さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

スポンサーサイト

Posted by 水市夢の on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

星月夜 vol3 紗女(さすけ)集

Posted by 水市夢の on   0 comments   0 trackback

 紗女(さすけ)集

 氷室より炎(ほむら)昇りぬ君遂に母(おも)の乳汁と胎くぐるとき
 母の最終歌集『紗女集』は彼女の死後に上梓された。つい最近わたしの手元に届けられた見開きの巻頭歌に、わたしは眼をみはった。烈しい歌だが、これは恋歌ではなかった。わたしは覚えている。この歌は娘のわたしを歌ったものだと彼女から聞いていたので。
 母を助けてわたしは歌の校正と最終チェックを担当したが、薄紫と紅色があでやかな墨流しに溶け合う和紙いちまいに、母の筆蹟そのままただ一首転写した巻初めの歌を、わたしは知らなかった。知らなかったというのはこの最終歌集に収められたことで、歌じたいは、十三歳のときに、母から贈られたのだ。わたしが初潮で衝撃を受け、呆然と泣いているとき、母はふと歌人の顔になり、
「あなたが生まれたときに歌ったのよ」
と手文庫から短冊を出して見せた。母は祖母に習ってなかなかの達筆だった。祖母にいたっては能筆といえる。母の部屋には祖母が古筆の和泉式部集を臨模した枕屏風が残っている。わたしの誕生祝いにしては華麗すぎる感情がみなぎっている歌だが、少女のわたしにはそこまではわからず、金銀箔の散った短冊に流麗に書かれた歌が、ただうれしかった。
けれども母が、この一首を自分の人生最期の私家集のはなに載せるなど、わたしは予想していなかった。
 水品紗縒は恋歌、おんなうたの歌人として知られた。けれども一度結婚し、すぐに別れ、こどもを育てながら生涯やもめを通した彼女の実人生の恋愛関係は誰も知らない、と言ってよい。ひとつ屋根の下に暮らしていた娘のわたしさえ知らない。
 恋歌おんなうたとは言え、彼女は濃い情感を歌ってはいても、歌の姿が整いすぎ、どこか技巧的抽象的なつめたさが漂った。わたしは歌人ではないけれど、母親の影響で、ある程度いろいろな現代短歌を読み込んでいる。散文詩も書いたりするから、読者鑑賞者としてはかなり眼が肥えていると思っている。
 新年半ばに母の所属していた短歌結社「琰(えん)」の有志で『紗女集』の批評会をしてくれるというので、わたしも母の形見に出席することになっている。香枕市には、母の歌友達のひとりが住んでいて、母が亡くなったあと、こまやかに労わってくれた。母は亡くなるまで自分の病を誰にも知らせず伏せていたので、皆寝耳に水だったはずだ。
 水品紗縒と親交のあった歌人鈴来美於(すずきみお)さんは、母よりひとまわり年下の四十後半の女性で、星月夜岬に近い一軒屋にひとり暮らしをしている。独身ではなく、御主人は関西に単身赴任し、ふたりのこどもたちはそれぞれ地方の大学に入学していた。趣味で陶芸やお茶などを嗜み、鹿香の店にもときどきやってきて母の仕上げる衣装小物を買ってくれた。姿かたちのよい鈴来さんは、サヨリブランドの風変わりなワンピースを上手に着こなし、街を歩く姿で商売の宣伝をしてくれるありがたい顧客だ。
 母親が亡くなってから、わたしの暮らしがそう変わったわけではないが、生まれてからいっぺんも会ったことのなかった父親というひとから葉書が届いたり、ほとんど面識のない母のファンの弔事、メールの整理など、生活の末端で落ち着かなかった。十一月半ばに母が逝ってから、たった一ヶ月しか経っていない。だが、この一ヶ月は半年分くらいの質量があった。 
……息抜きしないとまいっちゃうわよ。
 鈴来さんが電話をくれた。彼女は携帯メールを使わない。パソコンは持っているが、起伏の多い星月夜岬の周りでも、彼女の家は奥まった谷戸にあり、電波がうまくつながらないという。
「そんなに忙しくしているわけではないんですけれど」
……人を送るのは疲れるものよ。絵は描けてる? 『紗女集』に載った透姫子さんの絵、いいわねえ。びっくりしたわ。紗縒さんの雰囲気をちゃんと掴んでいて。
「ありがとうございます」
 『紗女集』は母の生前編まれた最終歌集になるというので、母はいろいろ贅沢をし、写真や挿絵をたくさんページに盛りこんだ。歌人そのひとの絵に加えて、編集者の意向で、娘が描いた母親の肖像も載せることになった。
リアリズムではないが、ガラス鉢のなかでうす蒼い歌を紡いでいる母親の内面はよく表現できたと思う。母もわたしのこの絵を気に入り、額装して自室に飾ってくれていた。
あれやこれや装飾を加えて、歌集は見た目よりも手重りのする密度の濃い一冊になった。歌数は三百一首。切り番から飛び出した巻初めの一首は、この集に収められた母の歌群でも、やはり際だつ極彩色だった。

「ひとの許す恋などよりも風よりも冬の星座はさはやかに乗れ……これ『紗女集』のなかでも好きな歌です。水品さんらしい」
 結衣ヶ浜に近いリストランテで美於さんは言った。
出版社の献呈リストに載っていた彼女は、母の遺歌集をいただいたお礼に夕食をご馳走すると言い、ひさびさにわたしは海沿いに出かけていった。母もわたしも海が好きで、ときおり一緒に星月夜岬周辺を散歩したものだ。そんなとき母は岬の近所の鈴来さんを呼び出し、三人でお茶をいただいたり、あるいはそのまま晩御飯ということも多かった。母は偏屈だが愛想がよく…矛盾した表現ながら、誰に対しても丁寧に距離をつくって交際していたが…美於さんと母の間隔は、何人かの歌人友人の中でも狭かったと思う。
「お母さんらしい、そうですか」
 わたしはミニトマトにフォークをぷつりと突き刺しながら問い返した。美於さんはわたしの知らない母の表情を知っているのかしら、と今まで詮索したことのない疑問が湧いた。このひとは安定した家庭の主婦で、逸脱のない豊かな実りが容姿全体をふっくらと包んでいた。過不足のない中年の肉付きが、頬や顎、手首につやつやしている。口紅は四季を通じて、またその日の服装にも左右されず、いつも鮭紅色を好んでつけていた。
今夜の衣装は、ごくあっさりとしたベージュニットのワンピースだった。七分の袖口と丸襟の縁がオレンジのフェイクファーで飾られ、カシミアは無地だが、小さな青いラメが霧を吹いたようにたくさん散らばっている。靴は膝下までの茶色いロングブーツ。もちろんハイヒール。五センチヒールはすこし細めだが、異性を刺激するほど尖ってはいない平らな底。彼女の足元は堅実だ。パルファムはなし。手入れのよいきれいな首には細いプラチナチェーンに一粒ダイヤのネックレス。彼女からは、おやつのクッキーと温かいカフェオレの気配がする。
生前の母とこの美於さんが並ぶと、どうしても母のほうが若く見えた。美於さんは年齢相応にゆったりと老けて、ゆったりとくつろいでいる。若く見えるのが、必ずしも幸福かどうかわからない、と母は呟いたことがある。順当に年齢を重ねる味わいを、母はついに知らなかった。とりたてて美容に励んでいたわけではなく、彼女の心の姿が否応なしに外見に反映されていたとしか思えない。死後、ドレッサーに残された化粧品の少なさには、二十代のわたしのほうが驚いた。
「美於さんには、母はどんなふうに見えましたか?」
「あこがれた。いつもせいせいとしていて、クールで。歌を詠むのに、水品さん苦労したことがないって、いつかおっしゃったときは、万歳凡才五月晴れのわたしはかなり口惜しかったけど、彼女なら…ごめんなさい、こんな言い方は失礼?」
「いいえ」
 ばんざいぼんさいさつきばれ? ああ盆栽か。美於さんのおっとりした謙遜。だけどここで笑うのはわたしの立場では失礼だ。美於さんの詠草のよしあしはわからない。彼女の人柄がよく現れた現実詠が多い。ときには恋歌めいた言葉が混じるが、そちらへ心はひろげずに、落ち着いた日常の枠でなごませている。ふと芙蓉さんの雰囲気を思い出す。わたしは彼女の謙遜に対してお茶を濁し、曖昧に微笑む。お茶の代りにここではオニオンスープをすする。わざとすこし音をたててすする。予想通り、わたしの擬態など美於さんはまったく気にかけず、
「水品さんならそうでしょうねって感じよ。あんまり深く考えない方だったのに、歌は技巧的だとみなさんおっしゃるわ」
「テクニックで?」
 美於さんはふんわりと内巻にした自分の髪に、ちょっと触り、言葉を選んでから。
「作った恋歌のようには、でも、わたしには感じられないのね」
「……あたし、母親のことあまり知らないんです」
 美於さんにならこんな甘ったれた吐露もできる。美於さんは肉の厚い頬にまるい笑いを浮かべ、
「わたしも自分の娘のことよく知らないわ。透姫ちゃん、母と娘って、あんまり深く知り合ってはいけないものじゃないかしら?」
 ええ、とわたしはまた曖昧にうなずいた。美於さんは重ねて、
「母と娘、だけじゃなくすべての人と人との間には、それぞれ居心地のよい距離が必要なのよね、きっと。透姫ちゃんと紗縒さんの間柄は、わたしからすれば理想的よ」
「そんな」
 思いがけない言葉だ。母とわたしが?
「適度なすきまがあったから、透姫ちゃんは今までずっとお母さんと仲たがいせずに暮らせたんでしょう。居心地悪かったら、とっくに家を出て行くと思う。美大だって都内だったのだから」
「……そう、かもしれない。でもわたし、今美於さんに言われるまで、そんなこと考えたこともなかった。お母さんとわたしは、まるで空気みたいな」
「エアリエル。水品さん、大気の妖精みたいだった。あなたもそんな感じ。重さも温度も負担にならないあなたたち、いいな、って思うわ。うちなんかあっさり出て行ったもの」
 美於さんはくすくす笑った。長女は大阪に、次男は海外に、夫は神戸。
「夫はともかく、こどもたちが遠くへ行きたいと望んだとき、胸に穴が空いたようで、ずいぶん寂しかったわ」
「それが自然でしょう?」
「ええ、でも寂しいと感じる分だけ、わたしは母性でこどもたちを締め付けていたのでは、と感じているの。もとから空いていた心の洞をこどもで埋めて、自分を欺いていた…」

「木枯しに朱の毛糸巻く別れてのちにまた逢へばうつそみを剥く、って僕を詠んだのかと思った」
 銀座風月堂で、わたしは父親と再会した。出版社に託された献本リストには、母の上梓した歌集の中でたぶん唯一、離婚した夫の名が記載されていた。
母はもと夫を自分の生前娘にひきあわせることはなかった。どういうわけか、わたしも父親に会いたいとは、ただのいっぺんも考えたことがなかった。不思議なものだ。小説やテレビドラマ、映画などでは、母ひとりで育てられたこどもは、自分の父親・出生について知りたがる。わたしにはそうしたけなげな感情は皆無だった。母が圧迫していたわけではない。きっと母は、わたしが知りたいと言い出せば、さらりと打ち明け、もしかしたら会わせてくれたかもしれない。なるほど美於さんの客観してくれたように、母とわたしのふたりぐらし(祖母は亡くなるまで鹿香の店の二階に、お手伝いのおばさんと住んでいて、ほとんどわたしたちの生活に入ってはこなかった)は心地よかったのだろう。父性の欠落を自覚しないですむなんて。
愛部仁。まなべじん。これがわたしのお父さんの名前か。いえ、名前くらいは知っていた。ジンさん、と母は時折口に出していた。まるで古い、長年会っていない友人を思い出すように、ジンさんあいかわらずみたいね、などと時折言葉の端に。わたしはなんとなくその名前を記憶していたのだが、また何という理由もなく、母に尋ねることができなかった。そのひと誰、と。
 父からの初めての葉書の書き出しはおずおずとしていた。
 何度か電話したけれど、通じないので葉書にしました。字が下手でごめんね。……。
 家電話は、マンションのリビングにあり、わたしの部屋からは遠い。母が亡くなった後携帯に転送するようにしていたが、メッセージを残さない非通知設定の着信記録だけではアクセスしようがない。字が下手。なるほど、祖母なら一蹴してしまいそうな癖字だが、読みにくくはない、と娘のわたしは小生意気に父親の人格判断を始める。このひとがわたしの半分の作者か、ごめんね、なんてはにかんでくるあたり、初老のおじさんにしては可愛げもありそう。ポストカードはつるつるしたモノクロ写真。アールヌーヴォーの鉄唐草が飾るパリの地下鉄入り口。クレジットはJIN。裏道抜け道の入り口? あなたが?
 愛部仁さんは銀座でギャラリーを経営しているという。久我ビル。わたしも知っている。銀座新橋界隈の蝶々さんたちの洒落た集合住宅として大正末期に建てられ、幸運にも戦災を免れ、今も当時のまま残るアンティークビルだ。ギャラリーや骨董品のちいさなショップが、蝶々たちの住む花畑の花だったちいさな個室それぞれにひしめく。いずれ都の文化財になるという噂も。大学時代の友人の何人かが、ここのギャラリーで個展を開いている。わたしも足を運んだことがあった。
「大きくなったもんだ。当然か、二十七年経ったんだもんな」
 ジンさんは左手の中指と薬指の間に短いフィルターなしの煙草を挟んでいる。火は点けないで、ただ挟んでいる。吸いたいのかしら、わたしに遠慮しているの? 
「どうぞ、遠慮しないで吸ってください」
 お父さん、という言葉が出てこない。ジンさんどうぞ、とわたしは追加の台詞を舌の上で、ココアの生クリームといっしょにころがす。甘い、苦い、お母さん、ジンさんはわたしにすこしやっぱり似ている。お母さんとわたしが似ていなかった顔のパーツのいくつかは、このひとから貰ったものだわ。
 赤茶けたもしゃもしゃ髪。色白で、柔らかい感じの皮膚。冬の陽射しを浴びると、夜遊びの酒場では見えない小皺が顔にいっぱい。不摂生な暮らしかたをしていることが、全身のだるそうな雰囲気からわかる。このひとはそれを隠さない。椅子に深くよりかかり、姿勢を支える背筋の芯が感じられない。煙草を吸うのはいつも左手なのかな。爪は切ってある。手をちゃんと洗うひとらしい。労働者のいかつい手とはちがう。短い指もいっぽんずつさっぱりと乾いてきれいだった。
目鼻口許はよく見るときちんと整っていて、衣服もおしゃれだ。ジャケットはだいぶよれよれだけれど上質なビリドゥエ。わざとぐしゃっとさせてきたのかも。褪せたジーンズ。靴は白と茶色のメッシュのコンビ。なんだかちぐはぐだけれども、このひとの雰囲気でまとまっている。でも不精髭はいただけない。せめて顔くらいきれいに剃ってきてほしかった。自分の娘との初デートなのに。ジンさんは常に笑っているような垂れ眼をしょぼしょぼさせ
「うん、ありがとう。声似てるなあ、紗夜とそっくりだ。顔も母親似だね。僕に似ないでよかった」
 にたっと笑うと、煙草の脂で黄色くなった歯が見えた。なんだかセルジュ・ゲンズブールをひとまわりちいさくしたようなひとだ。女癖わるそう。女たちに好かれそう。わたしは初対面のジンさんと自分の相似性を探し始めている。それではわたしもこのひとが好きになったということか。こういうひとはきっと女なら誰でも好き、という手合いじゃないかと悪がるわたし。彼は小さい金とブルーのカップで、デミタスを舐めている。煙草はただ指に挟んでゆらゆらさせたまま。
「離婚してからも、ときどきは連絡していたんだけど、君には何にも報せなかったろう」
「ええ」
「彼女らしいねえ。俺が銀座でギャラリー始めてから、三年に一度くらいは、俺のところで個展やってくれてた。でも君を連れてきたことなかったんだ。俺も会いたいとは言えなかったよ。だって俺のわがままで別れたんだもんなあ」
 母の展示は観たり観なかったりさまざまだった。わたしに来て欲しいときは、母ははっきりそう言った。そうでないエキジビションは、たいていわたしには知らせなかったから、ジンさんの言うとおりなのだろう。離婚したあと、前夫のギャラリーを利用していたというのは驚いた。なんで母はジンさんと別れたのだろう。いや、それよりジンさんと母はどんな理由で結びついたのかしら。
 あ、とわたしは父親を前にして自分の中からあたらしい驚きを発掘してしまった。
 わたし、お母さんの男性の好みを知らなかった。
「僕らミスマッチだろ」
 ジンさんは薄笑いしながら言った。わたしの顔にひろがった表情をちゃんと読んだらしい。ジンさんの憶測とわたしの驚きのなかみは似て非なるものだろうけれど。
「でもね、似たもの同士でもあったんだ。つまりね、束縛されるのをお互い極度にいやがるタイプ。嫌になったら即座に、誰とでも離れてゆくことができる、っていう」
「お母さんとも?」
「うん。僕も彼女もたぶん嫌いあってはいないと思う。いっしょに暮らしていた二年くらいは、すごく精神的に楽だったよ。君が生まれたあと、僕らの間にちょっと変化が生じて、彼女はやっぱりがまんしなかったな」
 微妙すぎる言い方がくどい。水品紗縒の歌のほうが正直だ。別れたあとも夫の首に赤い毛糸のマフラーを巻いた。

「妹の裸身眺めつ丘ひくく雪積もる白と君はなりぬる、芙蓉への挽歌がこの歌集にたくさんあるんで、僕は紗夜さんに責められている気がした」
 年の瀬近く上京してきた詩郎叔父さんも母の献本リストのひとりだった。このひとに歌集を送るのも、ジンさん同様初めてだったのではないだろうか。何か不都合があって、母の葬儀に出席できなかった詩郎さんは、その不義理を埋めるため、東朱雀の創造学園で寮生活をしている息子を訪れるついでに香枕に寄って焼香し、その晩は鹿香の店の二階に一泊した。
亡き祖母が使っていた家具調度は二階の東半分に残してある。飛騨や信濃の婚礼家具は祖母の嫁入りから半世紀以上過ぎてもしっかりと丈夫だった。箪笥鏡台、今となってはどれもこれも手放すには惜しい骨董品。
寝たきりにはならなかったが、最晩年に足を悪くした祖母は舟のような形の胡桃の木のベッドをわざわざイタリアから買って寝起きしていた。ベッドの端の一部が組細工のようになっていて、木組みをはずすと、ことんと小さな椅子が寝台の裏からせり出てくる。祖母はそこに越後絣の座布団を敷いて腰掛け、亡くなる前には、もう一階にはほとんど顔を出さず、一日中編み物をしていた。
東南のいちばん気持ちの良いこの十畳の和室は祖母亡きあと書庫と倉庫を兼ねた客用寝室になった。母は遠来の親しい友人や親類縁者などをここに泊めていた。
「お母さんは、叔父さんを悪いとは思っていなかったわ」
「うん。彼女は僕なんかに感情を動かさないだろうね」
 なんか? 自嘲的。詩郎さんは母と同い年だ。僧侶から還俗した彼は大学に入りなおし、杏澄野で税理士をしている。芙蓉さんとは彼が再入学した信州大学で知り合ったということだった。堅実な職業と安定した人生。このひとが芙蓉さんと噛みあわなかったのはなぜだろう? 実父のジンさんと会ったあとで眺める詩郎さんは、あらためていっそう端正に見えた。父親に似た夏夜も美人だった。
芙蓉さんから始まって、詩杖も夏夜も、それからお母さんも逝った。たった五年の間に、水品家と詩郎さんの降矢木(ふりやぎ)家は葬式ラッシュだ。思い返すと絶えず喪服ばかり着ていた気がする。わたしも詩郎さんも、きっと玉葱型の魂の上第二層くらいまで、菊と線香の匂いが滲みこんでいる。詩郎さんの眉間の縦皺が深い。老眼のためだけではなさそう。家族のほとんどをばたばたと失い、残った息子がはたして周囲の期待と強制どおり僧侶になってくれるのかどうか。ジャズとロックにはまり、ときどきライブを覗くと、クラシックの基本を叩きこまれている緋郎のセンスはかなりいい。芙蓉さん似のルックスも上出来だ。だが、学園の素行評価は悪いだろう。詩郎さんの悩みは尽きない。
新婚早々ふたりの娘が生まれ、それから一時別居。こどもたちを伊那谷に託したのは、もしかしたら離婚も考えたのか。でも皮肉なことに末っ子の緋郎は、姉妹ふたりが伊那にいる間に芙蓉さんのお腹に宿ったのである。カトリックの芙蓉さんは、それをきっかけに詩郎さんのところへ戻った、というけれど。
「絆の深い姉妹だったからね。僕が入り込む余地がないくらい」
 詩郎さんはリビングの壁際に設けたちいさい霊前に視線を向けた。どういう心理なのか口にする言葉の端がいじけている。言うことをきかない緋郎を叱ったすぐあとでこちらに回るのでは、身心ともに疲れるだろう、と私は景気付けに、冷蔵庫から紗々雪の吟醸を出して、伊万里の盃に注いで渡す。お清め代わりだ。詩郎さんは遠慮せずにひといきに飲み干した。白皙の顔にぼうっと赤みが射す。
クリスチャンの母の祭壇は簡素だ。大袈裟にするなとかたく言い含められていたので。聖母マリアと十字架のキリスト、その間に、白っぽい結城紬をかるく着付けた母の写真は全身像で、黒枠もなし。青いサテンのリボンが花結びにヴェネツィアガラスのフレームに添えてある。霊名は、マリア・フランチェスカ。敬愛する歌人の葛原妙子と同じという。
「この角度からだと、紗夜さんの顔は透姫ちゃんにも詩杖にも見える。いや、水品さんは女系が強いなあ。外から何人男の遺伝子が混じっても、顔がつながっていく」
「おもしろい言い方ね、おじさん」
 いくら似ていたって美しくたって早死にしたのでは意味がないではないか?
「紗夜さんの僕への遺言状かと思ったんだ、この『紗女集』は」
「芙蓉さんへの挽歌だけじゃないですけど」
 さりげなく強引なヒロイズムを披瀝され、わたしは眼を白黒させてしまう。いくらなんでも自意識過剰じゃないの? 
詩郎さんは半白の髪をそのままにして染めていない。それでいて顔には皺がすくなく、額の二本の横皺と眉間の縦皺が目立つくらい。それから薄い唇の両脇に括弧を刻む思考皺。それらの老化現象は成功した男の貫禄と形容してさしつかえない。この上さらに髪を染めたら十歳はらくらくと若返るだろうに、彼は地道な容姿を守っている。母の霊前に喪服を着てすっと正座した背筋が美しい。仏家の育ちは一目瞭然、ふとした挙措のただしさに現れる。正統派二枚目ゆえの自意識は無理もないか。しかし過剰な自意識は余計な劣等感につながる危険性を含むらしい。自惚れるならそれだけでいい。真実掛け値なしの造型美に恵まれているのだから、強引なヒロイズムも自己愛も、なんとか許せる。だから詩郎さん、せっかくの白皙がだいなしの「僕なんか」発言はやめてよ。そういえば芙蓉さん亡き後、詩郎さんは自慢の娘たちが次々と亡くなる打撃を、独りで耐えられたのかしら? 
「詩杖が死んだとき、僕は紗夜さんにいろいろ助けられたんだ。あの子は何一つ言い残さずに逝ったからね。だけど紗夜さんは夏夜よりも詩杖に近かった。僕は何も」
「詩杖ちゃんと芙蓉さん、わたしとお母さんが芙蓉さんのお見舞いに行ったとき、お母さんのドッペルゲンガーを見たんです。そのあとで二人が続けて亡くなったのは、その先触れかと思ったわ」
 わたしは詩郎さんのぐずぐずした告白を遮った。外見ではけちのつけようがない詩郎さんの印象がぱっとしないのは、情にもろいこの性格のせいか。母の霊前に来て、別な死者の微妙な内輪話を始めるなんて、ピンボケもいいところだ。
「ドッペルゲンガー?」
 詩郎さんは夢から醒めたような顔をした。両目にはうっすらと涙が浮かんでいる。その涙は母を悼んで滲んだものではない。詩杖のためでもない。詩郎さんは僧侶にならずに正解だった。自死した恋人の導師を乱れずつとめた筧さんのほうがすてきだ。筧さんに会いたくなってきた。わたしの感想は、きっとだんだん水品紗縒に似てきている。

……汀より娘をあげぬひたひたと性をゆるめて我は波打つ、紗縒さんの歌は大胆ね、性という言葉は短歌にはきつい感じがするけれど。
 空色と薔薇いろがマーブルに混じったゆるいワンピースを着て、床に横座りした夏夜が言った。かたちのはっきりしないワンピースの生地はシフォンだろうか、サテンだろうか。夏夜が身じろぎするたびに、薄いドレスの裾や襟が彼女の周囲でふわふわ動く。それで夏夜は青とピンクの靄に包まれているように見える。亡くなったときわたしと同い年だった夏夜は、今では年下ということになってしまった。父親に似た細面に高い眉、ほそい鼻筋、だけど、この姉妹に独特の臈たけた雰囲気はきれいな顔からだけうまれるものではない。
 高い天井から幾重にも薄青い襞が垂れかかっている。風があるのかないのか、それらの淡い半透明な膜があちらこちらでゆらゆら、ひらひら揺れ続ける。この皮膜がどこから始まるんだろう、と上を見ても襞の降りてくる天井はおぼろの闇に包まれて、その闇の藍色がだんだんと裾暈しに濃度をうすめ、青に、水色に、やがてほとんど透明な水晶めいてきらきらと、向かい合ったわたしと夏夜の肩や膝の周りにひるがえっている。
「水品紗縒はあんまり考えないで、口ずさむように歌ったひとだから、きっと自分ではそんなに大胆とも感じなかったでしょう」
 わたしは応え、すこし考えてまた、
「お母さんは言ってたわ。考えると歌えなくなるのよって。自分の中を流れる何かをすくい上げるように言葉にすると、自然にまとめられるって」
「紗縒さんは亡くなっても天国でずっと歌い続けるんでしょうね」
 夏夜が言った。わたしは従妹の白い顔を見つめなおし、
「お母さん、なっちゃんのところにいるんじゃないの?」
「いえ、いない」
 夏夜はかぶりを振った。肩先できれいに切り整えていた彼女の癖のない黒髪は数年前に亡くなったときよりも伸びて、下がり端がふぞろいになっている。ふと市松人形のおかっぱが伸びる、という怪談を思い出した。
「お母さんは死んだのよ」
「そう、あの世へ行ったわ」
「なっちゃんもあの世のひとなんでしょう」
「肉体はないのだけれど、わたしも詩杖もまだここにいるのよ」
「ここって?」 
 そうだ、ここはどこなんだろう。わたしは杏澄野の姉妹の家か、それとも香枕の自分のマンションにいるのかと思っていた。でも、どちらの住まいにしても、こんな舞台装置のようなひらひらふわふわなどない。
「指を折るかなしみよりも逢ひに逢ふ時のはざまをたのしめよ君、こんな恋歌をもらったひとは誰でしょう」
 虹の柱が青い襞のあわいにゆらりと昇って詩杖が現れた。あいかわらず蚕の蛹みたいに細い。夏夜は顔がほっそりしている割には胸も腰もしっかりと張っている。降矢木の血筋には、どこか西洋人のような遺伝子が混じっているらしい。詩杖は水品の血が濃いから、全身の輪郭が柔らかく、手首足首がことに華奢だった。詩杖も姉と似たような薄物をまとっている。虹と見えたのは薄い緑と紫、ほのかな紅色の裾ぼかしになっているからか。生前詩杖が好んで描いていた水彩画のいろどりと同じだった。
「誰なのかしら、お母さんが亡くなったあと、わたし気がついたのだけれど、娘なのに母親のこと、ほとんど何も知らなかったの」
「娘だから知らないのよ」
 詩杖は真顔で言った。まるで自分の良心か先見が詩杖の姿に具象化して、わたしを説いているような気がする。
「知りたい?」
 夏夜が尋ねた。ふたりともあの世へは行っていないというが、すくなくとも現世のひとではなくなってひさしいのだから、もしかしたらわたしの母親のひみつなどはお見通しなのかもしれない。
「お母さんの相手が誰かということは興味がないのだけれど、恋歌の対象はどんなひとだったか、ということに好奇心が動く。こういう言い方は不謹慎?」
「ぜんぜん」
 夏夜はさわやかに笑った。ふわふわした青い膜が、彼女の笑顔といっしょにひるがえり、どこかで夏の森を吹きぬける風のような音が響いた。たくさんたくさん葉を繁らせた夏の緑深い森の風だ。このうす青い襞が揺れて触れ合う気配なんだろうか。
「お母さんのことだから他生の縁を結ぶひとはたぶん何人かはいたと思う」
「透姫ちゃん、また古風な言い方ね」
「気を使ってるのよ」
 私は従妹たちの顔を均等に眺めて言った。
「誰に?」
 と詩杖。
「お母さんに対して」
 わたしは応えた。ジンさんと離婚したあともジンさんとすっかり切れてしまっていたわけではなかったお母さん。だけどジンさんと何をしたって、お母さんのふらふらゆらゆらする柔らかくて硬質なガラスの膜はこわれなかったろう。誰かがお母さんの内側にいたのかしら? 肉親でもなく夫でもなく、それからお母さんを撫でては離れ、いっとき時間の縁をわずかに重ねたひとたちの中の、きっと誰でもないあなた。お母さんの娘のわたしは、きっとあなたに嫉妬しているのよ。

スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://donanobispacem717.blog.fc2.com/tb.php/42-3a847325
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。