さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

スポンサーサイト

Posted by 水市夢の on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カイト・キメラ    チェリー・トート・ロード vol3

Posted by 水市夢の on   0 comments   0 trackback

カイト・キメラ

 座り心地のよい店に行こう、と亜咲に誘われ、茴と陽奈と三人でタクシーに乗った。
「飲んでなかったらあたしが運転するんだけどね」
「どのみちご飯食べながら飲むでしょ。だめよ」
 茴も免許は持っていたが、ほぼペーパードライバーだ。陽奈は成人式を済ませたら教習所に通うと言っている。亜咲は運動神経は鈍いほうだが、車の運転はうまく、ことに唯由が亡くなってからは、たびたび愛車をとりかえた。古めかしい言葉だが、未亡人になってから最初の車は白いプーマ、数年後には赤いBMW、それから今はブルーグレーのシャトーに乗っている。
 シャトーは伊仏合同ブランドで、豪勢な名前の割にはこぶりで、フィアットより大きいが、すんなりとした車体の後部座席は小さく、家族向けではない。だが乗り心地はよかった。ことに助手席のサスペンションは快適だ。そこで一夜を明かしても熟睡できそうなシートのデザインは見事だった。茴は数度助手席に乗ったが、このなめらかなリクライニングを常時楽しむのは誰なのだろうと考えた。亜咲ひとりの椅子ではなさそうだ、と。シャトーは趣味の勝った高級車で、独身で金持ちの、何よりも美しい亜咲にはぴったりだった。
 が、今夜はタクシーだ。湘南タクシーは呼び出してからきっちり五分で到着した。
「遠いんですか?」
 心配そうな陽奈の問いに、
「都合悪いの?」
「別に何もないです。でもきっと先生いっぱい飲むからぁ」
 可愛く言葉を濁す陽奈の上目づかいに、茴も亜咲も吹き出した。
「大丈夫よ、あなたたちに迷惑かけないわよ。ひとりで帰れる程度に飲むから」
 亜咲は陽奈の頬を人差し指でちょん、とつついた。茴も笑っていたが、自分の笑顔の下ですうっと危ういものが走るのがわかった。陽奈は亜咲の泥酔の世話をしたことがあるようだ。それも一度や二度ではないな、と茴は察し、産毛の浮いている娘の横顔を見つめるまなざしがやや強くなった。
 亜咲に連れまわされ、どこを遊んでいるのやら。亜咲といっしょなら心配ない、と思えるほど友人は方正ではない。方正な女だったら魅力は少ない。同性にも異性にも。完全な方形、完全な円より多少抑圧された楕円、乃至はバロックなもののほうが目を吸われる。夫の死後歪んだとしても、亜咲はなおつややかなバロック真珠であってほしかった。今は陽奈のために。
「草壁に、ちょっといい感じのお店がある」
「草壁? 山の中ですね」
 陽奈は目を丸くした。蘇芳山から桔梗山に抜けていく県道沿いで、地形から谷戸と呼ばれる鄙びた土地だ。
「だいたい予約なの」
「今夜はいいの?」
 茴が尋ねると、亜咲は赤い唇を片側だけつり上げて笑った。
「あたしはそこではVIP」
「先生はどこでもプラチナです」
 すばやい陽奈のフォローに、茴は思わずじろっと彼女をにらんでしまう。この子はいつから幇間になったのだろう。いや、これでいいのかもしれない。だが、亜咲ごときにしっぽを振るなと内心舌打ちもする。いや、ひよこだから許そう。ひよこのほうがいい。
 得鳥島を出て湾岸を鹿香に向かって少したどり、桔梗山に登る県道からいくつめかの分岐点を過ぎ、落葉樹のさらに奥まった山間に、数軒の明かりが見えた。
「ここは陶芸村というの」
「ええ。アートな地域よね」
 二十年ほど前にはただの雑木林だったが、いつしか拓かれ、最初にコテージのような外観の、壁は薄いが見た目はきれいな家がとびとびに建てられた。軽井沢あたりのペンションに似ているが、それほど規模は大きくない。鹿香、香枕は古都であると同時に海山をいただく自然が豊かなので、ハイキングを楽しむ観光客も多い。草壁はその名のとおり大昔は草ぼうぼうだったに違いないが、鹿香が徐々に観光化するにつれて歩道も森も手入れがされた。茴が少女のころは、県道の奥に瀟洒な煉瓦の小道などなかった。
 小道の左右には、もう暗くてよく見えないが、かなり大きなオブジェがいくつもランダムに立っている。それらは全部陶器ではないのかもしれないが、この集落のどこかに独自の登り窯を設けた陶芸家がいて、ニックネームはそこから付いた。益子と萩をかけあわせたような鹿香焼と称する壺や皿、茶碗は、今や観光土産のひとつにのしあがっている。
交通の不便な地域なので湘南にしては地価も安いのだろうか。一軒ごとをとりまく庭がゆったりとして見える。聞くところによると、ここの住人に堅気の勤め人はいず、皆自営業を兼ねた職人かアーティストというから、互いのエゴを隔てる庭の空間が必須なのだろう。
 目当ての家は平屋で、鉄格子の丈高い門の両脇は薔薇の生け垣になっている。真冬というのにまだ白い薔薇が花を残していた。温暖な湘南ならではの冬の薔薇。それにしても手を入れる主の丹精がうかがえる。目を凝らすと花は白と赤らしい。もう闇が濃いので、白い花のほうが、門柱に点った薄明かりにくっきりと群がって浮かぶ。冬なのに香りが強い。どこにも仰々しい看板などなく、ストライプの鉄柵に、つやのあるエナメル樹脂を塗ったカリグラフィーの唐草がななめにからみついていた。    
Chiaroscuro
「キアロスクロ?」
 茴は顔を近づけてざらざらした鋳鉄のゴシックスクリプトを読んだ。亜咲はケーキとブランディの混じった匂いの息を吐いてつぶやいた。
「人生の基本」
「陰影が? そうね」
「料理も、出会いも」

 楕円形の半透明なうす赤いゼラチンの中に、細かな銀色の破片が箔のように浮いている。はなびらをかたどったピンク色の生ハムと星型に抜いた青いチーズに飾られ、小さめのプリンくらいの大きさだ。
「七面鳥のゼリーです」
 ほそく、白い手をした女がきれいな声で説明してくれる。手だけではなく、全身ローティーンの少年のようにすんなりした彼女がキアロスクロのただひとりのフロアらしい。厨房からパスタを茹でる待ち遠しい匂いがこもる店内はそれほど広くなかった。黒と白の市松模様の床。太い木枠の窓。脚の太い円卓が二つ、いや三つ。カウンターは五席ほど。扉から入ってすぐ目の前の壁にはレオナール・フジタのリトグラフ。テーブルを囲む少女たち。おでこがまるく大きい、手足のほそいフジタの少女。誕生日の祝いに集まったというのにただのひとりも笑っている子のいない不思議な少女たちは、フロアの女性の雰囲気に似ている。装飾よりもテーブルクロスの白さが際立つシンプルなインテリアは、重厚で簡素だ。
 店の奥三分の一ほどはガラス張りの温室のようだ。そちらに置いてある椅子やテーブルはこちらの質朴な食卓とはうってかわって、アールヌーヴォーふうな曲線だった。きっとガラスの向こうには雑木林に面してちいさなパティオがあり、真昼には四方八方からティーサロンに日光が降り注ぐのだろうか。夜の今は碧がかった暗さに沈み、アンティークめいた調度の光沢だけがつややかに浮かぶ。
 鳥のゼリーといっても、ガラをとった煮汁に薄い塩味をつけただけという。煮凝りの硬さはゆるく、匙を差し込むとほろほろと崩れる。生ハムにくるんで口に含むと香ばしい桜の味が口のなかに拡がった。塩味は桜の塩漬けのものだった。
「蘇芳山の桜を毎年松島の塩で漬けるんです。
震災ですっかり痛めつけられてしまったけれど、古来の塩釜を守っているひとたちがいて。このおいしさは、自然の海と桜のたまもの」
「桜は朱鷺さんが漬けるのよね」
 亜咲に朱鷺と呼ばれた女性はなめらかな顔に淡い笑顔を浮かべた。笑顔と肢体のどちらからも彼女の年齢が測れない。若い女でないことは確かだが、この朱鷺のように、年がいっても肌や顔の輪郭のみずみずしい女が、当代の日本には増えた。朱鷺はその上に表情もうぶだ。見ようによっては陽奈と同じくらいの顔に見える。撫で肩からすっと上に伸びる首の長さが印象的だった。鈴木春信の女に似ていると形容したら失礼だろうか。
「いつからの知り合い?」
 朱鷺は茴に視線を向け、微笑をさらに深くしたが答えない。声だけ優しげにして、亜咲がずけずけと答えた。
「千尋の共演者が朱鷺さんの保護者だったのよ」
ほごしゃ、と陽奈が口の中でつぶやいた。亜咲はまた、
「素敵なピアニストだったわ」
 朱鷺は笑って声を出さない。茴は星型の青いチーズを口に運び、
「このチーズはどこの?」
「チーズではないんです」
「何ですか?」
「酒粕とカッテージチーズに生クリームを加えて練ったもの。青い色と香りづけはミントです。アーモンドを刻んだかけらを歯ごたえに混ぜ込んで」
「酒粕? 朱鷺さんのアイデア?」
「いいえ」
 朱鷺は柳腰をひねって湯気のこぼれる厨房を振り返った。
「ひびきが」
「ひびき?」
「響く樹と書くの」
 亜咲が説明をくれた。
「もうじきご挨拶に来ます」
 朱鷺は亜咲をなだめるように答えた。亜咲の眼の周りがはっきり赤い。塗りなおした口紅はざっくりした白いセーターに不釣合いに紅い。いやセーターに似合わないのではなく、カーキ色のスラックスに不釣合いだ。いや、亜咲は普段着ではなくミッドナイトブルーの胸元が大きく開いたドレスに着替えている。いつ衣装を変えたのだろう。細いゴールドの肩紐で吊った胸のカップから、乳房のヴォリュームがあふれそうだ。脂の白い張りつめた胸元。むき出しの両肩が茴を威圧するように盛り上がっている。亜咲は赤ワインのグラスを傾け、くい、と喉を鳴らして飲んだ。
「茴は再婚しないの?」
「からむな、こら」
 茶化したが亜咲はひきさがらない。
「面倒なのよ」
「ひよこはじきに鳥になって飛んでくよ、そしたらどうするの」
「何も変わらないわ、今のまま」
「寂しくないの。思い出だけで」
「演歌にするのはよして」
「紹介しようか」
 舌なめずりして顔を寄せてきた亜咲の顎を茴は人差し指でもちあげた。
「これ、至近距離」
「何の?」
「キスできる距離、張り倒せる距離、絞め殺せる近さ。あなたこそひとり、なはずないわね。シャトーは誰のために買ったのよ」
「ここのマエストロとデート」
「響樹さん? 彼は朱鷺の夫でしょ」
 ふふ、と亜咲は目を細める。
「いきなりレスボス、やめてください」
 快活な声が来た。茴は亜咲の顎から指を抜いた。最後に少しばかり爪を立ててやりたい衝動はこらえた。
 響樹というキアロスクロのシェフは背が高く、眼窩の窪みが深かった。やや削げた頬と鼻梁の隆起の鋭さに茴は目をみはる。イケメンだなあ、とは素朴な感想だが、亜咲を眺める彼の眼はおだやかで、女に対する淡白な感情が知れた。年齢は自分たちと同じくらいだろう。こめかみに白いものが混じり始めている髪の色が全体に明るいから、混血に違いない。蒼みがかった氷のような色の瞳もカラーコンタクトではないのだろう。端正を通り越して惹きつけられる深い造形だが、視線が柔らかくなかったら、灰色狼のような孤独な表情をしている。もっとも、腕のよい職人は、少なからず孤独を喰って成熟するものだった。
「亜咲さん、逸脱は椅子の上だけでいいでしょ」
「どの椅子?」
「あそこ、いつもの」
 響樹がパティオに面したサロンを指さした。
数脚あった椅子はみな、敷石の床から浮き上がって宙に浮いている。いや、椅子は見えない。響樹が示す空間のどこにも椅子はないが、ガラス張りの天井と床の間のなかほどに、フジタのリトから抜けだしてきたような人形が腰かける姿で座っている。作家作品に違いない精巧な球体関節人形。かるく波打つ金髪、象牙いろの硬い肌。だらんと垂れた両手足。少年だろうか少女だろうか。人形ははだかで、亜咲と茴の座っているテーブルからは中空に浮かんだ後姿だけ見えて、ここからは両性のどちらともわからない。

「お母さん、時間よ」
 半透明な碧の空間に向かって瞬きしているうちに、視野にいきなり赤い光が射した。それと同時にずっしりと重い頭痛が来て、茴は小さく唸って「お母さん」と呼んだほうを見た。けろりとした笑顔の陽奈がいる。この子があたしをお母さんと呼んだの?
「茴ちゃん、九時過ぎてる。お母さんのところにお見舞いにいく予定でしょ」
「よく覚えてるわね」
 ありがと、と続けたが鈍痛のために声にならなかった。茴をお母さんと呼んだのではなく、茴の母親のことを言ったのだった。
 陽奈には血のつながらない祖母。いや、茴と陽奈とは養子縁組をしたわけではないから、法的に親子ではない。だから茴の母の鶸は陽奈の祖母と言えない。だが七歳から茴が育てた陽奈は、鶸にも可愛がられた。実の娘ふたりには厳しかった鶸は、陽奈をスポイルといっていいくらい甘やかした。おかげで陽奈は、一緒に暮らしている父親の二度目の妻は名前で呼び、別居して、時々甘やかしてくれるだけの鶸をお母さんと呼ぶ。
 昨夜の自分の酒量がはっきり思い出せない茴はぼそぼそと、
「そんなに飲んだっけ? 赤と白と」
「シャンパン、最後にいっぱい」
「一杯でしょ。ほそいグラスに、めちゃ高いお酒」
「悪酔いするのよ」
 どこまで夢だったかな、と茴はのろのろと上半身を持ち上げた。寝室のカーテンは開いていて、ガラス越しに長い冬の陽射しが茴の顔のところまでさんさんと注いでいる。眠りの中で碧の幻想に耽っていたおかげで、瞼に太陽の深紅の影が濃い。
 どんな夢? 青白い朱鷺さんと背の高いハンサムなマスター、いや板前マエストロ、が出てきたキアロスクロ。光と影、光トカゲ、とか、あたまいたい板前すとろ。ストローなしでもいいから水が飲みたい。訳のわからないオノマトペが脳味噌を走り回る。これが宿酔いか。支離滅裂だけど呂律はまわる。ちゃんと喋れる。
「あんた、授業は?」
「自主休講」
 ならどうして薄化粧してるの? と問いただす元気もなく、待てよ、陽奈もいっしょにお母さんのところに行くのだったかしら、などと考え出せばこちらはまとまらない。
「水持ってきてくれる?」
「そう言うと思って」
 ん、と陽奈はすかさずミネラルウォーターのミニボトルを突き出した。ストローなしだもちろん。こういう機転は茴からではなく、たぶん鶸か、亜咲の御機嫌とりによって習得したのに違いない。
昨夜どれだけ飲んだのかよく覚えていないが、赤白炭酸と混ぜ飲みしたせいだろうと考えても仕方のない理由をつけ、立ち上がれるのでそのままバスルームに行った。もうちゃんと口紅まで塗っている陽奈は、エビアンplusさらに気を利かせ、リビングをよろよろと情けない足取りで歩いてゆく茴にクリームいろのバスタオルを投げてくれた。タオルからはミントの匂いがする。いやラヴェンダーかな。嗅覚もおかしいのかも。
「思い出せる? 茴ちゃん」
「ぜんぜんだめ。人形が宙に浮いてた」
「それそれ、有名作家の作品だった。茴ちゃんの知り合いだって、先生が」
「そうだっけ?」
 人形の顔の記憶がない。酔いが覚めれば思い出せるかも。ともかく今日は水曜日。母親に会いに行く日だ。
 鶸は湘南モノレール沿いの有料老人ホーム「やすらぎ」にいる。最寄り駅は桜沢から二駅離れた三藤町で、入所施設と隣接して福祉コミュの総合事務所もある。ここには茴の働く家事介護グループ「いっぽ」のほか、さまざまな地域福祉活動グループの事務いっさいが集まり、湘南エリア数百人のワーカーたちの労働を束ねている。「やすらぎ」もまた福祉コミュニティが経営母体だった。福祉コミュは介護、保育、配食、さらにはデイサービス経営など、部門ごとに多様なセクションに枝分かれして、どのグループも小規模だが、それぞれ主婦の智恵を集めて社会的弱者の援助にきめこまかい活動を捧げている。
「やすらぎ」は、もともとは湘南エリアで福祉活動グループをたちあげたとき、ここで働く主婦たちが「自分たちの将来安心して入居できる快適な施設」を目標にして施設運営を企てた。だが、現実に軌道に乗った有料老人ホーム「やすらぎ」の入居費用は安くない。
 福祉コミュのワーカーたちというのは、平均的に衣食住に不自由のない暮らしをしている主婦たちだが、個室完備でヘルパーたちが入居者それぞれに、食事から排泄まで個人対応してくれる上質な施設の生活費用は、専業主婦のこじんまりとした老後のお財布をはるかに超えている。年金と個人資産が頼りの後期高齢者とその家族にとって、毎月最低でも二十六万から七万円の出費は、停年までしっかりした夫婦共稼ぎか、稼ぎ手の本職とは別なまとまった資産でもないかぎり、現役時代並の収入家庭では適わない。
 それにしても、ここのスタッフの女たちは、「やすらぎ」に自分たちではとうてい入れない、とぼやきながらも、少ない人手と安い時給、何よりも肉親の代わりに最期の看取りまで寄り添う重度身体介護がほとんどという精神的にも肉体的にも厳しい労働条件の中で、よく働いていた。
 同じ福祉コミュの中で動いている茴は施設の内情をある程度知っているので、介護者にとっては厳しいが、入居者には安心な「やすらぎ」の空室を待って鶸を入れたのだった。まだ七十歳前の鶸は、「やすらぎ」では一番若い入居者だ。ふつうには、心身が不自由になった八十代後半から、亡くなるまでの十年ほどを測って、こうした施設に安楽を求める。
 鶸は何年生きるだろう。夫の年金とそこそこ実家の資産に恵まれたおかげで、死ぬまで経済的な不安はない。脳梗塞の片麻痺も徐々にリハビリを重ね、車椅子生活から、近頃は杖歩行でゆっくり施設の周囲を一回りするくらいのことはできるようになった。だが脳の壊れた血管は修復できず、記憶と感情の障害は当初のころと大差ない。意識の正常と混濁を傍から予測することなどできない。
 鶸の身体は手厚い介護とリハビリによって回復していっても、精神はむしろ緩やかに瓦解、いや解体していくように見える。老衰にはこの逆の場合もある。
 どちらが楽なのだろう。すくなくとも鶸の早い最晩年は仕合わせ、という単語で整理がついた。財力と、「やすらぎ」のケアスタッフの誠意と善意のおかげだ。
 茴は自分が身を置いているからではないが、日本の福祉を支えているのは、それこそ「伝統的良き日本人」の健康な誠意としか思えなかった。尽くすことは多く、物質的な報酬はあまりに少ない。しかし、善意は報いを求めたらかけひきにかわる。誠意と営利のあわいで、素朴なワーカーたちの体温がおっとりと地域福祉をあたためている。

「おひさ、でもないか。森さん相変わらずほそいなあ。すこしあたしのお肉あげるよ」
 「やすらぎ」の受付の亀田紀子ことメダカちゃんが朗らかに迎えてくれた。
「一か月ぶりくらい? あたし水曜日いつも来てるのにね」
 茴に贅肉をよこす必要があるとも見えないしっかりした中肉中背のメダカちゃんは、「やすらぎ」のフロアリーダー兼副施設長。四十半ばくらいだろう。ころころした丸顔は重労働にもへこたれず、いつも笑っている。どれだけ陽気に笑えるかが、ことに介護労働では勝負の分かれ目なのではないかと茴は思う。何の勝負? はい、もちろん生と死の。
「シフトが変わったからさ。こちら娘さん?だっけ。可愛いねえ」
 ほめられて陽奈はうれしそうに笑った。フリース素材のもこもこしたピンクのフードつきパーカーに黒いセーター、このごろ流行りのキラキラパワーストーンネックレスのヘッドは、エターナルキャラに王手をかけたピンクと赤のハローキティだ。が、ボトムにはこのごろ巷にあまり見かけないタータンチェックの膝上ギャザースカートを穿いている。チェックの赤と緑のコントラストが目立つ。それにダークグリーンに細かい星のラメの入ったタイツに、リボンつき黒のショートブーツ。
 地方から原宿に上る高校生みたいな恰好だが、これはきっと鶸をよろこばすためにわざとこどもっぽくまとめてきたのだろう。髪はポニーテールにしていた。もうじき二十歳になるが、この姿はまもなく別れるティーンエイジャーへのカリカチュアのようだ。
 でも、茴も義理の娘のこういう愛嬌が好きだった。褒められててらいなく喜ぶところなども。どちらも周囲に気配りを欠かさなかった父親によく似ている。確かに茴の目から見ても十人並以上の顔立ちなので、彼女と連れだっていると、三人に一人くらいの男はふりかえる。亜咲の言ったとおり、もうじきひよこは巣立ってしまう、その前兆でもあった。とはいえ、茴は一応謙遜して見せる。
「お世辞言わないでいいって。メダカちゃんの娘には負ける」
「和子? あれ、親不孝でさあ」
 笑いながらメダカちゃんはしかめっつらをした。
「なんで? 成績優秀で、美人でそれこそ」
「大学受かったのはいいけれど、タイだかインドだかに出撃するつもりみたい」
「何それ」
「海外青年協力隊」
「マジ。陽奈に爪の垢煎じて飲ませたい」
「冗談じゃないよ、こっちは。まあ、いまさら親が何言ってもきかない子になっちゃってるから、自分の責任でやらせるけど」
 メダカちゃんはちょっと寂しそうな顔をした。飲んだくれの亭主と協議離婚して女手ふたつ(メダカの母と共同だ)で育てた長女と長男それぞれ出来がいい。ことに長女のほうは母親には似ない細面の器量良しな上に、聡明な性格で、ばかを言って親を困らせることもなく、去年立派に都内の国立大学にストレート合格し、メダカちゃんは大喜びしたのだが。
「大器晩成って思えば」
「女の子なんだからねえ、それより東南アジアで人さらいにでも逢わないか心配よ」
「和子ちゃんきれいだからなあ。誘拐はともかく、国際結婚ありかもね」
「玉輿? 和子ならそれもありかな」
 かしこい娘を自慢に思っている本音がぽろりとこぼれた玉輿あたりで、メダカちゃんの横目が事務室の壁の時計にちらっと流れた。茴は察して即座に無駄話を止める。どこの施設でもそうだろうが、「やすらぎ」も分刻みでワーカーが動く。ことに昼食前後は修羅場だ。受付の副施設長も人員不足を補うためにフロアへ走らなければならない時刻はちょうど十一時十五分。
「それじゃ、鶸さんは昼ご飯は自分のお部屋なのね」
 茴はそわそわし始めたメダカちゃんに小川軒のレーズンウィッチの菓子折りを渡してエレベーターに乗った。

「水を換えてくれる?」
「どの水?」
「それ、そこの花瓶。きれいでしょ。友達が持ってきてくれたの」
 鶸はベッドから離れて車椅子に座り、もうテーブルの前で待っていた。
「やすらぎ」の個室はトイレと洗面所がそれぞれついて八畳弱くらいだろうか。ベッドと机、衣装ケースに小物や下着類をしまう飾り箪笥ひとつ。それに折りたたみの丸いスチール椅子がひとつ入っているが、これは施設が貸してくれたものだろう。ベッドはレンタルの福祉用具だが、椅子とテーブルはイケアで買った。この部屋の間取りにふさわしいこぶりな、向かい合わせの二人掛けだ。
 週に一度、当番のワーカーが隅々まで掃除してくれる部屋は窓枠に埃ひとつ見えない。住人が半病人だから汚れないということもあるだろうが、「やすらぎ」の徹底したきれい好きはりっぱなものだ。
高齢者施設には独特の加齢臭、また粗相の臭気が漂うこともあるらしいが、ここにはない。芳香剤を散布するのではなく、ある種の善玉菌を発酵させた酢をぼろ布に浸み込ませ、床から家具からいたるところを拭いている。
この善玉菌はチェルノブイリの放射能除去だか洗浄だかに使用され、効果をあげたといういわくつきのもので、ワーカーは薄茶色の液体をモップや布に吹き付けて働いていた。共同の洗面所に行くと、霧吹き器そっくりな専用の容れものがあり、試しにシンクに噴霧して匂いを嗅いでみると、酢酸に違いないが、はっきりと不透明な発酵臭が混じる。鼻の奥にすうっとぬけてゆく、きもちのよい匂いなのだった。
 やや飾って形容するなら、散り積もった落ち葉をひっくりかえしたときに、しめった朽葉の堆積からつんとたちのぼる晩秋の香に似ているかもしれない。茴は、もしかしたらこの匂いが好ましくて、母親をここに入れたのかもしれない。
 鶸の部屋にはそれに加えて白百合のふくよかな香があふれている。シンプルな方形のテーブルを占領するような感じで、大ぶりなガラスの花瓶に、カサブランカがたっぷりと茎ながく活けてあった。花瓶の丈に比べて,茎がやや長すぎる。きっと鶸ではなく、ヘルパーが適当に活けたのだろう。南に面した窓から小春日和が射し入り、あたためられた大気の中へ、カサブランカの大輪の花からは、潤った香りが陽光と仲良く手をつないできらきらと躍り出ているようだ。香を吐く白百合が首を揃えて三輪。ほかにまだ青白い莟もいくつかついている。
「誰からいただいたの? お友達って」
 先週はなかった花だ。鶸は活花をたしなんでいたこともあって、ここでも花は絶やさないようにしている。今日は宿酔のせいで花は買ってこなかったし、お弁当もあとまわしになった。鶸の個室に着く早々、茴は陽奈を買い出しにゆかせた。
 脳梗塞で倒れたあとしばらく、鶸は普通食が摂れず、流動食、それから刻み食と徐々にリハビリを続け、施設に入ってからは完全にもとの食生活に戻った。
鶸は亜咲と似ていて、元気なときは勝手気ままに外食美食を楽しんでいた。もっとも、鶸のほうは料理上手だから、外食してはその味を覚え、器用に真似て自分でこしらえ、家族に食べさせてくれた。
 介護食がまずいと鶸はさんざん茴に文句を言い続けたが、口が麻痺している間はどうにもならなかった。麻痺しても咀嚼の感覚だけが鈍くなり、味覚は衰えないらしい。それは本人にしかわからない愁訴だが、食いしん坊の鶸は、心身不自由の憂さをまず食事に集中させたのかもしれなかった。
 六十代半ばでは老け込むには早すぎる。身体のほうはかなり回復した今も、脳障害のためになお施設に住む鶸は、フロアで働くケアワーカーより外見はよほどみずみずしい。
 内側はゆっくりと、ときにはっきりと、太陽にさらされた砂糖菓子のように崩れてゆくのに。精神の縦横が緩んでくると、その隙間から流れ出てゆくのか、鬱の密度はときどき薄くなるのかもしれない。冬の光を浴びた鶸の横顔は粉っぽい化粧が額や頬のかすかな産毛に浮いて、希薄で清潔だった。枯れてはいないが力のない声で、
「百合はね、百合原さんが持ってきたの」
 ああ、と茴は記憶のなかからまたひとつ、人形のような整った顔をすくいあげた。百合原香寸(かず)は染色家で、息子といっしょに丹階堂に住んでいる。鶸とは活花の弟子筋で、茴と同世代だ。鶸が脳梗塞で倒れた時、県外に離れ住んでいる実の妹よりも、この香寸がてきぱきと采配してくれた。たしか福祉コミュの情報をくれたのも彼女だった。アトリエ兼住居の丹階堂では、軽度の知的また身体障がい者の作業所を経営していた。
「どうりで。立派な花」
 百合が百合を持ってきたのか。ナルシストまるだしだと茴は記憶にある香寸の彫りの深い顔と、目の前の造花のような白百合を照らし合わせた。鶸の花好きは周知だが、香寸は自分の分身を抱えてきたということだ。このゆったりと豪華なカサブランカはいかにも百合原香寸に似合ったろう。
「いつ?」
「月曜日」
 それから鶸は百合のうてなのひとつに白い乾いた指を二本伸ばし、そのままつまんで折りたいような顔をして、まだ立ったままの茴をふり仰ぐと、
「おまえを貰いたいというひとがいるの」

スポンサーサイト

ストロベリー・フーガ    チェリー・トート・ロード 2

Posted by 水市夢の on   0 comments   0 trackback

   ストロベリー・フーガ

火曜日に蘇芳山で午前十一時半から午後一時までのケアを済ませた後、得鳥羽島へ昔の知人を訪ねることにした。師走近く湘南の紅葉は日を追って鮮やかを増し、海岸を囲んだ香枕丘陵の蘇芳山、桔梗山の緋色の彩りは初冬の冴えた海の青さをいっそう際立てた。
「千尋先生のところ? あたしも一緒に行こうかな」
「授業は?」
「午後休講だって」
 朝九時、ママレードトーストをホットミルクといっしょに齧っていた陽奈は母親が得鳥羽島へ行くと聞いて、食卓から離れて寄ってきた。早起きの茴はもう自分だけの朝食を済ませ、自分の部屋にいる。夜明けの五時から五時半の間に起き、一時間お稽古する。この時間帯だからたいてい音はたてず、鈍った運指と筋肉トレーニングのために、楽譜を読みながら左手だけで演奏する。曲は頭のなかであるいは心で歌うのだった。弓で弦をかき鳴らすよりも、心でうたうのはエネルギーが要るかもしれない。心の演奏以上の音色は決して実現しない。また指もなめらかには奔らない。鳴らすのではなく、まず心でうたえ、と茴のチェロの師の厳命とも言える教えかただった。
 茴の部屋に来てまでスプーンに残ったママレードを舐めながら陽奈が千尋先生となつかしそうに呼ぶのは、茴が二十五歳まで師事していた、その師匠チェリスト千尋唯由の夫人亜咲のことだ。チェリストは茴が結婚した年に急逝していた。正確には千尋唯由が亡くなったあとに、茴は弾くのをやめた。若い盛りに未亡人となった亜咲は続けろと友人を諭したのだが、茴はうたえなくなった。
 亜咲は茴の高校の同級生で、芸大に進み画家になっていた。親子ほども年齢の離れた音楽家と彼女が結婚したとき大学生だった。亜咲は高校時代、気晴らし程度に唯由にピアノを習っていた。とはいえ才気煥発な彼女はたいそう器用に鍵盤を叩き、リストのいくつかなどは舌を巻くほどうまかった。あまり教えないでも音符だけすらすら弾ける子がいる。亜咲もそうだ。けれど、チェリストは若い妻の演奏を好きではなかったようだ。結婚しても、かなり弾ける妻を自分の伴奏者にしたことはない。いっぽうで茴はこのチェリストにとてもだいじにされたのだった。
 あなたのチェロはいい音がする。レパルトワールにこだわらず、その音色を生涯大切にしなさい、と千尋唯由の言葉だった。
 さて、陽奈は亜咲の弟子だ。血はつながらないが、親の欲目というのは茴にもあって、とりわけお絵かきが好きな娘を自分と同じ道へ、美大進学へそれとなく舵取りしたともいえる。櫂は娘の教育にあまり関心がなかった。女の子なんだから、ほどほどでいいよ。平凡な台詞だが、ゆるい父親を持った娘は仕合わせだろう。過度の逸脱をしないかぎり、妻と娘の決め事には口をはさまなかった。仲のよい父娘だった。櫂は娘が本格的な反抗期、後期思春期にさしかかったころ亡くなった。
 十六、七で少女ははっきり肉体的な女に変態する。そのとき父親と裂け目ができ、心理的に歪むこともしばしばだ。それはどちらの責任とも思われない。亀裂は、外因もさりながら、少女の内部から昇ってくるメタモルフォーゼの魔力によってひきよせられてくるのではなかろうか。
 普通にただ疎遠になるという面だけでなく、一線を超えた密着をするという現象もある。ベクトルの方向が異なるだけでどちらも同じ裂け目に違いない。親子であっても互いに健やかな情愛を持続するためには、本能的意識的な節度がいるのだろう。櫂は過不足ない男だが、ある時期の少年、少女というものは個性を超えた魔力の渦中にとらわれる。本人の意思を超えた発動が陽奈に現われないとはかぎらなかった。だが、櫂は早く逝った。娘に幸福な思い出だけをたくさん残して。そして予期せぬこの悲嘆の共有は、少女のメタモルフォーゼの起爆力を減殺すると同時に、茴と陽奈を同志にしてくれた。
 陽奈は中学校に入るころから亜咲の絵画教室に通い、無事に第一志望の大学に入った。芸大を狙える子でないことは最初から茴にも亜咲にもわかっていた。亜咲は夫が亡くなった後も得鳥羽島の自宅で絵画教室は続けていたが、真剣に名門美術大学を希望する子は、街角のお師匠さんではなく予備校に通う。  
 亜咲の教室に集まる生徒は陽奈が通ったころからシルバーグレイの趣味世代のほうが多かった。そして今は藤塚と横浜のカルチャーセンターで講師をつとめる比重のほうが増えている。気楽な寡暮らしで、こどもはいない。
茴の部屋にジャムスプーンを握って陽奈が現れたとき、丁度自室で楽譜を揃えていた。来年ちいさなパフォーマンスをする。そのとき共演してもらいたいのだった。伴奏ではなく、共演。今の茴の演奏能力では、小品であっても亜咲を自分のソロに従えるのはむつかしい。うまへたの問題ではなかった。ぼっとすると旋律を弾いているはずの茴は亜咲のピアノのメトロノームにされてしまう。
「ついてくる? 二時に得ノ電の駅で待ち合わせしようか。だったら亜咲の好きそうなもの何かお土産買っておいてよ」
「ケーキ?」
 亜咲はアルコールのほうがよろこぶだろう、と茴はちらりと考えたが、
「みんなで食べられるお茶菓子ね」
 と応じた。陽奈はふっと眉毛を寄せ、猫のような目をして、
「千尋先生、しょっちゅうダイエットだからなあ、ケーキ食べれる、のお?」
 助動詞の、れる、られるの区別をきちっとつける茴をからかってきた。茴は尋ねた。
「亜咲は何て言ってる? 言ってた?」
「食べれる、です」
 茴の問いを陽奈はちゃんと打ち返す。そうだろうと茴はうなずいた。
「亜咲はいつもこれ食べ終わったらダイエット派だから、お菓子見たらなんだって食べれる、でしょ」
「うん」
 陽奈は屈託なく笑う。ユニクロの薄手のタートルネックは濃いパープルで、その上にこげ茶と緑の細い横縞のプルオーヴァーをざっくりかぶっている。オレンジと白の太いストライプの厚手のスパッツ。ちょっと騒々しい着方だと茴は眺める。若い娘なんだから、こんなに色彩をてんこ盛りしなくても、十分魅力的だろうに。だがこのポリクロームのセンスで、自分の作品は享けがいいと陽奈は言い張る。あれもこれもと欲張る多色使いだが、べたべたした色相を選ばないのがよいのだろう。

 冷蔵庫を開け、ミルクパンごと冷やしてある味噌汁を見て、茴はいまさらながら季節の変化を実感した。料理人の息子と二人暮らしの湯浅さんの昼食は、レストランのお子様ランチを盛り付けるような可愛らしい黄色のプレートに整えられている。息子は湘南でも有名なフレンチレストランに勤めていて、六十近い独身だった。妻を数年前に癌で亡くし、その後藤塚の一軒家をかたづけ、勤務先に近い蘇芳山にコンパクトな住まいを見つけた。息子と娘がそれぞれひとりずつ、みな自立して別世帯を持っている。
 和歌山の田舎で長年一人暮らしをしていた父親を、蘇芳山に引っ越すと同時にひきとり、もうしばらくしたら近くの海沿いの施設に入居が決まっている。八十八歳の湯浅徳蔵さんは、住み慣れた故郷を離れなければならなかったとはいえ、今の高齢社会ニッポンにおいては、かなり幸福な老人と言えるだろう。2LDKのマンションは中古だがリフォームされた完全バリアフリーで、どの部屋も日当たりよく、年配の息子はきれい好きだ。父親の身のまわりはヘルパーが入る前からある程度整頓がされていた。合理的に少ない家具の隙間には、赤ん坊と幼児の孫の額装写真が飾られている。
 なによりも父親のためのご飯がうまい。シェフなのだから当然かもしれないが、歯の弱い父親に、息子は茴たちも羨むほど丁寧なおかずを調える。羨むというのは「感心」よりさらに強い感嘆の気持ちだった。休日にちょいちょい作り置きしておくのだろうが、つみれや肉団子、コールスローサラダに、甘口のカレー、食べやすい大きさの柔らかい治部煮、またポトフなど、軽度の介護食のサンプルにしたいほどだ。
 今日の献立は、ミニハンバーグと柔らかく煮たスウィートキャロット、よくつぶしたポテトサラダには鮮やかなグリーンピースがちりばめられ、一口大にちぎったレタス、鉄分入りのヨーグルトドリンク一本。ハンバーグにかけてあるオレンジいろのデミグラソースはレストラン仕様でなければ帝国ホテルの缶詰めだろう。ディズニーキャラクターの絵がたのしいワンプレートランチを取り出しながら、茴は今朝の自分たちの粗雑な朝食を思い出した。ママレードは美味しいが、もちろん手作りではない。陽奈もわたしもトーストとバナナ、ジャム、ミルク。
 そして、夏の間じゅう、スープは徳蔵さんの分量だけマグカップ一個にとりわけられて冷蔵庫にあった。サランラップで覆い、そのまま電子レンジでチンすればよい…。
 今日のミルクパンのなかみは豆腐と若布の味噌汁で、二食分はある。十一月下旬になって几帳面な息子がようやく汁物を食べきりにしなくてよい、と判断したことに、茴は日常の景色を眺めるよりも新鮮な季節の移りゆきを感じた。料理人だから、万が一の食中毒なども気遣ってのことだろうが、こんなにこまやかな配慮は女もできない。食べ物の職人の息子だからできるのだろう。
 ミルクパンの味噌汁をマグカップに移し、鼻を寄せて嗅いでみたが、冷えた味噌のとろんとした匂いだけだった。分葱らしい刻みものも混じっていたが、葱の芳香はもう消えている。今朝作った味噌汁ではなさそうだ。
ご飯はちいさい炊飯器で保温されている。もちろんやわらかめだ。蓋を開けるなり、こちらは炊き立ての湯気が甘く香った。しゃもじに粘るご飯の手ごたえは新米に違いない。
(いいなあ、こんなのあたしも食べたい)
 茴はサンドイッチを持ってきている。食後、徳蔵さんを寝かしつけたあと三十分、寝室で彼を見守りながら食べる。ハムとチーズ、レタスのシンプルサンドは、念入りな徳蔵ランチと比較にならない。
 数か月後に徳蔵さんが移る施設の評判は全体的に悪くない。とはいえ、こんな至れり尽くせりのご飯はでないだろう。
仕合わせなことに、ここ一年ほど徳蔵さんの老衰は急激で、認知症状の味覚麻痺も顕著だった。茴が徳蔵さんを担当するようになってからちょうど一年になる。ヘルパーたちの言葉でなら茴は徳蔵さんが「落ち」始めたころ派遣され、精神の傾きをずっと見守ってきたことになる。初めのころは息子のさっぱりした味付けを薄いとこぼしていたのが、このごろは何も言わない。それどころか、どうかすると食事の支度の最中に、料理を待ちきれず、食卓のティッシュボックスからペーパーをひきだして食べてしまうこともある。
 昼ご飯に関するここでの茴の仕事は、その一皿というか一枚を電子レンジで温め、合わせて別添えの汁物も同じく電子加熱するだけだから、茴はお膳の準備より徳蔵さんの見守りのほうに気持ちをまわす。ティッシュを食べたってどうってことはないし、茴が仕事を終えて帰ったあと、夕方のヘルパーが来るまでに徳蔵さんは、ベッドわきのボックスティシュをつまみ食いしているのかもしれない。子犬なら腸閉塞を起こすだろうが…。
「ああ、おいしい」
 徳蔵さんは総入れ歯の真っ白な口を開けてにっこりと笑った。無邪気な笑顔だ。皺だらけだが、目はぱっちりと鼻筋通り、口元がきれいで、若いころは結構な色男だったに違いない。顔には老斑も目立たず、何より陽気なのでヘルパーたちに人気がある。もともと気のいい性格に加え、味覚麻痺が始まってからは何を食べても、第一声に「おいしい!」とほがらかに言う。もしかしたら担当ヘルパーが彼の異食に気付く以前、うっかりキッチンで徳蔵さんに背中を向けている間に、手近なメモ用紙かティッシュを食べてしまっても、「おいしい」と明るく言っていたのかもしれない。きっとそうだ。
「息子さん、ほんとにお料理上手ですよね」
「しょうばいだからね」
 もぐもぐとハンバーグを食べながら徳蔵さんは、目をくりくりと動かして笑う。いいなあ、と思う。陽気だなあ。長生きする人って、みんな楽天的で表情に影が少ないのよね。徳ちゃんもそうだわ。
 徳ちゃんなんておおっぴらに決して言ってはいけないが、徳蔵さん自身が自分を世話してくれるヘルパーたちに言ったのだった。
「気楽にしてくださいよ。徳ちゃんでいいからね」
 湯浅さんとか徳蔵さんとか呼ばれるのはぴんと来ないらしい。故郷で親戚友人に呼ばれていたように、徳蔵さんの耳には「徳ちゃん」が気持ちいいのだった。ここには茴の所属する福祉サービスのほかに、一般企業の訪問介護が入っているが、茴たちの間では、徳蔵さんの前では希望通り「徳ちゃん」と呼ぶことに決まった。マニュアル的にはニックネーム呼ばわりはいけないのだろうが、認知度が増してきた徳蔵さんは、耳が遠いこともあいまって、湯浅さんや徳蔵さんでは、こちらの呼びかけに反応しないことが多くなってきたからだ。
「しょうばいだから料理がまずくちゃあしょうがないよ。だけどあいつは神経質でね」
「はあ」
 徳ちゃんはまだら認知で、意識がすっきりしているときはヘルパー相手にしゃべりまくる。ちなみに茴の勤め先の介護ヘルパーは、ほぼ全員聞き上手だ。無資格から参加できるが、初心者から月に一度はスキルアップの講習会研修会があり、高齢者の感情を尊重して対応することを最初に訓練する。これは介護ヘルパーや介護福祉士の資格取得とは別な、事業所独自のものだった。
 高齢者とのコミュニケーションの配慮は他の事業所でも同じはずだが、茴たちの地域福祉コミュは、地元の高齢利用者にとりわけ人気がある。主婦たちのボランティア精神から事業スタートしたNPOなので、よく言えばおっとりとして、反面シビアなビジネス感覚には遠い。温和なワーカーたちは、しばしば懇意の利用者の長話の相手を無償でつとめてしまったりする。
健啖は、九十歳以上の長寿者の特徴だ。食いしん坊の徳ちゃんも、何事もなければきっと九十五、六までは長生きしそうだ。食事の最中ほんとうにうれしそうに眼を輝かせ、食べこぼしもあまりなく、若いころの思い出話や息子の他愛ないこぼし話などする。そのいくつかは、何度もリピートされて聞き馴れてしまったエピソードだが、聞き上手のヘルパーたちは初めて聞いたという対応をする。
 徳ちゃんの話では、今はひとかどの料理人になった息子は、少年時代手の付けられない不良で、家を飛び出し、十年ほど音沙汰もなく、ある日突然調理師になって戻り、徳さんと女房はうれし涙にくれた、という浪花節から、また別ヴァージョンがあって、奨学金で東京の大学に行ったが、中途退学し住み込みの見習いから板前になり…という波乱含みもある。二種ヴァージョンのどちらが真実なのかわからないが、ともかく現在の帰結、湘南でも相応に知られたレストランのシェフになっている、という点は整合しているから、徳ちゃんの認知の歪みは日常生活に支障はない。茴の見るところ、神経質な息子の暮らしぶりに自堕落が皆無なので、もしかしたら逸脱なんかせず、ちゃんとまっとうに料理学校に学んで職人になったのではないかと思える。
  波乱万丈は徳ちゃんの想像力が生み出した記憶のデコレーションではないか。料理も追憶も感覚に快く味わいたいという点において等しい。単調な物足りない事実にすこしばかり味付けを濃くして、放蕩息子の帰還物語を脳内に増殖させたとしても、徳ちゃんの恵まれた現在と将来は揺るがないのだから、どんな作話であっても茴の胸が痛むことはない。

「演奏会? それともパフォーマンス?」
「両方よ」
「相変わらず意欲的ね」
 亜咲はピーターラビットのティーカップに匙いっぱいたっぷりとフォションの苺ジャムを落とし込んだ。紅茶はアッサムだろうか。茴は料理は好きだが食道楽ではないので、茶葉のブランドにはこだわらない。亜咲はその逆で、料理はうまくないがサヴァランを気取る。気取ることを隠さないし、でたらめグルメだと自分で明かすので皆に好かれる。
「相変わらず?」
 茴の人柄を決めつける亜咲の口調に茴は苦笑した。そしてロココふうの薔薇の焼き絵模様の壺から、亜咲の半分くらいの量のジャムを紅茶に溶かす。陽奈はノーシュガーで、ジャムの代わりにブランデーをもらったようだ。隣に座った娘のカップからたちのぼる温かい蒸留酒の香がいちばん強い。
「そうよ、あなた変わらないわ」
 半年ぶりに会う亜咲は、それまでのアフロヘアを、ずっと明るい栗色に染め、セミロングの先端だけ肩先にくるりと外巻に、昔のリカちゃん人形のような髪型に変えていた。タートルネックの畝の太い白いセーターにカーキ色のジーンズ。首から上の隙のない美人顔にそっけない部屋着はよく映り合った。トップもボトムも有名ブランドだろう。小づくりな顔の下の体はゆったりと肥って大きく見える。厚手のセーターの腕や胸がロシアの農婦のようにおおらかにまるい。顔に贅肉がつかないので、肥っても亜咲は美しかった。
 リビングの窓は天井から床までほぼ全面ガラス張りで、三人が座るテーブルのすぐそばまで午後の海の光がななめに差し込んできていた。広いベランダを越えて毛足の長い絨毯を敷き詰めた室内まで初冬の陽脚が長い。乾いた空に夕影は金色だが、海は空の明るさのためにかえって深い藍色に見えた。結衣ヶ浜や得鳥ヶ浜とは異なり、陸から切り離された島の周囲の海底は険しく荒い。そのためにここから眺める暮れなずむ海の色が暗い。
 真昼や朝には渚より強烈な銀青色に輝くのかもしれなかった。そして、もうじき訪れる夕陽の燦爛も、彫りの荒い外海の波に刻まれ、反射を増幅してすばらしいのかもしれない。茴はふと、この切れ込みの鋭い波模様を日々視界に映している一人暮らしの亜咲の心理を想った。友人も弟子も多いし、余暇と金に不自由しない。再婚せずに彼女は十二年、いや、もう十三年になる。なお十分に美しい中年の女。表情にも横顔にも生気が匂いたち、寡の寂しさなど微塵も感じられない。部屋は片付いている。
「チェロの手は落ちたわよ」
「自慢げに言うものじゃないわ、そんなこと。最初から弱気でどうするの」
「弱気じゃないわ。亜咲には正確に伝えようと思うから」
「それ、甘えよ。あたしに伴奏頼んでおきながら」
「伴奏じゃなくて共演」
「同じよ」
 だいぶ違う、と茴は言いたかったが亜咲の口上のほうが速い。亜咲は半分ほど飲みかけたロシアンティにさらにブランデーを注いだ。いやウヰスキーかもしれない。四人掛けの広いテーブルの真ん中の籐の籠には、くすんだ薔薇のドライフラワーといっしょに、世界各地のさまざまな洋酒の小瓶が詰め込まれている。カットガラスの壜からトポトポと注がれる琥珀色は、紅茶の量とあまり変わらなさそうだ。茴は思わず眉を寄せてしまう。酔っぱらうと亜咲は女王さまになる。ただでさえ我儘なのに。それまで黙って母親たちの様子を観察していた陽奈はおずおずと
「先生、ケーキ召し上がりませんか」
「いいわよ。遠慮しないでひよこちゃん出してよ」
 ひよこ、とは亜咲のつけた陽奈のニックネーム。陽奈が買ってきた包みは、リボンをかけたままテーブルの上にある。ロシアンティのお茶受けに、殻つきの胡桃を数個転がしていた亜咲は、ジャムからアルコールへ最初から移るつもりだったのかもしれない、とようやく茴は気付いて呆れた。
「自分の下手をわたしに補ってもらおうというのはずるいわよ。頼むのならわたしと同じくらいに腕を戻してからにして」
「そう言うと思ったわ」
 ずけずけした亜咲の言葉はむしろ好ましかった。亜咲にしても勤勉にピアノを練習している筈はない。本職は画家なのだから。だが学生時代以降、めざましく画業に励んでいるというわけではない。個展や合同展も催していたが、茴の目には亜咲のテンションの低さが見えた。
 絵画であれ彫刻であれ、現代ではそれ独自で作品として成立「したがらない」風が吹いている。平面も立体もそれが置かれた環境や観客の気まぐれなまなざしによって、アイデンティティを解釈される。そのキャパシティが広ければ広いほど、作品の評価は高いといえる。しかし作品の自律性・個性はどう問われるのだろう、と茴は考える。亜咲の情緒の濃さは、モダンアートには反映しきれないのではないか。
 ところで彼女には即興演奏の才能があり、楽曲のいくつかの旋律から自分の楽譜を宙に書いてしまう。それは亡きチェリストの夫が教えたアンプロヴィザシオンのテクニックだった。基本的なハーモニーの中で、旋律線をさまたげない小手先の装飾音をきらびやかにつらねる。めくらまし、ジプシー音楽だ、と千尋唯由は、曲芸と紙一重の亜咲の展開を薄笑いしたものだ。…。
 茴は亜咲の憤慨をなだめるように、
「だから、あなたといっしょには奏でない。交互につないでゆく。しりとりのように」
 あら、と亜咲は濃い睫毛をひらいた。
「キーは何? 調性でつなげるの? それともトニカをひろう?」
「ランダム」
 茴はきっぱりと言った。
「コンセプトはね、アナーキー、フラグメント、偶然、ケージ」
「ジョン・ケージ?」
 亜咲は少し酔いが回って陽気に笑い出した。茴は娘を目で促す。
「先生、ケーキ食べよう、ケージよりケーキがいいですあたし」
「何ケーキ?」
「苺と、ショコラ、サヴァラン」
 赤が好きな亜咲は苺を選んだ。茴はショコラ。陽奈は残り物。だけど彼女は母親たちの好みをちゃんと知っていて、自分の好物が残るように抜け目なくセットしてきた。つやつやした三角形のチョコレートに、茴は真上からまっすぐフォークを突き刺して続けた。
「意味のないところに意味があるってこと」
「で、具体的にはどうしたいの」
「あなたが五曲、わたしも五曲、好きなジャンルで好きなものを弾くのよ。交互にね」
「調性無視? それではちぐはぐよ」
「演奏のBGMに風と波と町の雑踏と、小鳥のさえずりと…ところどころに聞き取れないくらいの話し声をかけるの。つまり、雑音が私たちの音楽のバックに流れる。ふつうは逆よね。こうしてお茶しているときとか、町を歩いているときとか、文明人の行動の背後に音楽がさまざまな情緒を色差ししてくる。この音楽会に静寂はないの。いつも小さくノイズが流れている。だってそのほうが正確だわ。私たちの感情は、完全な静けさ・透明の中で存在できないから。濁りのなかで、人それぞれ好き勝手に、自由奔放に心を遊ばせてる。それを表現したいの」
「クライマックスの盛り上がりにかけるわ」
「そう。亜咲に何かアイデアある?」
 亜咲は大粒の苺をぱくりと一口に放り込んだ。唇の端に生クリームが付いている。ショートケーキを食べながら彼女はとても素直にうれしそうだ。両目がきらきらして陽奈よりも子供のようだ。
「季節は四月よね」
「そう」
「イースターの頃だから、この支離滅裂な人生寸断アナーキーの帰結は、すごく敬虔にミゼレレはいかが。茴はカトリックでしょ」
「だけどミーハー信者です。クリスマスと復活祭だけ楽しむ」
「そお? まああたしたちだけではア、カペラは無理ね」
「生と死が錯綜する季節だから。いえ、ほんとのこと言って、いつだってそうなんだけど」
「キリストは特別でしょ」
「信仰は抜き。クライマックスはおいおい考える。でもそこまで乗り気ならOKね」
「勝手に弾くわよ。あなたのコンセプトなんかぶち壊しちゃうかも」
「それがいいの」

 四時を過ぎると冬の海はもう暗かった。低気圧が押し寄せ、冬の太陽は日没寸前のわずかな時間めがけて、鈍色のどんよりとした雲間に濃い橙と金を滲ませる。藍と灰色の隙間のわずかな明色は、海面を彩るほどの拡がりを見せず、雲海に穿たれた深い金色の窓からは、ただ白い放射状の光が幾筋か、大聖堂の明かりのように敬虔に海上へ降りていた。
「天使の梯子だわ」
 陽奈はテーブルから離れてベランダへ出た。母たちの対話は十九歳の彼女には少し退屈だ。陽奈は茴のような読書家ではなかった。ジョン・ケージは名前だけ知っている。音楽を聞かされたこともあるが、三分で眠れる、と茴に素直な感想を言って笑われた。笑ったあとで、茴は陽奈の感受性はとても健康的だと付け加えた。わからないものについて知ったかぶりをしないという意味で、陽奈は健康なのだった。
 茴と亜咲の会話は、亜咲の酔いが増すにつれ、陽奈の知らない単語が増えていた。よろずブランド志向を隠さない亜咲は、ややペダンチックなところがあり、陽奈が絵を習っているときも、画材や技法を子供には覚えにくい原語で説明したりした。むつかしい言葉の意味はほとんどわからなかったが、たいてい受験とは一切関係のない領域の話だった。だが陽奈は亜咲のそういう見栄っぱりなところも好きだ。難解な言葉が亜咲の口から出ると、それらは会話の文脈の中でスパンコールやレースのようにきらきらひらひらした。
 海風が冷たい。今のいままで呼吸していたリビングの空気にそこはかとなく浸み込んでいた画材の石油系の臭気が鼻孔から剥がれ落ち、汐の匂いを吸い込んでさわやかな気分になった。
 3LDKのマンションの中で、亜咲の画室はリビングからいちばん遠い北側にあったが、それでもどことなく樹脂や油絵具、フィクザチーフの臭気が南面の窓際まで漂う。それからラヴェンダーオイル。これは匂い消しに亜咲が頻繁にくゆらすアロマだったが、ヴェルニを覆い隠すほど濃くはない。でもラヴェンダーは室内香ではなく、亜咲のパルファムかもしれない。
 ローズ、ジャスミン、オレンジ…フローラルな柔らかい香水はどれも画材の臭気に負けてしまう。ラヴェンダーだけは不思議と筆洗油の臭いに溶け込んでも自己主張を失わない気がする。それは茴に教わった。
潮騒のさんざめきの中で、自分の心臓の音が耳の奥で急にはっきり聞こえる。ちょっと酔ったかも。陽奈がもらったウヰスキーはスコッチで、サヴァランはオレンジキュラソー。それっぽっちで、まさかね。
 海岸沿いのマンションに一人住まいの先生と、自分の継母と、加湿器の蒸気で曇り始めたリビングで、顔を寄せ合って芸術談義をしている。酔っぱらっていないが、茴は楽しそうだ。楽しいに違いない。
(ういちゃんも先生も美術と音楽両方できるもんね)
 そのような母親を持つ子供はいなかった。六歳で実母と離れ、七歳で茴にひきあわされた。負い目のある櫂は娘に気兼ねしてびくびくしていたが、陽奈は茴が気に入った。彼女の第一印象を陽奈は日記に絵で描きとめた。人体ではなく、それは、ピンクとブルーのまるっこい綿菓子だった。なぜそう見えたのかわからないし、初対面の記憶も淡くなってしまったのだが、サンリオの鍵付き日記帳には、色鉛筆で割り箸に巻かれた桃色と水色の綿菓子がその日の記録となっている。だが、写真で確かめると茴はその日オフホワイトのワンピースを着ていた。彼女のどこにも綿菓子はない。
(お腹すいたなあ。先生ご飯食べにいかないかなあ)
 夕闇が増すにつれ、天使の梯子は一本ずつ消えてゆく。五分も海風にさらされていればジャケットの前を合わせても、肺から深々と冷えてくる。陽奈はポケットからスマホを取り出し海上に数本残った天からさしのべられた光の帯を撮った。
(レンブラント光線。違うな、カラヴァッジオ光線) 
 そんな単語を最初に聞いたのは茴からではなく亜咲だろう。茴は子供にわかりにくいことは言わない。が、茴の配慮は的確すぎて、このごろ逆に陽奈のプライドを損ねるのだった。子供扱いとは違うが、茴の心遣いがときどき〈上から目線〉に感じられる。鏡に映る自分の姿と茴の姿と、今ではほとんど差がない。成長期を過ぎた義理の娘が若い母親に注ぐ視線はおのずと辛辣になっている。
 どれほど仲が良くても、同性はいくばくライバルなのだった。また、敵愾心の湧かない愛情など、肉親、さらには恋人同士であっても退屈ではあるまいか? スパイスの効かない肉料理のようなものでは? 黒焦げにならなければ多少の強火のほうが厚い肉はうまい。芯はレアで。…。
 海の画像はモノトーンに近く、海を舐める光線と波の屈折がドラマティックだ。すぐネットに上げる。あたしここにいるよ、と存在のアピール。友人からたくさんのイイネがつけばつくほど、自分の価値が高い気がする。だけどその反面、イイネをもらえない、ネット間での希薄な他者を要しない自分のほうが、きっとありのままの自分に違いないと感じている。他者からのOKなんか必要としない自分をしっかりあたしは持っているかな、と陽奈はリビングに戻る。亜咲の顔は赤くなっていた。ブルガリアの濃い酒の小瓶はもう空だ。ほろ酔いにぴかぴか光る頬をして、
「晩御飯食べに行こうよ、ひよこ」
 呂律もしっかりしている。亜咲はウワバミだ。体格もいいが、女だてらに一升瓶を開けて二日酔いもない。

チェリー・トート・ロード  1

Posted by 水市夢の on   0 comments   0 trackback

   チェリー・トート・ロード

 夕方四時を過ぎるとチェリー・ロードは投売りを始める。蘇芳山界隈では一番大きなスーパーマーケットだ。得鳥羽島と王船駅を往復するモノレールの、湘南桜沢駅で下車してすぐという地便もあって茴は仕事帰りによく立ち寄った。桜沢に住む茴の仕事は生活援助中心の訪問ヘルパーで、週に四日、一日に一軒か二軒、地元でひとり暮らしの高齢者の家を訪れ、こまごまとした日常の家事を助けている。
 桜沢という地名がつくだけあって、この一帯はさまざまな種類の桜が多かった。茴の住まいの周辺から駅まで染井吉野のまだ若い並木が県道を飾り、その先の国道と県道とが交差して商店街が雑然と小さくまとまっている駅の周囲には、並木より樹齢を重ねた幹の太い桜がゆったりと点在している。この辺りは香枕市内といっても比較的新しい住宅街で、古寺名跡のひしめく旧市街とはだいぶ趣が異なっていた。
 桜守湾に浮かぶ得鳥羽島へ向かう蘇芳山と、海とは逆方向の鹿香方面への丘陵となっている桔梗山との間のゆるい起伏を、何十年か前に切り崩して宅地化した。県道沿いの桜並木はそのとき植樹したものに違いないが、モノレール桜沢駅周囲の貫禄ある大木は、昔からのものに違いない。中世以来の歴史ある桔梗山の恵みを根こそぎ覆して整備するほど計画的な住宅地ではなかったらしく、そのおかげで昔の街道沿いの鄙びた緑がゆたかに残っている。
 モノレールは観光地香枕市と隣接する鹿香市をつないで走り、空中に吊り下げられた銀色の箱電車は見た目にかわいらしく夢があり、子供たちに人気がある。茴はこの空中車両を利用して、西香枕から藤塚、蘇芳山のあちらこちらの老人を訪れる。観光地だからバスも多いのだが、日と時刻によっては訪問先への通勤時間の測定がむつかしい。茴の住むマンションのすぐ前にバス停もあるが、遅刻を避けたい茴は、自宅から歩けば徒歩十三分はかかるモノレール桜沢駅への早足を選ぶのだった。
 午前中に一軒、午後に一軒。数年前に急死した夫櫂の遺族厚生年金で生計をまかなっている茴はそれほどたくさんの仕事はひきうけない。介護従事者とひとことに言っても働き方はさまざまで、おおかたの風評どおり、介護者の肉体を損ねかねない厳しい労働もあるが、茴のように食事の準備と掃除、買物、入浴の見守りというおだやかな勤めもある。
茴は今年四十歳になった。家族は再婚した夫の連れ子の娘陽奈(ひな)がいる。陽奈は来年成人式を迎える美大生だった。離婚した櫂の元奥さんのほうには陽奈の弟がいる。こちらは高校生だったが、茴は会ったことがない。櫂は娘だけ連れて茴といっしょになったのだが、それは正解だった。再婚当時陽奈は七歳で、その年齢ではもう基本的な感情の敷居ができあがっている。七歳の少女は幼児ではなく〈少女〉だ、と茴は相手を子供扱いしないことに決めていた。同性から子供されることは、少女の自尊心にとって無礼な振舞いに違いなかった。
 あたらしい母親に白目を剥くこともなく、また父親を奪られたなどという陰性の感情をくすぶらせるでもなく、陽奈はその名前のとおり、のどかな性質のよい女の子だった。茴のことを「ママ」ではなく「ういちゃん」と呼び、最初も今もそれはかわらない。
 ういちゃん、とは櫂の呼び方で、陽奈はそれを真似したのだろう。幸いに櫂は娘がファザコンにおちいるほどの美形ではなく、まっとうに気立てのよいところは娘にそのまま受け継がれていた。陽奈の母親に茴は会ったことがないが、娘の器量はたぶん両親のよいことろをもらったのだろう。櫂にも少し似ていたが、七歳の少女は絵描きの茴がよろこぶほど洗練された目鼻立ちをしていた。
 まだ介護に携わっていないころの茴は、実家に寄食して、たいして原稿料の出ない少女と花が好きな自称イラストレーターだった。
 十年前、茴の母親は六十代の若さで脳梗塞に倒れ、左半身麻痺、それからすぐに脳血管性の認知症が始まり、介護保険の利用となった。当事すでに父親は亡くなり、茴の妹の毬は県外に嫁いでいたから、櫂と結婚してもスープの冷めない距離にマンションを構えた茴が母親の介護を一身に担うことになった。麻痺と認知の病人を介護する。それは言葉には尽くしがたい大変なことだった。地元の福祉コミュニティのヘルパーたちの丁寧な訪問ケアのおかげで、独居の母親は自宅療養の数年を過ごし、今は施設にいる。
 ヘルパーたちの誠実のおかげで、茴は別居を口実に、母親の身の回りの汚れ仕事をほとんどしないで済んだ。介護度の重い母のために、介護保険をフルに活用し、毎日朝晩ヘルパーを入れた。食事介助などは茴でもできる。また下の世話も、必要に迫られてヘルパーたちの手順を見よう見真似でどうにか辻褄を合わせられるようになる。それにしてもシーツ交換やら肌着汚物の始末、服薬管理、入浴代わりの全身清拭となると、茴ひとりの手には余った。日替わりで訪れる数人の担当ヘルパーたちの仕事は無駄がなく、多少の出来不出来不愉快は病人にはあったろうけれど、家族にとってはありがたいの一言に尽きた。
 だいいち、じつの親であっても下の世話は気持ちがすくむ。母娘の間柄でよかったものの、つくづく茴は、これが父親のおむつを交換することだったらどれほどつらいだろうと考えたものだ。父親はそれよりずっと早く交通事故死していたが、母親が病みついて以来、父親の残した財産より何より、娘に介護のつらい思いをさせなかったことに、新しい感謝の念を抱いた。父親の急死をめぐって事故当時の悲嘆と、母が病み倒れたときの感謝と、時間差でプラスマイナスいりまじり、きっと何か福祉関係のパンフレットで読んだものだろうが、「親の介護は人生観を変える」という、まさにその通りだった。
母親を施設に移した後、茴は介護を通じて親しくなったコミュニティに入った。ここは無資格から、身体介護以外の〈ケアワーク〉に参加できる。地域の社会貢献と非営利を謳っているために、時給は一般事業所より安いが、メンバーはきちんとした家庭の主婦がほとんどで、険しい争いごともなければ、上下関係の軋みもなかった。ここで活動することは、茴の自責の念をゆるくしてくれた。
 いっそ早く死んでくれ、とは思わなかったが、妄想と敵意を時を定めず放出する異物と化す母親に対して、娘が自分を保ち、ノーマルな気持ちを寛くするためには、ヘルパーにおしつけてしまったものがたくさんあった。

 月曜日午前中のケア一軒め、篠崎月さんの家はモノレール桜沢駅の隣、湘南松井にあった。桜沢から松井駅までは電車で一分たらず、歩いても十分くらいだが、桜沢と松井の境界あたりで地形は王船へ登る急坂となり、徒歩や自転車、電動自転車でもかなりきつい。小山の斜面に沿ってモノレールを吊るす鉄橋がさかのぼり、銀色の箱電車は、集落と集落を隔てる雑木林と地域をつなく国道を高く見下ろし、唸りながらがたごとと走ってゆく。
 十一月も半ばにさしかかり、眼下の森は紅葉の盛りだった。温暖な湘南では晩秋から初冬が紅葉の見ごろだ。朝八時半、冷たく澄んだ光が海から山へまっすぐに渡る。正確には、ここからいただく太陽は桔梗山から顔を出し、桜守湾から昇るのではないが、丘陵が海へ向かって低くなるので、朝の光はその傾斜を這い上がって、香枕から藤塚に広がるように感じられるのだった。公孫樹や楓の黄赤が放射冷却の乾いた光を浴び、この寒気に一枚ずつ磨いたように輝いて見える。
松井駅付近には昔静御前が化粧したとか、化粧を落としたとかいう池があった。源義経の子供を生んで、即座にその子を殺された静御前は剃髪して尼になった。そのとき彼女の長いままの黒髪を最後に洗った松の根下の井戸を土地の主が池にして、悲劇の女人の切り落とした髪とともに祀ったのだそうだ。これが地名の由来で、開発されない山の中に、その池が古宮となって残っている。
 史実とは思えないが、日本各地にある「和泉式部の化粧池」と同じ水の女のフォークロアのひとつで、歴史の錚々たるビッグネームがひしめく香枕鹿香の古都においては、松井伝説はあまりに小さすぎて観光化もされず、伝説の松の木はとっくの昔に枯れてしまったが、それなりに枝ぶりのよい雑木林に守られた泉は、小さな公園になっている。狭いながらも池の周囲に芝生を敷いて、こぎれいなあずまやまでついた山の中腹から眺め渡す奥香枕の街並は爽快だ。
 池には今や金魚や小亀まで泳ぎ、小魚を狙う猫やアライグマ対策の金網を水面に張ってあるのを見れば、もういにしへの静御前の哀婉をしのぶかけらもない。うっかり稲荷と見まがう犬小屋大の可愛らしい朱色のお宮さんが、金網を張った池のほとりに鎮座して、子供の貯金箱のような長方形の賽銭箱がある。賽銭箱は持ち逃げされないようにお宮さんの前のコンクリートの地面に厳重に作りつけられている。賽銭の善意よりも、池に投げ込まれる縁結び祈願の五円玉のほうが多いだろう。それでもときどきは、女性のすすり泣きが聞こえる、聞こえた、影が見えたなどと恐怖には遠い風物詩の種にもなっている。
 山の下の盆地にせり出した感じの公園から夏の花火シーズンには、得鳥羽島や、藤塚、少し隔たった千ヶ崎の打ち上げが楽しめる。もしかしたらそのために、静御前の瞑想池はきれいに土を均してベンチやブランコを備え付けたのかもしれない。真夏の夜、寿司詰めの混雑にならないのなら、ブランコを涼しく漕ぎながら、夜空に咲く花火を鑑賞するのはきっととても気持ちがいいだろう。茴は花火の夜は来たことがないが、篠崎さんのケアの帰り道に、ときどきここへ立ち寄ることもある。ブランコが好きだからだった。
 駅を降りると中途半端な山肌で、昔からの人家はもちろん、新しい家も少ない。山の際に張り付くように間遠な感じで、何軒か道沿いに建っている。国道とは反対側の崖下の造成地には宇宙船を作っているという大企業の研究所と、谷を挟んで研究所と向かい合うように、藤塚小学校がある。駅から研究所と小学校に降りてゆく小道は舗装されていたが、もともとのほそい山道を塗りこめただけの急ごしらえな感じがする。この細道を降ってゆくと篠崎さんの家に辿り着く。松井についての前振りが長いのは理由があって、篠崎さんの家は、代々この池の管理者なのだった。
 月さんは今年九十歳になる。家族は別居している息子さん夫婦とお孫さん夫婦、年齢が年齢だから、茴の娘と同い年くらいの曾孫まで、湘南一帯に末広がりに散ってめでたい。篠崎家の本家はこの松井ではなく熱海のほうらしい。真鶴だったかもしれない。静御前を尼寺まで送り届けた従者が始祖ということだった。
 旧家は香枕ではめずらしくないが、裕福な屋敷のほとんどは、戦後都心から移住してきたひとびとのものだ。もともとの住民は素朴な漁師か農民なのだった。九十歳になっても歯が十七本残っている篠崎さんも豪農の主婦で、腰骨の曲がった小柄だが、つやつやと日に焼けた丈夫な皮膚と大きな笑顔を保っている.天然の笑顔が長生きの秘訣、ということはケアワークを始めて、あちこちの高齢者宅を訪問するうちに、それまで福祉活動に縁のなかった茴にもすぐにわかった。
小学校の裏手で坂道はいったん終わり、そこからまた違う丘に向かって登る。山躑躅が密生したごく短い坂のつきあたりに篠崎さんの家があり、今時の住宅事情なら昔の農家の間尺をそのまま補修しつつきれいに住んでいるこの家は豪邸の部類に入るだろう。
 蔦の這う肌の荒れた茶色いブロック塀に囲まれ、開きっぱなしの木戸を潜ると、赤い瓦葺きの母屋の反対側に薄暗いがらんとした車庫、南には重厚な石組だけ残してすっかり枯れた池、庭は言うまでもなく春夏秋冬草茫々だった。住人のいない松井公園のほうがよほどすっきりしているが、篠崎邸は公園の三倍くらいの広さはあるだろう。このありさまでも、週に三日は別居の長男がやってきて一応の手入れはするのだという。福祉コミュニティのケアワークは週に二回。茴は月曜日だけ勤める。利用者さん一人には、必ず複数のワーカーが担当することになっていた。ワーカーそれぞれの異なる個性で偏りなく利用者を援助するため、また利用者と一人のワーカーとが個人的に親しくなりすぎるのを避けるためだった。
 たてつけの歪んだ引き戸に鍵はかかっていない。屋内は薄暗く、百年近い建物の埃臭さと黴の匂いが外気と明らかに違う。だが気持ちのいい匂いだ。古い木と自然な黴、朽ちてゆく自然素材の匂いは、雑木林に降り積もった落葉をひっくりかえしたときに、つん、と立ちのぼる香ばしい腐臭とよく似ている。
「こんにちは、いっぽの森です」
いっぽ、というのは、神奈川エリアの福祉コミュニティのなかで茴が所属する訪問家事介護のグループ名だった。福祉コミュには保育、福祉用具販売、施設運営とさまざまなセクション、また地域ごとにこまかくグループ分けがされている。それぞれ数十人から百人前後の集団ごとに、いかにも主婦の好むようなかわいい名前がつけられていた。
 訪問時には明るくはっきりした声で挨拶する。耳が遠い利用者さんでも、かならず適切な声かけをする。篠崎月さんは補聴器の装着を朝はしばしば忘れていて、茴の声は届かないこと多いが、籠もりがちの高齢者に、外のごく普通の快適を運ぶのも介護従事者のだいじなつとめで、第一声はそのいっぽだった。 最初のいっぽ、出会いのいっぽ。高齢者とのコミュニケーションの始まりの第一歩。中年にさしかかり、両親と夫とそれぞれの老病死を見守り、もう人生のおおかたをわかってしまった淡い気持ちになることもある茴だが、それでも仕事相手は自分の倍以上の年月を生きてきたひとなのだった。

「あのこ、今日も来てくれたの」
 お月さんはにこにこと可愛らしい笑顔で言った。
「息子さんですか?」
 茴はうっかり問い返したが、言葉を口にした瞬間、ああまた、とすぐに別な了解をした。公務員を退職後、さらに嘱託で勤続している長男が月曜のこの時間に母親を訪ねるはずはない。長女は遠くに住んでいる。あのこ、と嬉しそうに月さんが呼ぶのは、いつもの〈あのこ〉、でもどの〈あのこ〉かな、と茴は考えた。月さんの周囲に出没する〈あのこ〉はたくさんいる。
 茴はお月さんの朝食の準備に忙しい。九十歳になっても自分の歯で咀嚼できる彼女は健啖で、バタートースト、ブルーベリージャム入りヨーグルト、スクランブルエッグに野菜スープ、紅茶、という朝御飯をいつも気持ちよく完食、つまり全部平らげてくれる。簡単な献立だが、一時間半のケアで朝食の準備と後片付け、洗濯、掃除などを手際よくこなさなければならない。
 古い屋敷は風呂と食堂、トイレ、六畳の茶の間とそれに続く月さんの寝室だけを新しくリフォームしている。他の何室ものだだっぴろい座敷は昔のままにほったらかしで、雨戸も開けない。玄関から月さんの寝室までは長い廊下一本でつながり、窓とは反対側の襖障子はぴったり締め切られ、欄間の埃は彫刻の隙間を埋めて厚く積もっている。たぶんどの部屋も昔の布団や古道具が詰め込まれた納戸状態なのだろう。
 月さんの隠居部屋は、南西の庭に面した一番日当たりのよい奥のほうにある。半世紀以上も前に流行った和洋折衷の洋間の部分が月さんの寝室で、美術を学んだ茴の目から見るとちょっと中途半端な設計だが、当時としては洒落た出窓がついている。
 すでに起床してベッドに座っている月さんは、腰が痛いので手を伸ばして重いカーテンを開けるのを億劫がり、ヘルパーが来る日はひとまかせにして、枕許のスタンド明かりだけのうすぐらい中で身支度を済ませる。昔気質の高齢者の多くは、裕福な暮らしのひとであっても、電気を浪費しない。電灯などは日中ほとんど点さないで暮らしている人が多いのだった。
茴が豪華なゴブラン模様の緑と黄色の遮光カーテンを引きあけると、呼吸で曇ったガラス窓の向こうに青々と富士山が見えた。てのひらで窓ガラスを拭うと、初冬の澄んだ大気に富士の尾根は,低い神奈川の丘陵を裾周りに従え、すがすがしいシルエットを広げている。絶景だ、と茴は目を丸くする。モノレールの車窓でも似たような絶景が見られた筈だが、車内では富士山とは反対側の、朝陽に輝く松井山周辺の紅葉に見惚れていた。
 鈍い緑色のセーターに藤色のゆったりしたズボン。転倒防止のピンクの室内履きまで月さんは自分で履く。薄くなった髪も上手に撫で付けている。手洗いは着替えの前に済ませている。自然にさしのべる姿勢になっている茴の手にすがるでもなく、月さんは自分で杖をついてゆっくりと食堂まで歩く。
 月さんがベッドから起きて食卓に座るまでの悠々とした歩行時間が茴の洗濯時間になる。手早く布団を剥がし、シーツを換えて乾燥機つきのランドリーに「放り込む」。月さんの、ことん、ことん、という杖の音を聞きながら茴は寝室から浴室、キッチンを走る。トーストもスープも火を通すだけ。スクランブルエッグもさっさとできる。たいした手間ではないが、段取りのよしあしは卵の味を決めるらしい。大家族を采配してきた働き者の主婦だった月さんは食いしん坊で、大勢の子孫からだいじにされているおかげで、普通の高齢者よりもかなり舌が奢っている。かわりばんこに入るヘルパーの料理の腕をすぐ見抜く。なかなか彼女の気に入る味がないらしい。だが、茴はその中でも褒めてもらえる部類だった。
「ああおいしかった、ごちそうさま」
 いつもどおり月さんは皿小鉢を大きいものから小さいものへと順序よく重ね、ボックスティッシュを震える指先で真ん中の折り目から半分ちぎって口の周りを拭き、残った半分を丁寧に折りたたんで、着ているモスグリーンのセーターの袖のなかにしまった。
 月さんは血色のよい浅黒い丸顔で、耳たぶが恵比寿のようにふっくらと大きく赤い。細い目に丸い鼻、いつも笑っているように両端が吊り上った口許をしている。
手足にかるい震えがあり、歩行がやや困難で室内では四点杖で歩行。認知症状もあるが、陰性ではない。
「どんな子でしたか?」 
 茴は月さんに尋ねる。月さんを楽しませてくれるその子は、どんな子なんだろう。認知症状の一種の幻覚とわかっていても、茴には月さんの回りにやってくる可愛い子の映像が羨ましいのだった。レビー小体型認知症。手足の震え、すくみといった歩行障害とともに、初期からの幻覚が顕著な特徴。脳にレビー小体と呼ばれる物質が付着することによってひきおこされるということだ。
「お姫さまが来てくれたよ」
 月さんはうれしそうにおしぼりで顔を拭きながら言う。へえ、と相槌をうちながら、茴はかちゃかちゃと食器を洗う。油ものが少ないからこれも簡単に済ませられる。
「どんなお姫さまでしたか?」
「ちいさい、髪の長い、色の白いきれいな子が来てね。そらそこの納戸にいないかね?」
 納戸とは月さんの寝室の隣の部屋だ。昔は二間続きの奥座敷でもあったのだろうか。いないかね? と尋ねられても茴にはお姫さまを探しに行く時間の余裕はない。月さんは食後、またゆっくり杖をついて洗面所へ行き、歯磨きを済ませ、茶の間の肘掛椅子に座る。茴はこのあとひととおりの掃除を済まさなければならない。月さんは茴と話を続けたそうだが、こちらの仕事を遅らせる会話はしない。
「お姫さま? あたしも会いたいな。着物を着た、お雛さまみたいな感じですか」
「いえ、普通のうちの子が着るようなワンピースよ、青いモスリンかスフみたいなの」
 モスリンにスフ。いつの時代の繊維だろう。幸田文さんか青木玉さんかのエッセイにあったような気がする。今ならポリエステルだ。モスリンのワンピースは洗濯機で洗えないぞ、と茴は半分聞き流しながら掃除機をかける。うちの子というのは孫か曾孫か。月さんの孫ならもう茴と同世代だから、きっと曾孫に違いない。曾孫でさえ一番大きい子は陽奈くらいになっているだろう。
「何歳くらいでした?」
「十歳かそのくらいかしらね。十二歳にはなってませんね」
 月さんは炬燵に膝を入れ、手箱からめがねを取り出すと、さっき袖にしまった半分のティッシュペーパーを取り出し、眼鏡の曇りをきゅきゅきゅと拭いた。眼鏡を掛ける前に目薬を挿し、それから新聞をひろげる。いちいちの動作の順序はちゃんと決まって、今のところ揺るぎがない。指先の震えも点眼にさしつかえるほど進行してはいない。近くに息子夫婦が住んでいるにせよ、ほぼ独居同様の九十歳にしてこの壮健は立派だった。
 感心しているうちにも分刻みで時は過ぎる。このあたりで茴のケア時間は半分過ぎている。週二回、几帳面なヘルパーがまじめに磨いている月さんの居室はどこもかしこもぴかぴかだった。ただしお姫さまが消えていった襖のほうはどっさりと埃と黴が積もっていることだろう。この家にたちこめる古家の臭気は、お化け屋敷じみてぶあつい貫禄があり、茴たちの掃除程度では全く拭いとれない。
介護保険では床の雑巾がけはしなくてよいことになっているが、トイレやキッチンまわりはそうもいかない。月さんは始末がよいひとだが、手洗いに失敗はもうつきものになっていた。
 長い廊下に掃除機をかけていると、茶の間の炬燵テーブルに移った月さんの笑い声が聞こえてきた。テレビの音はしていない。またお姫さまが戻ってきたのかな。幻覚はどういう辻褄合わせなのか、月さんがひとりでいるときにかぎって現れる。息子も娘も、またヘルパーもケアマネも、幻視出現に同席したことはないらしい。茴は好奇心をおさえきれず、掃除機のモーターを弱にしてそっと床に置き、忍び足でこっそり茶の間の方へ行った。茶の間と廊下は襖ではなく障子で隔てられているだけで、うまいぐあいに障子は穴だらけだった。
「これお食べ」
 月さんは炬燵の上の果物籠から温州蜜柑をひとつとり、差し出している。あいにく茴の覗いた穴からは月さんと蜜柑を握った月さんの手首までしか見えない。〈お姫さま〉はその先にいる。そっちを見ようとして顔をおしつけると、脆くなった古い障子穴が裂けてしまいそうだ。別な穴を探す茴の耳に、お姫さまの声が聞こえた。はっきりと聞こえた。
「ありがとう。こんにちは」
 さっきまで茴と二人きりだった茶の間に、月さん以外に誰かいるはずはない。誰の声、え、あたしも幻聴なの? うろたえた茴は穴を探す手間を省いて、がらりと威勢よく障子を開けてしまった。とたんにがたがたっと障子の上からいろいろなものが落ちてきた。天狗のお面にカレンダー、リラックマのぬいぐるみ、猫のポスターに、宝尽くしの熊手、昨日干したらしい洗濯物の下着などなどごっそりと、茶の間に散乱した。この障子は廊下を隔てて嵌め殺し状態にしていたのを茴はうっかり忘れていた。障子の上の鴨居にフックをいくつもつけて、ただ今落ちてきた月さんグッズが、割合きれいに飾ってあったのだった。
 さらに、長年閉めきりになっていた障子は茴の荒業に反抗して思い切りよく敷居から脱走し、廊下側の茴に全体重をおしつけてきた。つまり倒れた。
「あーあ」
 我ながら自分のまぬけに嫌気がさす茴。この醜態をどうしよう。ちらりと腕時計を見ると、確認するまでもなくケア終了予定時間まで三十分しかない。
「あらあら、賑やかになって」
 万事肯定的な月さんは拍手しかねないような破顔一笑。幸い古障子は毀れていないが、いくつかの破れ穴は激しく大きくなったはずだ。
「たてつけが歪んでるからねえ。森さん気にしなくていいよ。直してってくれれば」
「はい」
 消え入りそうな声しか出ない。茶の間はおろか、さらにまだ浴室トイレの掃除がある。次のケアが控えているわけではないから、事務所に連絡する必要もないが、あたしってばかみたい、と茴の顔はへのへのもへじになる。そこへ
「お手伝いしましょうか」
 顔をあげると青い目が見えた。え、ありえないシチュエーション。ああ、だから幻覚なのね、と納得しかけるのも気持ちが動転していたからだろうか? あたしもレビリアン?
こんなレビなら悪くない、どころか。
「ごめんなさい、お姉ちゃん、あたしが急に現れたから驚いたんでしょ? 手伝うわ」
 青い袖なしワンピースは夏服だ。白い襟、ベルトも白い。両手でつかめるほど細い腰。茴の視界にほそい腕がすっと伸びて天狗のお面を畳からひろいあげ、おどけて頭の上に被ってみせる月さんの〈お姫さま〉は、なるほど可愛い。青い目のお人形さんだった。
「あの、あなた、どなた」
「うーん」
 女の子は小首をかしげた。腰までの長い髪、きれいな輪郭の顔、茴には見慣れた富士山の絶景よりも、身近で滅多に見られない清楚な顔立ちをしている。十歳よりは大人びて見える。濃い睫毛の飾るアーモンド形の両目とワンピースは同じくらい青い。きれいなセルリアンブルーだ。だけど顔立ちは日本人。言葉も。これは幻じゃないの? なぜあたしにも見えるの。最初の驚きが冷えてから、ようやく茴は真剣に困惑し始める。
「わたし、メグです。お姉ちゃんは?」
 二度くらい瞬きしながら少女は名乗った。ひとなつこい明るい声だ。額にたれかかるふぞろいに伸びた前髪をかきあげ、茴の驚きを気づかうように、にっこり笑った。茴はまた小さな驚きを感じた。この幼い少女は初対面の、自分よりずっと大人の茴を微笑でなだめようとしている。愛嬌が売りの芸能人でもあるのだろうか。それにしてはメグの雰囲気は初々しい。
(待ってよ、これってレビー症候群よね)
 物理的にも心理的にも大混乱の篠崎月さんケアの現状に冷静になろうと、無理やり学術用語を海馬からひっぱりだしたが、畳の床にころがった竹細工の熊手にひっかかれて変なふうに歪んでしまった。テクニカルタームの歪曲などは今の茴にとってまったく問題ではない。ともかく片付けよう、片付けよう、この子はだあれ? メグですって言っても…
「お姉ちゃん、名前教えてください」
「ああ、わたしね、わたし森茴です。よろしく、篠崎月さん、こちらのケアの最中なんだけど、メグさんどこから来たの?」
「これ、夢じゃないの?」
 初めてかるい驚きの表情を顔にひろげ、メグは黒目がちの目で周囲を見渡した。
「夢って?」
「あたし、自分の部屋で眠っていたんだと思うの。気がついたらここにいたから、いつもの」
「いつもの夢?」
「ええとね」
 メグは困ったような顔をし、まじまじと茴を見上げ、それから部屋のごたごたに視線を移すと、
「お姉ちゃん、ヘルパーさんなんでしょ。時間ないんだよね、だったらとにかくお仕事しようよ。あたしここ片付けるから、お姉ちゃん違うところにとりかかってください」
「はい」
 ごく自然にこちらを指図するメグの声は幼いながらも茴を動かす力があった。メグはただしい、うろたえるのはあとにして、ここはこの子に任せてあたしはお風呂場とトイレと台所と。
「お姫さまはかしこいねえ。森さん見習わなくちゃ」
 締めのように月さんはぽんぽんとてのひらを打ち合わせた。おっしゃるとおり、と茴は頷く。
「あなた寒くないの、袖なしで」
「全然」
 夏服のメグの、実りにはまだ間がある少女の二の腕と腰が細い。両足も素足で、靴下もはいていない。十一月下旬にさしかかる朝の気温は、どこかで霜が降りたとか、初冠雪とか聞こえてくる寒さだった。だがメグの白い腕には鳥肌もたっていない。メグの挙措がとても自然でリアルなので、茴は時間のせわしなさに追われて、すぐにこれが異常事態であることを忘れてしまう。とりあえず仕事を片付けてしまってから、レビーの確認?をメグとしよう。青い夏服を着たこの子はきれいでほんとに妖精みたい。デジカメ持ってくればよかった。ガラケーの画像は肌理が粗いからなあ。それでも証拠にはなるかな、え、心霊写真とかだったらどうしよう。
「森さん、簡単でいいからさ、お姫さまの言うとおりにしなさいよ」
 月さんの叱咤が飛んで、はい、と茴は肩をすくめる。
「ついでにレモンティーちょうだいよ」
「はい」
 そうだった、朝ご飯のあと、水筒にレモンティを作っておくのも忘れていた。
 メグは畳のおもちゃをひろいあげ、それぞれの位置を月さんに尋ねながら鴨居フックに戻している。
「適当でいいよ。お姫さま背が高いね」
「あたしメグです。おばあちゃん。お姫さまじゃないよ」
「うちの子のお嫁さんに来てくれないかね」
「えー、会ったことないもん」
 のどかな対話を後ろに残して茴は廊下に出た。最初にトイレをきれいにして、それから浴室、最後に台所の床まわり。だいたい各十分弱で済ませる。生活介護のヘルパーはお手伝いさんや家政婦ではないが、仕事自体は似たものだ。主婦が家に健在ならすっきりする程度に過不足なく高齢者の住まいを整える。
仕事運びはヘルパーそれぞれ異なるが、自分でも茴は多少きちんとしすぎかなと思っている。他のワーカーは茴ほどには丁寧でない、と幾人かの利用者さんが言う。それは褒め言葉とも言えない。同僚が手抜きをしているのではないだろうと思う。茴の気持ちの問題だった。
 介護以外に茴は自己表現の世界を持っている。絵を描きチェロを弾く。福祉コミュに参加したとき、趣味や資格ではなく特技として履歴書に書き込んだ。その自意識で自分を甘やかすのはいやだから、茴は仕事を丁寧につとめる。
絵や音楽のことを考えていると、どこかすっぽり日常から飛んでいってしまう瞬間が一日二十四時間のうち三時間半くらいはある。いや四時間くらいかな。連続する瞬間は、日常より濃くて鋭い時間だった。
 結婚する前、絵を描く以外に、毎日欠かさずそれくらいはチェロをお稽古していた。それでもプロの演奏家としては少ないほうだろう。結婚してから慣れない子育て、それから母親の発病やら、いろいろな理由でチェロをやめた。けれども長年続いたチェロの日課は、余暇の娯楽とは異なる精神のはばたきとして茴のキャラクターに習慣づけられている。このために、福祉の仲間と精神的にずれがあるかもしれない。ぼんやり癖でとろく見えるのはしょうがないが仕事はちゃんとする。貶されるのはいやだ。それで手を惜しみすぎないことがあるとわかっていた。
 母を送り、夫と死別し、娘がまもなく成人しようという四十歳になって、茴は再びたどたどしく楽器を奏き始めた。昔の楽譜のいろいろな書き込みを眺めると、二十年前、三十年前のその日、その時の自分がまざまざと蘇ってくる。現実などかききえ、楽譜の中からたちあがってくるリアリティのほうが強烈だった。……。五線譜の宇宙を遊泳するにしても、ちゃんと現実にリターン着地できるなら、インナートリップは爽快な精神のリフレッシュだ。
 三十分の作業を二十五分できりあげて茶の間に戻ると、月さんは炬燵にうつぶせになって居眠りしていた。くうくう、と平和な寝息が聞こえる。メグはいない。
 鴨居にはもとどおり、月さんグッズが吊ってある。騒ぎの前後で位置が変わっているのか定かではない。埃だらけのマスコットの順序まで覚えてはいられない。障子もちゃんと嵌めてある。破れ穴は大きくなったろうか。そうでもないようだ。和紙というのは古くなっても丈夫なものだ。倒れどころがよかったのかな。それともほんとに倒れたのかな。
「メグ?」
 小声で呼んでみたけれど当然返事はない。そうだよね、だってあの子、月さんの〈あのこ〉なんだもの。レビーの子だよね。
「じゃあ、どうしてあたしにも見えたの?」
 ひとりごとが思わず口をついて出た。そのとき月さんの鼾が高くなる。脳梗塞じゃないわよね。母親が倒れたときの恐怖がちりり、とうなじを奔る。薄紫のショールに腕枕の顔を埋めて眠っている月さんの顔はおだやかだ。
 揺り起こすのはためらわれた。ケア時間は三十分オーバーしている。誰にもわからない。幻覚を利用者さんと共有したって事故でもミスでもないから、ヒヤリハットにはあたらない。だいいち信じてもらえない。
 あたりさわりない記録を連絡帳に記入し、火の元を確認して茴のケアは終了。午後は三時から西香枕だっけ。終わったら四時。帰りにチェリーロードでおそうざいを買って。

緋王号  夢浮橋 vol7

Posted by 水市夢の on   0 comments   0 trackback

   緋王号

 そびやかに世界超えてむたてがみは
   委ねよ闇を陽(ひ)と抜く乙女に

 香枕海岸から星月夜岬へは歩いてゆける。草紫の家から海辺まで五分、海に出ると西のほうに黒いシルエットとなって岬が見えた。女子供の足ならば、だらだらと三十分、往復すれば小一時間はかかるが、桜織はこの遠距離を子供を連れ歩く午後の散歩の道のひとつにしていた。観光地の鹿香、香枕、星月夜岬をつなぐ海沿いの歩道は、花や動物を象ったカラフルなタイルを敷いてきれいに舗装され、防波堤に守られて、歩き心地も眺めもよい。朝昼晩と、ここは付近の住民、観光客で人通りが絶えなかった。
 海沿い道の岬への往復は、幼児の足には長い時間歩き続けなければならないし、直に海風が吹きつける厳しさもあって、たぶん桜織が子供を連れて歩いたのは、四季のうち気候のよい、暖かい日だけだったのに違いない。 
砂浜と崖を埋め立てた道には、真夏の直射を防ぐ大きな街路樹もなく、あまり丈の高くない夾竹桃や芭蕉などで景色の緑を補っている。
 だからその季節が春夏秋冬のいつだったかわからないのだが、午後の三時くらいだったろう。陽盛りを過ぎ日没まで、時間の進行がゆらゆらと長く感じられるころだ。
 視界に西のほうの海がほのかに橙色がかって明るかった。海岸の湾曲は星月夜岬へさしかかって登り坂となり、ちょうどそのあたりで湾岸道路ごと歩道は岬の山翳にすっぽりと覆われた。犬の散歩、ジョギング、ウォーキング、それに観光客のカップル…桜織は通りすがりのそれぞれのひとびとに、必ずかるい会釈をした。見ず知らずのひとなのだが、誰しも桜織に視線をよこし、彼女は汗を拭ったハンカチをその都度たたむように、こくん、と頭を下げるのだった。
「休もうか?」
 岬に近づくころ、子供の足はくたびれてくる。星月夜岬の岸壁に張りつくように削られた円形の平地には、このあたりの海に素潜りするひとや釣り人、足弱のひとのために、木組みのベンチが数台備え付けてある。その休憩所から階段を降りればすぐに海に入る岩場で、潮も風も遠浅の結衣ヶ浜より荒い。そして海風の匂いも砂浜より生臭いのだった。
 岩がちで、波のえぐりの深いここらへんは遊泳禁止とされていたが、岬のすぐ向こう側の得鳥(えとり)ヶ浜は波が荒くても海水浴場で、サーファーが多かったから、毎年岬付近で水死者が出る。その遺体は潮流に流されて鹿占半島へ遠ざかることが多いが、まれに桜守湾のなかできりきり舞いして、この磯に戻ってくることもある。
「誰か戻ってくるかしら」
「誰?」
 尋ねなくても子供にはわかっている。桜織は草紫を黒いベンチに座らせ、ペットボトルのフルーツジュースを飲ませ、波の刻みめの深い磯に眼を泳がせた。後ろの護岸の罅割れたコンクリートの隙間いっぱいに、雑草が乱れ丈高く繁って、海風にざわざわと鳴る。
 ちょうどこのときふたりの周囲には釣り人も観光客もいなかった。晴れた海は明るかったが、陽射しがまぶしい分だけ、星月夜岬の影に入ってここは暗い。海の反映のおかげなのか、日向の歩道を歩いてきて海とタイルの眩しさに慣れた目には、この円形の休憩所を覆う影は、ただ暗いのではなく、海水の延長のように青みがかって見えるのだった。
「そうちゃん、見える?」
「うん」
 子供は曖昧に頷いた。見て欲しいのかな、と内心困惑している。魚の顔になった母親たち、光りながら水死者を運んでくる船。その陪従のように周囲に集まってくる幻の…あるいは古い死者たちを乗せた小舟の群れなど、草紫はあれもこれも特に見たいわけではない。だが、星月夜岬の近くにくると、たしかに草のざわめきや波の遠鳴り、古い崖の壁などに、常とは違う幽かなちらつきが絶えず子供に訴えかけてくる。それをはっきり知覚しようとするなら、どんな異様が出現するものやら。桜織や水晶には見えないのだろうか、と草紫はいつも不思議に思った。
「波の上に」
 幼児は星月夜岬の真横を指差した。そこに岬の影と午後の光の境界線がある。日影の海は藍色がかった鼠いろ、日向は白に近い銀色で、白い海面に絶えず浮き沈みする波の陰影が濃い。
「あれは藤塚の乗馬クラブの…いいえ、あんなところまで馬が入るわけないわね。だって今満ち潮に近いし」
 叔母の声は嬉しそうだった。
「さおちゃんにも見える?」
「見える相手と見えないものがあるの」
「なぜ?」
「あちらのほうで、見る相手を選ぶのよ。見てほしいひとに姿を見せるということ」
「そうちゃんも?」
 桜織は首を傾け、ベンチに座って、地面に足の届かない両足をぶらぶらさせている小さい草紫の背中を撫でた。目は海を見ている。
「わたしたちが選ぶのではなく、あちらが選ぶの。子供のほうが好かれるのね」
 光と影が拮抗する磯に馬が一頭泳いでいる。たくましい胸や腹に飛沫を躍らせ、肢で海を漕ぐたび、太い首とたてがみが、風をとらえる帆船の帆柱と帆のように大きく前後に揺れる。馬は太陽のまばゆい白い波に乗って濡れた鉄のように輝いている。
それから馬は、桜織と草紫の視線に気付いて首をこちらにねじると、まるで蹄で海底の岩を蹴るようにかるがると方向を変え、星月夜岬の影のなかに踊りこんできた。影に入っても、馬の金属質な輝きは変わらない。陽光の眩しさに見えなかった獣の大きな眼や、飛沫を浴びて踊っていた、長いたてがみの艶などが、かえってはっきりと見える。
 女と子供が腰を下ろしているベンチの後ろを、そのときちょうど通った者がいた。桜織は馬から視線を離さず、その影に会釈をしなかったが、こう聞こえた。
「得鳥羽島に流れついたって」

「そのネクタイすごいね」
「第一印象を悪くするのにナイス」
 僕はうかつに同意せず、相手の胸元を見て、にかっと笑ってやった。オヤジは真っ赤なワイシャツを着ている。色が地味なら、襟のきっちりとしたふつうのサラリーマンが着ているものと変わらない。だけどあっけらかんとした赤いシャツ。坊ちゃんに出てきたっけ、赤シャツ。やっぱりすごいパンチだね、この色。桜織もママも嫌がる色彩だし、僕の周囲をずらっと見渡しても、真冬でもないかぎり、この色を好んで着たがる奴はほとんどいないと思う。悪くないけどね、元気に見えるしね。だけどサラリーマンシャツに使うなおっさん、いくら夢でも。
 そう、ネクタイだった。真夏のクールビズ以外で、ふつうの堅実な勤め人スタイルなら、最初に視線が集まるのはネクタイだ。だってジャケットもシャツも地味だから、その中で比較的自己主張ができるネクタイのセンスは、周囲へのアピールを測るポイントになる。
 赤茶けた髪の毛がもしゃもしゃで、色白の皮膚に細かい皺がいっぱい寄り、無精ひげだらけの六十がらみのおじさんは、真っ赤な(深紅とか真紅とかいうきれいな形容とは絶対に結びつかないあっけらかんとしたまっかっか)シャツを着て、胸元には黒白真横ストライプのネクタイを結んでいる。その上にデニムの背広。ジャケットといっても、見るからに継ぎはぎで、穿き古しジーンズの寄せ集めリメイクに違いない。両方の前ポケットの縁にLivi`sとBIGJHONの皮のブランドプレートがある。すりきれたデニムの端切れは揃った方形じゃなく襤褸なランダム。でも素材の色むらと継ぎはぎ具合で、藍色のクロコ模様に見えなくもない。こんなの着ている奴いないだろう。
「おじさん、そのネクタイ、古い言葉ですが、もろに前科者って感じする」
「人類はみなつみびとだよ坊や」
 猫撫で声でうれしそうに言う。彼はがりがりと頭を片手でかいて、
「このタイのココロはなあ、俺たちは囚われびと、そのヨコシマゆえに」
 格調と卑俗をわしづかみにする言葉の抑揚がへんだ、と僕は半分納得し、半分面白がっていた。縞のネクタイなら、普通は左右どちらにせよ斜線だ。モノトーンの真横ストライプネクタイなんて、僕は見たことがないし、じっさいものすごく目立つ。この縞がもっと細くて、藍色と白ならマリンファッションだと言い張れるのかな、いや無理だ。だって真っ向から「上下の秩序なんか認めない、世界は横並びアナーキーさ」なんてあっかんべーしてるんだもの。そうだ、これは彼の長いべろなんだ。舌をぶらさげてそこに黒の太字油性マジックでぎゅうぎゅう横縞を書く。
彼は背広のポケットから黒い細長い外国煙草を出し、百円ライターで火をつけた。シガレットはなんだろう。ジタンかな、よくわかんないけれど、おやじの指には似合わない。  
 あ、そうでもない、柄は悪いけど、このおっちゃんの手は白くてきれい。男にしては指もほそい。爪はちょっと汚れているけど、箸より重いものは持ちたくない手だ。手の甲に黄ばんだ染みが薄くいくつも浮いているのは老斑かな。顔も手も、色は白いけれど、どことなく不健康に皮膚がゆるんでいる。よく見ると整った顔立ちなのに、へらりと垂れた両目が、かったるそうに常に笑っている。このタレメには警戒心ゼロだ。相手が僕だから?
「その背広の意図も説明してよ」
「見たとおりさ。おいらはブルーカラー、何本もジーンズ穿きつぶし、ヴィンテージへの愛着ゆえにリメイクし、腐っても鯛とブランドをこれ見よがしに貼り付ける見栄っ張り」
「見栄っ張りは自分のことをそんな正直には説明しない」
「ジャリの年齢なのに鋭いな。だけどきみのまっすぐな視線よか、現実はひとくせもふたくせも灰汁があるの。そうだな…虚栄は擬態の一種なの。人間はつみびと的カメレオンなの。もしくはその逆もあり」
「わけわかんない」
「あと二、三年もすればわかる。衣装はすべて制服さ」
「その継ぎはぎ、職人芸に見えるよ。それにおじさんぜんぜんブルーカラーに見えない」
「それじゃおいらの経歴(まえ)をあててみな」
 おじさんは足を僕の眼の前で高く組んで、両腕を頭のうしろにまわし、煙草を斜めに銜えてうれしそうに笑った。
「最初に名前教えてよ。どうしてここにやって来たの?」
「俺はジンさん」
 ぷかっと煙草の煙を上を向いて吐き出し、
「水晶の息子に会いに来たのよ。あいつ、死んだんだって?」
 この一言で僕はいっきに全身の血が冷えた。
かなしみのためではない。
 七歳から十三歳に至るまでのいずれかの年、母親の水晶は亡くなっている。なのに、夢を見ている僕はママを恋い慕うよりも、六歳で喪失した桜織のことばかり考えている。
息子なのになんたる薄情。だけどこの結果は僕のせいじゃなく、ママのほうにあると思う。ママはもちろんやさしかった。だけど、僕と母親をつなぐやさしさのはざまには、厚ぼったいふんわりしたクッションがはさまっていて、その抱き心地はよかったけれど、僕は彼女の温かさを実感できなかった。
 ママはいつ死んだ? そうだ、まずそれを思い出さなくっちゃ。夢においては部分的記憶喪失、自己中心的健忘症はつきものだ。
それにしても、この初対面のジンさんはどうしてママを知っているんだ。僕の無意識のなかにこんなへんちくりんな不良おやじのヴィジョンがあったなんておどろきだ。こびとが出てきても夢なら想定内ファンタジーだが、ジンさんのキャラクターは、僕個人のマインドレパートリーにはありえない。
「俺、きみに会いに来たんだ」
 煙草を指に挟んだまま、ジンさんは片膝を抱え、膝上に髭だらけの顎を乗せた。ふてくされた少年みたいな格好だ。
「僕のこと知っているの?」
「水晶はきみのことよく自慢していたから」
「ジンさん、ママの友達なの?」
 ジンさんは、垂れ目の笑い皺をさらに深くして言った。
「人魚の息子って、やっぱり魚になるのかね?」

 ひたひたと器の縁を満たすように雨音が続いている。梅雨の蒸し暑さは空調のタイマーが切れると同時に寝室に被さってきて、子供は寝汗を掻いて目をさました。何か夢を見ていた気がする。夢のなかでも雨の音がしていた。自分の目の前の紫陽花の葉っぱに大きなでんでん虫がほそい角をゆっくりと伸ばしながら這っていた。雨粒がでんでん虫の角に触るたび、ちかちかと水のこまかい粒子が弾け、それは、この雨に打たれて楽譜から流れ出た音符がピアノの鍵盤にこぼれ落ちるような、でたらめできれいな和音となって耳に聞こえていた。
 雨音はでんでん虫の鳴声、彼が機嫌良く不思議な歌をうたっているように聞こえ、子供は手を伸ばして、緑の木下闇にふかぶかと咲き群がっている紫陽花の蕊に身を乗り出した軟体動物をつまみあげようとした、ところで夢は終わった。
パジャマの襟ぐりを探ると、汗を吸った繊維がひんやりと感じられた。頭皮も湿っている。口を開けると、家をおしつつむ雨音といっしょに、湯のような湿度が喉と肺に侵入してきた。子供は習慣でズボンのお腹に手をさしいれ、お漏らしをしていないかどうか確かめた。パンツは汗を吸っているが、やんわりとした湿り気は洪水とは違う。よかった、おしっこは洩れていない。桜織でなければ水晶が横に眠っているはずだが、白い布団には誰もいない。不安より先に尿意が来た。お手洗いに行かなくちゃ。
 こども部屋には必ずひとつ豆電球が夜通し点っている。夢から醒めたばかりの眼にはそれで十分な明るさだ。草紫は母親の夏掛けが斜めにめくれているのを確かめ、母親もトイレに行ったのだろうと勝手に考えた。障子を開けて廊下に出ると、いきなり雨音が大きくなった。そして真っ暗だ。ざわざわ、ざあざあと軒を叩く気配は豪雨に近い。まだ夜明けには遠く、闇の懐は世界を包んでなお深い。
 人間を襲う幽霊や悪魔を女たちは子供に教えなかったので、草紫は夜の闇を恐がらなかった。本能的な不安はあるが、女ふたりと幼児ひとり、川の字に暮らす世界では海の深さと夜闇の暗さとは同じ混沌から流れてくる。
 なまあたたかいカオスに水晶と桜織は常に出入りし、夜であろうと昼であろうと、それは明るいか暗いかの相違だけだった。さらに、人魚の女たちは水中でも呼吸できるのに違いなかったから。
 こどもは恐れ気もなく長い廊下をひたひたと素足で歩いた。床もじっとりつゆを浮かべている。古い木造家屋は夏には夏の湿度に馴染み、冬ならば北風を木目の繊維に滲みこませる。ひた、ひた、ひた、と足音も雨の音に近づいてゆく。
行く手の雨戸が開いており、そこから室内に庭の匂いが入ってきている。樹々と水の匂い、濡れた土とでんでん虫の匂い。ほのかな明るさは雨の光の反映だろうか。月光などあるはずもないが、玄関先か、隣近所のものか、ほんのわずかな常夜灯の輝きでも、流れる水は映してきらめくだろう。そのうっすらと心ひかれる明るさに子供はおずおずと近づいた。手洗いはその明かりの先にある。
 ぱしゃりと水を跳ね上げる音がはっきり聞こえた。黒い雨戸の縁からちいさい顔だけ横に突き出して外を見ると、庭面は紫陽花の満開で、暗闇の中にその青紫や赤紫の球形があざやかに浮かんでいる。花を支える茎や葉は夜の闇に紛れて沈んでおり、天からまっすぐに降りしきる雨の中に、色鮮やかな毬が無数に浮かんでいるように見えるのだった。 
夢の続きかと子供は思ったが、膀胱をせきたてる尿意ははっきりしている。だが動けなかった。低い壁のように庭を囲む紫陽花の群れのまんなかに、母親と桜織がいる。
 何をしているのだろう。立っているのは水晶で、桜織はすこしかがんで、うしろがわから姉の背中に触っていた。母親たちは衣服を着ていない。闇の中でも、ふたりの艶やかな背中や腕が雨にうたれて光る。さっき廊下で見た雨戸の隙間から屋内にほのめく明るさは、彼女たちの肌を映した雨の白さかもしれない。
 桜織は片手を姉のくびれた腰の一方の下に添え、もう片方の手で降りしきる雨をすくいあげるように享けては、水晶の肩甲骨や背骨のまんなかを丁寧に拭っていた。雨の雫で姉を洗っているようだ。いつもは結い上げている水晶の長い髪が水にほどけて首筋から肩に塗れて張り付く。ぬばたまの光沢は彼女の皮膚の白さを際立て、姉を洗っている妹も、同じくらいの長さの髪を中腰になった背中から膝まで、雨の流れのまままつわりつかせている。かるい笑い声が彼女たちの喉から洩れているように聞こえるのは、人間の声ではなくて、どちらかの長い毛先から雫となってしたたる水の落下音かもしれない。
 水晶は肉付きのよい腕をうなじにまわし、自分の髪の毛を頭上にひきしぼるように巻いた。片足に重心をあずけ、かるく腰をひねり、桜織を斜めに見て笑っている。それはアングルの〈泉〉の少女の姿だった。瓶から注がれる水流の変わりに、今はらはらと大粒の雫が、光りながら彼女の周囲に散りこぼれる。
 光りながら。
 草紫が呆然と眺めているうちに、雨の中で水浴している女たちの周囲はうすらあかりに包まれ始めた。彼女たちのほっそりとしてはいるが、女性らしいまるみと豊かさを白い脂肪に漲らせた肉体の内側から、薔薇色の光が灯っているように、紫陽花に護られた夏の夜の闇は、彼女たちのために明るかった。雨は小止みなく降り続いている。桜織は膝を伸ばし、姉の正面に周り、自分の髪を頭上に巻き上げたままの水晶の首から胸を撫でた。鎖骨の窪みに雨水が溜まっていたが、姉と妹とどちらのほうだったろう。
 子供はじりじりして無意識に足踏みを始めた。おしっこがしたいのだった。だが母親たちの光景から離れられない。桜織は子供のほうを振り返り、
「ひとりで行きなさい」
 それは手洗いの指図に違いなかったが、幼児の記憶に残った桜織の声の残響は、日常の些細な始末を促す声音の域を超えて、冷たく澄んだ響きを伝えた。ひとりで行きなさい、記憶と思い出の隙間にはさまった桜織の声のひとひらは、あとあと思い入れを込めて反芻するなら、特別な予兆として味わいなおすこともできた。
 草紫は頷いたが、切羽詰まった尿意に震えながらも動かなかった。雨は続いている。桜織と水晶は幼児を見て笑っている。天地の区別がつかないほどの夜の暗さは、どこかから希薄に退き始め、女たちの足元のほうからぼうっと明るんできた。
 子供の眼には、それが母と叔母の踏んでいる地面が発光しているように見える。彼女たちの前後で水の落下は白く明るんでいる。
 桜織は水晶の喉の下に人差し指を添え、つっと剃刀の刃をたてるように、一直線真下に、臍のなお下のほうまで指いっぽんの爪をたてた。赤い蚯蚓腫れが爪の後を追うだろうか? 到底そんな酷さで爪は動いていない。指先で雨の流れが澪を変えて女の胸や腹を流れるだけだ。くすくす、とどちらかの笑い声がまた聞こえる。彼女たちの背後でざわざわと紫陽花の群落が揺れる。それぞれの花が首を伸ばして、これを見物したがっているようだ。
 水晶は目をほそめた。桜織は自分のつけた筋に沿って、両手の指を添え、肩に力をこめて水晶の腹を左右に裂いた。鎖骨の真ん中から乳房の谷間、臍、いったんくびれた腰から、急激にひろがった下腹部まで、水晶の肌はゆったりとふたつに割れて、そこから向こうは夏の夜明けが始まっている。
 
「父親のことを知りたいとは思わなかったの」
 ママは水色のきものを着て僕の前に立っている。和服じゃない。大きな薄物の真ん中に穴を開けて、そのまますっぽり被ったような衣装だ。青い百合の花を下向きにして、うてなのところから水晶の顔が出ている感じ。百合の筒はシフォンのように半透明で、はなびらの内部でゆらゆらしているママの手足と胴体が見える。
「思わなかった。恋しいとも感じなかった。今も」
「桜織はあなたを上手に育てたわ」
「ママも、だよ。僕を育てたのはあなたたち」
 僕は母親への労わりではなく本音で答えている。水晶のお腹に僕を撒いた〈男〉=〈父親〉とはどうにも結びつかない。拗ねているわけではなく、ただ素直に皮肉るならばこの図式には〈父親〉という単語のかわりに何か別な、地味な単語を嵌めこんだほうが、僕の情緒にはリアリティがある。たとえば〈冗談〉とかね。いや、でもこれではママに失礼だろうか。それならば敬虔に〈偶然〉とでも思っておくことにしよう。いずれにしても父親は抽象的で、十三歳の僕のアイデンティテイーには関与してこない。これからはどうかわからない。
 ここはごつごつした岩場か、洞窟のようだ。天上から蒼白い鍾乳石か氷柱のような尖りがいくつも下がっている。蛋白石に似たほのかな虹が氷柱の周囲に浮かんでいる。洞窟のどこかで雫がゆっくりと、長い間隔を置いてしたたっているのが聞こえる。内部の岩壁の一定の高さまで、ところどころにうつぼのような貝がびっしりくっついているから、きっとその位置まではいずれ潮が満ちるのだろう。してみるとここは海のすぐ側だ。
 暗くはない。母親の姿も顔もはっきり見える。洞窟のどこかの天井か壁がぽっかりと抜けていて、そこから外光がシャワーのように注がれている。雲間からこぼれる光の筋ならば天使の階段というところ。
「僕を生んだのはあなたでしょう?」
「そうよ」
「僕が生れたときから桜織はいた?」
「わたしたちはずっといっしょだった」
「僕が七歳になったときなぜ彼女は消えたの?」
 水晶は大きな瞳をまじまじと見開いて僕を見つめた。僕は母親の顔を眺めて、いまさらながら彼女と瓜二つの桜織の記憶を確かめる。
「草紫は、わたしが死んだ日のことを覚えているの?」
 僕はなじられているのかな。そう、僕は彼女が亡くなったときのことを、思い出せない。思い出そうとしない。この夢の中まで、母親の死は僕の意識に侵入してこない。心をつかまえて離れないのは叔母のことだけ。
「七歳から十三歳までのどこかで、ママは亡くなったんだよ」
「それだけ?」
「今はそれだけ。僕の記憶にあなたの死の画像はないんだ。もしかしたら悲しすぎて思い出したくないのかも」
 水晶は笑った。ころころと笑うと、膝より長い薄物の裾が、風にそよぐ月見草のように揺れた。
「草紫、たとえばわたしは死んでいない、としたらどうなの?」
「え?」
「あなたはまだほんとうには六歳か七歳、いえもっとちいさくて、十三歳のあなたというのは、その子供が夢見ている仮想の自分だとしたらどうかしら」
「眼が覚めたら僕は六歳? そのほうがいいな。そしたらママもさおちゃんも僕の周りにいて、僕は女の子の服を着て」
「母親を殺したいの?」
 僕は絶句した。うっとりしたアルカディアの感慨にいきなり刺しこまれた水晶の錐だ。冷たく透きとおって、奥のほうまでつらぬきとおす。僕が出血したとしてもママは平気で言うだろう、あなたの心の穴に栓をしたのよ。OK。.
「癒着がひどいとそうなるかも知れなかった。でもあなたは死んだんだ。ジンさんもそう言った。もしかして、彼が僕の仕掛け人?」
「草紫、太陽の光を浴びるとき、あなたはその光の粒子の一滴、その一筋のルーツを気にかけたりする? ここに太陽が現れたとして、わたしたちが暖まるのは全身であって、皮膚の一点だけとか、髪の毛一本だけが熱を帯びるなんてことはないわ」
「男にとっては不本意で腹立たしい言い草なんじゃない、ママ」
「だからわたしたちは人魚なの」
 水晶はぬけぬけと答えた。
「僕もやがて男になるんだぜ。いや、七歳から僕は男の子にされた」
「桜織が消えたのもわたしが死んだのも、あなたが男だから」
「人魚の息子は魚になるのかって、ジンさんが茶化したよ」
「夢のほうが不可能なことが多いのかもしれないのよ?」
 僕は黙った。天井からか、壁の穴からか差し込む光が濃くなった。それは溶暗の舞台に照射される幾筋ものスポットライトのように際立ち、光の筋の眩しさのために周囲が逆にかきくらがってしまう。同時に地鳴りのような低い震動が全身に響いてきた。
「潮の音?」
「そう、いいえ、わたしはもうじきこわれてしまうの。その音」
 言いながら母親は僕の手を握り、ごつごつした岩場を、鍾乳石や壁を伝いながら歩き始めた。僕は彼女の手の感触に驚いている。こんなにはっきりと、自分ではない誰かをつかんだことがあるだろうか? ママはこわれてしまうって? 夢のかけあいは理路整然からは程遠く、真実があることを前提としない謎の応酬だ。水香ならどんなふうにアナリゼするだろう。夢見る僕がじっさいには少年ではなく、六歳、七歳、いや十三歳でもなくて、夢の自我には想起することもできないキャラクターだとしてもいい。僕は桜織と再会できない。母親の死を看取ることもできない。いや思い出せないまま。
 僕は多少やけくそ気味になっている。だけど、そうしてあらためて僕は自分を気に入っていることを自覚した。僕は僕のままがいい。ああそうか、この長い一連の夢の結末はこうだ。とても単純に、僕は自分が気に入っている。悪くない。夢が醒めたとき願わくば僕は十三歳の僕でありますように。そして六歳のおわりに母親とそっくりの桜織が消え、七歳
から十三歳までの間に水晶が死んだ、というデッサンがクロッキー帖に残っているように願う。そのノートが擦り切れていたっていい。
「ここから彼がやってくる」
「彼って?」
 ぐいぐいと母親に手をひかれ、僕は息切れしそうだ。水色のシフォンを翻し、母親は険しい岩肌を蝶々のように身軽に登ってゆく。上へゆくと太陽に焼かれた岩の匂いがはっきりしてきた。熱の香りだ。彼って誰? ママは答えない。
 どこかでアーチのように突然壁がぶち抜かれ、真っ青にひらけた目路のはるかに大洋が見える。波濤が白い、風が荒い。鴎の声。右手に星月夜岬、手前には結衣ヶ浜。毎年得鳥羽島に水死者が流れ着く。ときには鹿占半島まで運ばれる。その逆か。
 海の中から赤銅いろの馬がやってくる。陽射しを浴びて、逞しい腹を鉄色に輝かせ、たてがみに花を飾り、そのたてがみを握っているのは桜織。見えるものと見えないものがあるの。相手がこちらを選ぶのよ。子供は好かれるのね。
 そうだ、謎解きはいっさいしない。すべて棚上げのまま夢はまた次の夢へ続く。僕は母親を見た。予想どおりもう水晶はいない。彼女はいつ死んだ? それも判明させない。必要がないから。
 僕はこれからさきもずっと桜織を探し続ける。僕が僕であるかぎり。僕が少年でも青年でも、老人になっても、僕から細胞分裂していった女性性の桜織を探す。
 僕の一部は永遠に僕のもの、僕自身だ。
 僕は海上で波をおしのけて堂々とこちらへ渡ってくる馬を見た。ほら、そこに母親と桜織がいる。白い人魚の彼女たちは馬の背に横座りになり、彼の真紅のたてがみに花を飾って獣をあやつり、誇らかに虚構と妄想の海を渡る。馬の周囲に飛沫く波紋を、時間の刻み目を、僕は数えることができない。この馬はかつて何度も何度も水晶を踏んづけた奴に違いない。母親は水色の着物に白い襦袢、赤い伊達巻をしどけなくして、馬に微笑んでいた。だけど服従していたんじゃない。
 今彼女は砕かれもせず、あでやかにその彼の背に乗り、太陽をひきまわす。彼女の妹といっしょに。太陽のど真ん中で海はうたう。蹂躙された海が今は御者だ。

                                                (夢浮橋 了)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。