さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

スポンサーサイト

Posted by 水市夢の on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

サイコ・ヒーラー 8 インカローズ

Posted by 水市夢の on   0 comments   0 trackback

8 インカローズ

 眼を覚まして……メグ、起きなさい…優しい声が、耳の奥で繰り返し聞こえます。声の向こう側では、なぜか水音、いいえ波音。
(あれ、うちに帰ってきちゃったのかなあ)
 とメグは開けようとしてもなかなかひらかない瞼の重さを、半分心地よく感じながら、ゆらゆらと揺れている自分を感じていました。
 パパと二人暮らしの住まいは、海辺近い閑静な町でした。住んでいるマンションから、しばらく歩くと、海岸へ出られます。メグとパパと……それからまだママが生きていたころ、三人でときどき海岸公園でピクニックしました。ママがまだ生きていたころには……
(ママ?)
 メグはぱちっと眼を開きました。寝そべったまま視界に映ったのは、まず頭上真っ青な夏空。こんなきれいなブルーはめったに見られない、透明なコバルトです。そうして輪郭の淡いまっしろな羊雲がところどころにぽかぽかと浮いて、気ままな放牧の群れみたいにゆるやかに、風に追われてひとつ方向に動いてゆくのでした。太陽はどこにも見えず、なめらかな濃青の空と雲だけ、まばゆさを抑えた調和の色彩に流れています。
 さわさわ、と顔に触れてくるのは、野花のそよぎでした。透かし百合、ニッコウキスゲ、
桔梗、コスモス、松虫草…知っている花、知らない花、いろいろな草花が、気がつけば見渡すかぎり咲き続く野原に寝そべっているのでした。メグはむくっと起き上がり、あたりを見回しました。
(海だ)
 メグの寝ていた野原はそのまま潮騒寄せる渚となって、白波の立つ海は、砂浜の隔てを置くことなく、草原のへりをじかに澄んだ波ひだで洗っているのでした。ここはたしかにシーラやガーネットたちとやってきた信州の高原なのですが、その原っぱはパラレルでは原初の海につながり、見はるかすあざやかな草の黄緑を、海の変幻ゆたかな翡翠いろに変えて、ひと目ではつかみきれないほど大きな光る水平線が、夏空の果てで、まんまるくふくらんでいます。
(ママ、どこ?)
 メグはたちあがり、自分に呼びかけた声の主を探しました。メグのすぐそばは、もう波打ち際で、クローバーや猫じゃらしの原っぱの隙間に、プクプクと白い細かな水泡が散って、海草と貝殻、小魚が、高原の野花の中を揺れて動いています。
「メグ、あたしはここよ」
 ふりかえると、安美さんが立っていました。
メグはうれしくって飛び上がり、ママに抱きつきました。ママはメグに抱きつかれてぐらりとうしろに倒れかかり、片足をひいてなんとかバランスをとりました。ふわっ、とママの体のぐらつきを追って、羽織った萌黄いろのカーディガンの袖が力なく空を泳ぐのに、メグはどきんとしました。
「ママ、手は?」
「あちらにあげてしまったの」
「あちらって?」
 安美さんは微笑しました。
「メグがコテージの屋根から落ちるとき、あたしは柳の力を借りて、あなたを無理やり受け止めた。あなたが地面に落ちて怪我をしないように、両腕を伸ばして……あたしはレノンにつかまえられていて、あなたに直接触ることができなかった。それで、あそこに生えていた柳に頼ったの。柳は自分を二つに裂いて、転がるあなたを支えてくれた。あたしは、そのお礼に、あたしの腕を柳にあげた」
 メグはママから離れて、あらためてママの姿を見つめ、息を呑みました。白いワンピースに薄い黄緑のカーディガンの、レースは肩からだらんと中身のない頼りなさで揺れて、ママはもうメグを抱きしめることができなくなっているのでした。
「あの柳は、それだから裂けても枯れることなく、じきにまた伸びる勢いを取り戻すでしょう。それでいいのよ」
「でもママは手がなくなっちゃった!」
 メグは哀しくて涙があふれました。
「泣かないで。泣いてはだめ。あなたはできるだけ早く、ここからもとの世界に帰らなければいけません」
 安美さんは、もう手で娘の涙をぬぐってあげることができないので、かがみこんで顔を寄せ、メグのふっくらとした泣き顔に、自分の頬をおしあてました。娘のやわらかい体温が安美さんの頬に触れ、安美さんはほっと息を吐きました。
「メグはあたたかい。向うの世界で、あなたはただ眠っているだけ。ここは夢野の浅瀬、あるいは彼岸の海の、まだほとり。深みへひきずりこまれないうちに、早く帰って」
「あたし、ママを取り返しに来たのよ。シーラさんといっしょに。それに、はっちゃんとか、ドミとか、アスカさんとか、助け出してあげるの」
 安美さんは困ったような怖いような顔をしました。
「アスカさんを、水底からあたしはひきあげてあなたに見せたでしょ? 彼女は、たぶんもう戻れない。戻ったとしても、ノーマルな暮らしが再開できるかどうか……」
「廃人だよ」
 ふいに、乾いた甲高い声が、ずけっと割り込みました。安美さんはさっと緊張し、
「レノン」
 と、彼の名を呼んでたちあがりました。メグを自分の体のうしろに隠すように、草原で風に吹かれている少年と相対します。いつもながら突然現れたレノンは、どういうわけか、またすこし大人びた顔つきになっていて、きらきら光るプラチナブロンドは同じですか、こめかみから顎にかけて、少年らしい削いだような線の強さが加わっていました。
「メグ、ぼく言ったろう? アスカなんて娑婆にいたってろくなことにならないよ。彼女、ときどき〈花絵〉で覚醒剤を密売したり、自分でもこっそり打ったりしてたんだ。タイジはボケナスで、何にも気づかなかった」
「レノンはどうしてあのギャラリーに現れたの?」
 メグはレノンの毒舌を遮って尋ねました。レノンはちょっと黙り、
「タイジのひいおばあさん、ぼくの母親と同じヴィジョンを持ってた。メグ、ぼくが〈花絵〉を選んだんじゃないんだ。ぼくはいつからか、現実にはベッドに寝たきりの動かない肉体の制約を免れて、あちらこちらを飛行できるようになった。最初はどこに行ったらいいのかわからないくらい、自由だった。檻に捕らわれていた動物が、突然大自然に放されたのと同じさ。動物は風の匂いを嗅ぎ、地形を確かめながら、危険を避ける本能にしたがって、自分の生きる場所を求めてゆく。動物とちがって、ぼくには危険なんかなかった。ぼくは、ぼくを呼び寄せるモノのほうに向かって気まぐれにさまよっていたんだ」
「花緒さんのヴィジョンがあなたを招いたのね。あなたのお母さんが残した〈記憶〉と同じ絵が」
 安美さんが言いました。レノンはふてくされた……いくらか自嘲めいた表情で、
「ぼくの母は、ぼくのことを愛してなんかいなかったよ、安美さん。彼女は生きているころ、ときどきお見舞いに来てくれたけれど、
めそめそしてた。ぼくわかってるんだ。彼女の涙は、ぼくのために流す涙じゃなく、自分を憐れんで泣いていただけだって。内心じゃ、ぼくなんか……心臓発作で倒れて、意識不明の植物人間、どこかで肉体の成熟も老化もとまり、ひんやりした蝋人形みたいな息子は、生きているだけ本人も回りも不幸だから、はやく死んでくれって」
「言いすぎよ、あなた」
 安美さんはレノンを制しましたが、レノンはまた両目に凶暴な赤い光をよぎらせて、
「彼女ね、寝ているぼくの首を絞めようとしたことあるんだ。何度も何度も。アナタヲコロシテアタシモ死ヌってつぶやきながら」
 レノンは吐き捨てるように言って横を向きました。彼の金髪はさかだって、端正な顔の周囲で風に煽られたようにぼうぼうと乱れました。その足元の草花は眼には見えない彼の怒りの圧力にひしがれてざわめき、何本かのネコジャラシやキスゲが、レノンの発する逆上のつむじ風に根本からちぎれて、くるくると彼のからだの周囲を旋回しながら青空に吹き飛ばされてゆくのでした。
「彼女が死ぬわけないよ。だってほんとうのこと言って、ぼくなんか彼女の人生の、もうごく一部でしかなかったんだから。あたらしい誠実な夫がいて、二人こどもが生まれた。若気の至りで生まれちゃったぼくがいなけりゃ、何の苦労らしい苦労もない幸福な主婦。
正直、ぼくなんか、見たくなかったんじゃないのか? だったら来なけりゃよかった」
「根性まがり」
 メグはレノンのとめどない毒舌に、つい言ってしまいました。
「どうして言えないの? さびしかったって」
「誰に言う? 誰に言える? そんなこと言える相手がいるんだったら……」
「モンスターにはならなかった」
 詰まってしまったレノンに代わって、安美さんはつぶやきました。それから、
「レノン、あなたは、自分の歎きばかりを口にするけれど、お母さんの悲しさをほんとうにわかっていたの? 依子さんが涙を流せるのは、あなたの部屋しかなかったんじゃないかしら? 意識はなく、人工栄養で命をつながれ、肉体はこわばり冷えている。死んだ方がこの子にとって楽なんじゃないかって、あたしだとしても、きっと思う。死なせてあげた方が、楽なんじゃないか、と」
「だからさ」
 レノンは顎をひいて、しゃっくりするように意地悪く唇をゆがめました。両目はらんらんと鋭く燃えあがりました。
「さびしいって言いまくる相手をつくるために、ぼく怪物になったんだ。ふふっ」
 レノンははずみをつけ、ぽんと両足を空に向け、虚空に逆立ちしました。両手をパジャマズボンのポケットにつっこんだまま、逆転した彼は中空に浮き上がり、
「だからさ、安美さん。ぼくメグをぼくみたいにしてもかまわなかったんだ。屋根からころげおちて首か背骨、腰を折るかも。そしたらよくて下半身麻痺、わるけりゃ頸髄損傷で全身不随だ。どっちみちぼくは彼女を眠らせておく。ぼくとおんなじに植物人間。ぼくたちはペア。点滴と経管栄養で、ずるずると無限に近い時間を、無意識のまんま、生かされている娘を見たら、あなた、どう思う? ぼくの母親みたいに、この子は死なせたほうが楽だって、きっと思うよねー」
 こみあげる悪意のために、目に見える速さで、レノンの形相は変わってゆくのでした。淡い金髪に飾られた天使のような顔は、堰を切った憎悪に歪められ、皮膚は蒼白を通りこしていやな鉛いろに濁り、唇ばかりしたたるように赤く、厭味と嘲りを、安美さんとメグにむかってたらたらと吐き出すたびに、口の中で腫れた舌が、くすぶった炎のようにひらめきました。
「殺さない程度に。この子を永遠に眠らしていっしょに夢の世界をさまよう。いや、殺したってよかったんだ。ところが、あなたが邪魔して、柳の木なんかにすがったから、メグは無傷だ。いいさ、どっちみちぼくはこの子を押さえる。誰にも渡さない」
「あたし帰るもん」
 メグは負けずに言い返しました。
「ママを連れて、ここから出て行く。あなたの思い通りになんかならない」
「ママは帰れないよ。だってほら、彼女は海の中なんだから」
 レノンは逆立ちしたまま空中を器用に動いて海面に出ると、片手でメグを招きました。
「来いよ。君だってここでは飛べる」
 いつのまにかメグの傍から安美さんは消えていました。メグはぎょっとして渚に駆け寄り、海の中を覗き込みました。草原と海と、境を分けて打ち寄せるさざなみの底は青く澄んで、こまかいガラス玉のようなきらきらした水の泡と小魚、いろいろな海の生き物と陸の植物とが、違和感なく戯れ、揺れていました。ここは夢野のまだ浅瀬。安美さんが引き据えられている深みはずっと向うの、銀波とどろく沖合なのでしょう。
「怖いのかい? ぼくが罠を仕掛けてると疑ってるのか」
「そうよ。レノン、あなたはいつも意地悪なんだもん。夢やパラレルは、きれいでうっとりするところもあるけれど……」
「けれど?」
 メグは波打ち際にたちすくんだまま、言葉を捜しました。どう言ったらいいんだろう。溶けた鉄クギみたいにひんまがった、邪悪むきだしのレノンに、何て言ったらいいんだろう。あたしは、どうしてパラレルでレノンと暮らすのがいやなんだろう。 
「来いってば!」
 いらいらしたレノンは海上でくるりと体をひねり、ひょいひょいと波の背びれを飛ぶようにメグのそばにやってくると、いきなりメグの腕をつかみました。つめたい、とメグはレノンの痩せた、華奢な手の感触を眼が覚めるようにあざやかに感じ、思わず、
「さびしい苦しいって思っているのに、そのさびしさや苦しさを、自分以外の誰かにも味合わせたいなんて……。あたしがいたって、レノン、あなたの苦しさは癒されないよ。すぐにあたしに飽きちゃう!」
「君が決めることじゃない」
 レノンはメグの反抗なんか歯牙にもかけずに、つかんだメグの二の腕をぐいっと持ち上げました。メグは身構えた中腰の格好のままレノンの力で浮き上がるのを、
「いやだって言ってるのに!」
 地面から離れかけた両膝をのばして、懸命に草原に踏みとどまり、海にひっぱろうとするレノンとは逆方向へ、地面を蹴って後ろへ向かって跳ねました。メグはレノンを振り払おうとして、ありったけの力でジャンプし、自分でもびっくりするほど、体はかるがると高く跳びあがり、その上、きれいな円を描いて、大きく後ろへとんぼ返りしました。キスゲと野百合の混じり咲く花野の中に着地して、レノンを退けたと一瞬ほっとしたのもつかのま、メグはいきなり腕に喰いこんだ疼痛に、思わず悲鳴をあげました。
「痛ッ、なに?」
 悲鳴は驚きのあえぎに変わりました。ふりはらった、離れられた、と思ったのに、メグの腕はなお、しっかりレノンの手につかまれたまま。海上に浮かんだレノンは、にやにや笑いながらこっちを眺めています。パジャマの袖口から覗いていた華奢な手はメグの腕を摑んで、メグが後ろにとんぼがえりしたその距離を、何の苦もなくずるずると長く伸びて、軟体動物の触手さながら、執念深く二人をつないでいるのでした。
 ぎりっとレノンの指が立って、とがった爪がまっすぐメグの皮膚につきささり、すぐにぷつりと血が滲みました。
「やめて!」
 メグはレノンの指を一本ずつ引き剥がそうと必死に格闘しました。けれども皮膚の下の静脈が透けてみえるレノンの白い指は、針金か、長い牙のようにつめたく硬く、メグのやわらかい腕に喰い入るばかり。
「メグの腕、握りつぶしてやろうか」
 へらへらとレノンは嗤い、自分の触手をまるで縄跳びの縄のようにぶるんと空中で振り回しました。
「逆らった罰だ」
 メグは腕につきささる五本指の痛みに耐えかねて、つい両足を地面から離してしまいました。レノンは宙に浮いたメグの体の重みを、いともかるがると、糸でくくった風船を弄ぶように、あちらこちらへ振り飛ばし、振りまわし、恐怖と苦痛にあえぐメグの泣き声を、すっかり楽しんでいるのでした。
 振り回されるメグは頭がぼんやりし、吐き気と痛みで、気が遠くなりそうでした。
(夢なのに、こんなにはっきり痛い。夢なら醒めるはずなのに。ほんとに夢? ママは言った。まだ〈夢野の浅瀬〉だって。レノンひどい。なんであたしこんな目にあうの? 何の罰だっていうの? くやしい……) 
「くやしけりゃ、逃げてみせろよ。メグはハイブリッドヒーラーなんだろ?」
 勝ち誇った猫撫で声といっしょに、レノンはひゅうっと口笛を吹き、ころあいを測って触手を小刻みに回転させ、自分の腕でメグの体をぐるぐる巻きにし始めました。
 手首の縄の一巻きごとにメグは草原を、虚空をひきずられてゆき、あっというまにレノンの傍に戻ってしまいました。 
 触手の末端の五本爪はそこでようやくメグの皮膚に食い込むのをやめ、てのひらを開きました。刺さっていた爪が離れると、三日月型の傷痕から、痛々しく鮮血が滲み、レノンの青白いてのひらに、幾しずくか血の粒が流れます。
「フーン」
 レノンは手にこぼれたメグの血を、めずらしいもののように眺めて、とても無邪気な口調でこう言いました。
「メグの血はあったかいね」 
 ぼんやりした意識のどこかで、メグはレノンのそのつぶやきを聴き、自分でも説明のつかない、また今までに感じたことのない衝動が、尾骶骨から頭のてっぺんまで背骨のまんなかを突き抜けるのがわかりました。
「暖かいのはあたしだけじゃないもん」
 人間ってあったかいものじゃない? あなただって、眠っていたって、冷えていたって、人間なのよ。ただの人間なのよ。
「あたしの血だけじゃない。あなたが閉じ込めたひとたちみんな、暖かかった」
 締めあげられたメグは吐き気とめまいでぐらぐらしました。レノンは、またすうっと冷淡な表情になり、
「ぼく冷たいんだ。そして暖めてもらう相手はぼくが選ぶ。君を食べちゃおうかな。このまま、ばりばりガツガツ」
 ペロリ、とレノンは薄い唇の端に薔薇色の舌をひらめかせ、いびつな笑いを浮かべました。ひらめかせた舌さきで、てのひらにこぼれたメグの血をレノンは舐め、またふうっと顔つきを変えて、
「ぼくなんで生まれてきたんだろうな。どうして普通に君と出会えなかったんだろ。ぼくはたぶんこのまま君を殺しちゃうね。君のこと好きなのに、ぼくが君を独占したいと願うと、それは君を殺して、思い出の姿にしてこのパラレルにとどめておくことになる。ぼくだけのパラレルに。そうしないと、君はどこへでも飛んで逃げちゃうだろ」
 レノンの触手に巻かれたメグはがっくりとうつぶせ、返事もせず、虫の息であえいでいました。空中を相手の好き放題に振り回されたせいで、ボサボサに乱れた髪の毛が顔にふりかかり、きつく眉を寄せて瞼を閉じ、半開きの唇から、つっと唾液が銀色の糸になって、レノンの小さいてのひらにまた滴り、こぼれた血と混じりあいました。レノンはメグの頭に顔を寄せ、彼女の暖かさを、肺いっぱいに吸いこむと、
「君、いい匂いがする…」
「いやだって言ってるじゃない」
 突然、はっきりと芯のある声がメグの喉からこぼれて、レノンはびくっと震えました。
「あなた、ほんとうはどうしたいの? メグを自分だけのものにしたいって? そうじゃないでしょう。そんなことではないはずだ」
 言い切る語尾まで明確な、抑制の効いた少し低い声は、あどけない少女の声とは違っていました。
 え、とひるんだレノンの隙を声の主は逃さず、今のいままで息も絶え絶えだったかぼそい両肩に、あたらしい力をこめて、レノンの触手を自分の手でつかみ返しました。
「シーラ!」
 顔をあげたメグの瞳は、ぱっちりと見開かれ、鮮やかな青色に輝いていました。感情の見えないなめらかなコバルト、あるいはセルリアン。内側からの発光で、睫毛や瞼までが透きとおって見えるクリスタルブルー。
 レノンの腕の中で、メグの体はじわじわと蠢き出しました。少女のかぼそい感触は掻き消え、巨大な蛇がのたうつような異様な蠢きの激しさに、レノンはひるみました。
「どうしたんだ。なんだって言うんだ?」
生身の人間の持つ色とは思えない真っ青な瞳になったメグの顔からは、喜怒哀楽いっさいの表情が消え、その無表情の向こう側から、別な少女の頭がぬっと持ち上がり、続いて首から肩、胸、と徐々にひとつの肉体は二人の肉体にふくらみを増し、あたかも枝分かれする巨大な分裂細胞のように、メグを通って、シーラがパラレルに侵入してきたのでした。

スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://donanobispacem717.blog.fc2.com/tb.php/15-21e82c5d
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。