さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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星月夜  vol 5 妃翠房

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   妃翠房(ひすいぼう)

 翡翠なす冬の祈りに聖壇になほひと恋へば血など怖れぬ。母の生前最終歌集『紗女集』に収められなかった歌を集めて、それとは別に拾遺集を編む計画が出版社との間で進んでいた。母の部屋を少しずつ整理しながら、直筆で何冊も丁寧に綴じられたノートの頁をはらりとめくって、偶然この歌を眼にしたわたしは反射的に、東京スタコラーズのパーカッション冬狼を連想した。
血のいろをした瞳。純白の髪。今年九歳という冬狼は本名で「とうる」と読むのだそうだ。彼はアルビノだった。ライトの加減で滴るルビー色に輝いた瞳は、そのあと光線が変わってカクテルになると、血色をひそめてびいだまのような淡色に溶けた。あるいは風の途絶えた雪催い、しいんと物音を消した冬空のような灰いろに見えた。
クリスマスイヴの今朝、わたしは早くから鹿香の店に来て、年明け早々の母の追悼歌会の準備と、拾遺集に載せたい歌の整理などを始めようとしていた。母は香枕のマンションよりも、店の古民家を気に入っていて、二階の祖母の居間の隣に自分が寝泊りする小さな部屋を設けていた。歌を書きとめたノートなどは、ここにまとめて積んであった。
窓ガラスを透かして白い空が拡がっている。気象情報のとおり、イヴの今日は、午後からきっと雪がちらつくだろう。穏やかな湘南に積雪はまれだが、それでも雪の降る前には大気の凝った底冷えが、暖房した室内にいても膝元に忍び寄ってくる。
 冬狼の眼のような空のいろ、とわたしは歌ごころならぬ絵心それに小雪を待つ心といっしょに、東京スタコラーズのライブを思い返した。
 白っぽい寛衣をまとった天使の似姿の冬狼以外のメンバーは、緋郎を含めて受付の女性と同じような白いシャツに黒いスラックスを穿いていた。パーカッションのソロのあと、ステージ全体が明るくなると、口紅と同じ眼にしみるスカーレットレーキのロングドレスを着たアフリカがピアノの手前中央に立ち、周囲に無彩色の衣装を着た少年乃至青年それからベースが並んでいた。
「アンジーって、あのひとですね」
 乃菜がまた眼をまるくした。ウッドベースを携えたアンジーはバンドの中でただひとり、舞台上で煙突のような黒いシルクハットを被ったままで、衣装とはどうにも不釣合いにつやつやした絹の帽子の端から、白とオレンジ色の混じる髪がはみ出ていた。
「七十歳くらいじゃない」
 美於さんの推量。にこにこと血色のよいアンジーは背筋をちゃんと伸ばし、奏でるというよりも、長い楽器につかまりながら、ただ指で弦を揺すっているという印象の、つまりいかにも素人っぽいぎこちなさを隠せない男性だった。アンジーがへたくそなのは耳で聞くよりも、舞台に登場した瞬間の緊張ぶりで一目瞭然だった。
「あれ、パン屋の親父なのよ」
 ジンさんが、またも訳知りに解説をくれた。
「パン職人としては一流なのね。うまいよ」
「彼も…友達?」
 お父さん、とは呼べずに、半ばですこし詰まってしまうわたしの問いに、ジンさんは笑って
「ジンさんでいい。無理するな。あれ詩人仲間。かれこれ半世紀近くのつきあい」
 アンジー以外の演奏は、それぞれすばらしかった、と思う。緋郎がいつから軽音楽にはまったのかわからないが、ジャズ独特のスウィング感をよくこなしていた。パーカッションはたぶん緋郎が昔そうだったように神童に違いない。アルトサックスとテナーを時々持ち変えて演奏する鬱金平八郎くんは、おじさんぽい名前からの予想を裏切って、やはり二十歳前の青少年で、この子は今夜だけの特別
演出なのかどうかわからないが、髪と眉毛をパンクロックまがいに真っ赤に染めて、頭上高くたてがみにしていた。この子もうまい。マイルス・デイヴィスのレパートリーをカバーした演奏のときは、フルートと主旋律をうまくかけあいながら繋いでゆく。インストロメンタルのとき、アフリカは歌わないで、ステージから大きくはみだす感じで、たくましい漆黒の胸や腰を揺すって躍っていた。胸の大きく開いたアルマーニふうのシンプルなドレスだ。すごいなあ、とわたしは彼女の肉体に見惚れる。長い手足、内側から精気があふれて弾けそうな漆黒の胸。サイズはどのくらいだろう。アフリカの胸にわたしが両腕をまわして抱きしめても背中で握手は難しそうに見える。
 リーダーのフルートが一番舞台馴れしていた。終始楽しそうに笑っているこどもの冬狼を除く他のメンバーがほとんど客席に視線を向けないのに、豹河だけはのびのびと、金いろのフルートを吹きながらステージの上を気ままに移動し、彼のファンらしい誰彼に演奏のはざまで器用にアイコンタクトし、愛想をふりまいていた。名前のとおりに彼の金髪には豹紋が染め抜かれ、後ろでひとつに束ねた髪は長く腰まで伸びていた。それが獣のしっぽのように見えたりした。
「みんないけてるわあ」
 美於さんは関西訛りの声でうれしそうに言った。するとカウンターに座っていたガーネットさんが、シャンパングラスを持ち上げ、人形のような頬にほのかな笑窪を浮かべてこちらを見た。
 東京スタコラーズの中で緋郎の髪だけが地毛のままだった。冬狼くんも地毛だが、演奏中はアルビノとはわからず、染めたのではないか、とわたしたちは思っていたのだった。
「ジャズって全員ソリストなのね」
 わたしがつぶやくと乃菜は、
「全員主役って感じですよね、このグループ特に」
「うん、みんな俺が俺がって自己主張してる」
「若いんだよ」
 とジンさんがくくった。
「自己主張いっぱいで、相手に喋らせる余裕なんかないだろ。唯我独尊。年喰ってくると、適当にすきまを作って話にゆとりを出そうとする。ジャズって音楽なんだけど、まあ、プレイヤーの喋りみたいなもんじゃない? スゥィングって話術だね」
「また、どこのうけうりなのよ」
 とガーネットさんがまぜかえした。ジンさんは澄まして、
「アンジーから」
 アンジーは餡爺だと後で聞いた。餡パンをこしらえる爺さん、と自分で芸名をつけた。アンジーは熱海で奥さんといっしょにパティセリーを開いている。奥さんがケーキを作り、彼はパンを焼く。ベースを始めたのは十年くらい前からということだった。
 …。
 今夜、ジンさんが鹿香にやってくる。この店を「妃翠房」と付けたのはジンさんと知ってわたしはしみじみ、人はみかけによらない面があると思った。ゲンズブール崩れ、アナーキーまるだしの不良中高年、いや三十年前は青年だったジンさんのどこに「妃翠」などという高雅なボキャブラリーがあったのだろう。でも嘘かもしれない。
銀座で遊びのようなギャラリー経営をしているジンさんの財布のなかみはわからないが、彼の暮らしぶり、雰囲気から富裕とは言えないまでも、金に困っているという印象はなかった。ジンさんの実家はどういう筋なんだろう、とわたしは母の日記のような昔の歌ノートを眺めながら考えた。ジンさんの両親、ということは水品ではないわたしの祖父母だ。
気まぐれで我意を曲げない水品紗夜がよい嫁であったとは思えない。まだ二十代後半に上梓した彼女の第一歌集を探ってみても、家族や夫、生活の気配は皆無だった。ただ恋歌。読者がたじろぐほどの華麗な恋歌。いったい誰への? 青年時代のジンさんの写真を見たいと思った。できれば母とジンさんが並んで映っているものを。
 雪の夜は世界閉ざしてうつくしく互ひの声を呑みて溺れむ、とあまやかな母の草稿に目をすべらせ、それからまた小窓越しに空を眺める。
降誕祭前夜、しっとりと薄墨いろに厚い冷気の上天から、ひらりと舞いくる雪の気配を、わたしは母の歌を通してさらに強く待ち望んでいた。共寝を誘う母の歌。わたしの父親、ジンさんを呼んだとは、なぜか、どうしても思われなかった。あるいはジンさんであって欲しくないのかもしれない。アナーキーで投げやりな実父の印象に幻滅したわけではないが、どこかひやりとした爬虫類のような美しさを死ぬまで保っていた水品紗縒と、肉体の芯までぬくぬくと、つかみどころのない熱に酔っている愛部仁氏とが、互いの呼吸を分け合うほど烈しい溺れ方をしたとは、二人の娘であっても思えなかった。そんな濃い夜を味わった後に分かれた夫婦なら、たぶん二度となまぬるい時間を共有するなどということはできないのではないだろうか?
 それともできるのだろうか? 男と女とはそんなに適当でいい加減で、刹那の快楽でつながってゆかれるものだろうか? 第一歌集を出したころの母と同い年になっていたが、わたしには当分そんな情熱の瞬間は来ない。
 とはいえ、こんなことを考え迷う二十七歳半のわたしは、もしかしたら当時の母よりも純粋なのかな、と都合よく自己肯定に傾いた時刻に、階下に乃菜が出勤してきた映像がセコムの画面に映った。十時半。妃翠房の正規の開店は正午だが、何人かの雇い人たちには、遅くとも一時間前に来てもらうことにしていた。三人の店番の女性たちは、それぞれ善良でまじめだが、まだ学生で自由のきく乃菜が一番楽しそうに勤めてくれる。他の二人は三十代、みな子持ちの主婦だった。
「おはようございます」
 階段から乃菜といっしょに香ばしいコーヒーの香りが登ってきた。とん、とん、と軽い足音、廊下を隔てる襖障子にノックはなしに、失礼します、と向こう側でことわってから彼女が入ってきた。
「今日、ジンさんが来るの」
「え、あの…」
 乃菜は言葉を捜してちょっとはにかんだ。
不自然にならない程度の言葉の隙間のあと、
「よかったですね、透姫子さん、お父さんが現れて」
「そうね」
 乃菜の顔に他意はなさそうだった。ジンさんは彼女にどんな印象を残したのだろう。
「やさしそうな、感じのいいひとでした」
「やさしいかしら。やさしいひとがお母さんといっしょになるかなあ」
 こんなわたしの感想のほうが乾いている。そうだ、優しい男性だったら水品紗縒と永くは生活できないだろう。いやその逆かも。わたしにはジンさんが優しい男にはちっとも見えなかった。母と同じくらい我儘で、彼自身の好きなことしか心と体を動かしたがらない人生を歩んでいるひとに思える。もしかしたら母よりさらに強烈な自意識を蓄えているひとかもしれない。ジンさんに包容力があれば、結婚生活は、たった二年間よりもうすこし長持ちしたのではないだろうか。
「ひとがやさしく見えるのは、乃菜ちゃんがそうだからよ」
「そうですか?」
 乃菜はころころと笑った。化粧っけのないピンクいろの頬がつやつや光る。そういえば、乃菜がこの店で働き始めたころに芙蓉さんが亡くなり、それから毎年従妹たちがこの世を去っていった。でもそれは乃菜の登場とは無関係だ。
「なんだか透姫子さんの話し方や声、紗縒さんに似てきたみたい。あたし心配しちゃう」
「ほんと? 心配? なんで?」
 母親似は生まれたときからだ。乃菜は小首をかしげて
「うまく言えないんですけど、店長が店にいらっしゃると、もうそれだけで周りの空間が別世界になったって気がしてたんですよね。紗縒ブランドだから良かったんですけど。でも透姫子さんくらいの年齢でそんな雰囲気身に付けちゃうと、あたしコワイかも」
「それ、人生を見通した女性の言う台詞みたいよ」
「そうかなあ。みんなも言ってますよ。百合原さん、綴さん……」
「ふたりならわかる。ふたりともアート系主婦だから、自分と似た波長をつかまえるんじゃないかな」
 百合原香寸(ゆりはらかず)、綴荻(つづりをぎ)、お店でアルバイトをしている女性たちだが、芸術仲間と表現するのは大袈裟な、母の友人だった。母はこの二人を「遊び友達」と言っていた。芸術、という単語は彼女には重く、疎遠な語感だったようだ。
百合原さんは染色作家で、綴さんはジュエリーデザイナーだった。ふたりとも主婦業の傍ら制作し、妃翠房で自作を売っている。妃翠房で乃菜がよく着ている加賀友禅に片身変わりの甕覗きは、香寸さんの作品だった。
「プレゼント商品、まあまあ出てますね」
 乃菜が言った。観光地の古都鹿香の妃翠房では、ジュエリーにしても染色にしても、作家作品と呼べる高価な品は滅多に売れないが、一般観光客向けのほどほどの小物はよく動いた。祖母の時代でも呉服反物は相応の顧客筋があり、一見のお客はまずなかった。クリスマスプレゼント向けの、ささやかで可愛らしい袋物、半襟、ガラスの簪、アクセサリー。お小遣いの範囲をすこし逸脱するくらいの値段で、質のよい作品を出すという母の舵取りは、ほぼうまく行っていた。ある程度精神的にも物質的にも余裕のあるひとでないと、サヨリブランドの品々には食指が動かない。衣装や持ち物は、そのひとの人生に呼応する。…。それは母のつぶやきだった。
「これ、クリスマスプレゼント」
 わたしは母の文机の引き出しから乃菜に渡した。この文机は、祖母の使っていた百年家具だ。
「あたしじゃなくてね、お母さんが選んでいたのよ。ほんとに気まぐれなんだか律義なんだかわからないけれど、今年のみんなへのプレゼントまで、彼女用意してくれてたの」
 ええ、と乃菜は驚きとうれしさがいっしょになった表情を明るく顔にひろげた。
「開けていいですか?」
 もちろん、とわたしは言い、乃菜は赤い包装紙を丁寧に剥がした。包み紙は、鹿香八幡宮前の商店街の手漉き和紙店のものだ。厚めのハードカバーほどの大きさの中身は、色とりどりの縮緬押絵を表に細工した桐の手文庫だった。押絵の意匠は貝合せの蒔絵を模した手の込んだ工芸で、一見してアンティークな布の染め模様から察すると、関東ではなく、たぶん京都の品だろう。
桐柾目のすがすがしい文箱の蓋を乃菜が開くと、まあたらしい桐の匂いと伽羅の香りが、冷えた空気につんとたちのぼった。箱の中に母の直筆一葉でも、とわたしは半分予想したが、なにも入っていなかった。乃菜にそこまで心をかけては鬱陶しいと思ったのだろう。けれども、香寸さん荻さんには残しているかもしれない。そちらへの贈り物は、まだ引き出しの奥にある。明日あさって、彼女たちには渡す。

妃翠房の一階店舗は、玄関をあがってすぐの八畳と六畳をひとまとめにしたフロアリングにいろいろを並べていた。ひとつの壁際に百合原さんの染色タペストリーがずらりと掛けられている。茜、藍、黄蘗(きはだ)…自然の染料からこっくりと染め上がってくる彩りは、心に滲みる鮮やかさと、たとえ強い色彩であっても一味渋い深さで、視覚を労わってくれた。日常の暇ひまに香寸さんは、主に丹沢や信州の山間部まで足を延ばし、従来の染料の色味を微妙に変えるさまざまな植物を採集していた。紅を出そうと思っていたのに、染め上がった布が実にさわやかな青磁と露草いろのグラデーションになってしまったり、思いがけない試行錯誤を繰り返しながら、自分の色を探ってゆく香寸さんの姿は、やはり母に似ていた。
「いい色だね」
 ジンさんは店にやってくるなり香寸さんの壁飾りに近寄り、天井から吊ってある何枚かを触ってつぶやいた。こちらへのことわりもなしに、麻や絹のそれぞれを、両手に挟んで感触を確かめている。
「作家の心が色に入ると、こうして触ったときに温度を感じるんだよね」
 緑茶を運んできた乃菜が、
「店長もおっしゃっていましたよ」
 フロアの真ん中に二畳敷きの敷物をしいて、祖母か母が韓国で買ってきた、紫檀に螺鈿細工の応接セットを置いていた。卓の縁や長い脚のいたるところに絡む青貝の幾何学模様は、日本の鱗文に似ている。わたしは乃菜に言われてしまった内心の驚きを、口に含んだ緑茶の香気でごまかした。
「雪が降ってきました」
 水場に戻った乃菜の声がきた。初雪ですね。
「店長って、紗夜だろう」
 ジンさんは壁際からわたしをふりかえった。
わたしはうなずき、もういちど、
「お母さん、百合原さんの作品は、手にしたとき、それぞれの染め模様や色の具合で、感じる温度があるって」
「工業製品と手染めは色の奥行きが違うんだ。
手染めならぜんぶ奥深いかっていうとそんなことはないがね」
「ジンさん、絵描きで詩人?」 
 口にしてからわたしはちょっとぎょっとした。それって、わたしのことでもある。ジンさんはすかさず、
「絵はもう描かない。俺、才能ないからね。描けばうまいけど、才能とは別だ」
 わたしの前に腰掛けたジンさんは音をたてずに玉露をすすり、黒文字で丁寧に上生をふたつに割った。寒椿、というほの赤い玉菓子の中には黄身餡と抹茶いろがほんのりとしたのの字に練りこまれていた。
「この前ここに来てからずいぶん時間がたったな」
 ジンさんはからだをよじり、背もたれに肘をついて、足を組んだ。膝の上に乗せてぶらぶらさせているジンさんの片足からボアスリッパがはたりとペルシャ絨毯に落ちた。え、彼のソックスの模様はミッキーマウスだ。紺地に赤と黄色。星条旗のはためく足首から甲にかけて、ミッキーマウスが腰に手をあて決めポーズ。このど派手な靴下と、キアロスクロで会ったときよりもっと伸びている顔の無精ひげ以外、ざっくりしたフィッシャーマンセーターにダウンジャケットを着てきたジンさんの身なりは質がよく無難だった。手染め色彩の奥行きを語るジンさんのソックスは、十歳の男の子でも穿かないような原色ミッキーマウスか。笑いがこみあげる。意図したギャグなんだろうけれど、この落差が彼の色気だろうか。
 娘の観察を知ってかしらずか、上半身を斜にひねったジンさんの視線はタペストリーとは逆側の縁側に向いた。座敷から続く板の間の縁側はリフォーム前の木材をそのまま残し、庭から陽射しのたっぷりと来るこちらには、母の丹精した薔薇の植木鉢が大小たくさん並び、その合間には場所塞ぎでない程度に現代作家のさまざまなオブジェ群が無造作に置いてある。縁側の天井の木組みは外して、ガラスが張ってあるので、ちょっとしたサンルームになっていた。百合原さんや綴さんは香草が好きで、染料にする植物や、ハーブなどもここで栽培していた。
冬の今も薔薇の木や香草の何種類かは青やかに枝葉を伸ばしている。マダム・サチという淡色の薔薇を母は好んで長年育て、その木はこぶりながら蕊の厚い花をいくつもつけていた。新年にはひらくだろう。
餅花のような薔薇の莟とハーブの群落の向こう側に、しだいに烈しくなる降雪が見えた。寒くなると蒸気でガラス窓は雲ってしまうのだが、温室のグラスウォールは内部に抱える植物の呼吸のためか、外気が相当冷え込んでいても曇りが少ない。
「まだおばあちゃんが生きていたころ?」
「うん。結婚するって挨拶に来て、頭のてっぺんからつまさきまで、君のおばあさんに点検された。まいった」
 幼児がべそをかくように顔をしかめるジンさんの表情がおかしくてわたしは声をあげて笑った。
「想像できる。きびしいひとだったでしょ」
「ああ、じつによくできた女傑だね」
「それはオーバーじゃない」
「いや。紗夜が妃翠房たちあげることができたのも、桔梗さんの地ならしのおかげだからね」
 ジンさんの口から祖母の名前が出たとき、わたしは見知らぬ女性の噂を聞いたような違和感を感じた。水品桔梗さん。夫が早くに亡くなったあと、財産をきちんと整理して商売を始め、浮沈さまざまを経て、最後はちゃんと元手を肥らせ娘ふたりに遺した。制約の多い昔に、女手ひとつでそれが出来たのだから、桔梗さんを「女傑」というジンさんの形容は正しい。たぶんジンさんは先祖の残した家財を消費してゆくタイプだろう。母も。母に妃翠房が残されたのは幸いだった。
「ジンさん、どうしてここを妃翠房ってつけたの?」
「紗夜が翡翠を好きだったからよ」
 ジンさんはぼりぼりと頭をかいて、足元にまるめたダウンの内ポケットから、小さい紙包みを出した。トレーシングペーパーのような白い薄紙だ。あれ、樅の木のシールが貼ってある。
「君にプレゼント」
 無造作に包まれた薄紙をひらくと、中身はさらにふわりと真綿で厚く覆われている。真綿をひろげるとひと眼で江戸期のものとわかる金銀簪だった。毛彫りの見事な橘で、実は翡翠珠だった。しかも翡翠の中でも透度の高くあざやかな琅玗(ろうかん)と呼ばれる種類で、簪として現存する良品は数少ないと思う。てのひらに載せると、軽い現代の髪飾りを扱いなれた手に、骨董品の金銀簪は見かけよりずっと重い。
「これは?」
 しかるべき筋で取引するなら上質の琅玗は同じ大きさのエメラルドと同じくらい高価なはずだ。
「紗夜からね」
 ジンさんはちょっと言葉を捜し、
「預かってたの。別れたときにさ」
「じゃ桔梗さんの?」
「いや、紗夜のだと思う」
 わたしは掌の上で、翡翠玉の工芸品を揺すった。ひやりとした金工の緻密な感触が好ましい。簪の質量はそれを挿す髪の重さに比例する。現代日本女性の軽い髪では、こっそり付け髪でも加えないかぎり、江戸や明治の華美な金銀簪を支えられない。死ぬまで地髪を豊かに保った母なら似合ったろう。芙蓉さんも母も、黒い髪をとても大切にしていた。母は五十代に入ってから、黒髪は自分の年齢肌には不釣合いになってきたと言って、すこし明るい褐色に染めていたが、パーマはついにかけなかった。
 わたしは残念ながらジンさんに似て、柔らかい赤毛だった。まっすぐなほそい毛は素直だが、束ね髪をくるりと手に巻いても、芙蓉さんや母のようなしっとりした日本女性らしい量感には届かない。
「透姫子なら似合うよ」
「ありがとう」
 お世辞でもうれしい。金銀簪といってもこの細工は地味でこぶりだから、注文した女性は日常のおしゃれに飾ったものだろう。珊瑚珠は姫様嬢様、翡翠平打ちは奥方御内儀様に。祖母と母の声がかぶる。平打ちは主に銀製の、丸く薄い透かし彫り簪のこと。若い女は紅、年を重ねたら緑。いにしへの色分けは、歌舞伎や能の装束と同じだ。
じっさいはそれほどきびしく区別されたものでもなかったろうけれど。わたしは二十七だから、昔ならもう大年増か。新年には二十八になる。やってきた翡翠珠を飾ってもちっとも不釣合いではない。お正月には母の紬でも着ようか。…。翡翠珠を眺めているうちに、また冬狼を思い出した。深い翡翠に対比される鮮やかなスタールビーの眼の男の子。
「気に入った?」
 ジンさんはにやにや笑った。思わせぶりに
呆れた。彼は九歳よ。
ライブが終わったあと、神がかり的なドラムテクニックの持ち主は、わたしたちのところへやってきて、ヴィクトリア朝の天使そっくりな顔で無邪気に苺ショートケーキを頬張っていた。間近に見ると、冬狼の眼は赤くはなく、澄んだ灰色なのだった。色素の少ない赤ん坊に狼、と名づけたのは親御さんだろうか。こどもの眼はたしかにそのとおりだった。
「どういう家の子なんだろうって。やっぱり絵心を誘われる。絵になる子」
「モデルに?」
「モデルっていう物理的な対象でなくても、内面のファンタジーをかきたてられる」
「ああ、あの子は一種の」
 そこでジンさんは言葉を切った。わたしは彼が急いで伏せた単語を察し、原色ミッキーマウスと日本の伝統色彩を躊躇なく共存させ、高価な翡翠細工をトレーシングペーパーにがさりと包んでくる実父のキャラクターノートに好意的な記録を加えた。
「名家の子なんだと。名家って言っても政治家とか旧財閥とかじゃなくて、その、まあいいか。伝統芸能の家」
「歌舞伎?」
「いや、能の囃子方」
「ジンさん意外な人脈持ってるのね」
 まあね、とジンさんはつぶやき、お茶もういっぱいお願いします、と言った。
「お能好きよ。お母さんと時々観にいった。短歌の長老世代って、お能好きなひと多いみたい。若手はどうかわからないけれど」
「鳳凰流に知り合いがいるんだ」
「それじゃ、そこの?」
「だろうね。連れてきたのは宗家の息子なんだが、賢いからあんまり内情を言わない。たまたま俺のギャラリーでちっちゃいライブやってて、観客席にいたトウルは、途中から舞台に入って打楽器叩いた。みんな眼をまるくしたよ」
「どんなライブだったの?」
「シンガーのアフリカいたろ。あの子のソロで、アフリカとか中近東とかの歌。伴奏は世界各地のパーカッション、というかプリミティブな民族楽器。そいつはユダヤ系フランス人で、数ヶ月おきにビザを変えて世界中を渡り歩いている、スナフキン族だよ。トウルはやつよりうまかった。あの子が夢中になって振り回し始めると、アフリカの歌も消し飛んじゃうのね。聞いたこともないはずの歌にうまくあわせるんだが、変拍子や裏拍とるの。それだけじゃなく、打楽器の音質を選んでカデンツァみたいなの飾ったり」
「ちょっとわからない」
「だよね。言ってる俺もよくわかんない」
「何よそれ」
「いや、とにかくそこに豹河がいて、あいつはドラムもやるから、たちどころにトウルをつかまえたよ。天才だって」
「フルートの子ね」
「ああ。東京スタコラーズって、期間限定でやるから」
「どうして? とってもパワフルでよかった。続ければブレイクしそう」
「だよね。俺もそう思うけど、メンバーのそれぞれが、もう数年後の自分の未来を決めてるんだよ。君の従弟だってそうだろ」
 緋郎はどうかな、とわたしは考えた。ジャズピアノはなかなかうまかった。お坊さんよりプレイヤーのほうが似合いそう。まあ、僧侶になっても音楽活動はできる。開眼寺は古刹だし、筧さんもいろいろなイベントの招聘に熱心だし。
「トウルはたいこだけじゃなく、頭もいいんだと。もう中学生くらいの勉強はできちゃってて、そのうちどこかに留学させるらしい」
「小学校には行かないの?」
「体質的にきついんだろうな。直射日光がまずいんだ。飛び級できる国にやって、あとは本人の能力次第という」
「北国ね」
「たぶん。カナダ、北欧…」
 能楽の囃子方で紅林(くればやし)なら大鼓(おおかわ)に違いない。ジンさんの知人という鳳凰流の子は、もしかしたら舞台で母もわたしも見ているかもしれない。
「ジンさんのギャラリーっていろんな人が集まるのね」
「どこもそうだろ。俺は採算度外視でアーティストのバックアップしてやってるから、若手が寄ってくる。結局経済原則だ。透姫子もうちで個展やらない?」
「メセナしてくれる?」
「割引はするけどロハはだめ」
 ジンさんはちゃっかりした顔で小鼻をひくつかせた。なあんだ、営業に来たの。とはいえ、希少な琅玗をいただいたわたしは、父親にお返ししてもいい、と気持ちが動いた。
今年は母の死にまぎれて、どこの作品展にも出さなかった。描きためた作品はある。母が余命告知されてから、わたしの日常時間の速度と密度は濃くなっていた。半年の間、こころの停滞を避けて、しつこく色をこねる油彩ではなく、あっさりと水彩を使っていた。周囲をわずらわせる看病というほど母は病み伏せたわけではない。死に近いひとを傍にして、彼女から心が離せなかったということだ。心を分けて自分がもうひとりいた。あ、とわたしは息を呑んだ。ドッペルゲンガー、母も芙蓉さんに心を分けたのか。
「どうしたの?」
 おかわりは急須ごと来た。ジンさんは万古焼の赤い急須からとぽとぽとまるい音をたてて玉露を注ぎ、上目づかいにわたしの顔色を忖っている。

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星月夜  vol4  東京スタコラーズ

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東京スタコラーズ

 あつかましい、とあつくるしいとは、類音同義語だとわたしは思っている。それも母親の影響だろうか。
 クリスマスイブの前の前の夜に、緋郎が六本木で仲間とライブをやるとメールをよこし、その翌日、わたし宛のINVITATIONが鹿香の店に届いた。招待は亡き水品紗縒へのまちがいではないかと、真っ赤なDMの裏表を確かめたが、シールの宛名はちゃんと水品透姫子に変わっていた。緋郎がお招きをくれるのは初めてだった。
ちょうど詩郎さんが鹿香に一泊して信州に帰っていった次の日くらいだと思う。店にはとりいそぎ二代目主人になったわたしの他に、高校時代のアルバイトから始めて、香枕女子大に通うようになった今年まで、数年勤めてくれている乃菜がいた。管理栄養士になりたいという乃菜はもう学部三年だから、来年には誰かあたらしい子を探さなければならない。くりくりと可愛らしい丸顔の乃菜は、愛想も客受けもよくて、母はこの子を重宝し、だいじにしていた。にわか主人になったわたしも、器量のいいまじめな働き者の雇い人がどんなにありがたいか、あらためてしみじみと理解できた。顔の造作のよしあしでひとを選ぶのではまったくないが、これも誰かを雇おうという立場になると、たとえ短期間のアルバイトを募集するにも、自然と志願者の人相に注意深くなるのだった。
「来年から、新しくバンドを始める、そのプレライブです。友達二、三人連れてきて、だって」
 まったくあつかましい、とわたしは柊の葉緑がほんのすこしカードの端に描かれただけで、あとは強烈な赤一色のダイレクトメールをひらひらと鼻先で振った。手にしているだけで、体感温度が上昇しそうなカードだ。来年は高三でしょうに、この先はどうするんだろう。成績はいいらしいが、全寮制の創造学園の門限破り常習では、進学エスカレーターに乗れるものやら。もっとも降矢木家、もとい心言宗宝谷派の開眼寺では、大学は京都の本家本元へやりたい希望ということだ。成績だけならまず合格可能、と詩郎さんは言っていたが、ちっとも嬉しそうではなかった。父親の未来予測図には、甘えん坊の末息子は、かつての自分同様に僧侶コース逸脱の危険性大、という黄色信号がもう点滅し始めている。 
「どんなバンドなんですか?」
 現役女子大生の乃菜は興味しんしんだ。
「東京スタコラーズ、だって」
「おもしろい」
「正確には東京STARCORABORATIONS。略してすたこらさっさ。よくわからない、なになに、一年の期間限定バンド、だって」
「たった一年?」
「そうみたい」
「なぜでしょうね」
「仏教大学に進学するつもりなのかな」
 あれで緋郎はけっこうまじめだから、とわたしは従弟をひいき目に思い出そうとする。芙蓉さんが亡くなって三年。彼が親元を離れて二年半。東京でどんな友人たちと出合ったのだろう。
「バンドミュージシャン、どんなひと?」
「若手でしょう。聞いたことない、誰ひとり。乃菜ちゃん、ジャズ好き?」
「好きですよ。だけどそんなにくわしくないです」
「お客集めてって泣きついているから、再来週、開いてたらいっしょにどう?」
「わ、いいんですか、いきます」
 乃菜の眼が素直に輝いた。ショートカットの茶髪のあちこちにオニキスビーズがちかちか光るヘアピン。天然石の漆黒が乃菜の赤毛に映える。オニキスが当面彼女のラッキーストーンと言う。まるい目、まるい頬。まだ口紅を塗らない自然なつやのある唇。店にいる間は、サヨリブランドのプルオーヴァーをかぶってくれる。作家手染めの新作藍染と年代物の加賀友禅とを片身代わりに縫い合わせたチュニック。布が上質だと、値段も相応に高価だが、このチュニックはまじめな乃菜への皆勤賞で母が与えた。
友禅にはめずらしく大正浪漫ふうに水の輪模様の中に赤いらんちゅうが描かれている。もしかしたら幼い少女の振袖だったものか、金魚を配した加賀友禅は珍しい。藍染めの半身にまるい大きならんちゅうの泳ぐ衣装は乃菜の明るい雰囲気によく似合っていた。

金銀の鈴ちりばめて雪の訪(と)ふ聖夜の町はみなおもちゃ箱、と六本木の夜空を見上げたが、その晩まだ雪の気配は遠かった。今週の半ば過ぎに関東に前線が停滞し、聖夜前後にはもしかしたら雪も期待できる、という予報は、今のところ当らない。そういえばわたしは母親と二人でクリスマスを祝ったことがない。母は待降節には教会のミサに出かけ、遅くまで帰ってこなかった。きっとミサのあと教会の信者さんたちと会食でもしてくるのだろうと、わたしは勝手に推測していたが、彼女はイヴの夜に出かけて、クリスマスの翌日まで香枕のマンションに戻らないこともあったのだった。
几帳面な半面気まぐれで、私的な行動範囲をいちいち家族に明かさない母に慣れっこになっていたので、どこで何をしていたのか尋ねることもなく、知りたいとも感じなかった。亡くなってから改めてそうした彼女のクリスマスの過ごしかたに疑念が湧いた自分自身に、むしろ驚いた。お母さん、毎年の聖夜をいったい誰と過ごしていたの? 母の恋人ないしは親密な友人、という謎の異性はいまだに名乗り出ては来ない。
鮮やかな色とりどりのイルミネーションが街を飾っている。母の歌どおり、北風のすさぶ十二月の冷たい闇に沈んだ町は、カーニヴァルのように全身満艦飾だ。色彩ときらめきをまとい、赤、青、金いろ銀色、アスタリスクにクレセントムーン、トナカイ、サンタクロース、それから無数の雪の結晶模様をちりばめて、キリスト降誕を口実にした消費と浪費、憂さを吹き飛ばすその場しのぎの喧騒を煽る。
「アマンドの交差点の脇を下って……ずいぶん歩きますね。地図だとすぐそこってあるのに」
 乃菜はDMの線引き地図に文句を言う。ひとふで書きの図面なら、東京とニューヨークの間だって一本の線で済ませられる。
「徒歩七分なら、まず十二分はかかると思ったほうがいいわよ」
 美於さんが笑う。わたしは緋郎のために、乃菜のほかに美於さんを誘った。彼女の趣味にジャズライブがあうかどうか危ぶんだが、御主人が単身赴任して気楽な独り暮らしの美於さんは気軽に乗ってきた。JR鹿香駅の改札でわたしと乃菜を待っていた美於さんが、ロングの黒いレザーコートを着ているのにわたしも乃菜もたまげた。光沢のある皮革で、前身頃と後身頃の両脇に深いスリットがあり、ざくざくした麻の紐が×印を三つ繋げて前とうしろの皮革分離を防いでいる。ベルトはなく、この皮コートはあたまからがぶりと被るトーガタイプのめずらしいデザインだ。丸い襟ぐりとスリットの開きから、美於さんがコートの下に着ている真っ赤なワンピースが見えた。しかも膝上。ワンピースはハイネックで、彼女は毛皮の首巻をしていた。毛皮が何かわからない。フェイクではないが、じつに変わったゴールドの毛色をしていた。
 ライブだから若作りしてきたと言う美於さんの出身は神戸だ。ヅカマダムか、なるほど、とわたしも乃菜も納得する。首巻と同じゴールドのパンプスヒールはやっぱり五センチだが、今夜はちょっとコケットリにピンがとがる。彼女にくらべたら、ありきたりのファッション雑誌のどこかのページを抜き出したようなおしゃれをした乃菜もわたしもきっと地味に見える。ともあれわたしの連れてきた客はふたりとも見場がいいから、緋郎もよろこぶだろう。この不景気に、しかもイベントラッシュの年末に、無名の若手駆け出しジャズバンドが、自力でどれほど集客できるのかおぼつかない。
 メトロを降りて、交差点を渡り、坂を下って角をまがって、いくつか小道を折れて、それからそしてライブハウスは黄色いレンガを建物の前面にランダムに積み上げたようなブティックビルの地下にあった。ブティックに入っているメゾンはフランフランにアナ・スイか。ウィンドーに飾られたドレスの値札を思わずしっかり確認する乃菜とわたし。うちで扱うアンティークの衣類がとても安く感じられる。アナ・スイなど乃菜に似合いそう。クリスマスには特に似合いそう。おもちゃ箱にしまわれているスパンコールいっぱいの着せ替え人形。マゼンタに塗ったあひる口を可愛くゆるめて
「いらっしゃいませ」
 ライブハウスの入り口の女性はダークな、黒に近いルージュを塗っていた。でも魅力的な受け口。ゲンズブール最後の愛人バンブーのようなくちびる。混血かしら。化粧は濃いが禁欲的な白い開襟シャツ、シルクサテンの黒いスラックス。高い腰とヒップのラインがきれいだ。彼女のバストはフェイクでなければバレーボールを並べてふたつ。
 想像していたような劇場型ライブハウスではなく、ここはバールのようだった。寄木細工の古風な厚い扉を入ってすぐに眼に入ったのは、店内一番奥に黒い楕円形のテーブルを半分に切ったカウンター。そこの席は十人くらいで、もう全部埋まっている。光度の低いライトは壁際に並ぶ間接照明で、暖色のあかりが適度に心地よい。バール・キアロスクロ。光と影。それにしてもどこに光源が隠してあるのかわからないが、壁にぽつぽつ灯った照明では、こんな柔らかい明るさは生まれない。壁面ぜんぶがほんのりと発光している不思議な光まわりだ。影が生まれない。黄昏のような夜明けのような光が周囲にひたひたしている。絵描きのわたしはどこに足を運んでも、まずそこの光に注意が行く。インテリアより装飾より、どこからどんな光線が差し込み、物影の姿はどう見えるのか。
 真っ赤なDMをもういちど眺めなおすと、やはりここはライブハウスとある。カウンターからすこし離れた中央には客席もテーブルもなく、止まり木のような、文字通りのバーが互い違いに数本立っている。少しずつ客は入っていたが、皆止まり木の並ぶ中央には行かず、壁際の椅子に腰を下ろし、入場料と一緒に貰ったドリンクを舐めていた。楕円のカウンターの斜め反対側がステージになっていて、そこにグランドピアノ。高い天井からはスポットライトがひとつ、ミュージシャンのまだ登場していないステージを照らしていた。
「あの平均台みたいなバーは何でしょうね」
 受付で赤葡萄酒をもらった乃菜がわたしをつついた。
「だから止まり木でしょう。立ち見原則だけど、疲れたら寄りかかれるように」
「ああそうか」
 バーは金属ではなく、つやつやした樫の一木で、アールデコ風の蔦模様が浮き彫りになって腕全体に絡んでいた。昔の洋館の階段手摺をそのままここに移して、止まり木として再利用したのではないかしら。ミュージシャンは空に向かって歌う鳥、わたしたちはバールに止まって鑑賞する。
 カウンターに座っていた観客のひとりが、こちらを向いて手をあげた。バーの内天井にはピンポイントのライトグリーンと薄紫の明かりがいくつか点いている。十ばかりの席の前にはひとつずつバーミリオンの小さいキャンドルライトがガラスの小瓶の中で揺れていた。手元あかりと上からの照明は、座った客の顔のあたりでほどよく色味をゆるめ、それぞれの風貌をきれいに映していた。
わたしにてのひらを向けたひとは、こちら側からは顔に淡い影がかかる逆光だが、手首のぐにゃりと柔らかく、どこか投げやりな仕草に見覚えがあった。
「よお」
 とジンさんはもうかなり酔いの回った声で合図した。風月堂では落ち武者のようにもしゃもしゃさせていた髪を、今夜は後ろでひとつに束ねている。襟足に束ねた髪が茶筅のようだ。そういえば茶筅髷という髪型が昔あった。ジンさんの頭のてっぺんも月代ほどではないけれどずいぶん薄い。
 顔の脇で振った手のひらを、ジンさんはそのまま前に曲げて、おいでおいでをした。わたしは逆らわず彼の傍に行く。乃菜と美於さんはそのまま壁面に座ったまま。
「奇遇だねえ、またなんで」
「従弟が出演するの」
 ジンさんの呼吸は酒臭かった。ワインではなく、もっと濃い、いろいろな種類のアルコールが混ざった匂いがする。何を飲んでいるのかしらと、彼のグラスを眺めたが、褐色の液体で、ただハイボールとしかわからない。
「従弟ってどいつよ」
 ジンさんはジャケットのポケットからぐしゃっとまるめたフライヤーを取り出した。チラシも撒いたのか。やはり赤一色で、四隅にこれも原色ミドルグリーンの柊の枝がぎざぎざのコンパスのような二股に画かれている。
「ピアノマンの降矢HERO。本名は降矢木緋郎だけどね」
「ふるやヘロイン?」 
 のっけからなぐりたくなった。何よこの親父。でも待て、たしかにHEROという字面はあまりよろしくない、とわたしはなんとか笑顔をとりつくろい、
「気持ちはわかるけれど、ヒーローって読んでやって」
「あいよ。君の従弟っていくつ」
「十七歳と半年」
「へえ若いね。学校行ってるの」
「創造学園の二年。素行はともかく成績はいいって」
「じゃフルートより順調な青春だ」
「え?」
「スタコラーズのフルーティスト、俺の子分なんだ」
 いきなりジンさんの茶筅髷をうしろからぐっとつかんで顔を出したひとがいた。
「聞き捨てならないわね。豹河が聞いたらボトルでぶんなぐるわよ」
 わたしの父親は、どうも人に殴られやすい言動をする人物らしい、という娘にとっては好ましくない情報がインプットされ、わたしの脳内シナプスの繋ぎ目がちかちかと発光する。その上父親の横から現れた顔がびっくりするような美人だったので、シナプスを綱渡りするエンドルフィンの量はいっきに増大した。
博多人形のような上品な顔をしている。これぞ日本女性としか形容しようがないが、巷を歩いていても、こんなに輪郭のはっきりした切れ長の眼、ちんまりとした鼻筋、はなびらのような唇をしたひとには、まずお目にかかれない。化粧は濃く、上瞼には紫のラメ入りシャドー。虹いろの付け睫毛。口紅は上唇だけ朱色で、下は緑がかった暗い臙脂。チークなしの白い肌には皺もしみも見えないが、若い女でないことがはっきりわかる。浮き世離れしたこのひとの雰囲気は、女ざかりと呼べる世代の発散する色気とは異質な感触だ。たとえば七歳か八歳の童女のような。
ジンさんの酒臭さを押し退ける彼女の香水はさわやかに軽い。パルファムには疎いが、これならわかるレール・ジュ・タン。
衣装は総絞りの中振袖。一見では江戸の鮫小紋に見えるけれど、ここの照明ではブルーグレイにしか見えない総絞りだった。青灰色の長着の胸元に朱色の重ね襟のYの字。半襟の厚ぼったい日本刺繍はアンティークとわかる。月夜に蝙蝠。青と紫の蝙蝠が襟の右左に二羽、赤い夕月に舞う。帯は銀の箔置き。黒い五線譜の刺繍に音符が踊る。もしかして全通袋帯に何かの楽譜を写したのなら、特注だろう。帯止めも翡翠の蝙蝠か。あれ、母と好みが似ている。母親も蝙蝠が好きだった。
「ジンさん、この方は」
 わたしは丁寧に尋ねた。素人女性には見えないが、芸能人という物腰ではなかった。
「フルートのセガレのおっかさん」
「その紹介の仕方何?」
 彼女はジンさんの横からたちあがった。わたしと背丈は同じくらい、と思ったが、ふと彼女の足元を見ると鱗模様の銀のヒールは七センチ、ピンはもちろん細かった。和服でハイヒール。それも彼女にはよく似合った。
「吉良ガーネットです。地唄舞とモダンバレエを混ぜた創作舞踊を舞っております」
 やわらかいきれいな声だ。芸名かしら、ガーネットさん? 漆黒の髪は市松人形より短いおかっぱ。白い耳たぶに、たぶん柘榴石のイヤリングが揺れている。彼女の息子のフルーティストはヒョウガ…。豹? 氷河?
 年上の女性にゆったりと挨拶を先取りされて困った。何と自己紹介したらいいのだろう? ジンさんはすかさず、
「こないだ再会した俺の娘」
「お母さまに似たのね」
 少しも驚かずガーネットさんは受けた。揺さぶりをかけたジンさんはあてがはずれ、ぶすっと顔に皺を寄せたが、すぐさま
「君、連れがいるんだろ、こっちに呼んだらどう?」
 とあちらの壁際で固唾を飲んでいる乃菜と美於さんに秋波を送った。
 そうこうするうちに、バールに客が入ってきていた。何人編成のバンドだったかしら、ヴォーカル、ピアノ、フルートにアルトサックス。低音はベースだけ? サウンドが軽いんじゃないか、などとわたしは素人の知ったかぶりで考える。もちろん口には出さない。
それからパーカッション。バンドメンバーが六人なら、それぞれ五人お客を呼べば三十の客席は埋まる。ここはざっと見て五、六十人ですし詰めくらいの空間だった。
 壁面の椅子席がなくなると、それまで誰も止まろうとしなかったフロア中央のバーにも、客は自然に寄りかかり始める。止まり木をこしらえるなんていいアイデアだ。軽い身なりなら、止まり木に腰を載せることもできるし、どちらを向こうと姿勢は自由だ。椅子を動かす耳障りな音も出ない。
「こんばんは」
 乃菜と美於さんがよそゆきの挨拶をするのに、ジンさんは乃菜を無視して、いきなり
「コート、クロークにあずけたら? 暑いんじゃないの」 
 と美於さんにだけ言う。ジンさんは六十がらみだから高飛車な態度も失礼にはあたらない、かもしれないが、酔いのまわった赤ら顔で、初対面の女性の身なりを指図するのはどうだろうか。これがわたしの半分の作者か。
 仕方がないから美於さんと乃菜に、
「わたしのお父さんなの」
 ええ、と育ちのよいふたりは予想の範囲内で適切に驚いてくれた。面と向かってお父さん、とは呼べないジンさん、娘の気持ちを推し量って彼女たちに接してください。
「水品さんの御主人、だったんですか」
 美於さんはまじまじとジンさんの顔を眺める。わたしには彼女の内心の呟きが聞こえる。
(彼女、面食いではなかったのね)
 でもよく見ると造作は整っているのよ。彼女はにっこりとマダムの余裕で笑顔を浮かべ
「これは皮だけれど、ラムスキンでものすごく軽いんです。ほら、裏地は絹ですし」
 ジンさんは遠慮しないで手を伸ばすと、美於さんのトーガの裾をまくり、しきりに撫でさする。好奇心丸出し、片肘張らない愛嬌がある。
 ステージのほうが急に賑やかになったのでそっちを向くと、楽屋口らしい衝立の陰から、豪華な毛皮のコートをすっぽりと着込んだ肥った女性が現れたところだった。スポットライトはまだ動かない。開演三十分前だ。彼女が出演者の一人だとしたら、たぶん紅一点のヴォーカルだろう。遠目にどっしりと大柄で、アフロアメリカンのように重厚な頬と唇をしている。毛皮はミンクだろうか、まるで熊の着ぐるみをかぶって歩いているようだ。ジンさんは垂れ目をさらに崩し、
「今夜のディーヴァだ」
 ジンさあん、と彼女は声は出さず、口パクで笑いかけ、合図に応えてこちらにやってきた。ジンさんの手招きの効果は高い。
「こんばんは」
 赤いヒールは十センチないし十五センチはある。ほとんど爪先立ちの華奢な靴で、彼女はよろめきもせずに上手に客の間をすり抜けてフロアを横切り、足首まで垂れかかる厚い毛皮をゆさゆさ揺すりながらやってくると、わたしたちを見回して、にっこりと笑い、まともな挨拶をくれた。
白目の部分が際立つほど真っ黒な瞳、どんなビューラーで加工したのかわからないが、すばらしくきれいに上下そろって放射状にひらいた濃い睫毛。根元が瞼の粘膜に密着しているので、付け睫毛ではないと思う。つやつやを通り越して、あぶらを塗ったようにぴかぴか光る黒い肌、厚い唇の色はポスターカラーのスカーレットレーキ。ドレスの色もそうかな。真っ黒な縮れ毛はセットの途中でいやになって放り出したみたいな爆発ヘアだった。かつらかもしれない。それに金とグリーンが吹きつけてある。星屑のスパンコールも。顎の短いオデコ顔のバランスは日本人離れして、かなりビリー・ホリディに似ている。
「あたし、マサカアフリカです」
 ジャズシンガーらしくちょっとアルトで、言葉のおしまいに残る余韻がふくよかだった。
彼女の名前はダイレクトメールにもフライヤーにも漢字で真坂溢花、と書いてあった。誰にも正確に読めない名前だ。あふれる花、なるほど納得する。ガーネットさんのレール・ジュ・タンの気品を蹴散らし、彼女の毛皮の全身からむっとたちのぼる甘ったるい香水、なんだろう。
「本名?」
 わたしは思わず尋ねてしまう。
「そう。パパが付けた本物の名前」
 ころころと笑う。
「マミーアフリカ人だからね」
 きれいな日本語だ。近くでアフリカを見ると、メイクもそんなに濃くはなく、とても若い女性のようだ。
「リリって呼んでください。来年からは漢字じゃなくてリリ・アフリカにするから」
 コロン、とグランドピアノが小さく鳴ってわたしたちはステージを見やった。話しこんでいる間に、いつしかフロアの光量は落ちて宵闇のような暗さになり、ひとつだけステージに注がれたスポットの明るさが際立っていた。グランドピアノの前に降矢HERO、緋郎が立って、いくつかの音を叩き始めていた。
 前髪に乳を弾きぬ我を噛む嬰児の奢り舐めて美(うま)きに、と母はこの従弟が生まれたときに歌った。おぼこみ、という風習が信州には…信州だけではないのかもしれないが、長野では、身内の女が赤ん坊を産むと、血縁の女たちがじゅんぐりに誘い合って、産褥を離れたころの母親と赤ん坊を見に行くという習慣があったということだ。
水品紗縒は、妹の身になって生まれた赤ちゃんの様子を歌ったものか。それとも抱き取った赤ん坊が、まだ乳歯も生えない口で、母の指かどこかを甘く噛んだものだろうか。いずれにせよ、乳を弾く、とあるから芙蓉さんの胸からじかに抱き取った瞬間をまとめたのだと思う。前髪は母のだろうか、それとも赤ん坊の緋郎の産毛だろうか? 無造作にピアノの鍵盤をかきまわし始めた緋郎の前髪は、前回あったときよりずっと伸びて、傍目にうっとおしいくらい顔にたれかかっている。その横顔が芙蓉さんに酷似していた。
 芙蓉さん、詩杖、それから夏夜と、毎年立て続けの葬式のときに会っていた緋郎は、そのたびに背丈が伸びていたが、水品の遺伝のせいか、あまり大柄ではなかった。十八歳になりかけた今、きっとわたしと同じくらいだろう。父親の詩郎さんは痩せて背が高い。夏夜も。
「ピアノうまいわ、ドビュッシーの〈沈める寺〉でしょう。あたし好きなのよ」
 美於さんがおっとりと言った。
「小学生の頃は神童だったんです」  
ちょっと自慢したくなる。ちゃんと練習しているんだな、と思う。幻想的な原曲の随所をアゴギグでジャズに捩じっているし、スウィングを狙う指の叩きだす音は乱暴だけれど粒がそろっていた。クリスマスだからオープニングを〈寺〉にしたのかな? 耳慣れたクリスマスソングで始めるより意想外で面白い。客席は静まり返っている 観客の手にしたドリンクグラスの触れ合うかるい音だけが、話し声のやんだフロアに時折響く。フロアの暗い明かりはいつしかペパーミントグリーンに変化している。わたしたちはHEROの叩く音といっしょに、深いみどりの湖の底にいる。
 しいんとピアノソロのリフレインに聞き惚れているわたしたちの、いきなり耳許でヴォリュームのある「きよしこの夜」が始まって驚いた。アフリカだ。
 アフリカはわたしたちから離れて、止まり木が並列しているフロアの真ん中へ、気づかないうちにそっと移動していた。まだピアノはドビュッシーを奏でている。夢うつつの境をジャズふうに酔っ払って漂うピアノの旋律にはおかまいなしに、アフリカはメロウな、すばらしい声量のあるアルトで、素朴な歌を日本語で歌いだした。
「よく音程とれますねえ」
 ため息まじりに乃菜がわたしをつついた。
「ええ、伴奏なし、どころか別な音楽が流れてるのにね」
 アフリカの声とピアノは不協和音にはならなかった。むしろいっそ調和して、まるで百年に一度、湖の底から水面に浮かび上がる寺院の中で唱われている聖歌のような立体聴覚幻想をくれた。神の怒りをこうむって水底に沈んだ寺院は、百年ごとに湖の上に現れる。そしてそれからどうなるんだろう? 救いの御子は御母の胸に……いとやすく。そうか、なるほど。沈める寺はメシアによって救済されるということ? ちょっと抹香臭いわよ、緋郎。
 でもこの奇抜な出だしの演出が、まだこどもの従弟のたくらみかどうかわからない。ダイレクトメールの出演者をもういちど確認する。フルートは吉良豹河。ガーネットさんの息子ね。この子がトップに名前を出しているから、たぶんリーダーだろう。AS(TS)
が次に来て鬱金平八郎、これ本名かしら。ベースはわかりやすい片仮名でアンジー。この子は女の子かも。最後にパーカッション、紅林冬狼、ラノベまがいで読めません、ルビをちょうだい。
「みんなおしゃれなネイミングですよね」
 わたしの視線を追って乃菜がささやく。
「おしゃれ? 平八郎って、すごくない?」
「時代劇みたいです」
「そう。最後のふゆおおかみ、乃菜ちゃん読める?」
「ふゆお、でしょうか」
「とうお、とうろう、とか」
 なんとか言っているうちに、照明がいきなり落ちて暗転、水底から奈落に変わる。もう客席はいっぱいだ。沈める寺の内陣でかわいい聖夜が歌われているうちに、キアロスクロは満員御礼になった。場内の熱気上昇。暗転して観客の期待と高揚はさらに煽られる。
 ピアノが鳴っている。ドビュッシーから変わって……なんだろう。旋律が聞き取れない。フルートが絡んできた。豹河くんだ。聞いたことのない音楽だ。それにアフリカの声がかぶる。歌詞のない、これはシャウト? 歌っているけれど、彼女の歌も、ピアノとフルート同様、旋律の行方が予測できない。そうかといってでたらめなノイズではない。ピアノ、フルート、メゾソプラノのトリオは互いに干渉せずに、一定の音階を選んで付かず離れず共鳴していた。調和ではなく、これは共鳴だ。心地いい。影も光もない。物語がうまれる以前の混沌の原像。
 トリオが止み、沈黙。暗転の中からまっすぐに白い光線がステージ空間の斜め上に走った。キアロスクロの天井はふつうのバールよりずいぶん高いような気がしていたが、フロア全体の光度を低くして、ピアノだけに照明が流れていたために、ステージの上は客席より深い暗がりになっていた。今そこにぱっとあざやかな白い光が射して、アクリルガラスのような透明な板の上に載ったパーカッションが、ドラムセットといっしょに降りてきた。
「こどもじゃないの」
 美於さんが言った。
「うまいだろ、へへ」
 ジンさんがうれしそうに口をはさんだ。
「俺が探してきたんだ、あの子」
「違うでしょ。シーラが連れてきたのよ」
 ガーネットさんだ。ジンさんは、どっちだって同じだよ、俺のギャラリーに来たんだから、と言い返している。
 銀色の平らなゴンドラに吊られて降りてきたパーカッションは、どう見ても十歳は過ぎていない男の子だった。楽器も、大人サイズよりもだいぶちいさい。それでこんな「降誕」パフォーマンスができるのだろう。この子、冬狼の髪は真っ白だった。衣装も白く、背中に羽根はつけていないが、カトリック教会の売店で売られているイタリア製ポストカードに描かれている天使の似姿だった。
 ふゆおおかみはあまりに敏捷にスティックをつかうので、わたしの眼には、突然のスポットライトの眩しさもあって、彼のきっさきの飛ぶ先が見極められない。何拍子なんだろう。いいえ、これは一種の見せびらかし、サーカスの曲芸皿回しのたぐいだ。変則的なビートで繰り出されるドラムとシンバルの怒涛はそれまでのトリオの心地よさを一蹴して、ミニサイズの楽器とは思えない反響でキアロスクロにみなぎる。ふゆおおかみは、スティックを振り回す手を一瞬止めて、中空に浮かんだゴンドラから客席を見下ろし、無邪気に笑った。瞬間、会場から吐息が湧いた。
「眼が、赤い」
 誰かの抑えた声。ライトに反射する彼の両目は、幼児の白い顔に、あたらしいふたつぶの宝石を並べたような深紅だった。

星月夜 vol3 紗女(さすけ)集

Posted by 水市夢の on   0 comments   0 trackback

 紗女(さすけ)集

 氷室より炎(ほむら)昇りぬ君遂に母(おも)の乳汁と胎くぐるとき
 母の最終歌集『紗女集』は彼女の死後に上梓された。つい最近わたしの手元に届けられた見開きの巻頭歌に、わたしは眼をみはった。烈しい歌だが、これは恋歌ではなかった。わたしは覚えている。この歌は娘のわたしを歌ったものだと彼女から聞いていたので。
 母を助けてわたしは歌の校正と最終チェックを担当したが、薄紫と紅色があでやかな墨流しに溶け合う和紙いちまいに、母の筆蹟そのままただ一首転写した巻初めの歌を、わたしは知らなかった。知らなかったというのはこの最終歌集に収められたことで、歌じたいは、十三歳のときに、母から贈られたのだ。わたしが初潮で衝撃を受け、呆然と泣いているとき、母はふと歌人の顔になり、
「あなたが生まれたときに歌ったのよ」
と手文庫から短冊を出して見せた。母は祖母に習ってなかなかの達筆だった。祖母にいたっては能筆といえる。母の部屋には祖母が古筆の和泉式部集を臨模した枕屏風が残っている。わたしの誕生祝いにしては華麗すぎる感情がみなぎっている歌だが、少女のわたしにはそこまではわからず、金銀箔の散った短冊に流麗に書かれた歌が、ただうれしかった。
けれども母が、この一首を自分の人生最期の私家集のはなに載せるなど、わたしは予想していなかった。
 水品紗縒は恋歌、おんなうたの歌人として知られた。けれども一度結婚し、すぐに別れ、こどもを育てながら生涯やもめを通した彼女の実人生の恋愛関係は誰も知らない、と言ってよい。ひとつ屋根の下に暮らしていた娘のわたしさえ知らない。
 恋歌おんなうたとは言え、彼女は濃い情感を歌ってはいても、歌の姿が整いすぎ、どこか技巧的抽象的なつめたさが漂った。わたしは歌人ではないけれど、母親の影響で、ある程度いろいろな現代短歌を読み込んでいる。散文詩も書いたりするから、読者鑑賞者としてはかなり眼が肥えていると思っている。
 新年半ばに母の所属していた短歌結社「琰(えん)」の有志で『紗女集』の批評会をしてくれるというので、わたしも母の形見に出席することになっている。香枕市には、母の歌友達のひとりが住んでいて、母が亡くなったあと、こまやかに労わってくれた。母は亡くなるまで自分の病を誰にも知らせず伏せていたので、皆寝耳に水だったはずだ。
 水品紗縒と親交のあった歌人鈴来美於(すずきみお)さんは、母よりひとまわり年下の四十後半の女性で、星月夜岬に近い一軒屋にひとり暮らしをしている。独身ではなく、御主人は関西に単身赴任し、ふたりのこどもたちはそれぞれ地方の大学に入学していた。趣味で陶芸やお茶などを嗜み、鹿香の店にもときどきやってきて母の仕上げる衣装小物を買ってくれた。姿かたちのよい鈴来さんは、サヨリブランドの風変わりなワンピースを上手に着こなし、街を歩く姿で商売の宣伝をしてくれるありがたい顧客だ。
 母親が亡くなってから、わたしの暮らしがそう変わったわけではないが、生まれてからいっぺんも会ったことのなかった父親というひとから葉書が届いたり、ほとんど面識のない母のファンの弔事、メールの整理など、生活の末端で落ち着かなかった。十一月半ばに母が逝ってから、たった一ヶ月しか経っていない。だが、この一ヶ月は半年分くらいの質量があった。 
……息抜きしないとまいっちゃうわよ。
 鈴来さんが電話をくれた。彼女は携帯メールを使わない。パソコンは持っているが、起伏の多い星月夜岬の周りでも、彼女の家は奥まった谷戸にあり、電波がうまくつながらないという。
「そんなに忙しくしているわけではないんですけれど」
……人を送るのは疲れるものよ。絵は描けてる? 『紗女集』に載った透姫子さんの絵、いいわねえ。びっくりしたわ。紗縒さんの雰囲気をちゃんと掴んでいて。
「ありがとうございます」
 『紗女集』は母の生前編まれた最終歌集になるというので、母はいろいろ贅沢をし、写真や挿絵をたくさんページに盛りこんだ。歌人そのひとの絵に加えて、編集者の意向で、娘が描いた母親の肖像も載せることになった。
リアリズムではないが、ガラス鉢のなかでうす蒼い歌を紡いでいる母親の内面はよく表現できたと思う。母もわたしのこの絵を気に入り、額装して自室に飾ってくれていた。
あれやこれや装飾を加えて、歌集は見た目よりも手重りのする密度の濃い一冊になった。歌数は三百一首。切り番から飛び出した巻初めの一首は、この集に収められた母の歌群でも、やはり際だつ極彩色だった。

「ひとの許す恋などよりも風よりも冬の星座はさはやかに乗れ……これ『紗女集』のなかでも好きな歌です。水品さんらしい」
 結衣ヶ浜に近いリストランテで美於さんは言った。
出版社の献呈リストに載っていた彼女は、母の遺歌集をいただいたお礼に夕食をご馳走すると言い、ひさびさにわたしは海沿いに出かけていった。母もわたしも海が好きで、ときおり一緒に星月夜岬周辺を散歩したものだ。そんなとき母は岬の近所の鈴来さんを呼び出し、三人でお茶をいただいたり、あるいはそのまま晩御飯ということも多かった。母は偏屈だが愛想がよく…矛盾した表現ながら、誰に対しても丁寧に距離をつくって交際していたが…美於さんと母の間隔は、何人かの歌人友人の中でも狭かったと思う。
「お母さんらしい、そうですか」
 わたしはミニトマトにフォークをぷつりと突き刺しながら問い返した。美於さんはわたしの知らない母の表情を知っているのかしら、と今まで詮索したことのない疑問が湧いた。このひとは安定した家庭の主婦で、逸脱のない豊かな実りが容姿全体をふっくらと包んでいた。過不足のない中年の肉付きが、頬や顎、手首につやつやしている。口紅は四季を通じて、またその日の服装にも左右されず、いつも鮭紅色を好んでつけていた。
今夜の衣装は、ごくあっさりとしたベージュニットのワンピースだった。七分の袖口と丸襟の縁がオレンジのフェイクファーで飾られ、カシミアは無地だが、小さな青いラメが霧を吹いたようにたくさん散らばっている。靴は膝下までの茶色いロングブーツ。もちろんハイヒール。五センチヒールはすこし細めだが、異性を刺激するほど尖ってはいない平らな底。彼女の足元は堅実だ。パルファムはなし。手入れのよいきれいな首には細いプラチナチェーンに一粒ダイヤのネックレス。彼女からは、おやつのクッキーと温かいカフェオレの気配がする。
生前の母とこの美於さんが並ぶと、どうしても母のほうが若く見えた。美於さんは年齢相応にゆったりと老けて、ゆったりとくつろいでいる。若く見えるのが、必ずしも幸福かどうかわからない、と母は呟いたことがある。順当に年齢を重ねる味わいを、母はついに知らなかった。とりたてて美容に励んでいたわけではなく、彼女の心の姿が否応なしに外見に反映されていたとしか思えない。死後、ドレッサーに残された化粧品の少なさには、二十代のわたしのほうが驚いた。
「美於さんには、母はどんなふうに見えましたか?」
「あこがれた。いつもせいせいとしていて、クールで。歌を詠むのに、水品さん苦労したことがないって、いつかおっしゃったときは、万歳凡才五月晴れのわたしはかなり口惜しかったけど、彼女なら…ごめんなさい、こんな言い方は失礼?」
「いいえ」
 ばんざいぼんさいさつきばれ? ああ盆栽か。美於さんのおっとりした謙遜。だけどここで笑うのはわたしの立場では失礼だ。美於さんの詠草のよしあしはわからない。彼女の人柄がよく現れた現実詠が多い。ときには恋歌めいた言葉が混じるが、そちらへ心はひろげずに、落ち着いた日常の枠でなごませている。ふと芙蓉さんの雰囲気を思い出す。わたしは彼女の謙遜に対してお茶を濁し、曖昧に微笑む。お茶の代りにここではオニオンスープをすする。わざとすこし音をたててすする。予想通り、わたしの擬態など美於さんはまったく気にかけず、
「水品さんならそうでしょうねって感じよ。あんまり深く考えない方だったのに、歌は技巧的だとみなさんおっしゃるわ」
「テクニックで?」
 美於さんはふんわりと内巻にした自分の髪に、ちょっと触り、言葉を選んでから。
「作った恋歌のようには、でも、わたしには感じられないのね」
「……あたし、母親のことあまり知らないんです」
 美於さんにならこんな甘ったれた吐露もできる。美於さんは肉の厚い頬にまるい笑いを浮かべ、
「わたしも自分の娘のことよく知らないわ。透姫ちゃん、母と娘って、あんまり深く知り合ってはいけないものじゃないかしら?」
 ええ、とわたしはまた曖昧にうなずいた。美於さんは重ねて、
「母と娘、だけじゃなくすべての人と人との間には、それぞれ居心地のよい距離が必要なのよね、きっと。透姫ちゃんと紗縒さんの間柄は、わたしからすれば理想的よ」
「そんな」
 思いがけない言葉だ。母とわたしが?
「適度なすきまがあったから、透姫ちゃんは今までずっとお母さんと仲たがいせずに暮らせたんでしょう。居心地悪かったら、とっくに家を出て行くと思う。美大だって都内だったのだから」
「……そう、かもしれない。でもわたし、今美於さんに言われるまで、そんなこと考えたこともなかった。お母さんとわたしは、まるで空気みたいな」
「エアリエル。水品さん、大気の妖精みたいだった。あなたもそんな感じ。重さも温度も負担にならないあなたたち、いいな、って思うわ。うちなんかあっさり出て行ったもの」
 美於さんはくすくす笑った。長女は大阪に、次男は海外に、夫は神戸。
「夫はともかく、こどもたちが遠くへ行きたいと望んだとき、胸に穴が空いたようで、ずいぶん寂しかったわ」
「それが自然でしょう?」
「ええ、でも寂しいと感じる分だけ、わたしは母性でこどもたちを締め付けていたのでは、と感じているの。もとから空いていた心の洞をこどもで埋めて、自分を欺いていた…」

「木枯しに朱の毛糸巻く別れてのちにまた逢へばうつそみを剥く、って僕を詠んだのかと思った」
 銀座風月堂で、わたしは父親と再会した。出版社に託された献本リストには、母の上梓した歌集の中でたぶん唯一、離婚した夫の名が記載されていた。
母はもと夫を自分の生前娘にひきあわせることはなかった。どういうわけか、わたしも父親に会いたいとは、ただのいっぺんも考えたことがなかった。不思議なものだ。小説やテレビドラマ、映画などでは、母ひとりで育てられたこどもは、自分の父親・出生について知りたがる。わたしにはそうしたけなげな感情は皆無だった。母が圧迫していたわけではない。きっと母は、わたしが知りたいと言い出せば、さらりと打ち明け、もしかしたら会わせてくれたかもしれない。なるほど美於さんの客観してくれたように、母とわたしのふたりぐらし(祖母は亡くなるまで鹿香の店の二階に、お手伝いのおばさんと住んでいて、ほとんどわたしたちの生活に入ってはこなかった)は心地よかったのだろう。父性の欠落を自覚しないですむなんて。
愛部仁。まなべじん。これがわたしのお父さんの名前か。いえ、名前くらいは知っていた。ジンさん、と母は時折口に出していた。まるで古い、長年会っていない友人を思い出すように、ジンさんあいかわらずみたいね、などと時折言葉の端に。わたしはなんとなくその名前を記憶していたのだが、また何という理由もなく、母に尋ねることができなかった。そのひと誰、と。
 父からの初めての葉書の書き出しはおずおずとしていた。
 何度か電話したけれど、通じないので葉書にしました。字が下手でごめんね。……。
 家電話は、マンションのリビングにあり、わたしの部屋からは遠い。母が亡くなった後携帯に転送するようにしていたが、メッセージを残さない非通知設定の着信記録だけではアクセスしようがない。字が下手。なるほど、祖母なら一蹴してしまいそうな癖字だが、読みにくくはない、と娘のわたしは小生意気に父親の人格判断を始める。このひとがわたしの半分の作者か、ごめんね、なんてはにかんでくるあたり、初老のおじさんにしては可愛げもありそう。ポストカードはつるつるしたモノクロ写真。アールヌーヴォーの鉄唐草が飾るパリの地下鉄入り口。クレジットはJIN。裏道抜け道の入り口? あなたが?
 愛部仁さんは銀座でギャラリーを経営しているという。久我ビル。わたしも知っている。銀座新橋界隈の蝶々さんたちの洒落た集合住宅として大正末期に建てられ、幸運にも戦災を免れ、今も当時のまま残るアンティークビルだ。ギャラリーや骨董品のちいさなショップが、蝶々たちの住む花畑の花だったちいさな個室それぞれにひしめく。いずれ都の文化財になるという噂も。大学時代の友人の何人かが、ここのギャラリーで個展を開いている。わたしも足を運んだことがあった。
「大きくなったもんだ。当然か、二十七年経ったんだもんな」
 ジンさんは左手の中指と薬指の間に短いフィルターなしの煙草を挟んでいる。火は点けないで、ただ挟んでいる。吸いたいのかしら、わたしに遠慮しているの? 
「どうぞ、遠慮しないで吸ってください」
 お父さん、という言葉が出てこない。ジンさんどうぞ、とわたしは追加の台詞を舌の上で、ココアの生クリームといっしょにころがす。甘い、苦い、お母さん、ジンさんはわたしにすこしやっぱり似ている。お母さんとわたしが似ていなかった顔のパーツのいくつかは、このひとから貰ったものだわ。
 赤茶けたもしゃもしゃ髪。色白で、柔らかい感じの皮膚。冬の陽射しを浴びると、夜遊びの酒場では見えない小皺が顔にいっぱい。不摂生な暮らしかたをしていることが、全身のだるそうな雰囲気からわかる。このひとはそれを隠さない。椅子に深くよりかかり、姿勢を支える背筋の芯が感じられない。煙草を吸うのはいつも左手なのかな。爪は切ってある。手をちゃんと洗うひとらしい。労働者のいかつい手とはちがう。短い指もいっぽんずつさっぱりと乾いてきれいだった。
目鼻口許はよく見るときちんと整っていて、衣服もおしゃれだ。ジャケットはだいぶよれよれだけれど上質なビリドゥエ。わざとぐしゃっとさせてきたのかも。褪せたジーンズ。靴は白と茶色のメッシュのコンビ。なんだかちぐはぐだけれども、このひとの雰囲気でまとまっている。でも不精髭はいただけない。せめて顔くらいきれいに剃ってきてほしかった。自分の娘との初デートなのに。ジンさんは常に笑っているような垂れ眼をしょぼしょぼさせ
「うん、ありがとう。声似てるなあ、紗夜とそっくりだ。顔も母親似だね。僕に似ないでよかった」
 にたっと笑うと、煙草の脂で黄色くなった歯が見えた。なんだかセルジュ・ゲンズブールをひとまわりちいさくしたようなひとだ。女癖わるそう。女たちに好かれそう。わたしは初対面のジンさんと自分の相似性を探し始めている。それではわたしもこのひとが好きになったということか。こういうひとはきっと女なら誰でも好き、という手合いじゃないかと悪がるわたし。彼は小さい金とブルーのカップで、デミタスを舐めている。煙草はただ指に挟んでゆらゆらさせたまま。
「離婚してからも、ときどきは連絡していたんだけど、君には何にも報せなかったろう」
「ええ」
「彼女らしいねえ。俺が銀座でギャラリー始めてから、三年に一度くらいは、俺のところで個展やってくれてた。でも君を連れてきたことなかったんだ。俺も会いたいとは言えなかったよ。だって俺のわがままで別れたんだもんなあ」
 母の展示は観たり観なかったりさまざまだった。わたしに来て欲しいときは、母ははっきりそう言った。そうでないエキジビションは、たいていわたしには知らせなかったから、ジンさんの言うとおりなのだろう。離婚したあと、前夫のギャラリーを利用していたというのは驚いた。なんで母はジンさんと別れたのだろう。いや、それよりジンさんと母はどんな理由で結びついたのかしら。
 あ、とわたしは父親を前にして自分の中からあたらしい驚きを発掘してしまった。
 わたし、お母さんの男性の好みを知らなかった。
「僕らミスマッチだろ」
 ジンさんは薄笑いしながら言った。わたしの顔にひろがった表情をちゃんと読んだらしい。ジンさんの憶測とわたしの驚きのなかみは似て非なるものだろうけれど。
「でもね、似たもの同士でもあったんだ。つまりね、束縛されるのをお互い極度にいやがるタイプ。嫌になったら即座に、誰とでも離れてゆくことができる、っていう」
「お母さんとも?」
「うん。僕も彼女もたぶん嫌いあってはいないと思う。いっしょに暮らしていた二年くらいは、すごく精神的に楽だったよ。君が生まれたあと、僕らの間にちょっと変化が生じて、彼女はやっぱりがまんしなかったな」
 微妙すぎる言い方がくどい。水品紗縒の歌のほうが正直だ。別れたあとも夫の首に赤い毛糸のマフラーを巻いた。

「妹の裸身眺めつ丘ひくく雪積もる白と君はなりぬる、芙蓉への挽歌がこの歌集にたくさんあるんで、僕は紗夜さんに責められている気がした」
 年の瀬近く上京してきた詩郎叔父さんも母の献本リストのひとりだった。このひとに歌集を送るのも、ジンさん同様初めてだったのではないだろうか。何か不都合があって、母の葬儀に出席できなかった詩郎さんは、その不義理を埋めるため、東朱雀の創造学園で寮生活をしている息子を訪れるついでに香枕に寄って焼香し、その晩は鹿香の店の二階に一泊した。
亡き祖母が使っていた家具調度は二階の東半分に残してある。飛騨や信濃の婚礼家具は祖母の嫁入りから半世紀以上過ぎてもしっかりと丈夫だった。箪笥鏡台、今となってはどれもこれも手放すには惜しい骨董品。
寝たきりにはならなかったが、最晩年に足を悪くした祖母は舟のような形の胡桃の木のベッドをわざわざイタリアから買って寝起きしていた。ベッドの端の一部が組細工のようになっていて、木組みをはずすと、ことんと小さな椅子が寝台の裏からせり出てくる。祖母はそこに越後絣の座布団を敷いて腰掛け、亡くなる前には、もう一階にはほとんど顔を出さず、一日中編み物をしていた。
東南のいちばん気持ちの良いこの十畳の和室は祖母亡きあと書庫と倉庫を兼ねた客用寝室になった。母は遠来の親しい友人や親類縁者などをここに泊めていた。
「お母さんは、叔父さんを悪いとは思っていなかったわ」
「うん。彼女は僕なんかに感情を動かさないだろうね」
 なんか? 自嘲的。詩郎さんは母と同い年だ。僧侶から還俗した彼は大学に入りなおし、杏澄野で税理士をしている。芙蓉さんとは彼が再入学した信州大学で知り合ったということだった。堅実な職業と安定した人生。このひとが芙蓉さんと噛みあわなかったのはなぜだろう? 実父のジンさんと会ったあとで眺める詩郎さんは、あらためていっそう端正に見えた。父親に似た夏夜も美人だった。
芙蓉さんから始まって、詩杖も夏夜も、それからお母さんも逝った。たった五年の間に、水品家と詩郎さんの降矢木(ふりやぎ)家は葬式ラッシュだ。思い返すと絶えず喪服ばかり着ていた気がする。わたしも詩郎さんも、きっと玉葱型の魂の上第二層くらいまで、菊と線香の匂いが滲みこんでいる。詩郎さんの眉間の縦皺が深い。老眼のためだけではなさそう。家族のほとんどをばたばたと失い、残った息子がはたして周囲の期待と強制どおり僧侶になってくれるのかどうか。ジャズとロックにはまり、ときどきライブを覗くと、クラシックの基本を叩きこまれている緋郎のセンスはかなりいい。芙蓉さん似のルックスも上出来だ。だが、学園の素行評価は悪いだろう。詩郎さんの悩みは尽きない。
新婚早々ふたりの娘が生まれ、それから一時別居。こどもたちを伊那谷に託したのは、もしかしたら離婚も考えたのか。でも皮肉なことに末っ子の緋郎は、姉妹ふたりが伊那にいる間に芙蓉さんのお腹に宿ったのである。カトリックの芙蓉さんは、それをきっかけに詩郎さんのところへ戻った、というけれど。
「絆の深い姉妹だったからね。僕が入り込む余地がないくらい」
 詩郎さんはリビングの壁際に設けたちいさい霊前に視線を向けた。どういう心理なのか口にする言葉の端がいじけている。言うことをきかない緋郎を叱ったすぐあとでこちらに回るのでは、身心ともに疲れるだろう、と私は景気付けに、冷蔵庫から紗々雪の吟醸を出して、伊万里の盃に注いで渡す。お清め代わりだ。詩郎さんは遠慮せずにひといきに飲み干した。白皙の顔にぼうっと赤みが射す。
クリスチャンの母の祭壇は簡素だ。大袈裟にするなとかたく言い含められていたので。聖母マリアと十字架のキリスト、その間に、白っぽい結城紬をかるく着付けた母の写真は全身像で、黒枠もなし。青いサテンのリボンが花結びにヴェネツィアガラスのフレームに添えてある。霊名は、マリア・フランチェスカ。敬愛する歌人の葛原妙子と同じという。
「この角度からだと、紗夜さんの顔は透姫ちゃんにも詩杖にも見える。いや、水品さんは女系が強いなあ。外から何人男の遺伝子が混じっても、顔がつながっていく」
「おもしろい言い方ね、おじさん」
 いくら似ていたって美しくたって早死にしたのでは意味がないではないか?
「紗夜さんの僕への遺言状かと思ったんだ、この『紗女集』は」
「芙蓉さんへの挽歌だけじゃないですけど」
 さりげなく強引なヒロイズムを披瀝され、わたしは眼を白黒させてしまう。いくらなんでも自意識過剰じゃないの? 
詩郎さんは半白の髪をそのままにして染めていない。それでいて顔には皺がすくなく、額の二本の横皺と眉間の縦皺が目立つくらい。それから薄い唇の両脇に括弧を刻む思考皺。それらの老化現象は成功した男の貫禄と形容してさしつかえない。この上さらに髪を染めたら十歳はらくらくと若返るだろうに、彼は地道な容姿を守っている。母の霊前に喪服を着てすっと正座した背筋が美しい。仏家の育ちは一目瞭然、ふとした挙措のただしさに現れる。正統派二枚目ゆえの自意識は無理もないか。しかし過剰な自意識は余計な劣等感につながる危険性を含むらしい。自惚れるならそれだけでいい。真実掛け値なしの造型美に恵まれているのだから、強引なヒロイズムも自己愛も、なんとか許せる。だから詩郎さん、せっかくの白皙がだいなしの「僕なんか」発言はやめてよ。そういえば芙蓉さん亡き後、詩郎さんは自慢の娘たちが次々と亡くなる打撃を、独りで耐えられたのかしら? 
「詩杖が死んだとき、僕は紗夜さんにいろいろ助けられたんだ。あの子は何一つ言い残さずに逝ったからね。だけど紗夜さんは夏夜よりも詩杖に近かった。僕は何も」
「詩杖ちゃんと芙蓉さん、わたしとお母さんが芙蓉さんのお見舞いに行ったとき、お母さんのドッペルゲンガーを見たんです。そのあとで二人が続けて亡くなったのは、その先触れかと思ったわ」
 わたしは詩郎さんのぐずぐずした告白を遮った。外見ではけちのつけようがない詩郎さんの印象がぱっとしないのは、情にもろいこの性格のせいか。母の霊前に来て、別な死者の微妙な内輪話を始めるなんて、ピンボケもいいところだ。
「ドッペルゲンガー?」
 詩郎さんは夢から醒めたような顔をした。両目にはうっすらと涙が浮かんでいる。その涙は母を悼んで滲んだものではない。詩杖のためでもない。詩郎さんは僧侶にならずに正解だった。自死した恋人の導師を乱れずつとめた筧さんのほうがすてきだ。筧さんに会いたくなってきた。わたしの感想は、きっとだんだん水品紗縒に似てきている。

……汀より娘をあげぬひたひたと性をゆるめて我は波打つ、紗縒さんの歌は大胆ね、性という言葉は短歌にはきつい感じがするけれど。
 空色と薔薇いろがマーブルに混じったゆるいワンピースを着て、床に横座りした夏夜が言った。かたちのはっきりしないワンピースの生地はシフォンだろうか、サテンだろうか。夏夜が身じろぎするたびに、薄いドレスの裾や襟が彼女の周囲でふわふわ動く。それで夏夜は青とピンクの靄に包まれているように見える。亡くなったときわたしと同い年だった夏夜は、今では年下ということになってしまった。父親に似た細面に高い眉、ほそい鼻筋、だけど、この姉妹に独特の臈たけた雰囲気はきれいな顔からだけうまれるものではない。
 高い天井から幾重にも薄青い襞が垂れかかっている。風があるのかないのか、それらの淡い半透明な膜があちらこちらでゆらゆら、ひらひら揺れ続ける。この皮膜がどこから始まるんだろう、と上を見ても襞の降りてくる天井はおぼろの闇に包まれて、その闇の藍色がだんだんと裾暈しに濃度をうすめ、青に、水色に、やがてほとんど透明な水晶めいてきらきらと、向かい合ったわたしと夏夜の肩や膝の周りにひるがえっている。
「水品紗縒はあんまり考えないで、口ずさむように歌ったひとだから、きっと自分ではそんなに大胆とも感じなかったでしょう」
 わたしは応え、すこし考えてまた、
「お母さんは言ってたわ。考えると歌えなくなるのよって。自分の中を流れる何かをすくい上げるように言葉にすると、自然にまとめられるって」
「紗縒さんは亡くなっても天国でずっと歌い続けるんでしょうね」
 夏夜が言った。わたしは従妹の白い顔を見つめなおし、
「お母さん、なっちゃんのところにいるんじゃないの?」
「いえ、いない」
 夏夜はかぶりを振った。肩先できれいに切り整えていた彼女の癖のない黒髪は数年前に亡くなったときよりも伸びて、下がり端がふぞろいになっている。ふと市松人形のおかっぱが伸びる、という怪談を思い出した。
「お母さんは死んだのよ」
「そう、あの世へ行ったわ」
「なっちゃんもあの世のひとなんでしょう」
「肉体はないのだけれど、わたしも詩杖もまだここにいるのよ」
「ここって?」 
 そうだ、ここはどこなんだろう。わたしは杏澄野の姉妹の家か、それとも香枕の自分のマンションにいるのかと思っていた。でも、どちらの住まいにしても、こんな舞台装置のようなひらひらふわふわなどない。
「指を折るかなしみよりも逢ひに逢ふ時のはざまをたのしめよ君、こんな恋歌をもらったひとは誰でしょう」
 虹の柱が青い襞のあわいにゆらりと昇って詩杖が現れた。あいかわらず蚕の蛹みたいに細い。夏夜は顔がほっそりしている割には胸も腰もしっかりと張っている。降矢木の血筋には、どこか西洋人のような遺伝子が混じっているらしい。詩杖は水品の血が濃いから、全身の輪郭が柔らかく、手首足首がことに華奢だった。詩杖も姉と似たような薄物をまとっている。虹と見えたのは薄い緑と紫、ほのかな紅色の裾ぼかしになっているからか。生前詩杖が好んで描いていた水彩画のいろどりと同じだった。
「誰なのかしら、お母さんが亡くなったあと、わたし気がついたのだけれど、娘なのに母親のこと、ほとんど何も知らなかったの」
「娘だから知らないのよ」
 詩杖は真顔で言った。まるで自分の良心か先見が詩杖の姿に具象化して、わたしを説いているような気がする。
「知りたい?」
 夏夜が尋ねた。ふたりともあの世へは行っていないというが、すくなくとも現世のひとではなくなってひさしいのだから、もしかしたらわたしの母親のひみつなどはお見通しなのかもしれない。
「お母さんの相手が誰かということは興味がないのだけれど、恋歌の対象はどんなひとだったか、ということに好奇心が動く。こういう言い方は不謹慎?」
「ぜんぜん」
 夏夜はさわやかに笑った。ふわふわした青い膜が、彼女の笑顔といっしょにひるがえり、どこかで夏の森を吹きぬける風のような音が響いた。たくさんたくさん葉を繁らせた夏の緑深い森の風だ。このうす青い襞が揺れて触れ合う気配なんだろうか。
「お母さんのことだから他生の縁を結ぶひとはたぶん何人かはいたと思う」
「透姫ちゃん、また古風な言い方ね」
「気を使ってるのよ」
 私は従妹たちの顔を均等に眺めて言った。
「誰に?」
 と詩杖。
「お母さんに対して」
 わたしは応えた。ジンさんと離婚したあともジンさんとすっかり切れてしまっていたわけではなかったお母さん。だけどジンさんと何をしたって、お母さんのふらふらゆらゆらする柔らかくて硬質なガラスの膜はこわれなかったろう。誰かがお母さんの内側にいたのかしら? 肉親でもなく夫でもなく、それからお母さんを撫でては離れ、いっとき時間の縁をわずかに重ねたひとたちの中の、きっと誰でもないあなた。お母さんの娘のわたしは、きっとあなたに嫉妬しているのよ。

星月夜 vol2 世界は巨大な彼女の冗談

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 世界は巨大な彼女の冗談

 母は膵臓癌で亡くなった。癌のなかでも、この病は発見しにくく、治療も難しいということで、しぶしぶ受診したときはもう手遅れ、余命半年という医師の宣告どおりに逝った。
 水品紗縒は死が確定しても、このひとらしくすこしも驚かず、頑なに入院を拒み、臨終まで自宅で過ごした。最期は周囲も驚く突然死だったので、結局本人の希望どおり、一日も病院の世話にはならなかったのである。
「助からないとわかっているのだから、抗癌剤なんていらないわ。痛み止めだけでいい」
 芙蓉さんを見ていた母は、薬剤の副作用をいやがった。胃癌の芙蓉さんはそれほど面変わりしなかったが、髪がすっかり抜け落ちて、わたしたちが見舞いに行った夏の終わりから、いっきに薄くなり、それが死の床の芙蓉さんの最大の歎きだった、らしい。母も芙蓉さんもしっとりした見事な黒髪だった。一生芙蓉さんは髪を染めず、パーマをかけることもしなかった。わたしと母が生前最期に会ったとき、彼女の髪は少なくなり始めていたが、それでもつやつやと毛先のそろったきれいな厚髪と見えた。それからわずか一ヵ月半のうちに、髪はごっそり落ちて、哀しんだ芙蓉さんは見目をつくろうためにかつらを使うようになったと聞いて、母はひどく感情を乱した。
「かわいそうに。だいじにしていたのに」
 芙蓉さんが亡くなると知ったときより動揺したように見えた。
 強い化学薬品をほとんど体に入れないで過ごした告知後の半年間、母は姿も生活もそれまでとあまり変えずに過ごした。ひとから勧められて漢方や自然療法なども試みはしたが、助かりたいという意志がまるでないから、どれもこれもちょっと呑んではじきに飽きて、ほったらかしにしていた。
 父と別れたあと、実家に戻った母は定職につかなかった。母の母、わたしの祖母が鹿香(しかご)市内に経営していた代々の呉服屋をしまい、観光客相手にアンティーク&ジュエリーを商い、ショップの二階で自分のデザインした衣装を売っていた。母の着ていたものは、ほとんど自作だ。蔵いっぱいに残る明治末期から昭和にかけての極彩色の和服、ほんものの泥染め大島、また日本各地の紬、古裂などを素材に、母は色とりどりの自在な衣装を縫い上げて、店に並べていた。母自身にはとてもよく似合ったが、ふつうの暮らし方をしている女性には、なかなか着こなすのは難しい衣装だった。
 健康なときも店の接客はおおむね雇い人任せで、だんだん体の具合が悪くなってくると、ほとんど自宅で過ごしていた。寝たきりにはならず、朝起きて、身じまいを調え、こまごまと事後の整理をする。歌を詠むのは母にとって日常茶飯で、家事のあいまに珈琲ブレイクするのと同じくらいのかるさで、思いついたときに、すらすらと歌っていた。
 今年は桜の開花が去年よりも早かったと思う。母が末期癌を告げられたのは鹿香市内の私立病院で、八幡宮の参道に通じる桜並木沿いにあった。わたしもその日は何かの都合で、母の店に顔を出していた。きっと数人いる店番の女性たちが揃って都合がつかず、狩りだされたのだろう。夫が亡くなったあと、自宅の古民家をそのまま残した呉服屋を開いたのは祖母だ。
八幡宮の周りには、由緒ありげな古い家が、厚い生垣や高い石塀をめぐらし、観光客相手の商店にまぎれて、今でも何軒か残っている。祖母の開いた呉服屋の隣には、戦前一世を風靡したオペラの歌姫の家があり、ある政治家の愛人だったそのひとは祖母のお得意だった。子供を残さずに亡くなった歌姫の家は、無人のまま、今は遠縁のひとが管理して残っている。歌姫の記念館にしたいが、彼女を庇護した政治家について表沙汰にできない事情で、宙吊り状態ということだった。館には、簡素なお茶室があり、四季それぞれにお茶会が催されている。お師匠さんたちも、祖母の店を覗いてくれたようだ。祖母の商いは主に高価な大島、また結城の紬で、お茶会に紬など着ないから、そのひとたちが顧客になることはなかったが、今も続く茶会の客たちは、母の並べるアンティークアクセサリーや、和布を綴り縫ったワンピースなどは結構買ってくれる。さざんかの生垣に隠れた洋館の庭には、大きな染井吉野が枝をひろげ、またうちの店の入り口にも両脇に二本、これは山桜が植えられている。ここを建てた祖父は染井吉野を好まなかったから。
例年、山桜は染井吉野よりも遅れて咲く。歌姫の家の染井吉野が咲くと、わたしたちの庭までゆったりと満開の花霞が届いて空を覆った。その時期に、母は自分の店の雇い人と、知人を招いてお花見をする習慣だった。自分の家の木ではないが、生垣を越えてたっぷりと爛漫が堪能できる。わたしは病院に行っている母の留守番をしながら、店の軒先で歌姫の館の、五分咲き、七分咲きになった桜を眺め、ことしの花見酒は何がいいかなどと考えていた記憶がある。あまりいける口ではないが、母は日本酒を好み、ことに京都の酒をいつも選んだ。
 帰宅予定の時刻より、母は早く戻ってきた。
「どうしようかな」
 開口一番、母の言葉だった。私は店の軒に座ったまま、隣家の母と桜をかわるがわる眺め、花見酒を迷っているのかと勘違いした。病院に行く前に、わたしと母との間でそのような会話がかわされていたからだ。
「紗々雪にするか、珠の光にするか?」
 どちらも母のお気に入りだ。というよりもあちらが母のファンなのだった。母の歌と絵、いやもっと率直に言うなら、水品紗縒に惚れている酒造の当主は、紗の一字を冠した酒を醸した。紗々雪とは、彼女の本質をよく言い当てている。七十代の彼は物腰の穏やかな、感じのよいひとだ。家督は息子に譲っているし、奥様もだいぶ前に亡くしているから、新作の酒のラベルを変える程度の遊びは平気なのだろう。紗々雪はからくちだが、東北や関東の酒にくらべると、やはり京ふうに舌触りがやわらかく、はんなりとしている。
「そうじゃなくて、わたしね、もう」
 と言いかけた母は、頭上にせり出した隣家の染井吉野を見やって、
「あら、詩杖ちゃんと夏夜ちゃんがいる」
 こちらに突き出ている黒々と太い桜の腕に、先年相次いで亡くなった姉妹がいるという。
「どこに?」
 わたしは母の視線を追った。淡々とほころび初めた綿菓子のような花の塊が、ふわりふわりとあちらこちらにまとまって咲いている。満開にはまだ間があるから、花の群れと群れの間の空間がひろい。そのひとつを母は指さし、
「あそこに二人で座っている。足をぶらぶらさせて、ちいさい子供みたいに。ほんとに小さいわねえ。ティンカーベルサイズだわ」
 ディズニーのステレオタイプにグラマーな妖精と、ほっそりした従妹たちのイメージはかなり差がある。だいいちわたしには何も見えなかった。
「お母さん、わたしには見えない」
「そう。じゃあ、やっぱりお医者の言ったとおりわたしあの世が近いのね」
「何、お母さん」
 わたしは驚いた。母が病院へ行ったのは、風邪か何かと思っていたからだ。そのころ母はふだんよりいくらか蒼い顔をしていたが、ことさら重ねて痛い苦しいと訴えることはなかった。いつもよりぼんやりしている時間が長くなり、朝の起床時刻がまちまちになっている、という程度しか、わたしには異常がわからなかった。
「何の病気で病院に行ったのよ」
 我ながら間抜けな質問だった。だがそう尋ねるしかない。母はわたしに何も言わなかったから。
「ちょっと体調が変なので診察してもらっていたのだけれど、検査結果が出て」
 それでは今まで通院していたの? ちっとも知らなかった。ひとこと教えてくれていたら。
「それで、結果は?」
「余命半年くらい」
 母はしらしらと言った。このクールなリアクションは何? 余命半年? お母さん、お願いだからもっと動揺、せめて切実な情感をこめて娘には対応してよ。
「いったい何で」
「末期の膵臓癌。自覚も少ないし、治療もむつかしいらしい」
 母は桜の枝に…従妹たちが小鳥のようにとまっているらしい花の空間に向かって手を振り、にこっと微笑んだ。もうじきあなたたちの仲間入りね。
「そんなのんきな、入院は? 治療は?」
「しませんよそんなもの」
 ばっさりと一刀両断だ。
「助からないとわかっているのに、医者を儲けさせることはないじゃありませんか。まあ痛いのはいやだから鎮痛剤だけもらって、好きなことして過ごすわ。未練もないわねえ。あなたが二十八にもなって独身なのが心配だけど、わたしの娘なんだから、どうにか生きていくでしょ。そうだ、死ぬまでに最終歌集をまとめよう。編集さんに連絡しなくちゃ」
 母は桜の枝に片手をさしのべ、おいでおいでをした。
「お知らせに来てくれたの? ふうちゃんはどうしたの?」
 眼をこすったが、母の手の先に従妹の姿はわたしには見えなかった。
「医者の診断なんかあてにはならないけれど、あなたたちがこうして来てくれたってことは、やっぱり死ぬのねわたし。そういえば杏澄野病院で、ふうちゃんも詩杖も、わたしのドッペルゲンガー見たって言ってたものね」
 生前の芙蓉さんとの最期の面会になった三年前の晩夏、母のドッペルゲンガーを見たのは芙蓉さんと詩杖だった。その直後に芙蓉さんは亡くなり、翌年詩杖も死んだ。叔母はともかく詩杖は自死だったが、あの夏、それから晩秋の芙蓉さんのお葬式のときの詩杖からは、自死を思い詰める暗さは全然感じられなかった。
芙蓉さんのあと、詩杖の突然の死を知らされたわたしは、ドッペルを目撃した二人がそろって次々と逝ったので、あの現象はそちらの予兆なのではないか、と思った。詩杖がなぜ死を選んだのか、彼女の葬儀のあとで、母からその理由を聞かされたとき、驚くよりも納得してしまった。性にまつわるアクシデント。詩杖の性格ならありうる。純粋すぎる死因だけれど、夏夜と詩杖の姉妹なら。
相手が誰なのか母ははっきりと言わなかった。彼女の表情から、それを探ろうと思えばできそうだったが、そんな憶測はごめんだ。誰だっていい、そんなことは問題じゃない。口惜しいのは詩杖だけが死んで、相手はのうのうと生きていることだ。詩杖が好きだったわたしは、詩杖の父親の詩郎さんの放任をうらんだ。しかし彼にしても、もう成人した娘の微妙な秘密に触れるなんてできなかったろう。女房とうまくいかないから幼い娘ふたりを実家に預けなければならなかったのは、詩郎さんだけの責任ではない。
幼い姉妹が育てられた伊那の寺には思春期後半の詩郎さんの末弟がいた。詩郎おじさんは長男で、下には妹がひとり、その次に兄の代りに寺の跡継ぎになった筧(かけい)さん。筧さんは詩郎さんが後継放棄したあと、養子縁組で入ったひとだった。僧侶であっても、妻帯が禁じられているわけではないのに、勧められても筧さんは娶らず、生涯不犯のはずだったが。詩杖の葬儀を行ったのは、伊那の実家で、筧さんが死者の導師だった。
憶測はいやだが、こんなことは何となくわかってしまう。筧さんは詩郎さんの実の弟ではないから、血縁上は相姦の罪には問われない。だが詩杖をだいじにするなら、寺を捨てなければならない。そういうことだ。だからって詩杖が死ぬことはないではないか? こんなのは失恋でも不倫でもない、詩杖ちゃんのばか、とわたしは従妹をののしった。隠しておけば、やがて時間が落葉のように降り積もる。落葉の色が当座心にいたい深紅であっても、時間経過の効用はてきめんで、どんな鮮烈もひっそりと彩りをうしない、やがて朽ち葉に褪せてゆくのだ。筧さんは涙ひとつこぼさず、今も伊那谷で幼稚園を経営しながら檀家の葬式に飛びまわっている。
こどものない筧さんの次は誰が寺に入るのか、どうやら詩郎さんの息子の緋郎が継ぐと決められている。この子は幼い頃からピアノがうまく、めでたく神童まっしぐらと思われたが、どこかでぐれて、芙蓉さんが亡くなるころは遅めの反抗期真っ只中、両親の手におえなくなりかけていた。母親の死後、父親はこの末っ子を東京に上げ、東朱雀の全寮制学園に入学させた。
「ねえ、また歌ができたわ」
 桜の枝の下で、母はわたしを振り返った。片手を頭上にさしのべたままだ。その手に詩杖か夏夜がとまっているのだろうか?
 母ははしゃいでいるように見えた。もしかしたら死の告知という衝撃のあまり、突発的な躁状態になったのかもしれない。
「桜よりさえずり伝ふ逝きし子の手足の白さ我もいただく、どう」
「お母さんさえよければわたしはどうでも。そんな歌の感想なんて言えない、こんなときに。お母さん平気なの?」
 わたしはもしかしたら涙ぐんでいたかもしれない。
「平気じゃないわよ。ショックですよ」
「とてもそうは見えないわ」
 母はわたしの顔をしげしげ眺めた。優しい表情だった。
「じゃあ、こう言われたとしたらどうでしょう。水品さん、あなた九十九歳で老衰死します、臨終までの健康寿命の保証はできませんが、先進医療と懇切丁寧な介護のおかげで、ともかく大往生です、おめでとう」
 母は白い歯並びを見せて、自分自身の台詞を笑った。
「わたしはあんまりうれしくないわね。きりのいいところで、この世のしめくくりをつけられるほうがいいわ。ふうちゃんはまだ若すぎたけれど、わたしはもういいの。ただあなたが心配なだけよ。紫の上だって、五十前で亡くなったのよ。あのひともやっぱり心残りはないんだって、言っていたわねえ」
「冗談よして。紫の上って?」
「源氏の奥さん。正妻ではないけれどいちばん愛されたひとかしら。平安時代の四十歳は、いまどきなら還暦ね。四十歳で若菜の祝いをしたから」
 母は途中から自分自身を納得させようとするかのように説明口調になった。
「じゃあ、お母さん、紫の上の真似をするなら六十後半までは生きてくれなくちゃ。ちゃんと治療して、手術して」
 母は笑顔をおさめて黙った。わたしの眼を覗き込んで、
「だから、時間の猶予は半年なんだってば」
 母は言わなかったが、鈍い子ね、とわたしは心臓にまっすぐ釘を刺されたような気がした。もう一首できた、と母はつぶやき、
「彼岸よりほころび告ぐる爛漫は喪の前にして世界を覆ふ、傑作です。我ながら」
「冗談でしょう」
「歌? それとも傑作っていう自己賞賛?」
「お母さんの世界に、わたしは存在していないのね」
思い切って母親をなじったが、アイスドールはするりと矛先をかわした。
「あなたはまだ生きているし、これからの人生が長いんだから、わたしの世界に入る必要はないの」
 母は肩先に垂れかかる髪を片手ではらりとかきあげた。うら若い女性の仕草。花曇で影のない光線の中、母の顔からは年齢のつくる陰影が消え、なめらかに整っていた。この表情を、わたしではない誰かに見せたい、と奇妙なことを考えてしまった。お母さんの世界って? お母さんの世界は水品紗縒の世界で、もともと娘の入り込む余地はない。余命の長短とはぜんぜん別だ。娘はいないけれど、このひとは自分の世界でたくさん恋歌を歌った。そうだ、お母さん、恋人いないのかな、京都の社長だけじゃなく、こちらに誰もいなかったの? わたしの知らない誰かがいて、もう余命半年というなら、そのひとといっしょに暮らしたらどうかしら。
わたしと母はずっと一緒に住んでいたが、今さらながら、改めて母親の私生活を知らないことに驚いた。母は交友関係はひろくないが、歌や仕事を通じてそれなりに知人の輪があり、容姿もきれいだから、応分になまめいた交際もあったはずだ。しかし彼女は見事に娘の前に自分の乱れを見せなかった。浮いた噂は娘の耳には届かない。たしか、まじめな再婚話もいくつかあったと思う。望まれても二度は嫁がなかったのは父親との生活に失敗した記憶が痛かったのか。いや、わたしが知らないだけで、今の母に恋人がいないこともないだろう。どれもこれもわたしの咄嗟の仮定に過ぎないが、このとき、顔も知らない自分の父親のことは寸毫も頭にのぼらなかった。
 母は桜の枝の下を離れ、店の中に入った。わたしはそのうしろ姿を眺め、それから開きかけた桜のつぼみが淡いピンクの綿菓子をこしらえている枝を見上げた。詩杖と夏夜が来ているならわたしにも姿を見せてほしい。湿度を含んで黒々した太い枝には、姉妹の姿はやはりなくて、ほのかな花の空間に、目白が二羽留まっていた。この鳥たちがそうだろうか。小鳥はわたしの視線が来ると、おのおのかるく羽を上下させ、小首をかしげてこちらに合図するように思えた。そうか、彼女たちの魂は神話どおり鳥になったのか、それともいっとき鳥の姿を借りてこっちに来たのかしら。この鳥が実体かどうか、幻覚か幽霊か、わたしには確かめることができない。近くに寄って息を吹きかけ、暖め触ることができないのだから、幻想だろうと実体だろうと、目に見える耳に聴こえる、という現象だけなら世界のおおかたは虚構夢想といってさしつかえない。あ、また絵が描ける。へんぺいな爛漫の桜空間のなかで、ぽつん、ぽつんと飛びまわっている小鳥と、ふたりの女。わたしと母親。キリコふうにデフォルメされた空間恐怖の魔力が構図と色彩で表現できたら成功。
母と息子、父と娘の相姦は普遍的な心理原型だから、神話から始まって芸術にも文学にも使い古された魅力的な素材だけど、ガラスの壁ごしに互いを眺めて傷つけあわない相似形の母娘、というのは、やっぱりデルボー。あの絵の女たちはみんなおんなじ顔をしているもの。連鎖する遺伝子。なまなましい感情を拒み、この世とあの世のさかいめで理も非もなくただ増殖してゆくナルシシズム。そこに男の入る余地がない。デルボーは男だが、自作のなかに侵入して母親原型の画像にしがみつくことはしなかった。絵の外側から距離をおいてひんやりと眺めていたのよ。虚構の中でもじかに女に触れることを避けたデルボーは、やっぱり変人だ。母も変人だ。どうにかしろ、母の恋人くん。君が哀訴すれば母は生き延びたいって思ってくれるかも、いや、そんなことはない。…ぜったいに。
「透姫ちゃん、夕刊とってきて」
 店の中から母の声が聞こえた。夕刊という家常茶飯の単語がわたしの芸術妄想に水を浴びせた。わたしの反応もへんだ。母の死を予告されたのに、お茶の間ドラマのような健康な悲しみなどまるで感じない。歌人紗縒の水色オーラに洗われて、生も死もさながらまほろば予定調和みたいな気がしてきた。死んでも母は何も変わらないのではないか。
 郵便受けは、祖父の植えた山桜の幹にくくりつけてある。母とわたしの揃って好きなほっくりしたうぐいす色の木箱。三角屋根の壁に大きめの丸い穴のあいた郵便受けは、鳥の巣箱のようにも見える。夕刊のほかに何通かの手紙。ダイレクトメールと、葉書、封筒。DMは緋郎からだ。ふうん、鹿香のジャズクラブでライブをやるのか。わたしにはメールだけだが、水品紗縒にはINVITATION。
 店に戻り、夕刊と郵便物を母に渡すと、ショーケースの中の簪類の手入れを始めていた母は手をとめ、郵便物より先に夕刊をひろげて裏表さっと眺めた。
「何かおもしろい記事ある?」
「これね、あたしへのメッセージがいっぱい籠められているのよ」
「メッセージ?」
「ええ。たとえば、これ」
 と母は一面トップの見出し活字「河津桜満開」を指差し、
「神様があたしによこす啓示なのよね」
 何を言い出すのか、とわたしは呆れて母を眺めた。店内は和紙のぼんぼりの間接照明で、外光よりずっとほのぐらい。店で扱う衣装や装飾品の色艶を損なわない程度に、明かりの光度を調節している。蛍光灯では色彩は白けてしまうし、白熱電球は鮮やか過ぎて、ことに織物は手にとったときに襞のつくる影が陰惨に見えた。
「神様?」
 母はカトリック信者で、天主が新聞を通じて彼女に啓示をくれる? お母さんいよいよあぶない、癌といっしょにこれは何の妄想ですか。母は珊瑚の珠簪をていねいに拭きながら、板の間に置いた新聞を見つめて言う。
「神様、というのはかりそめの言い方なんだけれどね。こういう記事のならびのなかで、ふいにあたしの心に入ってくる単語や文章があるの。新聞なんて、まあざっと眺め流して、たいていはすぐに忘れてしまう。記憶にとどめてはおかないものでしょう。ところがね、そう、考えてみたら、膵臓癌があたしの体内ではびこり始めたころかしら、朝刊や夕刊、いえ世間ふつうの雑誌でも、テレビのニュースでも何でもいいんだけれど、何の脈絡もなく、あたしの感情に食い込んで印象を刻み付ける言葉の混雑が始まった」
 ラッシュですよ、ほんとに、横須賀線とか山手線とかの,朝晩通勤ラッシュみたいに、あたしをぎゅうぎゅう押してくるの。一方的にね。母は夕刊紙面から顔をあげ、埃を拭き取った鍛金の簪をぼんぼり明かりに透かして見た。
「これは江戸時代のものね。あたしが死んだらどうなるかしら。おまえ、この店を継いでくれる?」
「それはかまわないけれど、お母さん、その夕刊のどこに神様のメッセージがあるの?」
「そうね、たとえば今日はこれ。トップの桜の満開写真。これがあたしへの神様からの応援メッセージ。そう見えるの」
 母は濃いピンクいろの桜が河岸の両端にふんわりと雲を重ねている一面を指で押した。虚空からひらりと舞い落ちた桜のはなびらを新聞紙に嵌めこむように、ひとさし指をまっすぐ伸ばし、くいっと写真に押し付けた。
「ただの報道写真よ」
 わたしはあっけにとられた。
「それともお母さん、この写真を撮った新聞記者と友達なの?」
「まさか、ということもないけれど、この新聞社に直接の知り合いはいないわ」
「じゃあ、どうしてこの写真がお母さん個人へのメッセージなわけ?」
「そうねえ、たぶん、きっと桜の満開が濃いピンクで、水のほとりで、全体にふんわりと夢みたいにきれいだから、でしょ」
「おそるべき主観。主観を通り越して」
 その次の単語を口にしかねてわたしが絶句するのに、母はあっさり
「妄想?」
 悪戯っぽく笑った。血の気のすくない白い頬に無邪気なえくぼが浮いた。
「他人にはそう見える」
「なのよね。わたしも自分の神経がどうかしているんじゃないかと、何度も思ったわ。じっさいこれでは統合失調症だもの。幻聴、幻覚、新聞記事が自分の生活の機微万端に触れて見出しや画像で追っかけてくる、なんて」
「お母さん…」
 心療内科に行こう、と喉まで出かかった台詞をわたしはがまんした。病識があるんだから病人じゃない。
「ねえ、透姫子、今にならわかるのだけれど、この何年か、わたしもよほど苦しかったのだと思ったわ、今日癌という診断を受けてね。だって世界中のひとのための、おおやけの記事が、わたしひとりをターゲットにして編集されてると感じるなんて」
「うん」
 わたしは母の端正な横顔を見つめた。表情には歪みも軋みもない、みずみずしいきれいな顔だ。でも、そういえば痩せて眼の回りが蒼くへこんでいる。痩せ衰えた芙蓉さんの顔に似てきた。お母さんもあんなふうになるんだろうか。顔の下のまっしろな頭蓋骨が皮膚に透けて映りそうだった芙蓉さん。
娘のわたしの胸に、ふつふつと自責の念がこみあげる。ここ数年? 苦しかったって?
母の内部で膵臓癌が宿主を食い荒らすのに必要な時間はいったいどれくらいだろう。癌が肉体を蝕むのと一緒に、彼女の精神は自我肥大の妄想に憑依されたのか。にしてもわたしはまったく気がつかなかった。
「それにね、この映画のあれとこれと、それから」
 それからそれから……。
 母の顔がゆっくりと自嘲に苦く曇った。
「映画広告のタイトルまでが、自分に話しかけているような気がした、していた」
「今は?」
「死ぬとわかった瞬間から夢は醒めたわ」
「映画はハリウッドよ」
「そう、フランスもイタリアもあったわね。どこの国のどんな作品でも同じなのよ。ニュースも音楽も。ぜんぶ自分の、たいして大きくもない自己認識の壁面にぴたりと貼りついて、自己愛の鏡になっていたのでしょ」
「世界がお母さんひとりのために?」
「そこまでは言いません。しいて言えば、見ず知らずの誰かがわたしを熱愛していて、スーパーマンのようなその絶対者が、神様の姿を装ってわたしの私生活、精神世界を覗きこみ、色とりどりの幻影をくれた、ということかしら」
「……それ、前衛劇になりそう」
「前衛にかぎらない。リアルな人生ドラマでしょう」
 どこがリアルなの? ああそうか、妄想も精神分裂、いえ統合失調も、それほどまれな精神病ではない、という意味ならドラマだ。だけど母の雰囲気は、自嘲で苦くなっていても肌触り良くさらさらしていて、ちっとも悲劇のヒロインぽくない。余命告知に数年来の精神障害。精神科医の診療を受けたわけではなけれど、新聞見出しや広告の惹句が自分ひとりへのラブレターなんて、あまりにも症例どおりではないか。
私の母校の美大にも在学中に発病した天才肌の少年少女たちがいた。彼女たちは、むしろ自分が異常である、ということを嬉々として受け入れ、精神病院に入退院を繰り返した。入院中も彼と彼女たちは制作し続け、世界各地のビエンナーレやコンペで受賞し、精神病院組のひとりは、今や売れっ子イラストレーターになっている。ときどき顔を合わせて食事したりする彼女は、半ば以上タレント化した今になっても、リフレッシュのために発症し、閉鎖病棟と仲良しということだ。これはわたしが茶化した形容ではなく、彼女自身があちこちで吹聴しているのだ。精神疾患が独得の勲章になる、というのは芸術稼業の寛大な特典のひとつだ。
けれどもそんなアクセサリーは母につけて欲しくない、似合わない。リアル、という母の解釈をわたしはすげなく否定した。
「ありえない幻想だと思う」
「だから統合失調症じゃないかって不安だったわ」
 それなら同意できる。わたしはこくんとうなずき、そのまま顔をあげずに俯いた。
「わたしにはお母さんの不安がわからなかった、ごめんなさい。お母さんはいつも…」
 いつも、どうだったろう? 冷静? クール? どれも少しずつちがう。母親を適切に評価する言葉を捜しながら、わたしの内部では風が乱れ、ちいさな逆波が立った。お母さんが今年中に死ぬって聞かされたのに、あなたのちぐはぐな反応は何なのよ。自分の良心にこづかれるわたしの表情はきっとたぶんへのへのもへじ。
「お母さん、いつも別世界だから」
 この言葉がいちばん適切だ。褒めもけなしもしない。冷たくもなければ熱くもない。ガラスの薄い風船のなかで、ゆらゆら浮かんでいる水品紗縒。
 あ、と母は古民家の入り口を見やった。
「入ってきたわ、みんな」
 わたしはまた急いで母の視線を追いかけた。
 薄曇りだった空が割れて、今地面には明るい春の陽射しが揺れていた。庭土に反射した三月終わりの光がガラス扉をつらぬいて、こちらへまばゆく射しこんでくる。ちらちら、きらきらと、店内のうすくらがりに慣れた視覚に逆光は眩しく、一瞬眼の中はまっしろな光でいっぱいになった。
 白い光は眼の中ですぐに滲んで暗く溶け、じきに毛細血管の赤いろが瞼に浮き上がり、鼓膜に母の声が聞こえた。
「みんな来てくれたわよ、透姫子。詩杖も夏夜も、ふうちゃんも」
 どこからどこまでが母の幻想なんだろう。出来事だけを追って読むだけなら、ほとんど全部の記事は執筆者の個性を消した客観的なクォリティペーパーが、水品紗縒へのメッセージ、彼女の途方もないナルシシズムの鏡になるなら、今彼女にしか見えない従妹や叔母の幽霊の信憑性もきわめて薄い。しかしもともと幽霊に信憑性など必要ない。信じられないものが出現するから、固定的な世界観がくつがえってファンタジーの虹が昇る。母もわたしも虹を追いかけて詩歌を遊び、絵を描いている。わたしも従妹たちに逢いたい。死に近くならないと見えないのかしら。

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