さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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星月夜  vol0 シェラザードコンプレックス

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シェラザードコンプレックス

 窓佳は美大以来の友人で、最初はオーソドックスにイラストレーター、そして今はネットパフォーマーというよくわからないふれ込みのタレント業をしている。
窓佳のブログを見ると、日記に文章らしい記事はなく、ほとんどが彼女のヴィジュアル作品と、自分撮りの派手なコスプレ画像だ。コスプレと言っても、既製アニメのキャラクターなどではなく、彼女のオリジナルデザインのコスチューム。和洋さまざま、ゴスロリサテンのドレスからセレブかつスノッブな洗練された高級ブランドまで。
衣装に合わせてその都度、かつらやメイクの色もかたちもくるくると変え、それでも窓佳自身のユニークなキャラクターは、奇異な衣装や虚飾に負けずに、視聴者にちゃんと可愛げのある独自の個性をアピールできるのだった。
大学時代はそんなに目立つ少女ではなかったと思う。むしろ内気な子で、ぱっと見にも可愛らしく顔が整っていたが、デューラーや中世ミニアチュールといった古典絵画が好きで、銅版画家になるのが将来の夢だった。はずだが、いつからか彼女はネットから飛び出し、メディアに注目されるアイドルすれすれの営業をしている。
 わたしは学生時代、密室で孤独に版画を制作する窓佳が好きだったが、タレント業の彼女も嫌いではない。お小遣い稼ぎに始めた雑誌の挿絵は、いつしか挿絵のセンスよりも画家当人の器量が評判になり、それこそいっぺんこっきりのつもりで、あるファッション雑誌のモデルになったら、あっというまに人気が出た。イラストや挿絵の仕事もそれにつれて飛躍的に増えたという。
 彼女の方が多忙なので、しょっちゅう会う友人ではないが、数年前から窓佳から定期的に電話が来るようになっていた。たぶん地道な銅版画家から、タレントに人生の舵取りを変えたくらいの時期だと思う。
 一定の間隔を置いて、彼女は春と秋の両方、あるいは春と秋のどちらかに精神病院に数週間入院するのである。
「下界にいると休息できないから、煉獄に入るの」
 それではダンテの神曲ばりだ。
「そうよ、あたしは入院している間だけ、昔みたいにじっと心澄ませて別世界モード。ようやく細密デッサンに集中できるの」
「入院しないとだめなの?」
「だめね、どこかから妄想がとめどなくなってきて、自分のキャラクターが本当はなんなのかわからなくなっちゃう」
「本当の自分て必ず必要なものなの?」
 わたしの問いに、窓佳は口を噤み、すこし間を置いてにっこりと、いかにも営業用スマイルを顔に浮かべた。
「透姫子のそういうところが好き」
 わたしたちは窓佳の住んでいる自由が丘のカフェで向かい合っていた。カフェの入っているビルの階上に、今窓佳のオフィス兼住居がある。そこはタレントで稼ぐようになってから引越ししたのではなく、新潟でも裕福な窓佳の実家が、娘に買い与えたということだ。
聞くところによると、窓佳の実家というのは県の文化財指定を受けるほどの立派な屋敷を構える豪農士族だそうだ。だったそうだ、と過去形の助動詞のほうが正確なのだろうが、土地と血縁を強固に守る地方の旧家名家というのは、現代もたしかに存在するのだった。
「いろいろなお洋服をとっかえひっかえしていると、そのとき自分が着ているものに影響されて、とめどなく空想があふれてくる」
「たとえば、シンデレラの格好をしていると、自分がシンデレラストーリーの主人公になった気がする?」
「気がする、じゃなくて、完全にシンデレラになってしまうの。見たこともない外国や、食べたこともないご馳走、それからいるはずのない恋人が、頭のなかにはっきり浮かび上がってくるのよ。浮かび上がるんじゃないわね、わたし自身の素朴な記憶を圧倒して、とてつもなくダイナミックでゴージャスな物語がわたしをとりこんでしまう」
「誇大妄想狂」
 きつい言葉でうっかり断言してしまったが、窓佳はへこたれなかった。
「そうなの、まさに。で、それを誰彼に喋ってしまうのね。朝から晩まで嘘八百」
「衣装のせいで嘘つきになるのだったら、違う衣装を着たらいいんじゃない?」
 窓佳は手入れを怠らない細い眉で、すべすべした額にきれいな八の字を描いた。
「それが、そうはいかないの」
「なぜ?」
「いつも注目されたい、いいえ、注目されなけりゃいけない、みんなを驚かせ楽しませ、同時に自分の価値を高めてくれるパフォーマンスをし続けなければいけないっていう強迫観念があって、たとえばお洋服を着替えるにしても、さっきまでデコレーションケーキみたいなアントワネットファッションを着ていたから、それじゃあ次には落ち着いた地味めのたとえばジーンズにウールのセーターとかたとえば街着にちょうどよいようなアニエスbとか選ぶんじゃなくておなじブランドでもみんながふりかえるようなぎらぎらの服にこれでもかとばかり大きなリボンとかでなければ超ミニスカートとかジュエリーとかものすごいハイヒールとかショッキングカラーとかそういう大地から飛び離れた飛び跳ねる格好しかできなくなってるのよ」
「……息継ぎ、苦しくない?」
 窓佳はほっとうなずき、眼の前のチョコレートソーダのストローをくわえ、ずずずと音をたてて吸い上げた。それからぼうっと顔をあげ、ぬけぬけと言ったものだ。
「あたし、今何を喋ったかしら」
「ファッションのこと。着替えても着替えても、自分のキャラクターが……ええと、うまく現実に着地できないって感じの羅列」
 ことん、と窓佳はコップをテーブルに置いた。今日の彼女は春らしい明るいミントグリーンのプルオーヴァー、レモン色の地に大きい白のドット模様のスカーフを巻いている。その下の胸元にはスワロフスキーの無色透明な二重の長いビーズネックレス、膝上までの無地の白いフレアースカート。ストッキングには淡いピンクのパールが浮いている。
いつもどおり、着ているものは全部どこかの高価なブランド商品なのだろうけれど、色とデザインだけ眺めれば、ここまではおだやかで上品だ。が、足元は真っ赤なピンヒール。アンデルセンの童話、「赤い靴」の少女は、お葬式の日に赤い靴を穿いてしまったのだっけ。今日はお葬式ではないけれど、彼女にしては気分が沈んだ鬱日に違いない。だからわたしを呼んだのだろう、だが鬱でも赤いハイヒールと隙のない女優肌メイク。ガス欠とはいえ一般鬱レベルよりまだ高度は保っている。
「まさにそのとおり。あたし浮き上がっちゃってる」
「だからって一生踊り続けるわけにはいかないでしょう」
 わたしは窓佳へというよりも、自分の観察に対して返事をしてしまった。が、彼女はますます嬉しそうにうなずき、
「そうよくたくた。下界にいるかぎり、わたしは自分から逃れられないので自分が何を喋り散らしているのかわからなくなる。だから入院するの。無彩色のユニフォームを着てお化粧も捨てて箱にこもるの。喋るかわりに、昔のように日がな一日、ほとんどひとりで机に向かい、デッサンし続ける」
 
 ミランダは阿修羅さんの家から香枕に移ってきた当日に、いきなり母の声で喋ってくれたが、それ以来黙っている。もちろん鸚鵡の声で鳴いたりはするが、紗縒独得の響きのある声はそれ以来聴こえない。朝晩の籠の掃除は、ブランコや柵にこびりつく大量の糞の始末が最初のハードルだったが、犬や猫と違って、鳥の排泄物は臭気が少なく乾きやすいので、じきに慣れた。なにより極彩色の鸚鵡は、見飽きない目の快楽で、わたしは一日置きに妃翠房に出かける以外は、二月のほとんどを自宅でミランダの姿をデッサンしたり、これまでに描いた母のクロッキーや水彩画を取り出し、このごろのわたしの描き方にしては手間をかけた下絵を作って過ごした。
三月に入ってからアクリルでいっきにしあげるつもりだ。いったん色を置いたら、もう迷わず塗りあげてしまおうと、わたしは水彩で、一日に数枚はミランダのさまざまな姿を描いた。
 たいていデッサンや作画は午前中にすませ、午後は人と会ったり、母の残した歌をデータに整理する作業を始めた。おおよそ五百くらいまだ残っているはずだ。歌屑を除いて、と言っても、どういったものが歌の屑として削除できるのかわたしは怖気づいてしまう。しかしごく普通に考えたって、五百首もの資料を読むだけでも負担だ。お送りする歌原稿を準備する段階でも取捨は必要だった。
なよなよと水面に浮かぶはなびらは君を送りてのちにさえずる、これは比較的新しい歌だけれど、鳥の縁語が用いられているのでわたしはついミランダを連想する。阿修羅さんは息子さんを連れてパプアニューギニアとオーストラリアに旅立ってしまった。生返事以外の口をきかない、見るからにニートな三十代の長男は、たぶん心の病なのだ。
ミランダを迎えに行った日も、彼はおずおずと父親の傍を離れず、わたしに笑顔を向けてはくれたが、決してアイコンタクトをしようとはしなかった。注意してみると、息子さんは傍の阿修羅さんともできるだけ眼を合わせないようにしていた。いったいどんな抗精神薬を服用しているのだろう。被害妄想は手におえない。幻聴幻覚。彼は父親に固着しながら、病んだ頭の中では、その父親に対する恐怖と争っているのかもしれなかった。
 世の中に向けてアーティストという看板を張って生きているひとたちは、すくなからずデゲネラント(精神病質)を抱え、ときにはそれを優ストレス、起爆剤として絶えず発火しながら自分を煽り、驀進するタレントも多い。わたしの周囲にもいる。窓佳がそうだ。
「もちろん、多少のドラッグは入れてるわよ。
お酒、煙草、アルコール。でも麻薬はしない。あれにはまったらおしまいだからね。それにあたし、この稼業は三十でやめる」
 テレビ電話の向こうで窓佳はさっぱりと言った。明日また精神病院に入るといって、わたしにアクセスしてきたのだった。わたしはちょうど、母の歌の整理に飽きて、ミランダの籠をウエスで拭いていた。
「へえ、そしたら結婚するつもり?」
「してくれる相手がいたらね。でもきっとエネルギー過剰のわたしは家庭生活からはみだしてしまうからすぐ離婚ね。尽くすタイプじゃないし、家事嫌いだしね。ずっと絵は描くけど、商業ベースじゃなく自分の本当に描きたいものを探すわ」
 昼近くなっていたが、ミッフィーのマグカップでアメリカンコーヒーを飲んでいる窓佳はすっぴんで、髪もとかしていない。起き抜けのようだ。
「それじゃ、今作っているいろんな作品は、窓佳が本当に造りたいものじゃないの?」
「そういうことね」
 わたしは首をかしげた。
「じゃ、何のために造るの?」
「挿絵やいくつかのものはお金稼ぎよ。そのスタンスは初めから変わってないわ。つまり全部の表現はお金儲けのためってこと」
「あなたそれものすごい幸運なのよ。絵を描いて稼げるなんて、じっさい滅多にないわ」
「稼いでるって言ったって、その全部がことごとく衣装やメイク、お付き合いに消えていくんだもの。自転車操業もいいところだわ」
 ではどうやって彼女は今の生活を続けているのだろう。芸能人は事務所からお給料が出るのだろうか。何かのCMにも窓佳は使われていたから、わたしはかなり高収入だと思っていたのだが。
「それは、まあ、いろいろやりくりするの」
 窓佳はにやりと笑った。その笑い方がジンさんのにやりにそっくりなのでわたしは驚いた。が、それ以上追求したくない気持ちにもなった。これもジンさんに対面しているときに感じる気分とまったく同じだったので、わたしはさらに、さきほどよりすこし小さい気分で驚いた。
「せっかくのネームバリューがもったいなくないの」
ネット画面には、一ヶ月に一度くらいテロップで窓佳の名前が流れる。ツィッターのフォローも、一般市民としてのわたしの感覚では厖大だ。メディアに対しても、彼女は自分の心理ストレスを隠さない。精神病院入退院の習慣さえ、明るくプリティに彼女は喋り散らす。それがイメージダウンにならず、いろんなエピソードの層を重ね、結局はミルフィーユのように彼女の甘みを濃くして愛され続けるのだから、やはりタレントは窓佳の天職なのではないか?
「そんなこと言ってくれるの透姫子だけよ」
 いきなり窓佳は画面の向こうで泣き崩れた。これが嘘泣きでないといいのだが、いや嘘泣きのほうがいいな。いくらなんでもオーバーアクションだ。
「窓佳のブログはカラフルな画像でいっぱいだけど、文章はないのね。いまどきのタレントたちは、すこし有名になると本を書くひとがたくさんいるのに。あなたの脳内に湧きあがる空想というかファンタジーを小説にしてみたらどうなの」
「あたし文才ないもの。絵のほうがいいな。でもそれもありだわね。別に全部自分で書かなくたって、誰かに手伝ってもらえば」
「そうそう。せっかくユニークな才能があるんだから、たった三十で消えちゃうことないでしょうに」
「アイドル業はもうそろそろ無理。女優もいまいちだし。そうねえ、いいかも」
 そうだそうだとわたしは女友達をそそのかした。ポリクロームな生活の泡のような金に狎れ、そこそこ芸能界の修羅場も経験し、沈没の憂き目も見ずに、なおエネルギッシュに自己実現を追求し続ける彼女が、三十過ぎて引退したとして、どうやってなだらかな市民生活に溶けこめるというのだろう。
素直な感情を失わないかわいいアイドルなら、心と懐の温かい配偶者に恵まれれば、祝福されて引退し、人もうらやむ家庭を築くことも可能だが、可愛い美人だけではない奔放なエネルギーと自意識ともに過剰な窓佳はさてどうだろう。
精神病院に駆け込み、地味な細密デッサンに明け暮れる余力があるなら、躁状態の嘘八百を原稿用紙にまとめて作家デビューしたほうが経済効果大だ。そもそも実家がちゃんとしているのだから、本人が過度な踏み外しをしなければ、まあ破綻することもない。
 ハングリーになりきれない彼女の創作の質は、この際不問にしよう。だが弱肉強食の芸能界ジャングルで、一枚看板を張ってきたバイタリティはたいしたものだ。彼女の弱点は、自分自身に奉仕する以外に快楽の目的がないことだ。コスプレもヴィジュアル創作も、そして嘘の羅列も、すべて自分を輝かせるためでしかない。
それで疑問や躊躇がないのならめでたいが、なまじ賢いから……デューラーやウェイデンの世界に没入できるなんて、高度にストイックな希求と素質を持っていなければ不可能だ……でもそれは前進起爆剤の自己陶酔に自分で水を浴びせてしまう。さあどうする。
「試しに何か短いものを書いてみたら?」
「妄想? でもその最中は嘘ついている自覚がないんだもの」
「それは妄想というかむしろ虚言症よね。だけどプロ作家ってその虚言を換金できる職業にすることなんだから、病に食い荒らされるのはよして、あなたのほうで自分の病気を食い扶持にしてしまえば」
「そんなにうまくいくかなあ」
「当面喰いっぱぐれはないんだから、まあ書いてみたら」
「何を?」
 窓佳の甘えた問いかけが次々と続く長電話は切れ目がない。これは神経性多弁というやつだ。不安や焦慮をごまかすために、とにかく喋る、意志の疎通が目的ではなくて、入院前にひとりになるのがこわいのだろう。
でもわたしはそんなに辛抱強くない。だんだん苛ついてきた。ベランダでミランダがぎゃぎゃぎゃと鳴きはじめた。日なたぼっこに飽きたのか。寒いのかもしれない。ミランダは日光浴用の檻に移していた。鳥籠から出して室内に放してやっても、飛翔力を鍛えなかった運動不足気味の彼は、せいぜい床からテーブルや椅子に飛び乗るか、天井付近を滑空するくらいだ。それでも翼をひろげた姿は雄大で眼を見張る。
わたしは糞の掃除の範囲を大幅にひろげる労力を厭わず、あえてリビングルームをミランダの日中の住処に提供した。色鮮やかな彼がゆったりとソファや止まり木でくつろいでいる光景は、目に心地よいからだった。自分の部屋で籠に閉じ込められた鳥を見るのは嫌いだ。が、動物園は大好きだった。
「そんなの自分に質問してよ。お題は自分で探して。あ、思いついた。これどう? 自分探しの旅、なんて」
「それいいかも」
 考えてみる、と言って通話は切れた。昔の彼女は、こんなハイテンポで話すことなどなかった。黙々と描き続ける彼女のデッサン力は教授も驚くほどだった。無駄なお喋りのかわりに、心と手を動かして丹念にデッサンしていたんだろう。銅版画は窓佳の並外れた根気と集中力を生かす手段として最適だった。
 古典への志向は卒業後一転し、それまでとは真逆のコンテンポラリーステージで派手にスポットライトを浴びた。大学時代の友人の何人かは芸能関係に進んだが、メジャーシーンで活躍する彼女は、一番の出世頭だ。
そういえば、窓佳に恋人はいるのだろうか。浮いた噂が聞こえてこないということは、ほどほどの有名人とはいえ、私生活がパパラッチされるほどのバリューはまだないということかもしれない。
 そうだ、とわたしは迷案を思いついた。出世払い半分だけれど、シビアに見積もっても今現在かつ少なくとも三十歳までのマルチタレント窓佳の価値は大きい。都合よく彼女はこれから一ヶ月弱の療養生活に入る。精神病院の閉鎖病棟に籠もって古典の細密模写で精神修養するのなら、思い切って作家活動のさきがけとして、水品紗縒の歌を読んでもらい、うまくふたりの感性が合うなら、選歌と散文を担当してもらおう。この迷案が近い将来名案さらには先見の明案となることを願いつつ、わたしはパソコンではなく、携帯メールでもう一度窓佳にアクセスした。

 冬薔薇は剪られてのちに匂ひたり娘に隠す坂道の君、朧化(ぼか)しているが恋歌には違いなく、娘とはわたしのことだろう。これは彼女の一番新しい直筆画帖に書き付けてあった。画面に花が素描されていたのは言うまでもないが、花は淡く青い色をしていた。筆跡も絵もわざとの作品のようにまとまっていて、ペンデッサンに薄青一色の静かな色調だが、私家集拾遺の表紙にはちょうどいいかもしれない。この歌が添うている様子も。
 坂道を登るのか降るのか、いずれにしても「君」と作者が安定した関係ではないことがわかる。剪られたあとに匂う、それなら実を結ばない恋か。じっさいこの画帖の状態から察して、描かれたのは去年だろうから、彼女の冬は想像か追憶でしかない。冬を待たずに彼女は倒れた。
猛暑の夏を苦しがり、七月になると、もう日中冷房の効いたマンションから出ることができなかった。そして真夏、彼女は寝たり起きたりしながら『紗女集』最終校正を済ませ、わたしのいない心の余った時間に、こんなことをうたっていたのか。夏の暑さがうとましく、冬の冷気を望んだのかもしれない。あるいは冷えてゆく自分の肉体を冬薔薇になぞらえたのか。
わたしが妃翠房に出勤してから、こっそりと誰かが母の部屋に入ったことがあったのか、いやあっただろう、そうあってほしい。
五十代だろうと六十代だろうと、どれほど年齢を経た老女であっても、美貌をうたわれた女の死にゆく床に異性が添うていないのは哀しい寂しい。その異性は夫であっても息子であってもよい。また複数であってもよい。独り身の女ならば、最後まで結びとおした恋人がいてほしい。少なくともわたしは、自分の母親は、それだけの魅力がある女であったと思う。
母親の私生活について嫉妬の念が湧かないのは、他ならぬ自分の心のすこやかさのために幸いだ。異性の気配を察しても、そこに生臭さを感じないのは、きっと生前の紗縒がまったく娘にストレスと重力をかけなかったためだろうと思う。
美しすぎる母は娘にとって負担だが、見苦しい母親の姿はもっとつらい。病床でも見目をつくろってくれた紗縒に、わたしは心から感謝する。それでこそナルシスト、と。いや最高の思いやりであり労わりであったと。詩杖の言ったとおりだ。生きることは記憶が連続すること。生を織り成す時間の彩りからさえざえとした姿のままみまかってくれたことだけで、母を看取ったその季節のわたしの命は美しい。
紗縒もわたしもデルボーの情景が好きだが、母もわたしも現実よりは架空の世界に住む女同士のように、自分の領域を守りあって互いを侵さず暮らしてきたのか。それならやはり母娘の距離は銀河と銀河くらいに離れていたと言う美於さんの洞察はきっと正しい。
最晩年の恋歌が、よしんば創作であったとしても、現実に彼女を偲ぶ男たちの口調とまなざしは、わたしの眼にもたしかにエロスの埋み火をほのめかせ、それぞれ紗縒に温度を残していた。
 死に際の水品紗縒にこんな歌をうたわせる君は、今坂道の上にいるのか下にいるのか。転落させまいとして母は彼を隠し通し、鸚鵡になっても言わなかった。
「ミランダ、紗縒はどこ?」
 クルククク、とふっくらした太い首が震えてミランダはかぶりを振った。緑と赤の左右色変わりの瞳をもつこの鳥がミュータントなら、人の変異と同じように生殖能力は乏しいかもしれない。わたしがミランダをひきとらず、阿修羅さんがはるばる南半球から彼にふさわしい雌をつれてきても、見向きもしない落胆もありえた。
 わたしの問いをミランダは無視し、くちばしと脚の爪とで毛づくろいを始めた。エメラルドグリーンの小羽と赤い羽毛がふわふわと、それに純白の長い羽がしゃきっと音をたてそうな小気味よい勢いで、彼の翼から抜ける。
わたしはミランダの色鮮やかな羽を拾いあつめた。捨ててしまうのは惜しかった。たくさんたまったら、アクセサリーか装飾品に加工できそうだ。たとえばコサージュ、ブローチ、ペンダント。卯咲苑のスタッフなら、固定観念にとらわれない面白い使い方をしそう。
そうだ、緋郎に連絡しなくては。あの子に歌集を送っていたとは意外中も意外だが、芙蓉さんに死なれて、それまでより手におえなくなった長男を、実母によく似た伯母があやしてくれたなら詩郎さんはほっとしたろう。もっとも緋郎はもうピアノの天才児には戻らず、地方では得られない可能性と進路を求めて上京することを選んだ。
 東京スタコラーズのメンバーとして一年活動するといっても、退学するわけではないし、進学も希望しているようだから、この春から普通には高三、それだけでものんびりとはしていられないはずだ。依頼するのなら、彼についても早い方がいい。珠の光酒造にしても。
誰にしても何にしても、まず読んでいただく歌稿をまとめなければ。
 コーヒーカップを片手に、探し集めた水品紗縒の歌をパソコンに入力してゆく。文字は彼女の健康と心理のバロメーターだが、どんな走り書きにしても、水品紗縒の筆跡は読みやすかった。

……退院したらとりあえず休業することにしたわ、一年くらい日本を離れてイタリアへ行こうと思うの
「イタリア?」
……わたしすっかり忘れていたんだけれど、学生時代、フレスコとかテンペラを勉強したいと思っていたのよ
「ボッチチェルリ? ルネサンスの」
 どこまで本気なんだろうか。テレビ電話を切ってから半日もたっていない。作家志望からまた一転してドイツルネサンスに還るなんて言い出すかもしれない。が、窓佳の声は多少うわずっていたが、さきほどのハイテンポではなかった。
……たとえばそうね。でもさっき透姫子が言ったでしょ。自伝のお題は自分探しの旅だって。そう考えていたらいきなりぱっくりと西瓜が割れて、真っ赤な果実が転がり出てきたわけ。
「西瓜の皮と中身は別々じゃないわよ」
……もののたとえよ。つまり、あたしの感情過多で飽和しきった水分たっぷりの脳味噌が西瓜に匹敵するということ。皮はどうでもいいの
「ああそう」
 奇抜すぎる発想と比喩だが、まじめにこの状態を彼女が文章にしたら面白いかも。
「あなたの言葉が真っ赤な嘘でもかまわないけれどね、わたしのメール読んでくれた?」
……読んだわ。もちろんOKよ。わたしもわりかし詩とか好きだし、透姫子のポエムなんか読んでいいなと感じたこともあったし
「さんきゅ」
 も、あった、ですか。皮肉ではなく正直な窓佳。ここらへんが芸能界を生きにくくさせる苦労知らずのお嬢さん要素なのかな。
「それじゃあ、四月か五月くらいに原稿を送るけど、今の風向きだと退院したらすぐ外国に行っちゃってる?」
……準備があるからまだね。だってもう三月だし、いろいろ仕事もキャンセルしなくちゃならないし、決めたことは済ませないと、帰国してからコネつかないし
「じゃあ、日本にまた戻ってくるつもり?」
……もちろん。
 窓佳はあっけらかんと言ってのけ、わたしは開いた口がふさがらなかった。一年かそこらでいったいどんな職人芸が習得できるの?やっぱり窓佳はだいぶいかれている。しかし物書きをめざすというなら、遊学体験はおもしろい要素になるだろう。ふとわたしは思った。躁鬱妄想虚言離人症患者だが、基本的人格の統合は失っていない気のいい窓佳といっしょに、ふらりと日本を出てゆくのもいいな。紗縒の拾遺集といっても、必ずいつまでという締め切りがあるものではないし、妃翠房はお休みして、いろいろなしがらみをいっさい忘れて、海外へ現実逃避。
 あ、ミランダがいた。せっかく立派な相棒を手に入れたというのに、彼を残してはゆかれない。ミランダの中には、イエズスのお膝元へ復活しきれない紗縒がまだ幾分か残っているかもしれないし、それは客観的に確認しようがないことなのだが、ひきとってすぐまたどこかに預けるなんて、ミランダをくれた阿修羅さんに対しても失礼だ。
……とにかく、原稿ができていないのなら、お母さんの今まで出した歌集を送ってちょうだい。お金はあとで払うから全部ね。歌だから読むのは簡単よね。
「時間はかからないわ」
 短歌の理解に対する日ごろの自分の薄情は棚上げにして、率直すぎる窓佳の言葉に多少腹立たしい気持ちになる。たしかに時間はかからない、しかし心の幅と奥行きはたっぷりとって一首にたちどまってくれる読者を、きっと詩歌の作者は望むのだ。が、自分自身、誰かの詩や歌にそれほど心を分けてとどまることはない。それにしても、ふと、往来で擦れ違うように一瞬眼にした歌でも、自然と心のなかで繰り返しリフレインして響くもの、たった一行の定型に歌人が呼び集めた歌言葉が共鳴して澄んだ和音が昇り、きらめくような視覚印象をくれることもある。
 夏夜と詩杖が生きていてくれたら、とわたしは思った。芙蓉さんも。次々と亡くなってしまった水品の女たちなら、一族の女が最後に残した白鳥の歌をこころゆくまで品評してくれたろう。
そうだ、四月に銀座の展示が終わったら、筧さんに会いに行こう、それから京都へも。筧さんに会うのは詩杖にまた会うような気がする。詩杖は筧さんが死ぬまで傍にいると言っていたではないか。きっと伊那の山門の中に彼女がいる。亡骸は朽ちてしまったろうが、詩杖とそして夏夜もいるにちがいない。そのときはミランダも車に乗せて連れていこう。
お母さんはもしかしたらミランダの中から、モロォのスフィンクスのように飛び出してくれるかもしれない。スフィンクス。謎。
あ、構図が生まれた。純白と極彩色が入り混じるミランダの真っ青なくちばしから、薔薇色と水いろの紗縒の上半身がするりと出現する。彼女は片腕に青銅の器を捧げ持ち、その中には彼女自身のもう一方の腕が入っている。鸚鵡のミランダの下半身は鯱だ。潮のとどろき。


             (星月夜 了)

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星月夜 vlo9 水晶月

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   水晶月

 三月後半から四月初旬にまたがって、ジンさんのギャラリー〈個室〉で妃翠房の三人展をすることに決まった。期間は一週間。
八幡宮前の花屋の軒先に、フリージアや水仙、梅に桃、ヒヤシンスの小鉢が並び、朱の大鳥居をくぐって参道の真ん中に土を盛り上げた石組みの段かづらを歩けば、早春の大気は一月よりさらに清涼な芽吹きの香気を含んで、銀鼠の曇り空が桜並木の頭上にひろがっている。
如月早々にジンさんは鹿香にやってきて、ダイレクトメールの資料や作家それぞれのコンセプトなどを打ち合わせ、初日のヴェルニサージュと最終日には、小さいパーティを催すことまでを決めた。
ジンさんの手土産はくうやの最中。スタンダードな文化がこのひとの中にある、とわたしは意外な気持ちで菓子折りを受け取る。紗縒もまたひとを尋ねるとき、よくくうやを使った。それからとらや、いずみや。ブランドで気取るのではないが、目上にさしあげる礼儀の品は無難なものがいい、と母は言っていた。ジンさんはもしかしたら紗縒の習慣にずっと倣っているのだろうか。
「展示のタイトルはどうしますか?」
 尋ねられた百合原さんと綴さんは顔を見合わせ、わたしを促した。
「VEXATIONS、癪の種。サティのピアノから」
「へえ。いいんじゃない」
 ジンさんは鼻の頭を赤くしてくしゃみをした。
「あなたがたならもっと女の子っぽいタイトルつけるかと思ったけど」
「べたべたした語感は、あたしたちみんな好きじゃないっていうか…」
 綴さんは言い、ティッシュボックスをジンさんの前に押し出した。ジンさんはハンカチを持っていないようだった。彼はありがたくボックスをうけとり、横を向いて鼻をかんだ。インフルエンザからようやく回復した百合原さんは眉間にかるい縦皺を寄せ、
「お風邪ですか?」
「いや」
 ジンさんは洟をかんだちり紙をまるめてダウンのポケットに突っ込み、、
「煙草の吸いすぎかな。やめようと思ってもやめられないね。禁煙しては復縁」
「ふくえん?」
 わたしは思わず繰り返した。
「煙じゃなく、糸偏のえん。切っても切れない腐れ縁、とまではいかないが、ぼくくらいの年になると、女性も煙草も酒も等位置になるのね」
 百合原さんは即座に
「ということは女性はいつも愛部さんの手の届くところにいらっしゃるの」
「ふうん、いや、値上がりしたからね。昔みたいにチェーンスモークできない。周りの女性はみんな高嶺の花ばっかりだし」
 ジンさんはわたしたち三人を見回してうれしそうに笑った。斜に構えているぼさぼさ頭のジンさんには、色男らしいリアリティがまったく感じられなかった。それでわたしたちも笑った。おだてられて怒る女性はたぶんいない。見え見えのお世辞でも、褒められれば好い気分だ。ことにジンさんなら毒と薬はぷらまいぜろ。
 わたしは、一見うすだらしない不良のジンさんがなぜ憎めないのか、すこしずつわかってきた。彼はおだてた相手から自分の快楽や利益を奪おうとしないから。それでいてかなりあからさまに綴さんや百合原さんに秋波を送る。人妻だって、節度にさしつかえない程度にくすぐられるのはうれしい。
妃翠房のスタッフの二人、乃菜も含めれば三人は、みんなジンさんが気に入ったようだ。ぼくくらいの年齢と言ってもまだ六十三歳。男性としてはデカダンスな年齢だが、枯れるには早い。
「作品はできてるんでしょ、みなさん」
「新作も出しますよ、せっかくの機会ですから。それと、ヴェルニサージュのときに、あたしのお弟子さんに、座興パフォーマンスしてもらおうって考えています」
 百合原さんが言うと、
「その子の名前もDMに入れないとね」
 応えるジンさんの言葉遣いは、どこかから敬語ではなく軽い調子に変わっていた。
「どんなパフォーマンス?」
「シンガーです。ユニットで活動しながらうちに来ているの。プロデビューはしてませんが、人気はあるわ」
「女の子?」
「はい。美人風、シャンプーって。名前どおりかわいいの」
「俺知ってるよ。もう何度かうちでやってくれた。シャンプーリンスでしょ。ふたりのどっちがあなたの弟子なの」
「佐久間早織さん」
「シャンプーのほうね。このごろこっちに来ないと思っていたら、そうかあ。あの子…」
 と言いさしてジンさんはにやにや笑いでごまかした。なんだろう。思わせぶりな思い出し笑いだ。いやらしいぞ、ジンさん。
 でも尋ねるのも面倒なので、わたしも百合原さんも知らんぷりした。

 水晶に欲望立つるそのときの喘ぎのやうに響く我かな、魂の半分あるいは一部分を残したのは阿修羅さんかな、とわたしは想像し安心した。安心したその先にまた新しい疑問が生まれた。阿修羅さんははっきり「紗夜の全部が自分のところにとどまったのではない」と言った。わたしが聞き出したのではなく、彼が自分で水品紗夜との係わりを明かしてくれたので、疚しい気持ちにならないですんだ。
 が、そのために前よりいっそう母親の生前の恋物語をひもときたい気持ちが強くなってしまった。世間のモラルからすれば母親はジンさんと結婚していながら、阿修羅さんとつながっていたのだ。いっそ阿修羅さんと一緒になったほうが良かったのではないかと思ったが、わたしより幾つか年上の息子さんがいるのだから、あちらも家庭持ちだったというわけか。
しかし母の歌のとおり、阿修羅さんが独白したとおり、恋人は彼ひとり否ジンさんとふたりだけではなかったと思う。母は自分の魂というか恋心をいくつも分けて、それぞれに与えていたのだろうか。恋物語に点描される個性を持ったその他大勢はどこだろう。
フランスものならサンドにコレット、デュラスに……日本だって珍しくない、歌人なら岡本かの子とか、古くは和泉式部とか。そういえば母は和泉式部と式子内親王が好きだった。情熱のままに男性遍歴を重ねた和泉と、おそらくは架空の恋人に向かって絶唱の恋歌を数多く残した永遠の処女式子内親王とは対照的だが、同心円を描くコンパスの針は、当然ながら宇宙の同じ位置に刺さっている。わたしは和歌が好きだった母の影響で、全部ではないが和泉式部集や新古今を覗いていた。
マダガスカル・プリマヴェーラのミランダはわたしが貰うことにした。香枕のマンションで独り暮らしのわたしには相棒が必要だ。母の魂が彼の中に幾分遺されているなら、なおさら傍にいてほしい。
晩年のコレットはこんなことを言っていた。自分はもう人間の恋人はいらないが、巨大な美しい猫と同棲したい。うろおぼえだけれど、偉大なるダブルスタンダードの遊び人コレットは、その後ちゃっかり若い男を伴侶に迎え、二人の愛の巣に猫がいたかどうか知らない。
夭折するのでもなければ、わたしはまだ晩年という世代には遠いが、ミランダをひきとろうという決心をしてあらためて、自分はなんと恋愛遠い青春を過ごしたんだろうと、ちょっとばかり口惜しくなった。口惜しがっても仕方がない。和泉式部のように空をながめて……つれづれと空ぞ見らるる思ふ人天降り来むものならなくに……と甘い媚態で誘える対象は、天地がひっくりかえっても突然には現れない。
銀座の三人展には、主に水彩画を中心に十枚くらい出品しようと思う。母と過ごした告知後の半年の間、わたしはそれまでアルバイトで講師をしていた受験予備校をお休みし、妃翠房を手伝うようになっていた。いずれ亡くなることがわかっていたので、母は自分の死後のあれこれを教え込むために、めずらしく彼女からわたしに指図したのである。
その半年は、結局店よりも母親の傍で過ごすことが多く、マンションにいる間、一日のうちの数時間を水彩やデッサンで気を紛らわしていた。題材は、母の姿が多かった。
「モチーフはデルボーの模倣みたいに見えるけれど、水彩だし、こういうカラフルな多色遣いは」
 そこで百合原さんは黙って微笑した。
「お母さんの真似?」
 噤んだ言葉のなかみを補うと、
「今にして思えば、あなたと紗縒さんとの合作をしておけばよかったわね」
 と彼女は上品にかわした。
 デルボーあるいは水品紗縒のレプリカか、とわたしは吐息をついた。せめてレオノール・フィニを連想してもらえたら自慢かな。だけどあんなものすごいテクニック、ちょっとやそっとでできるものではない。ちょっとやそっとでないから天才なんだろう。水品紗縒は独学で、デッサンなどあまりうまくなかったが、裾ぼかしまた裾濃の透明水彩を駆使して、誰でも綺麗と思う花と夢のまぼろしは画面にあふれた。
 二月半ばに阿修羅さんと息子さんは海外へ出発する。初旬出発予定は仕事の都合で遅れた。もうじきミランダをひきとりにまた世田谷に行く。今度は車で行かなくては。そして三月のVEXATIONSには、ミランダの大きな絵を一枚アクリルで描こうと考えていた。水彩ではなく、塗り重ねのできるアクリルは油彩と違って臭気がなく乾きが早いので、今のわたしの精神状態にはぴったりだ。三月の搬入まで、じっくりと一枚、ミランダと紗縒を描こう。わたしの絵筆に天の恩寵でもいただけるなら、ミランダに宿っているという母の魂を絵の中に移せるか……それはないねでも。

星月夜岬沿いのカフェレストランに現れた美於さんは、めずらしくジーンズを穿いていた。そういえばこのひとのスカート以外の姿を見るのは初めてだ。縁にファーの飾りがついているスエードのショートブーツ。雪もよいに、スエードはもったいない気がするが、カジュアルなブルージーンズにキャメルカラーはよく似合っていた。
昨晩遅くから散りはじめた小雪は今朝になってもやまず、時間がたつにつれはっきりとした降雪となった。わたしが香枕を出る昼過ぎには地面は残りくまなく積雪に覆われ、視界を斜めによぎって吹雪のように雪片が踊っていた。昨年のクリスマス以来のまとまった雪だ。一月にも何度か雪の気配は訪れたが、びしょびしょした霰交じりは、寒くて陰気なだけで、純白の雪を慕う楽しさは皆無だった。
 交通機関はちゃんと動いていたので、わたしはバスと江ノ電を乗り継いで星月夜にたどり着いた。バスはのろのろと、そこかしこでしょっちゅう停まり、約束の時間より三十分も遅くなってしまった。美於さんは海沿いの席にのんびりと座り、ロイヤルミルクティを飲んでいた。レストランに駆け込むなり、彼女の方からシナモンシュガーの香りがつんと漂ってきた。
「いい雪景色」
 美於さんはのんびりと言った。昼下がりのティータイムだがウィークデイで、しかも雪のためにお客は少なく、店内に流れているパッヘルベルのカノンがはっきり聴こえた。
「カノンは雪に合うわねえ」
 雪のふりしきる海のほうを眺めてうっとりと美於さんは言う。美於さんの家はこの近くだから、この程度の雪はすこしも難儀ではない。歌でも詠みたいというような夢見る視線が、星月夜駅から小走りに駆けてきたわたしを離れて、真っ白い結衣ヶ浜に泳いでいる。
「バロック音楽って雨や雪に似合いますね、ところで」
 とわたしはコートに被った雪の結晶が、店内の暖かさで六角形に光り、繊維のあちこちできらきらと溶けてゆく様に眼を奪われながら、そそくさと本題に入った。
「寒かったでしょう。何か暖かいものを最初にどうですか」
「鈴来さんと同じもので。今日はお願いがあってお呼びだししたんです」
「ケーキかシュークリーム食べませんか」
「いいですね。それならセットで。あの、水品紗縒の拾遺集を出そうという企画を立てているんですが」
「いちごショートか、エクレアか、チョコレートもおいしそう」
 美於さんはケーキセットのメニューに覆いかぶさるようにして品定めをする。
「わたしモンブランにします。飲み物はやっぱり普通のコーヒー。で、三百首くらいを選ぶんですが、母の歌い残しから全部わたしが抜き出すのは気がひけるので」
「なぜ。あなたがなさったらいいじゃない」
 ようやくメニューから顔をあげて、美於さんは返事をくれた。きりっとした声で、
「なぜ遠慮するんです?」
「わたし短歌は素人だから」
「関係ないわよ。プロでなければ短歌を味わえないとしたら、詩歌の世界は窒息してしまうわ。感動にプロもアマもないでしょう」
 そこが問題なのです、とわたしは心の中で答えた。わたしはずっとお母さんの傍にいたから、初々しい読者の感動を失っているのではという気がするの。鑑賞に余計な不純物が混じりそうで。……特に恋歌はしんどいな。自分が恋愛未満で、二十代のあらかたを過ごしてしまった事実を発見したあとは、なおさら、母親の恋歌を選ぶ眼にいじましいコンプレックスでも混じってしまわないだろうか。が、こんな本音は口が裂けても言えない。もっとも酔っ払ったらうかうかと喋ってしまうかもしれない。
「わたし知識もありませんし」
「考えすぎよ。それに、水品さんて、教養はおありだったけれど、味わうのに知識がいるペダンティックな歌は少なかった、いえ皆無だと思う」
「はい、でも没後の総まとめみたいにしたいので、わたし迷ったあげくに、母と親しかった阿修羅炯一さんに御相談申し上げて、何人かの、母と親しかった方に、それぞれ三十首くらいを選んでいただこうかしらと思いついたんです。ご迷惑でなければ、鈴来さんも」
「今まで出版されたもの以外、といっても厖大でしょう。整理する作業だけでも」
「それは、むしろ愉しいかもしれないんですよね。母とは一緒に暮らしていたけれど精神的に距離がありましたから。仲が悪かったわけではなく、むしろ良かったと思うんですけれど、お互い自分の一部分だけ適当に見せ合って暮らしてきたなって」
「よくそんな芸当ができたわね、あたしとても無理だわ、無理だった」
 運ばれて来た三角形のラズベリータルトの真ん中に、美於さんはまずフォークを垂直に立て、それからつつっと左右に動かして、蜜の盛り上がったタルトのかたちを壊さず上手に切った。
「芸当?」
「そうよ。家族の間柄で、自分の見せたい面だけで上手に接して三十年近く波風なしに生活できたなんて、信じられないわ。他人同士なら……相手の存在が自分の損得に係わる職場の上司とか、友人となら、そのくらいの心構えが要るでしょうけれど」
「心構えですか?」
「あなたのびっくりマークのついた今の顔、わたし忘れないわ。初めて知った、一卵性の親子って、つまりそういう…銀河系と銀河系を隔てたみたいな関係だったのね」
「すごい比喩だわ」
「そう、ありえないって喩えよ」
 美於さんはおっとりした声に戻っていた。

雪の日はこころ飾らず道端のポストとなってひとを忘れむ、このひとは誰? 君ではなく「ひと」にしたのはきっと意味がある。恋人を忘れようとしたのか、それとも人間である自分自身を、あるいは人間の存在じたいを忘れて、無機質な赤い郵便ポストになって雪道にぼんやりとたたずんでいたい、と歌ったのか。無機質になってもポストなのだから、誰かれの投函するメッセージを待っていたのだろう。特定しない不特定な対象からの働きかけを。忘れよう、でも忘れないで。アムヴィヴァレントなこころのありかが赤い。
(飾らず……寂しい、と言いたかったの)
 雪の日、きっと人通りの絶えた道の辺に綿帽子を被っている丸い、あるいは四角い郵便ポスト。寂しいという感情をいつわらず、誰かと、そして自分自身を忘れようとしていたの、これは阿修羅さんではないね。
(だってあのひとはずっとお母さんのこと好きだったじゃない)
 母の拾遺を選んでいただく方は、阿修羅さん、美於さん、それから妃翠房の二人の女友達にそれぞれ十五首ずつ合わせて三十首をふり、美於さんの勧めで、丈流先生にもお願いのお手紙を書いた。メールでは失礼だから直筆で。
星月夜岬で美於さんと会った翌日も、まだ撤退しない低気圧の居座る湘南は雪が溶けずに、道の雪は踏み固められて薄茶色に凍り、転倒事故の報道が朝から頻繁にテレビラジオから流れた。刻み目のある長靴を履いて最寄の郵便局まで出かけたわたしは、雪景色に際立つ真っ赤なポストを見た瞬間、この歌を思い出したのだった。。
わたしは選歌を実の父親であるジンさんに依頼したものかどうか迷っていた。聞くところによると、彼はあるペンネームで知られた現代詩人でもあるらしい。多少は詩を書いているわたし自身それを知らない。名前を聞けばわかると思う。現代詩の人口は短歌に比べてはるかに少ないから。妃翠房に彼がやってきた日にわたしは自分たちの展示について以外の質問をしそびれ、選歌についても決めかねていた。紗縒が嫌がるかもしれない、という気がしたのだった。
なぜだろう。離婚したあとも二人はやっぱりつながっていたのに。母が彼の首に巻いた赤い毛糸のマフラーを、わたしはいつかジンさんに見せてもらおう。それはもしかしたら祖母が母のために編んだ女ものだったかもしれない。
 主だった知人にそれぞれ三十首。選ばれた歌は重複してもかまわないと阿修羅さんは言い、わたしも同感だった。読者に好まれる紗縒の歌がどういうものなのか、わたしも知りたい。歌を選んでいただいた方に、できれば紗縒の思い出として短い散文をつけていただけたらと思った。出版費用は応分に高くなるが、母は自分の遺産のうちに、きちんと死後の雑事のためのものを振り分けていた。拾遺集出版の遺言はなかったが、『紗女集』のあともなお残る未整理の歌群をそのままにしておくのは忍びなかった。
 あっというまに過ぎた一月に比べて、二月はゆるゆると流れていく。湘南一帯を埋めた大雪は一日置いた晴天に日なたの部分はやんわりと溶け、妃翠房の庭先には福寿草や薄雪草、待雪草がむら消えのあわいに咲いた。山桜、染井吉野の大木も、雪のあとの春の陽射しにいっきに樹皮を潤わせ、新芽がつぶつぶと枝先にめぐんできている。桜は莟の薄紅にはまだ遠いが、猫柳や寒紅梅、椿などが濡れた黒土にいきいきと咲き、雪が去ったあとの空の爽やかさは目にしみるように青かった。やがて弥生に至る春の陽射しが、まだ裸木の桜の枝のあいだでふくよかに踊っている。光が踊る大気は新鮮だった。
 お手紙を投函した数日後の夜、丈流さんから香枕に電話があった。
……水品さんの歌について娘さんから御依頼いただくのはうれしいです。よろこんで書かせていただきます。
「ありがとうございます。四月か五月くらいまでに、紗縒の残った歌をできるだけ整理したものを、メールと印刷の両方でお送りしますので」
……たいへんな仕事やね。で、鈴来さんとぼくだけなの、「琰」の中では。
「はい、今のところ」
……ならね、ぼくから言うのも何ですが、擁鬼さんおぼえてらっしゃる? 
「はい」
 グレイストライプのぴかぴかシルクにはレッド・ドラゴンの刺繍。トマス・ハリスのベストセラーサイコホラーをうっかり連想してしまう。だが山田擁鬼は殺人鬼じゃなく、きっとまともで繊細なんだ。デリケートだからせめて名前で武装する。
……彼どうかな。あのとき印象悪かったろうけど、あなたが頼んだら喜ぶよ。水品さんのファンだったからね。よくも悪くも。彼の歌を読みましたか?
「…はい、すこし」
 声がちいさくなった。丈流さんは笑った。
……思想過多で歌は下手やけどね、批評眼はあるよ。センスはいいんだ。口は悪いけれど、根っからぼんぼんやから、無礼なことはしないよ。あなたが頼みにくかったら、ぼくから言おうか?
「よろしくお願いします」
 丈流さんが薦めるなら心配はいらない。ほっとした。そうだ、紗々雪を醸してくださった京都の社長さんもいた。丈流さんの上方訛りが、珠の光酒造を思い出させてくれた。あちらはわざわざ葬儀にいらしてくださっただけでなく、遺族のわたしをなお心にかけてくださり、新年には吟醸二本を贈ってくださった。海老をさしあげてお返しに鯛をいただき、わたしは恐縮している。
紗縒は年に一度は京都に脚を運び、和紙や絹織物、陶器、櫛簪など、京の工芸を隅々まで眺めて回っていた。ほんとうに京都奈良が好きなひとだった。社長さんは七十五歳、阿修羅さんジンさんは六十三、亡くなった紗縒が生きていれば今年五十七歳。でもまだいる。きっといる。そしてわたしの会いたいあなたは、今まだ名前の知れないあなたなのよ。
 モラルよりもうつくしい世界を見つめて、母は透明ガラスの小部屋のなかで、さらにまた繊細なびいどろを吹いてうたっていた。

「片腕は海に残せり原初より我が族(うから)なる鯱の子のため」
香枕のマンションに移ってくるなり、ミランダはうたった。わたしは耳を疑ったが、純白に朱赤のたてがみを炎のように頭上にたてたミランダは、大きな鳥籠のなかで、悠々と毛づくろいし、エメラルドとルビーの両眼をかわるがわる横顔に見せて、もういちど繰り返した。
「カタウデハウミノ、コセリゲンショヨリウカラ…ナルシャチノコ」
 母がまだ若いころの歌だった。
 葛原妙子さんに憧れて歌い始めたという紗縒は、『原牛』の初版を手に入れ、ずっと座右の書にしていた。母が心酔しているのでわたしも自然に葛原氏の詠草に親しんだ。重厚な歌の速度はどれもゆったりと、語感は古代中国の青銅器のように厚くつめたく、ことに『原牛』は、神話を垣間見る幻想のひろがりがあった。母はこのスケールの大きい歌群に倣って言葉を紡ぎはじめたので、初期の歌語はあきらかに葛原さんを想わせる作品がいくつもある。これもそうだ。たぶん第一歌集に収められていたのではないだろうか。
「シャチノコ」
 ギギギクスクスと、擬音として記しにくい鳴き声のはざまに、ミランダの歌声が聞こえる。わたしは呼吸を詰めて彼の眼を覗き、
「お母さん、そこにいるの?」
 問うてみた。
 鸚鵡のミランダは日当たりのよいリビングの窓辺に置いた。母もわたしも家具をごたごた詰めるのは好きではなかったので、3LDKのマンションのフロアは、住人が少ないこともあってすっきりと広い。鳥籠をぶらさげる骨董品の樫のポール、ミランダと、銀の籠が来ても、インテリアの彩りになりこそすれ、部屋が狭くなったようには感じられなかった。今はもうわたしひとりだ。それはこれからしばらく続きそう。
 鸚鵡のセルリアンブルーのくちばしが、欠伸するように大きく開いて、つやつやした太いピンク色の舌がひらめいた。それはわたしの小指ほどもある。
「ジンさんに会ったのね」
 ミランダは母の口調で話しかけてきた。もう驚かなかった。これで当然、いや自然な気がした。
「そう。だってお母さんが彼に『紗女集』を贈ったから、連絡が来たの」
「透姫子をひとりにしてはいけないと思ったので、本を贈ったわ」
「わたしのため?」
「そう」
「でも彼にだってきっと新しい家族がいるでしょう。結婚していないにせよ」
 あ、とわたしは気づいた。わたしは実父のその後を何も尋ねていなかった。あたらしい奥さんがいるのか子供がいるのか。
「いないわ。家族が持てるひとじゃない」
「わたし阿修羅さんにも会いました」
「……」
「あのひとのほうが男性としては素敵ね」
「そうでもありません」
 泰然としてミランダは笑った、ように見えた。純白の両翼を彼は人間が背伸びをするようにぐいっと半ばまでひらき、薄桃いろの地肌が産毛の下に透けて見える腋を覗かせた。翼をひろげるとミランダはたまご型の籠に納まりきれない。翼の先端のブルーも首周りのカラフルな彩りも、人が染めたような原色だった。彼は周囲の銀の柵に触れない中途半端な羽ばたきを二、三度くりかえし、
「ひとりひとりはひとりひとり」
「わたしがお母さんの恋物語を読み直したいと思うのはいけないことですか」
「やめてと言ってもするでしょう。わたしが嫌がればいやがるほど、あなたの知りたい気持ちは強くなる。でも、何かを見たとしてもそれはもうわたしの物語ではないわ」
「どうして」
「いくつかの事実らしいものを寄せ集めても、結局あなた自身が納得できるようにストーリイを織りなおすから」
「そうかもしれない」
「だから、あなたが受け入れたものが何であれ、他者の人生ではなくあなたの物語に変わってしまっているの。そういう物語を心に置いておくと、快い、という」
「ええ」
「誰だって自分の不愉快なものは部屋に置きたくないでしょう。好きなものを集めるわ。心も歌もそう」
 ミランダは金いろのブランコを揺すり始めた。合金のブランコよりも鋭く光る爪は湾曲してたくましい。たまには籠から出してやってと阿修羅さんに言われたが、この爪でうっかり肩に乗られたら、セーターを着ていても皮膚に食い込み血が滲みそうな気がする。
「鯱の子って、わたしのこと?」
「捧げものよ」
「だから誰に」
 ミランダは横を向いた。緑の瞳に日光が入って、ジンさんがくれた琅玕の珠のように光った。ほんとうに、ちょうどそれと同じ大きさ、彩りだった。
「歌うときは、この世界からいつも遊離しながら生きているの。歌をいただくそのお礼に、わたしは自分の肉体の一部をいつも捧げたわ。腕、脚、胸……」
「痛かった?」
「いいえ。それは」
 ミランダはまたくるりと体の向きを変え、ルビー色の眼をこちらに向けた。光の加減で瞳孔のなかに立つ陽炎が妖しい。
「愛の記憶よ」
 ククク、と鸚鵡の喉が震えて、こまかい襟の産毛がたんぽぽの綿毛のようにふくらんだ。わたしはため息をついた。
「お母さん、うたい始めたときからそんな自覚があったの。わたしにはないわ。こんなわたしがお母さんの過去をさかのぼって物語を紡ぐとしても、どんな疑似体験ができるかしら。愛の記憶なんてわたしにはわからない」
「実人生はこころの姿をなぞるわ」
「波乱も? でもお母さんはわたしに波風を見せなかったわね」
「ひとりひとりはひとりひとりよ。見せなくてよいものは見せません」
「…ジンさんにお母さんの拾遺集の歌を選んでもらうのはどう?」
「おもしろいでしょうね」
「他に誰を頼んだらうれしい?」
「それを探したがっているんでしょう。たくらんでもだめよ、言わない」
「かばうの?」
「秘すれば花」
「世阿弥でごまかさないで」
「悪であることが魅惑だと彼は言っているのよ。無垢デハナク悪」
 ミランダは猫のように首を曲げ、片方の翼の中にくちばしをすっぽり埋め、ブランコに揺られながら、うつらうつらしはじめた。
「眠っちゃうの、ミランダ」
「ヒロオ二シナサイ」
 すっかり鳥の声でミランダはつぶやき、羽毛の中でフフフと笑って会話は途絶えた。

星月夜 vol8

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  マダガスカル・プリマヴェーラ

「次の歌集は来年秋か再来年春くらいに出しますから、ゆっくり選んでください」
 こういう言い方は、たぶん詩歌の出版社としては強引だし破格の好意だとわかる。
 水品紗縒は生前に七冊の私家集を編んだが、後半三冊を上梓した出版社は、自費にせよ母の歌集の評判がどれもよいので、冊数を重ねるたびに親切になっていった。だからこことは十年以上のつきあいになる。
香枕の駅近くの喫茶店で待ち合わせた『紗女集』担当の編集者、藍澤さんは、水品紗縒が自分の死が近いことを告げた数少ないひとりだった。彼はおそらく職務上、上司には水品紗縒の容態を告げていたのにちがいないが、出版社も彼も、最期まで態度を変えず、病者への憐れみなど毛ほども示さず、彼女に接してくれたのはうれしかった。
今彼は三十六だが、初対面のときから藍澤さんの頭はすっかり禿げていて、禿げているのでなければ彼はわざとスキンヘッドにしているのだろう。数年前に彼が紗縒の編集として妃翠房に挨拶に来たとき、わたしは筧さんを連想して困った。潔癖な筧さんのよく手入れされた坊主頭に匹敵するくらい、彼の頭皮の色艶はきれいだった。
明日は短歌結社「琰」の追悼歌会という一月半ば、彼は香枕にわざわざやってきて、次の企画を打診してきた。企画といっても詩歌の世界は魚少なき清流で、メディアに注目される大スターでもなければ、すべて自費だ。こちらが歌集を出したいという意向と予算に添ってすべてが動いてゆく。
「水品さんは、やっぱり魅力的な歌人でした。亡くなってみると、はっきりそれがわかります。最終歌集だけじゃなく、第一歌集から購入注文も多いです」
「絵本のファンもいるからでしょう」
「そうですね。うちの本ではありませんが、妹さんとの共同作品もあらためて再版されるそうですよ」
 芙蓉さんは結婚しても、ペンネームは水品のまま、挿絵や童話を描いていた。姉妹の共同作品というのは、芙蓉さんの童話に母が絵をつけたものだ。母は頼まれて書くエッセイ以外の散文には興味を示さなかった。
「拾遺集といっても、御存知のとおり、母は多作でしたから、未整理のノートに書き留められた歌だけでも、かなりありますし、ブログに残っているのも含めると……」
「でしょうね。でも、水品さんの御遺志もありますし、そこは透姫子さんの選択で結構ですから、とりあえず三百から四百首をめどにしましょう」
「わたしは歌の専門家ではないんですけど」
 藍澤さんは男性にしては甘党で、生クリームがカップいっぱいに盛り上がったココアを飲んでいる。わたしは渋った。娘ひとりの好悪で選んでいいのだろうか。歌には歌独自のよしあしの決まりごとやスケールがあるはずだ。わたしは詩を書き散らしたりするけれど、短歌の世界のルールには疎い。
「それは透姫子さんの判断で、結社の中からこれはという方にご協力を仰ぐのもいいと思いますよ。鈴来さんは若すぎるかな、でも仲のよい御友人でしたし……『紗女集』の帯に言葉をいただいた阿修羅炯一さんなんかも」
「おそれおおい感じです」
 わたしは藍澤さんのそつのない敬語をいい気持ちで聞いていた。わたしのほうが年下なのに、このひとは母親に接するのと同じくらいていねいな態度で話してくれる。母が彼を気に入っていたわけがわかる。母親は親しくない他人に無遠慮に距離を縮められるのをいやがったから、このナイーブで見目のよい青年、そろそろおじさんに近いが、癖のない話しかたと視線のすっとした藍澤さんが担当で気持ち良かったろう。しかしこういうひとを眼の前にして、異性に対するときめきとか、ふわふわ感は皆無だ。きっと母もそうだったと思う。
「阿修羅先生は執筆で御多忙でしょう」
「水品さんの歌についてなら、よろこんで時間を割いてくださると思いますよ。まあ、誰だってそうでしょ。あなたが頼めばいやとは言わないよ、きっと」
 他意のない表情でにこにこ笑う。笑うと目じりにきれいな皺が三本寄る。
「わたし、阿修羅さんにはほとんど面識がないんです。母は親しかったんですか?」
「距離は狭いほうだったと思いますよ。阿修羅さんの小説の挿絵なんか、時々水品さん描いていましたしね」
 推理作家の阿修羅炯一、たしか六十代半ば。ということはジンさんくらいかしら。このひとも多作家で、推理小説だけでなく恋愛小説から純文芸、江戸の庶民人情ものまで幅広く書くエンターティナーだ。作品のいくつかは、ここ数年立て続けにテレビドラマの原作になってヒットしている。妃翠房に母を訪ねてやってきた阿修羅先生は、物書きにはもったいないくらい精悍な役者顔の、折り目ただしい上品なひとだった。阿修羅先生のお父様は文学史に残る歌人だから、きっとそんな縁で母と近づいたのだろう。
 
どこまでもコップの半ば越ゆることなく我が夫(つま)と呼びにし夕顔
半身は水羽根のまま残りたき腕にも君の重さを知らず
両腕に吾子抱きながら片胸のひと恋ふうつろに南風吹く
「水品さんの歌語の特徴のひとつに、半ば、という言葉というか意識が目立ちますね。ことに最終歌集では」
 本郷区民文化センターの一室で開かれた読書会形式の水品紗縒追悼批評会に、「琰」で母が十数年来師と仰いでいた加藤丈流(かとうたける)先生は最初におっしゃった。
 師匠と申し上げても丈流さんは母よりひとまわりほど若い四十代後半だった。都立高校の国語教師をなさっていて、温厚な人となりという評判だ。上方生まれの彼は、言葉のはしばしに関西なまりを残し、鷹揚なイントネーションで、言葉を包むように母の歌を批評してくださった。おだやかでいいひとですけど、批評は烈しいですよとあらかじめ美於さんはわたしに言っていた。美於さんの使った「いいひと」という形容はひとのいいひと、という語彙ではなく、聞き手の心と言葉を適切に見極めて話してくれる先生、という意味なのかしら、とわたしは丈流さんの印象を整理した。お会いするのは二度目だ。最初は母の葬儀のとき。
 美於さんは、丈流さんの批評がとても好きだ、と言っている。母が亡くなったあと、加藤さんの歌を読み、また文芸評論を開いてみた。文学は死んだ、短歌はライトヴァースが主流という現代で、丈流さんは短歌という様式を信じて言葉を樹(た)てている方だという気がした。
「歌は人柄やから、こう水品さんを見てると、もう歌のとおりやという気がしたよね。半分こっちにいて、向こう側が見えないいう。見せたくなかったんかなあ、と今にしても思う」
「先生覗きたかったんでしょ」
 三十人ほど集まった歌人方の、進行役をつとめる女性がからかうような口調で言った。
「そうやね…。女のひとはこう自分を謎めかしたがるでしょ。ぼくは最初に水品さんにお会いしたとき、あんまり独得の雰囲気あるひとなんで、すごい気取ってはる人かなあと用心してたのだけどね、そうではなかったよ」
「水品さんが「琰」に入会なさったのは、まだ三十代、四十代でしたっけ」
「ぼくが三十五のときやから、彼女は…そういうこと。でもきれいな人でね、でも言うたらあかんね。今はみなさんエイジレス」
 丈流さんは会場を眺め渡して言葉の速度を落とした。女性たちは年配の方が多い。二十代はわたしと、もう二、三人くらいだろう。
「謎めかそうとしてもちっとも謎にならんひともいるし、男だろうと女だろうと変わりませんね。歌もそうや。そういう意味で、彼女の歌は自分を表現してよくまとまっていたと思うよ」
「好き嫌いとは別だよね」
 挙手なしでずかっと発言したのは五十がらみのサングラスの男性だった。うすい頭髪が真っ白で、目と眉をすっぽり隠す真っ黒なレンズのサングラスを室内でもはずさなかった。光沢のあるシルクサテンのシャツは、グレイのストライプの地に、チャイナドレスのような赤と黄色の龍が刺繍されている。スラックスはデニムのジーンズ。この厳寒というのに素足に高下駄。
 山田擁鬼さん、とわたしの隣に座った美於さんがささやいた。最初にひとりひとり名乗ってもらっていたが、出席者が多いのでただ一度の自己紹介では覚えられない。でも擁鬼さんの目立ちかたは尋常ではないので、美於さんの気遣いは彼に関しては不用だった。
「手をあげて発言していただけますか、山田さん」
 司会進行の女性がたしなめた。すっきりとした顔立ちに、水色と白のスーツがよく似合う。スーツは銀座マギーかな。真珠のネックレスとイヤリング。出席してきた女性たちには、特に喪というドレスコードをお願いしたわけではなかったのに、みなさん彩りを抑えた衣装だった。男性は片肘はらないカジュアルな格好がほとんど。それで山田さんの風体が飛びぬけて目立った。
 はいよ、と彼はにこりともしないで今さら片手をあげた。白い柔らかそうな手をしている。指が長い。あれ、うちで扱っているような平打ちの銀簪のヘッドを指輪に加工したものを中指に嵌めている。いいセンス、とわたしは発言よりもその手に興味を奪われる。わたしの席からは距離があって、細部までよく見えないが、イミテーションではない。毛彫りの職人細工だ。
「好き嫌いで、あえて言わせてもらうよ。生きてるときに本人に言いたかったんだけどね、ついに言えなかったからさ。ぼく水品さんの歌いやだったの」
 サングラスの平面がわたしを向いた。わたしはただうなずく。
「いつもマイペースでしょ。周りが何批評しても話してもどこ吹く風でさ。ナルシストってけなされても、いや、おれ一度か二度、喧嘩ふっかけたことあるの、ナルシシズムで歌詠むのやめたらって」
 一座はしいんとなった。丈流さんはおかしそうに笑い、
「ほう、それで?」
「自分で自分の心を愛せないで歌が詠めるのかって逆問された」
「ほう、で君は?」
 相手が目上にしては、丈流さんの言葉遣いは対等だった。山田さん、髪は真っ白だけれど、ほんとうはいくつなんだろう。
「読者意識ないのかって訊いたら、それこそ不純だろうと」
「読者意識が不純というのは面白いですね。亡き水品さんの貴重な発言を、擁鬼さんからいただきましたが」
 進行役の女性が急いで口を挟んだ。
「つまりさ、あ、悪い、手あげるよ。喋っていいでしょ。彼女は自分のえらぶ言葉に対してどれだけ自分でピュアになれるかというのが大事なんで、歌を受けとる読者を意識して
つくるのは、詩精神にたいする冒涜だみたいな言い方だったと思うんだよね」
「そら、あいまいや。思う、言うのは君の意見でしょ。ほんまに水品さんの言葉そのまんまとは違う」
「うん、じゃあ思い出す。たしかこう言った、
歌がうまれる瞬間の自分の心に忠実でありたい。読み手に媚びるのはいやだし、そんなふうにつくってもうまく詠めないってさ」
「それなら信憑性あるね、彼女の言葉」
 丈流さんはうまく擁鬼さんをすかしていた。擁鬼さんは頬を紅潮させて、
「だけど、そういう瞬間って、ぽいぽいあるものじゃないでしょ。もっと考えて詠んで欲しかったよな、ぼく」
「それは、批評になりませんね」
 と司会の女性があっさり切った。会場のどこかで小さな含み笑いが洩れて、
「擁鬼さん、それ彼女の歌を嫌ってるって説明にならないよ。告白じゃない、むしろ」
 彼はちゃんと手をあげ、名乗ってから発言した。須賀です。
「擁鬼さん、無理して批判することないよ。彼女は亡くなって、ぼくたちがこの場で彼女に対してなすべき礼儀は、死者が残した言葉を味わうことでしょう」
 優等生然とした話し方だが、端正な居住まいの須賀さんという歌人には似合った。藍澤さんと同じくらいの年かな。フレームなしの眼鏡の蔓は金色だ。きちっとしたグレイの三つ揃い。靴もぴかぴか。髪は黒い。
「一見技巧的だけど、考えて、細工していい歌が詠めるひとではなかったよ。水品さん」
 そうですね、と司会が受け、擁鬼さんは口をへの字にまげて黙った。こちらを見たようだが、黒いサングラスの向こうの表情は読めなかった。あとで山田擁鬼さんの歌を確認しておこう。レンズの向こうで彼は泣いているのかな。このひと、お母さんのこと好きだったんだ、ありがとう、とわたしは心の中でつぶやいた。そのくらいのことはわたしにだってわかる。会場のみんなが知っている。不良ぶっても山田さんの手と指は繊細だった。きっと箸より重いものは持てないひとだ。
 丈流さんは言った。
「いずれ人は死ぬのやね。ぼくはこのごろこんなふうに思ってる。ありふれた例えですが、山や泉から湧き出た細い水流が、流れ流れてやがて海に至る道程にもさまざまあって、大河の一滴というか、大きな流れの中に混じって、いろんな水質と混じりあいながら、海へたどりつくこともあるし、湧き出た瞬間のまま透きとおった水質を保って、ほとんど混じりけなしに、まあ、いく筋かの混入はあるやろうけれど、人生において可能なかぎりピュアなまんま、海に到達する流れとね、大きく分けてふた種類あるんかなと。水品さんは後者や」
あとあとずっと、丈流先生が母の恋人だったらいいなあ、とわたしはほのぼのと考えた。だが彼が娘の眼に好ましく思われれば思われるほど、水品紗縒とは適切な係りであったひとだということも、また明らかなのだった。
 批評会は出だしの擁鬼さんの暴走を丈流さんがうまく抑え、そのあとはとてもなごやかに進んだ。集まった歌人たちは、『紗女集』の中から数首づつ目にとまった歌を選び、それについて短いコメントを述べ、司会進行の女性が流れを上手に仕切った。彼女は「琰」の中でも有力な歌人さんということだった。丈流さんのように選歌欄は担当していないが、毎月の歌誌の編纂にたずさわり、冒頭のベテラン歌人欄に出詠なさっている。桃灯(ももと)さん。そういえば、母の書棚に彼女の歌集が一冊あった。お名前のとおり、言葉は厳しいが、ほんのりと色白でふくよかな容貌の女性だった。たぶん香寸さんと同じくらいだろうと思う。
「いつもは皆さんもっと舌鋒するどいんですけど、さすがに今日は静かです」
 休憩時間に美於さんがささやいた。読書会の間じゅう、わたしは水品紗縒の忘れ形見として珍しがられ、周囲の誰彼にひたすらお辞儀をしていたような気がする。
母の代理を意識して、少しでも貫禄を増やそうと……おかしな言い方かもしれないが、歌会と批評会、読書会の厳密な区別など素人にはつかない。わたしの参加している現代詩人仲間のあつまりは、ずっと気楽で、合評会と飲み会は紙一重だ。短歌の世界はクラシックではないのかしら? 
美於さんは気軽に、と言ってくれたが、故人のイメージを壊さないように、わざと紗縒のよく着ていた塩沢紬を着ていったのだった。美於さん桃灯さんを初め、女性たちは一様に、母に似ている、似合うと褒めてくれたが、わたしは読書会の終わりごろになると、なぜか自分がとても小さくなった気がした。
母の歌についての歌人方のコメントを、わたしはできるだけ丹念にメモしたが、じっさい、発言のほとんどがわからなかったのだ。皆さんがおっしゃる言葉は理解できた。だが作家の内面についての歌人それぞれの解釈、評価、褒貶など、どうまとめたらいいか、わたしは困った。もっとも死者の歌を貶すひとは、擁鬼さん以外誰もいなかった。
最後に桃灯さんが娘のわたしにコメントをふった。娘さんの選歌をお願いします。
これはあらかじめよく考えておいたので、気持ちがすくんでしまった割にはすらすらと述べることができた。
「三百首すべて、故人の思いいれのある歌ですので、これはという選択は、今は難しいです。亡くなってまだ三ヶ月ですが、彼女の死の実感は確かにあるんです。半年の間、みなさんに伏せて、ほとんどわたしと母だけで死に近づいてゆく距離と時間を……味わっておりましたので。母は多くの詠草の中から自分ひとりで選びました。わたしは傍でそれを見ていました。ひとつひとつを、母はだいじに慎重に選んでいたので、わたしにはまだそのなかみを語る言葉がありません」

 阿修羅炯一さんの住まいは世田谷の、一般には高級住宅地とよばれる地域にあった。読書会のあと、気抜けしてしまったわたしには、ことに日々の過ぎ行きが早く感じられ、気がついたら月末にさしかかっている。来春か来秋かわからないが、拾遺集の編纂に売れっ子作家の好意をいただこうと願うなら、アポイントメントは早い方がいい。
 阿修羅さんに個人的にお会いしたことはなかったが『紗女集』を贈呈していたので、昨年にクリスマスカードといっしょになった御礼状をいただいていた。万年筆を使っていた。筆圧が強く、撥ねはらいのリズムも大きい。
 お電話さしあげると、息子さんが出て御本人にとりついでくれた。きっと用心して本人がじかに電話応対するということはないのだろうとわたしは思った。
「いらっしゃいよ。御葬儀に伺わず、申し訳ないと思っていたので、年明けにはそちらにお悔やみ申し上げにと思っていたんです。来てくださるならスケジュール明けます。一月中なら日本にいるよ」
 ということは二月には海外に行ってしまうのだな、とわたしは近日中の訪問を決心した。   
日取りを決めたあと、阿修羅さんはさりげなく、
「あのね、もっと前に伝えたほうがよかったのかもしれないけれど、水品さんが亡くなって間もないからどうしようかと躊躇していたんだが、だいぶ前に彼女から預かった物があるんです。それをお嬢さんのあなたにお知らせしなければならないんだ」
 なんだろう? わたしは自分のお願いとは別に、是が非でも阿修羅さんを訪問しなければならなくなった。語りかける電話の向こうから聴こえる声は厚みがあって陽気だ。この声でわたしの心はだいぶ弾みがついた。
 チンチン電車の世田谷線を豪徳寺で降りる。道沿いに建つ低層マンションの壁は厚く、エントランスのガラスがきれいで、街並みを眺めれば、商店や建物の色合いはどれも深みがあった。マンションやビルの風合いと、そこかしこの車寄せや駐車場に停まっている自家用車の彩りは比例している。どちらも住んでいるひとの生活の厚さをしのばせる裕福で丁寧な彩りをしている。それでも昔ながらの庭を残している家は少ない。だが、三軒茶屋からこちらに入ると、目に入ってくる風景にはっきりと緑の気配が増え、そぞろ歩きは心地よいのだった。
 一月下旬ウィークデイの午後、往来にはほどほどに人出があり、もう早春の低気圧の訪れで、底冷えしながらも大気は潤っていた。雪になるかもしれない、と朝の天気予報は告げていたがどうだろうか。空は白梅色のあかるい曇りに覆われ、吹きぬけるともなくほのかに動いている湿った空気からは、街の匂いとともに梅の香りが漂ってくる。
 世田谷線は、毎年末ぼろ市に遊ぶので、沿線のいろいろに見覚えはあった。ただ昨年は母の死のために、いつもの習慣はぜんぶ消し飛んでしまっていた。
 阿修羅さんの家は駅から歩いて十分ほどだが、迷わずにたどりついた。目印となるブティック、郵便局、児童公園が要所にあり、彼の指示どおりにその都度右に左に曲がると、彼の家は建物の外観をゆたかにつくろった表どおりとは違う閑静な景色の中だった。
 売れっ子作家の家はどんな豪邸、と想像していたのだが、青い瓦屋根の二階建てに、丈の低いさざんかの生垣と茶色いブロック塀が小さな庭を囲み、生垣の下の方で、真冬の彩りの石蕗が、まだいくつも黄色い花を咲かせている、ごく普通の、静かなたたたずまいだった。古い家だ。きっと昭和五十年代くらいの建築ではないだろうか。が、門扉の横の車寄せに停まっている車はBMWで、車体はこっくりした灰緑色のきれいな色だ。
BMWやベンツは鹿香、香枕では珍しくない。この街に着いてからも、もう何台も見かけた。古いけれども主が愛着を持って手入れしながら住んでいる家の前面に、ぽんと停まっている高級車とはよく釣り合っている。
「いらっしゃい」
 ボタンを押すとすぐに阿修羅さんは出てきて、にこやかに出迎えてくれた。モスグリーンのセーター、キャメルのコールテンズボン。セーターの襟ぐりに赤とグレイのシルクのスカーフを巻いているのがおしゃれだった。紙は半白できちっと刈り上げ、初めて間近に見る本物の阿修羅炯一さんは、写真よりずっと彫りが深く、顎と額の四角い、身体つきも角張った頑丈な美丈夫だった。背筋がぴしりと胸板も厚い。体育会系かしらとわたしは測る。…美丈夫など古い言葉かもしれないが、この形容がぴったりだ。美少年、美青年、は語感が良い。だけど美中年美老年は褒め言葉にならない。
 外観同様室内は清潔で、靴箱も床板も塵一つなく、やはり昔ふうにたっぷりと広いあがりかまちの天井の、ティアドロップを垂らしたこぶりなシャンデリアはいかにもアンティークだった。奥様はいらっしゃるのだろうか。しんとした家から、煮炊きの匂いはまったくせず、藁か乾草のような異臭がする。なんだろう。これは犬や猫より濃い臭気だ。
漆黒の壁に、りっぱな枝角を生やした鹿の首の剥製と、その隣にゴッホの「向日葵」の複製画が金縁の額に飾られている重厚なリビングに通されると、奥の部屋から三十前後の青年が茶菓子を運んできた。阿修羅さんに瓜二つなので、説明なしに息子さんと思う。だがこちらは顔立ち以外はお父さんよりずっと線が細かった。銀のお盆からマイセンの茶器をそっとテーブルに置くしぐさが、その年頃の青年にしては繊細で、表情はうつろだった。彼をじっと見つめる阿修羅さんのまなざしに、かるい痛みが浮かぶ。
 青年はわたしを見て、あ、と言い、すぐに目をそらしてこくんと頭を下げた。笑顔をくれたが、その笑顔は彼がわたしから顔を背けたときに始まったので、わたしの眼には、せっかくの笑顔も横顔だけしか映らなかった。
「息子です」
 青年が行ってしまったあと阿修羅さんは言った。はい、とわたしは頷いた。リビングのテーブルのクリスタルの一輪挿しに紅梅の細い枝。きれいな紅茶の色と同じだ。彼が活けたのかな。湯気といっしょに梅の香りが昇る。息子さんが姿を消すと、空白に気詰まりを与えず、阿修羅さんは快活にわたしとやりとりを始めた。
「ぼくはよろこんで選ばせていただきますよ。だけどね、やっぱり歌人とは違うから、ぼく以外にも誰かの意見をいただいたほうがいいでしょう。もちろんあなたも含めて」
「わたしも歌はよくわかりません。感覚的にとらえているだけなので。先日『紗女集』の読書会にうかがったら、いろいろ難しかったです」
 阿修羅さんは笑った。
「あんまり気にしないほうがいい。拾遺集だし、紗縒さんの作品集ではあるけれど、あなた自身のアンソロジーという気持ちで選んだらどうです。もう好きな歌だけ集めて」
「そんなに鑑賞眼があるかしら」
「心に残る歌が、必ずしもうまい歌、いい歌とはかぎらないでしょう。ぼくも選ぶときはぽっきり好き嫌いですが、いいでしょう?」
「先生ならみなさん納得されると思います」
「あの水品さんに薫育されたあなたの選択だって、みな文句は言わないよ。ただ、ぼくにしてもあなたにしても三百全部というのは負担ですね」
「はい」
「あなたにしょっちゅう世田谷くんだりまで出てきていただくのも申し訳ないし、ぼくも忙しい……」
 阿修羅さんは頭の後ろに両手を組んで、ソファの背もたれに伸びをするようによりかかった。おおぶりで男性的なジェスチュアは石原裕次郎の仕草に似ていないかしら。
 ぎえっ、という絶叫がリビングをいきなりつらぬいて飛び、わたしは口に運びかけたティーカップを取り落としそうになった。幸いカップの紅茶は残り少なかったので、粗相には至らなかった。
「ごめんなさい。驚かせたね」
 阿修羅さんは両足を伸ばして弾みをつけ、ソファからひょいと立ち上がり、息子が姿を消した扉に向かって、
「ミランダが催促してる。連れてきてくれ」
 ミランダ? シャイクスピアの戯曲「テンペスト」に出てくる魔女じゃなかった? ええとプロスペローの娘。
 キイ、と扉は静かに開いて、さっきの青年が一抱え、いやもっと大きな鳥駕籠を胸前に捧げるような格好で運んできた。人間の三歳児くらいなら、らくに入ってしまえそうな銀の駕籠の中で、ミランダは悠々とブランコを揺すっていた。阿修羅さんは嬉しそうに、
「名前は女だが雄だ。きれいでしょう」
 わたしは呆然としてただ頷いた。鸚鵡のミランダの体長は頭から尾羽のさきまで、きっと一メートルはある。全身は雪のように純白で、頭上にあざやかな朱色のたてがみがぴんと伸び、首筋にかけて朱の羽は櫛の歯のように先端を揃えて、金色ないし黄色に変化している。肩のあたりでたてがみは産毛のような二重三重の柔らかい襟巻きになり、ちょうどそこから盛り上がった両翼の筋肉に、なだらかに吸収されていた。オカメインコのように頬は赤く、曲がったくちばしは青い。そして両目は色違いで、片方は緑、片方は赤だった。くちばしと同じ色合で、純白の体毛は翼の先端で青みを帯び、羽の付け根には赤と黄色、緑の斑が豹の毛皮のように散らばっている。鋭い金色の爪が生えた脚は、やはり鮮やかなセルリアンブルーだった。
「眼が覚めるような鳥……見たこともありません」
「そのはずだよ。大型の鸚鵡は派手な色の奴が多いが、瞳が色変わりというのはミュータントでね。七色唐辛子顔負けの体色も、きっと変異のなせる僥倖だよ」
「なんていう種類の鸚鵡なんですか」
「紗夜は、マダガスカル・プリマヴェーラと言っていた」
「マダガスカル?」
「そう、だが調べてみたけれど、そんな種類の鸚鵡はいない。学名じゃない。彼女は知人の誰かから雛をもらって育てたが、君が生まれるんでぼくに預けに来た」
「それじゃ、この鳥もう二十八年も先生のお宅にいるんですか」
 わたしの心拍はいっきに速まった。ということは阿修羅さんはわたしが生まれる前から母と親しかったのか。それならジンさんとも知り合いだろう。
「大型の鸚鵡は長生きらしい。紗夜は、こいつが百年は生きるだろうと言っていた。いや、環境によっては二百年くらい長生きする鳥もいるらしい」
「ほんとうですか」
 ぎええ、とミランダはくちばしをゆっくりとひらいて欠伸をした。今度はのんびりとした声だった。それから、ヨウコソ、オマチシテイマシタ、と言った。ヒサシブリ。
「ええ?」
「アイタカッタ。アナタ」
 ミランダの発音は、はっきりとしていた。その声色は甲高いが可愛くて、華麗で巨大な彼から放たれたとは思えない。ヴォーカロイドみたいだ。
 逢いたかった?
「誰かの言葉を覚えて」
 阿修羅さんは苦笑いした。息子さんは微笑しながら両手をうしろに組んで父親の横に控えている。笑ってはいるが、彼の眼はわたしを直視しない。視線はミランダとお父さんとの間を、振り子のようにゆっくり動いている。
「ミランダは、今まで喋らなかったんだ」
「……」
 阿修羅さんの顔つきが変わった。
「紗夜が亡くなったあと、彼は喋りだした」
 お母さんのことをこのひとは紗夜と呼ぶ。わたしの脳裏にはいくつかの疑問符とコーテーションマークが飛び交い、それらはやがて何かの顔文字にまとまった。だが脳内ネット画像は、阿修羅さんの次の言葉で顔文字の表情を確定する前に更新されてしまった。
「ぼくは二月早々、息子を連れてニューギニアとニュージーランドへ行く。あなたさえよければ、ミランダにふさわしい連れ合いを探そうと思って」
「連れ合い?」
「そう。ここに来たとき、ミランダはまだ若かったにせよ、もう雛ではなかった。成鳥だったかもしれない。ぼくは鳥があんまり美しいんで、パートナーを探す必要など全く感じなかった。だが、ミランダが喋り始めて、ぼくは考えが変わった」
「なぜでしょうか?」
「ぼくも息子も、ミランダに言葉は教えていなかったんだ。話しかけたりはしていたけれど。それにミランダの語彙は、どう考えても女性の口写しじゃないか? 今あなた聴いたでしょう?」
「オマチシテイマシタ、って」
「ぼくは神秘を信じるから、その声を聞いたときは、言いようがなかった。彼女はぼくに心を残してくれていたって。でも、同時にミランダは絶対君に会わせなければいけないとも感じたよ。事実は小説よりも奇異だ」
「お母さんの幽霊がこちらに来てミランダに言葉を教えた?」
 いや、と阿修羅さんは口ごもり、顔に血の色がさした。
「ぼくは、紗夜さんがこの世に、この鳥のなかに宿ってくれたんじゃないかと思っている。魂の全部じゃなく、どこか一部にせよ」
「なのに、ミランダにお嫁さんを探すんですか?」
「ああ。でも君がミランダを欲しければあげる。今の独身のまま」
「なぜお嫁さんを?」
「ミランダの中に、いつまでも紗夜さんをとどめておくのは残された魂にも鳥にとってもよくない。鳥は鳥に戻してやらなければ」
「魂の全部ではなくて、一部分? ですか」
 ええ、と阿修羅さんは顔を赤らめたまま、つぶやいた。全部なら、ミランダのパートナーは探さないだろう。君にも渡さない。

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