さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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蝶々の旅

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    蝶々の旅

「帰りたいよう。あたしは家に帰りたい。帰らなくちゃ。主人が待っているから」
 茜いろの夕焼けをぼんやりと眺めていた車椅子のマキさんは、今日もまた、ぽつりとさびしそうに言い始めました。
「御主人は、しばらくしたら帰ってきますからね。マキさんをお迎えにいらっしゃいますから、もうすこしお待ちください」
 有料老人ホーム「やすらぎ」のエントランスでは、毎日、夕方になると、マキさんと職員のこんなやりとりが、繰り返されるのでした。
八十七歳のマキさんには身寄りがありません。十年前、御主人と、「やすらぎ」に移り住み、その御主人は数年前に癌で亡くなりました。二人の間には娘さんがひとりあったそうなのですが、その娘さんはずいぶん昔に海外留学し、伝え聞いた話によると、現地で不慮の事故でなくなってしまったのでした。
 御主人が生きている間は、ふたりで仲良く支えあってくらしていたのですが、連れ合いに先立たれたあと、マキさんはがっくりと落ち込んで、いろいろ体の具合も悪くなってきました。
 もと公務員だった御主人は、きちんとした人柄で、自分の死期を悟ると、残されるマキさんが困らないように、いろんな手続きをしてから亡くなったので、マキさんは施設で、職員の介護を受けながら、おだやかに暮らしていたのですが、いくら職員が丁寧な対応をしても、マキさんの心に開いた穴がふさがるわけもなく、マキさんはだんだんと、日々、ぼんやり過ごす時間が多くなり、しだいに職員が話しかけても、はっきりとした受け答えができないくらいになりました。
「帰らせてよ」
 夕方になると、マキさんは繰り返し言い始めるのでした。口で言うだけでなく、職員の眼のとどかない隙に、施設から出て町なかへふらふらと出て行ってしまい、マキさんを探し出すために、みんなで大騒ぎになったこともあります。
 お医者さまは、マキさんを認知症と診断しました。
 マキさんは、その後何度か、施設から脱け出し、また連れ戻される、ということが重なるうちに、往来で転倒、肩足を骨折入院し、数ヶ月後に、「やすらぎ」に戻ってきたときは、すっかり足腰が弱くなっていて、車椅子でなければ動けなくなってしまいました。
「主人はいつ迎えに来てくれるんだろう」
「もうじきですよ」
「娘はブラジルからもうじき帰ってきてくれるんだけどねえ。あたしがこんなふうになってしまったのを見たら、歎くだろうね」
「娘さんはブラジルにいらしたんですか」
「そうなのよ。カーニバルの写真を撮りたいと言ってね。あの子は写真の勉強をしていたの。あたしも主人もそんな遠くの国にいくなんて、ずいぶん反対したんですよ。ひとり娘ですもの。でも本人はどうしてもやりたいっていうから、しぶしぶ出してあげたの。ながいこと世界じゅうまわったけれど、最近、帰ってくるって、電話があったのよ」
「それは、よかったですね」
 施設の職員は、それがマキさんのつくりあげた幻想だとわかっていました。娘さんが行方不明になったのは、何十年も前のことです。
マキさんの部屋には、御主人と娘さんの三人姿の写真が何枚も飾ってありましたが、白黒写真の娘さんはまだ二十代初めで、マキさんによく似た、すらりとした細面の、きれいなひとでした。娘さんが海外に行ったことは事実らしいのですが、それがブラジルかどうか、誰にもわかりませんでした。
「娘さんと御主人と、みんなでいっしょにおうちへ帰りましょうね。だからそれまで、しばらくのあいだ、わたしたちといっしょにここで待っていてください。もうお夕食になりますよ」
「あの子が撮ったカーニバルの写真をさがしてくれないかしら。ずいぶんにぎやかなお祭りね。あたし、それをどこにしまったのか、思い出せないのよ」
「晩ごはんを召し上がったら、いっしょに探しましょう」
 リオのカーニバルを、マキさんがどこで知ったのか、これも謎でした。マキさんは、お元気なとき、口数のあまり多くない、お茶やお花をたしなむやまとなでしこで、御主人の生前、そんな単語がこのひとの口から漏れたことはありません。
 テレビかなにかで見知った情報にせよ、マキさんのつつましい温厚な人生のなかに、ぎらぎらした仮面をかぶり、飾り物をこれでもかとばかり見せびらかし、昼夜ただ踊りまくる奔放な祭りのイメージが不意に飛び込んで来たのは、ちぐはぐでありながら、なんとなく納得できるような、不思議なつじつま合わせみたいでした
「マキさんは、きっといろいろがまんしていらしたのよ」
 と、年かさの女性職員が、そっとマキさんの隠れた想いを労わるようにつぶやくこともあったのですが、それ以上のことは、誰も考えませんでした。
 どこの施設もそうですが、職員はみんな忙しくて、一人の入居者さんの隠れた心のこまかなひだまで分け入ってゆくゆとりもありませんし、余計な探り出しは、失礼なことでもありました。
 
 認知症状が重くなるにつれ、マキさんの健康もそこなわれてきました。
 食材に好き嫌いがないとはいえ、あまり食欲旺盛なひとではなかったのですが、次第に食事を摂るのを面倒くさがるようになりました。転倒し、職員の介助を受けながらの車椅子生活を続ける一年ほどのうちに、マキさんは、自分で食事をすることができなくなってしまいました。
 職員が傍について、マキさんの手に箸を持たせ、ごはんやおかずを口に入れるように支えてあげると、少しずつ食べてくれるのですが、機嫌が悪かったり、さびしい想いにとらわれると、湯水さえ見向きもしないのです。
 マキさんは、どんどんやせてゆきました。
 おっとりと上品で、年をとっても若いころの整った顔立ちのあまり崩れないマキさんは、「やすらぎ」の入居者さんや職員みんなに好かれていました。こんなふうに手足が弱り、ほそぼそと、肩や腰の骨がいたいたしく目立つようになっても、マキさんは、ふしぎにきれいな肌や輪郭を保っているのでした。
 八十八歳はめでたい米寿というのに、マキさんは、ほとんどベッドに寝たきりでした。
 「やすらぎ」は、市の中心部から離れた郊外の、緑深い閑静な地区に建てられていました。マキさんの部屋の窓からも、四季おりおりに周囲の公園や住宅のお庭の、樹々の景色や空の風情など、眺めることができます。
「マキサン、サクラがサキマシタヨ」
「シンリョクガキレイデスネ」
「モウツユデス。アジサイモフクラミマシタ」
 マキさんの介護をする職員は、こんなふうにマキさんへの声かけをしながらケアをするのですが、心を閉ざしたマキさんの耳には、誰の声も言葉もたいてい、意味のない、ちりぢりばらばらな音のつらなりのようにしか響かなくなっていました。
 それなのに、夕方になると、マキさんはかなしそうに騒ぎはじめるのでした。
「主人が戻ってくるから、帰らなくちゃ。お風呂の支度や、ごはんを作らなくちゃ……」
 力のない腕で、なんとか上半身を支えて、ベッドからおきあがり、また出てゆこうとするマキさんに職員は困惑しました。
 マキさんのベッドには転落防止のために柵がとりつけられ、万が一、ベッドから落ちたときのために、床にはセンサーマットが敷かれました。
 なんとか起き上がっても、それ以上動けないマキさんは、柵につかまって、ときどき、しくしく泣きました。お医者さまは、そんなマキさんに、かるい安定剤を処方し、職員は食事介助のたびに、それをお粥や、ヨーグルトにまぜました。
 施設職員は、そんなマキさんを見守りながら、ためいきをつきました。
「お子さんでもあればねえ。さびしさもまぎれるんでしょうけれど」
「行方不明の娘さんが戻るって、たびたびおっしゃいますよね」
「もしご存命だとしても、六十台でしょう。マキさんが今の娘さんに会っても、自分の娘だとわからないかもしれないわよ。マキさんの記憶には、あの若い姿しか残っていないからね」
 セピアいろの半世紀も昔の写真には、地味な和服に帯を低めにきちんと締めたうつくしいマキさんと、まだあどけなさの残る二十歳の娘さん、お役人然としたりっぱな風采のご主人が写っていました。 
「娘さんはお母さん似だから、六十歳でも、きっとおきれいでしょうね」
「それでも自分の子だと認識できるかどうかは、別なのよ」
 それはほんとうでした。御主人の死や、孤独を受け入れられない、時間軸が現実とずれてしまった認知症のマキさんは、自分にとって居心地のよい記憶や夢のなかに漂っているので、鏡を見ても、マキさんには、それが今の自分だとわからないかもしれないのです。
 夜中、マキさんは、声をあげてうなされることもたびたびでした。
「ここはどこ? こわいわ。誰か助けて」
 駆けつけた夜勤の職員に、ひとりにしないで、と心の底から、ふり絞るような声で訴えるマキさんでした。

長い梅雨がいっきに明けて、真夏の太陽が照りつける季節になりました。
八月に入ったばかりの早朝、施設の入居者さんの食事が済んだばかりの時刻は九時前なのに、もうじりじりと陽はたかく昇り、生垣や植え込みの木蔭はくっきりと深く、空のまばゆい青のどこかで、油蝉が勢いよく鳴き出していました。
「コニチハ」
 箒でエントランス前の敷石を掃き掃除していた職員は、聴きなれないイントネーションを耳にして顔をあげました。
 濃い青と白の太い縦縞模様の袖なしワンピース、ざっくりと荒っぽく編んだツバの広い麦わら帽子の正面に真っ赤な花飾り。素足にサンダル。サンダルには、ちかちか光るビーズやカラフルな色糸の編み刺繍がいっぱいついています。帽子のつばに余るほど大きな赤い花飾りの翳から、まっくろに日焼けした女の子は、目をまるくした職員に、白い歯を見せて笑いかけました。
「ココニワタシノヒオバチャンイマス」
「え、なんですか?」
 職員は思わず聴き返しました。女の子の言葉のとぎれ方や高低は、ふつうの日本語とはぜんぜんちがっていたので、すぐには理解できなかったのです。ココニワ、タシノヒオ、バチャンイ、マス……
 たどたどしい言葉で、一生懸命はなしかける女の子は、物怖じせず、職員にぐっと顔を寄せて、額に汗をにじませ、繰り返し言うのでした。
「あ、そうか」
 何度目かで、職員はようやくこの子の訴えがわかって、事務室に案内しました。
「まあ、かわいい」
 居合わせた職員は、女の子を見て、うれしそうな声をあげました。ノースリーブの派手なワンピースから伸びた手足は長くてきゃしゃで、こんがりときれいな焦げ茶いろでした。
かぶっていた帽子を脱ぐと、日本人でもめずらしいほど真っ黒なおかっぱ髪が汗ばんで
ばらばらとほそい肩さきにふりかかりました。
玉のような汗のにじむ額やほっぺた、くびすじ、どこも同じように明るいなめらかな焦げ茶いろをしていて、丸顔なのに眉間からすっきりとおる鼻筋、白目の目立つおおきな瞳をふちどる濃い睫毛はゆびさきでつまめるほど長く、描いたような強い輪郭のくちびる。まるで外国土産のお人形のようでした。
 女の子はしきりに瞬きしながら、事務長さんに、同じ調子で
「ワタシノヒオバチャン、マキサン」
「マキさんの?」
 一同はあっと驚いて 顔を見合わせました。
つまり、この子はマキさんの曾孫らしいのでした。
「マキさんのご家族ってこと?」
「外国に行った娘さんのお孫さんでしょう」
「でしょうね」
「マキさんにも娘さんにもあんまり似ていないけれど」
「もちろん混血よ、すごい美少女ねえ」
「名前はなんていうのかしら。お父さんやお母さんはどうしたのかな」
「こっちの言葉はほとんど通じないみたいね」
「ブラジル語でしょ」
「ブラジル語って?」
「スペインとかポルトガル語を話すんじゃないの?」
「誰か、この子の言うことわかる?」
 誰もわかりません。かたことの日本語のほかは、女の子は甲高い声に身振り手振りをまじえ、いろいろ説明しているようなのですが
、そのジェスチュアさえなんだか女の子が踊っているようにも見え、みんなは言葉の通じないやりとりにとまどいながらも、目をほそめました。高齢者施設に、こどもの訪問はとてもうれしいものなのです。
「マキさんに会わせてあげましょうよ」
 さびしがっているから、と居合わせた職員は賛成し、女の子を手招きしてマキさんの居室までつれてゆきました。
 何歳ぐらいなのかな?と職員は女の子の姿をしげしげ眺めて考えました。声や顔つき、うすい胸や肩の感じは、まだ幼児のようでもあり、でも、背丈は日本人の同じ年頃のこどもよりずっと伸びている様子でした。
「あなた、お名前は?」
 歩きながら職員は、女の子に話しかけました。女の子は浅黒い顔に白い歯をにじませて笑い返し、小首をかしげ、はっきりと
「ジュンコ」
 と答えました。

 マキさんは、ちょうど職員の介助で朝食を済ませたところでした。たまごのおかゆに、すりつぶした介護食のおかず、ヨーグルト。それにチューブ詰めのゼリー飲料です。
 真夏に入って気温があがり、マキさんの食欲は、それまでよりさらにほそくなってしまったようでした。
 電動式のベッドの背にもたれて起き上がり、介助職員がスプーンですこしずつ口元に寄せる食事から、マキさんはともすると顔をそむけ、うとましげに手でおしのけることもあります。今朝もマキさんは、ずいぶん食べ残していました。
「あら、すくないわねえ」
 と女の子を連れてきた職員は、ベッドサイドの食膳の残りを見て声を落としましたが、女の子をふりかえり、
「マキさん、ご家族よ」
 マキさんのベッドの片側の窓は市民公園の森に面して、深い木蔭がさわやかにひろがっています。木漏れ日の光りが、マキさんのベッドにちらちらと揺れていました。ピンクの寝間着、肩まで長くのびた白髪をきれいに撫でつけ、朝の身じまいを整えたマキさんは、痩せてやつれてはいましたが、とてもきれいで、そして哀しそうでした。食事盆から顔をそむけ、夏の光りあふれる窓外を眺めていたマキさんは、職員の促しに応えて視線をゆっくりと入り口に返し、ぴったりと女の子を見つけました。
 もうずっと聞くことができなかった、芯のある、感情のこもったマキさんの声が、室内に明るく響きました。
「純子ちゃん、よく帰ったねえ」
 その瞬間のマキさんの表情の変化を、居合わせた施設職員ふたりの職員はあとあとまで語り草にしました。
「顔中におひさまが射したって、ああいう感じよ」
「曇っていた目がぱちっとして、ぼんやりしていたのが、突然にっこり笑って……」
「血のつながりってすごい。娘さんには全然似ていないのに、なんで曾孫だとわかったんでしょう」
 どうしてでしょう?
 どうして女の子の名前を、マキさんは純子
だと「おぼえて」いたんでしょうか。女の子はたぶん十歳は過ぎていましたから、マキさんの「やすらぎ」入居前に、「ブラジル」から、曾孫「純子ちゃん」誕生の報せがあったのかもしれませんし、そう考えるのがいちばん自然でした。
 純子さんは満面に笑みを湛えてマキさんにとびつき、マキさんはやせ細った腕で、純子
さんの背中や、つやつやした髪をいとおしげに撫で、よく帰ったね、ずっと待っていたんだよ、大きくなったねえ……と抱きしめました。

 ひとりぼっちだったマキさんの晩年に奇跡がはじまりました。その朝、純子さんはマキさんの食べ残していたお粥のさじをとりあげ、小鳥のさえずりのような声で、マキさんに話しかけながら、口元に寄せると、マキさんはうれしそうに、もういちど食べ始めたのです。職員の了解なしに、純子さんは、どんどん朝食をマキさんにあげてしまい、マキさんはむせることもこばむこともなく、ぜんぶ食べ終えたのでした。
 食事のあいだ、純子さんは、どこの何語かわからない言葉で、マキさんに語りかけ、おどろいたことにマキさんは、うなずいたり、首をふったりしながら、純子さんのイミフメイな言葉に、ちゃんと応じていたのでした。
 職員ふたりは目をまるくしました。
 マキさんの口からこぼれる言葉は、こんな並びでした。
「何かねえ……いつも探していたのよ。たくさん歩いて走って。どこにもたくさんある。
やだよ。いらないね。そう向日葵がね、夏だから……水が田圃にあふれていた。横断歩道でね、帯でなきゃだめよ。蛙の山でしょ。耳のうらから……」
 イミフメイ、まるっきり滅裂な単語の集まりとしか、職員には聞こえませんでした。でも、栄養失調で、すこしかすれたマキさんの声は、ひさびさにとてもはずんでたのしげで、純子さんのさえずりに相槌をうちながら、ふたりはながくながくおしゃべりしていたのでした。
純子さんが、日本語はほんのかたことしかわからないのはあきらかでしたから、マキさんが、ちゃんと理路のとおった言葉ではなそうと、きれぎれな単語の寄せ集めを口にしようと、どちらでもおんなじことでした。
 マキさんの声も女の子の声も、まろやかにやさしく、その夏の朝のひととき、マキさんの病室はふしぎな声音のやりとりであふれたのでした。
 純子さんは、それからほとんど毎日、「やすらぎ」にやってきました。時刻はまちまちでしたが、たいていおひさまが空高く上っている間でした。そうして、朝ごはんか昼ごはん近く。
 職員の介助では、なかなか食べてくれないマキさんでしたが、純子さんの手からは、よ
ろこんで食べました。いつも、ほぼ完食します。
 この子はどこから来るの? とみんな半信半疑、狐につままれたような気持ちになりましたが、なにしろ当のマキさんが純子さんを待ちわびていて、かてて加えて、施設職員は人手不足でもあり、いつのまにか、なんとなく、純子さんの食事介助は「ご家族対応」という了解ができあがってしまいました。
「おうちはどちら?」 
 あるとき、施設長は思いきって純子さんに尋ねてみました。なにか事故でもあったら、と自宅の電話番号などひかえておきたかったのです。純子さんは、長い睫毛をしぱしぱとまたたかせながら、かれんな声でさえずりましたが、やっぱり意味不明でした。
「困ったわねえ。純子ちゃんに何かあったら、親御さんにどうしましょう」
「それにしても、両親はどうしてここに見えないんでしょうね。連絡もせず」
 職員はそれぞれ奇異を言い合いましたが、純子さんがあまりに可愛らしいのと、マキさんの健康が、純子さん登場から目に見えて回復してきたので、いろいろあやしむより、なんだか、こんな不思議な再会を果たしたマキさんをうらやましく、またほほえましく思う気持ちのほうが強いのでした。
 純子さんは、ちゃんとした家の子らしく、お洋服も新鮮で、お行儀もよかったのです。
 ブルーと白のストライプのワンピースに、赤い花飾りの麦わら帽子。カナリア色のブラウスと白地に小さな紺の水玉模様のはいったショートパンツ、ある日は真紅のハイビスカス模様のひらひらドレスとか、目のさめるように、毎日とっかえひっかえ、無邪気な笑顔で現れました。
 だから、純子さんが来ると、「やすらぎ」の中に、明るい南国の花が咲いたようでした。
 純子さんはマキさんにつききりで、個室や、みんなの集まるリビングルームで、数時間を過ごします。純子さんは、みんなにやさしく、たのしそうで、ほんとに不思議なのですが、言葉はぜんぜん通じないのに、純子さんが笑顔で話しかけると、入居者さんもしぜんと笑顔になって、笑ったり、楽しくなったりしました。
 「やすらぎ」の入居者さんは、認知症ではないクリアな方もいます。そのひとりに、職員は尋ねてみました。
「純子ちゃんの言葉、わかるんですか?」
「わがんね」
 東北なまりの残る、九十歳のトミさんは、あっけらかんと応えました。
「どうでもええが。純ちゃんは明るくってやさしいから、それだけでいいさ」
「いい子ですよ」
 と、かたわらからもうひとりの入居者さんも言いました。
「言葉は通じないかも知れないけれど、心は、あの子、ちゃんとわかってるって、わたしたちの方もわかるんですよ」
 夕方になる前に、純子さんは帰ります。マキさんは、名残おしそうに、眉をすこし曇らせますが、以前のように帰宅願望で騒ぐこともなくなりました。車椅子で、純子さんを施設の出口まで送り、純子さんが、まだ陽射しの残る緑陰の向こうへ、手をふりながら行ってしまうのを、じっとみつめているのでした。
「純ちゃんの後をつけてみたいわね」
 などと、職員は冗談半分、でも半ばは本音な気持ちで言いました。
 混血美少女の純子さん、ほんとの年齢はいくつで、家はどこなのか、両親は、学校は?
「学校は夏休みってことでしょ」
「友達とあそばないで、小学生が毎日ここに来る?」
「小学生なの?」
「中学だっておなじことでしょ」
 施設長、事務長はじめ、みんな、ほんのちょっとの間、真顔で思案するのですが、なにしろ施設は忙しかったので、誰にとっても都合よく、幸せな偶然を、ことさらむつかしく考えようという気にはなりませんでした。
 
 「やすらぎ」の夜勤職員の何人かは、このごろ不思議なまぼろし見るのでした。
施設は三階建てで、一階は事務室や職員の休憩室、共同のレクリエーションルーム、リハビリルーム、大浴場があり、入居者さんは、二階と三階に、それぞれ自分の好みの家具を置いた個室で暮らしています。
 職員は夕方から翌朝まで、二階三階にひとりずつ泊まり、深夜と夜明けの定時見回り、併せておむつ交換などの介護対応をします。それほど重度の方は今の所いないので、職員は非常のアクシデントでもないかぎり、夜間に数時間の仮眠もとれるのでした。
 その晩、職員のワダさんは十二時になったので、フロアの巡回を始めました。電灯を落としたフロアはしいんとして薄暗く、昼間は見過ごしてしまう非常口の緑色の照明が、闇にポッカリと浮かんで鮮やかです。意識のしっかりした入居者さんは、自室の入り口にきちんと鍵をかけるので、ワダさんは、合鍵でそっと扉をあけて、入居者さんの安眠を確認する。その晩も、みんな穏やかに眠っていました。認知の歪みで、すこし妄想と混乱のある入居者さんなどは、眠りが浅くなると、ウワゴトめいて、しゃべりだしたりしますが、それはヒステリーでもパニックでもないので、職員はあまり気にしませんでした。
 ですから、深夜に、マキさんが泣き出すと、それはもう深刻に響き、職員も時折は、泣き止まないマキさんの愁訴に、ほとほと手を焼いていたのです。でも、純子さんが来てから、マキさんはすっかり安定しています。ワダさんはつぶやきました。
「家族の力ってことよね」
 寝たきりのマキさんの部屋には鍵はかかっていず、マキさんは、おだやかな寝息をたてて、よく眠っていました。あれ? 窓のカーテンがすこしひらいて、そよそよとレースが風に動いています。月明かりに揺れるカーテンの裾が、花瓶に活けたおおきな向日葵にまつわりついていました。向日葵は純子さんが持ってきたのです。今日純子さんは、今日大輪の向日葵を得意げに担いでやってきて、マキさんにあげました。向日葵は純子さんの顔ぐらい大きくまんまるで、純子さんの笑顔のようにさっぱりくっきりした黄色い花弁をみずみずしくぴんとひろげています。
「純ちゃんは、夕方に帰ったし、そのあと冷房をいれたから、窓はしめたはずなんだけど?」
 ワダさんは、マキさんの眠りをさまさないようにそうっと足音をしのばせて居室を横切り、窓に近寄りました。向日葵にまつわりつくカーテンを調えようとしたとき、ワダさんは思わず、キャッ、と小さな悲鳴をあげてとびのきました。向日葵にかぶさった月明かりに透けるレースの影から、ヒラヒラッと、何か、てのひらくらいの大きさのものが、ワダさんの顔めがけて飛んできたのでした。
 見たこともないほど大きな、金いろの蝶々でした。それはまるで、羽をひろげた小鳥か、熱帯の蛾のようにも見えました。蝶は窓から流れ込む夏の夜風にふうわりと、羽を閉じたりひらいたりしながら、空中に浮かんでいました。
 ワダさんの手の届くか届かないか、すれすれのところで、蝶々はゆっくり闇の中をあがりさがり、舞っています。黄金ひといろと見えた羽には、よく見ると、あざやかな濃い青い筋が葉脈のようにほそい縞模様になっていていて、先端が巻貝のようにくるりとまるまった優美な触覚も青く光っていました。蝶々が羽をひろげたりとじたりするたび、ぼんやりとした銀色のこまかな鱗粉がほのかに大気に散るのさえ見えました。月明かりと、常夜灯だけのフロアの、もののかたちのさだかには見えないおぼろな明るさに、大きな蝶々の全身は逆にきらきらと目立ち、夜空からこぼれおちた星のひとかけらみたいに、自然に発光しているようでした。
 蝶々は、驚いてたちすくんでいるワダさんをからかうように、その周囲をゆっくり旋回し、半ばひらいた窓から、悠々と夜空へ飛んでいってしまいました。
「あ、待って!」
 なぜかワダさんは、無意識に蝶々に話しかけていました。夜空に飛んでいった蝶のあとを追いかけて、窓にとびつくと、そこからは真っ暗な公園の森がひろがっているばかり。普通の家庭なら、もう寝静まっている深夜でした。公園と県道をくぎって、街灯の明かりが規則正しくともるさびしい闇夜、蝶々はもうどこにもいません。
 見間違いだったのかな? とワダさんは目をこすりました。幻覚? まさか…。
「揚羽蝶ではないし、なんだろう」
 どきどきする心臓をおさえて、マキさんのベッドを見やると、マキさんは規則正しい寝息のまま、仰臥位をやすらかに保って眠っています。自力で寝返りが打てるので、体位変換の必要もありません。
 あれ? とワダさんは目を凝らしました。
 マキさんの胸元から顔にかけて、何だか、うっすらときらめいています。顔を寄せてしげしげと確かめると、マキさんの夏掛けふとんの胸元、顎に、さきほどの蝶々のつばさからこぼれおちたのか、霧でふいたようなこまかな光の粉が、うすく残っているのでした。ワダさんは、おそるおそる人差し指で、夏掛けの襟まわりに残る粉をぬぐってみました。するとワダさんの指さきも、淡く光りました。
 驚いたワダさんは、マキさんが蝶々の燐にかぶれてはいけない、と気をとりなおし、顔をぬぐう蒸しタオルをとりにランドリーへ走りました。ですが、おしぼりをひろげてマキさんの寝顔にもういちどかがみこむと蝶々の名残とみえた淡いきらきらは、すっかり褪せて、何も見えなくなっていたのでした。

 また、別な夜のことです。サカモトさんのお当番でした。見回りにフロアを一巡したサカモトさんは、これといって異変のないことを記録しおえて、仮眠しようとしました。すると、どこかで、はっきりと、笑い転げる子供たちの声が聞こえてきました。入居者さんのヒトリゴトやウワゴトなんかではなく、はっきりと、まだ幼くて変声期前の澄んだ声。それもひとりではありません。しかもすぐ近くで。
「?」
 サカモトさんはおどろいて仮眠ベッドからおきあがり、声の響くフロアの暗がりに入ってゆきました。
「マキさんの部屋?」
 あれ? どうして鍵がかかっているの? マキさんは自分で内側から鍵をかけることはできません。ぴったりと閉まった扉の向こうで、にぎやかなこどもたちの声とマキさんの話し声がいりまじって聞こえます。
 サカモトさんは、急いで鍵をはずし、引き戸をほそくひらいて、中を覗き込みました。
 さんさんと輝く熱帯の太陽の下に、見渡すかぎり、目路をかぎりとあざやかな緑色の森が生い茂り、ひろがっていました。扉をあけたとたん、今まで間近にみたこともないようなシダ類の濃い匂い、太陽に絶えず熱せられながら育ってゆく樹木独特の、熟れた果実のようなほのぐらい湿度がどっとサカモトさんの顔にかぶさってきました。それは同じ夏といっても、日本の暑さとはくらべものにならない強烈な原色の暑さのカタマリでした。
 サカモトさんは腰がぬけそうでした。すこし離れた谷あいの棕櫚のような木に、おおきな暗緑色のアナコンダがぐるぐるとまきついていて、そのアナコンダの首に、寝間着姿のマキさんが、ちょこんと腰掛けているではありませんか。アナコンダの頭は、マキさんのおしりを支える椅子みたいにひらべったく、朱色の舌をちろちろとひらめかせていました。
「マキさん、たべられちゃう!」
 とサカモトさんは叫びたかったのですが、声もでませんでした。マキさんは、片手で棕櫚の幹につかまり、自力で上半身をしっかり支え、安定した座位を保っています。大蛇の頭に乗っかっていて、両足は宙に浮いているというのに、ちっとも怖がっている様子はなく、うれしそうにわらっているのでした。マキさんは、痩せて青白い両足を、ちいさいこどもみたいにぶらんぶらんと交互に揺すって、なにか歌をうたっているようなのです。たくさんのこどもの話し声と聞こえたのは、どうやら、そのマキさんの歌声なのでした。九十歳近いマキさんの喉から熱帯の森に歌いだされる声はかろやかに弾んで、無邪気で、それはたしかに、マキさんひとりの声ではなく、たくさんのこどもたちの声が入り混じっているのです。マキさんの喉を通じて、何人、何十人ものちいさい子供たちが、たくさんの小鳥のようにさえずりうたっているのです。
 マキさんの肩さきには、金いろの蝶々が舞っていました。あれ? 蝶々は、よく見ると、純子さんでした。純子さんの背中に金いろの羽が生えていて、ちょうどマキさんがアナコンダの頭に坐っているのとそっくり同じ姿勢で、蝶々の純子さんは、マキさんの肩にとまり、マキさんと同じように、ほそながい両足をぶらぶらさせながら、マキさんと声をそろえてうたっていました。
 熱帯の太陽はものすごく強烈なので、樹々の木蔭は、太陽のまばゆさのために、深く暗い穴が森のなかにひろがっているようでした。
まぶしさと暗さ、むせるような水の匂い、金いろの蝶々純子さんは、ふいにサカモトさんに気がつくと、マキさんの肩からとびあがってこっちに飛んできました。サカモトさんの眼の前で、蝶々はくるりととんぼがえりをうつと、次の瞬間人間の女の子の大きさに戻り、
でも、その背中には、半透明な蝶々のつばさがゆらゆらと残っています。
「歌いましょうよ」
 純子さんは、なめらかな日本語でサカモトさんに言いました。サカモトさんの手をひっぱって、純子さんは森へ誘いました。こわい、としり込みする余裕もあらばこそ、サカモトさんは、ふわふわと純子さんといっしょに空を横切り、樹々のざわめきと小鳥のさえずり、いろんな生き物の気配が、混沌とうずまくような深い森の奥へ招かれてゆきました。
 アナコンダの頭にはマキさんが坐っていたので、アナコンダは、サカモトさんのためにしっぽを提供してくれました。しっぽといっても、太い木の幹くらいあり、サカモトさんがまたがるのに十分でした。大蛇のしっぽにまたがるなんて、正気の沙汰ではありませんが、ここまで来ると、なりゆきまかせの好奇心で、サカモトさんは、怖さも消し飛んでしまいました。
 マキさんは、サカモトさんに、おっとりと
「日ごろ、お世話になっておりまして」
 と丁寧にあいさつし、
「純子ちゃんがブラジルに連れてきてくれましたので、こうして命の洗濯をしております。
あなたもよろしかったら、ごいっしょにいかがでございますか」
 と言いました。
 たくさんの、たくさんの小鳥たちの虫たちの合唱が、マキさんの喉から湧きおこりました。こどもたちの声、数知れぬ森にひそむ生き物の声が、マキさんの全身を揺すってあふれ、ざわめいて空にうねり昇るようでした。純子さんは、いつのまにか、蝶々の大きさにちいさくなって、マキさんの顔のまわりをとびまわっています。
サカモトさんも、いつのまにか、そんなマキさんといっしょに、声をはりあげて、歌い始めました……。サカモトさんの耳に、マキさんのおだやかなつぶやきが聞こえました。
「長生きはするものでございますねえ。なにもかもうとましくなって、はやく主人に迎えに来てくれるように、毎晩泣いておりましたのに、こんな幸せなめぐりあわせも、世の中にはあるんですねえ……」
 というところで、仮眠ベッドの枕元に置いた時計のアラームが鳴って、サカモトさんは目を覚ましました。
 時刻は四時。夜明けの見回りです。眼が覚めても、サカモトさんの胸は高鳴り、太陽と緑のエネルギー吹き上がるジャングルで、大声でうたった快さが手足のすみずみまで、じんじんとのこっていました。こんなダイナミックな夢を見たのは、サカモトさんは生まれて初めてかもしれません。こんな夢なら何度でも……ずうっと見ていたいなあ、とサカモトさんは、ついさっきまでアナコンダのしっぽにまたがって、遠い熱帯の森を眺めたことを、まるでほんとうにあった情景のように思い出しました。

 八月はあっというまに過ぎてゆきました。今年の夏も猛暑でしたが、純子さんは炎天下を、楽しそうにやってきて、一日の何時間かは必ず、マキさんといっしょに過ごしていました。
「いい曾孫さんよねえ」
「あんな子なら、あたしも欲しいわ」
 と誰もがうらやましがりました。純子さんは高齢者のなかにいて、退屈もせず、唄をうたったり、体操をしたり、言葉はあいかわらずイミフメイでしたが、数週間のうちに、ジェスチュアや声音、表情で、職員との気心も通じ合うようになっていました。
純子さんの訪問のおかげで、マキさんは歩けるほどにはならないものの、食欲は増し、栄養がゆきわたって、めきめきと元気になりました。
 真夏のあぶら照りの峠を超え、お盆が過ぎて、九月も近づこうというころ、はやくも台風が季節の変わり目を告げ始めました。
 純子さんは、ある日、すこし沈んだ顔で「やすらぎ」を訪れました。東シナ海で、台風何号かが発生し、日本の近海は大時化となり、遠くはなれた内陸の空をゆく雲も足早に走り、照りつける残暑の陽射しもどこやら黒ずんでいます。明日の晩か、明々後日には、もしかしたら台風が本州に接近、上陸するかもしれない、などとニュースもちらほら聞こえてきます。
 午後遅くになって「やすらぎ」のエントランスに入ってきた純子さんの髪は、時折前触れなく吹きつのる大風にもつれて、すこしぼうぼうしていました。着ているTシャツは汗でぐっしょり濡れて、素のままの背中にはりつき、きゃしゃなおさない肩甲骨が、うすい木綿生地をすかして、いたいたしいほどくっきりと浮き上がって見えます。
「あら、純ちゃん、今日は遅かったのね。マキさんのお昼は終わっちゃったのよ」
 職員は純子さんに話しかけました。すると純子さんは、にっと白い歯を見せて笑顔をつくりましたが、なんだかその表情はこわばっていて、泣き顔のようでもありました。
「帽子をなくしてしまったの。風で飛んでいっちゃった」
「あら、かわいそう」
 純子さんは、ウン、とうなずいてそのままずんずんマキさんの居室に向かいました。あれ? と職員は首をかしげました。純ちゃんは日本語で喋らなかった?帽子をなくしたって?
 でも深く考えるひまもなく、ちょうどポケットの呼び出しコールが鳴り、職員は、あたふたと、コールサインの明滅する入居者さんの居室に、走ってゆきました。
 その日の夕方、純子さんがいつマキさんの部屋から出て行ったのか、誰もしりませんでした。予報に急かされて、施設では、嵐を迎える準備をはじめ、庭先の植木鉢やアウトドア専用の椅子、テーブルなどを安全な場所に移す作業や補強仕事が増えて、そうでなくてもケアでいそがしい現場は、てんてこまいになってしまったからでした。
 晩ごはんの前、職員がマキさんの居室にゆくと、電灯もつけないうすぐらい室内で、マキさんは車椅子に座って、窓の外をぼんやりとながめていました。
 公園の欅の大木が、大風にゆさゆさと揺れ、
時折ふいに、ごおっと音をたてて強くなる風に、樹々の葉が、まるでひっ詰められた髪の毛筋のようにいっせいに同じ方向へ吹き靡きます。西の空には、真っ赤な夕焼けと黒々とした厚い雲とがくっきりと空を彩り、飛ぶような速さで千切れ雲たちが走ってゆく様子は、なんだか得体の知れない胸騒ぎのような光景でした。
「マキさん、純ちゃんは帰ったんですね?」 
 職員が何気なく尋ねると、マキさんは静かにうなずいて、
「そうなんですよ。しばらくは、あの子はここに来られないと、お別れを言いに来てくれたのよ」
 え? と職員はびっくりしました。マキさんの理路のとおった言葉を聞いたのは、ほんとうにひさしぶりでした。まだら認知症では、よくあることなのなのですが、混乱とクリアな状態とが混在していて、はたからは、そのさかいめがつかみにくいものなのですが、もう長いこと、マキさんとの言葉での対話は、できなかったはずなのです。
「怪我をしてしまったんですって。だから、よくなるまで来られないそうです。」
「それじゃ、治ったらまた純ちゃんは着てくれますね」
 驚きを隠して、職員はさりげなく会話を続けようとしました。
「ハイ、彼岸花が咲いてね、真夏の暑さがもういっぺん戻るころ、その彼岸花をなくした片腕のかわりにして、いっしょにブラジルに帰りましょうって、言ってました」
「?」
 マキさんは、すこしかなしげに眉を八の字に寄せ、それっきり、また押し黙ってしまいました。
 次の日、そのまた次の日にかけて嵐は「やすらぎ」の上空をゆっくりとわたってゆきました。
 八月もおしまいの数日で、台風は日本の真夏を幾分かわしづかみにちぎり、能登半島から日本海へと大股に歩み去りました。大風が行ってしまったあとの青空は、台風が湿度のよどみをむしりとった分だけ、すこし高く、透明になりました。
 残暑がぶりかえし、濃い夏空に、すこし元気のない入道雲が、またもりあがり、西風が吹いて、季節は移ってゆくのでした。
 純子さんは、マキさんの言ったとおり、それっきり「やすらぎ」に現れません。でも、嵐の前日にマキさんのクリアな台詞を聞いたのは、その職員ただひとりでしたし、最後の「彼岸花うんぬん」は、マキさんの混迷のヒトリゴトのように聞こえました。
「さびしくなっちゃったねえ。純ちゃんはどうしたのかしら」
「学校も始まったでしょう」
「外国に帰ったのかもね」
「ご家族はついにいらっしゃらなかったわねえ」
「何処に住んでいたのかしら」
 住所くらい確認しておけばよかった、施設長は後悔しましたが、あとのまつりでした
といっても、「やすらぎ」にはべつだん何の被害もなく、ただマキさんの容態は、ふたたび悪くなり、以前と同じように食欲もなくなってしまいました。
 どんよりとした残暑は、真夏の熱気よりも衰弱した高齢者にはつらいものです。マキさんは水分だけはかろうじて摂取するものの、食事はほとんど見向きもしませんでした。
「これは危ない」
 と誰もが思い始めたのは、九月の半ば近く。
朝になってもマキさんがこんこんと眠り続け、目覚めなかったからでした。
 規則正しい寝息をたて、マキさんは整ったきれいな表情で、眠りから覚めません。時折は、薄目をあけて、ぼんやりとあたりを眺め、またすぐに瞼を閉ざし、すこし口を開けて、ひゅうひゅう、とかすれた呼吸の乱れることもあります。そうこうするうちに体温はしだいに下がってゆきます。かと思うと、残暑きびしい日には、暑気をそのまま肉体に移して、びっくりするほど高温になったりもするのでした。
 日勤、夜勤ともに、職員はマキさんのターミナルを心構えするようになりました。
 マキさんの臨終には、ご家族がいない。それはさびしいことでした。
 また何度か大風が吹いて雨が降り、暑さと秋の涼しい気配とが、ゆるい綱引きをしながら日本列島の彩りを変えてゆきました。
 その晩の夜勤職員は、スガイさんだったそうです。
 スガイさんは、マキさんに、ゼリー飲料をほんの少しあげたあと、マキさんが全身汗びっしょりなので、蒸しタオルで、上半身ぬぐってあげました。もう九月も半ば過ぎというのに、じっとりと蒸し暑く、また台風でも来そうな気配でした。マキさんのケアをいちばん最初にすませたスガイさんは、他の入居者さんの睡眠を確認し、リビングに戻り、それぞれの記録を済ませたあと、ひとつだけ灯しておいた電灯を消して仮眠ベッドに入ろうとしました。
 ……すうっ、とね。闇夜が降りてくるみたいな感じでまっくらになったんですよ。電気を消したとかではなくて。電灯を消しても、非常口や、常夜灯の明かりで、あたりはすこしぼんやりと明るいでしょう。そうじゃなくて、映画館で映画の上映が始まる直前みたいにまっくらになって。なんだか変だ、と思いましたが、停電かもしれないと、じっとしていたんです。でも停電じゃなかった。だって、あたしの眼には、壁をいくつも隔てたお部屋で眠っているマキさんのベッドがはっきり見え始めて…。
 リビングからマキさんの部屋までは、他の入居者さんの部屋があります。それなのに、はきりとマキさんが透けて見えました。
 マキさんは眠っていました。マキさんの顔の上に、大人が両手をひろげたくらいに大きな金いろの蝶々がはばたいていましたが、その蝶々の片羽は、すこし折れてひしゃげていました。そのせいで、蝶々の飛び方は、ぎくしゃくしているようでした。蝶々はマキさんの顔すれすれまで降りてくると、よく光る青い、巻貝のような触覚で、マキさんの顔に触りました。すると、マキさんはぱっちり目をあけて
「純子ちゃん。待っていたよ」
 と言ったんです。その声もはっきり聞こえました。そしたらね、そのあと、ゆっくりマキさんの体が縮んで、輪郭が人間じゃなくなって、……いえ、怖い感じは全然しませんでした。マキさんはもう全身透けるように痩せていらっしゃいましたから、そのからだがもっと透明なガラス玉か、手毬みたいに小さくなって、からだの反対側の痩せて骨の突き出た背中のほうからは、蝶々の羽根が生えてきました。微速度撮影で、植物の芽吹きや、莟の開花、蛹の変態、そんな映像を見ることありますけれど、あんな感じです。変化する前は、変化したあとの姿を予測することができない全然べつなかたちから、もっと別なかたちへ移り変わってゆく。
マキさんの皺や骨が、どんどんかたちを変えていって、蝶々になってしまうのにあんまり時間はかからなかったと思います。いつのまにか、まっくらな闇の中に、純子さんの蝶々と、マキさんの蝶々が、仲良く跳んでいました。そのほかのいろんな家具や、扉や、壁なんかはぜんぶ消えてしまって、果てしない闇夜にはばたく蝶々だけ。わたしの眼には、金いろの蝶々だけがくっきりとあざやかに見えたんです…。
 蝶々は仲良く旋回していました。ゆっくり、闇夜のまんなかを。蝶々の向こう側に、こっちとは別な夜空がひらけていました。果てしない無数の光りの粒の寄り集まり……空気の澄んだ夏の夜の天の川みたいにきらきらした世界。だから、まっくら闇というわけではなかったんです。こどもの声が聞こえていました。ひとりじゃなく、大勢のこどもたちの声です。はしゃいで、はねまわっているような……たくさんの鈴を降り鳴らす、笑い声みたいな。小鳥のさえずりみたいな……。
そのあとまた突然、すうっと、幕があがるみたいに闇夜は消えた、とスガイさんは言いました。
 常夜灯のあかるさに、有料老人ホーム「やすらぎ」のリビングと廊下、入居者さんの個室の扉、仮眠ベッド、壁、家具調度……きちんと整った異変のないちいさな日常がスガイさんの視界へ戻っていました。
 スガイさんは、急いでまたマキさんの居室にゆきました。マキさんはやすらかに眠っていました。かぼそいものの、まだはっきりと呼吸があり、胸が上下し、静かに眠っています。スガイさんは、どきどきしながらマキさんの安否をたしかめ、仮眠ベッドに横になりました。
 そうして、夜明け前、四時の見回りに、マキさんの部屋を開けると、ベッドはからっぽでした。
 マキさんは消えていました。
 あわてふためいたスガイさんは、別なフロアの夜勤職員に応援を求めました。それからすぐに、施設長に緊急連絡……。警察、消防署、行方不明…徘徊?誘拐?
 マキさんは自力で歩けないはずでした。車椅子もそのまま、ベッドサイドに残っています。「やすらぎ」エントランスの鍵は二重で、しっかり内側からしまっていて、とうてい体の不自由な高齢者に開けることなど不可能でした。
 結局、マキさんは、しばしばある「迷子で行方不明になったまま戻らない認知症高齢者」のひとりになりました。ご家族がいないので、誰が責められることもありません。内鍵がかかっていたので、スガイさんの責任でもありません。
 純子さんはどこの国にいて誰の子? それもわかりません。蝶々や、熱帯樹林、天の川の夢は、それぞれの職員が、胸にしまっておいて、お互い口には出しませんでした。スガイさんの見たものだけは、職務上、施設長と事務長が聞きましたが、条理疑わしく、ありのままにおおやけに残せるものではないので、もっと味気ない、あたりさわりのない記述で記録簿に書き残されました。
 けれども、ワダさんも、サカモトさんも、スガイさんも、自分の見た夢やまぼろしをずっと忘れませんでした。自分では決して思いつかない、あざやかできれいなまぼろしや夢は、なんだか、それまでの人生で思いがけずみつけた宝石のようでした。

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