さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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星月夜 vol2 世界は巨大な彼女の冗談

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 世界は巨大な彼女の冗談

 母は膵臓癌で亡くなった。癌のなかでも、この病は発見しにくく、治療も難しいということで、しぶしぶ受診したときはもう手遅れ、余命半年という医師の宣告どおりに逝った。
 水品紗縒は死が確定しても、このひとらしくすこしも驚かず、頑なに入院を拒み、臨終まで自宅で過ごした。最期は周囲も驚く突然死だったので、結局本人の希望どおり、一日も病院の世話にはならなかったのである。
「助からないとわかっているのだから、抗癌剤なんていらないわ。痛み止めだけでいい」
 芙蓉さんを見ていた母は、薬剤の副作用をいやがった。胃癌の芙蓉さんはそれほど面変わりしなかったが、髪がすっかり抜け落ちて、わたしたちが見舞いに行った夏の終わりから、いっきに薄くなり、それが死の床の芙蓉さんの最大の歎きだった、らしい。母も芙蓉さんもしっとりした見事な黒髪だった。一生芙蓉さんは髪を染めず、パーマをかけることもしなかった。わたしと母が生前最期に会ったとき、彼女の髪は少なくなり始めていたが、それでもつやつやと毛先のそろったきれいな厚髪と見えた。それからわずか一ヵ月半のうちに、髪はごっそり落ちて、哀しんだ芙蓉さんは見目をつくろうためにかつらを使うようになったと聞いて、母はひどく感情を乱した。
「かわいそうに。だいじにしていたのに」
 芙蓉さんが亡くなると知ったときより動揺したように見えた。
 強い化学薬品をほとんど体に入れないで過ごした告知後の半年間、母は姿も生活もそれまでとあまり変えずに過ごした。ひとから勧められて漢方や自然療法なども試みはしたが、助かりたいという意志がまるでないから、どれもこれもちょっと呑んではじきに飽きて、ほったらかしにしていた。
 父と別れたあと、実家に戻った母は定職につかなかった。母の母、わたしの祖母が鹿香(しかご)市内に経営していた代々の呉服屋をしまい、観光客相手にアンティーク&ジュエリーを商い、ショップの二階で自分のデザインした衣装を売っていた。母の着ていたものは、ほとんど自作だ。蔵いっぱいに残る明治末期から昭和にかけての極彩色の和服、ほんものの泥染め大島、また日本各地の紬、古裂などを素材に、母は色とりどりの自在な衣装を縫い上げて、店に並べていた。母自身にはとてもよく似合ったが、ふつうの暮らし方をしている女性には、なかなか着こなすのは難しい衣装だった。
 健康なときも店の接客はおおむね雇い人任せで、だんだん体の具合が悪くなってくると、ほとんど自宅で過ごしていた。寝たきりにはならず、朝起きて、身じまいを調え、こまごまと事後の整理をする。歌を詠むのは母にとって日常茶飯で、家事のあいまに珈琲ブレイクするのと同じくらいのかるさで、思いついたときに、すらすらと歌っていた。
 今年は桜の開花が去年よりも早かったと思う。母が末期癌を告げられたのは鹿香市内の私立病院で、八幡宮の参道に通じる桜並木沿いにあった。わたしもその日は何かの都合で、母の店に顔を出していた。きっと数人いる店番の女性たちが揃って都合がつかず、狩りだされたのだろう。夫が亡くなったあと、自宅の古民家をそのまま残した呉服屋を開いたのは祖母だ。
八幡宮の周りには、由緒ありげな古い家が、厚い生垣や高い石塀をめぐらし、観光客相手の商店にまぎれて、今でも何軒か残っている。祖母の開いた呉服屋の隣には、戦前一世を風靡したオペラの歌姫の家があり、ある政治家の愛人だったそのひとは祖母のお得意だった。子供を残さずに亡くなった歌姫の家は、無人のまま、今は遠縁のひとが管理して残っている。歌姫の記念館にしたいが、彼女を庇護した政治家について表沙汰にできない事情で、宙吊り状態ということだった。館には、簡素なお茶室があり、四季それぞれにお茶会が催されている。お師匠さんたちも、祖母の店を覗いてくれたようだ。祖母の商いは主に高価な大島、また結城の紬で、お茶会に紬など着ないから、そのひとたちが顧客になることはなかったが、今も続く茶会の客たちは、母の並べるアンティークアクセサリーや、和布を綴り縫ったワンピースなどは結構買ってくれる。さざんかの生垣に隠れた洋館の庭には、大きな染井吉野が枝をひろげ、またうちの店の入り口にも両脇に二本、これは山桜が植えられている。ここを建てた祖父は染井吉野を好まなかったから。
例年、山桜は染井吉野よりも遅れて咲く。歌姫の家の染井吉野が咲くと、わたしたちの庭までゆったりと満開の花霞が届いて空を覆った。その時期に、母は自分の店の雇い人と、知人を招いてお花見をする習慣だった。自分の家の木ではないが、生垣を越えてたっぷりと爛漫が堪能できる。わたしは病院に行っている母の留守番をしながら、店の軒先で歌姫の館の、五分咲き、七分咲きになった桜を眺め、ことしの花見酒は何がいいかなどと考えていた記憶がある。あまりいける口ではないが、母は日本酒を好み、ことに京都の酒をいつも選んだ。
 帰宅予定の時刻より、母は早く戻ってきた。
「どうしようかな」
 開口一番、母の言葉だった。私は店の軒に座ったまま、隣家の母と桜をかわるがわる眺め、花見酒を迷っているのかと勘違いした。病院に行く前に、わたしと母との間でそのような会話がかわされていたからだ。
「紗々雪にするか、珠の光にするか?」
 どちらも母のお気に入りだ。というよりもあちらが母のファンなのだった。母の歌と絵、いやもっと率直に言うなら、水品紗縒に惚れている酒造の当主は、紗の一字を冠した酒を醸した。紗々雪とは、彼女の本質をよく言い当てている。七十代の彼は物腰の穏やかな、感じのよいひとだ。家督は息子に譲っているし、奥様もだいぶ前に亡くしているから、新作の酒のラベルを変える程度の遊びは平気なのだろう。紗々雪はからくちだが、東北や関東の酒にくらべると、やはり京ふうに舌触りがやわらかく、はんなりとしている。
「そうじゃなくて、わたしね、もう」
 と言いかけた母は、頭上にせり出した隣家の染井吉野を見やって、
「あら、詩杖ちゃんと夏夜ちゃんがいる」
 こちらに突き出ている黒々と太い桜の腕に、先年相次いで亡くなった姉妹がいるという。
「どこに?」
 わたしは母の視線を追った。淡々とほころび初めた綿菓子のような花の塊が、ふわりふわりとあちらこちらにまとまって咲いている。満開にはまだ間があるから、花の群れと群れの間の空間がひろい。そのひとつを母は指さし、
「あそこに二人で座っている。足をぶらぶらさせて、ちいさい子供みたいに。ほんとに小さいわねえ。ティンカーベルサイズだわ」
 ディズニーのステレオタイプにグラマーな妖精と、ほっそりした従妹たちのイメージはかなり差がある。だいいちわたしには何も見えなかった。
「お母さん、わたしには見えない」
「そう。じゃあ、やっぱりお医者の言ったとおりわたしあの世が近いのね」
「何、お母さん」
 わたしは驚いた。母が病院へ行ったのは、風邪か何かと思っていたからだ。そのころ母はふだんよりいくらか蒼い顔をしていたが、ことさら重ねて痛い苦しいと訴えることはなかった。いつもよりぼんやりしている時間が長くなり、朝の起床時刻がまちまちになっている、という程度しか、わたしには異常がわからなかった。
「何の病気で病院に行ったのよ」
 我ながら間抜けな質問だった。だがそう尋ねるしかない。母はわたしに何も言わなかったから。
「ちょっと体調が変なので診察してもらっていたのだけれど、検査結果が出て」
 それでは今まで通院していたの? ちっとも知らなかった。ひとこと教えてくれていたら。
「それで、結果は?」
「余命半年くらい」
 母はしらしらと言った。このクールなリアクションは何? 余命半年? お母さん、お願いだからもっと動揺、せめて切実な情感をこめて娘には対応してよ。
「いったい何で」
「末期の膵臓癌。自覚も少ないし、治療もむつかしいらしい」
 母は桜の枝に…従妹たちが小鳥のようにとまっているらしい花の空間に向かって手を振り、にこっと微笑んだ。もうじきあなたたちの仲間入りね。
「そんなのんきな、入院は? 治療は?」
「しませんよそんなもの」
 ばっさりと一刀両断だ。
「助からないとわかっているのに、医者を儲けさせることはないじゃありませんか。まあ痛いのはいやだから鎮痛剤だけもらって、好きなことして過ごすわ。未練もないわねえ。あなたが二十八にもなって独身なのが心配だけど、わたしの娘なんだから、どうにか生きていくでしょ。そうだ、死ぬまでに最終歌集をまとめよう。編集さんに連絡しなくちゃ」
 母は桜の枝に片手をさしのべ、おいでおいでをした。
「お知らせに来てくれたの? ふうちゃんはどうしたの?」
 眼をこすったが、母の手の先に従妹の姿はわたしには見えなかった。
「医者の診断なんかあてにはならないけれど、あなたたちがこうして来てくれたってことは、やっぱり死ぬのねわたし。そういえば杏澄野病院で、ふうちゃんも詩杖も、わたしのドッペルゲンガー見たって言ってたものね」
 生前の芙蓉さんとの最期の面会になった三年前の晩夏、母のドッペルゲンガーを見たのは芙蓉さんと詩杖だった。その直後に芙蓉さんは亡くなり、翌年詩杖も死んだ。叔母はともかく詩杖は自死だったが、あの夏、それから晩秋の芙蓉さんのお葬式のときの詩杖からは、自死を思い詰める暗さは全然感じられなかった。
芙蓉さんのあと、詩杖の突然の死を知らされたわたしは、ドッペルを目撃した二人がそろって次々と逝ったので、あの現象はそちらの予兆なのではないか、と思った。詩杖がなぜ死を選んだのか、彼女の葬儀のあとで、母からその理由を聞かされたとき、驚くよりも納得してしまった。性にまつわるアクシデント。詩杖の性格ならありうる。純粋すぎる死因だけれど、夏夜と詩杖の姉妹なら。
相手が誰なのか母ははっきりと言わなかった。彼女の表情から、それを探ろうと思えばできそうだったが、そんな憶測はごめんだ。誰だっていい、そんなことは問題じゃない。口惜しいのは詩杖だけが死んで、相手はのうのうと生きていることだ。詩杖が好きだったわたしは、詩杖の父親の詩郎さんの放任をうらんだ。しかし彼にしても、もう成人した娘の微妙な秘密に触れるなんてできなかったろう。女房とうまくいかないから幼い娘ふたりを実家に預けなければならなかったのは、詩郎さんだけの責任ではない。
幼い姉妹が育てられた伊那の寺には思春期後半の詩郎さんの末弟がいた。詩郎おじさんは長男で、下には妹がひとり、その次に兄の代りに寺の跡継ぎになった筧(かけい)さん。筧さんは詩郎さんが後継放棄したあと、養子縁組で入ったひとだった。僧侶であっても、妻帯が禁じられているわけではないのに、勧められても筧さんは娶らず、生涯不犯のはずだったが。詩杖の葬儀を行ったのは、伊那の実家で、筧さんが死者の導師だった。
憶測はいやだが、こんなことは何となくわかってしまう。筧さんは詩郎さんの実の弟ではないから、血縁上は相姦の罪には問われない。だが詩杖をだいじにするなら、寺を捨てなければならない。そういうことだ。だからって詩杖が死ぬことはないではないか? こんなのは失恋でも不倫でもない、詩杖ちゃんのばか、とわたしは従妹をののしった。隠しておけば、やがて時間が落葉のように降り積もる。落葉の色が当座心にいたい深紅であっても、時間経過の効用はてきめんで、どんな鮮烈もひっそりと彩りをうしない、やがて朽ち葉に褪せてゆくのだ。筧さんは涙ひとつこぼさず、今も伊那谷で幼稚園を経営しながら檀家の葬式に飛びまわっている。
こどものない筧さんの次は誰が寺に入るのか、どうやら詩郎さんの息子の緋郎が継ぐと決められている。この子は幼い頃からピアノがうまく、めでたく神童まっしぐらと思われたが、どこかでぐれて、芙蓉さんが亡くなるころは遅めの反抗期真っ只中、両親の手におえなくなりかけていた。母親の死後、父親はこの末っ子を東京に上げ、東朱雀の全寮制学園に入学させた。
「ねえ、また歌ができたわ」
 桜の枝の下で、母はわたしを振り返った。片手を頭上にさしのべたままだ。その手に詩杖か夏夜がとまっているのだろうか?
 母ははしゃいでいるように見えた。もしかしたら死の告知という衝撃のあまり、突発的な躁状態になったのかもしれない。
「桜よりさえずり伝ふ逝きし子の手足の白さ我もいただく、どう」
「お母さんさえよければわたしはどうでも。そんな歌の感想なんて言えない、こんなときに。お母さん平気なの?」
 わたしはもしかしたら涙ぐんでいたかもしれない。
「平気じゃないわよ。ショックですよ」
「とてもそうは見えないわ」
 母はわたしの顔をしげしげ眺めた。優しい表情だった。
「じゃあ、こう言われたとしたらどうでしょう。水品さん、あなた九十九歳で老衰死します、臨終までの健康寿命の保証はできませんが、先進医療と懇切丁寧な介護のおかげで、ともかく大往生です、おめでとう」
 母は白い歯並びを見せて、自分自身の台詞を笑った。
「わたしはあんまりうれしくないわね。きりのいいところで、この世のしめくくりをつけられるほうがいいわ。ふうちゃんはまだ若すぎたけれど、わたしはもういいの。ただあなたが心配なだけよ。紫の上だって、五十前で亡くなったのよ。あのひともやっぱり心残りはないんだって、言っていたわねえ」
「冗談よして。紫の上って?」
「源氏の奥さん。正妻ではないけれどいちばん愛されたひとかしら。平安時代の四十歳は、いまどきなら還暦ね。四十歳で若菜の祝いをしたから」
 母は途中から自分自身を納得させようとするかのように説明口調になった。
「じゃあ、お母さん、紫の上の真似をするなら六十後半までは生きてくれなくちゃ。ちゃんと治療して、手術して」
 母は笑顔をおさめて黙った。わたしの眼を覗き込んで、
「だから、時間の猶予は半年なんだってば」
 母は言わなかったが、鈍い子ね、とわたしは心臓にまっすぐ釘を刺されたような気がした。もう一首できた、と母はつぶやき、
「彼岸よりほころび告ぐる爛漫は喪の前にして世界を覆ふ、傑作です。我ながら」
「冗談でしょう」
「歌? それとも傑作っていう自己賞賛?」
「お母さんの世界に、わたしは存在していないのね」
思い切って母親をなじったが、アイスドールはするりと矛先をかわした。
「あなたはまだ生きているし、これからの人生が長いんだから、わたしの世界に入る必要はないの」
 母は肩先に垂れかかる髪を片手ではらりとかきあげた。うら若い女性の仕草。花曇で影のない光線の中、母の顔からは年齢のつくる陰影が消え、なめらかに整っていた。この表情を、わたしではない誰かに見せたい、と奇妙なことを考えてしまった。お母さんの世界って? お母さんの世界は水品紗縒の世界で、もともと娘の入り込む余地はない。余命の長短とはぜんぜん別だ。娘はいないけれど、このひとは自分の世界でたくさん恋歌を歌った。そうだ、お母さん、恋人いないのかな、京都の社長だけじゃなく、こちらに誰もいなかったの? わたしの知らない誰かがいて、もう余命半年というなら、そのひとといっしょに暮らしたらどうかしら。
わたしと母はずっと一緒に住んでいたが、今さらながら、改めて母親の私生活を知らないことに驚いた。母は交友関係はひろくないが、歌や仕事を通じてそれなりに知人の輪があり、容姿もきれいだから、応分になまめいた交際もあったはずだ。しかし彼女は見事に娘の前に自分の乱れを見せなかった。浮いた噂は娘の耳には届かない。たしか、まじめな再婚話もいくつかあったと思う。望まれても二度は嫁がなかったのは父親との生活に失敗した記憶が痛かったのか。いや、わたしが知らないだけで、今の母に恋人がいないこともないだろう。どれもこれもわたしの咄嗟の仮定に過ぎないが、このとき、顔も知らない自分の父親のことは寸毫も頭にのぼらなかった。
 母は桜の枝の下を離れ、店の中に入った。わたしはそのうしろ姿を眺め、それから開きかけた桜のつぼみが淡いピンクの綿菓子をこしらえている枝を見上げた。詩杖と夏夜が来ているならわたしにも姿を見せてほしい。湿度を含んで黒々した太い枝には、姉妹の姿はやはりなくて、ほのかな花の空間に、目白が二羽留まっていた。この鳥たちがそうだろうか。小鳥はわたしの視線が来ると、おのおのかるく羽を上下させ、小首をかしげてこちらに合図するように思えた。そうか、彼女たちの魂は神話どおり鳥になったのか、それともいっとき鳥の姿を借りてこっちに来たのかしら。この鳥が実体かどうか、幻覚か幽霊か、わたしには確かめることができない。近くに寄って息を吹きかけ、暖め触ることができないのだから、幻想だろうと実体だろうと、目に見える耳に聴こえる、という現象だけなら世界のおおかたは虚構夢想といってさしつかえない。あ、また絵が描ける。へんぺいな爛漫の桜空間のなかで、ぽつん、ぽつんと飛びまわっている小鳥と、ふたりの女。わたしと母親。キリコふうにデフォルメされた空間恐怖の魔力が構図と色彩で表現できたら成功。
母と息子、父と娘の相姦は普遍的な心理原型だから、神話から始まって芸術にも文学にも使い古された魅力的な素材だけど、ガラスの壁ごしに互いを眺めて傷つけあわない相似形の母娘、というのは、やっぱりデルボー。あの絵の女たちはみんなおんなじ顔をしているもの。連鎖する遺伝子。なまなましい感情を拒み、この世とあの世のさかいめで理も非もなくただ増殖してゆくナルシシズム。そこに男の入る余地がない。デルボーは男だが、自作のなかに侵入して母親原型の画像にしがみつくことはしなかった。絵の外側から距離をおいてひんやりと眺めていたのよ。虚構の中でもじかに女に触れることを避けたデルボーは、やっぱり変人だ。母も変人だ。どうにかしろ、母の恋人くん。君が哀訴すれば母は生き延びたいって思ってくれるかも、いや、そんなことはない。…ぜったいに。
「透姫ちゃん、夕刊とってきて」
 店の中から母の声が聞こえた。夕刊という家常茶飯の単語がわたしの芸術妄想に水を浴びせた。わたしの反応もへんだ。母の死を予告されたのに、お茶の間ドラマのような健康な悲しみなどまるで感じない。歌人紗縒の水色オーラに洗われて、生も死もさながらまほろば予定調和みたいな気がしてきた。死んでも母は何も変わらないのではないか。
 郵便受けは、祖父の植えた山桜の幹にくくりつけてある。母とわたしの揃って好きなほっくりしたうぐいす色の木箱。三角屋根の壁に大きめの丸い穴のあいた郵便受けは、鳥の巣箱のようにも見える。夕刊のほかに何通かの手紙。ダイレクトメールと、葉書、封筒。DMは緋郎からだ。ふうん、鹿香のジャズクラブでライブをやるのか。わたしにはメールだけだが、水品紗縒にはINVITATION。
 店に戻り、夕刊と郵便物を母に渡すと、ショーケースの中の簪類の手入れを始めていた母は手をとめ、郵便物より先に夕刊をひろげて裏表さっと眺めた。
「何かおもしろい記事ある?」
「これね、あたしへのメッセージがいっぱい籠められているのよ」
「メッセージ?」
「ええ。たとえば、これ」
 と母は一面トップの見出し活字「河津桜満開」を指差し、
「神様があたしによこす啓示なのよね」
 何を言い出すのか、とわたしは呆れて母を眺めた。店内は和紙のぼんぼりの間接照明で、外光よりずっとほのぐらい。店で扱う衣装や装飾品の色艶を損なわない程度に、明かりの光度を調節している。蛍光灯では色彩は白けてしまうし、白熱電球は鮮やか過ぎて、ことに織物は手にとったときに襞のつくる影が陰惨に見えた。
「神様?」
 母はカトリック信者で、天主が新聞を通じて彼女に啓示をくれる? お母さんいよいよあぶない、癌といっしょにこれは何の妄想ですか。母は珊瑚の珠簪をていねいに拭きながら、板の間に置いた新聞を見つめて言う。
「神様、というのはかりそめの言い方なんだけれどね。こういう記事のならびのなかで、ふいにあたしの心に入ってくる単語や文章があるの。新聞なんて、まあざっと眺め流して、たいていはすぐに忘れてしまう。記憶にとどめてはおかないものでしょう。ところがね、そう、考えてみたら、膵臓癌があたしの体内ではびこり始めたころかしら、朝刊や夕刊、いえ世間ふつうの雑誌でも、テレビのニュースでも何でもいいんだけれど、何の脈絡もなく、あたしの感情に食い込んで印象を刻み付ける言葉の混雑が始まった」
 ラッシュですよ、ほんとに、横須賀線とか山手線とかの,朝晩通勤ラッシュみたいに、あたしをぎゅうぎゅう押してくるの。一方的にね。母は夕刊紙面から顔をあげ、埃を拭き取った鍛金の簪をぼんぼり明かりに透かして見た。
「これは江戸時代のものね。あたしが死んだらどうなるかしら。おまえ、この店を継いでくれる?」
「それはかまわないけれど、お母さん、その夕刊のどこに神様のメッセージがあるの?」
「そうね、たとえば今日はこれ。トップの桜の満開写真。これがあたしへの神様からの応援メッセージ。そう見えるの」
 母は濃いピンクいろの桜が河岸の両端にふんわりと雲を重ねている一面を指で押した。虚空からひらりと舞い落ちた桜のはなびらを新聞紙に嵌めこむように、ひとさし指をまっすぐ伸ばし、くいっと写真に押し付けた。
「ただの報道写真よ」
 わたしはあっけにとられた。
「それともお母さん、この写真を撮った新聞記者と友達なの?」
「まさか、ということもないけれど、この新聞社に直接の知り合いはいないわ」
「じゃあ、どうしてこの写真がお母さん個人へのメッセージなわけ?」
「そうねえ、たぶん、きっと桜の満開が濃いピンクで、水のほとりで、全体にふんわりと夢みたいにきれいだから、でしょ」
「おそるべき主観。主観を通り越して」
 その次の単語を口にしかねてわたしが絶句するのに、母はあっさり
「妄想?」
 悪戯っぽく笑った。血の気のすくない白い頬に無邪気なえくぼが浮いた。
「他人にはそう見える」
「なのよね。わたしも自分の神経がどうかしているんじゃないかと、何度も思ったわ。じっさいこれでは統合失調症だもの。幻聴、幻覚、新聞記事が自分の生活の機微万端に触れて見出しや画像で追っかけてくる、なんて」
「お母さん…」
 心療内科に行こう、と喉まで出かかった台詞をわたしはがまんした。病識があるんだから病人じゃない。
「ねえ、透姫子、今にならわかるのだけれど、この何年か、わたしもよほど苦しかったのだと思ったわ、今日癌という診断を受けてね。だって世界中のひとのための、おおやけの記事が、わたしひとりをターゲットにして編集されてると感じるなんて」
「うん」
 わたしは母の端正な横顔を見つめた。表情には歪みも軋みもない、みずみずしいきれいな顔だ。でも、そういえば痩せて眼の回りが蒼くへこんでいる。痩せ衰えた芙蓉さんの顔に似てきた。お母さんもあんなふうになるんだろうか。顔の下のまっしろな頭蓋骨が皮膚に透けて映りそうだった芙蓉さん。
娘のわたしの胸に、ふつふつと自責の念がこみあげる。ここ数年? 苦しかったって?
母の内部で膵臓癌が宿主を食い荒らすのに必要な時間はいったいどれくらいだろう。癌が肉体を蝕むのと一緒に、彼女の精神は自我肥大の妄想に憑依されたのか。にしてもわたしはまったく気がつかなかった。
「それにね、この映画のあれとこれと、それから」
 それからそれから……。
 母の顔がゆっくりと自嘲に苦く曇った。
「映画広告のタイトルまでが、自分に話しかけているような気がした、していた」
「今は?」
「死ぬとわかった瞬間から夢は醒めたわ」
「映画はハリウッドよ」
「そう、フランスもイタリアもあったわね。どこの国のどんな作品でも同じなのよ。ニュースも音楽も。ぜんぶ自分の、たいして大きくもない自己認識の壁面にぴたりと貼りついて、自己愛の鏡になっていたのでしょ」
「世界がお母さんひとりのために?」
「そこまでは言いません。しいて言えば、見ず知らずの誰かがわたしを熱愛していて、スーパーマンのようなその絶対者が、神様の姿を装ってわたしの私生活、精神世界を覗きこみ、色とりどりの幻影をくれた、ということかしら」
「……それ、前衛劇になりそう」
「前衛にかぎらない。リアルな人生ドラマでしょう」
 どこがリアルなの? ああそうか、妄想も精神分裂、いえ統合失調も、それほどまれな精神病ではない、という意味ならドラマだ。だけど母の雰囲気は、自嘲で苦くなっていても肌触り良くさらさらしていて、ちっとも悲劇のヒロインぽくない。余命告知に数年来の精神障害。精神科医の診療を受けたわけではなけれど、新聞見出しや広告の惹句が自分ひとりへのラブレターなんて、あまりにも症例どおりではないか。
私の母校の美大にも在学中に発病した天才肌の少年少女たちがいた。彼女たちは、むしろ自分が異常である、ということを嬉々として受け入れ、精神病院に入退院を繰り返した。入院中も彼と彼女たちは制作し続け、世界各地のビエンナーレやコンペで受賞し、精神病院組のひとりは、今や売れっ子イラストレーターになっている。ときどき顔を合わせて食事したりする彼女は、半ば以上タレント化した今になっても、リフレッシュのために発症し、閉鎖病棟と仲良しということだ。これはわたしが茶化した形容ではなく、彼女自身があちこちで吹聴しているのだ。精神疾患が独得の勲章になる、というのは芸術稼業の寛大な特典のひとつだ。
けれどもそんなアクセサリーは母につけて欲しくない、似合わない。リアル、という母の解釈をわたしはすげなく否定した。
「ありえない幻想だと思う」
「だから統合失調症じゃないかって不安だったわ」
 それなら同意できる。わたしはこくんとうなずき、そのまま顔をあげずに俯いた。
「わたしにはお母さんの不安がわからなかった、ごめんなさい。お母さんはいつも…」
 いつも、どうだったろう? 冷静? クール? どれも少しずつちがう。母親を適切に評価する言葉を捜しながら、わたしの内部では風が乱れ、ちいさな逆波が立った。お母さんが今年中に死ぬって聞かされたのに、あなたのちぐはぐな反応は何なのよ。自分の良心にこづかれるわたしの表情はきっとたぶんへのへのもへじ。
「お母さん、いつも別世界だから」
 この言葉がいちばん適切だ。褒めもけなしもしない。冷たくもなければ熱くもない。ガラスの薄い風船のなかで、ゆらゆら浮かんでいる水品紗縒。
 あ、と母は古民家の入り口を見やった。
「入ってきたわ、みんな」
 わたしはまた急いで母の視線を追いかけた。
 薄曇りだった空が割れて、今地面には明るい春の陽射しが揺れていた。庭土に反射した三月終わりの光がガラス扉をつらぬいて、こちらへまばゆく射しこんでくる。ちらちら、きらきらと、店内のうすくらがりに慣れた視覚に逆光は眩しく、一瞬眼の中はまっしろな光でいっぱいになった。
 白い光は眼の中ですぐに滲んで暗く溶け、じきに毛細血管の赤いろが瞼に浮き上がり、鼓膜に母の声が聞こえた。
「みんな来てくれたわよ、透姫子。詩杖も夏夜も、ふうちゃんも」
 どこからどこまでが母の幻想なんだろう。出来事だけを追って読むだけなら、ほとんど全部の記事は執筆者の個性を消した客観的なクォリティペーパーが、水品紗縒へのメッセージ、彼女の途方もないナルシシズムの鏡になるなら、今彼女にしか見えない従妹や叔母の幽霊の信憑性もきわめて薄い。しかしもともと幽霊に信憑性など必要ない。信じられないものが出現するから、固定的な世界観がくつがえってファンタジーの虹が昇る。母もわたしも虹を追いかけて詩歌を遊び、絵を描いている。わたしも従妹たちに逢いたい。死に近くならないと見えないのかしら。

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