどもをおろしたひとりの遊女は、竈に向かって膝頭をひらき、あられない姿を憚らず、じっと体の奥まで火の暖かさを通そうとしている。彼女はげっそりと髪の減った頭をがりがりとかきむしり、それから、やはり乾いた頬の皮膚を手荒に撫でた。
それほどの年配とも見えないが、目の周りが黒くなって、健康を損なっているのがはっきりわかるのである。だが周囲の遊女たちは無関心だった。子おろしの酷さを通過しない遊び女は、石女でもなければ、まずいない。だから同情もしない。
 だが、この遊女はまだ若いのに気性が弱いのか、膝を開いたまま、こん、こん、と咳き込み、
「やっぱり若いっていいよねえ。いっときのことなんだけど、強いもんねえ」
 老婆のような言葉を呟いた。彼女の隣りで栗を剥いていた紅鶴は顔をあげ、
「あんた、あたしより若いじゃないの」
 呆れ顔で言う。彼女は今剥きあがった栗をその女にくれてやり、
「弱気になっちゃだめだよ、あんた」
 と優しいことを言った。だが堕胎した女は湿っぽく首を振り、
「あたしもこどもを産んでおけばよかった。女はこどもひとり産んだあとが人生の花だって言うもん。紅鶴さんは、ほんとにいつまでも衰えないねえ」
 最後の台詞は少なからず皮肉が混じった。とたんに紅鶴の顔がきっとなった。
 竈に集まった女どもで、出の前というのに白粉を塗っているのは紅鶴だけだ。もうかなり進んだ水銀白粉に焼けた素肌の衰えを隠すためだった。
 素顔の紅鶴の面貌は、あきらかに黒みやつれているものの、まだそれほど傷んではいない。水銀焼けがひどくなると梅毒のくずれに紛う無惨を呈することもある。
 気位の高い紅鶴は、自分の容色の衰えを朋輩に晒すのが嫌さに、常に化粧を怠らないのだった。
 紅鶴は抑えた声で言った。
「あたしは心がけがいいんでね」
 背中を向け、こちらに伝い歩きしてきた自分の赤ん坊がぐらりとよろけるのを抱え上げ、その口に柔らかく噛み砕いた栗の実を入れてやった。赤子は涎だらけの手で母親の乳房を探る。飢えているのだった。
「可哀想に、ろくな食い物もないから」
 女どもはこどもには甘く、自分の食べ物を赤ん坊に分けてやる。赤ん坊の手足はすこし細くなり、頭の大きさが目立つのである。紅鶴の乳がほとんど出ないのだろう。食糧事情の悪い当時、赤ん坊は三、四歳になるまで主に母乳で養われた。普通の食事が摂れるようになっても、乳はだいじな赤子の栄養源だった。貴族の子に何人もの乳母がついたのはそのためだ。だが庶民のこどもは母親の乳に頼るしかない。でなければ重湯のような栄養価の低い代替物になる。飢饉や貧困で欠乏すれば、弱い赤子はすぐ死んでしまう。
「紅さん、こどもも気の毒だけど、あんたも食べなよ。ずいぶん痩せちゃったろう。お乳にみんな吸いとられてしまったんじゃない」
 紅鶴と同年輩の女がしみじみと呟いた。
 子連れの紅鶴に情を寄せるのは、さかりを過ぎた女だった。若い女は、母親よりも赤ん坊に気を取られる。
 いずれにせよ、気性のいい紅鶴は仲間の湿っぽい情けなどよろこばない。だから起きぬけから顔をつくっているのである。紅鶴は憐れみをはね返すように言った。
「どうだろうね、親子だって殺しあう世じゃないか。大覚寺さまって、将軍家の弟だろ。毎日のおまんまに苦労のない上つ方は、むやみに命を粗末にするよね」
「御門跡は吉野の帝に通じたって話だよ」
「帝は御所にいるじゃない」
「別な帝がまた吉野に朝廷を開かれたって」
 ふん、と紅鶴は鼻を鳴らした。
「どこに何人帝がいたって、まつりごとは将軍家がしているんだろう。聞いた話じゃあ、先々代の帝(後円融)は、朝晩の飯も満足に召し上がれず、将軍のお情けを仰いだとか言うよ。それじゃあ、あたしらとたいして変わらないじゃないの」
 あはは、と遠慮のない笑い声が竈の煙のように沸いた。そうだよね、変わらないねえ。
「罰当たりなことを言いやがる、姐さんたち」
 がらりと表戸が開いて、大きな麻袋をかついだ蝉丸が中に首を突き出した。
「あんた、雲隠れしていたと思ったら」
 紅鶴の声が浮き立つのに、遊女どもは一瞬思わせぶりな目配せをしあった。
「傀儡も喰いっぱぐれそうだから、今度は蔵まわりになった。姐さんがた、身の要りものはおいらに言いつけてくれ」
 と殊勝げに蝉丸は膝を折り、腰を低くかがめ愛想わらいを浮かべた。頭の赤い被り物はそのままだが、地獄厨子に居た自分には、遊女の古着をもらって、ぞろりと着流しただらしなさだったのが、うってかわって地味な小袖をきちんと腰紐で括り、その下の四幅(よつ)袴も、古物には違いないが、こざっぱりとした紺色だった。赤い頭巾がいささか違和だが、それ以外は立ち居姿の整った町衆である。顔つきまでにこにこと温和で、飴色の日焼けまでが、いかにも物売りらしく気安い。
「品物見せて」
 若い遊女で、懐具合の悪くない妓がせかすと、蝉丸は背中の袋をおろし、もったいぶった手つきで、何枚も女の衣装を掴みだした。
「いい染めだろう? やんごとなき辺りのおさがりだ。そっちの櫛は新品だし、この帯は緞子だぞ」
 わっと歓声があがり、女どもは眼の前に繰り出された衣装小間物に飛びついた。
「手垢をつけないでくれよ。これから得意先をまわるんだから」
 と蝉丸は上機嫌で鼻の穴をふくらませ、遊女どもをあしらいながら、すばやく竈の隅に放り出された焼き芋に喰いついた。
 蔵まわりとは、土蔵、すなわち質蔵をまわって質流れ品を買い集め、それらを一般に売りさばく商人のこと。店を固定して構えない行商で、その商い品は衣装から身の回りの日用雑貨全般に渡り、彼らは都大路を「おつかい物、おつかい物」の呼び声とともに歩いた。おつかい物とは、お徳用、お買い得という意味。貨幣経済が発達し、高利貸しが質草をためこんだのはいいが、物品を流しさばく中間商人が必要となった。
 それに応じて現れた蔵まわりは、都の隅々まで、下は民衆から上は天皇の御所まで「おつかい物」を流通させた。将軍家の匙加減に財源を委ねる天皇家の内情は苦しく、身分の低い女官や貧乏公家たちは、しばしば古手屋の世話になり、体裁の維持に努めた。内乱のあげく、常の儀式典礼も滞りがちな内裏では、たまさかの晴れの儀礼の前後にはすぐさま蔵まわりが参上し、今日宮廷女官が儀式に着用した袴を、明日は東西洞院の遊女が穿いて大名の酒宴に侍るという次第も頻繁だった。
「いい品だね、あんた」
 紅鶴は言外に問いを含ませ、遊女の輪の中からそっと外れ、蝉丸の傍に寄った。
 どうしていたの?
 蝉丸はそ知らぬ顔でむしゃむしゃと芋を食べ続けている。
 宝珠が遣り手婆ァと悶着を起こして地獄ガ厨子を飛び出したあと、程なく蝉丸も消えた。
女たちは、おおかたこの二人はしめしあわせたのだろうと噂し、例によって紅鶴は男への未練など見せなかったが、それ以来彼女の風姿から、どことなく精気が抜けていった。
「紅さん、痩せたんじゃないか」
 蝉丸は半分ばかり齧りかけた芋を口から離し、紅鶴の鼻先につきつけた。紅鶴は口許で笑って首を振り、彼女が抱いていた赤ん坊が母親に代わって手を出した。
「話をそらさないで。どこにいたの」
「そらしちゃいない」
 蝉丸は赤ん坊の手に芋を握らせ、腰に手をあて半身を居丈高に反らせた。
「御覧のとおり、素っ堅気の商人よ」
 へえんだ、とまだ小娘の遊女が蝉丸の台詞を耳にして口をとがらせた。
「蔵まわりが堅気だってさ。鬼の喰い残しを商ってるんじゃないの」
 違いない、と蝉丸は怒りもせず、目を剥いてにやりとわらった。
「ね、宝珠ねえさんはどこ? あんたと一緒だと思っていたのよ」
 そうそう、と小間物にたかっていた女どもは一斉に蝉丸をふりかえり、紅鶴だけが逆に顔を伏せた。
 蝉丸は黙って腕組みし、興味津々の遊女たちの顔をぐるりと眺めて愉快そうに、
「天に昇ったか、地に潜ったか」
「そらぞらしいったら。あんた、あの娘の情夫(いろ)だったんだろ。ふたまたかけて」
 と遊女のひとりがすっぱぬくと、紅鶴はすっと目を細め、
「遊び女にふたまたもみつまたもあるものか。あたしたちは千手観音なんだから」
 蝉丸は柳に風と受け流し、
「ほ、一本の手に男一人か。たいした衆生済度の観世音菩薩さまだ。だが、あの姐さんは俺じゃいやだとさ。みごとにふられて」
「じゃあ、観世の若さんと?」
いや、と蝉丸は皆を驚かせる楽しさを満面に浮かべ、
「世俗は捨てて、しんから解脱。尼になったよ」
「そりゃあ、おようの尼かえ?」
 遊女のひとりがまぜ返すと、どっと笑い声があがり、別な誰かがさらに、
「でなけりゃ、すあい」
 女たちの笑い声に取り巻かれて、蝉丸は酸っぱい顔をした。
 おようの尼、とは蔵まわりと同様、古着や小間物を商う尼のことで、特に女の身の回り品全般を調達した。彼女たちが商った品物を挙げてみよう。
  古綿、古小袖、破帷子、布切れ、古帯、
  古糸、絹端(きぬのきれ)、櫛、毛抜き、
  掛け針、古白粉笥(ふるしらこけ)、
  割紅皿、畳紙、解毒、団茶、万病円、
  膏薬、目薬、沈香、三種、合香、笄、
  下げ緒、紙扇……
 彼女たちの立ち寄り先は尼でありながら、いや、尼であるゆえに男の蔵まわり以上に広く、上層公家から諸大名家、寺院、女郎屋、町家と、京の町中、至らぬ隈なく世話して歩いた。
 もうひとつ、すあい、とは、おようの尼と同じく小間物売りだが、行商だけでなく、客の注文に応じて女の斡旋もし、自身も売色した。『七十一番職人歌合せ』は、この時代に制作された歌仙絵形式の歌集だが、ここに描かれているすあいの姿は、背中に袋物を背負っている以外は、立君(街娼)と変わりない。
 おようの尼やすあいには、しばしば容色の衰えた遊女がなった。色香を売ったかつての得意先であれば顔も繋がるし、商売にも有利だからだ。もちろんこうした女は、遊び女としては三流で、身請けされなかった者たちの余生の食いつなぎであった。堕胎や悪病に罹患する率の高い遊女の寿命は短いが、運よく生きながらえたとしても、その末路は形容するまでもない。だから、現役の若い遊女は、おようの尼やすあいを重宝しながらも、内心では見下している。
 蝉丸は宝珠の末を悪しざまに言う地獄厨子の女たちに苦い顔をしたが、すぐに表情をからりと変えて、
「馬鹿言っちゃいけない。この先に由緒ただしい尼寺があるじゃないか。かしこき筋の姫がお入り遊ばす」
 おごそかな声音で遊女どもの詮索を遮り、握りこぶしに親指をたててそちらを指した。

中世夢幻 其五 紅鶴

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 其五 紅鶴


「金をかけろと仰せられてもだな」
 三条坊門の将軍御所に集うた幕府宿老大名たちは、義満三十三回忌のための金策で揉めていた。
 ひときわ大きいだみ声は山名時熙、その隣りに黒衣をまとうた醍醐寺三宝院満済、畠山満家、管領細川持之、斯波義淳らが円座を占める。
「数年不作、飢饉、あまつさえ土民どもの反乱がうち続き、御料所(直轄地)よりの年貢も十分でなし、さりとて臨時に段銭(課税)を強いれば、あの下衆めらは飢えた犬のように歯向かいおる」
 山名は肉の厚い頬を大袈裟に歪めながらまくしたてた。
「関銭・津料のひきあげはいかが」
 渋紙いろに痩せた老人、畠山満家が、喉にからまるような声で提案する。彼は数年前に肺を病んでいたが、気概は衰えず幕政の中枢にあって政策決定にあずかっている。
「無理でござろう。正長の土一揆、播磨の一揆と各地は未だ不穏続き。人馬の行き交いは困難を極め、海賊どもの暴行も抑えがたく、民の憤懣は募っております。この上税金を絞りあげるなら、余計に叛逆のきっかけを与えることとなりましょう」
 細川持之が悠揚迫らぬ美声ですらすらと反対した。
「赤松のまぬけが土民を鎮めぬからよ」
山名は苦々しく、ぼうぼうに伸びた口髭を引き捩じった。高血圧の赤ら顔のせいで髭に混じる白髪が目立った。彼は髭の上で大きな鼻を蠢かし、この若造がとばかりに細川を横目に睨み、
「では我等が領土より献上つかまつるか」
 細川持之は薄目で山名を眺め、眉も動かさずにさらりと山名をいなした。
「いや、飢饉は畿内諸国にとどまらぬ。苦しからぬ者と言えば、例の高利貸しくらいであろう」
 うむ、と諸大名は唸った。
 流通経済が急速に発展した結果、都の酒屋土倉業者はあくどく利子をがめて富を蓄えた。
酒屋とは醸造業の意味で小売ではない。京酒は名物として全国に運ばれ、その利益は貨幣経済の中心となっていた。また、土倉とは質屋だが、質草の品々を保管するための土塗りの倉を設けたことからの呼び名で、物資集散の激しい都市に不可欠な金貸し業であった。酒屋は蓄えた富を基に土倉を閉業し高い利子で貸付け、さらに利益を得た。 
 極端な高利貸しは一揆の原因ともなったが、彼らの納める莫大な税金は幕府の主要な財源ともなっている。幕府は高利貸しの横暴を取り締まりながら、彼らのおかげで収入を確保するという矛盾を抱えており、後には借金棒引きを要求する一揆側と、高利貸しの双方から調停料をまきあげるという腐敗へ陥ってゆく。
「今となっては義持さまが明との貿易を絶ってしまったのが痛いことでございますな。鹿苑院さまは交易を大きな財源にしておられたものを」
 斯波義淳が愚痴めいて昔語りに渋った。義満は明への臣従外交で巨万の銭を得た。それを義持は卑屈と見なして退けたが、政策を決定したのは義持ではなく、彼を押し立てた宿老斯波義将とその息子義重である。彼らは義淳の父と祖父だ。懐古する義淳の口吻には、そこはかとなく無能な将軍義持への軽侮が籠もっている。決定するのは宿老大名たちなのに、愚策をそしられるのは将軍だ。
「ちと、腹が減ったのう」
 山名は手を叩いて小姓に茶菓を運ばせた。
飲水病(糖尿病)の気でもあろうか、山名はしきりに湯茶を飲み、甘い干菓子をかじる。干菓子とは、棗や柿などの果物を干したものである。炙りたての干し柿が運ばれてくると、煮詰まっていた男たちは香ばしい匂いにそそられて、早速手を伸ばした。
 当時干し柿は、天日干しの他に変わった作り方があった。皮を剥いて籠に入れ、火にかけて乾かすのである。促成の干し柿はじっくり太陽に晒されたものより味は落ちたが、季節のはしりとして喜ばれた。食する前に、もういちどさっと火に炙って甘味を増やす。
 男たちの談合はだらだらと続いた。急を要する軍議ではなし、つづめて言うなら、どうやって高利貸し連中から金を巻き上げるか、また自分たちの負担する金額はどれほどかといった妥協策を講じる会談なので、結論らしい結論が出るはずもない。大名たちは皆、我が懐を痛めたくないのだから。
「無い袖は触れぬ、と申すではないか」
 楊枝で歯をせせりながら畠山は締めくくろうとした。幕府の体面を傷つけぬよう、酒屋土倉から金を搾るしかあるまいの。
「上さまの仰せには到底足りるまいが、そこは呑んでいただかねば」 
 老人は咳を堪えながら一同を見渡した。
「さよう、関東の動向も不穏でござる」
 斯波義淳が大きく頷いた。身を切って絞る銭は、少なければ少ないほどよい。
 関東公方足利持氏は、義持時代から幕府に反抗していた。義持が後継者を定めないまま没した後、持氏は京都の将軍職を狙ってさまざまに画策したが、宿老大名たちは、彼を無視して義教の籤引き就任を決めたのだった。
 いったい、室町幕府は統一政権としてはきわめて不安定な政治機構であった。北条氏を倒して足利幕府をひらいた尊氏は、関東を治めるために次男基氏を鎌倉府に置き、関八州に伊豆・甲斐を加え、さらに陸奥と出羽を管轄させたが、代が降るにつれて、室町幕府の東国支部というよりは、独立政権の様相をとりはじめた。
 京都を中心とした幕府は義満に至るまで南北朝の動乱に奔走し、また西国有力大名の反乱に悩まされた。初代尊氏、二代義詮は席の暖まる暇もなく戦闘に明け暮れ、三代義満は強大な権力を握ったが、晩年には公家化し、幕府の集権を体制的にしっかりと整備するより早く皇室乗っ取りをたくらんだ。
義満の野望は彼の急死によって未遂におわり、同時に幕府体制も堅固な統一のないまま宙吊りにされた。不安定な地盤に偉大な父の後を継いだ将軍義持は、歴代父祖とは比較にならぬ器量の小ささゆえに、我が地位の保全のためには有力大名たちの支持を得なければならなかった。法整備を怠った京都室町幕府は、権力の明確な中心が曖昧であった。明に対して「日本国王」を名乗って憚らなかった義満の栄華はただ彼ひとりのカリスマ性によって支えられ、その死とともに崩れたのであった。
崩壊を速めた原因のひとつには、義満が晩年に公家化したこともある。天皇家乗っ取りを企んだ彼は、愛児義嗣を親王に叙し、みずからも準三后に上った。権力の頂点に立った義満は、将軍よりも権威のある天皇に狙いを定め、嫡子義持を将軍に就任させたものの、実権は何一つ渡さなかった。ために将軍の権威は堕ち、義持以後の将軍家は、各国守護大名という小舟の寄せ集めの上に支えられている舞台のように危ういものとなった。
舞台で演じるのは足利将軍だが、彼の一挙一動は、板子一枚下の大名連の思うがままなのである。大波が来て小舟が散れば、室町幕府はあっけなく沈没しかねない。いや、波が来なくとも、小舟が離散する可能性はいくらでもある。
 将軍を戴く幕府体制をかろうじて保っているのは、幕府への忠誠心や、皇室尊崇の念などではない。ただ有力守護大名のエゴイズムであった。どんぐりの背比べ的な大名たちの勢力バランスと、自家安泰の画策の頂点で、足利氏があまり専横にならぬ程度に主権を握っている体裁をとっていてくれれば好都合、というだけのことだった。極論するなら、将軍は飾り物に過ぎない。
 こうした内実拡散の理由には、足利氏が抜きん出た名門ではない、ということもある。宿老大名の中には、足利氏を主と仰ぐどころか、同列意識を抱く者もいる。
 鎌倉府に話を戻そう。
 基氏以来、関東に勢力を振るった鎌倉公方は、四代持氏に至って、義満没後の将軍就任に野心を抱くようになった。彼は義教の将軍宣下に落胆、逆上、ついに兵を催して京都へ攻め上ろうとし、臣下に諫止された。だが幕府への反抗はあからさまで、義教就任による正長から永享への改元を認めず、鎌倉府では今もなお正長を用いている。鋭敏な義教は、こうした鎌倉公方に対して、義持時代のようなことなかれ懐柔策を潔しと考えない。
 今のところ、三宝院満済や、畠山満家といった老臣たちが義教を制し、鎌倉府との全面衝突を回避しているが、新将軍の自負心の強さは明らかだった。僧籍にあったころは、聡明怜悧の評判こそあれ、武張った性格などつゆも見えなかっただけに、将軍就任後に現れた義教の圭角に周囲は驚き、手を焼いた。明晰な義教の主張はことごとく京都足利幕府の立場からすれば正論であり、時宜に適っていないとしても、真っ向からは反対しにくいのである。
「鎌倉不穏、各地飢饉。まことに我等、窮地でござるが」
 低く声量のある声が来た。それまで黙して談合のなりゆきを測っていた三宝院満済であった。
「かかる事態であればこそ、故院の法会を美麗にせねばならぬというものでござろう」
 満済は断定的に言った。張りのある言葉に圧され、一同ははっとひきしまった。
 三宝院満済は義満の猶子であり、懐刀として幕政を動かした。義満没後も、義持、義教の時代を通じて、最も権力を握っている政治家のひとりであった。
 結論を突きつけられても、誰も応諾を答えられない。ひやりとした沈黙が落ち、皆満済の次の言葉を待った。面長の上品な顔に、豊かな白い眉が眼を覆って垂れる満済は、大陸渡来の墨絵に描かれた月下氷人に似ていた。が、温顔の奥、清潔な白い眉に隠れた瞳は厳しく、敏捷に大名どもを凝視している。
「尊勝院さまこそは南北朝の騒乱を鎮め、天下を一手に統一された方。その御法会を華麗に行うことは、新将軍義教さまの後継者としてのかくれない盛儀となりましょう。ここで金を吝しんだ儀礼を行えば、民衆は幕府の弱体を侮り、まして虎視眈々と隙を狙う鎌倉府は言わずもがな」
 それに、仏事に金をかけるのは、軍資金を蓄えているのではない。平和への意志を示すことにもなる、と満済は説いた。
 その逆もある、と細川持之は思ったが、口にはのぼせなかった。仏事に金を傾けた幕府の浪費に、鎌倉がつけこんだらどうする、と。
「鎌倉方は、目下戦う意志はございませぬ」
 と満済は持之の反発を読んだように重ねた。この男は決して声を荒立てないが、声量のたっぷりとした美声で、香のくゆりが室内にたちこめるように、じわり、と一同の耳にしみるのだった。
「関東管領上杉憲実殿が戦に反対なさっています。持氏さまは御気性荒く、武勇に秀でたお方だが、内政は上杉殿の補佐なしにたちゆかれぬ、というのが実情。持氏さまが逸られても、上杉殿の同意を得なければ、家臣団は動きませぬ」
 細川は、斯波義淳が不用意に洩らした冷笑を見逃さなかった。細川も、自分の頬が動くのをこらえた。さっと一同を見渡すと一様に少しずつ表情を動かしていた。それらの面はこう言っていた。都も鎌倉も同じなのだ。公方(将軍)は傀儡、主権を握るのは管領、と。
 頬を緩めていないのは満済だけだった。彼はさらに一同の耳を驚かす情報を明かした。
「義教さまは、すでに御法会のための資金調達の思案をなされておいでです」
「なんだと」
 山名が素直に眼を剥き、問い返した。宿老たちの合議以前に将軍が具体策を講じるなど、義持時代にはなかったことである。
「奈良東大寺、西室の太夫法眼見賢と申す僧が立身いたしましてな」
 満済は長い顎鬚をゆっくりとしごいた。優美な瓜実顔に、彼の唇は魚の腹子のように締まりなく大きく、血色が良かった。白鬚に覆われていなければ、彼は思いのほか若々しい地顔であるかもしれない。
「そやつは近頃大変な羽振りで都、坂本にも土倉の商いをひろげ、繁盛おびただしいかぎりでございます。これが上様にとりいり、御法会の仏事銭として千貫文進納いたすとか」
「上さまはどこでそのような下衆を拾われたのだ?」
 畠山が首をかしげた。満済は白く柔らかい指で数珠をさぐりながら、ゆったりと応じた。
「粟田口の辺に出入りしていた者でございますよ」
 鈍い方よ、と言わぬばかりに満済は微笑した。
 東山粟田口は、鎌倉時代より優れた刀鍛冶が集まり住んで名刀を産出し、音羽山を隔てて近江との流通の拠点でもあった。
 貨幣経済の発展につれて商人の往来が盛んとなり、彼らが巨富を蓄えるようになると、盗賊の強奪や踏み倒しなどから財産を守るために、進んで有力社寺の配下に入るものが多かった。初期の土倉業者のほとんどが「山門気風の土倉」と言われたほどである。山門とは比叡山延暦寺のことである。
 大寺院は荘園などの経済管理をこれらの金融業者に委ね、保護を与えながら、見返りとして多額の納付金を得ていたのである。
 将軍就任以前に東山粟田口青蓮院門跡であり、延暦寺最高位天台座主に上っていた義教は、そうした人事による利点を熟知していた。彼は、素性の知れない大夫法眼見賢なる人物を、幕府の蔵方(倉庫の出納役人)に抜擢することに、何の躊躇もなかった。
 幕臣を驚かせた義教の策は、前例を破る快挙であった。事実、これ以後幕府は都市の金融業者を支配する以外に集金手段を見出せなくなり、数十年後、義教の息子義政の妻日野富子は、みずから高利貸しを営業するに至る。
「聡い方じゃな」
 山名時熙はびしりと首筋を叩いた。下人ふぜいが千貫文寄進したとなれば、諸大名は沽券にかけて出費を惜しむことはできぬ。
「端倪すべからざる…」
 斯波義淳がうかと言いかけて呑みこんだ台詞の後味を、一同は苦く共有した。
 中で、ただひとり晴れやかな笑みを白髯に隠しているのは満済である。彼は、この場に居合わせた大名どもの知らぬ枢密を握っている。義教がなぜこの怪僧に胸襟をひらくのかさだかではない。僧籍にあった自身の過去ゆえだろうか。
 否、おそらくは三宝院満済が、他の守護大名のように固有の領国も、血を分けた子弟もなく、いかに絶大な権力を振るおうとも、それは室町幕府あってのもの、ということを義教が認識していたからであろう。
 足利氏が凋落すれば、確固たる政治的地盤を持たぬ満済も沈む。彼は義満に愛され、子に準じた厚遇を享けたが、諸大名間の勢力バランスの上に身を処さねばならぬ、という危うさにおいて、まことに足利将軍家の近親であった。
 満済は視力の衰えぬ瞳を、長い眉の下から大名どもに注いだ。私利私欲に塗れた男どもめ、と満済は心中で呟いた。強欲という点では満済も同様であったが、彼は自分の栄華が一代かぎりということで潔しとしている。
(かような仕儀はまだ序の口。貴殿らは、これからさらに度肝を抜くのだ。将軍家は尊勝院さまの御法会をきっかけに、明との交易を復活させるおつもりだ)
 義教は満済にだけ、この計画を打ち明けていた。相談ではない。事後承諾であった。義満の猶子という身分柄、宿老大名連の中でも特異な求心力を持つ満済を味方に引き入れておく必要があった。
(義教さまの登場によって、要を欠いた足利幕府は息を吹き返し、寿命は伸びる)
 宿老大名の言いなりになっていれば、遠からず下克上の大波が足利氏を覆すだろう、という程度の先見は、満済ならずとも持っていた。英明であればあるだけ、危機感を強く認識して将軍就任した義教である。
 義教の決断を満済は嘉した。将軍の失墜は彼自身の衰退である。彼は死ぬまで権力の中枢を離れない。子を持たず、後世に託すべき何ものもない彼には、権力への渇望・獲得こそ、生を貫く原動力であった。

 世の中はめぐる因果の小車や……
 頭上の榎の葉鳴りがかさこそと聞こえる。ここ数日抜けるような青空が広がり、樹々は眼に見える速さで乾いてゆく。北風が強くなった、と紅鶴は外板の桁に片手をつき、足元にまるめた少ない洗い物を眺めた。古布を継ぎ合わせた赤子の衣類だった。遊女の衣装の中で柔らかいものを縫い合わせた襤褸は、黒ずんだ古い盥のなかで、朽ちた花弁のように水に揺れている。
「精が出るね」
 へっついの影からぬっと現れた蝉丸は酒気を帯びていた。今日は紅絹ではなく、藍染めの頭巾を被っているために、顔の赤さが目立った。
「ほどほどだよ」
 紅鶴は男を横目に見て盥をかきまわした。洗濯をする女の手つきはいかにもぎこちなく、一枚ずつ丁寧に濯ぐのだが、紅鶴のほっそりした手は水銀焼けした顔より白く、力仕事などろくにしたことがないのは明らかだった。
洗いあがった襤褸を絞っても、手に力がないのかしっかりと水が切れず、干し挙げた洗濯物からぼたぼたと雫が垂れた。
「やれやれ」 
紅鶴は小さな溜息を吐いて、干した洗濯物を、棹にかけたまま両手で一枚ずつ絞りなおした。その手つきは絞るというよりも、筒を掴むような鈍さだった。
 蝉丸は手伝おうとはせず、黙って腰の瓢からちびちびと薄酒を飲んだ。ようやく紅鶴が盥をゆすいでひっくりかえすと、彼女の鼻先へ、自分が飲んでいた瓢を突きつけた。
「いらない」
 紅鶴は唇だけで笑った。素顔の彼女は、目鼻整ってはいるが水銀白粉に蝕まれた皮膚のやつれが目立った。眉を剃っているために表情が消されて、浅黒い仮面のように見えなくもない。手足のほうが顔より白いのである。首の付け根で皮膚ははっきりと色を変えていた。紅鶴の乳房が手よりも白いことを蝉丸は知っている。
 いらない、と言ったが蝉丸は酒を再度突きつけ、紅鶴は今度は口に含んだ。残り少なくなった瓢を傾け、喉を反らせて飲み干すと、二の腕の裏側で瓢の口を拭いた。
 井戸端の榎がかさかさと風に鳴る。うそ寒い秋の風だ。紅鶴は肩をすくめ、眉間をかすかにひそめて、
「もう赤子が眼を覚ます。何もかもあの子が寝ている間にやらなけりゃならないから忙しいよ」
「がきなんざ、乳さえ与えてほっといたらどうだい。しょっちゅう抱いて撫でさすってやることもなかろうに」
「いつ死ぬかわからないじゃないか、あたしらは。もちろんあんたもね。だから生きている間は、せめて可愛がってやりたいんだよ」
 紅鶴は目を細めて笑った。死はそこらじゅうにあふれていた。路を歩けば、築地塀の角ごとに屍がころがる。飢饉に流行り病、飢死行き倒れ。遊女であれば、堅気よりもっと無惨な死に方をするかもしれない。賀茂川の流れには、孕んだものの産んでやれない水子が託される。子をおろすのは遊女だけではないが、子おろし婆がほどこす堕胎のわざは母胎に酷い。そのために命を落とす者は少なくなかった。
「その身なりはどうした」
 蝉丸は紅鶴の返事を無視して訊ねた。
 紅鶴は小袖ではなく、腰を細紐でくくった墨染めの袈裟を着ていた。
「坊さんに貰ったのよ。ざっくりして、小袖より動きやすいからね」
「あの似非坊主か。宝珠に執心だな」
 蝉丸は苦々しげに舌打ちした。紅鶴は、
「変な相手にやきもちを焼くねえ。あの子は売れっ子だし、誰にも分け隔てがない。それにあの坊さん、いい感じだよ。偉ぶらない。あたしたちを菩薩だってさ」
「おべんちゃらもいいところだ。崇め奉るなら金だけ置いていけって」
「出家だって男は男だからそうはいかないんだろ」
「破戒坊主だ」
 蝉丸は唾を吐き捨て、紅鶴の腕をつかんだ。
「よせよ、墨染めなんぞ、せっかくの女がだいなしだぜ」
 男の両手が袈裟の襟をぐい、とひろげると紅鶴は低く唸った。
「何の真似」
「女が、よ」
 男は爬虫類のように眼を細めた。紅鶴は相手の視線を覗いた。こんな眼は、もう何千回も見慣れている。狭めた瞼の間に欲望を隠した眼は黒く見えるのだった。
 が、蝉丸の双眸は乾いていた。へえ、と紅鶴は腹の中で思った。こいつ何者だろう。欲情しながら乾いた目つきで肉体の値踏みをする男は、滅多にいない。情欲に鷲づかみにされた眼は必ず濁る、と紅鶴は思っていた。
(面白いね)
 抱き寄せられながら、紅鶴は北風に揺さぶられる榎の枝を眺めた。
「もっと早くこうしたってよかったんだが」
 蝉丸が呟いた。その台詞も可笑しかった。紅鶴は声をあげて笑った。

 あんた誰なの?
 納戸の板壁を透かして光りが差し込んでくる。黴臭い光線は男と女が体を入れ違えるたび、もつれあうかたちを暗闇から切り取る。
「俺は渡りの傀儡だ」
 蝉丸は手足を拡げて、天井を睨んで応えた。
彼の視線に脅えたように、天井板をがさつかせて鼠鳴きが走っていった。
「うそ」
 うつぶせた紅鶴は顔だけ蝉丸に向け、
「あんたも宝珠も上等すぎる。だけど東洞院の遊び女になるって柄じゃない。得体が知れない」
「あれは孤児、ただの立君だ。好き勝手に生きている」
 あんたはどうなの、と紅鶴は問いたかったがやめた。互いの素性は詮索しない、それがこの稼業のきまりだった。
「お前さんこそ、どこから来た」
 蝉丸は片肘ついて上半身持ち上げ、もういっぽうの手で女の腰を撫でた。脂づいた肉はうすら明かりに白く光って見えるが、男のてのひらに圧されれば、若いとは言えない皮膚と脂はすこし緩んで撓むのだった。紅鶴は商売女の自衛本能で、蝉丸の愛撫が女の衰えを測る手つきに変わる前に、やんわりと腰をひねって逃れた。
「生まれ育ちは隠せない、どうしたって」
 紅鶴は顔を背け、男から離れると身じまいを調え始めた。といっても素肌に墨染めを羽織るだけだが。蝉丸は仰向けに寝そべったままそらとぼけた。
「落ちぶれ公家なんざ都じゅうに掃いて捨てるほどいる」
「公家には見えない。武士でもない。なんだろう。あんたもあの子も」
 腰紐を括りながら紅鶴は上目遣いに薄く笑った。
「生まれがどうであろうと、俺たちはただの馬の骨よ。いや、人間なんて所詮誰もが馬の骨なんじゃないか。人も馬もくたばっちまえば変わらない」
 蝉丸はすっぱだかのまま立ち上がり、その拍子に、入り口近く傾斜して低くなっている納戸の梁に頭をぶつけた。たちまち鼠どもが頭上を騒々しく走り去った。ちくしょうめ、と男は褌を掴んでがらりと勢いよく戸を開けたが、そこを丁度通りかかった小女が、蝉丸の姿を見て黄色い声をあげた。
「おっと、堪忍」
 蝉丸は前を隠そうともせず、にっと笑った。まだ十二、三の小女は首まで真っ赤になり、背中を向けて叫んだ。
「のんきね、一揆が起きてるのに」
「何?」
「福富屋が襲われてるの」
「まっぴるまから物騒な」
 蝉丸はそのまま庭に飛び出し風の音を聴いた。さきほどまでのうら枯れた響きとは異なり、大気にはすぐ近くで大勢のどよめく荒々しい精気がみなぎっていた。蝉丸は手早く褌を締め、嬉しくてたまらないように両手を揉み合せた。
「福富屋といえば、評判の有徳人(富豪の町家)。こいつはいっちょう稼ぎ時」
 口角をちらっと舐め、手近の竹竿をひっつかむと、薪割りの鉈で真ん中から斜めに叩き割り、小脇に挟んだ。
「どうするの、蝉丸さん」
 小女はあっけにとられた。
「おまえに赤いおべべでもくれてやる。俺に初花寄こせよ」 
 言い捨てて、蝉丸は脱兎のごとく。

 押し寄せる怒号とともに砂塵が巻き上がり、二度、三度と土塀を突き崩す地鳴りが沸くと、ぶあつい塗り壁に亀裂が入り、ぐらぐらと崩れ始めた。
「火矢を放て。土民どもに盗られるぐらいなら灰にしてしまえ」 
 あくどい商売で成り上がった高利貸し福富酒屋の主は、顔に満面朱を注ぎ、飢えたどぶ鼠のように蔵をぶち壊しにかかる貧民を眺めて地団駄を踏んだ。
「くそどもめ、金を貸してやった恩義も忘れやがって。ご恩は一生忘れませんと泣きの涙で手を合わせやがったくせに」
「あんた、何ぼっとしてるんだよ」
 母屋から飛び出した内儀はいさましく槍をふりかざし、周囲にごつい用心棒を従えてわめいた。
「愚痴ってる場合じゃないよ。応援が来るまで持ちこたえるんだよ」
 火を放つなんてとんでもない、と内儀は槍を振るって男たちを指図し、土民を撃退するために、あちらこちらへ走らせた。
「応援だと? 腑抜け役人が」
 主は悲鳴まじりに叫んだが、女房の剣幕に圧倒されて、おっとり刀を掴んだ。
「証文を隠せ。質草にかまうな」
 主は声を振り絞って帳場を叱咤する。もうほとんどの蔵は暴かれ、老若男女、餓鬼さながらの土民が米や酒、さまざまな食糧物品をかき集める。柱が傾き板壁が破れ、めりめりべきべきと家居が揺さぶられ、右往左往する人間どもの足の下を鼠が走り、野良犬が吼え
続ける。誰が誰を斬ったのか斬られたのか、血飛沫悲鳴が錯綜して、倒れた者に他の誰かがつまづいて転倒すると、敵か味方かもうさだかではないその背に、めくら滅法とどめの棍棒が打ち下ろされた。
「福富の亡者をたたっ殺せ」
 誰かが叫ぶと、憤懣と鬱屈を一挙に爆発させた者どもは、いっせいに血走った眼をあげ、歯を剥き出した。
「鬼婆ァもやっちまえ。あれは病人の衾だって借金のかたにひっぺがして持って行きやがった。地獄に放り込め」
 おう、とわめき声が揃い、それまで得手勝手に宝を袋にさらいこんでいた土民どもは、とり憑かれたように一斉に一つ方向へ駆け出した。
 敷地の最も奥まった蔵を、福富屋の主人と内儀は残った雇い人とともに死守している。多勢に無勢と知りながら、即席の柵を組み、刃物を構えた必死は、この小さな蔵にこそ周辺の貧民はおろか、近隣大名にまで貸し付けた借金証文がぎっしりしまってあるからだった。これを焼かれてなるまじ、と福富屋は他の蔵の破壊強奪に歯噛みしながら守備を固めた。頼みの綱は幕府の検使役人の到着である。
「殺せ」
 怒声が炎のように貧民どもの間に沸きあがり、蔵を守っている主人たちにひゅうひゅうと石礫が飛んだ。投石は刀剣のない民衆の最もたやすい武器で、女こどもでもその技を磨き、鴨河原で行われた民衆の石合戦では、死者が出ることも珍しくない。
 蔵の土壁にへばりついた福富屋の連中は、投石技術を鍛えた貧民には、格好の標的だった。構えた槍刀の切れ味も試さないうちに、主の手首を握り拳ほどの礫が弾いたのを口切に、雨あられと石が飛ぶ。防御の雇い人どもは悲鳴をあげた。頭を庇えば腹を打たれ、陰部を狙われ、あっというまに蜘蛛の子を散らすように退散してしまった。
 後に残ったのは、顔といわず胸といわず血塗れの福富屋の主夫妻だけだ。とはいえ、主はこめかみを礫に打ち抜かれて既に悶絶していた。その亭主の襟首をひっつかみ、自分も石に割れた額からだらだらと黒い血を流しながら、形相すさまじく踏ん張っているのは、鬼婆内儀ただ一人。
「婆ァ、命が惜しくないのか」
 一揆の土民が罵ると、女房は血鼻を啜って怒鳴り返した。
「命の恩人のあたしらをこんな目にあわせやがって。神仏にかけてと誓った証文は、てめえらが血判押したんじゃないのかい。下衆どもっ。七回生まれ変わっても金貸しはやめないよっ」
 やめないよ、という罵声はびゅっと空を切った礫に断ち切られた。石くれは内儀の大開きの口腔にもろに入り、前歯がいやな音をたてて砕けた。のけぞった内儀に続けざまに礫が集中し、鼻を折り、喉を打ち、頭蓋を割った。婆ァの断末魔の痙攣さえ、乱れ飛ぶ礫弾のうなりにかき消されたのである。
 相手がぐずぐずと地べたに転がり、びくりとも動かなくなると、わっと歓声があがった。土民どもは死体を蹴飛ばして蔵に押し寄せ、長年自分たちの血を吸い上げた借金証文を引きずり出し、引き裂き、踏みにじり、破って捨てた。そればかりか、ぐしゃぐしゃにちぎった紙屑を、惨殺した内儀の口に突っ込んで、笑い飛ばしたものだ。
「閻魔に土産よ」
 地獄の沙汰も金次第。
 ようやく幕府の取り締まり役人が到着した頃、一揆集団は略奪のかぎりを尽くし、とうに四散していた。都中に頻発する一揆打ちこわしに狎れ、疲弊している役人どもだったが、まだ土埃の鎮まらぬ福富酒屋の門口に到着すると、息を呑んで棒立ちになった。
 門は二本の竹槍で十字に封印され、それぞれの先端には、口一杯に借金証文を詰め込まれた金貸し夫婦の生首が、まだ新しい血をどろどろと滴らせながら、濁った白眼で役人どもを眺めおろしていた。

中世夢幻  其二 杜若

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其二 杜若
 
 おゆるしなされて…
消え消えの喘ぎは、苦しげでいてねっとりと媚を含んで甘かった。かぼそい女の声ではないことが、この黄昏の縺れあいに息詰まる淫靡な影を深める。
 将軍御所に、義教はいくつも専用の書院をしつらえていた。そのひとつ、もっとも奥まった北向きの一室は、夏のあかるい夕暮れから逃れるように、はやくもひそやかな闇が垂れこめている。男たちの表情は苦しげで、貫きながら肉を重ね、解き放ちながらなお免れぬ己が官能の枷に喘いでいるようだった。彼らの所作は隙間なく、互いに容赦がない。肉を凌ぎ、骨をきしませ、肉感を超えた救済を目がけて攻めぬき、奔りつめるようでもある。
 攻める男も攻められる男も互いの火に灼かれて汗をしたたらせ、性の力を誇示しながら、やがてどちらからともなく崩れ、折りとられ、肌身に飛び散った迸りは、欲望の残滓というにはあまりに潔く、純一な色彩だった。
「酷いことを、あそばす」
 ややあって、元重は首を伸ばした。肉をひしぐ烈しい感覚はなお余波をひいているが、それはこの性愛だけが味わうことのできる痺れるような快楽に変貌している。
元重はうなじを伸ばし、背骨を伸ばし、腕を緩めた。獣のなりで彼は主を受け入れていたのだった。仰臥した義教は、荒く息を吐いたまま無言であった。
傍らの元重は呼吸を静めて義教の心をはかる。一瞬の甘えは速やかに彼から拭われ、解き放たれた快楽の頂点から、一気に彼は地に下り、猿楽芸人の軛をみずからに嵌める。
義教は、ふいと元重を見た。白眼の部分が大きく、青みがかって見える義教のまなざしは、無感動な吐息とは裏腹に情感をたたえて潤っていた。その視線にあやうく溺れそうになるのを抑え、元重は、
「おからだを」
 自分自身は手早く下着をつけ、隙のない動作で義教の身仕舞いを調える。ことのあとには、いつもこうして元重が義教に仕えた。女を伽にしたときには早々に下がらせ、別な女官が手際よく将軍を清めるのである。その女官にも劣らぬこまやかな手つきで、元重は義教の肌を清め帯を結ぶ、義教は元重にすっかり任せきり、西の窓になお漂う宵明かりを凝視するように、心持顔をあげていた。
 採光の悪いこの書院は、仏間を兼ねており、床に奉掛された如来像に、西側の丸障子からその日の最後の光が忍び射すように設計されている。五色の雲に乗った如来は地べたにひざまずく衆生に向かい、温和な微笑を湛えて手をさしのべている。夕靄はいま、そのふくよかな尊顔だけを、滲む円光となって照らし出していた。
装束を着付ける衣擦れの音は、男たちの沈黙を快く埋めた。ふいに義教はひざまずいて主の胸紐を結んでいる元重の首に触れた。
「清滝宮の楽頭職(うたづかさ)を命じる」
 一瞬、元重の手がとまった。さっと顔をあげたが、視線は自分の指先で止まり、主のまなざしには届かなかった。彼は濃紫の胸紐をひたと見つめた。
醍醐寺清滝宮の楽頭職は、観世座棟梁たる世阿弥のものであった。義教はそれを剥奪し元重に賜ると言う。さきほどの仙洞御所での
世阿弥一門演能禁止に続き、この仕儀がどれほど伯父一家に打撃であるか、元重は将軍の命令をひしと噛みしめる。が、伯父を立てて、我が功名を譲る心は微塵もなかった。
そんな元重を義教は快げに尊大な表情で見下ろし、烏帽子を外したままの白い首筋をすうっと撫でおろした。
「余の手にあまるほどに太くなりおった」
 かつては、と義教はひとりごちた。
「この首は、余の指ひとくくりに握るほど、かぼそかったものを」
元重は首に千鈞の錘を掛けられたような気がした。みぞおちを冷たい汗が流れる。声を整え、謹んで答える。
「御意のままでございます。いにしえも今も」
破(は)、と乾いた笑い声が一間に響いた。

五月雨が降りしきると、都大路に投げ出された夥しい死体は目に見えて腐りただれ、痩せさらばえた屍のどこに腐乱する贅肉があるのか、と思われるのだが、辻々いたるところに転がる亡骸は、ぶくぶくと膨張し、破裂し、膿を長雨に垂れ流し、その腐肉を野犬どもが日夜を分けず食いあさるのだった。
「ああ、末世じゃ。下克上じゃ。しかしこのしみったれ雨は止まぬものか」
梅雨寒なのに、むしむしと湿度はこもり、死体の異臭のきつい堀川大路を、びしょびしょと泥水を跳ね上げて歩く蓑笠男は、それほどの大降りではないのに、蓑を深く合わせ、顔も見えないほど笠を深く被っている。男は笠の影から大路の隅の屍をにらんで毒口をたたいた。
「照る日曇る日って言うじゃないのさ。雨が振る時期にはちゃんと降ってくれないと、五穀豊穣ままならぬ」
 男の連れらしい市女笠姿が、若い女の屈託のない声で男の不平を受けた。
 女は一見すると上臈出立ちで、こんな季節には鬱陶しいほど華やかな小袖に細帯を締め、被りものの緋色が目にしみる。着物の裾を泥に汚すまいとくくりあげ、肌理のこまかい白い脛をあらわにしている。
「この分じゃ、秋の実りもどうなるか知れたもんじゃない。今年もおおかた不作だろう。お天道さまは民を見放したか」
 男はなお憎まれ口をたたきながら、やけくそめいて泥水を蹴った。女は舌打ちしてとびのき、
「ちょっと、あたしの鎧を汚さないでおくれよ。まだ出陣前なんだから」
「鎧も鎧、大鎧。侍大将の出立ちだ」
男は鼻を鳴らして女を眺めた。
「図子(づし)の古君も、宝珠御前には御満悦だろ。いったい一夜にどれほど稼ぐ」
「からだあっての物種」
宝珠は笠を小指で持ち上げ、自慢の器量をちらりと見せ、しなをつくって笑う。肌は浅黒いが、くっきりとした目鼻が新鮮だった。白粉も塗っていないのに、顔を覆った紅絹が頬にきれいに映えて見えるのは、女がまだ若く、しんからみずみずしいためだった。
女が商売用の笑顔を笠の端から見せたとき、ちょうどふわりと雲が割れ、通りは俄かに明るくなった。陽光とともに風がさあっとひとつ通って青葉が香りたつと、大路の景色は陰惨を消して夏の息吹に蘇った。
「さ、尼寺の向こうだよ。着いたらあんたに湯漬けの一膳でも頼んでやろう」
「へ、せめて薄濁りの一杯も」
 酒は清酒(すみさけ)な、と男は横を向きうそぶいた。
  極寒極熱、熱き苦もあり寒き苦もあり、
  極熱の照りに照るに、冷やし物の酒を冷やし、一杯は飲み足らず、二杯は数悪し
 これだよ、と女は呆れ顔で高足駄を履いた足を持ち上げて男の膝を蹴るふりをする。と向かいの横辻で切羽詰まった叫びが乱れた。
「お、喧嘩だ」
男はがらりと声を変え、騒ぎのほうへ首を伸ばした。
「追剥だろう、およし」
宝珠が止める前に、もう男は蓑笠のまま泥を蹴って走り出していた。
「ち、物見高い奴め。怪我でもしたらどうする」
 舌打ちしながら宝珠もさらに裾をまくりあげ、むっちりと豊かな腿まで見せて男の後を追った。
ああら、おっかな。
 網目地に菖蒲の模様を散らした小袖ふうの上着を素肌にじかに纏い、かしらを白い被りもので包み、片手に数珠、片手に榊を持った持者が引き連れたような甲高い声をあげ、通りの真ん中で大げさにのけぞっている。
「あら神を恐れよ、おっかな。この罰当たりめが。二所三島の神も御覧ぜよ、この若造の無理無体」
騒ぎを聴きつけて周囲に人だかりが始まると、持者はますます興奮を煽りたてるように地団太を踏んでわめきたてる。どう見ても男の皮膚でしかない肌に、べたべたとまだらに紅白粉をなすりつけている。化粧をしてはいるものの、持者は自分が男であることを隠そうとはせず、口髭をはやし、黒々と眉は太く、あらっぽくかきあわせた衣の胸もとから、見苦しい胸毛がもしゃもしゃと覗いた。
「どうしたの」
野次馬をおしのけ、宝珠が連れの蓑笠男の肩先をつつくと、笠の影から、男は白い歯を見せてにやにや笑う。
「たかりよ。ちょいと見物しようじゃないか。いんちき持者めが、若造から巻き上げようってはらだ。さてどうなるか」
持者、または地者とは女装の巫で、東北出羽三山や鎌倉鶴岡八幡宮などを根拠地に活躍した流れの神人とされる。彼らが何故女装したのか理由はさだかではない。中世民衆群像を描いた『職人歌合せ』に「持者」の風体は、女の衣装をまといながらその容貌は明らかに男性で、彼の詠歌は、
  いかにしてけうとく人の思ふらむ
     我も女のまねかたぞかし
〈どうしてみんなは気味悪がるのかしら。あたしも女の真似なのよ〉とある。
 彼ら男巫は女装することによって、巫女の持つ霊力を我が物にしたいと考えたのかも知れない。直接の神がかりの能力は、古来女性と児童に顕著であって、祭祀の場における男の役割は、おおむね審神としての仲介、巫女の告げる託宣の解釈者であった。
持者は古びた小袖の裾をばたばた振ってぐるりを駆け回った。縄でくくった小袖は、すでにひどく擦り切れ、持者がわざとらしくしなをつくって、ぱっぱっと裾をからげて膝をちらつかせるたび、垢に塗れたがさがさの腿と、さらにその奥の見苦しい赤むくれがぶらぶら揺れ、周囲の野次馬どもはげらげらと笑った。
「な、汚れてしまった、穢れじゃ」
「あんたの面のほうが汚いよ」
 物売り女が笑い転げながらののしると、女
装の持者は哀れっぽく首を振り、気が触れた
ように数珠をさぐり、両手を烈しく上下に揉み合わせた。
「天照らす御神、この無信心者を罰してくだされ、阿弥陀様、この下種女を地獄に突き落として…おい、どこに行く、くそ餓鬼」
 騒ぎのどさくさに紛れて逃げ出そうとした
若者の肘をぐい、と掴み、つくり声からうって変わった男のだみ声で、持者は詰め寄った。
ほう、と蓑笠男は唸った。きれいな面をしていやがる。
 振り返った若者は、群がる群集の中で、はっきり際立つ容貌をしていた。目鼻がひきしまり、肌が白い。顔をしかめてしぶしぶ持者に相対する所作に寛容な落ち着きがあり、一目で土民でないことがわかる。衣装も周りの者より格段に上等だ。麻の葉文様の素襖に、藍染めの短袴をきりっと穿いた身軽は公家とは見えず、さりとて武家でもない。いちいちの動作にたるみがなく、持者の言いがかりにしかめた顔つきさえ、良家の子弟らしくさわやかに明るかった。
 若者は腹を立てた様子もなく、困惑した表情で、
「儂は急いでいる。この先の尼寺に叔母が入道している。病と聞いて見舞いに参じた。儂の訪れを向こうは待っているだろう」
 端切れのよい清潔な声をしている。
「知るものか」
 持者はますます興奮し、鼻毛のぼうぼう伸びた団子鼻をひくつかせ、胸を叩いて青年を罵倒した。
「汝、神を畏れぬ罰当たりめ! お前の縁者なぞ助かるものか」
 わめく鼻先へ、青年は懐から無造作に銭を突き出した。
「もうよかろう。これで新しい衣を買え。儂はほうぼうに参らねばならぬ」
 持者は数珠も榊も放り出し、両手で若者の手から銭をひったくり、その場でちゃらちゃらと音をたてて銭勘定をする。思わず、気前がいいねえ、と野次が飛んだ。それもそのはず、小袖をあつらえてなお余りある額であるばかりか、その銭は、近頃濫造されている国内銭の粗悪な地銭ではなく、大陸渡りの上質な明銭だった。もはや下々にはめったに出回らない、きれいな銭である。
 持者は有頂天で、つかみとった銭を前歯に挟んで硬さを確かめ、空にかざして透かし見、ひひっと口を歪めて笑った。
「あら、おっかなおっかな。ありがたやの明の銭じゃ。天照大神御覧ぜよ」
奪うものを奪った持者は小躍りしながら、小路へ逃げていった。
同時にがやがやと人垣は崩れてゆく。
「なんだ、あっけない」
と蓑笠男は舌打ちしたが、宝珠は首を伸ばして、人込みに紛れてしまった若者の後ろ姿を追っていた。
「なんだ、あいつに気があるのか」
「お世話さま、あの子、どこかで見たことがあるような気がしてさ」
「色男は得だねえ」
雲が切れて夏の光が照りつけるのに男は汗を拭い、厚ぼったい蓑を脱いだが、笠はかぶったままだった。その顔は金褐色の影となって人に見えない。
「昔の世こそ、というわけか」
 即座に飛んできた宝珠のびんたを男はひょい、とかわし、いい声で歌った。
  君と我いかなることを契りけん
    昔の世こそ知らまほしけれ
「うるさいね」
 宝珠はつんと澄まして、すたすたと歩きだした。泥よけに膝上までからげていた裾は、いつのまにか見目よく下ろしている。道すがら、尼寺の低い土塀から、枝を長く伸ばした梔子の花の甘い香りが、湿った陽炎とともに大路に漂ってきた。そこに、かしこに、行き倒れか、うち捨てられた屍が転がる。誰も気にとめない。

橘がほろほろと人待ち顔に咲き散る尼寺の境内は、表の喧騒とは無縁に閑寂だった。門主は皇女で、振り分け髪の幼時から出家入道された。
それほど大きくはない寺には、門主の他、数人の尼僧が仕えている。いずれも出自の良い、見目も人並み以上に整った尼たちが、感情のありかの窺えぬ白い貌で仏道精進に明け暮れ、老いてゆく姿は、現世の煩悩にからめられた者の眼には、清らかに羨ましくも、また侘しくも見え、さらには内奥に秘めているであろう女人ゆえのさまざまな襞を想えば、薄気味わるくも感じられる。
女人は剃髪し、墨染めに窶しても、どこかなまなましく思える。元能の少年時代からの印象だった。彩りを消した衣装をまとっていても、時折ふと、華やかな小袖姿の女よりもなまめいた気配を感じるのだった。だが、それは、この寺に修行する叔母の姿が、幼時の元能の心を強く揺さぶったためかも知れぬ。
俗の名を寿羽と称した叔母は、白拍子某女の腹に生まれた公家の落胤で、何らかのゆかりによって観阿弥の養女として育てられ、成人すると世阿弥の弟四郎の妻となった。寿羽は代々美男美女ぞろいの観世一門の中でも、周囲の眼をひく美しい少女だったという。しかし彼女は、元重を産んでまもなく誰にも告げずに出家してしまったのである。
一門の棟梁となっていた世阿弥は追及することなくこれを認め、仏門に入った義妹に援助を惜しまず、みずから彼女を訪れることはなかったが、一族の者を親しく寺に通わせ、消息を絶やさぬようにはからった。
「よう参られました。以前お出でになったときは、まだ童であったのに」
寿羽、今は寿桂尼は病の見苦しさをすこしも見せず、板の間でじかに甥と対面した。白麻の布で頭を覆い、簡素な袈裟を痩せた肩にひきかけ、水晶の数珠を手まさぐりにしつつ、さりげなく脇息に半身を寄せた寿桂尼の風情は、元能に小野小町を想わせた。
世の男という男を拒みとおし、その果てに落魄流浪の身を巷に晒した伝説の美女。老い衰え、さすらいの姿となっても、絶世の美貌はなお影をとどめ、かそけき色香のほのめきを、声に、所作に、またひっそりとうずくまる姿にさえも漂わせ……それは世阿弥の教えではないか。
(能の老女は…老残の底にもひえびえと光りを失わぬ一枝の花のごとく)
 この叔母こそ、と元能は寿桂尼の姿を眺めた。
五十路に入った彼女の面は、紅白粉につくろわずとも、なお端麗に美しかった。長年の精進、また病のために痩せ、額から頬にかけて、うっすらと皮膚の下の骨が透けそうなほど白い。清らかであるために、いっそうすぐ傍の死が兆し見える、人の気配を離れた白さであった。眉間から次第高にとおる品よい鼻筋と輪郭ただしい口許は、従兄元重と同じもの、と元能はひそかな疼きを抱いて叔母を見つめる。静かに生気の抜けてゆく面には、目立った皺も崩れも見えない。しかしまことに老女の顔なのであった。
「幼かったあなたがご立派になられて」
 昔と変わらない。軽く柔らかい声だった。
「人と成りましてのちは、尼君にお目にかかるのも何かと憚られまして」
 元能がきまじめな口ぶりでありきたりの無沙汰を詫びると、寿桂尼は、ほほ、と口をすぼめて笑い、
「枯れ果てた姥どもに、それはまたつややかなお心遣いですこと。そんなことをおっしゃられては、却って世心を催しそうです」
 いなされて元能は、頬に血が昇った。入道の尼僧にしても、最後まで心身清く素志を全うする者ばかりではない。無防備な若い尼などは、どうかすると賊に踏みにじられ、また略奪の憂き目にあうのだった。いや、若くなくとも、それは。
 この尼寺は由緒ある門跡寺であるから、相応の庇護がある。それゆえに女たちは浮世を離れて、坦々と墨染めの勤めを守ることができる。
寿桂の声はひそやかだったが、他の女人にはついぞ聞き取れぬ艶ななまめきがあった。それは、はなびらを落とした桜の萼に、なお残る紅色のほのめきを見るような心ときめきであった。そのやんわりとした声の輪郭は、どこかで従兄の皮肉を含んだ微笑とつながっていると感じるのである。
「皆さまつつがなくお過ごしですか」
「おおかた変わりなく。こなたさまも便りに伺いましたよりは、御身さわやかにお見受けいたします」
寿羽は、ふと眉をあげ、瞳を開いて元能をみあげた。するとなめらかな額にほそい横皺が数本、すっと昇り、それが彼女の面に初めて見る老いの皺であった。
「さあ、どうでしょうか。もう十分に命永らえましたから、御仏のお招きも恋しいのすが、さりとて、今日のように思いがけずあなたの成人された姿を拝見いたしますと、命はまた伸びるようでございます。兄君妹君も、さぞねびまさられたことでしょう」
はたはた、と庭の橘の枝から鳥が舞い立った。遠く看経(かんぎん)の声が聞こえ、名香(みようごう)のくゆりがどこからともなく漂うと、再びかきくらがった空から、重い雫が軒を叩き始めた。
平氏すなわち武家の台頭以来、皇室公家の権力は地が滑るように崩れ、この時代に入ると、各地の荘園収入も武家の口添えなしには円滑に納まらぬようになっていた。こうした公家皇族の手元不如意をよそに、寺社は独自の権威を主張し、幕府守護大名に服従すると見せて、彼らに対抗すべく勢力を伸ばしつつあった。この尼寺は皇族の門主が、そうした寺社の中でも際立って強大な南都興福寺大乗院門跡と縁を持つために、潤沢な暮らしぶりであった。
寿尼は元能の気持ちをほぐすようにねぎらいの言葉を紡いだ。あたりさわりない言葉であっても、このひとの口からこぼれると、耳に快かった。元能はふと、寿桂が父と結びつかなかったのは何故だろう、と思った。貴種であり、歌舞音曲に優れ、稀な美女であった寿羽は、女曲舞(くせまい)として出たならば、さぞ目覚しい立身を遂げたに違いない。芸能ならずとも、その美貌と才気は、多くの大名の側室に望まれたとも聞く。
そうした華やかさにも係わらず、寿羽が選んだ夫は、世阿弥元清の弟四郎だった。元能が十歳ばかりの頃に亡くなった四郎は、一座の太鼓方、またワキなどを無難につとめる篤実な男であった。おのれの分際をよく弁え、一座の棟梁である兄のシテを過不足なく支えた。寿羽が突然出家した後、彼はふたたび妻帯しなかった。残された元重の才能を育てたのは、この実父と、それにもまして伯父世阿弥であった。
「先日、元重が参りました」
 応えの途絶えた元能の沈黙を測るように、さらりと寿桂尼はささやいた。彼女の声音は、あまりにさりげなかったので、あやうく元能は聞き流してしまうところだった。寿桂は感情を見せない品のよい微笑を浮かべ、
「あの子と会うのは、それが初めて。我ながら不思議でしたよ。あれとは赤子のころ離れて、さぞわたくしを恨んでいるだろうに、今更顔を合わせても、と迷いましたが、それこそ今生の見納めかも知れぬと、対面いたしました」
「左様で」
唐突な尼の吐露に、元能が返すべき言葉はまたしてもなかった。父と自分を捨てた母を、従兄は決して口にしたことがなかった。元重は母を憎んでいるのだろう、と元能は想像しているが、それは皮相な推測かもしれない。
「悪くなりました、と」
 寿桂はつぶやいた。翳りのない優しい声音だった。元能の耳にはあたかも「花が咲きました」と彼女が言ったようにさえ聴こえたのである。
「それは」
「尼殿、元重は悪者に育ちましたと言ったのです。それだけであの子は泣きも笑いもせず、ただわたしの顔をじっと見つめて帰ってゆきました」
寿桂の面は、やはり微笑を浮かべていた。その面の下にどのような心が揺れているのか元能には測りがたかった。いや、測りたくなかった。彼女の微笑の裏にわだかまっているのは、寿桂の歎きではなく、むしろ従兄の屈折であるから。
「兄は、ひとかどの能役者と父は申しております」
 とりつくろった返事のせいで、元能は声がからまってしまった。従兄への感情が噴き上げる。恩義ある観世一門と自身の分水嶺の時期に、母の病床を見舞わずにはいられなかった元重の心は、そのとき弱くなっていたのだろうか。それとも何かへの決別だろうか。
たぶん後者だろう。従兄は自分たちとの縁を心で断ち切ったのだ、と元能は思うことにした。寿桂のしらじらとした面を見つめていると、今、急速に観世一門が分裂してゆく哀しみや動揺がなだめられるような気がする。
(お前は何しにここへ来たのだ)
 元重の揶揄まじりの声が蘇る。こことは尼寺か、俺は兄者に会うかわりに、尼君にまみえたのだ。元重の幻聴には自然な返答がするすると出てきた。
寿桂尼は血の気の失せた顔をゆるゆると庭に向け、長い雨脚に打たれる篠竹あたりに視線を落とした。息子を思い出しているのかもしれない。尼僧の端正な横顔に元重が重なる。その元重は、兄弟の誰よりも世阿弥の貌に似ているのだった。ああ、と元能は肯いたが、ことの真偽など歳月の奥に溶けてしまい、現在から未来への流れに、もはや何の色合いも加えはしないのだった。
簡素な尼寺の庭は、この梅雨の季節に手入れの届かず、草木などの生茂るにまかせ、少し乱れた風情がしめやかな情緒を添えていた。
「一雨ごとに夏草が生いのびるので。それはもう目に見えるような速さ」
 雨にかき消されそうな尼の声は、さっきまでの潤いを失い、ややつらそうだった。夏草のことを言いながら、何か別の情念が彼女の口からこぼれている、と元能は思った。繁茂する雑草の生気に、老女はその瞬間圧倒されてしまいそうな気配だった。寿桂尼は思い出したように言った。
「鹿苑院さまの御愛妾だった高橋殿が、ついにみまかられたそうです」

五条西洞院辺には、六七軒の遊女屋が軒をつらね、賀茂川近い東洞院の遊女街と合わせてこの一帯は遊里として栄え、庶民のみならず武家大名、さらに将軍から公家にいたるまで広汎な客を集めている。これらの遊女屋を「づし」といい、逗子、図子の字をあて、後世には辻君と混同され、巷をさまよう夜鷹、立君の類と見なされたが、室町時代のづし君は、店を構えて売春する女性のことである。
 それぞれの店に元締めの長老、古君は、今の遣り手婆だが、三途川婆などと人は呼び、本人もそのように名乗ってはばからないのは、今昔変わらない、こうした商売の阿漕を思わせる。
「ちょっとあんた、歯を見せな」
 新参の宝珠の容姿を上から下まで仔細なく点検し、姥はその上玉ぶりに満足そうに肯いたが、最後に思い出したように手を叩き、眼をまるくしている宝珠を促した。
「は?」
「はぁ、じゃないよ。あんたの歯を見せておくれ」
 三途川婆、もとい地獄図子の古君は白粉に焼けて渋柿色の顔に、にやりと訳知りの笑みを浮かべた。
「あんたは器量がいいし体も肌も申し分ない。曲舞あがりだから芸もある。あたしはね、あんたみたいな上玉を迎えたときは、最後の駄目押しに、歯を見せてもらうことにしてる。おかしいかね? お口の具合で、あちらのよしあしも、わかることがあるんだよ」
 さていかがなものか? けうとい話だが、この時代、疾病の蔓延はすさまじく、いや、すさまじい、という形容などあらためて必要がないくらい、実はあたりまえだった。古代、美人の基準として、髪と皮膚の美しさが第一とされたのは、多分に健康上の理由があったのではないだろうか。そして表の病は白粉で糊塗できても、粘膜はごまかすことができない。歯を見たい、というのは口腔粘膜の色艶で、商売道具の女の値踏みをしたいということではなかったろうか。
宝珠は素直に口を開けた。古君は口腔をぐいっと顔を傾けて覗き、さらに指で宝珠の唇をめくり、歯茎から喉まで丹念に点検し、最後に前歯をつまんで軽く揺すった。つやのいい前歯は、しっかり歯茎に根付いて揺るがなかった。
「歯並びもいい、上出来だ。器量といい体といい、きっと前世の行いが良かったんだよ、あんた」
「そうなの」
 と宝珠は澄まして肯いた。古君は機嫌よく笑い、
「気性もいいね。どこの生まれ?」
「近江は大津」
「ふうん、ここには近江生まれが多いよ。遊び女に向いてるんだろうかね」
姥は宝珠の口をいじった指を前掛けで拭き「さっそく今夜上つ方の前に出てもらうよ。赤松さまのお屋敷だ。御領地の反乱が収まった祝いだから、たんと稼げる。ちょうど白拍子が足りなかったんだ」
 夕刻までに準備しておくれと、姥は宝珠を女どもの部屋に連れていった。最後に
「いいかい、騒ぎをおこさないでよ、面倒はお断りだ。芸があろうと上玉だろうと、あんたはここでは今参り、新参なんだから」
 女たちの白粉のすっぱいような匂いと、それぞれが抱え込んだ厖大な衣装の黴臭さが籠もる部屋は半ばが板の間、もう半分は土間で、そこはそのまま裏庭につながっていた。雨漏りのする土間の内井戸の周囲で女どもが三人ばかり洗い物をしていたのが、姥の大声にいっせいに振り返り、宝珠に無遠慮な視線を注いだ。
「宝珠と申します。姐さん方よろしく」
 殊勝らしく膝をつくと、板の間の片隅で赤ん坊に乳を含ませていた女が、かるい笑い声をあげた。
「かたくるしいことはおやめ、ここは地獄」
 女は豊満な乳房を赤子の口からもぎはなすと、床をいざるように宝珠ににじり寄った。
「踊れるの? 婆の声が聞こえたよ。あたしは今様歌いの紅鶴」
肥り肉の紅鶴だが、顔は細面で少し頬骨が目立つ。はだけた胸から腹にかけて肌理こまかい脂づきがねっとりと光って見える。子持ちにしても若い女ではない。地獄、と言い捨てた一言は湿り気がなく朗らかだった。切れ長の一重瞼に高い鼻筋。紅鶴はなかなか美しい女だ。
「あいにく鼓打ちが十日ばかり前に死んじまったんだ。飢え死によ。いい子だったのに馬鹿だよね、自分の食いぶちを削って、貧乏公家の親たちに貢いでいた」
 紅鶴の赤子が、乳を慕って泣き始めた。母親は、自分のゆたかな胸を片手で持ち上げ、赤ん坊の口に乳首を押し込んだ。肩の下で皮膚がすこしたるんでいた。赤ん坊は大粒の涙をこぼしながら、母親の乳房に吸い付き、胸を両手でつかんで小動物のように喉を鳴らした。一歳は過ぎているようだ。くりくりと太って丈夫そうだが、この飢饉の時節、子供に十分な授乳をするために、紅鶴はどれほど稼がなければならないだろうか、と宝珠は想像した。路傍には、飢えて死んだ子の屍も多い。それだけでなく、賀茂川には孕んだものの、育てられない嬰児が日々流されているのだ。赤子を流す母親は商売女だけではなかった。紅鶴の赤ん坊にしても、乳の出が悪くなれば、とうてい命をつなぐことは難しいだろう。
「鼓打ちならいるぜ」
 裏庭から蓑笠男が顔を出し、なれなれしい仕草で土間の女どもに頭を下げた。蓑は脱いでいるが、笠はかぶったままである。どこから持ち出したのか、手にはいつのまにか鼓を手にしている。宝珠は目をまるくした。
「あんたどうして」
「婆め、湯水のいっぱいもくれやしないが、俺が傀儡(くぐつ)とわかったら態度を変えた」
「売り込んだの?」
 おう、と男が蓑を土間に放り投げるのに紅鶴は、
「宝珠の男は笠かむり(包茎)かい」
 とあけすけに冷やかした。周囲の女は生気のない笑い声をあげ、男は悪びれずに肩をそびやかした。
「違えねえ。だが、このお上臈は俺なんぞ洟もひっかけない。俺のつらが気に入らないんだ」
「だから、どんなつらなの」 
 紅鶴はくすくす笑った。
男は笠紐を解いた。女どもは訳もなく息を潜め固唾を呑む。宝珠ひとりそっぽを向いて板の間の真ん中の、黒い火鉢にくすぶる埋火を眺めている。
 わ、と誰かが無遠慮な声をあげた。いい男じゃないか、と別な女。が、その声は不自然にひきつれている。もったいないねえ、と低い呟きは紅鶴だった。
 男は三十半ば過ぎ、四十の手前といった頃合だった。顎の大きい顔に太筆で勢いよく描いたような目鼻があざやかだ。まなじりの切れ上がった瞳の光りが日焼けした浅黒い顔に異様に際立ち、まともに視線を交わすのが憚られるほどだ。鼻梁は太くまっすぐで、唇は官能的に厚いが、内奥の意志の強さを刻むようにきりっと引き結ばれ、口角が窪んでいる。肩幅のひろいがっしりした体格と、年齢相応に厚みを加えた顔はよく調和して、粗雑な言葉を使っていても、男の風姿には品格があった。
 が、この男の頭にはいっぽんの髪もなかっった。髪がないだけではなく、眉間のすぐ上から皮膚は焼けて眉もなく、頭皮は炎熱に晒されて乾いた大地さながら皮膚が歪み、こまかな亀裂が走っていた。片耳は根からちぎれ跡形もない。男の焼けた頭皮から、縮れた剛毛がわずかにちらほらと伸びているのが、いっそう無惨だった。
 男の並外れて風格のある容姿が、この火傷をさらに酷く印象付けるのだった。
「気の毒に、いったいどうした訳だよ」
 尋ねながらも紅鶴は、母親の本能で、無意識に赤ん坊を着物のふところに押し込み、男を見せまいとした。彼女の声にはしんからの同情があるのだが。
 男はひややかに応えた。
「がきの時分に家が焼けたんだ。お袋はそれで死んだ」
 女どもは互いに目配せして頷き合った。余計な詮索は無用だ。男の魁偉な風貌と酷い傷の取り合わせは皆をすくませるのに十分で、さだかにわかりはしないが、この人物の秘めた暗い燃焼を眼光に感じ、そろそろと後じさる者さえいた。
「あんた、名前は」
少し押し黙ったあと、また紅鶴が声をかけた。おしなべて蒼白な遊女どもの中で、ただ一人、彼女の顔には血の気が昇っている。男の内面の焔をまざまざと見、火に向かう者が我が身にほむらを赤く反映させるように、紅鶴の瞳にはきらきらと光りが射し、呼吸がはずんでいた。
「そうさな」
 男はふところから赤い布を取り出し頭をぐるぐると巻いた。すると、焔立つ暗い燃焼の印象は消え、眼光も鎮まり、つくねんとした壮年の傀儡が現れた。じたじたと陰鬱な梅雨の気配が軒をつたって夜風が吹くと、路地のどこかで誰かが垂れ流す糞尿の臭気が鼻をついた。
「蝉丸」
 男はぼそりと応え、傍の若い女のしだらない胸元を無遠慮に覗き、姐さんいいからだだな、とはぐらかすように笑った。

角帽子(すみぼうし)、 水衣(しけみづごろも)、無地熨斗目(むじのしめ)の寂然とした僧侶にやつすと、元能の涼しい目鼻だちは、その沈んだ色合いのために、却って冴えた。
 夕暮れ過ぎ、皆に遅れて、五条の尼寺から赤松屋敷に参上した元能は、門を入るや否や賑やかな宴の喧騒に包まれた。領国播磨の反乱鎮圧に巧あった家臣、侍たちがひさびさに上洛し、主の屋敷で羽目をはずすことを許されたどよめきだった。五月闇を押し退けるように篝火松明がそこかしこで燃え、あちこちの遊女宿から集められた女どもが、色っぽい身ごなしてたむろしている。身分の低い侍の宴席は、雨を避けて広縁と外縁に設けられていたが、今宵は無礼講とて、普段なら主従を隔てる障子まいら戸は、屋敷の奥まで開け放たれていた。
「尼君はいかが」
 遅れて入った弟に、着付けの途中、元雅が尋ねた。今夜は略式の座敷能で、狂言と能とがそれぞれ一番ずつ上演される。まだ飲み食いの宴はたけなわであり、座興のしおではない。厨子から参った遊女どもが、今様、曲舞などで座を盛り上げていた。
「よわよわとしておいでですが、急な気配はございません」
 唐織を羽織りかけた兄を弟はまぶしく見上げた。この紅地八橋模様唐織は、父世阿弥が若き日に赤松氏から拝領したもので、何度も水に晒して織り上げられた衣装は、数十年に渡る使用に耐えてなお色褪せず、つい昨日、大舎人織部(おおとねりおりべ)から献上されたばかりのように華麗だった。金糸で流水と橋を織り、極彩色の菖蒲に黒燕の舞う装束は、生身の女がまとうには過剰な美々しさであった。どれほどの美女であっても、この衣装の絢爛には圧倒されてしまうだろう。だが、直面で、紅白粉もつけぬ元雅はなんとこの豪華に調和していることか。背筋に梳きおろし、元結にまとめたつややかな黒髪が、額に締めた紫の蔓帯に冴えている。三十四、五を盛りの極めと説いた世阿弥の言葉どおり、元雅は今、男の肉体の成熟の頂点を迎え、身心ともに充実した魅惑で輝いていた。
(この棟梁あるかぎり、我らの花は失せぬ)
舞台の準備に働く一座の者たちの顔には、元雅を中心に仰ぐ誇らしげな緊張が見えた。将来に予感される暗い影は、今、この若い棟梁の堂々とした居住まいに消されている。
「棟梁、では」
 今夜の狂言をつとめる三郎九郎が膝をついた。彼はもと近江猿楽比叡座に付いていたが、不世出の舞手犬王の死によって衰亡した一座を見切り世阿弥に従っている。もと比叡山の寺小姓だった三郎九郎は、丸顔に下がり目という、なかなか愛嬌のある顔立ちだった。すでに四十も半ばを過ぎたが、腰の軽い飄々とした風体は十歳も若く見える。妻を娶らず、さりとて遊び女に溺れるでもなく、酒だけが楽しみという男だった。彼がしらっとした顔で舞台に上ると、まだひとことも喋らぬうちに、見物衆からくすくす笑う声が聞こえる。目と目の間がひどく離れている上に、ぽってりした口許がなんとも言えずおかしいと皆は言う。たしかに吊り合いのよくない顔だが、決して醜くないのが、笑わせ者としての狂言役者にはうってつけなのだった。
「花子、よろしく頼む」
 元雅の言葉に、へい、と三郎九郎は頭を下げた。半ば禿げ上がった頭に、白髪交じりの茶筅がちょこんと乗っている。小太りの体を丸め、肉の盛り上がった肩に丸顔を埋めるような格好でかしこまった彼は、もうそのまま主にこきつかわれる気の良い太郎冠者だ。
狂言「花子」は、愛妻家の主が妻を騙して遊女花子に逢いに行く間、召使の太郎冠者に身代わりをさせるという筋書きだ。主は妻に、七日間の参禅をするから近寄るなと言いわたし、座禅衾を被って籠もる。実はこの役を太郎冠者に押し付け、妻がやってきたら口をつぐんでかぶりばかり振っていよと言い含め、抜け出そうという肝だ。しぶしぶ身代わりになった太郎冠者は、これが内儀に知られたら、自分の命はあるまいとびくびくしている。
 案の定、夫の精進生活を案じた妻がやってきて、いろいろと話しかける。太郎冠者は主に命じられたとおり、一言も喋らず、必死でかぶりを振って騙そうとするが、結局妻に衾
を引き剥がされてしまう。たばかられたと知った妻は怒り狂い、「おのれ打ち殺すぞ」と太郎冠者を脅す。
進退窮まった太郎冠者は仕方なく主の命令を妻に明かし、どさくさにまぎれて妻に座禅衾をかぶせて逃げる。そのうちに主が帰宅してくる。可愛い花子に名残を惜しみ、ひきかえ家に待ち構える古女房を悪しざまに罵りながら戻った主が、さて太郎冠者の座禅衾をひきあけたとたん、形相険しく妻が浮気者の主にうちかかり、逃げる夫を「やるまいぞ、やるまいぞ」と追い込んで終わる。
三郎九郎が太郎冠者をつとめ、主は古株の何某、妻を演じるのは三郎九郎のまだ若い甥であり、一年ほど前からこの甥は叔父とともに舞台をつとめているが、棟梁の能のモドキ
をつとめるのは初めてだった。
「よろしゅう」
三郎九郎が控えた脇で、甥の乙弥が神妙に深く手をついた。叔父甥の間柄と聞けば、なるほど似通うかもしれぬ柔らかい顔、目じりの下がった乙弥だが、女にしたいような色白餅肌で、やや受け口気味の小さな唇がなんとも云えず可愛らしい。普段の動作もなよなよしている。まだ二十歳そこそこの乙弥を、口さがない一座の者は、三郎九郎の女房であろうと噂していた。乙弥は男色であることを隠さず、女装こそしないが、衣装も男にしては派手なやわらかものを好み、ぽったりした唇をさらに強調するように、常に薄く紅を付けていた。
「お恥になりませぬよう、あい勤めさせていただきます」
 乙弥はすこし小首をかしげ、元雅と元能に媚びた視線を送る。上目づかいに絡む視線に元能は鼻白むが、元雅は鷹揚に構え、
「乙弥の芸達者は三郎九郎殿から聞いている。氏信殿も重宝されている、とか」
いえ、そんな、と乙弥は衣装の袖を両手ですくって顔におしあてた。

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