さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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中世夢幻 其一 山吹

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  山吹

 かあん、と高いひと打ちが蒼穹に響くと、初夏の青葉が風にしろい葉裏を翻し、はるかにのぞむ北山の青い影までも、かわいた大鼓の音はまっすぐに冴え渡ってゆくようだった。
山桜の根本に青年は肩肌を脱ぎ、まだ肉の薄い背中にうっすらと汗を滲ませては乱拍子
を打った。繁り重ねる葉蔭に、青年の鼓は冴えた風をつくり、きらきらと木洩れ日が雫のように肌に散りかかる。
浅葱いろの袴を短く括った青年の眉目はすがすがしく、やや張った顎に、真一文字に結ばれた輪郭正しい唇が一途な印象を与える。鼓を打つために青年が腕を振り上げるたび、光と影があざやかに素肌に輝き、打ち出された鼓の間合いと揺るぎない律を奏でた。
「良い音だ」
青年がひと呼吸おいたところに、後ろの木隠れから声が響いた。声は青年の拍子をはかるように、一瞬の間にぴたりとはまった。青年は振り上げた手のまま、呼吸をついた。
「兄者」
「どうした元能、打ってみよ」
「気がそがれた」
青年は膝から鼓を下ろし、声の方に向き直った。風が吹き抜けると、葉鳴りはさわさわと謡声のように頭上でさざめいて過ぎる。
 向かい合った青年たちはよく似ていた。木の影から進み出た男は三十を幾つか超えており、手足が長く、肩幅も広かったが、瓜実顔の面立ちは弟よりも優美だった。
 男は落ち着いた足取りで青年に近寄り、年長者のごく自然な鷹揚さで、うまくなった、と再び褒めた。褒められた元能は面映ゆげに微笑したが、不意に現れた旅装束の兄を気遣い、
「大和から何故戻られました」
「皆はまだ興福寺じゃ」
 埃まみれの旅衣、脛巾のままの兄を、元能は無言でふり仰いだ。兄元雅の、父そっくりに冴えた瞳に漂う憂いを、弟はいたましく見てとり、声を低めて言った。
「御所での演能はならぬ、と将軍家の御命令が下りました。父上はまだ兄者には知らせるな、とおっしゃいましたのに、誰が」
「誰でもよい。父上は如何」
 元能は、葉桜の影に見え隠れする大屋根を見やり、眉をひそめた。
「お変わりなく」
 元能は歯ぎしりと共に声を荒げた。
「元重めが将軍家にとりいったのでございます。許せません、わたしは」
元雅はさっと弟の肩をつかんだ。
「滅多なことは言うまいぞ」
 口惜しげに唇を噛む弟に元雅は声をやわらげて、
「上つ方の御心は気まぐれなものじゃ。一時元重に篭絡されても、やがて勘気の解かれることは必定」
弟をなだめ、彼は湯殿に向かった。
観世十郎元雅は、祖父観阿弥に似た大男であった。日常おおらかな風姿の彼は、舞台に立つや、かつての観阿弥同様、なよやかな美女、初々しい少年、枯れ寂びた翁へと自在に変化(へんげ)できた。
 篁に囲まれた稽古場は、邸内の奥にある。
水浴し衣服を改め、元雅は戸口で呼吸を整えた。父といえど、世阿弥に対面するときは身心の構えが要った。
「戻ったか」
 戸も開けず、息子がまだ一言も発せぬうちに、世阿弥元清はその気配を察していた。
「只今、早馬にて」
 世阿弥は禅の書物を開いていた。竹薮のつややかな緑の照り返しで、拭き磨かれた室内は明るみ、父はその明かり障子越しの起伏の乏しい余光に浸っていた。正面の押板に掛けられた軸は空白で、落款のみ、墨いろあざやかに捺してある。蕭とした薫香が、青磁の香炉からほのかにくゆっている。
 世阿弥ははらりと書を閉じた。障子を開けると、午後の陽がゆるく流れこみ、彼の整いすぎる顔をくきやかにした。男にしてはなまめき、また美女と見れば冷たすぎた。
父の静かな居住まいに対面するうちに、元雅は己れの心逸りが砂のように崩れてゆくのを感じた。世阿弥は口許だけでわらった。
「元能は鼓を締めすぎる。あれの足運びほども慎重であれば、一段と手が上がろう」
「こたびの勘気に、元能はひどく心を傷めております」
「将軍家の気紛れなど、猿楽役者のはかるところではない。我らは芸に徹するまでのこと」
 それは俺の台詞だ、と元雅は思いながら、やはり言葉を継いでいた。
「観世座への圧迫は、ますます強まりましょう」
世阿弥はまばたきひとつしない。
「元重もまた観世座ではないか」
元雅は言葉を失った。世阿弥は懐手をして夕陽を眺めた。斜光を浴びて床に落ちる小男の世阿弥の影がくろぐろとふくらみ、元雅を被っていた。父の面前では、元雅はいつも、自分がふたまわりも小さくなったような気持ちになる。
 世阿弥はさりげなく問うた。
「大和の衆は変わりないか」

観世座は、もと大和の古い猿楽座から起こった。世阿弥の父観阿弥は、卓越した芸で名をとどろかせ、足利将軍義満の目にとまる。義満は観阿弥を贔屓し、まだ十二歳のその息子鬼夜叉を寵愛した。
 世阿弥。幼名鬼夜叉は目を瞠る美童であった。足利三代将軍義満は、この少年を夜伽に入れた。
 今でこそ能役者は武家の式楽、伝統芸術という格式を備えているが、五百年前のこの草創期には〈猿楽〉と呼ばれ、当時人気のあった〈田楽〉の下位におかれ、その社会的地位はきわめて低かった。芸人の世渡りの手段は、昔も今も権力者の愛顧を得るのが成功の第一歩である。
鬼夜叉は才能にあふれ、貴人の伽をして対手の寵を逸らさなかった。当時、連歌の第一人者であった大貴族の二条良基は、十三歳の鬼夜叉の多芸と美貌を絶賛し、あらたに藤若の名を与えた。
それから五十年が過ぎる。
 元雅が去ったあと、夕闇の濃くなりまさる堂内で、世阿弥は黙然として動かなかった。
 はるかの山影は、透明な夕空に接してはやくも闇に沈んでいる。世阿弥を愛し、ひきたて、彼の栄光の源であった尊勝院足利義満の山荘北山第がそこにある。金箔を施した華麗な別邸は、いま禅宗の寺院となり、寂滅の華やぎで衰えゆく室町幕府を、なお飾っている。
義満亡き後、将軍の権威は失墜し、政治の実権は有力守護大名の手に移り、世相に混迷が忍び寄っている。
世阿弥は、義満によってひらかれた前半生を追憶することは稀であった。成功と誉れに満ちた栄華の日々であったとしても、苦渋のかげりを帯びていた。
 この感情は、現在の逆境のためではないことを彼は弁えていた。昔日の幸運を懐かしむのは惰弱であった。しかし、そうした羞恥心のために苦さを感じるのではない。彼は、この苦痛を北山に燦然と佇つ堂宇の幻の裡に封じていた。そうして、追憶のかわりに徒らに燦爛をそそってやまない黄金の輝きを見つめる。幻は炎に似た鋭い痛みをくれたが、血肉を断つなまな感覚ではなく、精神の内奥に斬り込む冷ややかな痛苦の炎であった。

父の前を辞した元雅は無力を噛みしめた。父からは何の手ごたえもかえってはこない。それも予期していたことであったが、一座を率いる棟梁としては、現今の事態に、動揺を感じずにはいられない。
この永享元年(一四二九)年三月、青蓮院門跡だった義円が、重臣たちの籤引きによって将軍職を継ぐという異例の事態となった。還俗して義教と改名した新将軍は義満の子で、門跡時代から、観世一門の中、ことのほか元重を寵愛していた。癇症の義教は平素から感情の起伏が激しく、ときに偏執狂に近い素行が見られた。周囲への慮りを無視した元重への並ならぬ愛顧は、その一端とも思える。が、それは義教の父鹿苑院義満の、世阿弥への態度と等しいとも言えた。いかに鬼夜叉が才貌すぐれていようとも、出自卑しい〈猿楽者〉に貴族に劣らぬ処遇を与える異例に、幕府宮廷はさぞかし影で眉をひそめたに違いないが、強権を揮う独裁者義満は、歯牙にもかけなかった。
 しかし今や、室町幕府の土台は徐々に揺らぎ始め、そこはかとない衰退の兆しが肌身に感じられる。跡継ぎがすみやかに定まらず、籤引きにより後継にされた義教の地位は決して強固なものではない。不安が、義教の将軍としての虚勢をさらに増幅させる要因となっているのかもしれない。
「兄者」
 廻廊の半ばで呼び止めたのは元能だった。何も言葉には出さないが、もの言いたげなまなざしに、感情の揺れは夜目にもあきらかだった。
「悠然としておられる」
 元雅はみじかく答えた。
「元重のことは」
「あれも観世一門と仰せだ」
 元能は堰を切ったように呻いた。
「わたしには父上のお心がわかりません。飼い主の手を噛むような恩知らずは、一座から勘当すべきなのです。叔父上亡き後、父上は我等兄弟と等しく、いいえわたしたち以上に元重を可愛がっていらっしゃったではありませんか? それなのに兄者が観世太夫になられたのが気に入らぬとは」
「世迷い言じゃ、やめよ」
 元雅は、弟の短慮を中途で折った。元能の怒りは、観世一門の心中を代弁している。が、もはや世には通らぬ繰言であった。
訴えを制せられた元能は唇をしろくなるほど噛みしめ、くるりと踵をかえした。夜風がどっとなだれ、青臭い若葉は元能の激情そのまま匂いたつ。
「お兄様」
 外縁の暗がりから静かな足音が、その姿より先に元雅の耳に届いていた。妹の桃枝が燭
台を両手にかざし、柱がくれにたたずんでいる。灯火の素朴な輝きに浮かぶ妹の顔は、沈思する兄の内心を測りかね、あどけない困惑をたたえて動かなかった。
「今、元能兄様が走ってゆかれました。たいそう険しいお顔で」
「案ずるな」
元雅は声をやわらげた。桃枝は切れ長の瞳をうるませて囁いた。
「お文をさしあげたのはいけなかったでしょうか。でも、お母様や皆の心痛を見ていられなかった」
「よい、父上は何もかも見通しておいでなのだよ」
 桃枝はそっと兄に近寄り、元能によく似た瞳でまっすぐに兄を見つめた。妹ははらからの中でただひとり、世阿弥の面影を受継いでいない。ふっくらした丸顔に、こづくりな目鼻がはらりと優しく、まだ整えぬ自然のままの眉が、額にくっきりと弓なりの輪郭を描いている。奈良の寺院のどこかに、このような清らな容貌の仏像があった。大和びとの血は、この妹に濃く現れているようであった。
「元重兄様、どうしてこのような」
 桃枝はつぶやいた。灯火の陰影に揺れる妹の顔に怒りはない、と元雅は感じ、なぜか安堵したが、そのとき改めて、自分もまた従弟を少しも憎んでいないことに気付いた。
「御所さまは寵愛の芸人風情に動かされる方ではない。あの方はまだ御門跡のころから元重を御贔屓であられた。将軍職を継がれ、その手始めに、御力を揮おうと思し召しなのかも知れぬ」
「でも、なにゆえ我等をお苦しめあそばすのでしょう」
 桃枝は考え深げに小首をかしげた。元雅はしばらく妹の表情を見つめていたが、少女のまなざしは困惑しつつも落ち着いていた。元雅はゆっくりと言葉を継いだ。
「おそれながら、御所さまの御権力は微々たるものだ。御先代の義持さまは、お後継ぎの義量さま御夭折のあと、政治を三宝院さま、山名さまに委ねて顧みず、酒色に憂いを紛らわせて過ごされた。政治の実権は、それゆえ宿老の大名方に移ってしまったのだ。今、義教さまが還俗なされてお跡を継がれたが、御意ままならぬ日々であろう」
 桃枝は張りのある瞳をゆっくりとめぐらし、闇の濃い庭へと視線を落とした。
「御所さまの御自由になるのは、わたしたちだけなのですか。それで…」
「我等のみとは言わぬ」
お気の毒な、と囁いた妹を、元雅は愛しく思う。桃枝に父の面差がないのは、元雅や元能には仕合せなことだった。巨きな父の姿を兄弟は常に意識し、憧れ、敬愛しながら、深く畏れていた。この妹は、そうした兄弟の肌身を削るような愛情の凌ぎから離れ、おっとりした居ずまいであった。
「我等は尊勝院さまの御世に優遇された。宿老方は皆、何かにつけて義満さまの御世をひきあいに出される、という。それが義教さまには御不快なのであろう」
 元雅は息を吸い、己れを励ますように言い切った。
「芸がまことのものであるならば、御不興もいずれお直りになろう」
桃枝は、頬にふりかかるしっとりした黒髪に頬を埋めるように肯き、こうした少女の邪気のない共感は、一瞬元雅を慰めた。彼は自分の言葉が、半ばは虚妄であることを知っていたのである。
初夏のみずみずしい闇が、竹薮の影を深めている。どこかで謡の声が響き始めた。若者の声だが、ゆったりと奥行きが深く、風の流れに和して耳に快かった。
「氏信が、来たのか」
「はい」
 桃枝はうれしそうに微笑んだ。世阿弥屋敷には多くの弟子たちが起居しており、金春座の棟梁氏信は、父を早く亡くして以来、元雅、元重、元能とともに、世阿弥の薫陶を享けた。
成人して一座の長となった今も、氏信はしばしば師の教えを請いに観世屋敷にやってくる。
氏信はこの度のことをどのように見ているだろうと元雅は考えた。寡黙な氏信だが、その人柄を元雅は信頼していた。彼は大変な読書家であり、禅に傾倒している世阿弥も一目置くほどの教養を蓄えている。年齢からすれば、元雅にとっては弟にあたるが、人格の老成した氏信は、元雅のよい相談相手になっていた。

怒りにつき動かされ、馬を駆って元重の屋敷に到着したとき元能は全身汗まみれであった。暑さのためばかりではない。いらだちと怒り、哀しみが青年を揺さぶっている。若い彼には父と兄の心中を測りかねた。先年、元重が、世阿弥に無断で独立したときも、父はいっさい咎めることなく、従兄の離反を黙認した。
以来元重は観世本流と疎遠になり、棟梁の承認も得ずに興行を催すようになった。それを後援したのは、青蓮院門跡義円だった。幸か不幸か、当代の将軍義持は猿楽より田楽を好み、義満時代とは異なって猿楽座への統制は比較的ゆるやかになっていた。強固な庇護者を持たぬ猿楽座は、それぞれに有力大名を頼って芸にしのぎを削り、そうした権力の分裂状態に乗じて、元重は観世本流から分かれていったのである。
だが今や時流は急展開し、元重を偏愛する将軍義教が誕生した。義教はかつて義満が世阿弥に目をかけたように、否、それ以上に元能をひきたてるだろう。それにしても観世本家の仙洞御所での演能を外すとはなんたる事態か。それをまた元重がつとめるなど、忘恩極まりない。
(なぜ父上は元重をお咎めにならぬ。いくら元重でも父上みずから御叱責なされば、かほどの僭越はせぬものを)
 元重は世阿弥の弟四郎の子であった。四郎は凡庸であったが、元重の才能は華麗の一語に尽きた。元重は伯父の養子となり、元雅元能とともに、世阿弥に薫育されたのだった。
(実子以上に、父上は元重を仕込んでおられたではないか、それを!)
 元能はこめかみを流れる汗をぬぐった。
 檜の香のたつ門を叩き、案内を請うと、ややあって現れたのは、当の元重だった。
「来ると思っていた」
 驚く気配もなく元重は目をほそめ、平然と奥へ招き入れた。
「しかし、お前さんが来るとは。俺は元雅兄が駆けつけるのではないかと想像していたのさ。いや、兄は来ない。伯父上も兄者も俺の処へなど絶対に来ないだろう。後ろ足で泥をひっかけた甥の敷居など、決して跨ぐまい」
薄暗い広縁を歩きながら、元重は低い声で喋り続けた。元能に話しかけているというよりも、ひとりごとのようだった。なぜか元能は言葉を発することができず、黙っていた。
家人は寝静まっているのか誰ひとり顔を出す者はいない。世阿弥に背き、元重に従っていった者も多い。それらは元能の気配を察しているやもしれぬ。
 元能の屋敷は広かった。ひんやりとした夏の闇に、まあたらしい檜が香り、拭き磨かれた廊下は、歩むたびにさわやかな軋みをたてた。まいら戸を開け、通された座敷には、武家風に畳が敷かれていた。差し向かいに座ると、元重は棚から瓶子をとりあげ、かわらけになみなみと注いで元能の前に置いた。
「いただきませぬ」
 元能は横を向いた。馬上で用意した罵声のひとことでも叫ぶことができたら、と青年は物狂おしかった。観世屋敷を飛び出したときの逆上は、この従兄の顔を見た途端、醒めてしまった。父また兄ならば元重を諫止することもできようが、自分はこの従兄に対して何の力も持たないことはわかっていた。
 だがそれにしても、せめて殴りかかり、裏切り者、とののしることができたら!
(なぜできぬ。この兄の胸倉つかんで…)
 面と向かった元重が、あまりにも父に似ているせいかもしれなかった。皮肉なことに、元重の顔だちは実父には似ず、伯父世阿弥に生き写しであった。元雅、元能よりも似ていた。さらに目から鼻へぬける才気も、と観世一門の古老たちは言った。若き日の世阿弥、鬼夜叉は、抜群の記憶力で厖大な和歌また漢詩文を諳んじ、当代きっての教養人二条良基と連歌を遊んで遜色なく、それどころか気難しい大貴族の心を完全に魅了してしまった。
元能の才華は、若き日の鬼夜叉、藤若を想わせる、と昔を知る者どもは口を揃えた。
 世阿弥は、この甥をたいそう可愛がっていた。その記憶が今このときも元能の怒りを抑えるのだろうか。元能は引き裂かれるような気がした。従兄を憎んでいることはたしかだが、本人を前にして、まだ愛し、慕っていると感じるからだった。
 そんな元能のそぶりを、元重はじろじろと眺め、見透かしたようにわらった。冷笑を湛えてなおいっそう端麗な顔に、また世阿弥の面影が重なる。
「相変わらずだ」
酒を断られたことを怒りもせず、元重は盃を口に含み、からかうように口許を緩めた。
「伯父上の暮らしは禅僧のようであったが、兄弟の中でもお前さんが一番徹底していた」
能役者は、酒、賭博、好色を禁じねばならぬ、とは世阿弥の厳しい訓戒である。
 元能はきりっと顔をあげ、
「何故我らに仇をなすのです」
その声には、まだ少年じみた幼さが残っている。
「何のことだ」
元能はそしらぬ顔で手酌を傾けながら、横目で薄く元能の顔色をはかっている。従弟の動揺をたのしんでいるようでもある。
「御所への出演を」
「俺のたくらみと言うのか」
 皆まで聞かず、元重はからりと盃を捨てた。
「世間知らずも相変わらずだ。お前は将軍家が俺ごときの言いなりになる方と思うか」
 元重の目が据わった。
「たしかに俺は御所さまに愛されている。まだ前髪のころから俺はあの方に召され、ときには夜昼問わずお気のむくままに可愛がられた。お前にわかろうはずもない」
 元重の視線がすっと細められ、灯火の光りを潜めて暗くなった。
「伯父上は、元雅兄とお前さんを芸一筋に、きれいごとで仕込んだからな。だが俺はそうではない」
 貴人の伽をつとめてのしあがった世阿弥の子供たちの代には、一座の声望ゆるぎなく、肉体を代償に庇護を乞う労苦はなくなりつつあった。理由のひとつには、義満以後の将軍たちは男色に興味を持たず、さらに早世したせいもある。が、幼くして僧職に入った青蓮院門跡義円はそうではなかった。彼の美童寵愛癖は、父譲りとも言えるし、またそのような境遇からすれば自然のなりゆきであった。義円は、世阿弥の美貌をそっくり写し取ったかのような稚児元重を伽に召し、溺愛した。
「俺はシテになりたかった」
 元重はじっと元能を見据えて言った。一座の中でシテを演じるのは後継者である。他の子供たちはツレ、ワキまたは囃子方を務めるきまりであった。
幼年時代から元重は元雅と張り合い、彼の早熟勝気な才能は、世阿弥も認めていた。二人ながら、相手に臆せずはっきりと物を言う性格だが、長兄のせいか元雅は芸以外ではおっとりと寛容なところがあり、どうかすると
元重の鋭い才気が勝ると周囲には見えた。
 観世本流にいるなら、大興行で元重がシテに立つ機会は、当然ながら元雅より格段に少なくなる。
「伯父上の許では、俺は元雅兄に常に譲らねばならぬ」
「それは皆が感じていた」
元能は、酔いみだれてゆく従兄の姿に、思わず魅せられながらつぶやいた。端麗な顔に血の色が射し、眼もと唇が女人のようになまめいて潤い、それでいて視線はきつい。見苦しさは少しもなく、元重は己れの酔い乱れの美しさを弁えて、従弟の前で心を崩して見せているのだった。おそらく義円、今は新将軍義教に対すると同様に。
 元能は言葉を継いだ。我知らず、従兄に傾いた心情そのまま、
「父上だって認めていた。大勢のひとりで終わる能ではない、と」
 しかし、と元重は捨てた盃をひろいあげ、再びなみなみと注いで一息に干し、ただいまの昂ぶりをはぐらかすように、乾いた含み笑いを洩らしたが、笑みは一瞬で消えた。
「この次第はただのなりゆきよ。俺は別段伯父上に逆らうつもりなぞなかった。あの方が」
 と元能は、刃のように目を細めた。
「御門跡に愛されなければこうはならなかったろう。御所さまは宿老大名を憎み、奴らがことあるごとに先例にする尊勝院さまを憎んでおられる。今は年寄りどもに圧迫されておいでだが、いずれご自分で政治の実権を握るおつもりだ。俺も伯父上も、御所さまにとっては憂さ晴らしの道具にすぎぬ。たとえて言うなら、俺はあの方の、伯父上は義満さまの影、そういうことだ」
 元能は、口許につきつけられた盃から顔をそむけた。半ば顔を伏せた元重は、そんな元能の有様を、掬うような上目づかいに眺めた。
「お前は嫌な酒を飲んだことはないだろう。
般若湯と言ってな、坊主も酒を飲む。あの方は御酒を飲んで、俺を寝所に引き入れた。そう、嫌ではなかった。年端のゆかぬ稚児には飲めなかった酒がいつしかうまくなったころ、俺は男の味を知った。それほど時間はかからなかった」
「やめてください」
 従兄の口調に異様な粘着を感じて元能はさえぎった。自分がなぜここに来たのか、その理由が羞恥とともに脳裏をかすめ、青年は反射的に、自分の欲望から逃れようと席を立った。が、それより早く元重は従弟の腕をつかんで、やすやすとねじり倒した。
「悪いものじゃない。ごてごてと白粉を塗りたくった女どもより、はるかに清い遊びだ。お前は何しに俺のところへ来たのだ、え?」
 従兄の酒くさい顔が、ぬっと元能の上に迫り、その紅い唇が蛇のように両端つりあがった、と見た刹那、元能は喉をころがり落ちてゆく熱を感じた。
「うまいか」
 仰向けに転がった胸の上に元重がのりかかっている。みぞおちを肘でぐい、と圧されて元能は息を詰まらせた。
「女を知っているか? いやお前さんのことだからまだだな。華奢なものだ。伯父上は息子どもに学問させて鬼の道から外れた」
「なんだと」
「俺たちは、もと大和の鬼の一族だ」
 観世座発祥の地、大和の山田猿楽は、鬼の舞を本幹とした。祭りの庭で鬼の仕舞を生業とする者どもである。鬼は邪であると同時に村落に豊穣をもたらす神であった。ムラを訪れ最初は祟りをなし、やがて調伏された後は最初の祟りのあがないとして、田畑に豊穣をもたらして去って行く。
「その鬼が禅問答に凝ってどうなる」
元重の指はすばやく動いて元能の胸を剥く。
「兄者」
 見上げる従兄の顔がこれほどうつくしく見えたことはなかった。抵抗できないのは、口移しにふくまされた酒のせいではない、と知りつつも、元能は魅入られたように動けない。
「すこしでも逆らうと、あの方は俺を笞打つのだよ。それがあの方の鬱屈をはらうこよない楽しみとは、子供心にもじきに知れた。だから、俺はときどきわざと粗相をしてあの方に打たれた。こうやって」
 元重の顔が元能の胸をすべり、剥かれてゆく肌のそこかしこに息をふきかけながらたどりつくと、元能はかすれ声を洩らした。彼はすでに待ち焦がれてかたちをとり、脈打っている。ふ、と元重の嗤い声が粘膜に吹きかかり、元能はぞっと肌が粟だった。
「やめろ」
「許しを乞う。泣きながら、な」
 どこからともなくすべりこんだ夜風が元能の声を呑んで周囲を吹きぬけ、夏の真闇を渡ってゆく。

将軍義教の治世は飢饉と一揆で始まった。
 将軍就任直後の正長元年九月、畿内一円に土一揆が起こる。高利貸しの横暴に苦しむ人々は、京都市中にまでも幕府の徳政(借財の無効令)を求めてなだれこみ、京洛は大混乱に陥った。日本民衆史上に名高い正長の土一揆である。
 さらに幕府の宿老赤松満裕の領国播磨でも土民が蜂起。「およそ土民の所、侍を国中にあらしむべからず」と奮戦し、満裕は鎮圧のため下国を余儀なくされた。
この年は全国的な大飢饉で、路上いたるところに餓死者が倒れ、汚臭は都大路に満ちあふれるありさまだった。この苦境に対して、幕府は何ら有効な政策を打ち出せない。栄耀栄華を極めた室町三代将軍義満のあと、世継ぎの将軍は無能の傀儡となり、守護大名は民衆の憂いを顧みず、己が権力の拡張にのみ奔走した。
義教は義満の四男に生まれ、東山粟田口青蓮院門跡として出家し、義円と名乗った。兄義持とその子義量の夭折がなければ、将軍後嗣など考えられない境遇であった。しかし、政治の圏外に成人した彼は、他の兄弟たちに増して、優れた資質の持ち主であった。
 それを知っていたのは他ならぬ義円ただひとりであったし、彼は己れを周囲に隠さねばならなかった。なぜならば、宿老たちが、彼を新将軍に推戴したのは、義満の遺児たちのなかで、能に耽溺し、文雅に親しむ義円が最も意のままになる人物であると判断したからなのだった。
畠山満家、山名時煕、細川持之などの老練な政治家たちは、還俗した三十五歳の将軍に、自分たちを脅かすいささかの不安も抱いていなかった。贅を尽くした新将軍御所に迎えられた義教には、さっそく美しい貴婦人が選ばれて寝所に入った。将軍の目下の務めは世継ぎの男子を儲けること。さらに守護大名たちの意に逆らうことなく、生涯温雅に、風流と儀式とに明け暮れるという、それだけにすぎぬ。
「上さまにはゆるゆるとお振る舞い遊ばされ、御機嫌うるわしゅう御内室さまと過ごされますよう、煩わしき仕儀は我らに仰せつかわされますよう」
 くびも見えぬほど肥満した山名時煕は、厚い下唇をゆがめて平伏した。錆朱地に飛び亀甲を大きくかたどった直垂が年に似合わず派手だが、将軍御所のうすぐらい障子明かりに、その体躯は巨大な狛犬さながら周囲を圧倒する。
山名の横には、彼と対照的に若く、痩せがたちの細川持之が並び、こちらはにこりともせず、視線を膝に落としている。足利一門屈指の家柄であり、代々管領を務める名門の彼は、秀麗な貴公子然と構え、唇を険しく結び、伏せた瞼の下から、山名の図体に神経質な視線を注いでいる。先年父満元から家督を譲られたばかりの彼の関心は、あきらかに山名にあり、その一挙一動を隙間なく凝視し、上座にある新将軍などまるで眼中にない。彼にとり、自家の政敵はまさに老練な山名であり、お飾りの将軍などは勢力争いの圏外に違いなかった。
山名時煕は岩が軋むように体を持ち上げ、白髪まじりの眉をびくりと上下に大きく動かすと、幼児をあやすような笑みを赤ら顔に浮かべた。
「つきましては、将軍御内室さまの御実家の者が将軍家に内密にお願いありと申しておりますが、いかようにはからいましょうぞ」
「義資がことか」
 即座に癇走った声が飛んだ。山名の持ってまわった太い声を鋭く切断するように、義教の声音は高く、また澄んでいる。細川持之は顔を動かさずに視線を義教に移した。
宿老たちの上座に、将軍義教は着衣の襟をきりりと合わせ、背筋をまっすぐ伸ばして端座していた。その姿はつい先年まで僧籍にあったとは思われぬ凛々しさで、さえざえとした瞳の光が厳しい。この厳しさには感情の澱みがなかった。怜悧で、物事の理非を見極め、躊躇なく意志を遂行する酷薄なかがやきが、青みがかった白眼に湛えられ、手練手管に長けた老政治家たちを、一瞬怯ませるほど苛烈な視線となっていた。
「謁見には及ばぬ。捨て置け」
赤ら顔の山名は、これ見よがしな困惑を浮かべ、細川を大げさに振り返った。細川持之は冷淡な顔で応じ、
「さりながら、日野家は尊勝院さま以来、将軍家との契り深く、このたびもめでたき御縁を結ばれました。それに免じて御寛容あるべきか、と謹んで申し上げる次第でございます」
「尊崇すべき将軍連枝に無礼をなしたるは、他でもない義資である。日野家は将軍家との姻戚により世に栄え、すめらぎの御覚えも摂政家に勝ってめでたいのだ。主筋たる余を、当時僧籍にあったという理由で蔑するなど、不忠不義もはなはだしい。やすやすと赦免などすれば、今後、将軍のみが敬われ、その子弟に対する非礼はいや増すであろう。義資の謹慎解くべからず。将軍家の威信にかけても許すまじ」
義教の意志ははっきりしていた。有力守護大名を相手にすこしも怯まず、義教は梔子いろに深く染めた透素襖のために、ますます蒼ざめて見える顔を、かたくなにまっすぐ持ち上げ、決然と言いはなった。
細川と山名はうつむき加減に互いの視線を盗み合い、山名は肉厚な苦笑い、細川は眉間に縦皺を刻んだが、それぞれの心中は表面のとりつくろった困惑とは、およそ異なるものだった。
 発端は、まだ義教が青蓮院にあり、将軍就任など夢にも考えられぬ頃のことだった。日野義資は都の一隅で、義円の行列とすれ違った。あいにく狭い小路であり、互いに大勢の供人を引き連れた義資と義円の一行は、道を譲る譲らぬの小競り合いとなり、結局、当時の将軍義持の正室日野栄子の縁者である義資が、現世の権力をかさに着て強引に押し切り、
無礼を咎めた義円の供の僧が負傷した。いくら将軍の弟であっても、僧侶となった義円に対して、傲慢な義資は礼を失して省みなかった。日野家は、代々娘を将軍の正室に入れ、幕府朝廷に非常な権勢を揮っていた。
ところが、その数ヵ月後、降って湧いたように義円が将軍に擁立されると、両者の立場は逆転した。潔癖な義円は先年の非礼を追及し、義資の所領を奪い、謹慎を命じた。日野家はあわてふためき、義資の妹で美女の誉れたかい重子を将軍に奉ったが、赦免はなされなかった。
「義資のしわざは、おおやけに対する無礼。重子のことは私事に過ぎぬ」
 義教の言い分である。以後、日野家は側近を通じて何度となく義資の許しを請うてくる。しかし義教はかたくなに容赦せず、月日が過ぎていった。
この日も、二人の守護大名が些事にかこつけて室町御所に参上、ご機嫌伺いと称して義資への赦免を促したが、効果はなかった。冷たくあしらわれて御前を辞した山名と細川は、別室で中食をとりながら、互いの腹をさぐりあった。
「いかさま、闊達な将軍家でござる」
 声高に山名は言った。彼は大食漢である。器に山盛りにされた干し柿、干し棗、くるみなどの菓子を、むしゃむしゃと食いながら、何杯も茶を飲む。喫茶の習慣は、この時代、貴賎上下を問わず、すでにひろくゆきわたっていた。山名は両手におもちゃのように棗の実を握り、細川を見ずに言った。
「よろしかろう、日野はちと分を過ごしておると、それがしも思わぬでもない」
細川は、鉄色の直垂の袖を生真面目に左右に拡げて座り、ゆるゆると茶をすすったが、いぎたなく食い続ける山名をひややかな横目に眺めるのみで、菓子には手をつけなかった。
「日野家の専横を封じるよい手じゃな」
山名ひとりが肯き、細川は甚だしい返答をしない。彼は沈鬱な視線を庭の山吹に移した。夏かけて金色の山吹がこぼれ咲き、緑の手水鉢に涼しげな明るい影を投げかけている。細川は慎重な視線を花に注ぎ、それからゆっくりと空を見上げた。梅雨めき、雲のめぐりは低く、大気は澱み始めたようだった。細川はじろりと山名を見た。
「遠雷でござるな」
ああ? と山名は食いかけの菓子を頬張ったまま口をあけた。儂には聞こえぬのう、と食い道楽の聴き取りにくい返事の途中で、細川は無遠慮に、
「御聡明な上さまにおわします。足利家にとり、まこと幸甚」
山名は赤ら顔の顎をしゃくって、菓子を飲み込むついでに肯いた。
「左様、御先代さまの御台所をお咎めなさるとは、まことに小気味良い仕儀」
 返答の代わりに細川持之は軽く咳き込み、同意を表したが、そのいかにもわざとらしく老成をつくろう挙措に、山名は見透かしたような嘲りの表情を浮かべ、懐紙で高らかに鼻をかんだ。
亡き義持未亡人日野栄子は派手好きで、幕府財政を傾け、己れの冗費となして憚らなかった。無気力な義持は夫人の贅沢を抑えられず、それどころかみずからも現実逃避、遊興に溺れる有様であった。ひそかにこれを苦々しく思っていた義教は、将軍就任早々栄子の奢侈費用を削減し、宿老大名たちに、新将軍の毅然とした態度と意欲を明確にした。
細川はふと瞑目し、ただ今の謁見の記憶を反芻した。義持は下ぶくれに下がり目の公家顔だったが、弟義教はやや高い頬骨に、鋭角的な眉目の怜悧な容貌であった。まだ僧籍にあったころ、細川は何度か義円と対面していたが、まことに冴え冴えと、高僧に許される紫衣をまとうた貴人の風姿であった。その物腰は沈着で控えめでさえあったものが、と若い大名は、内心にじわじわとひろがる驚きを、とりかえしのつかない染みのように感じる。
 山名時煕は、またひとつ干し柿をむしりながら、若い持之の様子を面白そうに眺めた。老練な彼は、細川ほど義教の強硬にたじろいではおらぬと言わんばかりに、ふてぶてしく音をたてて茶をすすった。
ややあって持之が目を開けると、雨もよいに暗がる庭面の山吹の、鮮烈な花弁の連なりが瞳に飛び込んだ。その際立った色合いは、紫衣を脱いで還俗した義教が特に好む丁子、梔子の直垂と同じ烈しさで、黒ずんだ庭石に冴えかえっている。
 やにわに細川は立ちあがった。雨を含んだ雲が動き、風が松の枝を揺すりはじめると同時に、彼の敏感な嗅覚は、都大路に倒れ伏した、おびただしい死人の臭気を嗅ぎつけたのである。死臭には慣れているものを、今細川はひどいむかつきを覚えた。がつがつと貪り続ける山名の姿のせいかもしれぬ、と細川は吐き気をこらえようとしたが、彼を脅かす相手は、眼前の赤錆色の巨体ではなかった。が、なお細川はたかをくくっていた。将軍家といえど、守護大名の協力なしに政治を行うことは不可能である。義満の独裁は、もはや昔日の幻に過ぎなかった。
「いかがなされた」
山名は銅鑼声で尋ねた。
「連歌の集いがござるにより、退出つかまつります」
「風流な。儂は武辺者じゃが、腰折れの一つふたつ、ひねり出せぬでもない。いずれ我が家でも文雅の遊びをいたそうと存ずる。御所さまは、ことのほか聡明の聞こえ高うおはする。さだめて連歌の道にも優れておいでであろう」
 しつこく言い重ねる山名を慇懃にあしらい、
互いの空疎な言葉のやりとりに、かすかな嫌悪感さえ感じながら細川持之は御所を退いた。彼は風雅を愛する文化人で、武家の棟梁でありながら、その気質は公家に近いものであった。御所の長い郭をまわりながら、彼はしだれ咲く山吹を折りとり、古歌を口ずさんだ。
 山吹の花いろ衣 主や誰…
みやびに傾いた持之の念頭からもはや新将軍の峻厳は消え、慢性的に漂う屍の臭いも情緒を乱すことはなかった。

飢饉土一揆に明け暮れた正長元年は、翌年ただちに永享と元号を変える。永く享ける、という字義には、この年正式に将軍宣下した義教の願望が端的にこめられていた。
 揺るぎ始めた将軍の権威をふたたび強化し、足利家の血を次世代に伝えることが、義教の将軍たる決意である。しかし目下のところ、宿老たちが彼に課した任務は、後者のみであった。すでに正長年間に関白近衛忠嗣息女が上り、この三月に姫君を産んだ。ひき続いて日野家の期待を担って重子が御台所候補として輿入れしたが、美貌の誉れ高い重子は、さまざまな理由で、義教の好みには適わなかったようだ。
義教は代々の将軍中で、日野家に対して格別に冷淡であった。日野家は、彼の母の実家でもあるが、幕府の財政をほしいままにする横暴ぶり、また兄未亡人栄子の傲慢を、生来の潔癖ゆえに許すことができなかった。
少年時代に出家し、父義満の権力により、皇族が入室すべき由緒ある門跡を武家の出身で襲い、さらに宗教界最高位の天台座主にまで昇りつめた義教は、当然のように男色に傾き、あまたの美しい少年たちを寵愛した。
この時代、男色はまったく変態的な性愛ではなかった。仏教においては、女色の禁忌はまことに厳しく、女性は五障の穢れと排斥され、出家の身で女犯の罪をなせば、破壊堕落とおとしめられた。
 一方、美童との契りは、高邁な恋愛と見なされた。僧侶と恋に落ちた少年は、実は観音の化身であったという伝説さえ世間に流布するほどだ。思い込みの烈しい義教にとり、青蓮院門跡時代に、きよらな少年との交わりは宗教的悦楽でさえあった。
 それゆえ、還俗後、彼が好んで寝所に入れた女たちは、最初の関白息女と日野重子以外は、皆比較的身分のひくい侍女あがりであった。関白殿御料人は女児を儲けると遠ざけられ、日野家を安堵させたものだ。将軍御台所には、日野家の女がなるのが慣例ではあったが、名門近衛家の息女が寵愛を蒙れば、正室におさまることもありうる。日野家は、公家の家格として近衛家に及ぶべくもない。
この上は一日もはやく、と重子の懐妊を待ち望む日野家だが、義教の重子への態度は並ひととおりに過ぎなかった。周囲に美女が群れをなしている御所において、義教は自由に伽の対象を選べたし、女性に飽き足りた今、幼少から精神と肉体双方に浸みこんだ男色に、却って執を深めていた。

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