さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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中世夢幻 其七 花鏡

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 其七 花鏡

(真似るのではない。仕草や顔つきを真似るのではなく、そのものになる。老人に、天女に、物狂いに、なりおおせて後に身振りや仕草を真似る。そのものになって歩め。歩くことが最初であり、全てだ)
 何度となく教え聞かされた父の言葉が元能の脳裏に蘇った。今、父は舞もせず扇も持たず、ただ歩いている。それも、足踏みがさだかには見えぬほどの緩い動きで。
 手振りもなく、顔もつくろわず、わずかに面を伏せ、腹の底から絞りだす声は、まさしく老年の男のものだった。舞台の前で熱湯を飲む慣わしの世阿弥の喉は、いつからか低くつぶれ、世の常ならず嗄れた。その陰惨な謡声が、今は女のかぼそい悲愁としか聞こえない。
 世阿弥は、その最初の芸道書『風姿花伝』において、「物真似は此の道(猿楽能)の肝要である」と述べている。
  凡そ、何事をも、残さず、よく似せんが 
  本意なり。(中略)先ず、国王・大臣よ 
  り始めたてまつりて、公家の御たたずま 
  ひ、武家の御進退は、及ぶべきことのあ
  らざれば(中略)、その外、上職の品々、
  花鳥風月の事態(ことわざ)、いかにも
  いかにもこまかに似すべし。
 このとき世阿弥は三十代後半から四十代前半。彼自身言うところの「さかりのきわめ」にあった。この花伝書は世阿弥の父観阿弥の教訓筆録であるから、猿楽発生当初の基本姿勢を知ることができる。
 それから二十余年の後、世阿弥は六十路を越えて、彼自身が体得した芸論書『花鏡』を著した。花伝書に基づきながら、芸においての考察はさらに深められ、実践的であると同時に、また凡百の芸人にとっては、たとえ内容が理解できたとしても、舞台でいざ表現するのは至難と思われる叙述が随所にある。
 たとえば、
  「其の物に能く成る」と申したるは、申
  楽(猿楽)の物まねの品々也。尉になら
  ば、老じたる形なれば、腰を折り、足弱
  くて、手をも短か短かと指し引くべし。
  その姿に先づなりて、舞をも舞ひ、立ち
  働きをも、その形の内よりうつすべし。
 世阿弥はここで、外面の物真似を超えて、内心の機微を示唆している。あらゆる所作は、まずその役になりきってから演じ、舞ひ、歩め、と。
彼の壮年時代に書かれた『花伝書』の記述「よく似せよ」は、晩年の『花鏡』において、「能く成る」に深まっている。この相違は大きい。
言葉の瑣末にこだわるのではないが、「なる」は大変不思議な言葉である。成長する、何か神秘的なものが現れるなど、この世ならぬものが立ち現れるような、彼岸と此岸をつなぐ意味深い言葉だった。現代にその痕跡を探すなら、TVの時代劇で「殿様のおなり」
と言う前口上も、起源をたどれば非日常の聖なる存在の現われを告げる言葉、「なる」の名残なのであろう。
 世阿弥は繰り返し強調する。
  一切の物まねの人体、先づ其の物に能く
  成る様を習ふべし。さてその態をすべし。
 物真似は二の次に、まず内面からの変化を要求するこの締めくくりに、世阿弥の冷ややかな眼差しを感じる。内面から「なる」術は、はたして習得することができる「技術」だろうか? 可能かも知れない。だが、それは生まれ持った才能あってのことだろう。ただの物真似なら、身振り仕草の模倣でごまかすこともできようが、「なる」は役者にとって、内面に自分とは異なる人格を創造する営みに違いない。
 世阿弥は、彼の子弟にこうした内的感性の深化を要求したのであろう。
 しかし、それは元能にとって芸への蹉跌に他ならなかった。
(なれない、俺は)
(戒を破ってみとうなります)
 そのものになれ、鬼に、幽魂に、物狂いに、乞食に、雲水に、なりおおせてから舞え…
「父……叔母上!」
 それで寿桂は死んだのか、とずれてゆく意識のなかで妖しい納得があった。この世の桎梏を逃れて、しらじらと輝く月光に紛れて老女は消えた。
(いつのことだ)
 やつれやつれ、こけた頬骨に夜闇を溜めた美女のなれの果てを、俺はたしかに見たが、それはいったいいつだったろう? 元能は震える両手をさしのべ、叔母を父を追い求めた。
俺は気が狂った。なりたくない。物狂いになどなりたくない。
(なれはせぬ)
 またしても空耳に届く冷笑は元重か。俺を嘲いながら、なぜ俺を抱く? 
 束の間の、しかし長い幻影から、脂汗を流して眼を開けると世阿弥が真正面にいた。拳を軽く膝に置き、所作以前の静かな姿が、廻廊を吹きぬけてゆく風に添いながら、伏目に息子の惑乱を見つめていた。その惑いを引き寄せたのは世阿弥だというのに。
 その眼は父親の眼ではなかった。息子を見つめているのではない。何者かが世阿弥の肉体を借りて、くらぐらとこの世にたち現れている。
  恨みは葛の葉の、恨みは葛の葉……
「やめてください」
 元能は後じさった。が、父親を拒む息子の叫びは、ただ今、世阿弥の上に出現したものの力に捻じ曲げられ、はるかに根源的な恐怖となって響いた。
  帰りかねて執心の、面影の、恥づかしや、
  思ひ夫の、二世と契りても、なお…
 二世の契りだと? 誰が、誰と契る。執心の面影。だが宝珠は言ったではないか。
(あたし絡まないわ)
 そうだ、まことの情念を俺はまだ知らぬ。

 憎いか、と質す声は冷たかった。
 感情を消した鋭さで愛憎を問われてもさだかには応えられない。
「御意」
 元重の予測どおり、びしっと夜気を裂いて笞が打ち込まれた。彼はただしくかしこまった姿でそれを受け、わずかに鬱した息の滞りで己の苦痛を相手に知らせた。
「たばかるか」
 義教のはだけた胸元から、うっすらと麝香がなまめいていた。女の名残が彼を苛立たせている。将軍の情を乞い願うと見えて、その実、したたかに快楽を毟り奪ってゆく女ども。受胎というあけすけな営みをお家安泰の大儀に塗り替えて女はからだを開く。
 つがった瞬間から義教はもはや彼ではない。欲望は将軍という種馬の疾走にすりかえられ、肉の交わりという、単純で粗暴な行為だけが、今現在彼に許されている、ほとんど唯一の将軍たる職務であるという認識が義教を苛立たせるのだった。
 こうるさい爺どもめ。
 正室日野重子の腹に一日も早く世継ぎを、と暗に迫る側近の誰彼を、義教は疎んだ。
 重子に感情は動かない。将軍正室相応に接しはしている、それだけだ。それで十分だ。義教が心から睦ましく重子を可愛がるということは、生涯ないだろう。この二十歳に足らぬ美少女のなかには、名門の女らしい欲望が、贅沢な嫁入り道具と等しくぎっしりと詰まっていて、それは日野家の女の遺伝形質となっている権勢欲や奢侈への渇望といった図太い性質に成長してゆくのかも知れない。しかしそれは義教の関心の外である。彼は御台所の言うなりになった兄義持とは違う。重子に嫌気がさしたら、即座に切り捨てるほどの烈しさを彼は持っている。後宮の女たちは、動物的な直感で将軍の苛烈を嗅ぎつけ、義教に服従している。
 義教にとり、苛立たしいかぎりなのは、将軍に籤引き就任する以前の工作で、主だった宿老大名に念書をとられたことだった。すなわち、彼が将軍となっても政治一切は、義持時代と同様、諸大名間の合議を容れること、と。その誓詞なくば、青蓮院門跡の義円が冊立されることはなかったであろう。
 焦ってはならぬ、と彼は歯ぎしりする。宿老大名といっても、実際に彼の力を封じているのは三宝院満済と、山名時煕だけだ。他はこの二人とは比較にならない。気骨のない公家まがいの教養人、または小心翼翼とした日和見、と義教は見切っている。幸いに有力な両人ともに高齢で、早晩この世から消える。その時こそ足利将軍義教の名実備わり、全権を掌握できる。
 重子を下がらせた後、義教は元重を呼んだ。
 深更に急遽召されながら、元重は乱れのない大紋姿で参上した。召し出しを予期していたような隙のなさだ。
 元重のつややかな鬢が精悍な若い皮膚に映え、火影に匂うようだ。
 義教は、この端麗な猿楽者を、手入れの行き届いた庭園を眺めるような快さで眺めた。この男を刈り込み、整斉に馴らしたのは彼だったから。
 まだ稚児の頃に伽に召し、肉の痛苦を快楽に変える術を教えたのは義教であった。少年のみずみずしい肉を貫くためには、生娘を犯すよりも、長い手馴らしが要った。全身に脂汗を滲ませ、なかばで責めあぐねる義円の脈拍に合わせ、少年の腹部は皺を寄せてよじれ、呼吸もたえだえに波打った。こどもの痛みを労わってそのまま放つと思わせて、さらに酷くえぐった刹那、まだ声変わりのない少年は、絞め殺される兎のように痙攣し、細い悲鳴をあげた。
 この男を整え、ならし、今の姿に育てたのは彼だ。元重のどこを開こうと、踏みつけようと、さらには斬り払おうと、絶対に逆らわず、また崩れることもなく、主人の精巧な快楽の器となってしたたかに息を吹き返す。
「御酒を召されましたな」
 にじりよった元重が指をしなやかに義教に添わせながら囁いた。狎れた声音に、義教はいま一つ叱咤を加えようとしたが、その寸前でねっとりした舌の熱さに絡められた。
「血の匂いが」
 応答は粘膜の充血に呑まれる。屈みこんだ元重の肩を義教は荒々しく掴んだが、いたぶる責めにはならず、彼自身の快楽の証となっって両手はわなないた。元重の衣は、打ち込まれたささらの烈しさのままに裂けていた。
その裂けめから素肌に指をすべらせると、元重の背中は、この秋冷にじっとりと汗ばんでいる。それも義教の望みどおりであった。この男は俺に平仄が合いすぎる、と義教はいっそう元重を憎く感じたが、欲望は彼がとりつくろうとする憎悪の箍をはずしてふくれあがっていた。
「ご立腹あそばす」
 主の膝に屈んだ顔をすこし浮かせ、元重は計算した媚を含めて呟いた。
 ふ、と義教はわらい、冴えた白目に彼らしい鋭利を湛えたまま、元重の顎を人差し指一本で持ち上げ、のけぞった首から胸にかけて、その指先をすっと滑らせた。
「将軍は河原乞食風情に心は動かさぬ」
「さようでございました」
 だが義教の手は甘い、と元重は感じ取る。長年の経験で、この主人は、機嫌のよい時にことさら元重を貶めるのだとわかっていた。
義教の声がほぐれ、語尾は弛緩している。手なぶりもまた、常の酷さではなく、慕わしげな誘いに変わっていた。
 受身より微妙な能動を促されている、と元重はひやりとする。突き刺される痛苦は極まりで翻り快楽に変わる。しかし直に進む昂ぶりを行動するのは、下郎の弁えからすれば苦しかった。滅多にないことである。それは薄氷を踏む危うさと隣りあわせだ。
(溺れるならそれも)
 元重は主に見えない片頬だけ歪めた。彼はいつのころからか、顔の左右で違った表情を作ることに馴れた。義教に見せている面と、そのうらの顔。
 ひたひた、と密度の濃い滴りが、血の匂いを含んで男たちの皮膚を濡らす。抜き差しならぬ苦痛を互いに強いながら、虐げる者と虐げられる者とはたやすく逆転する。
 元重は贅肉のない義教の背中が、闇の中で白木の小舟のように揺れ続けるのを見た。揺さぶっているのは、今は元重のほうだ。快楽と、苦痛と、煩悶、すべてないまぜにしてさらにまた快感。義教の背中は美しい。門跡時代から、彼はひそかに武術の鍛錬を怠らず、過不足なく筋肉のついた貝殻骨の陰影が背中に刻まれている。
 曲線と直線の微妙な均衡のうちに壮年の力強さを彫りあげた腰は、広い肩とは対照的にひきしまり、あたかも元重が注ぐ快楽に向かって収斂してゆく扇の要のようだった。あるいは元重のあやつる舵のまま、行方知れないぬばたまの海に揺れる船の艫のようでもある。
 嵐が来て船がくつがえれば、舵をとる元重はおしひしがれる。きりがなく果てのない営み。しかしどこかで肉の絆は限界を踏んで断ち切られる。極まって互いに放つ精はいつも初夏の匂いを閨にたてた。
 五体の物憂さをこらえ、元重は東雲の薄明かりを頼りに身じまいを調える。
 義教は眠っていた。溺死のような眠りの手前で、いつしか忍び寄った傍小姓が夜具をこちらにひき被せたところまで覚えているが、それから元重も眠ってしまったようだ。
 明け烏の声にぞっと目を覚ますと、彼は素裸で板敷きに仰臥していた。ひんやりとした夜明けの大気にもかかわらず、腋と背中にべったりと汗をかいていた。
 見苦しいものを片付け、隣室の小姓を呼ぶ。
 元重の合図から、しばらくして襖がひらき、前髪だちの少年がかしこまって膝行してきた。義教好みの美童だが、元重を上目にちらっと窺った硬い一瞥に、敵意が透けた。少年は元重に言葉をかけなかった。しかるべき武家の子弟であろうから、猿楽者の元重とは身分に雲泥の隔たりがある。
 少年には義教の手がすでについているのかもしれない。それならば壮年に至ってもなお義教の寵を享ける元重への嫉妬は格別であろう。少年の美しさとはさかりの短い花のようなものだ。

 何を泣く、と問われて顔をあげると父は燭台の脇に端座していた。闇の惑わしはあとかたもない。世阿弥の歩みにつれてふくれあがった幻影のうねりはかき消え、板壁を撫でる夜明け前の風もさらさらと穏やかだった。
「わたくしをお見捨てになるのですか」
 兄を捨てるのか、と問おうとして元能は自分でも思いがけない言葉を放った。
 元能の声が聞こえないかのように、世阿弥は無言で、胸の前で両手を上向きに開き、希薄なかはたれの光が、その掌の窪みに刻一刻と溜まってゆくのを見つめていた。そんなこともあるのだろうか、俯き加減に面を伏せた世阿弥の顔は、両手に湛えた有明の青白い光に下からうっすらと照らされていた。朝日にはまだ間があり、室内は退いてゆく夜闇と、満ちてくる朝とが、汀の戯れのように、至るところで揉み合っている。
 あやめ分かたぬ闇に沈んでいる夜から、柱が、壁の穴が、床板の木目が、床の軸が、青磁の香炉が、ひとつひとつひきあげられ、見慣れたものの親しさで昼の記憶と結びついた。名残惜しげな仄闇は、父子の周囲になお漂っていたが、のどかな雀の鳴き声が、夜通し充満していた幻を払いのけた。目覚めの安堵は日常の味気なさで視界を狭めることでもある。
 今日は昨日の続きであり、人生は掬い上げた砂が指のあわいからこぼれるように、静かに音もなく流れてゆく。
 世阿弥は両掌を膝に伏せ、面をあげた。彼が掬いあげていた時間の砂は速やかに消えゆき、斜めに射し入る秋の夜明けの白い影に溶けていった。
「かようの味わいは、決して後の世の者にはわかるまい」
 世阿弥は呟き、元能から顔を背けた。
「最高の奥義は言葉に語れず、書き残すことなど無論かなわぬ。語れぬものにこそ真実があるのだが、その悟りは」
 言いさして父親は息子を見たが、たいらかなまなざしは、元能の上をすべって消えた。何の圧迫もなく、ただ静かに消えた。世阿弥と元能は生きる世界を異にしている親子だった。父親は温和に息子をねぎらった。
「夜通し、冷えたであろう」
 息子はうなだれ、軽く首を振った。声がかすれた。
「さようなことは」
 元能は父のおだやかな労わりを享けて、自室に下がった。しかしその労わりはかえってつらかった。臥所に横たわっても、元能は眠りに就くことができなかった。自分が紡ぐいかなる夢よりも、はるかに濃密な夢幻を見てしまったあと、元能は空虚だった。
(俺は洞のようだ)
 埋めることも遮ることもかなわぬ空漠が、青年の心をさびしくさせた。今夜の父の言葉をどう書きとめようか。
 元能の身心を絡めとった幻が「砧」であったと、元能はそれから数夜を隔てて思い至った。能楽の「砧」を知らぬわけではない。しかし元能の記憶の「砧」と世阿弥のひきよせた幻影とは、全く異質の隔たりがあったのである。

 世阿弥は長命で、八十余年の生涯は、三代義満から七代義勝の治世にまたがっている。
最盛期は言うまでもなく三代義満の頃だが、芸の真を極めたのは、義満没後の義持時代以降であった。義持は父への反発からか猿楽を好まず、田楽の増阿弥を寵愛し、世間での世阿弥の人気は急速に衰えた。さらに義教に至っては義持よりあからさまに世阿弥を排斥。世阿弥の甥音阿弥元重を偏愛し、観世本家の都での興行は元重に圧倒されてしまう。
 世阿弥の運命の浮沈は、室町幕府の命運と偶然にも一致している。世阿弥が義教の圧迫に苦しんだ時代は、また足利家にとっても存亡の秋(とき)であった。それは三代義満が未解決のまま残した諸問題が、義持の無能無策の治世二十余年に助長され、うわべの繁栄の時期を過ぎて、義教の代に至るや、一気に露呈したようなたて続きの災厄であった。
例えば南北朝の問題。これは義満によって決着されたかに見えたが。……。
 室町時代、天皇家は混乱しきっていた。
 後醍醐天皇の建武新制による鎌倉幕府打倒にひき続き、足利尊氏の室町幕府樹立により朝廷は京都と吉野に別れ、紛争を続けた南北朝の騒乱は、三代義満に至ってようやく収拾された。南北両朝迭立(南朝と北朝の天皇が交互に即位すること)を条件に、明徳二年(一三九二)南朝最後の後亀山天皇が、北朝後小松天皇に譲位するに及び、一応の決着がついたのである。
 ところが、義満が吉野南朝に約束した迭立は、義持によって無視され、後小松天皇の後を継いだのは南朝の帝ではなく、引き続き後小松の第一皇子実仁、称光帝であった。
 南北朝の騒乱は、ただ室町幕府創建に係わる天皇後醍醐と武家足利尊氏との争いではなく、その淵源はさらに二百数十年前、後深草、亀山両天皇の高位継承問題に始まる。兄である後深草天皇の系統を持明院統、その同母弟の亀山系を大覚寺統となし、鎌倉幕府までも巻き込んだ皇位継承争いは、後醍醐に至るまで皇室に泥沼化していた。
 建武の中興に失敗した後醍醐は大和吉野に逃れ、地方の有力国人の支援を得て南朝を開き、頑なに幕府に反抗し続けた。後醍醐は大覚寺統である。吉野南朝は執拗に反幕勢力の拡張につとめ、それは皇室に根深く巣食う皇位継承の怨恨であるだけに、容易な解決は見込めなかった。
 義満が南北朝の統一に際して提案した両統交互即位とは、既にあった持明院、大覚寺の迭立を、皇室と幕府の和解のために再利用したまでのことであって、根本的な決着ではなかった。このような妥協策は、そもそもの始めから次代の政権争いを予想させるものであったが、策謀家の義満は例によって二枚舌を使い、幕府に歯向かう吉野朝廷の勢力をなし崩しにする目論見だった。それほど義満の権力は充実しており、後小松天皇の父後円融は、陰に陽に続く義満の圧迫のために、ノイローゼ気味の晩年を余儀なくされ、政治上廃人であった。
 おそらく、後円融時代、義満の胸中には天皇家乗っ取りの構想ができあがっていたのではないか。政権のみならず、朝廷の祭祀権をも奪い、公家たちは内裏への出仕をさしおいて義満の北山第に参上する体制ができあがっている。
 義満が前代未聞の皇権乗っ取りを企てたのは、おそらく中国の影響であろう。名より実を取る彼は明に臣従体裁をとり、貿易によって巨万の富を得たが、同時に大中国の皇帝が、日本のように万世一系ではなく、しばしば異国の覇者によって交代するという事実を、己が野望の根拠にしたのではないだろうか。
 北山第を造営したこの時期、義満としては皇統を当面後小松一流に固めておく必要があった。言わば将来覆す対象を一点に絞って掌中に握り、徐々に弱体化する魂胆であった。
 その計画は半ば以上達成され、義満の愛子義嗣は親王に擬せられ、みずからは上皇でなければ許されぬ繧繝縁の玉座に上った。しかし運命は彼に王手を許さず、応永十五年(一四0八)、権力の絶頂にあった義満は、周囲の誰ひとり、それが命取りとは思わなかった風邪のために、床についてわずか七日の後に卒した。享年五十一歳。
 容態の急変のために後継者の確実な指名さえなされぬあっけない死であった。
 その後の幕府内部の後継争いと宿老大名たちの実権掌握紛争のうちに担ぎ出された義持は、後見の斯波義将に頭が上がらず、義満の体現した足利家の専制体制はあっけなく潰えた。それはこの後、幕府崩壊から戦国時代へ続く、下克上への最初の兆しに他ならない。
 義満の死によって生き長らえた後小松天皇は、さすがに義持の代までは実子称光天皇即位後援の恩もあり、将軍に対して「室町殿様」と最大の敬意をはらい続けたが、酒色に溺れた義持が後継者を定めずに死に、その後に諸大名の籤引き就任というかたちで登場した義教に対しては、脆い政治基盤を見透かして、義持時代とはうってかわった高飛車な態度で皇権を主張しはじめる。もとより誇り高い義教はこれを肯んじず、天皇と将軍の関係は険悪化した。
 後小松上皇と義教のしのぎあいは、永享五年の後小松の崩御まで続く。義持時代に猫を被り続けた上皇の、幕府に対する積年の恨みが義教に対して剥き出しになった体であった。
 義教にとって悪いことに、彼の将軍就任に前後して、後小松の子称光天皇が崩御。称光帝に皇子はなく、父後小松帝は、急遽伏見宮成貞親王の王子彦仁を猶子として立太子、践祚した。後花園天皇である。
 慌しい皇位継承は北朝の系譜を守るための皇幕一体の政治劇であったが、再三違約の憂き目を見た南朝の反発は必定であった。これをきっかけに、南朝後亀山の皇子小倉宮の謀反が起きる。もともと称光天皇は、南北両朝迭立の盟約を破棄し、幕府が無理押しして即位させた北朝後小松の直系であり、義満の約束を守るならば、後小松天皇の後には、称光ではなく、南朝後亀山帝の皇子が即位すべきだった。
 後亀山の皇子小倉宮良泰親王は自己の正当性を主張し、義持から義教への不安な将軍代替わりと、称光天皇崩御という二重の混乱に乗じて、幕政に不満を抱く地方武士と、さらに重税に苦しむ民衆を煽って、各地でゲリラ戦を展開した。日本民衆史上に名高い正長の土一揆をきっかけに、各地で始まった土民蜂起は、南朝の反徒に唆されて広がったふしもあり、将軍就任当初から義教の治世を脅かす。
 後小松の皇権回復画策と、宿老大名連による将軍の傀儡化、反乱、大飢饉と、内憂外患に立ち向かわなければならない義教は、謀反軍に断固武力で応じ、義満のような懐柔策をとらない。ひとつには、舌先三寸で各勢力を操れるほどの政治力が就任早々の義教にはまだなく、武力行使だけが己の現在持てる能力を遺憾なく発揮できると決断したのであった。
 事実、義教は果断であり、軍事能力に優れていた。
 彼は戦場を厭わなかった。公家化して堕落した兄義持の轍を踏むまいと、尚武を率先する義教に、かつての物静かな天台座主の面影はなく、武士団を叱咤采配する的確な侍大将ぶりは、始祖尊氏の再来を思わせる鮮やかさであった。

「大覚寺の御門跡が日向で処刑されたとさ」
 裏土間の竈に群がり、遊女どもは芋や栗を焼きながら世情不穏の噂にしきりだ。まだ夕暮れには間があり、化粧前の女どもは、昼過ぎまでの遅い寝起き姿のしどけなさもそのまま、ぱちぱち爆ぜる竈の火に手をかざし、無遠慮に着物の裾をからげて冷えた脚をあたためようとする。
「子を流すとしんからからだが冷える」
 この夏の終わりにこどもをおろしたひとりの遊女は、竈に向かって膝頭をひらき、あられない姿を憚らず、じっと体の奥まで火の暖かさを通そうとしている。彼女はげっそりと髪の減った頭をがりがりとかきむしり、それから、やはり乾いた頬の皮膚を手荒に撫でた。
それほどの年配とも見えないが、目の周りが黒くなって、健康を損なっているのがはっきりわかるのである。だが周囲の遊女たちは無関心だった。子おろしの酷さを通過しない遊び女は、石女でもなければ、まずいない。だから同情もしない。
 だが、この遊女はまだ若いのに気性が弱いのか、膝を開いたまま、こん、こん、と咳き込み、
「やっぱり若いっていいよねえ。いっときのことなんだけど、強いもんねえ」
 老婆のような言葉を呟いた。彼女の隣りで栗を剥いていた紅鶴は顔をあげ、
「あんた、あたしより若いじゃないの」
 呆れ顔で言う。彼女は今剥きあがった栗をその女にくれてやり、
「弱気になっちゃだめだよ、あんた」
 と優しいことを言った。だが堕胎した女は湿っぽく首を振り、
「あたしもこどもを産んでおけばよかった。女はこどもひとり産んだあとが人生の花だって言うもん。紅鶴さんは、ほんとにいつまでも衰えないねえ」
 最後の台詞は少なからず皮肉が混じった。とたんに紅鶴の顔がきっとなった。
 竈に集まった女どもで、出の前というのに白粉を塗っているのは紅鶴だけだ。もうかなり進んだ水銀白粉に焼けた素肌の衰えを隠すためだった。
 素顔の紅鶴の面貌は、あきらかに黒みやつれているものの、まだそれほど傷んではいない。水銀焼けがひどくなると梅毒のくずれに紛う無惨を呈することもある。
 気位の高い紅鶴は、自分の容色の衰えを朋輩に晒すのが嫌さに、常に化粧を怠らないのだった。
 紅鶴は抑えた声で言った。
「あたしは心がけがいいんでね」
 背中を向け、こちらに伝い歩きしてきた自分の赤ん坊がぐらりとよろけるのを抱え上げ、その口に柔らかく噛み砕いた栗の実を入れてやった。赤子は涎だらけの手で母親の乳房を探る。飢えているのだった。
「可哀想に、ろくな食い物もないから」
 女どもはこどもには甘く、自分の食べ物を赤ん坊に分けてやる。赤ん坊の手足はすこし細くなり、頭の大きさが目立つのである。紅鶴の乳がほとんど出ないのだろう。食糧事情の悪い当時、赤ん坊は三、四歳になるまで主に母乳で養われた。普通の食事が摂れるようになっても、乳はだいじな赤子の栄養源だった。貴族の子に何人もの乳母がついたのはそのためだ。だが庶民のこどもは母親の乳に頼るしかない。でなければ重湯のような栄養価の低い代替物になる。飢饉や貧困で欠乏すれば、弱い赤子はすぐ死んでしまう。
「紅さん、こどもも気の毒だけど、あんたも食べなよ。ずいぶん痩せちゃったろう。お乳にみんな吸いとられてしまったんじゃない」
 紅鶴と同年輩の女がしみじみと呟いた。
 子連れの紅鶴に情を寄せるのは、さかりを過ぎた女だった。若い女は、母親よりも赤ん坊に気を取られる。
 いずれにせよ、気性のいい紅鶴は仲間の湿っぽい情けなどよろこばない。だから起きぬけから顔をつくっているのである。紅鶴は憐れみをはね返すように言った。
「どうだろうね、親子だって殺しあう世じゃないか。大覚寺さまって、将軍家の弟だろ。毎日のおまんまに苦労のない上つ方は、むやみに命を粗末にするよね」
「御門跡は吉野の帝に通じたって話だよ」
「帝は御所にいるじゃない」
「別な帝がまた吉野に朝廷を開かれたって」
 ふん、と紅鶴は鼻を鳴らした。
「どこに何人帝がいたって、まつりごとは将軍家がしているんだろう。聞いた話じゃあ、先々代の帝(後円融)は、朝晩の飯も満足に召し上がれず、将軍のお情けを仰いだとか言うよ。それじゃあ、あたしらとたいして変わらないじゃないの」
 あはは、と遠慮のない笑い声が竈の煙のように沸いた。そうだよね、変わらないねえ。
「罰当たりなことを言いやがる、姐さんたち」
 がらりと表戸が開いて、大きな麻袋をかついだ蝉丸が中に首を突き出した。
「あんた、雲隠れしていたと思ったら」
 紅鶴の声が浮き立つのに、遊女どもは一瞬思わせぶりな目配せをしあった。
「傀儡も喰いっぱぐれそうだから、今度は蔵まわりになった。姐さんがた、身の要りものはおいらに言いつけてくれ」
 と殊勝げに蝉丸は膝を折り、腰を低くかがめ愛想わらいを浮かべた。頭の赤い被り物はそのままだが、地獄厨子に居た自分には、遊女の古着をもらって、ぞろりと着流しただらしなさだったのが、うってかわって地味な小袖をきちんと腰紐で括り、その下の四幅(よつ)袴も、古物には違いないが、こざっぱりとした紺色だった。赤い頭巾がいささか違和だが、それ以外は立ち居姿の整った町衆である。顔つきまでにこにこと温和で、飴色の日焼けまでが、いかにも物売りらしく気安い。
「品物見せて」
 若い遊女で、懐具合の悪くない妓がせかすと、蝉丸は背中の袋をおろし、もったいぶった手つきで、何枚も女の衣装を掴みだした。
「いい染めだろう? やんごとなき辺りのおさがりだ。そっちの櫛は新品だし、この帯は緞子だぞ」
 わっと歓声があがり、女どもは眼の前に繰り出された衣装小間物に飛びついた。
「手垢をつけないでくれよ。これから得意先をまわるんだから」
 と蝉丸は上機嫌で鼻の穴をふくらませ、遊女どもをあしらいながら、すばやく竈の隅に放り出された焼き芋に喰いついた。
 蔵まわりとは、土蔵、すなわち質蔵をまわって質流れ品を買い集め、それらを一般に売りさばく商人のこと。店を固定して構えない行商で、その商い品は衣装から身の回りの日用雑貨全般に渡り、彼らは都大路を「おつかい物、おつかい物」の呼び声とともに歩いた。おつかい物とは、お徳用、お買い得という意味。貨幣経済が発達し、高利貸しが質草をためこんだのはいいが、物品を流しさばく中間商人が必要となった。
 それに応じて現れた蔵まわりは、都の隅々まで、下は民衆から上は天皇の御所まで「おつかい物」を流通させた。将軍家の匙加減に財源を委ねる天皇家の内情は苦しく、身分の低い女官や貧乏公家たちは、しばしば古手屋の世話になり、体裁の維持に努めた。内乱のあげく、常の儀式典礼も滞りがちな内裏では、たまさかの晴れの儀礼の前後にはすぐさま蔵まわりが参上し、今日宮廷女官が儀式に着用した袴を、明日は東西洞院の遊女が穿いて大名の酒宴に侍るという次第も頻繁だった。
「いい品だね、あんた」
 紅鶴は言外に問いを含ませ、遊女の輪の中からそっと外れ、蝉丸の傍に寄った。
 どうしていたの?
 蝉丸はそ知らぬ顔でむしゃむしゃと芋を食べ続けている。
 宝珠が遣り手婆ァと悶着を起こして地獄ガ厨子を飛び出したあと、程なく蝉丸も消えた。
女たちは、おおかたこの二人はしめしあわせたのだろうと噂し、例によって紅鶴は男への未練など見せなかったが、それ以来彼女の風姿から、どことなく精気が抜けていった。
「紅さん、痩せたんじゃないか」
 蝉丸は半分ばかり齧りかけた芋を口から離し、紅鶴の鼻先につきつけた。紅鶴は口許で笑って首を振り、彼女が抱いていた赤ん坊が母親に代わって手を出した。
「話をそらさないで。どこにいたの」
「そらしちゃいない」
 蝉丸は赤ん坊の手に芋を握らせ、腰に手をあて半身を居丈高に反らせた。
「御覧のとおり、素っ堅気の商人よ」
 へえんだ、とまだ小娘の遊女が蝉丸の台詞を耳にして口をとがらせた。
「蔵まわりが堅気だってさ。鬼の喰い残しを商ってるんじゃないの」
 違いない、と蝉丸は怒りもせず、目を剥いてにやりとわらった。
「ね、宝珠ねえさんはどこ? あんたと一緒だと思っていたのよ」
 そうそう、と小間物にたかっていた女どもは一斉に蝉丸をふりかえり、紅鶴だけが逆に顔を伏せた。
 蝉丸は黙って腕組みし、興味津々の遊女たちの顔をぐるりと眺めて愉快そうに、
「天に昇ったか、地に潜ったか」
「そらぞらしいったら。あんた、あの娘の情夫(いろ)だったんだろ。ふたまたかけて」
 と遊女のひとりがすっぱぬくと、紅鶴はすっと目を細め、
「遊び女にふたまたもみつまたもあるものか。あたしたちは千手観音なんだから」
 蝉丸は柳に風と受け流し、
「ほ、一本の手に男一人か。たいした衆生済度の観世音菩薩さまだ。だが、あの姐さんは俺じゃいやだとさ。みごとにふられて」
「じゃあ、観世の若さんと?」
いや、と蝉丸は皆を驚かせる楽しさを満面に浮かべ、
「世俗は捨てて、しんから解脱。尼になったよ」
「そりゃあ、おようの尼かえ?」
 遊女のひとりがまぜ返すと、どっと笑い声があがり、別な誰かがさらに、
「でなけりゃ、すあい」
 女たちの笑い声に取り巻かれて、蝉丸は酸っぱい顔をした。
 おようの尼、とは蔵まわりと同様、古着や小間物を商う尼のことで、特に女の身の回り品全般を調達した。彼女たちが商った品物を挙げてみよう。
  古綿、古小袖、破帷子、布切れ、古帯、
  古糸、絹端(きぬのきれ)、櫛、毛抜き、
  掛け針、古白粉笥(ふるしらこけ)、
  割紅皿、畳紙、解毒、団茶、万病円、
  膏薬、目薬、沈香、三種、合香、笄、
  下げ緒、紙扇……
 彼女たちの立ち寄り先は尼でありながら、いや、尼であるゆえに男の蔵まわり以上に広く、上層公家から諸大名家、寺院、女郎屋、町家と、京の町中、至らぬ隈なく世話して歩いた。
 もうひとつ、すあい、とは、おようの尼と同じく小間物売りだが、行商だけでなく、客の注文に応じて女の斡旋もし、自身も売色した。『七十一番職人歌合せ』は、この時代に制作された歌仙絵形式の歌集だが、ここに描かれているすあいの姿は、背中に袋物を背負っている以外は、立君(街娼)と変わりない。
 おようの尼やすあいには、しばしば容色の衰えた遊女がなった。色香を売ったかつての得意先であれば顔も繋がるし、商売にも有利だからだ。もちろんこうした女は、遊び女としては三流で、身請けされなかった者たちの余生の食いつなぎであった。堕胎や悪病に罹患する率の高い遊女の寿命は短いが、運よく生きながらえたとしても、その末路は形容するまでもない。だから、現役の若い遊女は、おようの尼やすあいを重宝しながらも、内心では見下している。
 蝉丸は宝珠の末を悪しざまに言う地獄厨子の女たちに苦い顔をしたが、すぐに表情をからりと変えて、
「馬鹿言っちゃいけない。この先に由緒ただしい尼寺があるじゃないか。かしこき筋の姫がお入り遊ばす」
 おごそかな声音で遊女どもの詮索を遮り、握りこぶしに親指をたててそちらを指した。

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中世夢幻 其六 宝珠

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其六 宝珠

 あたたかい、と男は鼻をひくつかせ、あどけない笑い声がそれに被さった。抑えた笑い声だったが、若い女の喉から漏れた声音は弾む毬のように遊女屋の夜闇にころがった。
「生きものだもの」
 そうだ、と男の声が返る。犬畜生にも劣る人間の中で、これだけが偽りなく、真っ正直に、生きて呼吸をしている。
「犬に劣るって?」
 女は…宝珠は鳩のように喉だけで笑い、自分のひろげた脚の間に顔を伏せて、隠しどころのふわりとした繁りに手を添え、愛撫するともなく包み込んで、ときには髪を掻き分けなかみを開いては、しげしげと眺めている男のうなじを、爪でかるくつねった。
「今夜は説教しないの、坊さん?」
 剃髪した頭から中途半端に剛毛が生えて、いがぐり頭になりかかっている相手は、焦点を定めないゆらゆらした眼差しを宝珠に向けて、にたりと笑った。灯一本きりの閨の暗がりで、宝珠の膝の間に顔を置いた男の面貌ははっきりとは見えない。老人ではないが、若い男でないことはたしかだった。
「御仏のさとしは、お前のここにある」
 視線の一定しない表情とは裏腹に、勢いを強めた真剣な返事に、宝珠はぷっと吹き出し、
太腿で男の頭を挟んだ。
「べべがお経を読むの?」
 べべ、戸戸、とも書く。古代の女陰の俗語だが、淫猥な語感ではなく、美称、愛称に近い。遊女の中には自分の源氏名を「おべべ」とつける者もいた。
 うん、と男は宝珠の膝に首を挟まれ、嬉しそうになめらかな肌に頬を押し付け、にっこり笑った。さっきまでのにたにた笑いとはうってかわった天真爛漫な笑顔が宝珠の膝の間にあった。男の言葉には少し吃音がある。「こ、これが舌じゃ。ずるがしこい上の口などより、は、はるかに正直な、ありがたい、しゅ、衆生済度の入り口」
 どもりが聞き苦しいかというと、彼の場合はそうでもなかった。地の声に張りがあって快い。発音もさわやかで聴きやすく、ときどきつまづく吃音も、小魚が一匹舌の上でぴちぴちと踊っているような印象を受ける。一風変わった魅力となって聞く者の耳を捉えるのだった。
 ほらほら、と男は指一本たてるとぺろりと口に含んで湿らせてから、無造作に宝珠の襞を潜らせた。
「これが、お前の偽らぬ舌じゃ。ありがたい、ぼ、菩薩のくちびる」
「菩薩でつっかえないでよ」
 宝珠はくすくす笑った。男の指いじりにはまったくいやらしさがない。しきりに動かしてそこここを点検するのだが、まるで子供が泥遊びでもするような手つきだ。
「痛くしないでね」
 他の客にはまず言えない注文も、この男には平気だった。
「うん」
 男は素直にうなずき、えへへ、とも、ひひ、ともつかない声で笑った。字だけ眺めていると野卑な笑い声のはずなのだが、彼の声には色事に特有のじめついた粘りが全然ないのである。変な坊さん、と宝珠は彼に対して終始気楽だった。ここ数ヶ月ほど、そう、ちょうど元能が宝珠に通い初めたころ地獄にやってきて、囮玉の宝珠にひっかかり宿にあがりこんだ。閨で待っていたのは例によって違う女だったが、彼は自分の袖を引いた美人を、と譲らなかった。
 以後しばしば遊びに来て、いつも宝珠を指名する。どういう懐具合なのか、玉代もちゃんと払うのである。当然遣り手婆の受けはいい。他の女どもに比べて、宝珠には段違いの値がついている。
「締めるわ、締めるわ」
 男は嬉しがった。宝珠はもっと力を加えて男をぐい、と捕まえてやる。坊主は唸った。
「このまま浄土にひっぱっていってくれい」
「おいでよ。地獄でも、極楽でも、坊さんの望みどおり、連れて行ってあげる」
 宝珠は相手の顔を挟んでいた太腿を開くと、片膝をすい、と伸ばしてその足で男の背中をひきよせた。

 暮れ初めた五条通りを、元能は我が身をもてあますようにさまよった。ここの町家をいくつか過ぎれば脂粉の匂いの籠もる東西の洞院だ。西に行けば宝珠が抱いてくれる。東に足を向けても、一見だからといってつれなくされることもない。観世の次男として都じゅうの舞台、また貴顕の催す宴能に演ている彼の顔は、彼自身思っていた以上に知られている。大名などの宴に出演すれば、露骨な色目を遊女にもらうこともある。
 だが女に溺れるためだけに、彼は今夜ここに来たのではない。
 叔母上、と元能は自分の先を行く小者の掲げた松明を見つめながら想う。かはたれの薄明は速やかに夜に移り、あちこちの寺院から
刻の鐘が鳴る。肝の底までしみわたる鐘だ、と元能は拳を握る。
 尼寺に修行する寿桂尼を見舞ったのはこの夏だったか。梅雨に鬱陶しくぬかるむ路、泥を跳ね上げながら歩いた記憶がふいに蘇った。しかしあの頃、ぬかるみ道を歩く自分の心は今よりよほど直だった。
 今夜、秋の爽やかな大気に澄みのぼる月を眺めながら、彼の心は重かった。兄が疾走した…。一大事のすべてが、若輩の彼にのしかかっている。
 叔母上、と元能は観世元重の母寿羽の面影を胸に描いた。あなたの息子はここまで我等を追い詰めました。
 清滝宮の演能権を奪われ、楽頭職から失墜した元雅は、先日、一座の誰にも告げず、出奔してしまった。行く先は知れている。大和の越智だった。大和は一族発祥の地であり、ことに越智の里人は祖父の時代から観世座と密接な係りがあった。
 元雅は、この山里に隠れ住む、ある貴人の娘を妻にしていた。
 父の許しを受けることなく元雅の結婚は行われ、花嫁が都に出てきたこともない。観世一族はこの結びつきを認めてはいたが、到底喜べることではなかった。娶った相手は南朝ゆかりの者だったのである。義満が南北朝の騒乱を収めたとは言い条、北朝優位の和議を容認しない南朝の不穏分子は都周辺、主に吉野に隠れ住み、今も皇統奪回を狙っている。彼らは自分たちこそ正嫡という自負を持っており、北朝天皇をいただく幕府側にとって、南朝は反徒に他ならない。
 秘密裏に行われた元雅の結婚はしばらく伏せられ、観世一同にようやく知らされたのは、大和に根拠を置く金春氏信を通じて、越智の女が元雅の子を産んでからのことだった。皇統の流れを汲む貴種とはいえ、世間にはばかりある南朝の血筋であれば、母子を都へ迎えることはできなかった。義満に抑圧されて以来、自分たちだけで幕府と対立するだけの勢いを失った南朝の残党は、飢饉と悪政に苦しむ民衆を導き、一揆の中核となっていたのである。
(兄上、我等をお見捨てになるか)
 包容力、指導力備え、暖かい心を持った兄のような人物が、逆境にある誇り高い隠れ里に、どのように迎えられたか元能にも想像できる。兄には多くの縁談があった。周囲の薦める良縁を断り続ける元雅を、皆不思議がらぬはずはなかった。思い定めた相手がいるのか、との推量も当然あった。問われても兄は笑ってはぐらかしていた。しかしまさか世に逆らう南朝の娘を、隠し女として通うのではなく、はっきり正妻と決めるとは。
(それほど愛しいと思われたのか、兄上。我等を、観世棟梁の身を捨ててもよい、と)
 元雅は破滅する、と予言したもうひとりの兄元重の言葉を、元能は思い出す。元重は知っていたのか。
(いや、だとしても兄上が能を捨てるはずがない。観世を離れたとしても、芸能は)
 能は観世でなくとも、と言い聞かせたとたん、ふたたび元重の姿が脳裏を濃く通り過ぎる。元雅と元重と、ふたりながら観世座を離れて行った兄たち。観世座、とは世阿弥だった。世阿弥なしでも能は続く。その決断は元能には厳しかった。理解できても、身を削る厳しさだった。俺は役者であるかぎり、父を離れて立つことはできない、と。
 命には終わりあり、能には果てあるべからず……
 父の声が、耳の奥深くから届いた。十年前に父が著した『花鏡』の句だ。その頃から世阿弥は現世の絆を超えてゆく能の永続を見つめていたのか。言葉はときに未来を告げる。十年後の今、観世存続の危機に瀕して跡取り息子の失踪を世阿弥は黙認し、何の捜索もしない。
(能には果てあるべからず)
 人間ひとりひとりの生を超えて、能の命脈は永遠、と世阿弥は断じた。血肉の恩愛を超えて、能は生き延びる。
 しみじみ世阿弥を酷い、と思う。酷い?
誰に? 
(あなたは人の心を超えている。あなたが凝視しているのは、ただ能だけだ。能とはそもそもあなたにとって何なのです、父上?)
 父上……。父と息子。これほど世阿弥の心境に無縁な単語はないかも知れぬ。能の無限を見つめる世阿弥に対して、愛欲に踏み迷う自分ごときが、何を問うことができるか。
 かつて、『花鏡』を読んだとき、元能は父の声を聞いた、と思った。元能はまだ少年だった。身のまわりには二人の兄がいて、妹がいて、一座に衰退の兆しはまだ見えなかった。義満亡き後将軍義持の嗜好は田楽に向き、猿楽の興隆は抑えられていたが、大名たちの観世座への贔屓は変わらず、一座は青春のさかりへ延びてゆくそれぞれ有能な少年たちを擁して明るかった。
あのころ、自分は無心に元重を慕っていた。しかし思い直せば元重はそれ以前から青蓮院門跡義円の寵童であった。元能は無邪気だったが、元重はすでに鋭利な義円の愛撫に、身心を研がれていたのだ。……。
元能は無心に、素直に父の著作を読んだ。闊達で気迫みなぎる筆だった。うなるような筆づかいは、いたるところで元能の眼を奪った。父が書いた内容よりも雄弁に、父の筆跡は父の心を息子に伝えた。少年は、そうした父を誇らしく思ったのだ。なんと幸福な時代だったろう。命には終わりあり、能には果てあるべからず。この言葉も、人生を未だ知らない少年の心に実感などあるはずもなく、美しい宣言とのみ受け取られた。その言葉が実現された今、まことに自分の命は切実に削がれている思いがする。
(命には)
 世阿弥は、いつからか親子の恩愛を離れたところで命を見つめていると悟った。
 元能の足が滞る。
もしかしたら父は、裏切り者の元重こそ、能を次代へ継ぐ者として心にかけているのではあるまいか。
(観世座を裏切ったとしても、能を裏切ったわけではない、むしろその逆だ。兄は己の能を全うするために俺たちから離れて行った)
 能を永き世に伝える、という果てなき意志に貫かれた世阿弥には、元重の背信など瑣末にすぎない、と元能は悟った。
(だが、父上は苦しんでいらっしゃる、永遠と隔たったところにもお心があるからだ)
 元雅の出奔以来、元能は毎夜、父の思い出を……能に関するものに限られていたが、聞いていた。これほど長く父の身近に居ることは生まれて初めてかもしれぬ。そしてまた父の言葉をこまやかに聞くのも。元重が去り、元雅も消えた観世屋敷の夜は深さを増し、残された人々の身心を覆う。夜の重さを払おうとするのか、世阿弥は次男を夜語りの相手に呼んだ。
「儂はさまざまなものを観た」
 世阿弥は薄くわらった。一瞬、ひややかな微笑と元能は思ったが、過去を見つめる世阿弥の視線がゆらりと動いて自分に注がれたとき、父のまなざしには慈愛が深く籠もっていた。元能はうつむき、目頭に滲む涙をこらえた。父のかような目を見るのも、おそらく初めてなのだった。観世座の滅びは、この父親の慈愛のまなざしにこそ予兆されていた。元能にはそれもわかったのである。
「長い夜語りになろう」
「はい。うれしゅうございます」
 うれしい……。なんと素直に自分は父に慕い寄っていることだろう。幼い子供のころでさえ、父に、母に、まっすぐに「うれしい」と告げたことがあったろうか。元能は第一夜から筆録を心がけ、やがて一巻の書となすつもりであった。
(それでは今夜はなぜ五条へ迷ったのか)
 元能の耳に、意地悪い声が囁く。元能をあばく声は、いつも美貌の元重兄の声で囁く。
(叔母の見舞いか)
 ちがう、と元能は、身にふりかかる火の粉を避けるようにかぶりを振った。
(俺は、今夜父から逃げた)
 父から? 父親だけか?
 さらにまた迫ってくる声。うるさい。
 元能さま、と従者が怪訝な声で質した。いつのまにか元能は立ち止まり、松明だけが夜の闇の向こうへ進んでいた。
「お足元が」
 促されて元能は歩を速めた。その前にひらりと鳥が舞い降りた。白い大きな翼を、わっとひろげて元能のゆく手を遮る。身を翻す間もあらばこそ、夜目に際立つ翼はふわりと元能の顔に被さった。
「どこに行くの」
 元能の腕の中で鳥は女に変じた。宝珠だ。まぼろしか、確かに今の今まで彼女は大鳥だったものを。
 宝珠はあっけにとられる従者を無視して、元能の首に二の腕を巻きつけた。
「お見限りじゃない? もうあたしのこと忘れた?」
「放せ」
 宝珠はしだらなく胸をはだけている。翼と見えた袖は、昼間着る小袖にしては薄く、ゆるやかな単仕立の寝間着で、上質な絹の手触りだ。濃い匂いが浸み込んでいる。嗅ぎなれた匂いだ。白粉と香、汗、それから。
 宝珠の体から、髪から、彼女の匂いとはあきらかに違う、季節はずれの青葉の気配が漂ってくる。元能ではない誰か、男の体臭。
 元能は宝珠を押し退けた。
「戻れ、俺にかまうな」
「それなら何故ここに来たの?」
 宝珠は元能から離れ、見透かしたように笑った。
「意地っぱり。苦しい時には声をあげて泣いたっていいのに。迷ってるならとことん迷って苦しめばいい。迷いの入り口で、出たり引っ込んだりしているから、突き抜けることもできないのよ、あなた」
 自分の心さえ見えないの? 見ないの?
「嘘つき」
 宝珠にしては珍しく、畳み掛けるようになじった。このごろ間遠な元能を恨んでのことだろう。恨んでいるなら、宝珠は元能に心をとられているのだ、と女の感情を読む余裕は彼にはない。
「嘘だと?」
 かっとなった。宝珠の言葉は元能の抑えた迷いを突き刺した。彼女は違う意味で言ったのかもしれない。だが胸に刺さった。
 軽く頬を打ったつもりが、宝珠は元能の手の勢いのままぐらりとよろめき、足をひいて身を支えた。素足だ、と元能はようやく気づく。この夜寒に、宝珠ははだしで地獄が厨子から駆け出してきたのか。
 怒りとは異なる熱が彼の胸に上ったが、眼を丸くして頬を押さえる宝珠に口を聞く前に、元能は一撃を後頭部に喰らった。
 ものも言えずにうずくまる。月光が脳裏に崩れるように、さらなる打撃が続いた。ふりおろされる錫杖の音の涼しさを元能は瞬きの間に数度聞き、濃紺の闇が来た。
「何するの!」
 宝珠は、昏倒した元能を抱きとめようとしたが、相手の体重に負けて男もろとも地べたにしゃがみこんでしまった。それでも柳眉を逆立て語気荒く喰ってかかる。殴ったのはつい先刻まで宝珠にしがみついていた馴染みの破戒坊主、一休宗純である。
「そんなに何度も打つことないじゃない」
「儂は御身を守ったんだ。菩薩を打ち参らすなぞ、罰当たりもは、はなはだしい」
 はなはな、とどもったついでにくさめをして、一休はさらに水っ洟をすすりあげる。
「坊さんには関係ないのに。このひとは」
 宝珠が元能の頭を袖に包み込んで、なお殴りたそうな一休から隠すのに、ぬっと現れた蝉丸は冷やかし顔丸出しで口を挟む。
「ふられたのに庇うのかい」
「ふられたんじゃないわ」
 むきになって言い返す宝珠を、へえ、と蝉丸がせせら笑った辺りで、月夜に野次馬がぞろぞろ集まり始めた。喧嘩か、女の因縁か、と喧しい。
「何だよ、商売の邪魔だ」
 人だかりの真ん中に地獄が厨子の遣り手婆が着物の裾をからげて飛び出し、元能を離さない宝珠をがみがみと怒鳴りつけた。
「ちょっと宝珠御前。今夜は山名さまのお呼びだというのに、いつまでもこんな乞食坊主にかかずらって、その上にどこの若だか知らないが、殴るの蹴るのと月夜の往来で騒ぎを起こして、みっともないったらありゃしない。うちは西の一番、いい妓を揃えてる格の高い厨子だよ。御贔屓にはちゃんとお愛想してくれなけりゃ困るじゃないか」
「乞食だってこの坊さん、ちゃんとお金は払ってるじゃないの」
 よせばいいのに宝珠は婆に言い返してしまった。気のいい娘だから、婆ァの罵詈雑言に反抗して、たった今まで自分がけんつくしていた一休の味方をしているのである。因業婆に逆らったら、その厨子でまともな働きはできぬ。それを知らない道理はないのだが。
 そこへまた蝉丸がしたり顔で、
「こらこら宝珠、我儘ぬかすもんじゃない。ここは三途川のおかみに手をついて平謝り、理不尽な文句だとて、そこはぐっと飲み込んで殊勝なそぶり、このまま地獄厨子一の売れっ妓でいるのが今生のためだぜ」
「ふりってなによ!」
「あたしが理不尽だって? 聞き捨てならないね、蝉丸」
 小馬鹿にした蝉丸の台詞に、宝珠と婆は一緒に怒った。それも蝉丸のたくらみだろう。
婆ァは腰に片手をあて、もう一方の手の人差し指を一休の眉間めがけてにゅっと突き出した。憎さげに口をへの字にひんまげて、
「あたしが何も知らないと思っているんだろう。あんたがうちに払う金の出所は、ここらの女どもをだまして巻き上げたあがりだろ。話じゃ、東の方まで手を伸ばして、がめつく喜捨をむさぼってるそうじゃないか」
「だましてなぞいない。御仏の教えを語っている。愚僧説法の浄財じゃ」
 一休は大真面目で言った。とたんに三途川婆の眼が三角になった。
「何が浄財だよ。その銭であんたは東や西で好き放題に女を買ってるんじゃないか。いや、かまやしないがね、ちゃんと払ってくれりゃあ、文句はないが、うちの売れっ妓に貼りついて、得意筋のひきを邪魔するのはお断りだよ。ええ、しゃら業が沸く坊主だ、女を抱くのにお前が払ってる銭は、当の遊女の稼いだものだよ」
 責めているうちに婆ァの声はだんだん大きくなり、周囲の野次馬がげらげらと笑い声をあげてけしかける。
「いいぞ、もっとやれ」
「どうした一休、得意の頓智で言い返せ」
「負けるな宝珠、何か言え」
 蝉丸は、自分が火をつけた当人なのに、だんだん騒ぎが大きくなるのに顔をしかめ、
「おい、一休、さっさと退散しろよ。どうも雲行きやばいぞ」
「なに、いい月夜だ」
 一休は満月を仰いでうそぶいた。
「儂には菩薩の御加護がある、鬼婆の暴力なんぞ恐れることはない」
「ぬかせ」
 逆上した婆は一休につかみかかった。一休が体をひねって逃れたので、婆の爪が坊主の袈裟にひっかかり、肩から腰へ生地をびりりと引き裂くあたりで、蝉丸はひょいと片足を伸ばして婆をつまづかせた。
「出家の功徳だ、早く逃げろ」
 蝉丸は一休のいがぐり頭をこづいた。だが一休はかぶりを振って視線を忙しく左右に動かし、婆の顔と蝉丸、宝珠、そして周囲の人だかりをぐるりと見回すと、突然背筋を伸ばして地べたに正座し、うってかわった力のある声音で、
「老婆心、賊のために梯を渡す」
 言葉といっしょに一休は懐から金袋をつかみ出すと、婆の顔の真ん中に投げつけた。
 何だこいつ、と蝉丸はあっけにとられ、野次馬も肩すかしを喰らい眼を剥いた。乞食坊主が、鬼婆に銭を投げちまった。
「ぜ、銭など要らぬ」
 見せ場でどもったのは少々まずかったが、一休は鼻の穴をふくらませ、胸をそらせた。
「婆子焼庵という。昔、信仰心の篤い老婆がおった」
「けっ、説教始めやがった」
 蝉丸が舌打ちして踵を返そうとするのを、野次馬に紛れて出てきた紅鶴が、そっと抑えた。
「まあ聞きなよ。おもしろいから」
「紅さんもこの坊主を贔屓するのか。とんでもないね」
 しっ、と紅鶴は唇の前に指を一本立てた。
「老婆はある僧侶を見込んで、庵を建ててやった」 
一休は朗々と声を張り上げた。常の吃音はすっかり消えて澱みない。いい声だ。
「そして二十年もの間世話をし続けた。ある日、老婆はこの僧に美しい女を差し向け、給仕をさせた」
 やっちまったんだろ、と蝉丸がにやにや笑って入れる茶々を、周囲の誰かがまた、しいっと制する。一休は説教する声に力のある男だった。ひとの耳をひきつけて離さない。殺気だっていた婆さえ毒気を抜かれ、片手に金袋をしっかり掴んでいるものの、半ば口を開けたまま棒立ちになって、一休の言葉を待っているのである。紅鶴も、宝珠も。蝉丸は首をひねって一休の風体を眺めた。中高にまとまった顔だが、とりたてて美男とは言えない。年のころは四十前だろう。いがぐり頭に、不精髭がぼうぼう伸びてむさくるしい。
 平安時代の「枕草子」に、説経僧は美男で美声がよい、とある。当時の仏教儀式は、半ば芸能であり娯楽の要素が濃かった。それは四百年後のこの時代も変わらない。道端の説法、念仏、遊行聖たちの宗教活動は、過酷な生活に追われる民衆の慰めであり救いであった。
 この一休もやはり魅力的な男だった。周囲をきょろきょろと窺う視線は落ち着きを欠き、普通なら当人を貧相に見せるのだが、彼の眼はいきいきと輝いて濁りがない。好奇心旺盛な童子の精神が目からあふれて活発に動いている。一休という道号を与えたのは、師の華叟だが、本人は休みなしにちらちらきょろきょろ動き続けてやまないおかしさ。
「女は、僧を、ゆ、誘惑した」
 ここでまたどもる。それから横目で宝珠を見た。宝珠は昏倒した元能を膝に抱えたまま、一休の色目にぷいと横を向いた。一休はくさめをしてばつの悪さを誤魔化し、
「だが、僧は女に言った。枯れ木が冷えた岩に寄りかかったも同然。実にさむざむとした気持ちである、と」
 へ、もったいないじゃないかと蝉丸が口の中で呟く。紅鶴は彼を軽く睨んだ。
 一休は声を硬く張り上げた。
「寒い、と坊主は言って女を返した。ところが女からこの話を聞いた老婆は、僧を庵から
追い出してしまった」
 ええ、なんだって、と周囲から声があがった。
「禁欲を守ったんだから、えらい坊さんじゃないか」
 と野次馬の誰かが尋ねるのに、一休は澄まして返答した。
「戒律を守るなんぞ似非坊主の仕業よ。それこそ逆賊。いい女が、いや美女でなくったっていい、女が儂の所へ来たら、滅法可愛がってやるのだ」
 何だと、気違い乞食め、仏法を汚すか、と怒声が飛んだが、彼は全く表情を崩さず、両眼だけくるりと動かして周囲をまた観察するのだった。しばらくして一休は楽しそうに言った。
「女などは、骸骨に皮袋を被せたものではないか。所詮は朽ち果てる糞袋。そんな代物に迷うも迷わぬもない」
 う、と一同は声を呑んだ。
 女は結句糞袋、皮一枚下は骸骨。いや、女だけではない、男であろうと、さらには人も獣も同じことだった。数年来の飢饉に一揆の続発で、都の内外は屍にこと欠かない。野良の犬猫がそれを喰い荒らし、腐りかけたその後に、真っ黒い烏がけたたましく群がる情景は、常日ごろあちこちで見られる。
 誰も言葉を発しない。蝉丸は顎を撫でながら、一休と周りの様子を眺めているが、あえて口出しをしようとはしなかった。
 一休は立ち上がった。さやさやと秋風の音が急にはっきり聴こえる。肉体いずれ糞袋と喝破されて聴く風音はうらさびしい。しゅんとなった野次馬の間を分けて、一休は飄々と歩き出した。と、見物の中から、ひとりふたりと彼の後を追って、その手に無理やり銭を握らせる者もいる。一休はそれを拒むでもなく、嬉しそうに押し頂き、喜捨した者の前で合掌しむにゃむにゃと経文を唱えている、ようだった。蝉丸は唾を吐いた。
「とんでもない破戒坊主だ」
 月夜に野良犬の遠吠えが響いた。おおかたどこかで死肉を漁っているのか、とこの場に居合わせた誰もが想い至ったろう。
 五条通りにがやがやと散ってゆく町衆を見送り、ぽっかりと夜の闇が広くなった地獄厨子の前に立ち、紅鶴は低い声で歌い始めた。
  けぶり立つ野辺のあはれをいつまでか
    よそに見なして身は残りなむ
「何だって?」
 蝉丸は紅鶴の顔を覗いた。濃化粧に作った面が月明かりにうつくしい。
「一休の歌だよ。自分もいつ死ぬかわからないって歌」
「明日は我が身か糞袋」
 蝉丸がふん、と鼻を鳴らしてまぜかえすのを、紅鶴は真顔で、
「よしてよ。あの坊さん高貴の落胤なんだって。たいした学問を修めてるらしいよ」
「そんな奴は、今時珍しくもない。東の女は、もとをたどればどこそこの姫だの何だの…」
 蝉丸は渋い顔だ。
「もういいだろう。とんだ暇つぶしだよ。いや、あたしらが暇なもんかね。紅鶴、ちゃんと客をとっておくれ、さあさあ」
地獄厨子の遣り手婆がしらけた顔で立ち上がった。蝉丸に足をひっかけられて地べたに倒れたその姿で一休の説教を聞いてしまったのである。
紅鶴を呼んだ婆ァは、蝉丸と宝珠には声をかけなかった。紅鶴はちらりと蝉丸に斜めの視線を残したが、何も言わずに厨子に帰ってゆく。
「望月の欠けては満つる浮世かな、だ」
 蝉丸は憮然として宝珠を振り返った。宝珠は地面に座り、元能を抱えたままである。
「わざと婆を怒らせたでしょ」
「さあな」
「ここに飽きた?」
「潮時にしちゃあ早いが、名残惜しいとも思えない。お前こそどうなんだ。今夜山名の呼び出しを蹴ったから、婆さんの機嫌が悪い。大名の側室に上がれば贅沢三昧。地獄厨子の実入りもでかいものを」
「蹴ったわけじゃないけど、なりゆきでこうなったの」
 宝珠は不平らしく口を尖らせたが、すぐに微笑に変えた。
「あたし、ここを出て行くにしても、まだしばらく都にいたい。辻君に戻ろうかな」
「都じゃなくて、その坊やのせいだろうが」
 蝉丸はあっさりと言ってのけた。宝珠の微笑が深くなり、唇の端にちらりと赤い舌がひらめいた。悪戯っぽい口調で、
「蝉丸おじさん、妬いてるの?」
「嫉妬するほど情があれば、俺は蝉丸じゃないが」
「そうね。でも少しは宝珠が好きでしょう」
「紅鶴姐さんと同じくらいに」
 うん、と宝珠は無邪気に頷いた。
 中天にかかる月は雲を払う夜風に磨かれ、冷たく光る。腕組みしてたたずむ蝉丸の顔に鑿で刻んだような影が濃い。月光は宝珠の膝に眼を閉じている元能の顔を白く浮き上がらせているのに、同じ光を浴びながら蝉丸の顔は深い影に覆われていた。
 蝉丸はその元能に顎をしゃくった。
「坊や、もう気がついているんだろう」
「あの僧は何者だ」
 元能は眼を閉じたまま、宝珠の膝枕から起き上がろうともせず、すらすらと問うた。
「一休宗純。いい坊さんよ」
 宝珠は元能の鼻をつまんだ。元能は眉を寄せて瞼を開け、自分の鼻をつまんでいる宝珠の手首を掴んだ。
「あの男と寝た」
「坊さんとだけじゃない。あたしは遊び女だもの」
 ものも言わずに、元能は宝珠の手首を掴んだ手に力をこめた。
「痛いわ」
 だが宝珠は笑っているのだった。宝珠はその手首をぐいと自分の胸元へ引っ張り、襟の合せ目から乳房に導いた。あたたかい女のふくらみに触れると、元能の硬い手は自然にほどけて、乳房の丸みに重なった。
「あたしたちは菩薩なの。迷う衆生に慈悲の分け隔てはしない。あんたも、あのひとも、誰も、彼も、悪人も善人もみんな好き。みんな一緒に浄土へ連れて行く」

 ほほ、と寿桂尼の柔らかい笑い声が紙燭の影に揺れ、絶え間ない勤行の鐘の音も揺れた。
「ようございましたな。あの方はいみじいお坊さまでございますよ」
 一休は打ち所を心得ていて、気絶するほど殴られたものの、元能は頭にも体にもさほど痛みを感じなかったが、従者に促されて立ち上がったとたん、たらたらと鼻血が流れた。帰路を危ぶんだ従者は、目と鼻の先の寿桂尼の寺を頼った。
「尼君には見苦しい様をお目にかけます」
 元能は恐縮したが、なんの、とおおどかに寿桂は微笑み、
「あなたがお出でになるだけでわたくしは嬉しい。御遠慮なさいますな、おもてなしもなりませぬが」
 従者と宝珠は庫裏で湯漬けをいただいている。宝珠は地獄厨子には戻らず、そのまま元能に付いてきてしまった。
 病に小康を得たものの、寿桂は初夏のころより老いやつれが目立った。内側から水分が抜け、ひとまわりしぼんでしまったようだ。
 女は骸骨の皮かむり、という一休の喝破が蘇った。灯を低く掲げた尼寺の一間、くきやかな月あかりに照らされて座る尼は、墨染めの衣の中身があるかなきかのごとく、ちいさく頼りなかった。面も夏よりさらに痩せほそり、繊細な頬骨と顎のかたちが皮膚に透けて見える。
 青葉のころ面会したとき、出家し、年を重ねてもなお残る色香に、ほのかな心ときめきさえ感じたものを、と元能は寿桂を眺める。
今の彼女は指に触れればもろく崩れてしまう白い灰のような、すでに彼岸に近い命の姿と思えた。
 尼はそのとき、常には口許を隠す袖覆いの嗜みも忘れたのか膝に力なく両手を置いていた。そのため元能は、小町もかくやというしめやかな美貌の果てを、つくづくと見ることになった。老いの見苦しさのない、しずかに冷えて凋んでゆく命の質が蒼白い月光に照らされている。寿桂尼はこのままひっそりと細りゆき、皮膚も骨も透け、しまいには蜘蛛の糸ほどにも痩せ痩せて、風無に帰してしまうのではないか……元能は言い知れぬ寂しさに襲われた。
「あの方は上皇のお胤なのです」
 尼は眼窩の窪みが黒く目立つ瞼をゆるく動かし、瞳を元能に据えた。
「さようでございましたか」
 さきほど宝珠の膝で眼を閉じたまま、周囲の喧騒を聴くともなく聞いていたとき、遊女の誰かが一休の血筋を高貴と言っていたことが思い出された。落胤、また流離の貴種は下克上の当節、もはや珍しくはない。東洞院の遊女の中には、落魄した宮家の姫もいるであろう。元能は、宝珠もまたそのような筋目ではないかと推測している。
 寿桂は続けた。
「後小松院にお仕えしていた某の娘に御手がついて。母御の身分も卑しからぬと聞きます。それなのに、どういう経緯なのでしょうか、宮中を追われたのは。元能殿、一休禅師はまだお若いのに禅の奥義を極めた尊い方でございますよ」
 元能は頷いた。寿桂尼はあの薄汚れた乞食坊主が皇子であると告げている。彼女が断定するならば、一休の貴種の噂はまことなのであろう。尼は薄く笑った。その微笑はまた元重を彷彿とさせた。怜悧にあでやかで、笑みにつれて目尻口許に浮かんだ皺が、銀の地に彫り磨かれた毛彫り細工のように光った。
「時折、この尼寺にもお寄りになり、御門跡とお話しをなさいます。わたくしも仲間とともにその法話を伺いますが、あなたは尊師に杖をいただいたそうでございますね」
「はい。しかし私には一休禅師がどのような人物なのか、まだ測りかねます。そのとき周囲に集まった町衆のおおかたは、師を破戒堕落と罵っておりました」
 元能はことの次第を、適当にかいつまんで語った。宝珠との係りは明かさない。殴られて一瞬気絶してしまったことも。
聞き終えた寿桂尼はかぼそい手に数珠を押し揉みながらゆったりと頷き、呟いた。
「わたくしも戒を破ってみとうなります。あの方とならば」
 寿桂尼はそれからゆるゆると膝を立て、元能にすがるように手をさしのべた。皮膚の下で白い骨が透けそうな指が、元能の顔の前でひらひらと羽ばたいて震え、はっとした元能がその指を握った刹那、立ち上がりかけた尼は、膝からぐらりとよろめいた。ひたひたと周囲に満ちている月明かりの輪の中に、尼は元能に支えられながらゆっくりと崩れた。あたかも全身に降り注ぐ月光の重みに耐えかねたように、元能の腕が抱き取った女人の肉体は軽かった。

 あの夜、寿桂はどのような心で自分をさし招いたのだろう、と元能は考え続けた。病苦に耐えかねてか、死の影に怯えてか、それともただ夜空に玲瓏と輝く月を愛でようとしてなのか…。
 戒を破ってみとうなります、と寿桂はうち伏し、瞳をぼうっと潤ませて喘いだ。それが今生最後の言葉となったが、それこそは彼女の三十数年の精進を覆す破戒の想いであろうものを、庭面に沸きあがる秋の虫の音がいちだんと高鳴った月下の臨終は、なまみの女の死とも見えず、清らかな、この世ならぬ光に迎えられていったとしか思われなかった。
 余人を呼ぶのも忘れ、絶句して亡骸にすがった元能は、眼の前の肉体が速やかにぬばたまの世界へ移ろう有様を見つめ続けた。なんという月光だったことか。真昼の太陽が、けざやかに生と死を隔て、朽ちゆく肉の無惨を見せつけるものならば、濡れしたたる月光は、もののあやめをひんやりと潤し、生死の境界は淡く滲んで暈された。死者と生者のさかいめは、汀の砂に戯れる笹波のようにおぼろに溶け合っていた。波に浮く月光が砂のうねりをなぞりながら寄せては返る水際で、女人の死は元能の生の影に重なり、月下の光と影はつかず離れぬ親しさで寄り添い続けた。
 生と死があれほど親しみあうものだとは!
 元能は寿桂の遺体に添いながら、何故かはわからぬが、今死んでゆくのは他ならぬ自分の一部なのであり、生き残ったのは寿桂のまなざしなのではないかと思った。戒律を破り、己が命の極みを尽くしたいと洩らした女人の臨終は、青年自身の吐露としか思われなかったのだ。
 ……ひらひらと、蛾の羽掻きに似た指の痙攣に、したたるような生の極みの姿を凝縮させながら……
「高橋殿は……」
 世阿弥の声が耳を驚かし、元能は我に返った。そうだ、俺は今は父の夜語りを聴いている。元能は正座の拳を握りしめた。
「鹿苑院さまの側室であられた高橋殿は、じつに行き届いた方であった」
 ほろほろ、と秋の落ち葉が軒を叩く。夜深く冴える風の音に聴き入るのか、その夜世阿弥の昔語りは途切れがちであった。寿桂の死を伝えたのは元能であったが、父の面はやはり揺るがなかった。端麗な面相の裏で、どれほどの澱みや激潭がせめぎあうのか元能は測りかねたし、それ以上に父の内面を覗くのは怖ろしかった。
「あの女性(にょしょう)は東洞院の傾城であられたが、世のさまざまな事情をよくご存知で、院の御寵愛深く、ついに落ち目を見ることなく御出世を遂げられた。常に院の御心をかしこくお察し申し、御酒の勧めようなども、その場にふさわしく心遣いされ、御機嫌に叶うように振舞われた」
 寿桂については露も触れない世阿弥だったが、その晩の語り草は、先年みまかった義満の側室高橋殿であった。東きっての美女は義満晩年の愛妾となり、子は生まなかったものの、義満の心に添い、優遇され続けた。義満没後も彼女は聡明に処世し、恣意に奢った次代将軍義持の正室日野栄子などよりはるかに世間の厚意を集めていた。
「院の御機嫌を測ることに優れた女性であられた。儂もそのような所はことに上手であると、どちらからも御褒美にあずかったものだ」
 十三歳の世阿弥、鬼夜叉の美貌と多芸に最高貴族であった摂政関白二条良基さえ陶然となり、藤若の名前を与えた。これを始めとして、諸大名、公家、貴顕ことごとく彼を賞玩し、当時、謹厳な保守派で知られた押小路内大臣公忠は、
「皆が藤若の機嫌をとるために金品を贈るので、その費えは巨万に上る」
 と苦々しげに記した。……
 元重が離反し、さらに元雅までも観世一座の棟梁の座を捨てた。凋落あきらかな一座を見限り、元重へと走る者が日々後を絶たない。
元重に天下の寵が集まろうとも、元雅あるかぎり本家は安泰、と皆が希望を託していた兄は、今大和でどのように過ごしているのだろう。観世座だけではなく能自体を捨ててしまうのだろうか。南朝の血をひく娘と契り子を生した。北朝を戴く幕府あるかぎり、元雅の結婚は表沙汰にはされぬ。どころか傾きつつある観世本家にとり、義教将軍の決定的な不興をかう醜聞でさえあった。観世座新棟梁の叛意として、一座は潰されてしまうかもしれない。
兄の出奔は、一座に災いをもたらさぬための、やむにやまれぬ選択だったのだろう、と元能は推測できた。元雅を欠いた観世座の動揺を兄が想像しなかった筈はない。
(俺に一座を率いよ、と思われたのか)
 元能は総身が震えるような思いだった。世阿弥の偉業を継ぐほどの器量が自分にあるだろうか。
 父が若輩の次男の迷いや不安を見抜いていない筈はない。観世座が根底から揺らぎ始めている今、ふと口を滑らせた昔話は元能をせつなくさせた。
 世阿弥の芸風はとうに庶民の嗜好を超え、貴族といえど浅薄な精神の者には味わえぬ高みへ到達している。そのような崇高を誰が愛で、誰が楽しむのか。否、崇高な娯楽芸、などそもそも成り立つものだろうか。人のこころの深遠を究めてしまった猿楽が、観る者の愛顧を得られるものだろうか。
 ばらばら、と軒を叩く厚みのある風の気配は柿の落葉でもあろう。
 高橋殿、それから己の若かりし日の思い出をたどった世阿弥は、元能を見やり、ふっと頬を柔らかくゆるめた。優しい声で、
「猿楽とは人の心を和らげるもの。その機微を失えばこの道は行き詰まる時期が来るであろう」
 父上、と元能は世阿弥の温和なまなざしを享けながら心に問うた。父上の成し遂げた能の高み、無文の能を、その機微を、今どなたが鑑賞されまするか。
 観阿弥以後、一座は貴人本位を貫き、最高権力者である将軍の好みを迎えてきた。世阿弥の言葉の「猿楽とは人の心を和らげ…」とは「将軍の心を和らげ、その機微を伺うもの」と言い換えたほうが適切だ。将軍とは言うまでもなく義満である。彼以後の将軍家は世阿弥を愛さなかった。義満への反感・反動ゆえに、義満の愛した世阿弥をことさら排斥したのだ。
 灯火に面の半ばをくらぐらと沈めた世阿弥はすい、と立ち上がった。何かを捜し求めるかのように膝立ちのまま明かり障子に両手をかけ、そこで動きを止めた。
「父上……?」
 元能は静止した父を見つめた。月光に吸い上げられるかと見えて他界した寿桂の姿が、今世阿弥に重なる。父は息子を見ず、そのひそかな呼吸の音だけが元能に聴こえた。
今ここで世阿弥が息絶えたら観世座は終わる、と元能は背筋が冷たくなった。
「あの音を聴け」
 父の声音は片膝立てた姿の整正と同じく、動揺がない。元能は耳を澄ませた。だが風になぶられる落ち葉の音よりほかは聞こえない。
 世阿弥が聴いているのは風の音か。それなら観世屋敷の虚空を吹き渡る秋風ではなくして、彼の内部をどうどうと流れる能の風音なのだ。彼が至りついた至高の芸境、妙花の風だ。
  古里の軒端の松も……
 我知らず元能が立ち上がったのと、世阿弥の謡とは同時であった。
  心せよ、己が枝々に嵐の音を残すなよ
  今の砧の声添へて……
 訴えよう、父の本心を問いたいと元能もまた膝を立てた。だが父の傍には寄れなかった。
  羊の歩み隙の駒……
 謡う世阿弥は、元能の迷いを寄せつけぬ。
  羊の歩み、隙の駒、移りゆくなる、六の
  道の、因果の、小車の、火宅の門を出で
  ざれば……
 父上! とやみくもに叫びあげたい衝動が息子を揺さぶった。何を考えておいでなのです。何故兄上をお呼びかえしになりませぬ。何故元重兄をお咎めにならぬ。あなたはいつも謎、黙って、冷ややかにわたしたち兄弟を 
高みから眺めているあなたは、何を考えていらっしゃるのですか? 
 世阿弥は膝立ちからわずかに腰を伸ばし、ゆるゆると一足踏んだ。
  因果の、小車の、火宅の門を出でざれば
  巡り巡れども、生き死にの海は離るまじ
  や、あじきなの、憂き世や
 夫に忘れられ、恨み死にした女の霊が、いましも巫女の鳴弦にひきよせられて闇から浮かび上がるとしか思われなかった。世阿弥は素顔である。表の感情を消した面はなめらかに深く、世阿弥の個性から離れて砧の女の情念を引き寄せていた。
 はたはた、ほろほろ、と夜風が家居の隅々を渡ってゆく。生にもよれず死に赴くことも叶わぬ女の幽魂そのもののように、風は嫋々とながく、絶え入るかと思えてすすり泣き、恨みのたけを訴え、未練にくずおれる。
 元能は、今この家の隅々に女の霊が息づいていると感じた。天井の梁に、柱隠れに、壁の破れ、戸板の隙間に、世阿弥の呼び起こした女の恨みが、ひしひしと迫っている。
 小夜更けて月は見えず、燭台の明かりはどこからともなく吹き入る夜寒の風に、ともするとかき消されそうだった。炎もまた女の情念に同化している。湯水も喉を通らぬほど思い焦がれ、夫を恨んでは慕い、恋いつつ歎き、煩悶する女の痩せた頬骨が、妖しく伸び縮みする火影の隈にまざまざと見えた。
  あぢきなの憂き世や…
(戒を破ってみとうなる……)
 世阿弥は冥界から揺らぎ出た女の足取りで闇をひきずった。ゆらり、と動いてゆく世阿弥の一歩ごとに夜はひしがれた。元能には父の歩みが闇を穿つのをまざまざと感じる。さながら純白の初雪を最初に踏みしめたくきやかな窪みのように、異界の闇を柔らかくしかも容赦なく捺した。それはまた、元能の内部にひそむ、最も柔らかい部分を静かに踏まれるような感覚でもあった。 
 

 
 





 

中世夢幻 其五 紅鶴

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 其五 紅鶴


「金をかけろと仰せられてもだな」
 三条坊門の将軍御所に集うた幕府宿老大名たちは、義満三十三回忌のための金策で揉めていた。
 ひときわ大きいだみ声は山名時熙、その隣りに黒衣をまとうた醍醐寺三宝院満済、畠山満家、管領細川持之、斯波義淳らが円座を占める。
「数年不作、飢饉、あまつさえ土民どもの反乱がうち続き、御料所(直轄地)よりの年貢も十分でなし、さりとて臨時に段銭(課税)を強いれば、あの下衆めらは飢えた犬のように歯向かいおる」
 山名は肉の厚い頬を大袈裟に歪めながらまくしたてた。
「関銭・津料のひきあげはいかが」
 渋紙いろに痩せた老人、畠山満家が、喉にからまるような声で提案する。彼は数年前に肺を病んでいたが、気概は衰えず幕政の中枢にあって政策決定にあずかっている。
「無理でござろう。正長の土一揆、播磨の一揆と各地は未だ不穏続き。人馬の行き交いは困難を極め、海賊どもの暴行も抑えがたく、民の憤懣は募っております。この上税金を絞りあげるなら、余計に叛逆のきっかけを与えることとなりましょう」
 細川持之が悠揚迫らぬ美声ですらすらと反対した。
「赤松のまぬけが土民を鎮めぬからよ」
山名は苦々しく、ぼうぼうに伸びた口髭を引き捩じった。高血圧の赤ら顔のせいで髭に混じる白髪が目立った。彼は髭の上で大きな鼻を蠢かし、この若造がとばかりに細川を横目に睨み、
「では我等が領土より献上つかまつるか」
 細川持之は薄目で山名を眺め、眉も動かさずにさらりと山名をいなした。
「いや、飢饉は畿内諸国にとどまらぬ。苦しからぬ者と言えば、例の高利貸しくらいであろう」
 うむ、と諸大名は唸った。
 流通経済が急速に発展した結果、都の酒屋土倉業者はあくどく利子をがめて富を蓄えた。
酒屋とは醸造業の意味で小売ではない。京酒は名物として全国に運ばれ、その利益は貨幣経済の中心となっていた。また、土倉とは質屋だが、質草の品々を保管するための土塗りの倉を設けたことからの呼び名で、物資集散の激しい都市に不可欠な金貸し業であった。酒屋は蓄えた富を基に土倉を閉業し高い利子で貸付け、さらに利益を得た。 
 極端な高利貸しは一揆の原因ともなったが、彼らの納める莫大な税金は幕府の主要な財源ともなっている。幕府は高利貸しの横暴を取り締まりながら、彼らのおかげで収入を確保するという矛盾を抱えており、後には借金棒引きを要求する一揆側と、高利貸しの双方から調停料をまきあげるという腐敗へ陥ってゆく。
「今となっては義持さまが明との貿易を絶ってしまったのが痛いことでございますな。鹿苑院さまは交易を大きな財源にしておられたものを」
 斯波義淳が愚痴めいて昔語りに渋った。義満は明への臣従外交で巨万の銭を得た。それを義持は卑屈と見なして退けたが、政策を決定したのは義持ではなく、彼を押し立てた宿老斯波義将とその息子義重である。彼らは義淳の父と祖父だ。懐古する義淳の口吻には、そこはかとなく無能な将軍義持への軽侮が籠もっている。決定するのは宿老大名たちなのに、愚策をそしられるのは将軍だ。
「ちと、腹が減ったのう」
 山名は手を叩いて小姓に茶菓を運ばせた。
飲水病(糖尿病)の気でもあろうか、山名はしきりに湯茶を飲み、甘い干菓子をかじる。干菓子とは、棗や柿などの果物を干したものである。炙りたての干し柿が運ばれてくると、煮詰まっていた男たちは香ばしい匂いにそそられて、早速手を伸ばした。
 当時干し柿は、天日干しの他に変わった作り方があった。皮を剥いて籠に入れ、火にかけて乾かすのである。促成の干し柿はじっくり太陽に晒されたものより味は落ちたが、季節のはしりとして喜ばれた。食する前に、もういちどさっと火に炙って甘味を増やす。
 男たちの談合はだらだらと続いた。急を要する軍議ではなし、つづめて言うなら、どうやって高利貸し連中から金を巻き上げるか、また自分たちの負担する金額はどれほどかといった妥協策を講じる会談なので、結論らしい結論が出るはずもない。大名たちは皆、我が懐を痛めたくないのだから。
「無い袖は触れぬ、と申すではないか」
 楊枝で歯をせせりながら畠山は締めくくろうとした。幕府の体面を傷つけぬよう、酒屋土倉から金を搾るしかあるまいの。
「上さまの仰せには到底足りるまいが、そこは呑んでいただかねば」 
 老人は咳を堪えながら一同を見渡した。
「さよう、関東の動向も不穏でござる」
 斯波義淳が大きく頷いた。身を切って絞る銭は、少なければ少ないほどよい。
 関東公方足利持氏は、義持時代から幕府に反抗していた。義持が後継者を定めないまま没した後、持氏は京都の将軍職を狙ってさまざまに画策したが、宿老大名たちは、彼を無視して義教の籤引き就任を決めたのだった。
 いったい、室町幕府は統一政権としてはきわめて不安定な政治機構であった。北条氏を倒して足利幕府をひらいた尊氏は、関東を治めるために次男基氏を鎌倉府に置き、関八州に伊豆・甲斐を加え、さらに陸奥と出羽を管轄させたが、代が降るにつれて、室町幕府の東国支部というよりは、独立政権の様相をとりはじめた。
 京都を中心とした幕府は義満に至るまで南北朝の動乱に奔走し、また西国有力大名の反乱に悩まされた。初代尊氏、二代義詮は席の暖まる暇もなく戦闘に明け暮れ、三代義満は強大な権力を握ったが、晩年には公家化し、幕府の集権を体制的にしっかりと整備するより早く皇室乗っ取りをたくらんだ。
義満の野望は彼の急死によって未遂におわり、同時に幕府体制も堅固な統一のないまま宙吊りにされた。不安定な地盤に偉大な父の後を継いだ将軍義持は、歴代父祖とは比較にならぬ器量の小ささゆえに、我が地位の保全のためには有力大名たちの支持を得なければならなかった。法整備を怠った京都室町幕府は、権力の明確な中心が曖昧であった。明に対して「日本国王」を名乗って憚らなかった義満の栄華はただ彼ひとりのカリスマ性によって支えられ、その死とともに崩れたのであった。
崩壊を速めた原因のひとつには、義満が晩年に公家化したこともある。天皇家乗っ取りを企んだ彼は、愛児義嗣を親王に叙し、みずからも準三后に上った。権力の頂点に立った義満は、将軍よりも権威のある天皇に狙いを定め、嫡子義持を将軍に就任させたものの、実権は何一つ渡さなかった。ために将軍の権威は堕ち、義持以後の将軍家は、各国守護大名という小舟の寄せ集めの上に支えられている舞台のように危ういものとなった。
舞台で演じるのは足利将軍だが、彼の一挙一動は、板子一枚下の大名連の思うがままなのである。大波が来て小舟が散れば、室町幕府はあっけなく沈没しかねない。いや、波が来なくとも、小舟が離散する可能性はいくらでもある。
 将軍を戴く幕府体制をかろうじて保っているのは、幕府への忠誠心や、皇室尊崇の念などではない。ただ有力守護大名のエゴイズムであった。どんぐりの背比べ的な大名たちの勢力バランスと、自家安泰の画策の頂点で、足利氏があまり専横にならぬ程度に主権を握っている体裁をとっていてくれれば好都合、というだけのことだった。極論するなら、将軍は飾り物に過ぎない。
 こうした内実拡散の理由には、足利氏が抜きん出た名門ではない、ということもある。宿老大名の中には、足利氏を主と仰ぐどころか、同列意識を抱く者もいる。
 鎌倉府に話を戻そう。
 基氏以来、関東に勢力を振るった鎌倉公方は、四代持氏に至って、義満没後の将軍就任に野心を抱くようになった。彼は義教の将軍宣下に落胆、逆上、ついに兵を催して京都へ攻め上ろうとし、臣下に諫止された。だが幕府への反抗はあからさまで、義教就任による正長から永享への改元を認めず、鎌倉府では今もなお正長を用いている。鋭敏な義教は、こうした鎌倉公方に対して、義持時代のようなことなかれ懐柔策を潔しと考えない。
 今のところ、三宝院満済や、畠山満家といった老臣たちが義教を制し、鎌倉府との全面衝突を回避しているが、新将軍の自負心の強さは明らかだった。僧籍にあったころは、聡明怜悧の評判こそあれ、武張った性格などつゆも見えなかっただけに、将軍就任後に現れた義教の圭角に周囲は驚き、手を焼いた。明晰な義教の主張はことごとく京都足利幕府の立場からすれば正論であり、時宜に適っていないとしても、真っ向からは反対しにくいのである。
「鎌倉不穏、各地飢饉。まことに我等、窮地でござるが」
 低く声量のある声が来た。それまで黙して談合のなりゆきを測っていた三宝院満済であった。
「かかる事態であればこそ、故院の法会を美麗にせねばならぬというものでござろう」
 満済は断定的に言った。張りのある言葉に圧され、一同ははっとひきしまった。
 三宝院満済は義満の猶子であり、懐刀として幕政を動かした。義満没後も、義持、義教の時代を通じて、最も権力を握っている政治家のひとりであった。
 結論を突きつけられても、誰も応諾を答えられない。ひやりとした沈黙が落ち、皆満済の次の言葉を待った。面長の上品な顔に、豊かな白い眉が眼を覆って垂れる満済は、大陸渡来の墨絵に描かれた月下氷人に似ていた。が、温顔の奥、清潔な白い眉に隠れた瞳は厳しく、敏捷に大名どもを凝視している。
「尊勝院さまこそは南北朝の騒乱を鎮め、天下を一手に統一された方。その御法会を華麗に行うことは、新将軍義教さまの後継者としてのかくれない盛儀となりましょう。ここで金を吝しんだ儀礼を行えば、民衆は幕府の弱体を侮り、まして虎視眈々と隙を狙う鎌倉府は言わずもがな」
 それに、仏事に金をかけるのは、軍資金を蓄えているのではない。平和への意志を示すことにもなる、と満済は説いた。
 その逆もある、と細川持之は思ったが、口にはのぼせなかった。仏事に金を傾けた幕府の浪費に、鎌倉がつけこんだらどうする、と。
「鎌倉方は、目下戦う意志はございませぬ」
 と満済は持之の反発を読んだように重ねた。この男は決して声を荒立てないが、声量のたっぷりとした美声で、香のくゆりが室内にたちこめるように、じわり、と一同の耳にしみるのだった。
「関東管領上杉憲実殿が戦に反対なさっています。持氏さまは御気性荒く、武勇に秀でたお方だが、内政は上杉殿の補佐なしにたちゆかれぬ、というのが実情。持氏さまが逸られても、上杉殿の同意を得なければ、家臣団は動きませぬ」
 細川は、斯波義淳が不用意に洩らした冷笑を見逃さなかった。細川も、自分の頬が動くのをこらえた。さっと一同を見渡すと一様に少しずつ表情を動かしていた。それらの面はこう言っていた。都も鎌倉も同じなのだ。公方(将軍)は傀儡、主権を握るのは管領、と。
 頬を緩めていないのは満済だけだった。彼はさらに一同の耳を驚かす情報を明かした。
「義教さまは、すでに御法会のための資金調達の思案をなされておいでです」
「なんだと」
 山名が素直に眼を剥き、問い返した。宿老たちの合議以前に将軍が具体策を講じるなど、義持時代にはなかったことである。
「奈良東大寺、西室の太夫法眼見賢と申す僧が立身いたしましてな」
 満済は長い顎鬚をゆっくりとしごいた。優美な瓜実顔に、彼の唇は魚の腹子のように締まりなく大きく、血色が良かった。白鬚に覆われていなければ、彼は思いのほか若々しい地顔であるかもしれない。
「そやつは近頃大変な羽振りで都、坂本にも土倉の商いをひろげ、繁盛おびただしいかぎりでございます。これが上様にとりいり、御法会の仏事銭として千貫文進納いたすとか」
「上さまはどこでそのような下衆を拾われたのだ?」
 畠山が首をかしげた。満済は白く柔らかい指で数珠をさぐりながら、ゆったりと応じた。
「粟田口の辺に出入りしていた者でございますよ」
 鈍い方よ、と言わぬばかりに満済は微笑した。
 東山粟田口は、鎌倉時代より優れた刀鍛冶が集まり住んで名刀を産出し、音羽山を隔てて近江との流通の拠点でもあった。
 貨幣経済の発展につれて商人の往来が盛んとなり、彼らが巨富を蓄えるようになると、盗賊の強奪や踏み倒しなどから財産を守るために、進んで有力社寺の配下に入るものが多かった。初期の土倉業者のほとんどが「山門気風の土倉」と言われたほどである。山門とは比叡山延暦寺のことである。
 大寺院は荘園などの経済管理をこれらの金融業者に委ね、保護を与えながら、見返りとして多額の納付金を得ていたのである。
 将軍就任以前に東山粟田口青蓮院門跡であり、延暦寺最高位天台座主に上っていた義教は、そうした人事による利点を熟知していた。彼は、素性の知れない大夫法眼見賢なる人物を、幕府の蔵方(倉庫の出納役人)に抜擢することに、何の躊躇もなかった。
 幕臣を驚かせた義教の策は、前例を破る快挙であった。事実、これ以後幕府は都市の金融業者を支配する以外に集金手段を見出せなくなり、数十年後、義教の息子義政の妻日野富子は、みずから高利貸しを営業するに至る。
「聡い方じゃな」
 山名時熙はびしりと首筋を叩いた。下人ふぜいが千貫文寄進したとなれば、諸大名は沽券にかけて出費を惜しむことはできぬ。
「端倪すべからざる…」
 斯波義淳がうかと言いかけて呑みこんだ台詞の後味を、一同は苦く共有した。
 中で、ただひとり晴れやかな笑みを白髯に隠しているのは満済である。彼は、この場に居合わせた大名どもの知らぬ枢密を握っている。義教がなぜこの怪僧に胸襟をひらくのかさだかではない。僧籍にあった自身の過去ゆえだろうか。
 否、おそらくは三宝院満済が、他の守護大名のように固有の領国も、血を分けた子弟もなく、いかに絶大な権力を振るおうとも、それは室町幕府あってのもの、ということを義教が認識していたからであろう。
 足利氏が凋落すれば、確固たる政治的地盤を持たぬ満済も沈む。彼は義満に愛され、子に準じた厚遇を享けたが、諸大名間の勢力バランスの上に身を処さねばならぬ、という危うさにおいて、まことに足利将軍家の近親であった。
 満済は視力の衰えぬ瞳を、長い眉の下から大名どもに注いだ。私利私欲に塗れた男どもめ、と満済は心中で呟いた。強欲という点では満済も同様であったが、彼は自分の栄華が一代かぎりということで潔しとしている。
(かような仕儀はまだ序の口。貴殿らは、これからさらに度肝を抜くのだ。将軍家は尊勝院さまの御法会をきっかけに、明との交易を復活させるおつもりだ)
 義教は満済にだけ、この計画を打ち明けていた。相談ではない。事後承諾であった。義満の猶子という身分柄、宿老大名連の中でも特異な求心力を持つ満済を味方に引き入れておく必要があった。
(義教さまの登場によって、要を欠いた足利幕府は息を吹き返し、寿命は伸びる)
 宿老大名の言いなりになっていれば、遠からず下克上の大波が足利氏を覆すだろう、という程度の先見は、満済ならずとも持っていた。英明であればあるだけ、危機感を強く認識して将軍就任した義教である。
 義教の決断を満済は嘉した。将軍の失墜は彼自身の衰退である。彼は死ぬまで権力の中枢を離れない。子を持たず、後世に託すべき何ものもない彼には、権力への渇望・獲得こそ、生を貫く原動力であった。

 世の中はめぐる因果の小車や……
 頭上の榎の葉鳴りがかさこそと聞こえる。ここ数日抜けるような青空が広がり、樹々は眼に見える速さで乾いてゆく。北風が強くなった、と紅鶴は外板の桁に片手をつき、足元にまるめた少ない洗い物を眺めた。古布を継ぎ合わせた赤子の衣類だった。遊女の衣装の中で柔らかいものを縫い合わせた襤褸は、黒ずんだ古い盥のなかで、朽ちた花弁のように水に揺れている。
「精が出るね」
 へっついの影からぬっと現れた蝉丸は酒気を帯びていた。今日は紅絹ではなく、藍染めの頭巾を被っているために、顔の赤さが目立った。
「ほどほどだよ」
 紅鶴は男を横目に見て盥をかきまわした。洗濯をする女の手つきはいかにもぎこちなく、一枚ずつ丁寧に濯ぐのだが、紅鶴のほっそりした手は水銀焼けした顔より白く、力仕事などろくにしたことがないのは明らかだった。
洗いあがった襤褸を絞っても、手に力がないのかしっかりと水が切れず、干し挙げた洗濯物からぼたぼたと雫が垂れた。
「やれやれ」 
紅鶴は小さな溜息を吐いて、干した洗濯物を、棹にかけたまま両手で一枚ずつ絞りなおした。その手つきは絞るというよりも、筒を掴むような鈍さだった。
 蝉丸は手伝おうとはせず、黙って腰の瓢からちびちびと薄酒を飲んだ。ようやく紅鶴が盥をゆすいでひっくりかえすと、彼女の鼻先へ、自分が飲んでいた瓢を突きつけた。
「いらない」
 紅鶴は唇だけで笑った。素顔の彼女は、目鼻整ってはいるが水銀白粉に蝕まれた皮膚のやつれが目立った。眉を剃っているために表情が消されて、浅黒い仮面のように見えなくもない。手足のほうが顔より白いのである。首の付け根で皮膚ははっきりと色を変えていた。紅鶴の乳房が手よりも白いことを蝉丸は知っている。
 いらない、と言ったが蝉丸は酒を再度突きつけ、紅鶴は今度は口に含んだ。残り少なくなった瓢を傾け、喉を反らせて飲み干すと、二の腕の裏側で瓢の口を拭いた。
 井戸端の榎がかさかさと風に鳴る。うそ寒い秋の風だ。紅鶴は肩をすくめ、眉間をかすかにひそめて、
「もう赤子が眼を覚ます。何もかもあの子が寝ている間にやらなけりゃならないから忙しいよ」
「がきなんざ、乳さえ与えてほっといたらどうだい。しょっちゅう抱いて撫でさすってやることもなかろうに」
「いつ死ぬかわからないじゃないか、あたしらは。もちろんあんたもね。だから生きている間は、せめて可愛がってやりたいんだよ」
 紅鶴は目を細めて笑った。死はそこらじゅうにあふれていた。路を歩けば、築地塀の角ごとに屍がころがる。飢饉に流行り病、飢死行き倒れ。遊女であれば、堅気よりもっと無惨な死に方をするかもしれない。賀茂川の流れには、孕んだものの産んでやれない水子が託される。子をおろすのは遊女だけではないが、子おろし婆がほどこす堕胎のわざは母胎に酷い。そのために命を落とす者は少なくなかった。
「その身なりはどうした」
 蝉丸は紅鶴の返事を無視して訊ねた。
 紅鶴は小袖ではなく、腰を細紐でくくった墨染めの袈裟を着ていた。
「坊さんに貰ったのよ。ざっくりして、小袖より動きやすいからね」
「あの似非坊主か。宝珠に執心だな」
 蝉丸は苦々しげに舌打ちした。紅鶴は、
「変な相手にやきもちを焼くねえ。あの子は売れっ子だし、誰にも分け隔てがない。それにあの坊さん、いい感じだよ。偉ぶらない。あたしたちを菩薩だってさ」
「おべんちゃらもいいところだ。崇め奉るなら金だけ置いていけって」
「出家だって男は男だからそうはいかないんだろ」
「破戒坊主だ」
 蝉丸は唾を吐き捨て、紅鶴の腕をつかんだ。
「よせよ、墨染めなんぞ、せっかくの女がだいなしだぜ」
 男の両手が袈裟の襟をぐい、とひろげると紅鶴は低く唸った。
「何の真似」
「女が、よ」
 男は爬虫類のように眼を細めた。紅鶴は相手の視線を覗いた。こんな眼は、もう何千回も見慣れている。狭めた瞼の間に欲望を隠した眼は黒く見えるのだった。
 が、蝉丸の双眸は乾いていた。へえ、と紅鶴は腹の中で思った。こいつ何者だろう。欲情しながら乾いた目つきで肉体の値踏みをする男は、滅多にいない。情欲に鷲づかみにされた眼は必ず濁る、と紅鶴は思っていた。
(面白いね)
 抱き寄せられながら、紅鶴は北風に揺さぶられる榎の枝を眺めた。
「もっと早くこうしたってよかったんだが」
 蝉丸が呟いた。その台詞も可笑しかった。紅鶴は声をあげて笑った。

 あんた誰なの?
 納戸の板壁を透かして光りが差し込んでくる。黴臭い光線は男と女が体を入れ違えるたび、もつれあうかたちを暗闇から切り取る。
「俺は渡りの傀儡だ」
 蝉丸は手足を拡げて、天井を睨んで応えた。
彼の視線に脅えたように、天井板をがさつかせて鼠鳴きが走っていった。
「うそ」
 うつぶせた紅鶴は顔だけ蝉丸に向け、
「あんたも宝珠も上等すぎる。だけど東洞院の遊び女になるって柄じゃない。得体が知れない」
「あれは孤児、ただの立君だ。好き勝手に生きている」
 あんたはどうなの、と紅鶴は問いたかったがやめた。互いの素性は詮索しない、それがこの稼業のきまりだった。
「お前さんこそ、どこから来た」
 蝉丸は片肘ついて上半身持ち上げ、もういっぽうの手で女の腰を撫でた。脂づいた肉はうすら明かりに白く光って見えるが、男のてのひらに圧されれば、若いとは言えない皮膚と脂はすこし緩んで撓むのだった。紅鶴は商売女の自衛本能で、蝉丸の愛撫が女の衰えを測る手つきに変わる前に、やんわりと腰をひねって逃れた。
「生まれ育ちは隠せない、どうしたって」
 紅鶴は顔を背け、男から離れると身じまいを調え始めた。といっても素肌に墨染めを羽織るだけだが。蝉丸は仰向けに寝そべったままそらとぼけた。
「落ちぶれ公家なんざ都じゅうに掃いて捨てるほどいる」
「公家には見えない。武士でもない。なんだろう。あんたもあの子も」
 腰紐を括りながら紅鶴は上目遣いに薄く笑った。
「生まれがどうであろうと、俺たちはただの馬の骨よ。いや、人間なんて所詮誰もが馬の骨なんじゃないか。人も馬もくたばっちまえば変わらない」
 蝉丸はすっぱだかのまま立ち上がり、その拍子に、入り口近く傾斜して低くなっている納戸の梁に頭をぶつけた。たちまち鼠どもが頭上を騒々しく走り去った。ちくしょうめ、と男は褌を掴んでがらりと勢いよく戸を開けたが、そこを丁度通りかかった小女が、蝉丸の姿を見て黄色い声をあげた。
「おっと、堪忍」
 蝉丸は前を隠そうともせず、にっと笑った。まだ十二、三の小女は首まで真っ赤になり、背中を向けて叫んだ。
「のんきね、一揆が起きてるのに」
「何?」
「福富屋が襲われてるの」
「まっぴるまから物騒な」
 蝉丸はそのまま庭に飛び出し風の音を聴いた。さきほどまでのうら枯れた響きとは異なり、大気にはすぐ近くで大勢のどよめく荒々しい精気がみなぎっていた。蝉丸は手早く褌を締め、嬉しくてたまらないように両手を揉み合せた。
「福富屋といえば、評判の有徳人(富豪の町家)。こいつはいっちょう稼ぎ時」
 口角をちらっと舐め、手近の竹竿をひっつかむと、薪割りの鉈で真ん中から斜めに叩き割り、小脇に挟んだ。
「どうするの、蝉丸さん」
 小女はあっけにとられた。
「おまえに赤いおべべでもくれてやる。俺に初花寄こせよ」 
 言い捨てて、蝉丸は脱兎のごとく。

 押し寄せる怒号とともに砂塵が巻き上がり、二度、三度と土塀を突き崩す地鳴りが沸くと、ぶあつい塗り壁に亀裂が入り、ぐらぐらと崩れ始めた。
「火矢を放て。土民どもに盗られるぐらいなら灰にしてしまえ」 
 あくどい商売で成り上がった高利貸し福富酒屋の主は、顔に満面朱を注ぎ、飢えたどぶ鼠のように蔵をぶち壊しにかかる貧民を眺めて地団駄を踏んだ。
「くそどもめ、金を貸してやった恩義も忘れやがって。ご恩は一生忘れませんと泣きの涙で手を合わせやがったくせに」
「あんた、何ぼっとしてるんだよ」
 母屋から飛び出した内儀はいさましく槍をふりかざし、周囲にごつい用心棒を従えてわめいた。
「愚痴ってる場合じゃないよ。応援が来るまで持ちこたえるんだよ」
 火を放つなんてとんでもない、と内儀は槍を振るって男たちを指図し、土民を撃退するために、あちらこちらへ走らせた。
「応援だと? 腑抜け役人が」
 主は悲鳴まじりに叫んだが、女房の剣幕に圧倒されて、おっとり刀を掴んだ。
「証文を隠せ。質草にかまうな」
 主は声を振り絞って帳場を叱咤する。もうほとんどの蔵は暴かれ、老若男女、餓鬼さながらの土民が米や酒、さまざまな食糧物品をかき集める。柱が傾き板壁が破れ、めりめりべきべきと家居が揺さぶられ、右往左往する人間どもの足の下を鼠が走り、野良犬が吼え
続ける。誰が誰を斬ったのか斬られたのか、血飛沫悲鳴が錯綜して、倒れた者に他の誰かがつまづいて転倒すると、敵か味方かもうさだかではないその背に、めくら滅法とどめの棍棒が打ち下ろされた。
「福富の亡者をたたっ殺せ」
 誰かが叫ぶと、憤懣と鬱屈を一挙に爆発させた者どもは、いっせいに血走った眼をあげ、歯を剥き出した。
「鬼婆ァもやっちまえ。あれは病人の衾だって借金のかたにひっぺがして持って行きやがった。地獄に放り込め」
 おう、とわめき声が揃い、それまで得手勝手に宝を袋にさらいこんでいた土民どもは、とり憑かれたように一斉に一つ方向へ駆け出した。
 敷地の最も奥まった蔵を、福富屋の主人と内儀は残った雇い人とともに死守している。多勢に無勢と知りながら、即席の柵を組み、刃物を構えた必死は、この小さな蔵にこそ周辺の貧民はおろか、近隣大名にまで貸し付けた借金証文がぎっしりしまってあるからだった。これを焼かれてなるまじ、と福富屋は他の蔵の破壊強奪に歯噛みしながら守備を固めた。頼みの綱は幕府の検使役人の到着である。
「殺せ」
 怒声が炎のように貧民どもの間に沸きあがり、蔵を守っている主人たちにひゅうひゅうと石礫が飛んだ。投石は刀剣のない民衆の最もたやすい武器で、女こどもでもその技を磨き、鴨河原で行われた民衆の石合戦では、死者が出ることも珍しくない。
 蔵の土壁にへばりついた福富屋の連中は、投石技術を鍛えた貧民には、格好の標的だった。構えた槍刀の切れ味も試さないうちに、主の手首を握り拳ほどの礫が弾いたのを口切に、雨あられと石が飛ぶ。防御の雇い人どもは悲鳴をあげた。頭を庇えば腹を打たれ、陰部を狙われ、あっというまに蜘蛛の子を散らすように退散してしまった。
 後に残ったのは、顔といわず胸といわず血塗れの福富屋の主夫妻だけだ。とはいえ、主はこめかみを礫に打ち抜かれて既に悶絶していた。その亭主の襟首をひっつかみ、自分も石に割れた額からだらだらと黒い血を流しながら、形相すさまじく踏ん張っているのは、鬼婆内儀ただ一人。
「婆ァ、命が惜しくないのか」
 一揆の土民が罵ると、女房は血鼻を啜って怒鳴り返した。
「命の恩人のあたしらをこんな目にあわせやがって。神仏にかけてと誓った証文は、てめえらが血判押したんじゃないのかい。下衆どもっ。七回生まれ変わっても金貸しはやめないよっ」
 やめないよ、という罵声はびゅっと空を切った礫に断ち切られた。石くれは内儀の大開きの口腔にもろに入り、前歯がいやな音をたてて砕けた。のけぞった内儀に続けざまに礫が集中し、鼻を折り、喉を打ち、頭蓋を割った。婆ァの断末魔の痙攣さえ、乱れ飛ぶ礫弾のうなりにかき消されたのである。
 相手がぐずぐずと地べたに転がり、びくりとも動かなくなると、わっと歓声があがった。土民どもは死体を蹴飛ばして蔵に押し寄せ、長年自分たちの血を吸い上げた借金証文を引きずり出し、引き裂き、踏みにじり、破って捨てた。そればかりか、ぐしゃぐしゃにちぎった紙屑を、惨殺した内儀の口に突っ込んで、笑い飛ばしたものだ。
「閻魔に土産よ」
 地獄の沙汰も金次第。
 ようやく幕府の取り締まり役人が到着した頃、一揆集団は略奪のかぎりを尽くし、とうに四散していた。都中に頻発する一揆打ちこわしに狎れ、疲弊している役人どもだったが、まだ土埃の鎮まらぬ福富酒屋の門口に到着すると、息を呑んで棒立ちになった。
 門は二本の竹槍で十字に封印され、それぞれの先端には、口一杯に借金証文を詰め込まれた金貸し夫婦の生首が、まだ新しい血をどろどろと滴らせながら、濁った白眼で役人どもを眺めおろしていた。

中世夢幻 其四 松虫

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松虫

秋かけて庭の桜樹は色を増した。濃い緋色、鬱金、黄蘖に練色をまぶし、梢の緑はさらりと乾いた秋風を受け、日ごとに 赤く華やぎながら、潤いを消してゆくのだった。衰えの徴とは思えぬ鮮やかな彩りは、春の花盛りよりも目についた。
 ひい、ふっ、と荒く吹き捨て、元能はよどんだ。すさびの心で鳴らした音色は、やはり肌理があらい。
 元能は笛が吹ける。俳優(わざをぎ)よりも囃子方に向いているのかもしれない、と思う。笛だけでなく、小鼓、大鼓、太鼓と、いずれの楽器も人並み以上に巧みだ。しかし、どれといってしんから身を入れられる芸がない。ワキを努めれば張りのある相方と重宝にされ、ときにはシテにもなった。このところ地方巡業の重なる兄に代わって、気軽い舞台ならシテに立つのである。さらには、滅多にないことだが父世阿弥の急病の代役なども。世阿弥は男にしては小柄な体つきで、そのせいか、自分の健康を日ごろから厳しく節制している。舞台だけ観ていれば華やかで面白ずくの役者だが、日常たゆまぬ稽古を重ねつつ、同時に舞台を作るためのさまざまな雑事を滞りなく済ませるのは重労働であった。
 能を身につけようと願うなら、酒、女、賭博を慎め、と世阿弥は子弟を戒めた。
 ひたすら稽古と精進。かように身を修めながらも精神は奔放、闊達に飛翔し、舞台に臨むときは鬼神貴婦人、風流男(みやびお)に武士、亡霊また草木の精霊と、自在に変貌を遂げねばならぬ。それは上古の神呼ばい、巫 のわざに等しい。幽冥隔たる者たちを舞台に現し、恨みつらみ、愛惜、懐旧憤怒を演じおおせる俳優は、常の世人に卑しめられ河原乞食と蔑まれても、舞台に立てばすみやかに鬼神になりかわる聖者に違いなかった。
(禁欲を守っても、自分の望む能を得られぬ者は、どうすればよいか)
 元能は澱んだ。
 颯々と秋風が上空を渡り、傾いた陽差しは樹々の周囲に長い影となった。元能は影の中に居る。皮膚は蒼ざめ、かたく結ばれた唇が険しい。
 鬱をはらそうと元能は気をとりなおし、急調子に笛を調えた。荒ぶる神が登場する際の調べである。己のよどみをはらう猛々しい神を見たい、と元能は息を集める。
  移る夢こそまことなれ……
 それなのに、脳裏にかすめる謡が邪魔をするのだった。強い早笛の調べなのに、心を占める声はしみじみともののあはれを囁き、元能の逸りを抑える。
 謡の沈静と元能の猛りはしばし争い、やがて早笛は蕭然と沈んだ。
「舟の舳板に立ち上がり、腰より横笛抜き出し、音も速やかに吹き鳴らし」
  来し方行く末を鑑みて、終にはいつか徒波の、帰らぬは……
 元能は目を開けた。正面の松ノ木に従兄がもたれかかっている。折りしも夕陽に輝く松の幹に元重は体をあずけて腕組みし、
「帰らぬはいにしへ、留まらぬは心づくし」
 唇の端で短く笑い、
「まだ坊主になっていなかったのか」
 足音をたてずに元能に近寄ってきた。
「お前の音取りでは亡霊は呼べないが俺ごときならば現れる。どうした、ひどい顔色だ。清経よりも俺のほうがいいだろう? 見納めになるかもしれぬというので、顔を見に来たのだ」
 元重は元能に言い返すすきまを与えない。元能はかすかに後じさった。彼の笛は、いつしか亡霊を呼ぶ音取りという調子に変わっていた。それに乗って現れた従兄は、今の元能の心境に亡霊よりも忌まわしく、また慕わしい。世阿弥によく似たその顔を見れば、元能の胸は絞られるように嬉しい。しかし同時に最も会いたくない顔なのである。
 元重は、祖父観阿弥以来観世太夫の職掌とされた醍醐寺清滝宮の猿楽上演を、将軍の命を戴き観世本家から奪った。
 その命令が通達されたときの一座の動揺。兄の、母の……。さすがの世阿弥も激しく顔色を動かした。元能に至っては、元重を殺してやりたいとさえ思ったのだ。
「かほどのことは」
 元雅は世阿弥の面前で呻いた。由緒ある清滝宮での演能は、観世座棟梁の名誉である。これを奪われては、本家の面目はまるつぶれだ。義教の将軍就任以来、元重は日の出の勢いで芸能界に勢力を拡げ、早くも猿楽の主流になりつつあった。かつて、義満の寵愛をほしいままにする藤若に甘い汁を狙う貴族たちがおもねったように、今や義教の愛を独占する元能を、大名高家は観世本家をさしおいて贔屓している。
(何ゆえ我らから離反したのだ)
元雅は従弟を思った。生まれたときから一つ釜の飯を食い、ともに親しみ、稽古に舞台に凌ぎ合って成長した才気煥発な従弟を、今も彼は憎めない。
従弟はさびしい境遇だった。生まれて間もなく母寿羽は誰にも告げずに出家し、父親の四郎は残された子供の養育を世阿弥の妻に委ね、以後はほとんど元重に構わなかったのではないか。物心つくかつかぬうちに、幼児の彼に芸を仕込んだのは世阿弥、また乳を与えたのが世阿弥の妻であれば、彼はまことに兄弟以外の何者でもなかった。元雅と元能はやや年齢差があり、そのひらきの間にちょうどよく挟まれた元重は、元雅にとって実の弟よりも気心の通う血族であった。
 気性の激しく、また利発な元重は、自分の不安な身の上を幼い頃から理解し、世阿弥の厳しさによく耐えた。おっとり気味の長男元雅は、元重の勝気に、競う気持ちをかきたてられて励んだ面もあった。
 元重は観世本家にいる間、世阿弥に逆らったことはなかった。また元雅に対しても不遜や強引を示したこともない。棟梁世阿弥の実子であり一座の継承者として、生まれたときから陽に包まれて育った元雅にくらべれば、元重の生は一抹の翳りを含んだが、観世三兄弟の中で、誰よりも天才世阿弥に似た美貌と才気を継いだのは元重であり、出生にまつわる陰影さえ、元重には怜悧な魅惑を添えた。
 青蓮院門跡義円もまた、将軍の子として生まれながら、世俗の栄光から隔てられた人生を選ばされていた。彼に与えられた地位が宗教界において最高位であろうと、他の兄弟諸子と比較するなら、我が身の不遇を覚えずにはいられなかったであろう。
 義円が観世の子弟のうち、とりわけ元重に目を留め飽かず寵愛するのは、色香の魅力もさりながら、己に相似た内面の屈折がひきあうためかもしれぬ。
「重兄は我等を侵したいのでしょうか」
 元能がこらえかねて膝を進めた。
「さような憶測は無益じゃ。あれの内心がどうであろうとかまわぬ」
 応えない父に代わって元雅が封じた。元重の意想がどのようなものであろうと、決定は将軍からいただくのである。
「愚かな物案じをするな」
 兄弟の問答を世阿弥は短く一言で切った。彼はもう冷静を取り戻していた。くっきりとした長い眉が額に冴えている。老齢となり、髪は白く顔に皺を讃えても、世阿弥の端麗は崩れなかった。この面は舞台に生かす能面のどれよりも整い、静かで、感情の波を消しているが、多言を費やすよりも一同の心を沈静させる力を持っていた。それこそは芸ひとすじに心を極めて生きた彼の人生が、彼に与えた類稀に強靭な面であった。
 父の面を仰いで元能は言葉を封じ、頭を垂れた。……。
 一同の心肝を揺るがせた元重が、今眼の前に立っている。
 ぬけぬけと観世本家の門を潜り、元能を見つめて笑っていた。
「来るな」
 元能は息を吸った。喉が渇き、舌が粘る。清滝宮の一件以来、自分は、この従兄を殺す夢を何度見ただろうか。
「機嫌が悪いのか? 相変わらず子供だな。お前は近頃寺通いに精出しているそうだが」
 元重はくすくすと笑った。懐手をしてこちらの動揺を誘う目つきは邪なものだった。元重は笑いながら元能にすりより、互いの呼吸が感じ取れるくらい間近に顔を突き合わせると、舌なめずりするように囁いた。
「精進の噂のわりには、地獄が臭う」
 かっと元能は従兄に殴りかかったが、元重はひょいと肩先でかわし、空を切る元能の手首をつかんだ。
「夏より逞しくなった」
「何しに来たんです。我等を嘲りに? もう十分でしょう。あなたは当代一の人気役者、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。我等の落ち目を見ればさぞ快いでしょう。あなたは」
 元能はそこで一呼吸置き、呻くように
「卑劣だ」
 ぱしん、と元重は弟の頬を平手で打った。軽く、まるで気絶した相手を正気付かせるほどの手加減した力で打った。
「己の芸を極めるのに、手段は選ばぬ。正も悪もない。だからお前は子供というのだ」
 元重は平手打ちした元能の片頬に、ふたたびてのひらを当てた。親指で元能の下瞼をなぞり、鼻梁から唇…、弟の顔立ちを確かめるように撫で、顎をたどり、最後に親指は喉仏の上で止まった。
「俺の手が、今ここで力のかぎりお前の首を圧すなら、お前は必ず死ぬ」
 がばっと元能はもがいたが、首を締め上げる従兄の殺気を逃れる前に、彼の中心は元重のもう片方の手に握られていた。
「お前が本家を見捨てると聞いて逢いに来た。坊主になるか、破壊坊主になるか」
「あなたには、関係」
 ない、という声は従兄の唇でふさがれていた。首をつかんだ元重の手は少しも緩んでいない。呼吸を吸われて、元能はあがいたが、あがけばあがくほど元重の意のままに抑えこまれてしまう。
「伯父上を捨てるな。元雅は破滅する」
 元重が乗りかかってきた。

  人を松虫、枕にすだけど
  寂しさまさる 秋の夜すがらよ…
 東北の隅の控え部屋はつるべ落としの日とともに暗がり、遊女たちは夕明かりを惜しんで出の化粧を済ませる。夕陽の残る窓際に、女どもはちまちまと背中を集め、肌脱ぎして水溶き白粉を塗り上げる。とろりとした白粉は夜寒の大気を吸ってしんと冷たく、一刷毛塗るたび肌にきゅっと鳥肌が立つのだった。
「風が冷たいねえ」
 乳房まで露わにしたまま、遊女の一人が、ぶるっと震えてこぼした。
「夏がことのほか暑かったから。真冬の底冷えに比べたら今ぐらいの寒さなんてどうってことはないのに、秋は身よりも肌が寒いよ」
 紅鶴が刷毛で顔に紅を薄く下塗りしながら言った。年齢を重ねた女どもは、顔に白粉を塗る前に、紅を刷くのである。若い自然な血色の代りに紅を加える。その上に白粉を塗ると、地の紅いろが白粉にうっすらと昇って、いい顔色になった。
 夏の間に、紅鶴はすこし肥ったようだ。洛中の食糧欠乏は相変わらずだが、この商売ゆえに彼女たちは潤っていた。紅鶴のまるみを増した肩の肉が、宵明かりにぼんやりとつやを湛えている。
「宝珠ちゃん、顔見せ」
 かはたれの、まだ辺りが明るいうちに、地獄が厨子の遊女のなかで、若く美しい女が路に出て客を引く。男は女の器量に誘われて入ってくるが、灯を細くした閨で待つのは、さっきの女とは別人だ。内は外よりだいぶ劣る。
だが男たちの多くは手口を承知の上だ。袖を引いた美人に替えろと文句を言うなら、相応の玉代を払わねばならぬ。馴染みの客は最初に指名してあがりこむ。指名のつかない女は相手きらわず客をとらなければ干上がってしまう。
 だから、囮の上玉たちへの待遇は格別だ。西洞院の遊女屋の中では地獄厨子は最上で、東洞院のように女たちの多くがしかるべき没落貴族の血筋、という箔付きはないが、相当に器量のいい女がそろっている。妙な気取りがない分、男たちには心安く遊べるという長所もあった。
 囮遊女の上玉とされた宝珠は自分だけの小部屋を控え所に与えられていたが、彼女はそこをあまり使わず、猥雑な大部屋で、皆と一緒に起居していた。
 三途川婆に呼ばれても宝珠は髪をくしけずる手を止めず、小さくため息を付いて化粧鏡を覗き込んだ。身じまいはとっくの昔に済んでいる。
「ご機嫌斜めだね」
 女どもは目配せし合って笑った。宝珠は仲間の遊女たちに好かれていた。物惜しみせず、金に淡白な性分で、仲間うちでも言いたいことを言うようでいて、上手に相手の顔色をはかり、気持ちを損ねなかった。遣り手婆の機嫌をとるのもうまい。男あしらいも巧みだった。まだ二十歳になるかならずと見えるのに、これまでどのような流れを生きたものか、と
地獄が厨子の仲間たちは不思議がる。全身の皮膚がきれいで、色を売る商売に擦れた風がない。
 宝珠が地獄に入ってすぐに、東洞院からひきぬきが来たが、気兼ねはいや、とあっさり断った。ここに居ても荒稼ぎはしないが、一番の売れっ妓なのに、選り好みせず婆の指図どおりに客を取り、相手は皆満足して帰った。
 それにしても、器量も芸も人並み以上なのに、何を考えているんだろうねえ、と周囲は宝珠の姿を不思議がった。養わなければならない親兄弟のしがらみもないのに。
「ああ、いつかは死ぬのよね」
 いきなり宝珠がつぶやき、女どもは顔を見合わせて眼をまるくした。何よ、いきなり。
 紅鶴が応える。
「そうだよ。いずれのこと、あたしたちはそこらに行き倒れておしまいなんだ」
 自暴自棄の響きはなかった。紅鶴の声はむしろ陽気で、のんびりとしていた。彼女は自分に言い聞かせるように声を強めて、
「死ぬったって、川が流れて海に帰る。それと同じだよ。この世の苦患とはそれでおさらば。なんでも西海浄土には阿弥陀さまが両手をひろげて慈悲深く迎えてくれるそうじゃないの。生きてる間、この地獄で男の煩悩払いに働いたんだ、死んだらあたしらは極楽往生まちがいなしよ」
「ふうん」
 紅鶴の熱弁にも、宝珠は心ここにあらずといった風で、曖昧に頷くだけだ。
「紅さん、難しいこと言ったって聞かないよ。宝珠ちゃんはただの恋煩い」
 と誰かがずばりと言ってのけ、わっと笑い声が弾けた。
 宝珠は冷やかしにも無関心で、鏡を覗き込んでぼんやりしている。ほんのり笑ってみたり、すこし目を吊り上げて恨んでみたり。ようやく重い腰をあげたのは、痺れをきらした遣り手婆が足音あらく怒鳴り込んでからだった。
「人を松虫のおでましか」
 廊下で紅鶴の赤ん坊をあやしていた蝉丸がからかう。鼓打ちの彼は、地獄厨子の使い走り、雑用として婆や女どもに重宝され、いつしかここにいついていた。宝珠が無視して通り過ぎようとすると、
「まあ、今夜あたりは来るだろう。坊やも女が恋しくなる時期だ」
「なんでわかるの?」
 ついつい宝珠は声をとがらせる。蝉丸は赤ん坊に頭巾をとられまいと首を振り、眼をぐりりと剥いて、ももんがあ、とべろを出す。赤ん坊は小さな手で蝉丸の鼻をつかみ、嬉しそうに笑った。すっかり彼になついている。
「秋乾きっていうじゃないか。空気が乾くとしっぽり濡れた膚が恋しくなる」
 蝉丸はきゃっきゃっと笑う赤ん坊の鼻先に、舌を突き出し、ちらちらと揺すった。宝珠は鼻に皺を寄せ、
「いやらしい」
「なんの」
 と蝉丸は口をとがらせ、つやつやした赤ん坊のほっぺたを吸った。赤ん坊はよく太って光るように血色がいい。男の子だが、誰の種だか、顔立ちも悪くない。宝珠は爪先で蝉丸を蹴り上げるふりをして表へ向かった。その後をとぼけた声が追う。
「逢う夜は人の手枕、来ぬ夜は己が袖枕。いいねえ、へへへ」
 が、蝉丸の勘はあたった。
 待ってたのに…
 宝珠のうらみごとを、男は聞いているのかいないのか、相変わらず不器用な手つきでからだをさぐった。
 夕暮れ過ぎて、それこそ松虫鈴虫がそこらじゅうでかしがましく鳴きさわぎ、男の袖をひく女の声にあはれを添える。一見で来る男はたいてい田舎者、なるべくぼおっとしたのを捕まえな、と婆は女どもに教える。
「気取った都びとより、お上りのほうがゆっくり暮らしているんだ。でなけりゃ都には上がれない。だがそういう手合いは懐は暖かいが、京の遊び方をしらないからもじもじしている。見るからに野暮ったい、脚絆や脛巾の薄汚れた田舎出がやって来たら強引に呼び込むんだよ」
 だが、半月ぶりに地獄が厨子を訪れた元能は、生地の織り目も清潔な半袴に小さ刀というきっちりしたいでたちにも係わらず、おずおずした物腰を侮られて、うっかり隣の遊女屋に捕まりかけたのを、あわてて宝珠がひっぱりこんだというもたつきぶりだった。
「あんた、ほんとにぼんやりね。観世の若さん、役者とも思えない」
「若ではない」
 元能は女に蒸されて顔をしかめた。仰向けに寝た彼の上に、宝珠がべったりと被さっている。板塀の隙間から夜風がひそひそと吹き入り、壁の中で虫が鳴く。
「いつまでも、このまま」
 女が囁いて締めあげてきた。元能は宝珠の眼を閉じ、半ば口をあけて喘ぐ顔を見つめた。
自分が彼女にこのような表情を作らせていると思うと不思議だった。女のこんな顔は見たことがない。能の面にも刻まれていない。自分はどんな顔をして宝珠を揺すっているのだろうか。男と女は併せ鏡と言うから、自分もまた異様な表情をしているのだろう。互いに苦痛としか見えない顔で快楽をむさぼっている。
 それを宝珠に言うと、女は奇妙な笑みを浮かべ元能の胸に顔を圧しつけてきた。
「あなたが好きだから顔を作らないの」
「顔を作る?」
「他の客にはもっときれいな顔を見せる」
 他の…。その瞬間、元能の無垢な琴線はじりっと焼かれる。この女は夜ごと、俺ではない男と寝ている。地獄が厨子の立君だ。
「あたしの顔、怖い?」
「いや」
 と元能はすこし考え、おそろしいが魅かれる。
 真っ正直な答えに宝珠は吹き出し、からだをずらすと男の手をとり、名残に潤っている自分の間にはさんだ。
「ここが極楽、あの世なの。死ななけりゃ往生はできない。だから怖いのよ」
「俺は死んだのか?」
「そう、あたしの中で死んで蘇った」
 だっていい気持ちだったでしょう?
 と元能の耳もとに呼吸を吹きかけた。彼女の呼吸は何かの花の匂いがした。不思議な女だ、と思う。ついさっきまで自分が揺さぶっていた顔は、歪んでおそろしいものだったのに、吐く息吸う息は、梅か橘の香りがする。
  帰り来ぬ昔を今と思ひ寝の…
 我知らずつぶやくと、驚いたことに宝珠は
「夢の枕に香るたちばな」
 とつなげた。
「お前はふしぎな女だな。どこでそのような教養を身につけた?」
 うふふ、と宝珠は喉で笑う。
「寝物語に」
 また正直にかっとなる元能だった。宝珠はからだで男の動揺を包み込んでしまう。そこからは何も喋らない。もう何度めか、からだが重なって互いに揺られあう。
 湯にひたされているようだ、と元能は感じる。いつまでもこの女に抱かれていたい、と素直に思う。だが、彼女が彼ごときの意のままにならないことはわかっている。遊びの余裕が、青年の心にはまだなかった。かといって、自分が真底この素性の知れない立君に打ち込んでいるのかわからない。
 そうして、青年はそんな迷いまで口にしてしまうのだった。
「いいの」
 宝珠はくすくす笑った。あどけない笑顔だった。
「あたしがあんたを好きなのよ。あんたが来てくれればそれでいい。絡んだりしない」
 それからふっと真顔になり、
「あたしじゃないどこかの女に惚れたっていうんなら、ひきとめない。男と女は併せもの、離れものだから」
「よくわからん」
「飽きたら終わり、それでいい」
「あっさりしたものだな」
「そう? もがくのはいやだもの」
「能の面には女のもがく顔がいくつもある」
「あたしはいや。歪む顔は閨だけ」
 目を細めて微笑むのだった。するとさきほどの幼さは消えて、臈たけた年かさの女のような奥行きのある表情になった。
「お前のような女はいない」
「そう?」
 宝珠は元能の肩に顔を寄せた。寝息がやがて元能の耳に聞こえてきた。しっとりとした黒髪の感触が宝珠の背中をさぐる元能の手に快い。宝珠はいくつなのだろう。年上には見えないが、心の積み重ねは元能よりはるかにたっぷりとしているようだった。
 自分はさまざまな女を演じてきたではないか、と元能は考える。嫉妬、未練、愛惜、恋慕……母性。情緒のさまざまに思いを凝らし、工夫し、舞姿を調えたはずだ。だが、現実になまみの女と契ると、相手はまるでとらえどころがなかった。宝珠という女が特殊なのだろうか。女の数をこなせば隠した内面のおどろが見えてくるのだろうか。
 色欲を慎め、と父の訓戒が胸に蘇る。
 心を十分に働かせ、所作は抑えよ、と父は言う。男を慕い、求め、悲哀に狂う女心をいっぱいに張り詰め、しかし表に現す所作は七分に抑えよと。抑えることによって役者の力が増す。
 一を聞いて十を知らなければ一級の芸人としては立てない。元雅、元重の兄ふたりがそれだ。ふたりながら世阿弥の天才を受継ぎ、舞台の上で現実を離れた千変万化を見せる。
(この俺はただ型どおりに舞っている)
「何を考えているの?」
 いつ目覚めたのか、宝珠が元能の脇腹をつねった。含み声で、
「他の女?」
「いや…」
 だが元能は胸をとどろかせた。女ではないが、従兄を思うと熱い塊が喉にふくれあがり、腹に火を抱いているようだ。女への傾斜よりも強い引力で元能を捕えて離さない。憎んでいるのは確かなのに、同時に愛情はいささかも目減りせずに激っている。殺してやりたいと思う、しかし逢いたい、
(逢いたいだと?)
 宝珠が元能の耳をひっぱった。
「今はあたしのことだけ考えてよ」
 元能は火傷を労わるような感覚を女に沈めた。宝珠は男を柔らかく包んでくずれる。崩れても愛らしかった。それは作った姿かもしれない。だがかまわない。この崩れにいっさいを委ね果てようかとたわむれに思う。さきが見えない。不安は権力者の庇護を失った一座の未来よりも、能に打ち込めない己自身にある。たわむれに崩れを願うのは自虐だ。

 承服できませぬ。
 ざざっと大風が屋根を走り、閉ざした板戸を揺さぶる。不吉な知らせを運ぶ使者のように、黒い風は観世本家の稽古場を訪い、正対した父と子の頭上で巻き上がった。
「お言葉と言えど」
 言いかけて元雅は息を呑んだ。屈した膝もとに、舞扇が半ば開いた姿で置いてある。一穂の灯明かりに、扇の金泥が元雅のためらいを映して鈍くきらめいた。詰まってしまった息子に代って、父は口をひらいた。
「隅田川の辺に行き倒れた子の亡霊に、生きた子方を出せば、幽玄の味わいは失せる。観る者の想像に任せ、心中に子の幻を描かせた方が奥の深い能になる。実際に子方を使えば見物衆は能の悲哀、母の嘆きよりも、眼の前の稚児の愛らしさに心を奪われるだろう」
 稚児は使いにくい、と世阿弥は言った。稚児は何としても花がある。余程の上手でも、童子の魅力と並ぶと退けをとってしまう。目をみはる美童という程でなくとも、幼いというだけで、観る目の低い観客は珍しがり、芸の巧みより子方の魅力に気を取られる。それゆえ子方を用いる能は、よくよく注意せねばならぬ。観客に享けるであろうが、芸位が低い称賛だ。
「シテの真実の芸を見せようと願うならば子方は使うな」
 世阿弥は低い声で締めくくった。声音を荒立てはしないが、語調は有無を言わさぬ鋭さがあった。
 短い沈思の後に、元雅は伏せていた顔をあげ、苦痛を訴えるように言葉を返した。
「しかしながら、我等のまことの芸を見る客衆がおりまするか」 
 世阿弥の口許がいっそう厳しく結ばれた。元雅は続けた。
「見所を第一に考えよ、と父上の常の御訓戒でございます。往時ならば、まことに父上の仰せのとおり、子方を出さず、シテひとりの芸の力で夢幻の悲哀を演じるのがよろしゅうございました。高い芸を鑑賞される見物衆がおいででした。シテ、ワキの袖の一振り、扇のひとさしに、言わず語らぬ情感を読み、幽魂の歎きを味わう眼利きの方がいらっしゃいました。しかし今は」
 元雅の首筋をぬるい汗が流れた。偉大な父に逆らう不遜と、一座の直面している現実とのせめぎあいがひしひしと彼に迫る。
「鹿苑院さまおかくれの後、先代の細川さま始め、能の芸位を真実見極める貴人方次々と世を去られ、ただ今は、新将軍家の圧迫が日ごとに増しております。観世本家は都の興行を制せられ、洛外へ、田舎へと追いやられつつある。山村に住まう眼の貧しい、芸位の低い刺激を求める見物衆に、父上のおっしゃる夢幻を描く心の働きがございまするか」
 父の主張する観客主義は、あくまで目の肥えた教養階級尊重、貴人本位にすぎない、と元雅は指摘した。
 一座は選択をつきつけられていた。世阿弥一代で高度な芸術様式にまで大成した夢幻能は、その反面で俗な娯楽性が減衰してしまった。かような芸を賞美できるのは一部の特権階級に限られた、とも言える。権力者の後ろ楯があるならばそのままでよい。洗練に洗練を加え、所作の隅々、謡のひとふしに燻銀の抑制を求める世阿弥の芸風は、うわべの華やぎを離れ、ついには極めて難解、抽象的な「無文の能」を最上とするに至る。それは強いて説明するなら、どこがよいのかさだかにはわからないが、「冷えびえと」情感にしみわたる能である。世阿弥は能の芸位を表現するのに「冷える」という単語をしばしば使った。共感の難しい語感であるが、例えば舞の名手とされた近江猿楽の長犬王の芸を、世阿弥は「冷えに冷えたり」と激賞している。
 さらに、彼ははっきりと「無文の能」の味わいは「田舎眼利き」の鑑賞の及ぶところではない、と断言している。
 世阿弥の舞台芸術は、官能の華麗を超えて冷え寂びた極北に進んだ。晩年に傾倒した禅の影響があるのかも知れない。墨ひといろで描かれる禅画が、その究極、形象をあるかなきかの幽かさにほのめかす微茫滲淡となるように、世阿弥の芸も官能を世俗の垢と切り捨てていくようであった。
 当然ながら、こうした俗を離れた高度な純化志向は、観客との相互作用によって成立する舞台芸にとって諸刃の剣となった。観客本意を標榜しながら、世阿弥の天才はいつしか大衆の嗜好とは別な高みに登りつめてゆく。子である元雅は、父を畏敬しながら同時に苦衷も察するのであった。父の希求する理想と、追い詰められた現実との。さらに、彼は父と自分との信条の違いをも見出した。
「父上のおっしゃる見物衆とは、じっさいの見物衆ではなく、父上御自身なのです。父上は御自身の芸を見所の貴人席で御覧になっておられる。私は違う。私の望む、求める芸は、現実の観客の心を揺さぶり、花を咲かせる舞台なのです。高い席におわす方々はもとより、脇や、地べたに座って、湯茶をすすりながら気楽に見物してくれる町衆、あるいは楽しみの少ない村落で、日ごろの暮らしの単調や憂いを晴らそうと、眼に快い刺激を求める田舎びと。それを眼の劣った客、と私は思いません」
 元雅は心を明かす声をいっきに絞った。
「能の花とは、その場その時、生きた見物衆の喝采あってのものではございますまいか」
 かりに、田舎びとを眼劣りと見るなら、我等はそれに応じた芸を見せるべきではないか、と彼は訴えた。
 祖父観阿弥のように。
 ひゅ、とすきま風が吹きこみ、灯心の細くなった燭台を脅かした。低い吐息は父子いずれのものか。元雅は顔を伏せた。しかし心の眼はいっぱいに開いて父を凝視している。父の心を見つめている。室内に深くわだかまる夜闇は、自分と父親との隔たりのようだ。世阿弥の端麗な面は、天人の顔をしている。この父の視線は地上の混迷を逃れて既に久しい、と元雅は悟った。
  新羅(しんら)、夜半、日頭明なり……
 世阿弥は薄く口を開けた。閑寂な微笑と見えた。彼は立ち上がった。すきま風とは異なる熱を帯びた空気が流れ、火熨斗をあてた袴の香ばしい匂いが父と一緒に動いた。父親は天人ではなく人間だ。
 その証拠に世阿弥は汗ばんでいる。元雅との問答に、汗を流している。
「妙花の風よ」
 言いおいて世阿弥は稽古場を出た。彼の歩みに拭き磨かれた床がきしきしと鳴った。去ってゆく父の姿は、夢幻をつらねる舞台へ続く橋掛りを渡る背中であった。膝を屈め、背筋は伸び、腰の中心は上下ひずむことなくたいらかに動いてゆく。その精確な線が見えた。
行住坐臥、世阿弥は能役者である。
 このひとに何を言うことができるか、と元雅は己が饒舌を悔いた。俺は語りすぎた。
 しかし、今この父に追いすがることはできない。父の主張する芸の最高位、妙花風に自分は至れまい。
(今はそれどころではない)
 元雅は己に言い聞かせた。
 新羅の一句は、夜半に日が照る、という思議を超えた禅の妙境の比喩であった。鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて貴賤の尊信を受けた臨済宗の高僧、夢想国師の語録に散見し、世阿弥は能の至芸を禅の奥義になぞらえたのである。言葉では表しえぬ、常識を覆す心境、と。
(俺は民衆の芸人でよい)
 生きのびねばならぬ、と元雅は脂汗を額に滲ませて、父との決別に耐えた。耐えねば一座は瓦解するであろう。
 父がひきあけた戸口から夜風がどっと流れこみ、世阿弥の声を運んだ。
 己の望むままに。

 翌る永享三年は足利三代将軍義満の三十三回忌にあたる。
 贅を尽くせ、と義教は臣下に命じた。
 かの鹿苑院義満こそは足利幕府の栄光を具現した人物であった。南北朝の動乱を収めて天下に号令し、海を隔てた明との貿易によって巨富を蓄え、武家でありながら天皇の権威を超え、位は太上天皇に至った。
 義満以前にこのような強権を振るった臣下はおらず、またその後もいない。かの王朝藤原道長は娘三人を歴代の天皇の后に奉り、望月の欠けたるところなき栄華を謳歌したが、自身で皇位を襲うなど思いもよらず、天皇の外祖父として権力を掌握するにとどまった。
 その後、武士が台頭すると平家の清盛は娘徳子を高倉天皇に入内させ、やがて徳子が皇子を産むと、道長同様、上皇天皇を抑えて専制政治を行ったが、彼も天皇の外戚という従来の権力構造の枠組みを超えず、皇室の権威を損なうことはなかった。
 しかし、足利将軍義満は、外戚という間接的な手段ではなく、明確に王位簒奪を狙ったのである。室町時代の天皇家は衰弱の極致にあった。
 手を替え品を替え、じわじわと王権を侵す義満の狡猾に、円融帝は必死で抗いつつ、なすすべもなく崩壊する天皇家の行く末に断腸の思いを残して譲位し、後を継いで即位した後小松天皇はあまりにも幼かった。
 永徳三年に義満は、太皇太后、皇太后、皇后に次ぐ位、準三后に叙された。その上に、出家後の応永四年に百万貫を費やして造営した北山第は、上皇の御所である「仙洞」に擬せられ、その中心には紫辰殿があり、公家の詰所である殿上の間があった、という。紫辰殿とは、天皇の内裏の正殿であり、朝賀、公事、大礼を行う宮殿に他ならぬ。それが義満の御所に設けられ、公家はこぞって天皇への出仕をさしおいて、その北山第に参上し、実質上の政治のみならず、朝廷において斎(いわ)われるべき神事儀式なども執行されていた。このように、北山第は、義満の山荘などではなく、実体は宮廷であった。
 すでに義満は、出家の際、嫡子義持に将軍職を譲っていたが、それとは別に、晩年の愛児義嗣の元服を内裏で行う、という武家としては前代未聞を実現し、さらに続いて親王・立太子に準じた儀礼を挙行した。
 異例に異例を重ねる義満の要求に、名ばかりの天皇後小松は唯々諾々として従った。財源を幕府の管理に依存し、官位任命はおろか祭祀権まで奪われた天皇家は、当時飾り物以下の存在であった。公卿武家の誰もが、十四歳の美少年義嗣の天皇即位を確信していた。弱小の後小松帝は退位もしくは廃位に追い込まれるであろう
 が、最愛の子義嗣の元服後三日にして義満は死の床に就いた。
 そしていっさいは享年五十一歳という突然の彼の死で終わった。
 義教は今、父義満の営んだ北山第舎利殿二階の観音堂に居る。
 この舎利殿はかつての北御所の一部で、義満の思想を反映した楼閣であった。鏡湖池を臨む一階は王朝寝殿造の阿弥陀法水院、二階は武家造の観音堂、三階は中国式の究竟頂(くっきょうちょう)である。異風混淆の建築は、義満が実現しようとした足利王家の輝かしい象徴たるべく、黄金を箔して燦然と屹立したのだった。
 それからわずか三十年。
 山おろしの夕風がさらさらと鏡湖池を撫でてわたる。池の周囲の樹木が色づき、風が渡るたびに、夕映えの紅葉が湖面に絢爛と散る。
瑠璃の香合にくゆる沈香が、宵の湿りを含んでかぼそくなると、別室に控えた小姓が、物音をたてずに新しい練香を焚いた。
 義満は父の像と相対している。高い立て襟の法服をまとい、どっしりと衣の袖をひろげた北山院義満は、繧繝縁の畳二帖に座している。繧繝縁は帝王・上皇にのみに許される畳であった。この像は、義満の愛児義嗣が、応永五年(一四○八)青蓮院門跡を還俗し、元服前の身として、童殿上(参内)を果たした後、北山第に時の天皇後小松帝の行幸を仰いだ際の姿を映したものだ。後小松帝の座には、当然のことながら繧繝縁が敷かれたが、対面する義満の座にも同じ五彩の畳が敷かれ、居並んだ家臣の眼を驚かせたのだった。
 このときすでに準上皇に昇りつめた義満は、もはや皇位簒奪の野心を隠さなかった。義満の横に並んだほっそりした少年が、やがて後小松を逐って天皇に即位する、と意志を露わにした繧繝縁であった。
 帝を迎えた遊宴は豪華を極めた。諸事は二十日間に及び、後小松帝は現世で叶うかぎりのすばらしい饗応を享けたが、それは義満の皮肉な示威でもあった。衰退した天皇家にこれだけの遊宴は催せない。帝王とは義満自身に他ならぬ。
(実質を伴ってこそ名である、と院はお考えだった)
 義教は床板にじかに座っている。瞑目して
はいたが、彼にはありありと父が見えた。
 夕闇がひえびえと押し寄せ、隣室の小姓は燭台に火を灯すべきか、そっと将軍を窺う。室内は半ば以上闇に暮れ、高所の義満の座像のみが、夕映えのほのあかりに浮かんでいた。
父の像の下に端座している義教のぴしりと伸びた背筋の厳しさに、小姓は袴の折り目を正した。
「火を」
 将軍の声が来た。はっと少年は立ち、正確な挙措で動いた。像の両脇に火を灯し、さらに義教の傍らに燭を掲げた。光りがぼうっと闇に滲んだが、小姓が仰いだ主の横顔は、影深く冷ややかだった。少年は足元近く蛇を見たような脅えを感じ、呼吸を詰めた。
 父上、と義教は小姓の恐怖を味わいながら内心に呟いた。将軍に向けた小姓の恐怖は、かすかに焦げ臭い。若い魚を焼く匂いに煮ている。
 少年は平伏して将軍の命令を待っている。義教の密かな呟きの気配を敏感に察し、闇の中に鋭利な刃の美しい輝きを眺めるような畏怖と恍惚で主を見つめた。新将軍の就任以来、既に数人の側近が不興をかって処罰された。中のひとりはその場で手打ちであった。
 さがれ。
 義教の言葉は常に簡潔だった。
 小姓が衣擦れを抑えて階を降ってゆく足音を聴き澄まし、義教は閉じていた瞳を開いた。内なる闇を見つめていた眼差しは、蝋燭に浮かぶ義満の姿をくっきりととらえた。
 父の記憶は少ない。義満は多くの子女を儲けたが、偏愛がひどく、疎まれる子と愛される子の差が激しかった。
 長兄義持は嫡出ゆえに将軍に就いたが、この息子を義満は愛さなかった。義持の凡庸が義満には飽き足らず、息子たちの中では、晩年に生まれた義嗣を最も可愛がり、他のこどもたちの政治的な処遇にぬかりはなかったが、こまやかに情愛を注ぐということはなかった。こどもたちはすべて、足利家の繁栄安泰のための駒となった。
 義教もそのひとり。
 彼は還俗した義嗣の身代わりとして青蓮院に入室したのである。
(思いもよらぬ仕儀となりましたぞ)
 義教は暗く笑った。
「お目通りも稀であったわたくしが、よもや幕府を統べる将軍に冊立されるとは、父上はゆめゆめ考えてはおられなかったでしょう」
 彼の記憶している父は、いつも家臣や御伽衆に囲まれ、はるか高みに輝かしくそびえる巌のような姿である。視線を交わすことのかなわぬ距離であった。それだけでなく、義教は、幼時から父の顔を間近に見た覚えさえない。
 もの心ついたときから、彼にとって義満は畏怖し、崇め、服従し、恩恵を願う絶対者であった。嫡出子である義持さえ、義満の顔色を始終おどおどと窺っていた。義満に甘え睦んだのは、ただ義嗣のみであった。
 美しい容姿と適度な才気。義満の寵愛を得るには、これが不可欠であった。義持にはふたつながらそれが欠けた。とはいえ、彼は醜くはなかったし、とりたてて愚昧でもなかった。過不足のない平凡な男であり、ただ義満に好まれるような美質がなかった、というだけのことだ。
 義満に疎遠にされたとはいえ、彼は嫡出子、将軍であった。かりに義嗣が皇位を継承しても、現実に武力財力を握るのは将軍であるから、義嗣天皇は、足利王家の革命的象徴となっても、現実には無力だ。天皇と将軍を兼ねることはできない。しかし、あるいは義満が長寿を保ったなら、彼の強権で将軍と天皇を兼ねる足利王朝が出現したかもしれない。将軍ではあっても、義満在世時には有名無実の義持は、どれほどの焦燥と嫉妬を、溺愛される末弟に注いだことだろう。
 それでは義教はどうだったか。
 偶然は、しばしば運命を必然に変える。
 義嗣と義教は同年で、義教のほうが数ヶ月早く誕生した。母の身分もそれぞれ高貴の出で、差がない。また女人たちが蒙った義満の寵愛の程度も隔たりはなかった。出生当時、二人の位相はほぼ等しかったと言えよう。
 義嗣は幼時から少女に見まがう美少年であったが、義教も眉目整った子であった。才気という点では、義教のほうがはるかに勝って、利発であった。
 しかし、父は弟を選び、義教は格別の処遇も享けずに少年時代を過ごした。
(俺は義嗣の影になった)
 義教は薄い唇をいっそうひきしめた。相似の少年ふたりのうち、一人に光りがあたり、いま一人は顧みられなかった。そして父義満が義教に目を向けたのは、愛子義嗣を還俗させるために空席となった青蓮院門跡を埋めるためであった。青蓮院門跡は、宗教界きっての誉れある地位だが、あからさまに弟のあとがまに据えられた態の義教の心中はいかがなものだったろうか。
将軍就任後に彼がし遂げた大胆な改革とその成果からしても、おそらく、義満の数多の息子の中で、義教は最も優れた資質を持っていたのだ。幕政を牛耳る宿老大名の圧迫を跳ね除けるだけでも至難のわざである。事実、彼以外の義満の後継者たちは爛熟衰退する足利幕府の建て直しに全く無策の、お飾り将軍であった。
 運命は急変し、義満の急死によって後継者義持は朝廷と幕府の実権を一手に握り、抑圧されていたそれまでの反動で、ことさら父親とは正反対の政治路線をとった。対明貿易を断ち、義嗣の立太子も消えた。皇室を圧倒しようとした父の野望を不忠と決め付け、北山第への公家の出仕を停止させた。おかげで瀕死の天皇家はかろうじて復活したのである。
 さらに、義持の憎悪は義満の生前、その寵愛を独占した義嗣に向けられた。義満没後、公家として権大納言の高位に上った義嗣だが、応永十三年、上杉禅秀の乱に連座して処刑された。勿論、ことの真相は義持が弟を追い詰めたのである。
(愚かな兄よ)
 義教はゆっくり瞬きした。床板に接した両膝がそくそくと冷え、庭園にすだく虫の声が黄昏の静寂を夜へと深めてゆく。
 上杉禅秀の騒乱と前後し、義満が築いた壮麗な北山山荘は、義持の命によりまたたくまに解体され、諸方へ移築、あるいは捨て去られ、最盛期の雄大を偲ぶものは、この黄金の舎利殿のみとなってしまった。義教は、兄が物狂いのように北山第を打ち壊す情景を、はるか東山から眺めた。兄にとっては、この北山第こそが、自分を圧した憎むべき父の象徴であった。父の偉業の記憶を消滅させる。それ以外に壮麗な北山第を解体する理由などなかった。
 財政削減を唱えながら、義持の正室日野栄子の浪費はとどまるところを知らず、義持はそれを阻止することもできなかった。政策においても、彼は過去の怨恨から脱却できぬまま、現状無視してひたすら父のさかしまを歩み続け、その結果、宿老大名たちの傀儡になりさがってしまった。実権を失い酒色に溺れた義持の晩年こそは、皇室を転覆させるほどの独裁を振るった義満の栄光の、無惨な陰画であった。
 義教は双眸を高くあげた。燭の火に映る父の顔は、傲岸な微笑を湛えていた。まなじりのやや垂れた下ぶくれの顔は、義持によく似ていたが、兄は柔和な公家顔としか見えぬものを、義満の法体像は制作者の巧みによって、見事に本人の不遜な威厳を彫りあげていた。
 今、土台の揺らぎ始めた室町幕府六代将軍義教は、兄の記憶、父の座像の前に、武士の姿で正対していた。折り烏帽子に懸け紐をきりりと顎に結び、簡素な無紋の素襖を着て、円座を敷かず、座禅よろしくじかに床板に座る。彼の瞳は涼しくきれあがり、容貌をつくるすべての輪郭が、毅然とした決意に支えられて鋭い。
 義教は父の顔から視線を外さずに太刀をつかんだ。
 颯。
 白刃が閃き、灯は消えた。

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