さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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星月夜  vol0 シェラザードコンプレックス

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シェラザードコンプレックス

 窓佳は美大以来の友人で、最初はオーソドックスにイラストレーター、そして今はネットパフォーマーというよくわからないふれ込みのタレント業をしている。
窓佳のブログを見ると、日記に文章らしい記事はなく、ほとんどが彼女のヴィジュアル作品と、自分撮りの派手なコスプレ画像だ。コスプレと言っても、既製アニメのキャラクターなどではなく、彼女のオリジナルデザインのコスチューム。和洋さまざま、ゴスロリサテンのドレスからセレブかつスノッブな洗練された高級ブランドまで。
衣装に合わせてその都度、かつらやメイクの色もかたちもくるくると変え、それでも窓佳自身のユニークなキャラクターは、奇異な衣装や虚飾に負けずに、視聴者にちゃんと可愛げのある独自の個性をアピールできるのだった。
大学時代はそんなに目立つ少女ではなかったと思う。むしろ内気な子で、ぱっと見にも可愛らしく顔が整っていたが、デューラーや中世ミニアチュールといった古典絵画が好きで、銅版画家になるのが将来の夢だった。はずだが、いつからか彼女はネットから飛び出し、メディアに注目されるアイドルすれすれの営業をしている。
 わたしは学生時代、密室で孤独に版画を制作する窓佳が好きだったが、タレント業の彼女も嫌いではない。お小遣い稼ぎに始めた雑誌の挿絵は、いつしか挿絵のセンスよりも画家当人の器量が評判になり、それこそいっぺんこっきりのつもりで、あるファッション雑誌のモデルになったら、あっというまに人気が出た。イラストや挿絵の仕事もそれにつれて飛躍的に増えたという。
 彼女の方が多忙なので、しょっちゅう会う友人ではないが、数年前から窓佳から定期的に電話が来るようになっていた。たぶん地道な銅版画家から、タレントに人生の舵取りを変えたくらいの時期だと思う。
 一定の間隔を置いて、彼女は春と秋の両方、あるいは春と秋のどちらかに精神病院に数週間入院するのである。
「下界にいると休息できないから、煉獄に入るの」
 それではダンテの神曲ばりだ。
「そうよ、あたしは入院している間だけ、昔みたいにじっと心澄ませて別世界モード。ようやく細密デッサンに集中できるの」
「入院しないとだめなの?」
「だめね、どこかから妄想がとめどなくなってきて、自分のキャラクターが本当はなんなのかわからなくなっちゃう」
「本当の自分て必ず必要なものなの?」
 わたしの問いに、窓佳は口を噤み、すこし間を置いてにっこりと、いかにも営業用スマイルを顔に浮かべた。
「透姫子のそういうところが好き」
 わたしたちは窓佳の住んでいる自由が丘のカフェで向かい合っていた。カフェの入っているビルの階上に、今窓佳のオフィス兼住居がある。そこはタレントで稼ぐようになってから引越ししたのではなく、新潟でも裕福な窓佳の実家が、娘に買い与えたということだ。
聞くところによると、窓佳の実家というのは県の文化財指定を受けるほどの立派な屋敷を構える豪農士族だそうだ。だったそうだ、と過去形の助動詞のほうが正確なのだろうが、土地と血縁を強固に守る地方の旧家名家というのは、現代もたしかに存在するのだった。
「いろいろなお洋服をとっかえひっかえしていると、そのとき自分が着ているものに影響されて、とめどなく空想があふれてくる」
「たとえば、シンデレラの格好をしていると、自分がシンデレラストーリーの主人公になった気がする?」
「気がする、じゃなくて、完全にシンデレラになってしまうの。見たこともない外国や、食べたこともないご馳走、それからいるはずのない恋人が、頭のなかにはっきり浮かび上がってくるのよ。浮かび上がるんじゃないわね、わたし自身の素朴な記憶を圧倒して、とてつもなくダイナミックでゴージャスな物語がわたしをとりこんでしまう」
「誇大妄想狂」
 きつい言葉でうっかり断言してしまったが、窓佳はへこたれなかった。
「そうなの、まさに。で、それを誰彼に喋ってしまうのね。朝から晩まで嘘八百」
「衣装のせいで嘘つきになるのだったら、違う衣装を着たらいいんじゃない?」
 窓佳は手入れを怠らない細い眉で、すべすべした額にきれいな八の字を描いた。
「それが、そうはいかないの」
「なぜ?」
「いつも注目されたい、いいえ、注目されなけりゃいけない、みんなを驚かせ楽しませ、同時に自分の価値を高めてくれるパフォーマンスをし続けなければいけないっていう強迫観念があって、たとえばお洋服を着替えるにしても、さっきまでデコレーションケーキみたいなアントワネットファッションを着ていたから、それじゃあ次には落ち着いた地味めのたとえばジーンズにウールのセーターとかたとえば街着にちょうどよいようなアニエスbとか選ぶんじゃなくておなじブランドでもみんながふりかえるようなぎらぎらの服にこれでもかとばかり大きなリボンとかでなければ超ミニスカートとかジュエリーとかものすごいハイヒールとかショッキングカラーとかそういう大地から飛び離れた飛び跳ねる格好しかできなくなってるのよ」
「……息継ぎ、苦しくない?」
 窓佳はほっとうなずき、眼の前のチョコレートソーダのストローをくわえ、ずずずと音をたてて吸い上げた。それからぼうっと顔をあげ、ぬけぬけと言ったものだ。
「あたし、今何を喋ったかしら」
「ファッションのこと。着替えても着替えても、自分のキャラクターが……ええと、うまく現実に着地できないって感じの羅列」
 ことん、と窓佳はコップをテーブルに置いた。今日の彼女は春らしい明るいミントグリーンのプルオーヴァー、レモン色の地に大きい白のドット模様のスカーフを巻いている。その下の胸元にはスワロフスキーの無色透明な二重の長いビーズネックレス、膝上までの無地の白いフレアースカート。ストッキングには淡いピンクのパールが浮いている。
いつもどおり、着ているものは全部どこかの高価なブランド商品なのだろうけれど、色とデザインだけ眺めれば、ここまではおだやかで上品だ。が、足元は真っ赤なピンヒール。アンデルセンの童話、「赤い靴」の少女は、お葬式の日に赤い靴を穿いてしまったのだっけ。今日はお葬式ではないけれど、彼女にしては気分が沈んだ鬱日に違いない。だからわたしを呼んだのだろう、だが鬱でも赤いハイヒールと隙のない女優肌メイク。ガス欠とはいえ一般鬱レベルよりまだ高度は保っている。
「まさにそのとおり。あたし浮き上がっちゃってる」
「だからって一生踊り続けるわけにはいかないでしょう」
 わたしは窓佳へというよりも、自分の観察に対して返事をしてしまった。が、彼女はますます嬉しそうにうなずき、
「そうよくたくた。下界にいるかぎり、わたしは自分から逃れられないので自分が何を喋り散らしているのかわからなくなる。だから入院するの。無彩色のユニフォームを着てお化粧も捨てて箱にこもるの。喋るかわりに、昔のように日がな一日、ほとんどひとりで机に向かい、デッサンし続ける」
 
 ミランダは阿修羅さんの家から香枕に移ってきた当日に、いきなり母の声で喋ってくれたが、それ以来黙っている。もちろん鸚鵡の声で鳴いたりはするが、紗縒独得の響きのある声はそれ以来聴こえない。朝晩の籠の掃除は、ブランコや柵にこびりつく大量の糞の始末が最初のハードルだったが、犬や猫と違って、鳥の排泄物は臭気が少なく乾きやすいので、じきに慣れた。なにより極彩色の鸚鵡は、見飽きない目の快楽で、わたしは一日置きに妃翠房に出かける以外は、二月のほとんどを自宅でミランダの姿をデッサンしたり、これまでに描いた母のクロッキーや水彩画を取り出し、このごろのわたしの描き方にしては手間をかけた下絵を作って過ごした。
三月に入ってからアクリルでいっきにしあげるつもりだ。いったん色を置いたら、もう迷わず塗りあげてしまおうと、わたしは水彩で、一日に数枚はミランダのさまざまな姿を描いた。
 たいていデッサンや作画は午前中にすませ、午後は人と会ったり、母の残した歌をデータに整理する作業を始めた。おおよそ五百くらいまだ残っているはずだ。歌屑を除いて、と言っても、どういったものが歌の屑として削除できるのかわたしは怖気づいてしまう。しかしごく普通に考えたって、五百首もの資料を読むだけでも負担だ。お送りする歌原稿を準備する段階でも取捨は必要だった。
なよなよと水面に浮かぶはなびらは君を送りてのちにさえずる、これは比較的新しい歌だけれど、鳥の縁語が用いられているのでわたしはついミランダを連想する。阿修羅さんは息子さんを連れてパプアニューギニアとオーストラリアに旅立ってしまった。生返事以外の口をきかない、見るからにニートな三十代の長男は、たぶん心の病なのだ。
ミランダを迎えに行った日も、彼はおずおずと父親の傍を離れず、わたしに笑顔を向けてはくれたが、決してアイコンタクトをしようとはしなかった。注意してみると、息子さんは傍の阿修羅さんともできるだけ眼を合わせないようにしていた。いったいどんな抗精神薬を服用しているのだろう。被害妄想は手におえない。幻聴幻覚。彼は父親に固着しながら、病んだ頭の中では、その父親に対する恐怖と争っているのかもしれなかった。
 世の中に向けてアーティストという看板を張って生きているひとたちは、すくなからずデゲネラント(精神病質)を抱え、ときにはそれを優ストレス、起爆剤として絶えず発火しながら自分を煽り、驀進するタレントも多い。わたしの周囲にもいる。窓佳がそうだ。
「もちろん、多少のドラッグは入れてるわよ。
お酒、煙草、アルコール。でも麻薬はしない。あれにはまったらおしまいだからね。それにあたし、この稼業は三十でやめる」
 テレビ電話の向こうで窓佳はさっぱりと言った。明日また精神病院に入るといって、わたしにアクセスしてきたのだった。わたしはちょうど、母の歌の整理に飽きて、ミランダの籠をウエスで拭いていた。
「へえ、そしたら結婚するつもり?」
「してくれる相手がいたらね。でもきっとエネルギー過剰のわたしは家庭生活からはみだしてしまうからすぐ離婚ね。尽くすタイプじゃないし、家事嫌いだしね。ずっと絵は描くけど、商業ベースじゃなく自分の本当に描きたいものを探すわ」
 昼近くなっていたが、ミッフィーのマグカップでアメリカンコーヒーを飲んでいる窓佳はすっぴんで、髪もとかしていない。起き抜けのようだ。
「それじゃ、今作っているいろんな作品は、窓佳が本当に造りたいものじゃないの?」
「そういうことね」
 わたしは首をかしげた。
「じゃ、何のために造るの?」
「挿絵やいくつかのものはお金稼ぎよ。そのスタンスは初めから変わってないわ。つまり全部の表現はお金儲けのためってこと」
「あなたそれものすごい幸運なのよ。絵を描いて稼げるなんて、じっさい滅多にないわ」
「稼いでるって言ったって、その全部がことごとく衣装やメイク、お付き合いに消えていくんだもの。自転車操業もいいところだわ」
 ではどうやって彼女は今の生活を続けているのだろう。芸能人は事務所からお給料が出るのだろうか。何かのCMにも窓佳は使われていたから、わたしはかなり高収入だと思っていたのだが。
「それは、まあ、いろいろやりくりするの」
 窓佳はにやりと笑った。その笑い方がジンさんのにやりにそっくりなのでわたしは驚いた。が、それ以上追求したくない気持ちにもなった。これもジンさんに対面しているときに感じる気分とまったく同じだったので、わたしはさらに、さきほどよりすこし小さい気分で驚いた。
「せっかくのネームバリューがもったいなくないの」
ネット画面には、一ヶ月に一度くらいテロップで窓佳の名前が流れる。ツィッターのフォローも、一般市民としてのわたしの感覚では厖大だ。メディアに対しても、彼女は自分の心理ストレスを隠さない。精神病院入退院の習慣さえ、明るくプリティに彼女は喋り散らす。それがイメージダウンにならず、いろんなエピソードの層を重ね、結局はミルフィーユのように彼女の甘みを濃くして愛され続けるのだから、やはりタレントは窓佳の天職なのではないか?
「そんなこと言ってくれるの透姫子だけよ」
 いきなり窓佳は画面の向こうで泣き崩れた。これが嘘泣きでないといいのだが、いや嘘泣きのほうがいいな。いくらなんでもオーバーアクションだ。
「窓佳のブログはカラフルな画像でいっぱいだけど、文章はないのね。いまどきのタレントたちは、すこし有名になると本を書くひとがたくさんいるのに。あなたの脳内に湧きあがる空想というかファンタジーを小説にしてみたらどうなの」
「あたし文才ないもの。絵のほうがいいな。でもそれもありだわね。別に全部自分で書かなくたって、誰かに手伝ってもらえば」
「そうそう。せっかくユニークな才能があるんだから、たった三十で消えちゃうことないでしょうに」
「アイドル業はもうそろそろ無理。女優もいまいちだし。そうねえ、いいかも」
 そうだそうだとわたしは女友達をそそのかした。ポリクロームな生活の泡のような金に狎れ、そこそこ芸能界の修羅場も経験し、沈没の憂き目も見ずに、なおエネルギッシュに自己実現を追求し続ける彼女が、三十過ぎて引退したとして、どうやってなだらかな市民生活に溶けこめるというのだろう。
素直な感情を失わないかわいいアイドルなら、心と懐の温かい配偶者に恵まれれば、祝福されて引退し、人もうらやむ家庭を築くことも可能だが、可愛い美人だけではない奔放なエネルギーと自意識ともに過剰な窓佳はさてどうだろう。
精神病院に駆け込み、地味な細密デッサンに明け暮れる余力があるなら、躁状態の嘘八百を原稿用紙にまとめて作家デビューしたほうが経済効果大だ。そもそも実家がちゃんとしているのだから、本人が過度な踏み外しをしなければ、まあ破綻することもない。
 ハングリーになりきれない彼女の創作の質は、この際不問にしよう。だが弱肉強食の芸能界ジャングルで、一枚看板を張ってきたバイタリティはたいしたものだ。彼女の弱点は、自分自身に奉仕する以外に快楽の目的がないことだ。コスプレもヴィジュアル創作も、そして嘘の羅列も、すべて自分を輝かせるためでしかない。
それで疑問や躊躇がないのならめでたいが、なまじ賢いから……デューラーやウェイデンの世界に没入できるなんて、高度にストイックな希求と素質を持っていなければ不可能だ……でもそれは前進起爆剤の自己陶酔に自分で水を浴びせてしまう。さあどうする。
「試しに何か短いものを書いてみたら?」
「妄想? でもその最中は嘘ついている自覚がないんだもの」
「それは妄想というかむしろ虚言症よね。だけどプロ作家ってその虚言を換金できる職業にすることなんだから、病に食い荒らされるのはよして、あなたのほうで自分の病気を食い扶持にしてしまえば」
「そんなにうまくいくかなあ」
「当面喰いっぱぐれはないんだから、まあ書いてみたら」
「何を?」
 窓佳の甘えた問いかけが次々と続く長電話は切れ目がない。これは神経性多弁というやつだ。不安や焦慮をごまかすために、とにかく喋る、意志の疎通が目的ではなくて、入院前にひとりになるのがこわいのだろう。
でもわたしはそんなに辛抱強くない。だんだん苛ついてきた。ベランダでミランダがぎゃぎゃぎゃと鳴きはじめた。日なたぼっこに飽きたのか。寒いのかもしれない。ミランダは日光浴用の檻に移していた。鳥籠から出して室内に放してやっても、飛翔力を鍛えなかった運動不足気味の彼は、せいぜい床からテーブルや椅子に飛び乗るか、天井付近を滑空するくらいだ。それでも翼をひろげた姿は雄大で眼を見張る。
わたしは糞の掃除の範囲を大幅にひろげる労力を厭わず、あえてリビングルームをミランダの日中の住処に提供した。色鮮やかな彼がゆったりとソファや止まり木でくつろいでいる光景は、目に心地よいからだった。自分の部屋で籠に閉じ込められた鳥を見るのは嫌いだ。が、動物園は大好きだった。
「そんなの自分に質問してよ。お題は自分で探して。あ、思いついた。これどう? 自分探しの旅、なんて」
「それいいかも」
 考えてみる、と言って通話は切れた。昔の彼女は、こんなハイテンポで話すことなどなかった。黙々と描き続ける彼女のデッサン力は教授も驚くほどだった。無駄なお喋りのかわりに、心と手を動かして丹念にデッサンしていたんだろう。銅版画は窓佳の並外れた根気と集中力を生かす手段として最適だった。
 古典への志向は卒業後一転し、それまでとは真逆のコンテンポラリーステージで派手にスポットライトを浴びた。大学時代の友人の何人かは芸能関係に進んだが、メジャーシーンで活躍する彼女は、一番の出世頭だ。
そういえば、窓佳に恋人はいるのだろうか。浮いた噂が聞こえてこないということは、ほどほどの有名人とはいえ、私生活がパパラッチされるほどのバリューはまだないということかもしれない。
 そうだ、とわたしは迷案を思いついた。出世払い半分だけれど、シビアに見積もっても今現在かつ少なくとも三十歳までのマルチタレント窓佳の価値は大きい。都合よく彼女はこれから一ヶ月弱の療養生活に入る。精神病院の閉鎖病棟に籠もって古典の細密模写で精神修養するのなら、思い切って作家活動のさきがけとして、水品紗縒の歌を読んでもらい、うまくふたりの感性が合うなら、選歌と散文を担当してもらおう。この迷案が近い将来名案さらには先見の明案となることを願いつつ、わたしはパソコンではなく、携帯メールでもう一度窓佳にアクセスした。

 冬薔薇は剪られてのちに匂ひたり娘に隠す坂道の君、朧化(ぼか)しているが恋歌には違いなく、娘とはわたしのことだろう。これは彼女の一番新しい直筆画帖に書き付けてあった。画面に花が素描されていたのは言うまでもないが、花は淡く青い色をしていた。筆跡も絵もわざとの作品のようにまとまっていて、ペンデッサンに薄青一色の静かな色調だが、私家集拾遺の表紙にはちょうどいいかもしれない。この歌が添うている様子も。
 坂道を登るのか降るのか、いずれにしても「君」と作者が安定した関係ではないことがわかる。剪られたあとに匂う、それなら実を結ばない恋か。じっさいこの画帖の状態から察して、描かれたのは去年だろうから、彼女の冬は想像か追憶でしかない。冬を待たずに彼女は倒れた。
猛暑の夏を苦しがり、七月になると、もう日中冷房の効いたマンションから出ることができなかった。そして真夏、彼女は寝たり起きたりしながら『紗女集』最終校正を済ませ、わたしのいない心の余った時間に、こんなことをうたっていたのか。夏の暑さがうとましく、冬の冷気を望んだのかもしれない。あるいは冷えてゆく自分の肉体を冬薔薇になぞらえたのか。
わたしが妃翠房に出勤してから、こっそりと誰かが母の部屋に入ったことがあったのか、いやあっただろう、そうあってほしい。
五十代だろうと六十代だろうと、どれほど年齢を経た老女であっても、美貌をうたわれた女の死にゆく床に異性が添うていないのは哀しい寂しい。その異性は夫であっても息子であってもよい。また複数であってもよい。独り身の女ならば、最後まで結びとおした恋人がいてほしい。少なくともわたしは、自分の母親は、それだけの魅力がある女であったと思う。
母親の私生活について嫉妬の念が湧かないのは、他ならぬ自分の心のすこやかさのために幸いだ。異性の気配を察しても、そこに生臭さを感じないのは、きっと生前の紗縒がまったく娘にストレスと重力をかけなかったためだろうと思う。
美しすぎる母は娘にとって負担だが、見苦しい母親の姿はもっとつらい。病床でも見目をつくろってくれた紗縒に、わたしは心から感謝する。それでこそナルシスト、と。いや最高の思いやりであり労わりであったと。詩杖の言ったとおりだ。生きることは記憶が連続すること。生を織り成す時間の彩りからさえざえとした姿のままみまかってくれたことだけで、母を看取ったその季節のわたしの命は美しい。
紗縒もわたしもデルボーの情景が好きだが、母もわたしも現実よりは架空の世界に住む女同士のように、自分の領域を守りあって互いを侵さず暮らしてきたのか。それならやはり母娘の距離は銀河と銀河くらいに離れていたと言う美於さんの洞察はきっと正しい。
最晩年の恋歌が、よしんば創作であったとしても、現実に彼女を偲ぶ男たちの口調とまなざしは、わたしの眼にもたしかにエロスの埋み火をほのめかせ、それぞれ紗縒に温度を残していた。
 死に際の水品紗縒にこんな歌をうたわせる君は、今坂道の上にいるのか下にいるのか。転落させまいとして母は彼を隠し通し、鸚鵡になっても言わなかった。
「ミランダ、紗縒はどこ?」
 クルククク、とふっくらした太い首が震えてミランダはかぶりを振った。緑と赤の左右色変わりの瞳をもつこの鳥がミュータントなら、人の変異と同じように生殖能力は乏しいかもしれない。わたしがミランダをひきとらず、阿修羅さんがはるばる南半球から彼にふさわしい雌をつれてきても、見向きもしない落胆もありえた。
 わたしの問いをミランダは無視し、くちばしと脚の爪とで毛づくろいを始めた。エメラルドグリーンの小羽と赤い羽毛がふわふわと、それに純白の長い羽がしゃきっと音をたてそうな小気味よい勢いで、彼の翼から抜ける。
わたしはミランダの色鮮やかな羽を拾いあつめた。捨ててしまうのは惜しかった。たくさんたまったら、アクセサリーか装飾品に加工できそうだ。たとえばコサージュ、ブローチ、ペンダント。卯咲苑のスタッフなら、固定観念にとらわれない面白い使い方をしそう。
そうだ、緋郎に連絡しなくては。あの子に歌集を送っていたとは意外中も意外だが、芙蓉さんに死なれて、それまでより手におえなくなった長男を、実母によく似た伯母があやしてくれたなら詩郎さんはほっとしたろう。もっとも緋郎はもうピアノの天才児には戻らず、地方では得られない可能性と進路を求めて上京することを選んだ。
 東京スタコラーズのメンバーとして一年活動するといっても、退学するわけではないし、進学も希望しているようだから、この春から普通には高三、それだけでものんびりとはしていられないはずだ。依頼するのなら、彼についても早い方がいい。珠の光酒造にしても。
誰にしても何にしても、まず読んでいただく歌稿をまとめなければ。
 コーヒーカップを片手に、探し集めた水品紗縒の歌をパソコンに入力してゆく。文字は彼女の健康と心理のバロメーターだが、どんな走り書きにしても、水品紗縒の筆跡は読みやすかった。

……退院したらとりあえず休業することにしたわ、一年くらい日本を離れてイタリアへ行こうと思うの
「イタリア?」
……わたしすっかり忘れていたんだけれど、学生時代、フレスコとかテンペラを勉強したいと思っていたのよ
「ボッチチェルリ? ルネサンスの」
 どこまで本気なんだろうか。テレビ電話を切ってから半日もたっていない。作家志望からまた一転してドイツルネサンスに還るなんて言い出すかもしれない。が、窓佳の声は多少うわずっていたが、さきほどのハイテンポではなかった。
……たとえばそうね。でもさっき透姫子が言ったでしょ。自伝のお題は自分探しの旅だって。そう考えていたらいきなりぱっくりと西瓜が割れて、真っ赤な果実が転がり出てきたわけ。
「西瓜の皮と中身は別々じゃないわよ」
……もののたとえよ。つまり、あたしの感情過多で飽和しきった水分たっぷりの脳味噌が西瓜に匹敵するということ。皮はどうでもいいの
「ああそう」
 奇抜すぎる発想と比喩だが、まじめにこの状態を彼女が文章にしたら面白いかも。
「あなたの言葉が真っ赤な嘘でもかまわないけれどね、わたしのメール読んでくれた?」
……読んだわ。もちろんOKよ。わたしもわりかし詩とか好きだし、透姫子のポエムなんか読んでいいなと感じたこともあったし
「さんきゅ」
 も、あった、ですか。皮肉ではなく正直な窓佳。ここらへんが芸能界を生きにくくさせる苦労知らずのお嬢さん要素なのかな。
「それじゃあ、四月か五月くらいに原稿を送るけど、今の風向きだと退院したらすぐ外国に行っちゃってる?」
……準備があるからまだね。だってもう三月だし、いろいろ仕事もキャンセルしなくちゃならないし、決めたことは済ませないと、帰国してからコネつかないし
「じゃあ、日本にまた戻ってくるつもり?」
……もちろん。
 窓佳はあっけらかんと言ってのけ、わたしは開いた口がふさがらなかった。一年かそこらでいったいどんな職人芸が習得できるの?やっぱり窓佳はだいぶいかれている。しかし物書きをめざすというなら、遊学体験はおもしろい要素になるだろう。ふとわたしは思った。躁鬱妄想虚言離人症患者だが、基本的人格の統合は失っていない気のいい窓佳といっしょに、ふらりと日本を出てゆくのもいいな。紗縒の拾遺集といっても、必ずいつまでという締め切りがあるものではないし、妃翠房はお休みして、いろいろなしがらみをいっさい忘れて、海外へ現実逃避。
 あ、ミランダがいた。せっかく立派な相棒を手に入れたというのに、彼を残してはゆかれない。ミランダの中には、イエズスのお膝元へ復活しきれない紗縒がまだ幾分か残っているかもしれないし、それは客観的に確認しようがないことなのだが、ひきとってすぐまたどこかに預けるなんて、ミランダをくれた阿修羅さんに対しても失礼だ。
……とにかく、原稿ができていないのなら、お母さんの今まで出した歌集を送ってちょうだい。お金はあとで払うから全部ね。歌だから読むのは簡単よね。
「時間はかからないわ」
 短歌の理解に対する日ごろの自分の薄情は棚上げにして、率直すぎる窓佳の言葉に多少腹立たしい気持ちになる。たしかに時間はかからない、しかし心の幅と奥行きはたっぷりとって一首にたちどまってくれる読者を、きっと詩歌の作者は望むのだ。が、自分自身、誰かの詩や歌にそれほど心を分けてとどまることはない。それにしても、ふと、往来で擦れ違うように一瞬眼にした歌でも、自然と心のなかで繰り返しリフレインして響くもの、たった一行の定型に歌人が呼び集めた歌言葉が共鳴して澄んだ和音が昇り、きらめくような視覚印象をくれることもある。
 夏夜と詩杖が生きていてくれたら、とわたしは思った。芙蓉さんも。次々と亡くなってしまった水品の女たちなら、一族の女が最後に残した白鳥の歌をこころゆくまで品評してくれたろう。
そうだ、四月に銀座の展示が終わったら、筧さんに会いに行こう、それから京都へも。筧さんに会うのは詩杖にまた会うような気がする。詩杖は筧さんが死ぬまで傍にいると言っていたではないか。きっと伊那の山門の中に彼女がいる。亡骸は朽ちてしまったろうが、詩杖とそして夏夜もいるにちがいない。そのときはミランダも車に乗せて連れていこう。
お母さんはもしかしたらミランダの中から、モロォのスフィンクスのように飛び出してくれるかもしれない。スフィンクス。謎。
あ、構図が生まれた。純白と極彩色が入り混じるミランダの真っ青なくちばしから、薔薇色と水いろの紗縒の上半身がするりと出現する。彼女は片腕に青銅の器を捧げ持ち、その中には彼女自身のもう一方の腕が入っている。鸚鵡のミランダの下半身は鯱だ。潮のとどろき。


             (星月夜 了)

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