さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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中世夢幻 其四 松虫

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松虫

秋かけて庭の桜樹は色を増した。濃い緋色、鬱金、黄蘖に練色をまぶし、梢の緑はさらりと乾いた秋風を受け、日ごとに 赤く華やぎながら、潤いを消してゆくのだった。衰えの徴とは思えぬ鮮やかな彩りは、春の花盛りよりも目についた。
 ひい、ふっ、と荒く吹き捨て、元能はよどんだ。すさびの心で鳴らした音色は、やはり肌理があらい。
 元能は笛が吹ける。俳優(わざをぎ)よりも囃子方に向いているのかもしれない、と思う。笛だけでなく、小鼓、大鼓、太鼓と、いずれの楽器も人並み以上に巧みだ。しかし、どれといってしんから身を入れられる芸がない。ワキを努めれば張りのある相方と重宝にされ、ときにはシテにもなった。このところ地方巡業の重なる兄に代わって、気軽い舞台ならシテに立つのである。さらには、滅多にないことだが父世阿弥の急病の代役なども。世阿弥は男にしては小柄な体つきで、そのせいか、自分の健康を日ごろから厳しく節制している。舞台だけ観ていれば華やかで面白ずくの役者だが、日常たゆまぬ稽古を重ねつつ、同時に舞台を作るためのさまざまな雑事を滞りなく済ませるのは重労働であった。
 能を身につけようと願うなら、酒、女、賭博を慎め、と世阿弥は子弟を戒めた。
 ひたすら稽古と精進。かように身を修めながらも精神は奔放、闊達に飛翔し、舞台に臨むときは鬼神貴婦人、風流男(みやびお)に武士、亡霊また草木の精霊と、自在に変貌を遂げねばならぬ。それは上古の神呼ばい、巫 のわざに等しい。幽冥隔たる者たちを舞台に現し、恨みつらみ、愛惜、懐旧憤怒を演じおおせる俳優は、常の世人に卑しめられ河原乞食と蔑まれても、舞台に立てばすみやかに鬼神になりかわる聖者に違いなかった。
(禁欲を守っても、自分の望む能を得られぬ者は、どうすればよいか)
 元能は澱んだ。
 颯々と秋風が上空を渡り、傾いた陽差しは樹々の周囲に長い影となった。元能は影の中に居る。皮膚は蒼ざめ、かたく結ばれた唇が険しい。
 鬱をはらそうと元能は気をとりなおし、急調子に笛を調えた。荒ぶる神が登場する際の調べである。己のよどみをはらう猛々しい神を見たい、と元能は息を集める。
  移る夢こそまことなれ……
 それなのに、脳裏にかすめる謡が邪魔をするのだった。強い早笛の調べなのに、心を占める声はしみじみともののあはれを囁き、元能の逸りを抑える。
 謡の沈静と元能の猛りはしばし争い、やがて早笛は蕭然と沈んだ。
「舟の舳板に立ち上がり、腰より横笛抜き出し、音も速やかに吹き鳴らし」
  来し方行く末を鑑みて、終にはいつか徒波の、帰らぬは……
 元能は目を開けた。正面の松ノ木に従兄がもたれかかっている。折りしも夕陽に輝く松の幹に元重は体をあずけて腕組みし、
「帰らぬはいにしへ、留まらぬは心づくし」
 唇の端で短く笑い、
「まだ坊主になっていなかったのか」
 足音をたてずに元能に近寄ってきた。
「お前の音取りでは亡霊は呼べないが俺ごときならば現れる。どうした、ひどい顔色だ。清経よりも俺のほうがいいだろう? 見納めになるかもしれぬというので、顔を見に来たのだ」
 元重は元能に言い返すすきまを与えない。元能はかすかに後じさった。彼の笛は、いつしか亡霊を呼ぶ音取りという調子に変わっていた。それに乗って現れた従兄は、今の元能の心境に亡霊よりも忌まわしく、また慕わしい。世阿弥によく似たその顔を見れば、元能の胸は絞られるように嬉しい。しかし同時に最も会いたくない顔なのである。
 元重は、祖父観阿弥以来観世太夫の職掌とされた醍醐寺清滝宮の猿楽上演を、将軍の命を戴き観世本家から奪った。
 その命令が通達されたときの一座の動揺。兄の、母の……。さすがの世阿弥も激しく顔色を動かした。元能に至っては、元重を殺してやりたいとさえ思ったのだ。
「かほどのことは」
 元雅は世阿弥の面前で呻いた。由緒ある清滝宮での演能は、観世座棟梁の名誉である。これを奪われては、本家の面目はまるつぶれだ。義教の将軍就任以来、元重は日の出の勢いで芸能界に勢力を拡げ、早くも猿楽の主流になりつつあった。かつて、義満の寵愛をほしいままにする藤若に甘い汁を狙う貴族たちがおもねったように、今や義教の愛を独占する元能を、大名高家は観世本家をさしおいて贔屓している。
(何ゆえ我らから離反したのだ)
元雅は従弟を思った。生まれたときから一つ釜の飯を食い、ともに親しみ、稽古に舞台に凌ぎ合って成長した才気煥発な従弟を、今も彼は憎めない。
従弟はさびしい境遇だった。生まれて間もなく母寿羽は誰にも告げずに出家し、父親の四郎は残された子供の養育を世阿弥の妻に委ね、以後はほとんど元重に構わなかったのではないか。物心つくかつかぬうちに、幼児の彼に芸を仕込んだのは世阿弥、また乳を与えたのが世阿弥の妻であれば、彼はまことに兄弟以外の何者でもなかった。元雅と元能はやや年齢差があり、そのひらきの間にちょうどよく挟まれた元重は、元雅にとって実の弟よりも気心の通う血族であった。
 気性の激しく、また利発な元重は、自分の不安な身の上を幼い頃から理解し、世阿弥の厳しさによく耐えた。おっとり気味の長男元雅は、元重の勝気に、競う気持ちをかきたてられて励んだ面もあった。
 元重は観世本家にいる間、世阿弥に逆らったことはなかった。また元雅に対しても不遜や強引を示したこともない。棟梁世阿弥の実子であり一座の継承者として、生まれたときから陽に包まれて育った元雅にくらべれば、元重の生は一抹の翳りを含んだが、観世三兄弟の中で、誰よりも天才世阿弥に似た美貌と才気を継いだのは元重であり、出生にまつわる陰影さえ、元重には怜悧な魅惑を添えた。
 青蓮院門跡義円もまた、将軍の子として生まれながら、世俗の栄光から隔てられた人生を選ばされていた。彼に与えられた地位が宗教界において最高位であろうと、他の兄弟諸子と比較するなら、我が身の不遇を覚えずにはいられなかったであろう。
 義円が観世の子弟のうち、とりわけ元重に目を留め飽かず寵愛するのは、色香の魅力もさりながら、己に相似た内面の屈折がひきあうためかもしれぬ。
「重兄は我等を侵したいのでしょうか」
 元能がこらえかねて膝を進めた。
「さような憶測は無益じゃ。あれの内心がどうであろうとかまわぬ」
 応えない父に代わって元雅が封じた。元重の意想がどのようなものであろうと、決定は将軍からいただくのである。
「愚かな物案じをするな」
 兄弟の問答を世阿弥は短く一言で切った。彼はもう冷静を取り戻していた。くっきりとした長い眉が額に冴えている。老齢となり、髪は白く顔に皺を讃えても、世阿弥の端麗は崩れなかった。この面は舞台に生かす能面のどれよりも整い、静かで、感情の波を消しているが、多言を費やすよりも一同の心を沈静させる力を持っていた。それこそは芸ひとすじに心を極めて生きた彼の人生が、彼に与えた類稀に強靭な面であった。
 父の面を仰いで元能は言葉を封じ、頭を垂れた。……。
 一同の心肝を揺るがせた元重が、今眼の前に立っている。
 ぬけぬけと観世本家の門を潜り、元能を見つめて笑っていた。
「来るな」
 元能は息を吸った。喉が渇き、舌が粘る。清滝宮の一件以来、自分は、この従兄を殺す夢を何度見ただろうか。
「機嫌が悪いのか? 相変わらず子供だな。お前は近頃寺通いに精出しているそうだが」
 元重はくすくすと笑った。懐手をしてこちらの動揺を誘う目つきは邪なものだった。元重は笑いながら元能にすりより、互いの呼吸が感じ取れるくらい間近に顔を突き合わせると、舌なめずりするように囁いた。
「精進の噂のわりには、地獄が臭う」
 かっと元能は従兄に殴りかかったが、元重はひょいと肩先でかわし、空を切る元能の手首をつかんだ。
「夏より逞しくなった」
「何しに来たんです。我等を嘲りに? もう十分でしょう。あなたは当代一の人気役者、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。我等の落ち目を見ればさぞ快いでしょう。あなたは」
 元能はそこで一呼吸置き、呻くように
「卑劣だ」
 ぱしん、と元重は弟の頬を平手で打った。軽く、まるで気絶した相手を正気付かせるほどの手加減した力で打った。
「己の芸を極めるのに、手段は選ばぬ。正も悪もない。だからお前は子供というのだ」
 元重は平手打ちした元能の片頬に、ふたたびてのひらを当てた。親指で元能の下瞼をなぞり、鼻梁から唇…、弟の顔立ちを確かめるように撫で、顎をたどり、最後に親指は喉仏の上で止まった。
「俺の手が、今ここで力のかぎりお前の首を圧すなら、お前は必ず死ぬ」
 がばっと元能はもがいたが、首を締め上げる従兄の殺気を逃れる前に、彼の中心は元重のもう片方の手に握られていた。
「お前が本家を見捨てると聞いて逢いに来た。坊主になるか、破壊坊主になるか」
「あなたには、関係」
 ない、という声は従兄の唇でふさがれていた。首をつかんだ元重の手は少しも緩んでいない。呼吸を吸われて、元能はあがいたが、あがけばあがくほど元重の意のままに抑えこまれてしまう。
「伯父上を捨てるな。元雅は破滅する」
 元重が乗りかかってきた。

  人を松虫、枕にすだけど
  寂しさまさる 秋の夜すがらよ…
 東北の隅の控え部屋はつるべ落としの日とともに暗がり、遊女たちは夕明かりを惜しんで出の化粧を済ませる。夕陽の残る窓際に、女どもはちまちまと背中を集め、肌脱ぎして水溶き白粉を塗り上げる。とろりとした白粉は夜寒の大気を吸ってしんと冷たく、一刷毛塗るたび肌にきゅっと鳥肌が立つのだった。
「風が冷たいねえ」
 乳房まで露わにしたまま、遊女の一人が、ぶるっと震えてこぼした。
「夏がことのほか暑かったから。真冬の底冷えに比べたら今ぐらいの寒さなんてどうってことはないのに、秋は身よりも肌が寒いよ」
 紅鶴が刷毛で顔に紅を薄く下塗りしながら言った。年齢を重ねた女どもは、顔に白粉を塗る前に、紅を刷くのである。若い自然な血色の代りに紅を加える。その上に白粉を塗ると、地の紅いろが白粉にうっすらと昇って、いい顔色になった。
 夏の間に、紅鶴はすこし肥ったようだ。洛中の食糧欠乏は相変わらずだが、この商売ゆえに彼女たちは潤っていた。紅鶴のまるみを増した肩の肉が、宵明かりにぼんやりとつやを湛えている。
「宝珠ちゃん、顔見せ」
 かはたれの、まだ辺りが明るいうちに、地獄が厨子の遊女のなかで、若く美しい女が路に出て客を引く。男は女の器量に誘われて入ってくるが、灯を細くした閨で待つのは、さっきの女とは別人だ。内は外よりだいぶ劣る。
だが男たちの多くは手口を承知の上だ。袖を引いた美人に替えろと文句を言うなら、相応の玉代を払わねばならぬ。馴染みの客は最初に指名してあがりこむ。指名のつかない女は相手きらわず客をとらなければ干上がってしまう。
 だから、囮の上玉たちへの待遇は格別だ。西洞院の遊女屋の中では地獄厨子は最上で、東洞院のように女たちの多くがしかるべき没落貴族の血筋、という箔付きはないが、相当に器量のいい女がそろっている。妙な気取りがない分、男たちには心安く遊べるという長所もあった。
 囮遊女の上玉とされた宝珠は自分だけの小部屋を控え所に与えられていたが、彼女はそこをあまり使わず、猥雑な大部屋で、皆と一緒に起居していた。
 三途川婆に呼ばれても宝珠は髪をくしけずる手を止めず、小さくため息を付いて化粧鏡を覗き込んだ。身じまいはとっくの昔に済んでいる。
「ご機嫌斜めだね」
 女どもは目配せし合って笑った。宝珠は仲間の遊女たちに好かれていた。物惜しみせず、金に淡白な性分で、仲間うちでも言いたいことを言うようでいて、上手に相手の顔色をはかり、気持ちを損ねなかった。遣り手婆の機嫌をとるのもうまい。男あしらいも巧みだった。まだ二十歳になるかならずと見えるのに、これまでどのような流れを生きたものか、と
地獄が厨子の仲間たちは不思議がる。全身の皮膚がきれいで、色を売る商売に擦れた風がない。
 宝珠が地獄に入ってすぐに、東洞院からひきぬきが来たが、気兼ねはいや、とあっさり断った。ここに居ても荒稼ぎはしないが、一番の売れっ妓なのに、選り好みせず婆の指図どおりに客を取り、相手は皆満足して帰った。
 それにしても、器量も芸も人並み以上なのに、何を考えているんだろうねえ、と周囲は宝珠の姿を不思議がった。養わなければならない親兄弟のしがらみもないのに。
「ああ、いつかは死ぬのよね」
 いきなり宝珠がつぶやき、女どもは顔を見合わせて眼をまるくした。何よ、いきなり。
 紅鶴が応える。
「そうだよ。いずれのこと、あたしたちはそこらに行き倒れておしまいなんだ」
 自暴自棄の響きはなかった。紅鶴の声はむしろ陽気で、のんびりとしていた。彼女は自分に言い聞かせるように声を強めて、
「死ぬったって、川が流れて海に帰る。それと同じだよ。この世の苦患とはそれでおさらば。なんでも西海浄土には阿弥陀さまが両手をひろげて慈悲深く迎えてくれるそうじゃないの。生きてる間、この地獄で男の煩悩払いに働いたんだ、死んだらあたしらは極楽往生まちがいなしよ」
「ふうん」
 紅鶴の熱弁にも、宝珠は心ここにあらずといった風で、曖昧に頷くだけだ。
「紅さん、難しいこと言ったって聞かないよ。宝珠ちゃんはただの恋煩い」
 と誰かがずばりと言ってのけ、わっと笑い声が弾けた。
 宝珠は冷やかしにも無関心で、鏡を覗き込んでぼんやりしている。ほんのり笑ってみたり、すこし目を吊り上げて恨んでみたり。ようやく重い腰をあげたのは、痺れをきらした遣り手婆が足音あらく怒鳴り込んでからだった。
「人を松虫のおでましか」
 廊下で紅鶴の赤ん坊をあやしていた蝉丸がからかう。鼓打ちの彼は、地獄厨子の使い走り、雑用として婆や女どもに重宝され、いつしかここにいついていた。宝珠が無視して通り過ぎようとすると、
「まあ、今夜あたりは来るだろう。坊やも女が恋しくなる時期だ」
「なんでわかるの?」
 ついつい宝珠は声をとがらせる。蝉丸は赤ん坊に頭巾をとられまいと首を振り、眼をぐりりと剥いて、ももんがあ、とべろを出す。赤ん坊は小さな手で蝉丸の鼻をつかみ、嬉しそうに笑った。すっかり彼になついている。
「秋乾きっていうじゃないか。空気が乾くとしっぽり濡れた膚が恋しくなる」
 蝉丸はきゃっきゃっと笑う赤ん坊の鼻先に、舌を突き出し、ちらちらと揺すった。宝珠は鼻に皺を寄せ、
「いやらしい」
「なんの」
 と蝉丸は口をとがらせ、つやつやした赤ん坊のほっぺたを吸った。赤ん坊はよく太って光るように血色がいい。男の子だが、誰の種だか、顔立ちも悪くない。宝珠は爪先で蝉丸を蹴り上げるふりをして表へ向かった。その後をとぼけた声が追う。
「逢う夜は人の手枕、来ぬ夜は己が袖枕。いいねえ、へへへ」
 が、蝉丸の勘はあたった。
 待ってたのに…
 宝珠のうらみごとを、男は聞いているのかいないのか、相変わらず不器用な手つきでからだをさぐった。
 夕暮れ過ぎて、それこそ松虫鈴虫がそこらじゅうでかしがましく鳴きさわぎ、男の袖をひく女の声にあはれを添える。一見で来る男はたいてい田舎者、なるべくぼおっとしたのを捕まえな、と婆は女どもに教える。
「気取った都びとより、お上りのほうがゆっくり暮らしているんだ。でなけりゃ都には上がれない。だがそういう手合いは懐は暖かいが、京の遊び方をしらないからもじもじしている。見るからに野暮ったい、脚絆や脛巾の薄汚れた田舎出がやって来たら強引に呼び込むんだよ」
 だが、半月ぶりに地獄が厨子を訪れた元能は、生地の織り目も清潔な半袴に小さ刀というきっちりしたいでたちにも係わらず、おずおずした物腰を侮られて、うっかり隣の遊女屋に捕まりかけたのを、あわてて宝珠がひっぱりこんだというもたつきぶりだった。
「あんた、ほんとにぼんやりね。観世の若さん、役者とも思えない」
「若ではない」
 元能は女に蒸されて顔をしかめた。仰向けに寝た彼の上に、宝珠がべったりと被さっている。板塀の隙間から夜風がひそひそと吹き入り、壁の中で虫が鳴く。
「いつまでも、このまま」
 女が囁いて締めあげてきた。元能は宝珠の眼を閉じ、半ば口をあけて喘ぐ顔を見つめた。
自分が彼女にこのような表情を作らせていると思うと不思議だった。女のこんな顔は見たことがない。能の面にも刻まれていない。自分はどんな顔をして宝珠を揺すっているのだろうか。男と女は併せ鏡と言うから、自分もまた異様な表情をしているのだろう。互いに苦痛としか見えない顔で快楽をむさぼっている。
 それを宝珠に言うと、女は奇妙な笑みを浮かべ元能の胸に顔を圧しつけてきた。
「あなたが好きだから顔を作らないの」
「顔を作る?」
「他の客にはもっときれいな顔を見せる」
 他の…。その瞬間、元能の無垢な琴線はじりっと焼かれる。この女は夜ごと、俺ではない男と寝ている。地獄が厨子の立君だ。
「あたしの顔、怖い?」
「いや」
 と元能はすこし考え、おそろしいが魅かれる。
 真っ正直な答えに宝珠は吹き出し、からだをずらすと男の手をとり、名残に潤っている自分の間にはさんだ。
「ここが極楽、あの世なの。死ななけりゃ往生はできない。だから怖いのよ」
「俺は死んだのか?」
「そう、あたしの中で死んで蘇った」
 だっていい気持ちだったでしょう?
 と元能の耳もとに呼吸を吹きかけた。彼女の呼吸は何かの花の匂いがした。不思議な女だ、と思う。ついさっきまで自分が揺さぶっていた顔は、歪んでおそろしいものだったのに、吐く息吸う息は、梅か橘の香りがする。
  帰り来ぬ昔を今と思ひ寝の…
 我知らずつぶやくと、驚いたことに宝珠は
「夢の枕に香るたちばな」
 とつなげた。
「お前はふしぎな女だな。どこでそのような教養を身につけた?」
 うふふ、と宝珠は喉で笑う。
「寝物語に」
 また正直にかっとなる元能だった。宝珠はからだで男の動揺を包み込んでしまう。そこからは何も喋らない。もう何度めか、からだが重なって互いに揺られあう。
 湯にひたされているようだ、と元能は感じる。いつまでもこの女に抱かれていたい、と素直に思う。だが、彼女が彼ごときの意のままにならないことはわかっている。遊びの余裕が、青年の心にはまだなかった。かといって、自分が真底この素性の知れない立君に打ち込んでいるのかわからない。
 そうして、青年はそんな迷いまで口にしてしまうのだった。
「いいの」
 宝珠はくすくす笑った。あどけない笑顔だった。
「あたしがあんたを好きなのよ。あんたが来てくれればそれでいい。絡んだりしない」
 それからふっと真顔になり、
「あたしじゃないどこかの女に惚れたっていうんなら、ひきとめない。男と女は併せもの、離れものだから」
「よくわからん」
「飽きたら終わり、それでいい」
「あっさりしたものだな」
「そう? もがくのはいやだもの」
「能の面には女のもがく顔がいくつもある」
「あたしはいや。歪む顔は閨だけ」
 目を細めて微笑むのだった。するとさきほどの幼さは消えて、臈たけた年かさの女のような奥行きのある表情になった。
「お前のような女はいない」
「そう?」
 宝珠は元能の肩に顔を寄せた。寝息がやがて元能の耳に聞こえてきた。しっとりとした黒髪の感触が宝珠の背中をさぐる元能の手に快い。宝珠はいくつなのだろう。年上には見えないが、心の積み重ねは元能よりはるかにたっぷりとしているようだった。
 自分はさまざまな女を演じてきたではないか、と元能は考える。嫉妬、未練、愛惜、恋慕……母性。情緒のさまざまに思いを凝らし、工夫し、舞姿を調えたはずだ。だが、現実になまみの女と契ると、相手はまるでとらえどころがなかった。宝珠という女が特殊なのだろうか。女の数をこなせば隠した内面のおどろが見えてくるのだろうか。
 色欲を慎め、と父の訓戒が胸に蘇る。
 心を十分に働かせ、所作は抑えよ、と父は言う。男を慕い、求め、悲哀に狂う女心をいっぱいに張り詰め、しかし表に現す所作は七分に抑えよと。抑えることによって役者の力が増す。
 一を聞いて十を知らなければ一級の芸人としては立てない。元雅、元重の兄ふたりがそれだ。ふたりながら世阿弥の天才を受継ぎ、舞台の上で現実を離れた千変万化を見せる。
(この俺はただ型どおりに舞っている)
「何を考えているの?」
 いつ目覚めたのか、宝珠が元能の脇腹をつねった。含み声で、
「他の女?」
「いや…」
 だが元能は胸をとどろかせた。女ではないが、従兄を思うと熱い塊が喉にふくれあがり、腹に火を抱いているようだ。女への傾斜よりも強い引力で元能を捕えて離さない。憎んでいるのは確かなのに、同時に愛情はいささかも目減りせずに激っている。殺してやりたいと思う、しかし逢いたい、
(逢いたいだと?)
 宝珠が元能の耳をひっぱった。
「今はあたしのことだけ考えてよ」
 元能は火傷を労わるような感覚を女に沈めた。宝珠は男を柔らかく包んでくずれる。崩れても愛らしかった。それは作った姿かもしれない。だがかまわない。この崩れにいっさいを委ね果てようかとたわむれに思う。さきが見えない。不安は権力者の庇護を失った一座の未来よりも、能に打ち込めない己自身にある。たわむれに崩れを願うのは自虐だ。

 承服できませぬ。
 ざざっと大風が屋根を走り、閉ざした板戸を揺さぶる。不吉な知らせを運ぶ使者のように、黒い風は観世本家の稽古場を訪い、正対した父と子の頭上で巻き上がった。
「お言葉と言えど」
 言いかけて元雅は息を呑んだ。屈した膝もとに、舞扇が半ば開いた姿で置いてある。一穂の灯明かりに、扇の金泥が元雅のためらいを映して鈍くきらめいた。詰まってしまった息子に代って、父は口をひらいた。
「隅田川の辺に行き倒れた子の亡霊に、生きた子方を出せば、幽玄の味わいは失せる。観る者の想像に任せ、心中に子の幻を描かせた方が奥の深い能になる。実際に子方を使えば見物衆は能の悲哀、母の嘆きよりも、眼の前の稚児の愛らしさに心を奪われるだろう」
 稚児は使いにくい、と世阿弥は言った。稚児は何としても花がある。余程の上手でも、童子の魅力と並ぶと退けをとってしまう。目をみはる美童という程でなくとも、幼いというだけで、観る目の低い観客は珍しがり、芸の巧みより子方の魅力に気を取られる。それゆえ子方を用いる能は、よくよく注意せねばならぬ。観客に享けるであろうが、芸位が低い称賛だ。
「シテの真実の芸を見せようと願うならば子方は使うな」
 世阿弥は低い声で締めくくった。声音を荒立てはしないが、語調は有無を言わさぬ鋭さがあった。
 短い沈思の後に、元雅は伏せていた顔をあげ、苦痛を訴えるように言葉を返した。
「しかしながら、我等のまことの芸を見る客衆がおりまするか」 
 世阿弥の口許がいっそう厳しく結ばれた。元雅は続けた。
「見所を第一に考えよ、と父上の常の御訓戒でございます。往時ならば、まことに父上の仰せのとおり、子方を出さず、シテひとりの芸の力で夢幻の悲哀を演じるのがよろしゅうございました。高い芸を鑑賞される見物衆がおいででした。シテ、ワキの袖の一振り、扇のひとさしに、言わず語らぬ情感を読み、幽魂の歎きを味わう眼利きの方がいらっしゃいました。しかし今は」
 元雅の首筋をぬるい汗が流れた。偉大な父に逆らう不遜と、一座の直面している現実とのせめぎあいがひしひしと彼に迫る。
「鹿苑院さまおかくれの後、先代の細川さま始め、能の芸位を真実見極める貴人方次々と世を去られ、ただ今は、新将軍家の圧迫が日ごとに増しております。観世本家は都の興行を制せられ、洛外へ、田舎へと追いやられつつある。山村に住まう眼の貧しい、芸位の低い刺激を求める見物衆に、父上のおっしゃる夢幻を描く心の働きがございまするか」
 父の主張する観客主義は、あくまで目の肥えた教養階級尊重、貴人本位にすぎない、と元雅は指摘した。
 一座は選択をつきつけられていた。世阿弥一代で高度な芸術様式にまで大成した夢幻能は、その反面で俗な娯楽性が減衰してしまった。かような芸を賞美できるのは一部の特権階級に限られた、とも言える。権力者の後ろ楯があるならばそのままでよい。洗練に洗練を加え、所作の隅々、謡のひとふしに燻銀の抑制を求める世阿弥の芸風は、うわべの華やぎを離れ、ついには極めて難解、抽象的な「無文の能」を最上とするに至る。それは強いて説明するなら、どこがよいのかさだかにはわからないが、「冷えびえと」情感にしみわたる能である。世阿弥は能の芸位を表現するのに「冷える」という単語をしばしば使った。共感の難しい語感であるが、例えば舞の名手とされた近江猿楽の長犬王の芸を、世阿弥は「冷えに冷えたり」と激賞している。
 さらに、彼ははっきりと「無文の能」の味わいは「田舎眼利き」の鑑賞の及ぶところではない、と断言している。
 世阿弥の舞台芸術は、官能の華麗を超えて冷え寂びた極北に進んだ。晩年に傾倒した禅の影響があるのかも知れない。墨ひといろで描かれる禅画が、その究極、形象をあるかなきかの幽かさにほのめかす微茫滲淡となるように、世阿弥の芸も官能を世俗の垢と切り捨てていくようであった。
 当然ながら、こうした俗を離れた高度な純化志向は、観客との相互作用によって成立する舞台芸にとって諸刃の剣となった。観客本意を標榜しながら、世阿弥の天才はいつしか大衆の嗜好とは別な高みに登りつめてゆく。子である元雅は、父を畏敬しながら同時に苦衷も察するのであった。父の希求する理想と、追い詰められた現実との。さらに、彼は父と自分との信条の違いをも見出した。
「父上のおっしゃる見物衆とは、じっさいの見物衆ではなく、父上御自身なのです。父上は御自身の芸を見所の貴人席で御覧になっておられる。私は違う。私の望む、求める芸は、現実の観客の心を揺さぶり、花を咲かせる舞台なのです。高い席におわす方々はもとより、脇や、地べたに座って、湯茶をすすりながら気楽に見物してくれる町衆、あるいは楽しみの少ない村落で、日ごろの暮らしの単調や憂いを晴らそうと、眼に快い刺激を求める田舎びと。それを眼の劣った客、と私は思いません」
 元雅は心を明かす声をいっきに絞った。
「能の花とは、その場その時、生きた見物衆の喝采あってのものではございますまいか」
 かりに、田舎びとを眼劣りと見るなら、我等はそれに応じた芸を見せるべきではないか、と彼は訴えた。
 祖父観阿弥のように。
 ひゅ、とすきま風が吹きこみ、灯心の細くなった燭台を脅かした。低い吐息は父子いずれのものか。元雅は顔を伏せた。しかし心の眼はいっぱいに開いて父を凝視している。父の心を見つめている。室内に深くわだかまる夜闇は、自分と父親との隔たりのようだ。世阿弥の端麗な面は、天人の顔をしている。この父の視線は地上の混迷を逃れて既に久しい、と元雅は悟った。
  新羅(しんら)、夜半、日頭明なり……
 世阿弥は薄く口を開けた。閑寂な微笑と見えた。彼は立ち上がった。すきま風とは異なる熱を帯びた空気が流れ、火熨斗をあてた袴の香ばしい匂いが父と一緒に動いた。父親は天人ではなく人間だ。
 その証拠に世阿弥は汗ばんでいる。元雅との問答に、汗を流している。
「妙花の風よ」
 言いおいて世阿弥は稽古場を出た。彼の歩みに拭き磨かれた床がきしきしと鳴った。去ってゆく父の姿は、夢幻をつらねる舞台へ続く橋掛りを渡る背中であった。膝を屈め、背筋は伸び、腰の中心は上下ひずむことなくたいらかに動いてゆく。その精確な線が見えた。
行住坐臥、世阿弥は能役者である。
 このひとに何を言うことができるか、と元雅は己が饒舌を悔いた。俺は語りすぎた。
 しかし、今この父に追いすがることはできない。父の主張する芸の最高位、妙花風に自分は至れまい。
(今はそれどころではない)
 元雅は己に言い聞かせた。
 新羅の一句は、夜半に日が照る、という思議を超えた禅の妙境の比喩であった。鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて貴賤の尊信を受けた臨済宗の高僧、夢想国師の語録に散見し、世阿弥は能の至芸を禅の奥義になぞらえたのである。言葉では表しえぬ、常識を覆す心境、と。
(俺は民衆の芸人でよい)
 生きのびねばならぬ、と元雅は脂汗を額に滲ませて、父との決別に耐えた。耐えねば一座は瓦解するであろう。
 父がひきあけた戸口から夜風がどっと流れこみ、世阿弥の声を運んだ。
 己の望むままに。

 翌る永享三年は足利三代将軍義満の三十三回忌にあたる。
 贅を尽くせ、と義教は臣下に命じた。
 かの鹿苑院義満こそは足利幕府の栄光を具現した人物であった。南北朝の動乱を収めて天下に号令し、海を隔てた明との貿易によって巨富を蓄え、武家でありながら天皇の権威を超え、位は太上天皇に至った。
 義満以前にこのような強権を振るった臣下はおらず、またその後もいない。かの王朝藤原道長は娘三人を歴代の天皇の后に奉り、望月の欠けたるところなき栄華を謳歌したが、自身で皇位を襲うなど思いもよらず、天皇の外祖父として権力を掌握するにとどまった。
 その後、武士が台頭すると平家の清盛は娘徳子を高倉天皇に入内させ、やがて徳子が皇子を産むと、道長同様、上皇天皇を抑えて専制政治を行ったが、彼も天皇の外戚という従来の権力構造の枠組みを超えず、皇室の権威を損なうことはなかった。
 しかし、足利将軍義満は、外戚という間接的な手段ではなく、明確に王位簒奪を狙ったのである。室町時代の天皇家は衰弱の極致にあった。
 手を替え品を替え、じわじわと王権を侵す義満の狡猾に、円融帝は必死で抗いつつ、なすすべもなく崩壊する天皇家の行く末に断腸の思いを残して譲位し、後を継いで即位した後小松天皇はあまりにも幼かった。
 永徳三年に義満は、太皇太后、皇太后、皇后に次ぐ位、準三后に叙された。その上に、出家後の応永四年に百万貫を費やして造営した北山第は、上皇の御所である「仙洞」に擬せられ、その中心には紫辰殿があり、公家の詰所である殿上の間があった、という。紫辰殿とは、天皇の内裏の正殿であり、朝賀、公事、大礼を行う宮殿に他ならぬ。それが義満の御所に設けられ、公家はこぞって天皇への出仕をさしおいて、その北山第に参上し、実質上の政治のみならず、朝廷において斎(いわ)われるべき神事儀式なども執行されていた。このように、北山第は、義満の山荘などではなく、実体は宮廷であった。
 すでに義満は、出家の際、嫡子義持に将軍職を譲っていたが、それとは別に、晩年の愛児義嗣の元服を内裏で行う、という武家としては前代未聞を実現し、さらに続いて親王・立太子に準じた儀礼を挙行した。
 異例に異例を重ねる義満の要求に、名ばかりの天皇後小松は唯々諾々として従った。財源を幕府の管理に依存し、官位任命はおろか祭祀権まで奪われた天皇家は、当時飾り物以下の存在であった。公卿武家の誰もが、十四歳の美少年義嗣の天皇即位を確信していた。弱小の後小松帝は退位もしくは廃位に追い込まれるであろう
 が、最愛の子義嗣の元服後三日にして義満は死の床に就いた。
 そしていっさいは享年五十一歳という突然の彼の死で終わった。
 義教は今、父義満の営んだ北山第舎利殿二階の観音堂に居る。
 この舎利殿はかつての北御所の一部で、義満の思想を反映した楼閣であった。鏡湖池を臨む一階は王朝寝殿造の阿弥陀法水院、二階は武家造の観音堂、三階は中国式の究竟頂(くっきょうちょう)である。異風混淆の建築は、義満が実現しようとした足利王家の輝かしい象徴たるべく、黄金を箔して燦然と屹立したのだった。
 それからわずか三十年。
 山おろしの夕風がさらさらと鏡湖池を撫でてわたる。池の周囲の樹木が色づき、風が渡るたびに、夕映えの紅葉が湖面に絢爛と散る。
瑠璃の香合にくゆる沈香が、宵の湿りを含んでかぼそくなると、別室に控えた小姓が、物音をたてずに新しい練香を焚いた。
 義満は父の像と相対している。高い立て襟の法服をまとい、どっしりと衣の袖をひろげた北山院義満は、繧繝縁の畳二帖に座している。繧繝縁は帝王・上皇にのみに許される畳であった。この像は、義満の愛児義嗣が、応永五年(一四○八)青蓮院門跡を還俗し、元服前の身として、童殿上(参内)を果たした後、北山第に時の天皇後小松帝の行幸を仰いだ際の姿を映したものだ。後小松帝の座には、当然のことながら繧繝縁が敷かれたが、対面する義満の座にも同じ五彩の畳が敷かれ、居並んだ家臣の眼を驚かせたのだった。
 このときすでに準上皇に昇りつめた義満は、もはや皇位簒奪の野心を隠さなかった。義満の横に並んだほっそりした少年が、やがて後小松を逐って天皇に即位する、と意志を露わにした繧繝縁であった。
 帝を迎えた遊宴は豪華を極めた。諸事は二十日間に及び、後小松帝は現世で叶うかぎりのすばらしい饗応を享けたが、それは義満の皮肉な示威でもあった。衰退した天皇家にこれだけの遊宴は催せない。帝王とは義満自身に他ならぬ。
(実質を伴ってこそ名である、と院はお考えだった)
 義教は床板にじかに座っている。瞑目して
はいたが、彼にはありありと父が見えた。
 夕闇がひえびえと押し寄せ、隣室の小姓は燭台に火を灯すべきか、そっと将軍を窺う。室内は半ば以上闇に暮れ、高所の義満の座像のみが、夕映えのほのあかりに浮かんでいた。
父の像の下に端座している義教のぴしりと伸びた背筋の厳しさに、小姓は袴の折り目を正した。
「火を」
 将軍の声が来た。はっと少年は立ち、正確な挙措で動いた。像の両脇に火を灯し、さらに義教の傍らに燭を掲げた。光りがぼうっと闇に滲んだが、小姓が仰いだ主の横顔は、影深く冷ややかだった。少年は足元近く蛇を見たような脅えを感じ、呼吸を詰めた。
 父上、と義教は小姓の恐怖を味わいながら内心に呟いた。将軍に向けた小姓の恐怖は、かすかに焦げ臭い。若い魚を焼く匂いに煮ている。
 少年は平伏して将軍の命令を待っている。義教の密かな呟きの気配を敏感に察し、闇の中に鋭利な刃の美しい輝きを眺めるような畏怖と恍惚で主を見つめた。新将軍の就任以来、既に数人の側近が不興をかって処罰された。中のひとりはその場で手打ちであった。
 さがれ。
 義教の言葉は常に簡潔だった。
 小姓が衣擦れを抑えて階を降ってゆく足音を聴き澄まし、義教は閉じていた瞳を開いた。内なる闇を見つめていた眼差しは、蝋燭に浮かぶ義満の姿をくっきりととらえた。
 父の記憶は少ない。義満は多くの子女を儲けたが、偏愛がひどく、疎まれる子と愛される子の差が激しかった。
 長兄義持は嫡出ゆえに将軍に就いたが、この息子を義満は愛さなかった。義持の凡庸が義満には飽き足らず、息子たちの中では、晩年に生まれた義嗣を最も可愛がり、他のこどもたちの政治的な処遇にぬかりはなかったが、こまやかに情愛を注ぐということはなかった。こどもたちはすべて、足利家の繁栄安泰のための駒となった。
 義教もそのひとり。
 彼は還俗した義嗣の身代わりとして青蓮院に入室したのである。
(思いもよらぬ仕儀となりましたぞ)
 義教は暗く笑った。
「お目通りも稀であったわたくしが、よもや幕府を統べる将軍に冊立されるとは、父上はゆめゆめ考えてはおられなかったでしょう」
 彼の記憶している父は、いつも家臣や御伽衆に囲まれ、はるか高みに輝かしくそびえる巌のような姿である。視線を交わすことのかなわぬ距離であった。それだけでなく、義教は、幼時から父の顔を間近に見た覚えさえない。
 もの心ついたときから、彼にとって義満は畏怖し、崇め、服従し、恩恵を願う絶対者であった。嫡出子である義持さえ、義満の顔色を始終おどおどと窺っていた。義満に甘え睦んだのは、ただ義嗣のみであった。
 美しい容姿と適度な才気。義満の寵愛を得るには、これが不可欠であった。義持にはふたつながらそれが欠けた。とはいえ、彼は醜くはなかったし、とりたてて愚昧でもなかった。過不足のない平凡な男であり、ただ義満に好まれるような美質がなかった、というだけのことだ。
 義満に疎遠にされたとはいえ、彼は嫡出子、将軍であった。かりに義嗣が皇位を継承しても、現実に武力財力を握るのは将軍であるから、義嗣天皇は、足利王家の革命的象徴となっても、現実には無力だ。天皇と将軍を兼ねることはできない。しかし、あるいは義満が長寿を保ったなら、彼の強権で将軍と天皇を兼ねる足利王朝が出現したかもしれない。将軍ではあっても、義満在世時には有名無実の義持は、どれほどの焦燥と嫉妬を、溺愛される末弟に注いだことだろう。
 それでは義教はどうだったか。
 偶然は、しばしば運命を必然に変える。
 義嗣と義教は同年で、義教のほうが数ヶ月早く誕生した。母の身分もそれぞれ高貴の出で、差がない。また女人たちが蒙った義満の寵愛の程度も隔たりはなかった。出生当時、二人の位相はほぼ等しかったと言えよう。
 義嗣は幼時から少女に見まがう美少年であったが、義教も眉目整った子であった。才気という点では、義教のほうがはるかに勝って、利発であった。
 しかし、父は弟を選び、義教は格別の処遇も享けずに少年時代を過ごした。
(俺は義嗣の影になった)
 義教は薄い唇をいっそうひきしめた。相似の少年ふたりのうち、一人に光りがあたり、いま一人は顧みられなかった。そして父義満が義教に目を向けたのは、愛子義嗣を還俗させるために空席となった青蓮院門跡を埋めるためであった。青蓮院門跡は、宗教界きっての誉れある地位だが、あからさまに弟のあとがまに据えられた態の義教の心中はいかがなものだったろうか。
将軍就任後に彼がし遂げた大胆な改革とその成果からしても、おそらく、義満の数多の息子の中で、義教は最も優れた資質を持っていたのだ。幕政を牛耳る宿老大名の圧迫を跳ね除けるだけでも至難のわざである。事実、彼以外の義満の後継者たちは爛熟衰退する足利幕府の建て直しに全く無策の、お飾り将軍であった。
 運命は急変し、義満の急死によって後継者義持は朝廷と幕府の実権を一手に握り、抑圧されていたそれまでの反動で、ことさら父親とは正反対の政治路線をとった。対明貿易を断ち、義嗣の立太子も消えた。皇室を圧倒しようとした父の野望を不忠と決め付け、北山第への公家の出仕を停止させた。おかげで瀕死の天皇家はかろうじて復活したのである。
 さらに、義持の憎悪は義満の生前、その寵愛を独占した義嗣に向けられた。義満没後、公家として権大納言の高位に上った義嗣だが、応永十三年、上杉禅秀の乱に連座して処刑された。勿論、ことの真相は義持が弟を追い詰めたのである。
(愚かな兄よ)
 義教はゆっくり瞬きした。床板に接した両膝がそくそくと冷え、庭園にすだく虫の声が黄昏の静寂を夜へと深めてゆく。
 上杉禅秀の騒乱と前後し、義満が築いた壮麗な北山山荘は、義持の命によりまたたくまに解体され、諸方へ移築、あるいは捨て去られ、最盛期の雄大を偲ぶものは、この黄金の舎利殿のみとなってしまった。義教は、兄が物狂いのように北山第を打ち壊す情景を、はるか東山から眺めた。兄にとっては、この北山第こそが、自分を圧した憎むべき父の象徴であった。父の偉業の記憶を消滅させる。それ以外に壮麗な北山第を解体する理由などなかった。
 財政削減を唱えながら、義持の正室日野栄子の浪費はとどまるところを知らず、義持はそれを阻止することもできなかった。政策においても、彼は過去の怨恨から脱却できぬまま、現状無視してひたすら父のさかしまを歩み続け、その結果、宿老大名たちの傀儡になりさがってしまった。実権を失い酒色に溺れた義持の晩年こそは、皇室を転覆させるほどの独裁を振るった義満の栄光の、無惨な陰画であった。
 義教は双眸を高くあげた。燭の火に映る父の顔は、傲岸な微笑を湛えていた。まなじりのやや垂れた下ぶくれの顔は、義持によく似ていたが、兄は柔和な公家顔としか見えぬものを、義満の法体像は制作者の巧みによって、見事に本人の不遜な威厳を彫りあげていた。
 今、土台の揺らぎ始めた室町幕府六代将軍義教は、兄の記憶、父の座像の前に、武士の姿で正対していた。折り烏帽子に懸け紐をきりりと顎に結び、簡素な無紋の素襖を着て、円座を敷かず、座禅よろしくじかに床板に座る。彼の瞳は涼しくきれあがり、容貌をつくるすべての輪郭が、毅然とした決意に支えられて鋭い。
 義教は父の顔から視線を外さずに太刀をつかんだ。
 颯。
 白刃が閃き、灯は消えた。

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