さゆらもゆらに水晶虹彩

時間と空間のむこうがわ……夢うつつのはざまに揺れて透かし見える水晶虹彩のものがたりをつむぎます。

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ストロベリー・フーガ    チェリー・トート・ロード 2

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   ストロベリー・フーガ

火曜日に蘇芳山で午前十一時半から午後一時までのケアを済ませた後、得鳥羽島へ昔の知人を訪ねることにした。師走近く湘南の紅葉は日を追って鮮やかを増し、海岸を囲んだ香枕丘陵の蘇芳山、桔梗山の緋色の彩りは初冬の冴えた海の青さをいっそう際立てた。
「千尋先生のところ? あたしも一緒に行こうかな」
「授業は?」
「午後休講だって」
 朝九時、ママレードトーストをホットミルクといっしょに齧っていた陽奈は母親が得鳥羽島へ行くと聞いて、食卓から離れて寄ってきた。早起きの茴はもう自分だけの朝食を済ませ、自分の部屋にいる。夜明けの五時から五時半の間に起き、一時間お稽古する。この時間帯だからたいてい音はたてず、鈍った運指と筋肉トレーニングのために、楽譜を読みながら左手だけで演奏する。曲は頭のなかであるいは心で歌うのだった。弓で弦をかき鳴らすよりも、心でうたうのはエネルギーが要るかもしれない。心の演奏以上の音色は決して実現しない。また指もなめらかには奔らない。鳴らすのではなく、まず心でうたえ、と茴のチェロの師の厳命とも言える教えかただった。
 茴の部屋に来てまでスプーンに残ったママレードを舐めながら陽奈が千尋先生となつかしそうに呼ぶのは、茴が二十五歳まで師事していた、その師匠チェリスト千尋唯由の夫人亜咲のことだ。チェリストは茴が結婚した年に急逝していた。正確には千尋唯由が亡くなったあとに、茴は弾くのをやめた。若い盛りに未亡人となった亜咲は続けろと友人を諭したのだが、茴はうたえなくなった。
 亜咲は茴の高校の同級生で、芸大に進み画家になっていた。親子ほども年齢の離れた音楽家と彼女が結婚したとき大学生だった。亜咲は高校時代、気晴らし程度に唯由にピアノを習っていた。とはいえ才気煥発な彼女はたいそう器用に鍵盤を叩き、リストのいくつかなどは舌を巻くほどうまかった。あまり教えないでも音符だけすらすら弾ける子がいる。亜咲もそうだ。けれど、チェリストは若い妻の演奏を好きではなかったようだ。結婚しても、かなり弾ける妻を自分の伴奏者にしたことはない。いっぽうで茴はこのチェリストにとてもだいじにされたのだった。
 あなたのチェロはいい音がする。レパルトワールにこだわらず、その音色を生涯大切にしなさい、と千尋唯由の言葉だった。
 さて、陽奈は亜咲の弟子だ。血はつながらないが、親の欲目というのは茴にもあって、とりわけお絵かきが好きな娘を自分と同じ道へ、美大進学へそれとなく舵取りしたともいえる。櫂は娘の教育にあまり関心がなかった。女の子なんだから、ほどほどでいいよ。平凡な台詞だが、ゆるい父親を持った娘は仕合わせだろう。過度の逸脱をしないかぎり、妻と娘の決め事には口をはさまなかった。仲のよい父娘だった。櫂は娘が本格的な反抗期、後期思春期にさしかかったころ亡くなった。
 十六、七で少女ははっきり肉体的な女に変態する。そのとき父親と裂け目ができ、心理的に歪むこともしばしばだ。それはどちらの責任とも思われない。亀裂は、外因もさりながら、少女の内部から昇ってくるメタモルフォーゼの魔力によってひきよせられてくるのではなかろうか。
 普通にただ疎遠になるという面だけでなく、一線を超えた密着をするという現象もある。ベクトルの方向が異なるだけでどちらも同じ裂け目に違いない。親子であっても互いに健やかな情愛を持続するためには、本能的意識的な節度がいるのだろう。櫂は過不足ない男だが、ある時期の少年、少女というものは個性を超えた魔力の渦中にとらわれる。本人の意思を超えた発動が陽奈に現われないとはかぎらなかった。だが、櫂は早く逝った。娘に幸福な思い出だけをたくさん残して。そして予期せぬこの悲嘆の共有は、少女のメタモルフォーゼの起爆力を減殺すると同時に、茴と陽奈を同志にしてくれた。
 陽奈は中学校に入るころから亜咲の絵画教室に通い、無事に第一志望の大学に入った。芸大を狙える子でないことは最初から茴にも亜咲にもわかっていた。亜咲は夫が亡くなった後も得鳥羽島の自宅で絵画教室は続けていたが、真剣に名門美術大学を希望する子は、街角のお師匠さんではなく予備校に通う。  
 亜咲の教室に集まる生徒は陽奈が通ったころからシルバーグレイの趣味世代のほうが多かった。そして今は藤塚と横浜のカルチャーセンターで講師をつとめる比重のほうが増えている。気楽な寡暮らしで、こどもはいない。
茴の部屋にジャムスプーンを握って陽奈が現れたとき、丁度自室で楽譜を揃えていた。来年ちいさなパフォーマンスをする。そのとき共演してもらいたいのだった。伴奏ではなく、共演。今の茴の演奏能力では、小品であっても亜咲を自分のソロに従えるのはむつかしい。うまへたの問題ではなかった。ぼっとすると旋律を弾いているはずの茴は亜咲のピアノのメトロノームにされてしまう。
「ついてくる? 二時に得ノ電の駅で待ち合わせしようか。だったら亜咲の好きそうなもの何かお土産買っておいてよ」
「ケーキ?」
 亜咲はアルコールのほうがよろこぶだろう、と茴はちらりと考えたが、
「みんなで食べられるお茶菓子ね」
 と応じた。陽奈はふっと眉毛を寄せ、猫のような目をして、
「千尋先生、しょっちゅうダイエットだからなあ、ケーキ食べれる、のお?」
 助動詞の、れる、られるの区別をきちっとつける茴をからかってきた。茴は尋ねた。
「亜咲は何て言ってる? 言ってた?」
「食べれる、です」
 茴の問いを陽奈はちゃんと打ち返す。そうだろうと茴はうなずいた。
「亜咲はいつもこれ食べ終わったらダイエット派だから、お菓子見たらなんだって食べれる、でしょ」
「うん」
 陽奈は屈託なく笑う。ユニクロの薄手のタートルネックは濃いパープルで、その上にこげ茶と緑の細い横縞のプルオーヴァーをざっくりかぶっている。オレンジと白の太いストライプの厚手のスパッツ。ちょっと騒々しい着方だと茴は眺める。若い娘なんだから、こんなに色彩をてんこ盛りしなくても、十分魅力的だろうに。だがこのポリクロームのセンスで、自分の作品は享けがいいと陽奈は言い張る。あれもこれもと欲張る多色使いだが、べたべたした色相を選ばないのがよいのだろう。

 冷蔵庫を開け、ミルクパンごと冷やしてある味噌汁を見て、茴はいまさらながら季節の変化を実感した。料理人の息子と二人暮らしの湯浅さんの昼食は、レストランのお子様ランチを盛り付けるような可愛らしい黄色のプレートに整えられている。息子は湘南でも有名なフレンチレストランに勤めていて、六十近い独身だった。妻を数年前に癌で亡くし、その後藤塚の一軒家をかたづけ、勤務先に近い蘇芳山にコンパクトな住まいを見つけた。息子と娘がそれぞれひとりずつ、みな自立して別世帯を持っている。
 和歌山の田舎で長年一人暮らしをしていた父親を、蘇芳山に引っ越すと同時にひきとり、もうしばらくしたら近くの海沿いの施設に入居が決まっている。八十八歳の湯浅徳蔵さんは、住み慣れた故郷を離れなければならなかったとはいえ、今の高齢社会ニッポンにおいては、かなり幸福な老人と言えるだろう。2LDKのマンションは中古だがリフォームされた完全バリアフリーで、どの部屋も日当たりよく、年配の息子はきれい好きだ。父親の身のまわりはヘルパーが入る前からある程度整頓がされていた。合理的に少ない家具の隙間には、赤ん坊と幼児の孫の額装写真が飾られている。
 なによりも父親のためのご飯がうまい。シェフなのだから当然かもしれないが、歯の弱い父親に、息子は茴たちも羨むほど丁寧なおかずを調える。羨むというのは「感心」よりさらに強い感嘆の気持ちだった。休日にちょいちょい作り置きしておくのだろうが、つみれや肉団子、コールスローサラダに、甘口のカレー、食べやすい大きさの柔らかい治部煮、またポトフなど、軽度の介護食のサンプルにしたいほどだ。
 今日の献立は、ミニハンバーグと柔らかく煮たスウィートキャロット、よくつぶしたポテトサラダには鮮やかなグリーンピースがちりばめられ、一口大にちぎったレタス、鉄分入りのヨーグルトドリンク一本。ハンバーグにかけてあるオレンジいろのデミグラソースはレストラン仕様でなければ帝国ホテルの缶詰めだろう。ディズニーキャラクターの絵がたのしいワンプレートランチを取り出しながら、茴は今朝の自分たちの粗雑な朝食を思い出した。ママレードは美味しいが、もちろん手作りではない。陽奈もわたしもトーストとバナナ、ジャム、ミルク。
 そして、夏の間じゅう、スープは徳蔵さんの分量だけマグカップ一個にとりわけられて冷蔵庫にあった。サランラップで覆い、そのまま電子レンジでチンすればよい…。
 今日のミルクパンのなかみは豆腐と若布の味噌汁で、二食分はある。十一月下旬になって几帳面な息子がようやく汁物を食べきりにしなくてよい、と判断したことに、茴は日常の景色を眺めるよりも新鮮な季節の移りゆきを感じた。料理人だから、万が一の食中毒なども気遣ってのことだろうが、こんなにこまやかな配慮は女もできない。食べ物の職人の息子だからできるのだろう。
 ミルクパンの味噌汁をマグカップに移し、鼻を寄せて嗅いでみたが、冷えた味噌のとろんとした匂いだけだった。分葱らしい刻みものも混じっていたが、葱の芳香はもう消えている。今朝作った味噌汁ではなさそうだ。
ご飯はちいさい炊飯器で保温されている。もちろんやわらかめだ。蓋を開けるなり、こちらは炊き立ての湯気が甘く香った。しゃもじに粘るご飯の手ごたえは新米に違いない。
(いいなあ、こんなのあたしも食べたい)
 茴はサンドイッチを持ってきている。食後、徳蔵さんを寝かしつけたあと三十分、寝室で彼を見守りながら食べる。ハムとチーズ、レタスのシンプルサンドは、念入りな徳蔵ランチと比較にならない。
 数か月後に徳蔵さんが移る施設の評判は全体的に悪くない。とはいえ、こんな至れり尽くせりのご飯はでないだろう。
仕合わせなことに、ここ一年ほど徳蔵さんの老衰は急激で、認知症状の味覚麻痺も顕著だった。茴が徳蔵さんを担当するようになってからちょうど一年になる。ヘルパーたちの言葉でなら茴は徳蔵さんが「落ち」始めたころ派遣され、精神の傾きをずっと見守ってきたことになる。初めのころは息子のさっぱりした味付けを薄いとこぼしていたのが、このごろは何も言わない。それどころか、どうかすると食事の支度の最中に、料理を待ちきれず、食卓のティッシュボックスからペーパーをひきだして食べてしまうこともある。
 昼ご飯に関するここでの茴の仕事は、その一皿というか一枚を電子レンジで温め、合わせて別添えの汁物も同じく電子加熱するだけだから、茴はお膳の準備より徳蔵さんの見守りのほうに気持ちをまわす。ティッシュを食べたってどうってことはないし、茴が仕事を終えて帰ったあと、夕方のヘルパーが来るまでに徳蔵さんは、ベッドわきのボックスティシュをつまみ食いしているのかもしれない。子犬なら腸閉塞を起こすだろうが…。
「ああ、おいしい」
 徳蔵さんは総入れ歯の真っ白な口を開けてにっこりと笑った。無邪気な笑顔だ。皺だらけだが、目はぱっちりと鼻筋通り、口元がきれいで、若いころは結構な色男だったに違いない。顔には老斑も目立たず、何より陽気なのでヘルパーたちに人気がある。もともと気のいい性格に加え、味覚麻痺が始まってからは何を食べても、第一声に「おいしい!」とほがらかに言う。もしかしたら担当ヘルパーが彼の異食に気付く以前、うっかりキッチンで徳蔵さんに背中を向けている間に、手近なメモ用紙かティッシュを食べてしまっても、「おいしい」と明るく言っていたのかもしれない。きっとそうだ。
「息子さん、ほんとにお料理上手ですよね」
「しょうばいだからね」
 もぐもぐとハンバーグを食べながら徳蔵さんは、目をくりくりと動かして笑う。いいなあ、と思う。陽気だなあ。長生きする人って、みんな楽天的で表情に影が少ないのよね。徳ちゃんもそうだわ。
 徳ちゃんなんておおっぴらに決して言ってはいけないが、徳蔵さん自身が自分を世話してくれるヘルパーたちに言ったのだった。
「気楽にしてくださいよ。徳ちゃんでいいからね」
 湯浅さんとか徳蔵さんとか呼ばれるのはぴんと来ないらしい。故郷で親戚友人に呼ばれていたように、徳蔵さんの耳には「徳ちゃん」が気持ちいいのだった。ここには茴の所属する福祉サービスのほかに、一般企業の訪問介護が入っているが、茴たちの間では、徳蔵さんの前では希望通り「徳ちゃん」と呼ぶことに決まった。マニュアル的にはニックネーム呼ばわりはいけないのだろうが、認知度が増してきた徳蔵さんは、耳が遠いこともあいまって、湯浅さんや徳蔵さんでは、こちらの呼びかけに反応しないことが多くなってきたからだ。
「しょうばいだから料理がまずくちゃあしょうがないよ。だけどあいつは神経質でね」
「はあ」
 徳ちゃんはまだら認知で、意識がすっきりしているときはヘルパー相手にしゃべりまくる。ちなみに茴の勤め先の介護ヘルパーは、ほぼ全員聞き上手だ。無資格から参加できるが、初心者から月に一度はスキルアップの講習会研修会があり、高齢者の感情を尊重して対応することを最初に訓練する。これは介護ヘルパーや介護福祉士の資格取得とは別な、事業所独自のものだった。
 高齢者とのコミュニケーションの配慮は他の事業所でも同じはずだが、茴たちの地域福祉コミュは、地元の高齢利用者にとりわけ人気がある。主婦たちのボランティア精神から事業スタートしたNPOなので、よく言えばおっとりとして、反面シビアなビジネス感覚には遠い。温和なワーカーたちは、しばしば懇意の利用者の長話の相手を無償でつとめてしまったりする。
健啖は、九十歳以上の長寿者の特徴だ。食いしん坊の徳ちゃんも、何事もなければきっと九十五、六までは長生きしそうだ。食事の最中ほんとうにうれしそうに眼を輝かせ、食べこぼしもあまりなく、若いころの思い出話や息子の他愛ないこぼし話などする。そのいくつかは、何度もリピートされて聞き馴れてしまったエピソードだが、聞き上手のヘルパーたちは初めて聞いたという対応をする。
 徳ちゃんの話では、今はひとかどの料理人になった息子は、少年時代手の付けられない不良で、家を飛び出し、十年ほど音沙汰もなく、ある日突然調理師になって戻り、徳さんと女房はうれし涙にくれた、という浪花節から、また別ヴァージョンがあって、奨学金で東京の大学に行ったが、中途退学し住み込みの見習いから板前になり…という波乱含みもある。二種ヴァージョンのどちらが真実なのかわからないが、ともかく現在の帰結、湘南でも相応に知られたレストランのシェフになっている、という点は整合しているから、徳ちゃんの認知の歪みは日常生活に支障はない。茴の見るところ、神経質な息子の暮らしぶりに自堕落が皆無なので、もしかしたら逸脱なんかせず、ちゃんとまっとうに料理学校に学んで職人になったのではないかと思える。
  波乱万丈は徳ちゃんの想像力が生み出した記憶のデコレーションではないか。料理も追憶も感覚に快く味わいたいという点において等しい。単調な物足りない事実にすこしばかり味付けを濃くして、放蕩息子の帰還物語を脳内に増殖させたとしても、徳ちゃんの恵まれた現在と将来は揺るがないのだから、どんな作話であっても茴の胸が痛むことはない。

「演奏会? それともパフォーマンス?」
「両方よ」
「相変わらず意欲的ね」
 亜咲はピーターラビットのティーカップに匙いっぱいたっぷりとフォションの苺ジャムを落とし込んだ。紅茶はアッサムだろうか。茴は料理は好きだが食道楽ではないので、茶葉のブランドにはこだわらない。亜咲はその逆で、料理はうまくないがサヴァランを気取る。気取ることを隠さないし、でたらめグルメだと自分で明かすので皆に好かれる。
「相変わらず?」
 茴の人柄を決めつける亜咲の口調に茴は苦笑した。そしてロココふうの薔薇の焼き絵模様の壺から、亜咲の半分くらいの量のジャムを紅茶に溶かす。陽奈はノーシュガーで、ジャムの代わりにブランデーをもらったようだ。隣に座った娘のカップからたちのぼる温かい蒸留酒の香がいちばん強い。
「そうよ、あなた変わらないわ」
 半年ぶりに会う亜咲は、それまでのアフロヘアを、ずっと明るい栗色に染め、セミロングの先端だけ肩先にくるりと外巻に、昔のリカちゃん人形のような髪型に変えていた。タートルネックの畝の太い白いセーターにカーキ色のジーンズ。首から上の隙のない美人顔にそっけない部屋着はよく映り合った。トップもボトムも有名ブランドだろう。小づくりな顔の下の体はゆったりと肥って大きく見える。厚手のセーターの腕や胸がロシアの農婦のようにおおらかにまるい。顔に贅肉がつかないので、肥っても亜咲は美しかった。
 リビングの窓は天井から床までほぼ全面ガラス張りで、三人が座るテーブルのすぐそばまで午後の海の光がななめに差し込んできていた。広いベランダを越えて毛足の長い絨毯を敷き詰めた室内まで初冬の陽脚が長い。乾いた空に夕影は金色だが、海は空の明るさのためにかえって深い藍色に見えた。結衣ヶ浜や得鳥ヶ浜とは異なり、陸から切り離された島の周囲の海底は険しく荒い。そのためにここから眺める暮れなずむ海の色が暗い。
 真昼や朝には渚より強烈な銀青色に輝くのかもしれなかった。そして、もうじき訪れる夕陽の燦爛も、彫りの荒い外海の波に刻まれ、反射を増幅してすばらしいのかもしれない。茴はふと、この切れ込みの鋭い波模様を日々視界に映している一人暮らしの亜咲の心理を想った。友人も弟子も多いし、余暇と金に不自由しない。再婚せずに彼女は十二年、いや、もう十三年になる。なお十分に美しい中年の女。表情にも横顔にも生気が匂いたち、寡の寂しさなど微塵も感じられない。部屋は片付いている。
「チェロの手は落ちたわよ」
「自慢げに言うものじゃないわ、そんなこと。最初から弱気でどうするの」
「弱気じゃないわ。亜咲には正確に伝えようと思うから」
「それ、甘えよ。あたしに伴奏頼んでおきながら」
「伴奏じゃなくて共演」
「同じよ」
 だいぶ違う、と茴は言いたかったが亜咲の口上のほうが速い。亜咲は半分ほど飲みかけたロシアンティにさらにブランデーを注いだ。いやウヰスキーかもしれない。四人掛けの広いテーブルの真ん中の籐の籠には、くすんだ薔薇のドライフラワーといっしょに、世界各地のさまざまな洋酒の小瓶が詰め込まれている。カットガラスの壜からトポトポと注がれる琥珀色は、紅茶の量とあまり変わらなさそうだ。茴は思わず眉を寄せてしまう。酔っぱらうと亜咲は女王さまになる。ただでさえ我儘なのに。それまで黙って母親たちの様子を観察していた陽奈はおずおずと
「先生、ケーキ召し上がりませんか」
「いいわよ。遠慮しないでひよこちゃん出してよ」
 ひよこ、とは亜咲のつけた陽奈のニックネーム。陽奈が買ってきた包みは、リボンをかけたままテーブルの上にある。ロシアンティのお茶受けに、殻つきの胡桃を数個転がしていた亜咲は、ジャムからアルコールへ最初から移るつもりだったのかもしれない、とようやく茴は気付いて呆れた。
「自分の下手をわたしに補ってもらおうというのはずるいわよ。頼むのならわたしと同じくらいに腕を戻してからにして」
「そう言うと思ったわ」
 ずけずけした亜咲の言葉はむしろ好ましかった。亜咲にしても勤勉にピアノを練習している筈はない。本職は画家なのだから。だが学生時代以降、めざましく画業に励んでいるというわけではない。個展や合同展も催していたが、茴の目には亜咲のテンションの低さが見えた。
 絵画であれ彫刻であれ、現代ではそれ独自で作品として成立「したがらない」風が吹いている。平面も立体もそれが置かれた環境や観客の気まぐれなまなざしによって、アイデンティティを解釈される。そのキャパシティが広ければ広いほど、作品の評価は高いといえる。しかし作品の自律性・個性はどう問われるのだろう、と茴は考える。亜咲の情緒の濃さは、モダンアートには反映しきれないのではないか。
 ところで彼女には即興演奏の才能があり、楽曲のいくつかの旋律から自分の楽譜を宙に書いてしまう。それは亡きチェリストの夫が教えたアンプロヴィザシオンのテクニックだった。基本的なハーモニーの中で、旋律線をさまたげない小手先の装飾音をきらびやかにつらねる。めくらまし、ジプシー音楽だ、と千尋唯由は、曲芸と紙一重の亜咲の展開を薄笑いしたものだ。…。
 茴は亜咲の憤慨をなだめるように、
「だから、あなたといっしょには奏でない。交互につないでゆく。しりとりのように」
 あら、と亜咲は濃い睫毛をひらいた。
「キーは何? 調性でつなげるの? それともトニカをひろう?」
「ランダム」
 茴はきっぱりと言った。
「コンセプトはね、アナーキー、フラグメント、偶然、ケージ」
「ジョン・ケージ?」
 亜咲は少し酔いが回って陽気に笑い出した。茴は娘を目で促す。
「先生、ケーキ食べよう、ケージよりケーキがいいですあたし」
「何ケーキ?」
「苺と、ショコラ、サヴァラン」
 赤が好きな亜咲は苺を選んだ。茴はショコラ。陽奈は残り物。だけど彼女は母親たちの好みをちゃんと知っていて、自分の好物が残るように抜け目なくセットしてきた。つやつやした三角形のチョコレートに、茴は真上からまっすぐフォークを突き刺して続けた。
「意味のないところに意味があるってこと」
「で、具体的にはどうしたいの」
「あなたが五曲、わたしも五曲、好きなジャンルで好きなものを弾くのよ。交互にね」
「調性無視? それではちぐはぐよ」
「演奏のBGMに風と波と町の雑踏と、小鳥のさえずりと…ところどころに聞き取れないくらいの話し声をかけるの。つまり、雑音が私たちの音楽のバックに流れる。ふつうは逆よね。こうしてお茶しているときとか、町を歩いているときとか、文明人の行動の背後に音楽がさまざまな情緒を色差ししてくる。この音楽会に静寂はないの。いつも小さくノイズが流れている。だってそのほうが正確だわ。私たちの感情は、完全な静けさ・透明の中で存在できないから。濁りのなかで、人それぞれ好き勝手に、自由奔放に心を遊ばせてる。それを表現したいの」
「クライマックスの盛り上がりにかけるわ」
「そう。亜咲に何かアイデアある?」
 亜咲は大粒の苺をぱくりと一口に放り込んだ。唇の端に生クリームが付いている。ショートケーキを食べながら彼女はとても素直にうれしそうだ。両目がきらきらして陽奈よりも子供のようだ。
「季節は四月よね」
「そう」
「イースターの頃だから、この支離滅裂な人生寸断アナーキーの帰結は、すごく敬虔にミゼレレはいかが。茴はカトリックでしょ」
「だけどミーハー信者です。クリスマスと復活祭だけ楽しむ」
「そお? まああたしたちだけではア、カペラは無理ね」
「生と死が錯綜する季節だから。いえ、ほんとのこと言って、いつだってそうなんだけど」
「キリストは特別でしょ」
「信仰は抜き。クライマックスはおいおい考える。でもそこまで乗り気ならOKね」
「勝手に弾くわよ。あなたのコンセプトなんかぶち壊しちゃうかも」
「それがいいの」

 四時を過ぎると冬の海はもう暗かった。低気圧が押し寄せ、冬の太陽は日没寸前のわずかな時間めがけて、鈍色のどんよりとした雲間に濃い橙と金を滲ませる。藍と灰色の隙間のわずかな明色は、海面を彩るほどの拡がりを見せず、雲海に穿たれた深い金色の窓からは、ただ白い放射状の光が幾筋か、大聖堂の明かりのように敬虔に海上へ降りていた。
「天使の梯子だわ」
 陽奈はテーブルから離れてベランダへ出た。母たちの対話は十九歳の彼女には少し退屈だ。陽奈は茴のような読書家ではなかった。ジョン・ケージは名前だけ知っている。音楽を聞かされたこともあるが、三分で眠れる、と茴に素直な感想を言って笑われた。笑ったあとで、茴は陽奈の感受性はとても健康的だと付け加えた。わからないものについて知ったかぶりをしないという意味で、陽奈は健康なのだった。
 茴と亜咲の会話は、亜咲の酔いが増すにつれ、陽奈の知らない単語が増えていた。よろずブランド志向を隠さない亜咲は、ややペダンチックなところがあり、陽奈が絵を習っているときも、画材や技法を子供には覚えにくい原語で説明したりした。むつかしい言葉の意味はほとんどわからなかったが、たいてい受験とは一切関係のない領域の話だった。だが陽奈は亜咲のそういう見栄っぱりなところも好きだ。難解な言葉が亜咲の口から出ると、それらは会話の文脈の中でスパンコールやレースのようにきらきらひらひらした。
 海風が冷たい。今のいままで呼吸していたリビングの空気にそこはかとなく浸み込んでいた画材の石油系の臭気が鼻孔から剥がれ落ち、汐の匂いを吸い込んでさわやかな気分になった。
 3LDKのマンションの中で、亜咲の画室はリビングからいちばん遠い北側にあったが、それでもどことなく樹脂や油絵具、フィクザチーフの臭気が南面の窓際まで漂う。それからラヴェンダーオイル。これは匂い消しに亜咲が頻繁にくゆらすアロマだったが、ヴェルニを覆い隠すほど濃くはない。でもラヴェンダーは室内香ではなく、亜咲のパルファムかもしれない。
 ローズ、ジャスミン、オレンジ…フローラルな柔らかい香水はどれも画材の臭気に負けてしまう。ラヴェンダーだけは不思議と筆洗油の臭いに溶け込んでも自己主張を失わない気がする。それは茴に教わった。
潮騒のさんざめきの中で、自分の心臓の音が耳の奥で急にはっきり聞こえる。ちょっと酔ったかも。陽奈がもらったウヰスキーはスコッチで、サヴァランはオレンジキュラソー。それっぽっちで、まさかね。
 海岸沿いのマンションに一人住まいの先生と、自分の継母と、加湿器の蒸気で曇り始めたリビングで、顔を寄せ合って芸術談義をしている。酔っぱらっていないが、茴は楽しそうだ。楽しいに違いない。
(ういちゃんも先生も美術と音楽両方できるもんね)
 そのような母親を持つ子供はいなかった。六歳で実母と離れ、七歳で茴にひきあわされた。負い目のある櫂は娘に気兼ねしてびくびくしていたが、陽奈は茴が気に入った。彼女の第一印象を陽奈は日記に絵で描きとめた。人体ではなく、それは、ピンクとブルーのまるっこい綿菓子だった。なぜそう見えたのかわからないし、初対面の記憶も淡くなってしまったのだが、サンリオの鍵付き日記帳には、色鉛筆で割り箸に巻かれた桃色と水色の綿菓子がその日の記録となっている。だが、写真で確かめると茴はその日オフホワイトのワンピースを着ていた。彼女のどこにも綿菓子はない。
(お腹すいたなあ。先生ご飯食べにいかないかなあ)
 夕闇が増すにつれ、天使の梯子は一本ずつ消えてゆく。五分も海風にさらされていればジャケットの前を合わせても、肺から深々と冷えてくる。陽奈はポケットからスマホを取り出し海上に数本残った天からさしのべられた光の帯を撮った。
(レンブラント光線。違うな、カラヴァッジオ光線) 
 そんな単語を最初に聞いたのは茴からではなく亜咲だろう。茴は子供にわかりにくいことは言わない。が、茴の配慮は的確すぎて、このごろ逆に陽奈のプライドを損ねるのだった。子供扱いとは違うが、茴の心遣いがときどき〈上から目線〉に感じられる。鏡に映る自分の姿と茴の姿と、今ではほとんど差がない。成長期を過ぎた義理の娘が若い母親に注ぐ視線はおのずと辛辣になっている。
 どれほど仲が良くても、同性はいくばくライバルなのだった。また、敵愾心の湧かない愛情など、肉親、さらには恋人同士であっても退屈ではあるまいか? スパイスの効かない肉料理のようなものでは? 黒焦げにならなければ多少の強火のほうが厚い肉はうまい。芯はレアで。…。
 海の画像はモノトーンに近く、海を舐める光線と波の屈折がドラマティックだ。すぐネットに上げる。あたしここにいるよ、と存在のアピール。友人からたくさんのイイネがつけばつくほど、自分の価値が高い気がする。だけどその反面、イイネをもらえない、ネット間での希薄な他者を要しない自分のほうが、きっとありのままの自分に違いないと感じている。他者からのOKなんか必要としない自分をしっかりあたしは持っているかな、と陽奈はリビングに戻る。亜咲の顔は赤くなっていた。ブルガリアの濃い酒の小瓶はもう空だ。ほろ酔いにぴかぴか光る頬をして、
「晩御飯食べに行こうよ、ひよこ」
 呂律もしっかりしている。亜咲はウワバミだ。体格もいいが、女だてらに一升瓶を開けて二日酔いもない。

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