さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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チェリー・トート・ロード  1

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   チェリー・トート・ロード

 夕方四時を過ぎるとチェリー・ロードは投売りを始める。蘇芳山界隈では一番大きなスーパーマーケットだ。得鳥羽島と王船駅を往復するモノレールの、湘南桜沢駅で下車してすぐという地便もあって茴は仕事帰りによく立ち寄った。桜沢に住む茴の仕事は生活援助中心の訪問ヘルパーで、週に四日、一日に一軒か二軒、地元でひとり暮らしの高齢者の家を訪れ、こまごまとした日常の家事を助けている。
 桜沢という地名がつくだけあって、この一帯はさまざまな種類の桜が多かった。茴の住まいの周辺から駅まで染井吉野のまだ若い並木が県道を飾り、その先の国道と県道とが交差して商店街が雑然と小さくまとまっている駅の周囲には、並木より樹齢を重ねた幹の太い桜がゆったりと点在している。この辺りは香枕市内といっても比較的新しい住宅街で、古寺名跡のひしめく旧市街とはだいぶ趣が異なっていた。
 桜守湾に浮かぶ得鳥羽島へ向かう蘇芳山と、海とは逆方向の鹿香方面への丘陵となっている桔梗山との間のゆるい起伏を、何十年か前に切り崩して宅地化した。県道沿いの桜並木はそのとき植樹したものに違いないが、モノレール桜沢駅周囲の貫禄ある大木は、昔からのものに違いない。中世以来の歴史ある桔梗山の恵みを根こそぎ覆して整備するほど計画的な住宅地ではなかったらしく、そのおかげで昔の街道沿いの鄙びた緑がゆたかに残っている。
 モノレールは観光地香枕市と隣接する鹿香市をつないで走り、空中に吊り下げられた銀色の箱電車は見た目にかわいらしく夢があり、子供たちに人気がある。茴はこの空中車両を利用して、西香枕から藤塚、蘇芳山のあちらこちらの老人を訪れる。観光地だからバスも多いのだが、日と時刻によっては訪問先への通勤時間の測定がむつかしい。茴の住むマンションのすぐ前にバス停もあるが、遅刻を避けたい茴は、自宅から歩けば徒歩十三分はかかるモノレール桜沢駅への早足を選ぶのだった。
 午前中に一軒、午後に一軒。数年前に急死した夫櫂の遺族厚生年金で生計をまかなっている茴はそれほどたくさんの仕事はひきうけない。介護従事者とひとことに言っても働き方はさまざまで、おおかたの風評どおり、介護者の肉体を損ねかねない厳しい労働もあるが、茴のように食事の準備と掃除、買物、入浴の見守りというおだやかな勤めもある。
茴は今年四十歳になった。家族は再婚した夫の連れ子の娘陽奈(ひな)がいる。陽奈は来年成人式を迎える美大生だった。離婚した櫂の元奥さんのほうには陽奈の弟がいる。こちらは高校生だったが、茴は会ったことがない。櫂は娘だけ連れて茴といっしょになったのだが、それは正解だった。再婚当時陽奈は七歳で、その年齢ではもう基本的な感情の敷居ができあがっている。七歳の少女は幼児ではなく〈少女〉だ、と茴は相手を子供扱いしないことに決めていた。同性から子供されることは、少女の自尊心にとって無礼な振舞いに違いなかった。
 あたらしい母親に白目を剥くこともなく、また父親を奪られたなどという陰性の感情をくすぶらせるでもなく、陽奈はその名前のとおり、のどかな性質のよい女の子だった。茴のことを「ママ」ではなく「ういちゃん」と呼び、最初も今もそれはかわらない。
 ういちゃん、とは櫂の呼び方で、陽奈はそれを真似したのだろう。幸いに櫂は娘がファザコンにおちいるほどの美形ではなく、まっとうに気立てのよいところは娘にそのまま受け継がれていた。陽奈の母親に茴は会ったことがないが、娘の器量はたぶん両親のよいことろをもらったのだろう。櫂にも少し似ていたが、七歳の少女は絵描きの茴がよろこぶほど洗練された目鼻立ちをしていた。
 まだ介護に携わっていないころの茴は、実家に寄食して、たいして原稿料の出ない少女と花が好きな自称イラストレーターだった。
 十年前、茴の母親は六十代の若さで脳梗塞に倒れ、左半身麻痺、それからすぐに脳血管性の認知症が始まり、介護保険の利用となった。当事すでに父親は亡くなり、茴の妹の毬は県外に嫁いでいたから、櫂と結婚してもスープの冷めない距離にマンションを構えた茴が母親の介護を一身に担うことになった。麻痺と認知の病人を介護する。それは言葉には尽くしがたい大変なことだった。地元の福祉コミュニティのヘルパーたちの丁寧な訪問ケアのおかげで、独居の母親は自宅療養の数年を過ごし、今は施設にいる。
 ヘルパーたちの誠実のおかげで、茴は別居を口実に、母親の身の回りの汚れ仕事をほとんどしないで済んだ。介護度の重い母のために、介護保険をフルに活用し、毎日朝晩ヘルパーを入れた。食事介助などは茴でもできる。また下の世話も、必要に迫られてヘルパーたちの手順を見よう見真似でどうにか辻褄を合わせられるようになる。それにしてもシーツ交換やら肌着汚物の始末、服薬管理、入浴代わりの全身清拭となると、茴ひとりの手には余った。日替わりで訪れる数人の担当ヘルパーたちの仕事は無駄がなく、多少の出来不出来不愉快は病人にはあったろうけれど、家族にとってはありがたいの一言に尽きた。
 だいいち、じつの親であっても下の世話は気持ちがすくむ。母娘の間柄でよかったものの、つくづく茴は、これが父親のおむつを交換することだったらどれほどつらいだろうと考えたものだ。父親はそれよりずっと早く交通事故死していたが、母親が病みついて以来、父親の残した財産より何より、娘に介護のつらい思いをさせなかったことに、新しい感謝の念を抱いた。父親の急死をめぐって事故当時の悲嘆と、母が病み倒れたときの感謝と、時間差でプラスマイナスいりまじり、きっと何か福祉関係のパンフレットで読んだものだろうが、「親の介護は人生観を変える」という、まさにその通りだった。
母親を施設に移した後、茴は介護を通じて親しくなったコミュニティに入った。ここは無資格から、身体介護以外の〈ケアワーク〉に参加できる。地域の社会貢献と非営利を謳っているために、時給は一般事業所より安いが、メンバーはきちんとした家庭の主婦がほとんどで、険しい争いごともなければ、上下関係の軋みもなかった。ここで活動することは、茴の自責の念をゆるくしてくれた。
 いっそ早く死んでくれ、とは思わなかったが、妄想と敵意を時を定めず放出する異物と化す母親に対して、娘が自分を保ち、ノーマルな気持ちを寛くするためには、ヘルパーにおしつけてしまったものがたくさんあった。

 月曜日午前中のケア一軒め、篠崎月さんの家はモノレール桜沢駅の隣、湘南松井にあった。桜沢から松井駅までは電車で一分たらず、歩いても十分くらいだが、桜沢と松井の境界あたりで地形は王船へ登る急坂となり、徒歩や自転車、電動自転車でもかなりきつい。小山の斜面に沿ってモノレールを吊るす鉄橋がさかのぼり、銀色の箱電車は、集落と集落を隔てる雑木林と地域をつなく国道を高く見下ろし、唸りながらがたごとと走ってゆく。
 十一月も半ばにさしかかり、眼下の森は紅葉の盛りだった。温暖な湘南では晩秋から初冬が紅葉の見ごろだ。朝八時半、冷たく澄んだ光が海から山へまっすぐに渡る。正確には、ここからいただく太陽は桔梗山から顔を出し、桜守湾から昇るのではないが、丘陵が海へ向かって低くなるので、朝の光はその傾斜を這い上がって、香枕から藤塚に広がるように感じられるのだった。公孫樹や楓の黄赤が放射冷却の乾いた光を浴び、この寒気に一枚ずつ磨いたように輝いて見える。
松井駅付近には昔静御前が化粧したとか、化粧を落としたとかいう池があった。源義経の子供を生んで、即座にその子を殺された静御前は剃髪して尼になった。そのとき彼女の長いままの黒髪を最後に洗った松の根下の井戸を土地の主が池にして、悲劇の女人の切り落とした髪とともに祀ったのだそうだ。これが地名の由来で、開発されない山の中に、その池が古宮となって残っている。
 史実とは思えないが、日本各地にある「和泉式部の化粧池」と同じ水の女のフォークロアのひとつで、歴史の錚々たるビッグネームがひしめく香枕鹿香の古都においては、松井伝説はあまりに小さすぎて観光化もされず、伝説の松の木はとっくの昔に枯れてしまったが、それなりに枝ぶりのよい雑木林に守られた泉は、小さな公園になっている。狭いながらも池の周囲に芝生を敷いて、こぎれいなあずまやまでついた山の中腹から眺め渡す奥香枕の街並は爽快だ。
 池には今や金魚や小亀まで泳ぎ、小魚を狙う猫やアライグマ対策の金網を水面に張ってあるのを見れば、もういにしへの静御前の哀婉をしのぶかけらもない。うっかり稲荷と見まがう犬小屋大の可愛らしい朱色のお宮さんが、金網を張った池のほとりに鎮座して、子供の貯金箱のような長方形の賽銭箱がある。賽銭箱は持ち逃げされないようにお宮さんの前のコンクリートの地面に厳重に作りつけられている。賽銭の善意よりも、池に投げ込まれる縁結び祈願の五円玉のほうが多いだろう。それでもときどきは、女性のすすり泣きが聞こえる、聞こえた、影が見えたなどと恐怖には遠い風物詩の種にもなっている。
 山の下の盆地にせり出した感じの公園から夏の花火シーズンには、得鳥羽島や、藤塚、少し隔たった千ヶ崎の打ち上げが楽しめる。もしかしたらそのために、静御前の瞑想池はきれいに土を均してベンチやブランコを備え付けたのかもしれない。真夏の夜、寿司詰めの混雑にならないのなら、ブランコを涼しく漕ぎながら、夜空に咲く花火を鑑賞するのはきっととても気持ちがいいだろう。茴は花火の夜は来たことがないが、篠崎さんのケアの帰り道に、ときどきここへ立ち寄ることもある。ブランコが好きだからだった。
 駅を降りると中途半端な山肌で、昔からの人家はもちろん、新しい家も少ない。山の際に張り付くように間遠な感じで、何軒か道沿いに建っている。国道とは反対側の崖下の造成地には宇宙船を作っているという大企業の研究所と、谷を挟んで研究所と向かい合うように、藤塚小学校がある。駅から研究所と小学校に降りてゆく小道は舗装されていたが、もともとのほそい山道を塗りこめただけの急ごしらえな感じがする。この細道を降ってゆくと篠崎さんの家に辿り着く。松井についての前振りが長いのは理由があって、篠崎さんの家は、代々この池の管理者なのだった。
 月さんは今年九十歳になる。家族は別居している息子さん夫婦とお孫さん夫婦、年齢が年齢だから、茴の娘と同い年くらいの曾孫まで、湘南一帯に末広がりに散ってめでたい。篠崎家の本家はこの松井ではなく熱海のほうらしい。真鶴だったかもしれない。静御前を尼寺まで送り届けた従者が始祖ということだった。
 旧家は香枕ではめずらしくないが、裕福な屋敷のほとんどは、戦後都心から移住してきたひとびとのものだ。もともとの住民は素朴な漁師か農民なのだった。九十歳になっても歯が十七本残っている篠崎さんも豪農の主婦で、腰骨の曲がった小柄だが、つやつやと日に焼けた丈夫な皮膚と大きな笑顔を保っている.天然の笑顔が長生きの秘訣、ということはケアワークを始めて、あちこちの高齢者宅を訪問するうちに、それまで福祉活動に縁のなかった茴にもすぐにわかった。
小学校の裏手で坂道はいったん終わり、そこからまた違う丘に向かって登る。山躑躅が密生したごく短い坂のつきあたりに篠崎さんの家があり、今時の住宅事情なら昔の農家の間尺をそのまま補修しつつきれいに住んでいるこの家は豪邸の部類に入るだろう。
 蔦の這う肌の荒れた茶色いブロック塀に囲まれ、開きっぱなしの木戸を潜ると、赤い瓦葺きの母屋の反対側に薄暗いがらんとした車庫、南には重厚な石組だけ残してすっかり枯れた池、庭は言うまでもなく春夏秋冬草茫々だった。住人のいない松井公園のほうがよほどすっきりしているが、篠崎邸は公園の三倍くらいの広さはあるだろう。このありさまでも、週に三日は別居の長男がやってきて一応の手入れはするのだという。福祉コミュニティのケアワークは週に二回。茴は月曜日だけ勤める。利用者さん一人には、必ず複数のワーカーが担当することになっていた。ワーカーそれぞれの異なる個性で偏りなく利用者を援助するため、また利用者と一人のワーカーとが個人的に親しくなりすぎるのを避けるためだった。
 たてつけの歪んだ引き戸に鍵はかかっていない。屋内は薄暗く、百年近い建物の埃臭さと黴の匂いが外気と明らかに違う。だが気持ちのいい匂いだ。古い木と自然な黴、朽ちてゆく自然素材の匂いは、雑木林に降り積もった落葉をひっくりかえしたときに、つん、と立ちのぼる香ばしい腐臭とよく似ている。
「こんにちは、いっぽの森です」
いっぽ、というのは、神奈川エリアの福祉コミュニティのなかで茴が所属する訪問家事介護のグループ名だった。福祉コミュには保育、福祉用具販売、施設運営とさまざまなセクション、また地域ごとにこまかくグループ分けがされている。それぞれ数十人から百人前後の集団ごとに、いかにも主婦の好むようなかわいい名前がつけられていた。
 訪問時には明るくはっきりした声で挨拶する。耳が遠い利用者さんでも、かならず適切な声かけをする。篠崎月さんは補聴器の装着を朝はしばしば忘れていて、茴の声は届かないこと多いが、籠もりがちの高齢者に、外のごく普通の快適を運ぶのも介護従事者のだいじなつとめで、第一声はそのいっぽだった。 最初のいっぽ、出会いのいっぽ。高齢者とのコミュニケーションの始まりの第一歩。中年にさしかかり、両親と夫とそれぞれの老病死を見守り、もう人生のおおかたをわかってしまった淡い気持ちになることもある茴だが、それでも仕事相手は自分の倍以上の年月を生きてきたひとなのだった。

「あのこ、今日も来てくれたの」
 お月さんはにこにこと可愛らしい笑顔で言った。
「息子さんですか?」
 茴はうっかり問い返したが、言葉を口にした瞬間、ああまた、とすぐに別な了解をした。公務員を退職後、さらに嘱託で勤続している長男が月曜のこの時間に母親を訪ねるはずはない。長女は遠くに住んでいる。あのこ、と嬉しそうに月さんが呼ぶのは、いつもの〈あのこ〉、でもどの〈あのこ〉かな、と茴は考えた。月さんの周囲に出没する〈あのこ〉はたくさんいる。
 茴はお月さんの朝食の準備に忙しい。九十歳になっても自分の歯で咀嚼できる彼女は健啖で、バタートースト、ブルーベリージャム入りヨーグルト、スクランブルエッグに野菜スープ、紅茶、という朝御飯をいつも気持ちよく完食、つまり全部平らげてくれる。簡単な献立だが、一時間半のケアで朝食の準備と後片付け、洗濯、掃除などを手際よくこなさなければならない。
 古い屋敷は風呂と食堂、トイレ、六畳の茶の間とそれに続く月さんの寝室だけを新しくリフォームしている。他の何室ものだだっぴろい座敷は昔のままにほったらかしで、雨戸も開けない。玄関から月さんの寝室までは長い廊下一本でつながり、窓とは反対側の襖障子はぴったり締め切られ、欄間の埃は彫刻の隙間を埋めて厚く積もっている。たぶんどの部屋も昔の布団や古道具が詰め込まれた納戸状態なのだろう。
 月さんの隠居部屋は、南西の庭に面した一番日当たりのよい奥のほうにある。半世紀以上も前に流行った和洋折衷の洋間の部分が月さんの寝室で、美術を学んだ茴の目から見るとちょっと中途半端な設計だが、当時としては洒落た出窓がついている。
 すでに起床してベッドに座っている月さんは、腰が痛いので手を伸ばして重いカーテンを開けるのを億劫がり、ヘルパーが来る日はひとまかせにして、枕許のスタンド明かりだけのうすぐらい中で身支度を済ませる。昔気質の高齢者の多くは、裕福な暮らしのひとであっても、電気を浪費しない。電灯などは日中ほとんど点さないで暮らしている人が多いのだった。
茴が豪華なゴブラン模様の緑と黄色の遮光カーテンを引きあけると、呼吸で曇ったガラス窓の向こうに青々と富士山が見えた。てのひらで窓ガラスを拭うと、初冬の澄んだ大気に富士の尾根は,低い神奈川の丘陵を裾周りに従え、すがすがしいシルエットを広げている。絶景だ、と茴は目を丸くする。モノレールの車窓でも似たような絶景が見られた筈だが、車内では富士山とは反対側の、朝陽に輝く松井山周辺の紅葉に見惚れていた。
 鈍い緑色のセーターに藤色のゆったりしたズボン。転倒防止のピンクの室内履きまで月さんは自分で履く。薄くなった髪も上手に撫で付けている。手洗いは着替えの前に済ませている。自然にさしのべる姿勢になっている茴の手にすがるでもなく、月さんは自分で杖をついてゆっくりと食堂まで歩く。
 月さんがベッドから起きて食卓に座るまでの悠々とした歩行時間が茴の洗濯時間になる。手早く布団を剥がし、シーツを換えて乾燥機つきのランドリーに「放り込む」。月さんの、ことん、ことん、という杖の音を聞きながら茴は寝室から浴室、キッチンを走る。トーストもスープも火を通すだけ。スクランブルエッグもさっさとできる。たいした手間ではないが、段取りのよしあしは卵の味を決めるらしい。大家族を采配してきた働き者の主婦だった月さんは食いしん坊で、大勢の子孫からだいじにされているおかげで、普通の高齢者よりもかなり舌が奢っている。かわりばんこに入るヘルパーの料理の腕をすぐ見抜く。なかなか彼女の気に入る味がないらしい。だが、茴はその中でも褒めてもらえる部類だった。
「ああおいしかった、ごちそうさま」
 いつもどおり月さんは皿小鉢を大きいものから小さいものへと順序よく重ね、ボックスティッシュを震える指先で真ん中の折り目から半分ちぎって口の周りを拭き、残った半分を丁寧に折りたたんで、着ているモスグリーンのセーターの袖のなかにしまった。
 月さんは血色のよい浅黒い丸顔で、耳たぶが恵比寿のようにふっくらと大きく赤い。細い目に丸い鼻、いつも笑っているように両端が吊り上った口許をしている。
手足にかるい震えがあり、歩行がやや困難で室内では四点杖で歩行。認知症状もあるが、陰性ではない。
「どんな子でしたか?」 
 茴は月さんに尋ねる。月さんを楽しませてくれるその子は、どんな子なんだろう。認知症状の一種の幻覚とわかっていても、茴には月さんの回りにやってくる可愛い子の映像が羨ましいのだった。レビー小体型認知症。手足の震え、すくみといった歩行障害とともに、初期からの幻覚が顕著な特徴。脳にレビー小体と呼ばれる物質が付着することによってひきおこされるということだ。
「お姫さまが来てくれたよ」
 月さんはうれしそうにおしぼりで顔を拭きながら言う。へえ、と相槌をうちながら、茴はかちゃかちゃと食器を洗う。油ものが少ないからこれも簡単に済ませられる。
「どんなお姫さまでしたか?」
「ちいさい、髪の長い、色の白いきれいな子が来てね。そらそこの納戸にいないかね?」
 納戸とは月さんの寝室の隣の部屋だ。昔は二間続きの奥座敷でもあったのだろうか。いないかね? と尋ねられても茴にはお姫さまを探しに行く時間の余裕はない。月さんは食後、またゆっくり杖をついて洗面所へ行き、歯磨きを済ませ、茶の間の肘掛椅子に座る。茴はこのあとひととおりの掃除を済まさなければならない。月さんは茴と話を続けたそうだが、こちらの仕事を遅らせる会話はしない。
「お姫さま? あたしも会いたいな。着物を着た、お雛さまみたいな感じですか」
「いえ、普通のうちの子が着るようなワンピースよ、青いモスリンかスフみたいなの」
 モスリンにスフ。いつの時代の繊維だろう。幸田文さんか青木玉さんかのエッセイにあったような気がする。今ならポリエステルだ。モスリンのワンピースは洗濯機で洗えないぞ、と茴は半分聞き流しながら掃除機をかける。うちの子というのは孫か曾孫か。月さんの孫ならもう茴と同世代だから、きっと曾孫に違いない。曾孫でさえ一番大きい子は陽奈くらいになっているだろう。
「何歳くらいでした?」
「十歳かそのくらいかしらね。十二歳にはなってませんね」
 月さんは炬燵に膝を入れ、手箱からめがねを取り出すと、さっき袖にしまった半分のティッシュペーパーを取り出し、眼鏡の曇りをきゅきゅきゅと拭いた。眼鏡を掛ける前に目薬を挿し、それから新聞をひろげる。いちいちの動作の順序はちゃんと決まって、今のところ揺るぎがない。指先の震えも点眼にさしつかえるほど進行してはいない。近くに息子夫婦が住んでいるにせよ、ほぼ独居同様の九十歳にしてこの壮健は立派だった。
 感心しているうちにも分刻みで時は過ぎる。このあたりで茴のケア時間は半分過ぎている。週二回、几帳面なヘルパーがまじめに磨いている月さんの居室はどこもかしこもぴかぴかだった。ただしお姫さまが消えていった襖のほうはどっさりと埃と黴が積もっていることだろう。この家にたちこめる古家の臭気は、お化け屋敷じみてぶあつい貫禄があり、茴たちの掃除程度では全く拭いとれない。
介護保険では床の雑巾がけはしなくてよいことになっているが、トイレやキッチンまわりはそうもいかない。月さんは始末がよいひとだが、手洗いに失敗はもうつきものになっていた。
 長い廊下に掃除機をかけていると、茶の間の炬燵テーブルに移った月さんの笑い声が聞こえてきた。テレビの音はしていない。またお姫さまが戻ってきたのかな。幻覚はどういう辻褄合わせなのか、月さんがひとりでいるときにかぎって現れる。息子も娘も、またヘルパーもケアマネも、幻視出現に同席したことはないらしい。茴は好奇心をおさえきれず、掃除機のモーターを弱にしてそっと床に置き、忍び足でこっそり茶の間の方へ行った。茶の間と廊下は襖ではなく障子で隔てられているだけで、うまいぐあいに障子は穴だらけだった。
「これお食べ」
 月さんは炬燵の上の果物籠から温州蜜柑をひとつとり、差し出している。あいにく茴の覗いた穴からは月さんと蜜柑を握った月さんの手首までしか見えない。〈お姫さま〉はその先にいる。そっちを見ようとして顔をおしつけると、脆くなった古い障子穴が裂けてしまいそうだ。別な穴を探す茴の耳に、お姫さまの声が聞こえた。はっきりと聞こえた。
「ありがとう。こんにちは」
 さっきまで茴と二人きりだった茶の間に、月さん以外に誰かいるはずはない。誰の声、え、あたしも幻聴なの? うろたえた茴は穴を探す手間を省いて、がらりと威勢よく障子を開けてしまった。とたんにがたがたっと障子の上からいろいろなものが落ちてきた。天狗のお面にカレンダー、リラックマのぬいぐるみ、猫のポスターに、宝尽くしの熊手、昨日干したらしい洗濯物の下着などなどごっそりと、茶の間に散乱した。この障子は廊下を隔てて嵌め殺し状態にしていたのを茴はうっかり忘れていた。障子の上の鴨居にフックをいくつもつけて、ただ今落ちてきた月さんグッズが、割合きれいに飾ってあったのだった。
 さらに、長年閉めきりになっていた障子は茴の荒業に反抗して思い切りよく敷居から脱走し、廊下側の茴に全体重をおしつけてきた。つまり倒れた。
「あーあ」
 我ながら自分のまぬけに嫌気がさす茴。この醜態をどうしよう。ちらりと腕時計を見ると、確認するまでもなくケア終了予定時間まで三十分しかない。
「あらあら、賑やかになって」
 万事肯定的な月さんは拍手しかねないような破顔一笑。幸い古障子は毀れていないが、いくつかの破れ穴は激しく大きくなったはずだ。
「たてつけが歪んでるからねえ。森さん気にしなくていいよ。直してってくれれば」
「はい」
 消え入りそうな声しか出ない。茶の間はおろか、さらにまだ浴室トイレの掃除がある。次のケアが控えているわけではないから、事務所に連絡する必要もないが、あたしってばかみたい、と茴の顔はへのへのもへじになる。そこへ
「お手伝いしましょうか」
 顔をあげると青い目が見えた。え、ありえないシチュエーション。ああ、だから幻覚なのね、と納得しかけるのも気持ちが動転していたからだろうか? あたしもレビリアン?
こんなレビなら悪くない、どころか。
「ごめんなさい、お姉ちゃん、あたしが急に現れたから驚いたんでしょ? 手伝うわ」
 青い袖なしワンピースは夏服だ。白い襟、ベルトも白い。両手でつかめるほど細い腰。茴の視界にほそい腕がすっと伸びて天狗のお面を畳からひろいあげ、おどけて頭の上に被ってみせる月さんの〈お姫さま〉は、なるほど可愛い。青い目のお人形さんだった。
「あの、あなた、どなた」
「うーん」
 女の子は小首をかしげた。腰までの長い髪、きれいな輪郭の顔、茴には見慣れた富士山の絶景よりも、身近で滅多に見られない清楚な顔立ちをしている。十歳よりは大人びて見える。濃い睫毛の飾るアーモンド形の両目とワンピースは同じくらい青い。きれいなセルリアンブルーだ。だけど顔立ちは日本人。言葉も。これは幻じゃないの? なぜあたしにも見えるの。最初の驚きが冷えてから、ようやく茴は真剣に困惑し始める。
「わたし、メグです。お姉ちゃんは?」
 二度くらい瞬きしながら少女は名乗った。ひとなつこい明るい声だ。額にたれかかるふぞろいに伸びた前髪をかきあげ、茴の驚きを気づかうように、にっこり笑った。茴はまた小さな驚きを感じた。この幼い少女は初対面の、自分よりずっと大人の茴を微笑でなだめようとしている。愛嬌が売りの芸能人でもあるのだろうか。それにしてはメグの雰囲気は初々しい。
(待ってよ、これってレビー症候群よね)
 物理的にも心理的にも大混乱の篠崎月さんケアの現状に冷静になろうと、無理やり学術用語を海馬からひっぱりだしたが、畳の床にころがった竹細工の熊手にひっかかれて変なふうに歪んでしまった。テクニカルタームの歪曲などは今の茴にとってまったく問題ではない。ともかく片付けよう、片付けよう、この子はだあれ? メグですって言っても…
「お姉ちゃん、名前教えてください」
「ああ、わたしね、わたし森茴です。よろしく、篠崎月さん、こちらのケアの最中なんだけど、メグさんどこから来たの?」
「これ、夢じゃないの?」
 初めてかるい驚きの表情を顔にひろげ、メグは黒目がちの目で周囲を見渡した。
「夢って?」
「あたし、自分の部屋で眠っていたんだと思うの。気がついたらここにいたから、いつもの」
「いつもの夢?」
「ええとね」
 メグは困ったような顔をし、まじまじと茴を見上げ、それから部屋のごたごたに視線を移すと、
「お姉ちゃん、ヘルパーさんなんでしょ。時間ないんだよね、だったらとにかくお仕事しようよ。あたしここ片付けるから、お姉ちゃん違うところにとりかかってください」
「はい」
 ごく自然にこちらを指図するメグの声は幼いながらも茴を動かす力があった。メグはただしい、うろたえるのはあとにして、ここはこの子に任せてあたしはお風呂場とトイレと台所と。
「お姫さまはかしこいねえ。森さん見習わなくちゃ」
 締めのように月さんはぽんぽんとてのひらを打ち合わせた。おっしゃるとおり、と茴は頷く。
「あなた寒くないの、袖なしで」
「全然」
 夏服のメグの、実りにはまだ間がある少女の二の腕と腰が細い。両足も素足で、靴下もはいていない。十一月下旬にさしかかる朝の気温は、どこかで霜が降りたとか、初冠雪とか聞こえてくる寒さだった。だがメグの白い腕には鳥肌もたっていない。メグの挙措がとても自然でリアルなので、茴は時間のせわしなさに追われて、すぐにこれが異常事態であることを忘れてしまう。とりあえず仕事を片付けてしまってから、レビーの確認?をメグとしよう。青い夏服を着たこの子はきれいでほんとに妖精みたい。デジカメ持ってくればよかった。ガラケーの画像は肌理が粗いからなあ。それでも証拠にはなるかな、え、心霊写真とかだったらどうしよう。
「森さん、簡単でいいからさ、お姫さまの言うとおりにしなさいよ」
 月さんの叱咤が飛んで、はい、と茴は肩をすくめる。
「ついでにレモンティーちょうだいよ」
「はい」
 そうだった、朝ご飯のあと、水筒にレモンティを作っておくのも忘れていた。
 メグは畳のおもちゃをひろいあげ、それぞれの位置を月さんに尋ねながら鴨居フックに戻している。
「適当でいいよ。お姫さま背が高いね」
「あたしメグです。おばあちゃん。お姫さまじゃないよ」
「うちの子のお嫁さんに来てくれないかね」
「えー、会ったことないもん」
 のどかな対話を後ろに残して茴は廊下に出た。最初にトイレをきれいにして、それから浴室、最後に台所の床まわり。だいたい各十分弱で済ませる。生活介護のヘルパーはお手伝いさんや家政婦ではないが、仕事自体は似たものだ。主婦が家に健在ならすっきりする程度に過不足なく高齢者の住まいを整える。
仕事運びはヘルパーそれぞれ異なるが、自分でも茴は多少きちんとしすぎかなと思っている。他のワーカーは茴ほどには丁寧でない、と幾人かの利用者さんが言う。それは褒め言葉とも言えない。同僚が手抜きをしているのではないだろうと思う。茴の気持ちの問題だった。
 介護以外に茴は自己表現の世界を持っている。絵を描きチェロを弾く。福祉コミュに参加したとき、趣味や資格ではなく特技として履歴書に書き込んだ。その自意識で自分を甘やかすのはいやだから、茴は仕事を丁寧につとめる。
絵や音楽のことを考えていると、どこかすっぽり日常から飛んでいってしまう瞬間が一日二十四時間のうち三時間半くらいはある。いや四時間くらいかな。連続する瞬間は、日常より濃くて鋭い時間だった。
 結婚する前、絵を描く以外に、毎日欠かさずそれくらいはチェロをお稽古していた。それでもプロの演奏家としては少ないほうだろう。結婚してから慣れない子育て、それから母親の発病やら、いろいろな理由でチェロをやめた。けれども長年続いたチェロの日課は、余暇の娯楽とは異なる精神のはばたきとして茴のキャラクターに習慣づけられている。このために、福祉の仲間と精神的にずれがあるかもしれない。ぼんやり癖でとろく見えるのはしょうがないが仕事はちゃんとする。貶されるのはいやだ。それで手を惜しみすぎないことがあるとわかっていた。
 母を送り、夫と死別し、娘がまもなく成人しようという四十歳になって、茴は再びたどたどしく楽器を奏き始めた。昔の楽譜のいろいろな書き込みを眺めると、二十年前、三十年前のその日、その時の自分がまざまざと蘇ってくる。現実などかききえ、楽譜の中からたちあがってくるリアリティのほうが強烈だった。……。五線譜の宇宙を遊泳するにしても、ちゃんと現実にリターン着地できるなら、インナートリップは爽快な精神のリフレッシュだ。
 三十分の作業を二十五分できりあげて茶の間に戻ると、月さんは炬燵にうつぶせになって居眠りしていた。くうくう、と平和な寝息が聞こえる。メグはいない。
 鴨居にはもとどおり、月さんグッズが吊ってある。騒ぎの前後で位置が変わっているのか定かではない。埃だらけのマスコットの順序まで覚えてはいられない。障子もちゃんと嵌めてある。破れ穴は大きくなったろうか。そうでもないようだ。和紙というのは古くなっても丈夫なものだ。倒れどころがよかったのかな。それともほんとに倒れたのかな。
「メグ?」
 小声で呼んでみたけれど当然返事はない。そうだよね、だってあの子、月さんの〈あのこ〉なんだもの。レビーの子だよね。
「じゃあ、どうしてあたしにも見えたの?」
 ひとりごとが思わず口をついて出た。そのとき月さんの鼾が高くなる。脳梗塞じゃないわよね。母親が倒れたときの恐怖がちりり、とうなじを奔る。薄紫のショールに腕枕の顔を埋めて眠っている月さんの顔はおだやかだ。
 揺り起こすのはためらわれた。ケア時間は三十分オーバーしている。誰にもわからない。幻覚を利用者さんと共有したって事故でもミスでもないから、ヒヤリハットにはあたらない。だいいち信じてもらえない。
 あたりさわりない記録を連絡帳に記入し、火の元を確認して茴のケアは終了。午後は三時から西香枕だっけ。終わったら四時。帰りにチェリーロードでおそうざいを買って。

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